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札幌高等裁判所 平成16年(ネ)40号 判決 2004年7月16日

主文

1  1審被告の控訴及び1審原告らの附帯控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。

(1)  1審被告は、1審原告X1に対し、1738万3469円及びうち1666万6156円に対する平成13年8月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  1審被告は、1審原告X1に対し、本判決確定の日が属する月の翌月から360月にわたり、最初の200月は毎月18日限り3万1000円を、201月から360月までは毎月18日限り3万円を、それぞれ支払え。

(3)  1審被告は、1審原告X2に対し、1578万3469円及びうち1506万6156円に対する平成13年8月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(4)  1審被告は、1審原告X2に対し、本判決確定の日が属する月の翌月から360月にわたり、最初の200月は毎月18日限り3万1000円を、201月から360月までは毎月18日限り3万円を、それぞれ支払え。

(5)  1審原告らのその余の請求(当審における拡張部分を含む。)をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、第1、2審を通じてこれを5分し、その3を1審被告の負担とし、その余を1審原告らの負担とする。

3  この判決主文第1項(1)、(3)及び第2項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第1  当事者の求めた裁判

1  1審被告

(1)  1審原告らの本件附帯控訴を棄却する。

(2)  原判決を次のとおり変更する。

1審原告らの請求(当審における拡張後の請求部分を含む。)をいずれも棄却する。

(3)  訴訟費用は第1、2審とも1審原告らの負担とする。

2  1審原告ら

(1)  1審被告の控訴を棄却する。

(2)  原判決を次のとおり変更する。

ア 主位的請求(当審における拡張後の請求)

<1> 1審被告は、1審原告X1に対し、2941万9652円及びこれに対する平成13年8月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

<2> 1審被告は、1審原告X1に対し、本判決確定の日の属する月の翌月から360回にわたり毎月18日限り6万円を支払え。

<3> 1審被告は、1審原告X2に対し、2548万9758円及びこれに対する平成13年8月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

<4> 1審被告は、1審原告X2に対し、本判決確定の日の属する月の翌月から360回にわたり毎月18日限り6万円を支払え。

イ 予備的請求(後記、逸失利益の現在価値算定のための中間利息控除率について年3パーセントとする旨の1審原告らの主張が採用されることを解除条件とするものである。)

<1> 1審被告は、1審原告X1に対し、944万4419円及びこれに対する平成13年8月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

<2> 1審被告は、1審原告X2に対し、541万4525円及びこれに対する平成13年8月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

<3> 1審被告は、平成26年から平成45年までの毎年8月18日が到来したときは、1審原告ら各自に対し、それぞれ206万7690円及びこれに対する各年の8月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

<4> 1審被告は、平成45年8月18日が到来したときは、1審原告ら各自に対し、それぞれ2914万1908円及びこれに対する同月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  訴訟費用は第1、2審とも1審被告の負担とする。

(4)  仮執行の宣言

第2  事案の概要

本件は、1審原告らが、不法行為(主位的)又は自動車損害賠償法3条(予備的。ただし、物損請求部分を除く。)に基づき、1審被告に対し、1審被告運転の自動車に衝突されて1審原告らの子が死亡したことによる損害の賠償を求めるものであるが、慰謝料については定期的支払の方法によることを求め、慰謝料を除く損害金については、同損害金及びこれに対する不法行為の日(交通事故の日であり、上記1審原告らの子が死亡した日)である平成13年8月18日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるもので、また、1審原告らの予備的請求は、逸失利益の算定において、1審原告ら主張に係る年3パーセントの複利計算による中間利息控除方法が採用されなかった場合の請求である。

1  争いのない事実及び各項掲記の証拠から容易に認められる事実

(1)  1審被告は、平成13年8月18日午後1時30分ころ、北海道北広島市緑陽町1丁目先の緑葉公園前路上を1審被告所有の普通乗用自動車(登録番号<省略>。以下「本件自動車」という。)で運転走行中に、本件自動車の運転を誤って進路左側の歩道上に乗り上げさせた上、同歩道上で自転車に乗って対向してきた1審原告らの子であるA(平成○年○月○日生。以下「A」という。)及びAの友人3名に対し、連続して本件自動車を衝突させた(以下「本件事故」という。)。その結果、Aは、肋骨多発骨折・右前腕骨折・両大腿骨折・左下髄骨折等の多発外傷による出血性ショックにより、同日午後4時10分ころ搬送先の病院で死亡した。

(甲1、11の5・9・10)

(2)  1審原告らは、Aの本件事故に基づく損害賠償請求権を各2分の1ずつ相続した。

(3)  1審原告らは、平成14年8月1日、自動車損害賠償責任保険を通じて、本件事故に基づく損害賠償金3000万7950円を受領した。

(弁論の全趣旨)

(4)  なお、1審被告は、平成14年9月30日、本件事故によってAを死亡させたこと及びその他の3人のAの友人らを負傷させた事実に基づいて起訴され、札幌地方裁判所は、同年12月26日、1審被告に対して、禁錮2年6月の実刑に処する旨の判決を宣告し(検査官の求刑は、禁錮5年)、同判決に対し、検察官及び1審被告の双方が控訴したが、札幌高等裁判所は、平成15年7月15日、各控訴を棄却する旨の判決を宣告し、同判決は、そのころ、確定した。

(甲11の1・2・16、26、弁論の全趣旨)

2  争点

(1)  Aの逸失利益算定の基礎とすべき基礎収入の額

ア 1審原告らの主張

Aの逸失利益算定の基礎とすべき基礎収入額は、大学卒業男子の平均賃金額とすべきである。

すなわち、Aが生存していれば、高校を卒業するのは平成22年3月であり、文部科学省の大学進学率の予想資料による平成21年の大学進学率は同時点の18歳の全人口を母数とするうちの58.8パーセントであって、少子化の進行に伴って大学の収容率が100パーセントになるとの予測等をあわせ考慮すると、Aが高校を卒業する平成22年3月時点での同年度高校卒業者の約6割近い者が大学に進学することになり、こうした予測とAの学力や進学意思及びAの両親である1審原告らがAの将来における大学進学を望んでいたこと等を総合すると、Aが将来大学に進学して卒業する蓋然性は高く、この蓋然性の判断の妨げとなる事情は見当たらない。

したがって、Aの逸失利益算定の基礎収入(年収)は、平成10年度賃金センサスによる大学卒・男子・全年齢平均に基づいて689万2300円とするべきである。

また、就労可能期間は、大学卒業時の22歳から67歳までの45年間とし、生活費控除率については、亡Aが将来婚姻して家庭を築く蓋然性が高いことから40パーセントの控除率にとどめるべきである。

イ 1審被告の主張

Aの死亡時の年齢が9歳であったことに鑑みると、同人の将来について高度の蓋然性ある予測はできず、同人の進路についても、大学に進学しない若者が徐々に増えてきていることや、大学に進学して卒業した後にいわゆるフリーターとなって定職に就かない若者が急増していること等に鑑みると、Aが必ず大学に進学し、卒業した上で定職に就いたであろうとの予測に高度の蓋然性を認めることはできない。

(2)  Aの逸失利益の計算における中間利息の控除率

ア 1審原告らの主張

交通事故による被害者の逸失利益計算における中間利息の控除率は年3パーセントとするのが相当である。

すなわち、被害者の将来にわたる稼働収入相当損害額の現在価値を算定する場合における中間利息控除率は、物価及び賃金の各変動から導かれる経済成長率と名目金利との差である実質金利に基づくものであるべきところ、我が国の統計上、実質金利が年5パーセントの高率を示したことは、過去に一度もない。したがって、中間利息控除率を年5パーセントとして被害者の逸失利益の現在価値を算定する損害保険業界の実務慣行は、経済実態から乖離しており、合理性がない。また、本件のように訴訟の場において、実質金利を定める場合、前提となる基礎収入を裁判時点に固定することとの均衡上、実質金利についても裁判時点までの実質金利をもって判断すれば足りるというべきである。

そして、過去の統計等によれば、上記実質金利が年3パーセントを超えたことは一度もないことに照らすと、将来の損害についての算定方法として控え目に認定せざるを得ないとしても、本件において採用すべき中間利息の控除率は年3パーセントとするのが相当である。

なお、過去において圧倒的多数の裁判例が逸失利益計算における中間利息の控除率を年5パーセントとして逸失利益を算定していることは1審被告が指摘するとおりであるが、それらの裁判例が中間利息の控除率を年5パーセントとする上で、多数の交通事故損害賠償事件における「法的安定性の維持」、「民事法定利率が5パーセントである」、「破産法等が中間利息について年5パーセントの控除を定めている」、「交通事故の損害金元本に付される遅延損害金の率が年5パーセントである」といったことがらを論拠としていることは、将来の収入を失った者の逸失利益の現在価値を経済的に求めるという中間利息控除の考え方自体にそぐわないものといわざるを得ない。1審原告らは、過去の多数の裁判例が採用した逸失利益の現在価値算定方法について、その合理性がない旨主張しているのであるから、これに法的安定性をもって答えることは議論を圧殺するものである。また、民事法定利率は、元本に対する法定利率であり、それは名目利子率を基礎に設定されたものであるところ、1審原告らもその合理性を争うものではないが、本件で問題とされているのは、基礎収入を裁判時に固定した上で、将来の逸失利益の現在価値を算定する場面における中間利息控除率であるから、名目利子率又はそれに基づく法定利率を適用することの必然性や合理性は認められない。破産法等が中間利息について年5パーセントの控除を定めていることについては、それらが弁済期未到来の債権について上乗せされている将来利息分を控除して現在額を算定するための方法であるところ、本件で問題とされているのは既に履行期が到来して遅滞に陥っている損害賠償債権であるのみならず、その損害(逸失利益)にはそもそも将来分の利息・損害金の上乗せはされていないのであるから、こうした逸失利益算定において上記破産法等の規定を援用することは不合理である。したがって、交通事故の損害金元本に付される遅延損害金の率が年5パーセントであることから、逸失利益の現在価値を算定する場合の中間利息控除率は民事法定利率によるべきであるとの議論もまた不合理である。

以上の次第であるから、Aの逸失利益については、基礎収入を689万2300円とし、22歳から67歳までの45年間における逸失利益について中間利息控除率を年3パーセントとして算定すると、7111万5840円となる。その算式は次のとおりである(Aの死亡時の年齢が9歳であり、67歳までの58年間に対応する年3パーセントのライプニッツ係数は27.33100549であるところ、これから、18歳までの9年間に対応する同係数7.78610892を控除した数は19.54489657となるから、同係数を基礎収入に乗じることによって、Aの逸失利益の現在価値を算定する。)

6,892,300×(1-0.4)×17.19693=71,115,840(円)

イ 1審被告の主張

逸失利益の現在価値算定にあたって中間利息控除率を年5パーセントとすべきことは損害保険実務の慣行であるのみならず、確立した判例でもある。

また、本件のように年少で死亡した被害者の将来の逸失利益については、その進学・就職にはじまって不確定な要素が多いため、その認定にあたっては控え目な認定をするのが相当であるし、逸失利益の現在価値を算定するにあたっても控え目な算定方法が採用されるべきである。そして、上記中間利息控除率として他の損害賠償額に対するのと同様に年5パーセントを採用することは、他の損害賠償との均衡を図る上でも妥当な方法であるというべきである。

さらに、死亡した被害者(年少者)の逸失利益をその両親が相続するという構成は極めて擬制的であって、被害者(年少者)の逸失利益が本来であればどのように費消されるかは全く予測不可能であるから、中間利息控除率についてのみ1審原告らの主張に係る計算をすべき合理性はない。

(3)  A及び1審原告らの慰謝料請求権及びこれに対する賠償金の支払方法を定期金賠償とすることの可否

ア 1審原告らの主張

Aを失った1審原告らの精神的苦痛は日々発生しているのであるから、この苦痛に対する慰謝料の支払方法としても定期金賠償の方法によるのが適切である。また、1審原告らは、本件事故によって尊い生命が失われたことを加害者である1審被告に忘れてほしくないと考えて、30年間にわたってAの月命日に定期金を賠償する方法による支払を請求するものであるが、これが著しく不合理であるとか、1審被告に過重な負担を強いることにはならない。すなわち、Aの苦痛や残された1審原告ら遺族が毎日悲嘆に暮れて過ごしていることとの均衡からは、1審被告に毎月の送金程度の手間を科したとしても損害の公平な分担という理念を失する程の過重な負担とは考えないから、1審原告らが定期金賠償の方法による慰謝料の支払を求めることを不合理とはいえない。

イ 1審被告の主張

民事訴訟法117条1項は、後遺障害による損害のように口頭弁論終結後に生じる損害等を対象としていて、本件の死亡事故に基づく損害金ように事故発生と同時に発生し、確定することが可能な損害金を定期金賠償の対象として予定していないというべきである。

また、1審原告らが、1被告に対し、本件事故によって尊い生命が奪われたことを忘れてほしくないという理由から長期にわたる月命日毎の賠償金の支払を求めることは、1審被告に対する制裁又は懲罰を求めるのと何ら異なることはなく、それはいわゆる懲罰的慰謝料を否定する最高裁判所の判例(同裁判所平成9年7月11日判決民集51巻6号2573頁)に反し、そうした請求は処分権主義の濫用に当たるというべきである。

3  1審原告らの本件請求(主位的請求)における損害項目及び損害額のまとめ

(1)  主位的請求関係

ア Aに生じた損害(1審原告らが各2分の1を相続)

<1> 逸失利益 7111万5840円

<2> 慰謝料 3000万円

<3> 物損 3万7000円(本件事故により損傷した亡Aの自転車2万3000円相当、着衣1万円相当及び靴4000円相当の合計額)

イ 1審原告X1の損害

<1> 葬儀費用等 362万9894円(内訳は、原判決書別表「葬儀費用等の実費」のとおりであるから、これを引用する。)

<2> 慰謝料   660万円

<3> 弁護士費用 450万円

ウ 1審原告X2の損害

<1> 慰謝料   660万円

<2> 弁護士費用 420万円

エ なお、1審原告らは、平成14年8月1日、自動車損害賠償責任保険を通じて3000万7950円を受領したが、同金額に相当する部分についての本件事故日である平成13年8月18日から平成14年8月1日までの遅延損害金143万4626円は未払のままである。したがって、1審原告らは、各自、原審における請求額に加えて、さらに上記未払遅延損害金の2分の1に相当する71万7313円及びこれに対する平成13年8月18日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める(当審における請求拡張部分)。

4  1審原告らの物損を除く損害に対する予備的請求について

1審原告らが予備的請求において主張する請求原因のうち、主位的請求と異なる部分は、次のとおりである(なお、1審原告らは、予備的請求部分については原審における請求を維持する旨陳述し、主位的請求におけるような請求の拡張はしていない。)。

(1)  Aの逸失利益については、前記附帯控訴の趣旨記載のとおり、平成26年8月18日から平成45年8月18日までの定期金賠償及び平成45年8月18日現在の残金について年5パーセントの利率に基づく中間利息を控除した金額の一括賠償を求める。

算式:6,892,300×(1-0.4)×14.09394457=58,283,816(円)

(2)  Aの慰謝料 2600万円

(3)  1審原告ら各自の慰謝料 各500万円

(4)  弁護士費用 1審原告X1につき280万円、同X2につ240万円

第3  判断

1  本件事故が1審被告の自動車運転中に少なくとも1審被告の過失によって生じ、その結果Aが死亡した事実については当事者間に争いがなく、したがって、1審被告は、不法行為に基づいて、Aの死亡による損害を賠償すべき義務がある。

なお、本件訴訟の経緯に鑑み、本件事故の具体的な態様について検討するに、本件事故の具体的な機序や当時の1審被告の認識状況等については、本件全証拠によっても必ずしも明らかではない部分があるものの、甲第11号証の4から8、11から15、第24号証の6から12、14、15、17から32、第25号証、乙第7号証の2・3、第8号証及び原審における1審被告本人尋問の結果を総合すると、1審被告には本件事故前から貧血の症状があったことが認められる一方で、1審被告が本件事故時に本件自動車を高さ20センチメートルの縁石を乗り上げて歩道上を走行させ、その際、進路上の擁壁との衝突を避ける咄嗟のハンドル操作をし、さらに歩道上を直進し得る方向に本件自動車の進路を修正するハンドル操作を連続して行った上で、その後40メートル以上にわたって本件自動車を歩道上で走行させたことが認められる(甲25)のであるから、本件事故時に1審被告が貧血のために意識を失っていたと解することはできなず、少なくとも、本件事故時における1審被告は、本件自動車を操作するに足りる意識を有していたと認めるのが相当である。

また、本件自動車は4輪駆動と2輪駆動とを選択できる自動車であったが、1審被告は通常時は2輪駆動状態で走行させていたこと(甲24の14)及び本件事故後に実施された高さ20センチメートルの縁石に対する本件自動車と同種・同型車両を使用した自動車の乗り上げ実験の結果、2輪駆動の状態で20センチメートルの縁石に、そのまま加速等の操作をせずに乗り上げることが困難であったこと(甲24の12)に照らすと、1審被告が本件事故時に歩道の縁石に衝突した際に、ブレーキとアクセルのペダルを踏み違えた旨の1審被告の警察官に対する本件事故当日の供述(甲11の4)の信用性を認めるのが相当である。

しかし、本件全証拠によっても、1審被告が、Aを含む小学生らを死傷させることを意図し、あるいは、容認していたと認めることはできない。

2  争点(1)について判断するに、1審原告らがAの大学進学の蓋然性を認めるべきであるとして主張する事情だけでは、本件事故時9歳であったAの大学進学の蓋然性を確かなものとして認めることはできず、他にAの大学進学の蓋然性を確かなものとして認めるに足りる証拠はない。

したがって、本件において、Aの逸失利益の現在価値を算定するにあたっては、算定の基礎となる基礎収入を平成13年度の賃金センサス学歴計・男子・全年齢の年収である565万9100円とし、稼働可能年数を18歳から67歳までの49年間として算定するのが相当である。

また、生活費控除については、Aが年少の男児であったことから、単身者の生活費控除率である50パーセントを控除するのが相当である。

3  争点(2)について判断するに、交通事故によって生じた逸失利益の現在価値を算定する方法については、法定の計算方法が定まっていないところ、逸失利益算定の基礎収入を被害者の死亡時又は症状固定時に固定した上で将来分の逸失利益の現在価値を算定する場合には、中間利息の控除利率を裁判時の実質金利に従って計算するのが相当であり、これを5パーセントの利率に従って計算することは相当ではないといわざるを得ない。

すなわち、上記逸失利益は、交通事故による被害者が交通事故に遭わなければ将来において得ることができた収入であり、その現在価値の算定をする上で中間利息を控除することが許されるのは、中間利息を控除してもなお、将来にわたる分割支給に比して不足を生じないだけの経済的利益が一般的に肯定されるからにほかならないところ、経済的利益において不利益がないと一般的に肯定されるためには、被害者が中間利息控除後の一括金を受給することによって、少なくとも名目金利と賃金上昇率又は物価上昇率との差に当たる実質金利相当の資金運用が可能であると一般的に判断し得ることを要するというべきである。

こうした被害者による実質的金利相当の資金運用可能性を判断する要素として、民事法定利率についての民法404条を考慮することについては、同条が利息を生ずべき債権の利率についての補充規定であって、実質金利とは異なる名目的金利を定める規定であることから、同条が年5パーセント(年5分)の利率を法定しているというだけでは、実質金利の基準とすることの合理性を見出すことはできないといわざるを得ない。

また、破産法46条5号ほかの倒産法や民事執行法88条2項が弁済期未到来の債権について民事法定利率による中間利息の控除を認めていることについては、それらの規定がいずれも利息の定めのない債権についてのもので、かつ、弁済期の到来していない債権についての規定である点で、弁済期が到来し、かつ、不法行為時から遅延損害金が発生している逸失利益の賠償請求権とは、その対象とする債権の性質を異にしており、類推又は各法条の趣旨を援用する前提を認めることができない。なお、上記各法条の場合と本件逸失利益算定の場合とは、いずれも将来を予測するという点で共通する要素を認め得ないではないが、逸失利益については将来の収入について裁判時に認定される基礎収入を固定した上で算定するという前提を採る限り、上記破産法等が規定する債権と同列に扱うのは相当ではない。上記破産法等が規定する債権については、無利息債権についての期限到来までの利益として折り込まれた期限未到来債権額相当部分を名目金利である法定利率相当額とみなすことに一応の合理性が認められるのに対し、裁判時に認定された基礎収入を固定して算定される逸失利益の現在価値を算定する上で、将来分の利益を名目金利に従って控除する合理性は認められないからである。

さらに、1審被告は、交通事故を原因とする損害賠償請求事件の過去における圧倒的多数の裁判例が、逸失利益の現在価値の算定のための中間利息控除率として年5パーセントの法定利率を採用してきた旨主張し、そうした過去の判例の蓄積による法的安定性が維持されるべきことを主張するところ、確かに過去の裁判例の圧倒的多数のものが中間利息控除率として年5パーセントの法定利率を採用してきたことは顕著な事実であるけれども、そのことをもって、中間利息控除率として年5パーセントの法定利率を採用してもなお、将来にわたる分割支給に比して不足を生じないだけの経済的利益が被害者に与えられたと一般的に肯定し得るものと断じることはできない。

そこで、本件におけるAの逸失利益の現在価値を算定するための中間利息控除率としての実質金利について具体的に判断するに、甲第15号証から第21号証及び第46号証によれば、我が国における昭和31年(1956年)から平成14年(2002年)までの47年間における定期預金(1年物)金利(税引後)と所得成長率との差がプラスとなった年は16回で、マイナスとなった年は31回であること、そのうちプラス2パーセントを超えたのは3回(最大値はプラス2.3パーセント)で、マイナス5パーセントを下回った年は16回(最小値はマイナス21.4パーセント)であり、全期間の平均値はマイナス3.32パーセントであり、直近の平成8年から平成14年までの期間の平均値は0.25パーセントであることが認められる。これによれば、実際の実質金利の動向と年5パーセントの法定利率とが著しく乖離していることが明らかであり、実質金利について、少なくとも年3パーセントを超えることはなく、将来における変動を考慮しても中間利息控除率として年3パーセントは十分に控え目な率であるという1審原告らの主張は、合理性を有するものと認めることができる。

したがって、本件において、Aの逸失利益の現在価値を算定するにあたっては、中間利息控除率として年3パーセントを用いるのが相当である。

なお、1審被告は、死亡した被害者(年少者)の逸失利益をその両親が相続するという構成は極めて擬制的であって、被害者(年少者)の逸失利益が本来であればどのように費消されるかは全く予測不可能であるから、中間利息控除率についてのみ1審原告らの主張に係る計算をすべき合理性はない旨主張するが、年少で死亡した被害者についても将来における稼働収入を失ったものと判断するのが相当であり、死亡者の逸失利益相当損害額の賠償請求権をその相続人らが相続し得ることについては判例も確立しており、年少者については、将来に対する予測困難な事情が多数あるとしても、そのことをもって、実質金利としての実態を有しない年5パーセントを中間利息控除率として用いる根拠とするのは相当でない。そして、中間利息控除率として年3パーセントを用いることは、上記実質金の動向に照らして十分に控え目な方法であるというべきである。

4  争点(3)について判断するに、Aの本件事故当時の年齢や前記判示した本件事故の概要等本件に顕れた事情を総合すると、Aの慰謝料として1800万円、1審原告ら各自の慰謝料としてそれぞれ200万円と認めるのが相当である。

なお、本件事故の発生及びAの死亡について、1審被告に故意又はそれに準じる意図があったとは認められないことは前述のとおりであるから、A及び1審原告らに対する慰謝料額を特に増額するのは相当ではないし、1審被告に対する制裁又は懲罰としては、我が国の法制上、刑事裁判手続に委ねられ、民事手続における損害賠償名下に、本来の慰謝料のほかに制裁的慰謝料を付加することは許されないというべきである。

次に、慰謝料の支払請求として定期的給付の方法を選択することの可否について検討するに、被害者が死亡したことによる損害賠償請求権については、裁判時にその損害を確定することが可能であり、当裁判所も、A及び1審原告らに対する各慰謝料について、1審原告らが将来にわたって受ける精神的苦痛をも考慮した上で上記のとおり各慰謝料相当損害金を認定したものである。そして、被害者が死亡した本件のような場合には、いわゆる後遺障害の進展あるいは軽減・消滅といった将来における損害発生要素の変動を一般的に想定すべきものではないから、被害者が死亡したことによる損害賠償請求権について民事訴訟法117条の適用場面を想定することは困難である。また、同条は、実体法上肯定された定期賠償金請求権を前提とする手続規定であるから、同条のみを根拠として、被害者が死亡したことによる損害賠償請求権を必ず定期分割して支払わなければならないものとして、将来の複数の特定日における支払のみを強制する債権に変形することは許されない。

もっとも、1個の損害賠償請求権を分割して請求することは実体法上可能であるし、訴訟法上も処分権の濫用にわたるなどの事情が認められない限り、分割して行使することが可能である。しかし、相手方債務者の期限の利益を放棄する自由を奪うことはできないから、一括行使が可能な期限到来後の1個の債権を債権者が任意に分割して請求したとしても、相手方債務者が期限の利益を放棄して一括弁済することを禁止することはできないし、通常の金銭債権の支払を命じる判決において債務者(被告)に期限の利益を放棄することを禁止する旨命じることもできない。それは、債権者(原告)の訴訟上の処分権をこえるものであり、そもそも、実体法上の根拠を欠くものである。

これを本件についてみるに、1審原告らは、Aが死亡したことによる精神的苦痛について、それが将来にわたって日々発生するものであるとして、あたかも、将来に発生する債権についての将来給付とも解される主張をするが、Aについて認められる慰謝料請求権についてはもちろんのこと、1審原告らについて認められる慰謝料請求権についても、それを現在における損害賠償請求権として算定することが可能であることは前述のとおりである。付言すると、肉親を失った者の精神的苦痛は、いっときで消失するものではなく、将来にわたって継続するものであるが、そうした精神的苦痛を裁判時に包括して評価して賠償額を認定することは可能であるし、本来計測不可能で無形の精神的苦痛という判断対象の特殊性に鑑みると、将来の精神的苦痛を時経的に予測した上で、予め定期賠償を措定することに親しまないともいうべきである。

したがって、1審原告らの慰謝料についての定期的金銭支払請求部分は、いずれも弁済期が既に到来している債権を分割して請求しているに過ぎず、それ自体は、実体法に反するものではないが、1審被告としては、上記慰謝料を期限の利益を放棄して一括して支払うことは何ら妨げられないのであるから、1審原告らの上記請求をもって、1審被告に過重な負担を科すものであるとか、処分権の濫用に当たるものとも認められない。

5  1審原告らの請求に係るその余の損害のうち、弁護士費用を除く部分について判断するに、葬儀費用については、1審原告X1が負担した葬儀等関係費用の総額362万9894円(甲12)のうち、150万円を本件事故による相当因果関係の範囲に属する損害と認め、Aの自転車・着衣・靴については合計3万7000円の損害が生じた(甲12)と認めるのが相当である。

6  以上までの認定損害分を整理すると、次のとおりである。

(1)  1審原告X1について 合計4017万0131円

ア Aの逸失利益(2分の1を相続) 2765万1631円

算式:〔5,659,100×(1-0.5)×19.54489657〕÷2=27,651,631(円)

イ Aの物損(2分の1を相続) 1万8500円

算式:37,000÷2=18,500(円)

ウ 葬儀費用等 150万円

エ Aの慰謝料(2分の1を相続)900万円

算式:18,000,000÷2=9,000,000(円)

オ 1審原告X1の慰謝料 200万円

(2)  1審原告X2について 合計3867万0131円

ア Aの逸失利益(2分の1を相続) 2765万1631円

算式:〔5,659,100×(1-0.5)×19.54489657〕÷2=27,651,631(円)

イ Aの物損(2分の1を相続) 1万8500円

算式:37,000÷2=18,500(円)

ウ Aの慰謝料(2分の1を相続) 900万円

算式:18,000,000÷2=9,000,000(円)

エ 1審原告X2の慰謝料 200万円

7  既払金について

1審原告らに対しては、これまでに自動車損害賠償責任保険金3000万7950円が支払われ、1審原告らは、同保険金を上記損害賠償請求債権の既発生損害金に充当することなく、慰謝料請求権を除く損害賠償債権の元本に充当したので、1審原告X1の債権元本額は2516万6156円(うち、慰謝料額は1100万円)となり、1審原告X2の債権元本額は2366万6156円(うち、慰謝料額は1100万円)となる。

8  当審における請求拡張部分について

なお、1審原告らは、当審において請求を拡張して、前記既払金の充当を前提に、同既払金を控除した後の慰謝料請求権以外の損害賠償請求権のうち、既受領額に相当する債権について、本件事故の日から既払金受領日までの既発生遅延損害金として、それぞれ71万7313円の支払を求めるのみならず、さらに同金員に対して重ねて本件事故の日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求めるが、そのうち、既発生遅延損害金として、それぞれ71万7313円の支払を求める部分は理由があるものの、その71万7313円の遅延損害金に対し、しかもそれが発生する前の時点に遡ってさらに遅延損害金の支払を請求する部分は、主張自体失当である。

9  弁護士費用について

以上までの認定損害額に照らすと、1審原告らに要した弁護士費用のうち、1審原告X1につき250万円、1審原告X2につき240万円を本件事故による相当因果関係の範囲に属する損害と認めるのが相当である。

10  慰謝料の定期的支払について

1審原告らは、上記債権額のうち、慰謝料請求権相当額について、本判決確定の日の属する月から360回に分けて毎月18日限り支払われることを求めるので、1審被告に対し、各1100万円分を360回に分割し、うち620万円を最初の200月の各18日限りそれぞれ3万1000円と、その余の480万円を残りの160月の各18日限りそれぞれ3万円と、それぞれ分けて支払うことを命じることとする(ただし、上記分割金は各期限前の支払を禁じるものではないので、1審被告は、各分割金の期限までの利益を放棄して各期限前に支払うことができる。)。

11  まとめ

以上の次第であるから、1審原告らの本件請求(主位的請求)は次の限度で理由があるが、その余は理由がない(1審原告らの予備的請求は、Aの逸失利益の現在価値を算定するための中間利息控除率として年3パーセントが用いられることを解除条件とするものであり、本判決においては、前記のとおりAの逸失利益の現在価値を算定するための中間利息控除率として年3パーセントを用いているので、予備的請求については判断しない。)。

(1)  1審原告X1について

ア 1738万3469円及びうち1666万6156円に対する平成13年8月18日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める部分

イ 1100万円を本判決確定の日の属する月の翌月からから360回に分けて支払を求める部分

(2)  1審原告X2について

ア 1578万3469円及びうち1506万6156円に対する平成13年8月18日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める部分

イ 1100万円を本判決確定の日の属する月の翌月から360回に分けて支払を求める部分

第4  結論

よって、本件控訴及び附帯控訴に基づいて原判決を変更することとして、主文のとおり判決する。

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