札幌高等裁判所 平成16年(ネ)91号 判決 2005年6月29日
控訴人
甲野花子
訴訟代理人弁護士
乙原太郎 濱本光一 竹之内洋人 八十島保 新川生馬
森越壮史郎 高崎暢 青木豪 猪狩康代 大井相石
大賀浩一 太田賢二 呉東正彦 小林秀俊 赤塚泰弘
茆原洋子 茆原正道 小野仁司 本田正男 杉本朗
菊地哲也 栗山博史 山本英二 岡村三穂 光谷晋治
秋山努 荒川晶彦 茨木茂 宇都宮健児 岩重佳治
大崎潤一 大迫恵美子 釜井英法 木村晋介 佐藤むつみ
鷲見賢一郎 寺尾寛 遠山秀典 十枝内康仁 中村昌典
花輪弘幸 林史雄 平澤慎一 松山満芳 水野英樹
宮城朗 八坂玄功 米川長平 和田聖仁 伊東達也
及川智志 川畑愛 瑞慶山茂 澤田仁史 陶山嘉代
拝師徳彦 池本誠司 長田淳 伊澤正之 斉藤匠
小沼典彦 小笠原忠彦 關本喜文 村上晃 馬場秀幸
桑原昌宏 佐藤大志 猪股正 浅井嗣夫 秋田智佳子
荒牧啓一 青木護 板根富規 石倉孝夫 石口俊一
石坂俊雄 伊東大祐 馬屋原潔 臼井満 植松悟
枝川哲 江野栄 岡島順治 小原健司 椛島敏雅
兼光弘幸 加藤實 柿沼祐三郎 鎌田健司 菊賢一
木村達也 黒木和彰 河野聡 近藤光玉 小池達哉
河野善一郎 佐藤敏宏 坂口季久夫 白澤恒一 島田広
城台哲 黄泰軫 須藤博 鈴木義仁 瀬戸久夫
高橋健 田中礼司 田中雅敏 辰巳裕規 田畑元久
団野克己 戸田慶吾 外塚功 長尾治助 中山知康
南雲芳夫 中西達也 那智哲 野々山宏 原章夫
平山泰士郎 藤巻元雄 藤原洋一 本田祐司 牧野聡
前川直善 増田秀雄 松田公利 武藤壽 森泉邦夫
森本精一 松岡邦佳 有留宏泰 稲津高大 庄司俊哉
笹川竜伴 森雅美 伊藤勤也 須田滋
窪田良弘 大田清則 南條潤 久保田寿栄
被控訴人
株式会社SFCG
代表者代表取締役
大島健伸
訴訟代理人弁護士
田中正人
同
山崎昌彦
同
遠山康
同
小野聡
同
南栄一
同
加藤興平
主文
1 原判決を次のとおり変更する。
(1) 被控訴人は,控訴人に対し,298万5161円及びこれに対する平成12年2月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 控訴人のその余の請求を棄却する。
2 第1審,差戻し前及び差戻し後の控訴審並びに上告審の訴訟費用は,すべて被控訴人の負担とする。
3 この判決主文第1項(1)は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,控訴人に対し,301万6926円及びこれに対する平成12年2月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
4 仮執行宣言
第2 事案の概要
1 本件は,控訴人が,被控訴人に対し,被控訴人からの借入金に関する金銭消費貸借の連帯保証契約に基づき,弁済をしていたところ,弁済額について,利息制限法所定の制限利率を超過した部分を元本の弁済に充当するとすでに元本を完済した上に過払金が生じており,この過払金は,実質的には控訴人が負担したものであると主張して,不当利得返還請求権に基づき,また,仮に,主たる債務者による返済と認められる部分があるとすれば,その部分については,主たる債務者に対する求償債権を保全するため,主たる債務者が被控訴人に対して有する不当利得金返還請求権を控訴人が代位行使すると主張して,債権者代位権に基づき過払金290万7714円及び最終弁済の翌日である平成12年2月5日から年5分の利息と同率の遅延損害金の支払を求めた事案である。
第一審である札幌地方裁判所は,控訴人の本件請求を棄却し,差戻し前の控訴審である札幌高等裁判所も控訴人の控訴を棄却したので,控訴人が,上告及び上告受理申立てをしたところ,最高裁判所は,上告受理により,原判決を取り消した上,札幌高等裁判所に本件を差し戻した。本件控訴は,差戻し後の控訴であるが,被控訴人は,貸金業の規制等に関する法律43条に基づくみなし弁済に関する主張を撤回するとともに,本件訴訟の審理中に,控訴人が破産宣告・同時廃止及び免責決定を受けたのに,なお,本件訴訟を維持することが,禁反言と評価され,ひいては,信義則に反する,あるいは,権利の濫用である等主張している。
なお,控訴人は,平成16年9月15日の当審における第2回口頭弁論期日において,別紙の計算書1(以下「計算書1」という。)のとおりの計算方法に基づき301万6926円に請求の趣旨を拡張した。
2 前提事実(争いのない事実及び後掲証拠により容易に認定できる事実)
(1) 株式会社秋穂(以下「秋穂」という。)は,平成5年11月26日,貸金業を営む被控訴人との間で,金銭消費貸借契約等継続取引に関する基本取引約定を締結し,秋穂の代表取締役である控訴人は,同日,この約定に基づき秋穂が被控訴人に対して負担する債務について,根保証元本限度額を200万円,保証期間を平成10年11月25日までとする連帯保証をした(乙9)。その後の平成7年9月27日,秋穂と被控訴人は,上記基本取引約定を更新したが,その際,控訴人と被控訴人は,上記連帯保証にかかる根保証元本限度額を400万円,保証期間を平成12年9月26日までとする旨改定した(乙10)。
(2) 被控訴人は,秋穂に対し,上記基本取引約定に基づき,①平成5年11月26日に返済期日を平成6年1月5日として200万円を,②平成7年9月27日に返済期日を同年11月5日として200万円を,いずれも日歩8銭の利率で貸し渡した(以下,①の貸付けを「貸付1」,②の貸付けを「貸付2」,①②を併せて「本件各貸付け」という。)。
控訴人は,本件各貸付けにかかる債務の弁済として,秋穂名義で,計算書3の回数2から22まで及び24から78までの「取引日」欄記載の年月日に「弁済額」欄記載の金額を支払った(乙3)。
(3) 控訴人は,控訴人の訴訟代理人である乙原太郎弁護士(以下「乙原弁護士」という。)に委任して,平成12年7月17日,札幌地方裁判所に対し,被控訴人を被告として,本件訴訟を提起した。
札幌地方裁判所は,平成13年7月17日,控訴人の本件請求を棄却する判決を言い渡した。控訴人は,この判決を不服として,控訴したところ,札幌高等裁判所は,平成14年2月28日,控訴人の控訴を棄却する判決を言い渡した。控訴人は,同年3月13日,この判決を不服として,上告及び上告受理の申立てをした。
(4) 控訴人は,平成14年1月29日,札幌地方裁判所に対し,乙原弁護士に委任して,破産宣告の申立てをし,同年3月25日,札幌地方裁判所から破産の審尋を受けた。札幌地方裁判所は,同日,控訴人に対し,破産の宣告をすると同時に破産手続を廃止した。また,控訴人は,同年5月20日,札幌地方裁判所から免責の審尋を受けた。札幌地方裁判所は,同年6月21日,控訴人を免責する旨決定した。
(5) 最高裁判所は,平成15年11月14日,控訴人の上告を棄却する一方で,上告受理決定をした。そして,最高裁判所は,平成16年2月20日,札幌高等裁判所がした控訴人の控訴を棄却する旨の判決を破棄し,本件を札幌高等裁判所に差し戻す旨の判決を言い渡した。
(6) 控訴人は,平成16年9月15日,当審における第2回弁論期日において,計算書1の計算方法に基づき301万6926円に請求の趣旨を拡張した(顕著事実)。
3 争点
(1) 控訴人が,本件訴訟を提起した後に,破産裁判所に本件訴訟の申告をしないで,破産宣告・同時廃止・免責決定を受けたにもかかわらず,その後も,本件訴訟を維持することは禁反言と評価され,ひいては信義則に反するか。また,訴権の濫用となるか。
(2) 控訴人がした請求拡張の申立ては,時機に後れた攻撃防御方法として却下すべきか。
(3) 過払金の計算方法について,
ア 利息は,天引前の元本に基づいて計算すべきか,天引後の利用可能額に基づいて計算すべきか。
イ 利息の根拠となる日数は,約定日数で計算すべきか,現実の支払日までの日数で計算すべきか。
4 争点に対する当事者の主張
(1) 争点(1)―控訴人が,本件訴訟を提起した後に,破産裁判所に本件訴訟の申告をしないで,破産宣告・同時廃止・免責決定を受けたにもかかわらず,その後も,本件訴訟を維持することは禁反言と評価され,ひいては信義則に反するか。また,訴権の濫用となるか。
(被控訴人の主張)
ア 控訴人は,前提事実のとおり,差戻し前の控訴審の弁論が終結した後に,自己破産の申立てを行う一方で,差戻し前の控訴審判決後に上告及び上告受理の申立てをした後に,破産宣告及び同時廃止並びに免責決定を受けたにもかかわらず,なお,本件請求を維持している。すなわち,控訴人は,本件訴訟は財産であり,破産管財人が選任された場合には,本件訴訟が破産管財人に承継されることを知りながら,故意に,本件訴訟の存在を破産裁判所に告知しなかった。これは財産隠匿にほかならない。また,控訴人代理人である乙原弁護士は,一連の事情を知悉していながら,故意に,破産裁判所に本件訴訟の存在を告知しなかった。
イ 控訴人の行為は,民事訴訟法2条に反する。
控訴人による本件訴訟の維持は,裁判所との関係において,極めて不誠実な請求であり,不誠実な訴訟追行であるから,民事訴訟における当事者の信義誠実の原則を定めた民事訴訟法2条の規定に違反するというべきである。民事訴訟における信義誠実の原則とは,既存の民事訴訟法上の法規や法論理を適用したのではかえって具体的正義に反する結果となる場合,特に信義則が失われ,不誠実が横行する結果となる場合,既存の法規や法論理の適用を排除又は修正するための根拠となるものである。本件において,控訴人の破産手続がすでに終了していることからすれば,民事訴訟法の特別法規である破産法の規定には控訴人による本件請求を排除すべき明文の規定が存在しないことから,これらの規定を形式的に適用した場合には本件請求が認められる可能性があるところ,このような結果が具体的正義や一般常識に反するものであるとともに,破産法の趣旨にも反するものである。
控訴人による一連の行為は,一方で,本件請求権の存在を破産裁判所に秘匿して免責を受け,他方で,本件訴訟において本件請求権の存在を主張しているものであって,破産手続における破産免責手続と本件請求は両立し得ないものであり,明らかに矛盾する行為である。控訴人としては,破産宣告・同時廃止という方法を選択して,本件請求の実現を断念する代わりに免責という利益を享受するのか,あるいは,破産手続を断念する代わりに本件請求を維持するのかを選択すべきであった。また,免責という利益も享受したいが,破産宣告・同時廃止によって被控訴人が本件請求を免れるのが我慢ならないというのであれば,予納金を納めて管財事件として破産手続を係属させ,破産管財人に本件訴訟を追行させるという選択肢もあったはずである。にもかかわらず,すでに破産手続が終結し,それを元に戻すことができないことを利用して,本件訴訟を維持することは,民事手続に対する矛盾挙動の極みというべきものであり,禁反言とも評価すべきものである。
したがって,控訴人の本件請求は,裁判所との関係において,民事訴訟法上の信義則(同法2条)に違反するものである。
ウ 控訴人の行為は,民法1条2項に反する。
控訴人が本件訴訟を維持することは,破産法上,全く予定されていない。すなわち,本件請求は,破産宣告時に存在していた控訴人の財産に該当するので,控訴人が本件訴訟の存在を適切に破産裁判所に申告した場合には,本件請求権は,本来,破産管財人が行使すべきであって,控訴人がこれを行使することは,破産法上,予定されていない。そうすると,控訴人が,被控訴人に対し,破産法上予定されていない本件請求権を維持することは,被控訴人に対する関係で,民法上の信義則に反するものであると言わざるを得ない。
エ 控訴人の行為は,訴権の濫用として許されない。
控訴人の主張する権利又は法律関係は,事実的,法律的根拠を欠き,権利保護の必要性が乏しい。また,控訴人が実体的権利の実現ないし紛争解決を真摯に目的とするものではなく,相手方当事者を被告の立場に立たせることにより,訴訟上又は訴訟外において,有形,無形の不利益・負担を与えるなど不当な目的を有していると言わざるを得ない。したがって,控訴人が本件訴訟を維持することは,訴権の濫用に該当するものというべきである。
(控訴人の主張)
ア 控訴人は,破産手続において,財産を隠匿したことはない。控訴人は,被控訴人から不当利得金の返還を受けたならば,本件訴訟に必要な手続費用を除き,残額のすべてを控訴人の破産債権者に平等に弁済するつもりであり,自分で使用する意思は持っていない。控訴人の本件請求が認められない場合には,被控訴人だけを不当に利する結果となる。
控訴人代理人である乙原弁護士は,控訴人から依頼を受けて破産申立てをした際,本件訴訟で勝訴する可能性は低いと考えていたので,本件請求が資産であるという認識を欠いていた上,定型用紙に訴訟係属の有無に関する記載欄はなかったので,記載しなかったものである。破産宣告・同時廃止・免責決定があった後も本件訴訟を維持したのは,全国の弁護士から,確定させないでほしいとの要請を受けたことから,請求棄却の判決に対し,控訴,上告及び上告受理の申立てをしたものである。
イ 民事訴訟における信義則は,その発現形態に応じて,①訴訟状態の不当形成の排除,②訴訟上の禁反言,③訴訟上の権能の失効,④訴訟上の権能の権利濫用の4種類に分類して検討すべきである。
被控訴人は,本件訴訟提起後,控訴人が破産宣告・同時廃止後免責決定を受けたことを問題とするが,これは②の訴訟上の禁反言の主張と考えられる。禁反言の要件としては,先行行為と後行行為との間に矛盾があること,当事者の先行行為を相手方が信頼して自己の法的地位を決めたこと,矛盾行為を容認する場合には先行行為を信頼した相手方の利益が不当に害される結果になることが必要であるところ,本件で,控訴人が免責決定を受けたからといって,被控訴人が控訴人の破産宣告・免責決定を前提に新たに法的地位を築いたという事実もなく,その後,保護されるべき利益を得て,控訴人の本件請求によりその利益が害されるということもない。したがって,控訴人の行為は,訴訟上の禁反言には当たらない。
また,控訴人の本件請求は,訴訟法規の要件に当たる状態の発生を故意に妨害して法規の適用を不当に回避することにより,訴訟状態を不当に形成した場合にも当たらないので,①の訴訟上の不当形成の排除には該当しない。さらに,本件は,③④の類型には当たらず,被控訴人の主張にも,控訴人が長期間訴訟上の権能を行使せずに放置したとか,その権能の行使自体が権利濫用であるとの主張はない。
ウ 民法上の信義則は,人は当該具体的事情のもとにおいて相手方から一般に期待される信頼を裏切ることのないように,誠意をもって行動すべきであるという原則であるが,控訴人と被控訴人とは,本件請求に関して,契約その他特別関係に立つ者ではなく,被控訴人が控訴人の不当利得返還請求権の行使に関して,何らかの信頼をするという関係にもない。
エ 本件訴訟は,訴権の濫用には当たらない。本件訴訟の維持を認めなければ,被控訴人に不当な利得を維持させる結果となるからである。
(2) 争点(2)―請求拡張の申立ては,時機に後れた攻撃防御方法となるか。
(被控訴人の主張)
控訴人は,被控訴人に対し,当初,290万7714円の不当利得金が存在するとして本件請求をしていた。その後,第1審判決において,控訴人が主張する計算方法とは異なる方法の計算方法が採用されたにもかかわらず,その点については一切主張せず,さらに,差戻し前の控訴審においても,第1審判決と同様の計算方法が採用されたにもかかわらず,これに対しては何ら主張しないという態度に終始した。ところが,差戻し後の控訴審に至って,突如として,計算書1のとおり,計算方法を改めた上,請求の拡張をしているものである。
控訴人による計算書1の計算方法は,明らかに時機に後れたものであり,かつ,第1審及び差戻し前の控訴審においても主張することが可能であったことは明らかであるから,控訴人の故意又は重大な過失によって時機に後れて提出されたものである。加えて,この点について審理することは訴訟の完結を遅延させるものであることは明らかである。したがって,控訴人の計算方法に関する主張は時機に後れた攻撃防御方法として却下されるべきである。
(控訴人の主張)
争う。
(3) 争点(3)―過払金の算出方法について,利息は,天引前の元本に基づいて計算すべきか,天引後の利用可能額に基づいて計算すべきか。また,利息の根拠となる日数は,約定日数で計算すべきか,現実の支払日までの日数で計算すべきか。
(控訴人の主張)
利息の先払契約が契約自由の原則から有効であるとしても,強行法規である利息制限法上の充当計算においては,①実際に利用可能な金額をもとに,②実際の利用期間に対応した,③実際の利息及びみなし利息の総額に基づいて,算出されなければならない。
本件請求における過払金額については,いわゆる後払い一本流し利息計算を行うと計算書1のとおり,301万6926円となる。利息の先払契約に基づく利息計算と比較すると貸付けが1個の場合には,計算結果は同じとなるが,貸付けが複数の場合には,計算結果が異なることになる。本件では,番号24の取引について,後払利息計算によると,貸付1の残元本額と貸付2の貸付残元本の合計額についての法定利息の取得を貸主に認める結果となるのに対し,先払利息計算によると,貸付1にかかる残元本のみに対しての法定利息の取得を貸主に認める結果になる。この意味で,先払利息計算よりも後払利息計算のほうが借主にとって不利益であるが,借主は,簡略な計算方法を援用して,あえて,自己に不利益な計算方法を主張することも許されるというべきである。
(被控訴人の主張)
仮に,争点(1),(2)について,被控訴人の主張が認められず,控訴人に対し,不当利得金の返還請求権が認められるとした場合において,不当利得元金は,別紙の計算書2(71番は,平成11年9月1日の12万2600円と同月2日の4000円を合算している。)のとおり,287万9201円となる。その計算方法は次のとおりである。
本件貸付は,いずれも貸付時に天引利息を支払うものであるため,まず,貸付1の元本充当の計算を利息制限法2条所定の計算方法によって行う。
制限利息=(2,000,000円−82,900円)×15%×41日÷365日
=32,301円
元本充当額=82,900円−32,301円
=50,599円
貸付時の元金=2,000,000円−50,599円
=1,949,401円(番号1の残元本欄)
その後,平成6年1月5日の支払は,同月6日から同年2月5日までの利息を前払いするものであるため,当該期間に対応する利息計算を行い,元本充当し,その後も順次元本充当の計算を行う。
貸付2についても,元金についての利息は,天引によって支払を受けているので,元本充当の計算を利息制限法2条所定の計算方法によって行う。このとき,先行する貸付1に対する先払利息はすでに平成7年10月5日まで支払われているため,利息の対象元本は後の貸付2のみとなる。
制限利息=(2,000,000円−80,900円)×15%×40日÷365日
=31,546円
元本充当額=80,900円−31,546円
=49,354円
貸付時の元金=2,000,000円−49,354円
=1,950,646円(番号1の残元本欄)
したがって,平成7年10月3日の支払(番号24)は,平成7年10月6日から同年11月5日までの利息を前払いするものであるため,当該期間に対応する利息の計算を行い元本充当するが,貸付2に対する平成7年10月6日から同年11月5日までの利息については貸付2の貸付時に天引利息として支払われているので,平成7年10月3日の支払利息の対象元本は貸付1のみとなる。その後,平成7年11月6日の支払(番号25)からは,利息の対象元本が貸付全体のものとなる。
第3 裁判所の判断
1 前提事実に加え,後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1) 秋穂は,被控訴人との間で,平成5年11月26日,金銭消費貸借契約等継続取引に関する基本取引約定を締結し,控訴人は,同日,この約定に基づき秋穂が被控訴人に対して負担する債務について,根保証元本限度額を200万円,保証期間を平成10年11月25日までとする連帯保証をした。控訴人と被控訴人は,平成7年9月27日,上記連帯保証にかかる根保証元本限度額を400万円,保証期間を平成12年9月26日までとする旨改定をした(前提事実)。
被控訴人は,秋穂に対し,上記基本取引約定に基づき,本件各貸付けをした。そして,本件各貸付けの元本の返済期日は,1か月ずつその都度延長されることが繰り返されていた(前提事実)。
控訴人は,本件各貸付けにかかる債務の弁済として,秋穂名義で,別紙計算書3の回数2から22まで及び24から78までの各「取引日」欄記載の各年月日に各「弁済額」欄記載の金額を支払った(前提事実)。
なお,控訴人は,平成7年4月3日,婚姻により,甲山から甲野に改姓した(甲1,163)。
(2) 控訴人は,被控訴人から連帯保証債務残元金400万円と遅延損害金の返済を促す平成12年3月7日付けの通知書を受領した(甲166)ことから,翌日,乙原弁護士の事務所を訪問し,被控訴人に対して長期間弁済しているので過払金請求ができるのではないかと相談をした。乙原弁護士は,控訴人からの依頼を債務整理事件として受任することとし,被控訴人に対し,同月9日付け受任通知をするとともに,取引経過開示の請求を通知した(甲167)。しかし,1か月経過しても被控訴人から連絡が来ないので,乙原弁護士は,同年4月10日,再度,取引経過を開示するよう請求した(甲168)。その結果,被控訴人は,乙原弁護士に対し,控訴人に関する取引経過を開示した(甲172)。
乙原弁護士は,被控訴人に対し,被控訴人からの取引経過から利息制限法の制限利率に従って再計算をした結果,過払い金が発生していると判断し,過払い金274万2377円を控訴人の代理人である乙原弁護士の銀行口座に返還するよう同月17日付け書面により通知した(甲170)が,被控訴人から返還されなかった(甲172)。
(3) 控訴人は,平成12年4月17日,乙原弁護士に委任して,被控訴人を被告として,本件訴訟を提起した。札幌地方裁判所(民事第3部)は,平成13年7月17日,被控訴人のみなし弁済の主張を容れて,控訴人の本件請求を棄却する判決を言い渡した(前提事実)。ところで,札幌地方裁判所(民事第1部山田真紀裁判官)は,同月25日,本件訴訟と同様の不当利得返還請求訴訟について,被控訴人のみなし弁済の主張を容れ,被控訴人に対する請求を棄却する旨の判決をした(乙11)。
当時,貸金業者,とりわけ被控訴人を相手とする不当利得金返還請求訴訟が全国で多数提起されており,貸金業の規制等に関する法律17条,18条及び43条のみなし弁済についての解釈を争っていたところ,札幌地方裁判所で言い渡された本件訴訟を含めた2件の判決は,全国での訴訟に大きな影響を与える内容であったことから,同種事件を担当する全国の弁護士,とりわけ,札幌での商工ファンド訴訟弁護団(以下,単に「弁護団」という。)の一員である濱本光一弁護士(以下「濱本弁護士」という。)から,第1審判決のまま確定させないでほしいとの強い要望があった。そこで,乙原弁護士は,控訴人と相談の上,本件訴訟について控訴することとし,同月27日,控訴したが,差戻し前の控訴審からは,濱本弁護士も参加したものの,控訴人から訴訟委任状を取得するのに時間がかかる状態であったので,濱本弁護士は,訴訟復代理人として参加した。控訴のためのちょう用印紙及び切手代は,控訴人が負担した(甲172,当審における乙原太郎証人)。
(4) 札幌高等裁判所は,平成13年10月30日,第1回口頭弁論期日を開き,同年12月18日,第2回口頭弁論期日において弁論を終結した(顕著事実)。乙原弁護士は,差戻し前の控訴審判決も控訴人側に厳しい判決が言い渡されると予想していた(甲172)。
札幌高等裁判所は,平成14年2月28日,第3回口頭弁論期日において,控訴棄却の判決を言い渡した(顕著事実)。弁護団からの情報では,同種事件における高等裁判所の判断は,本件訴訟が一番最初であった。弁護団及び濱本弁護士は,全国各地の訴訟において,この高等裁判所の判決が主張の中で引用されている実情から,控訴人敗訴のまま確定させることは,同種事件に対する影響が大きいという危機感があり,乙原弁護士に対し,上告してほしいと希望した。乙原弁護士は,控訴人と相談した上,同年3月13日,この判決を不服として,上告及び上告受理の申立てをした。ただ,その時点で,控訴人には,十分な資力がなく,ちょう用印紙及び切手代は乙原弁護士が負担した(甲172,当審における乙原太郎証人)。
乙原弁護士は,本件訴訟に勝算があったわけではなく,弁護団及び濱本弁護士からの強い要請により,控訴,上告及び上告受理申立てをしたものであり,正直なところ,本件訴訟で勝てるとは思っていなかった(当審における乙原太郎証人)。
(5) 控訴人は,平成14年1月29日,札幌地方裁判所に対し,乙原弁護士に委任して,破産宣告の申立てをした(前提事実)。乙原弁護士は,本件訴訟について,上告及び上告受理申立てをしているが,逆転勝訴の見込みは乏しく,換価して配当原資となる破産財産であるとの意識がほとんどなかったことから,控訴人の破産の申立てについては,費用の予納を伴う管財事件の申立てではなく,いわゆる同時廃止の申立てをした。その際,申立書とともに提出する陳述書に本件訴訟の存在を記載しなかった。そして,乙原弁護士は,平成14年3月25日,控訴人が札幌地方裁判所(民事第4部)から破産の審尋を受けた際も,破産裁判所に対し,本件訴訟の存在を告知しなかった。札幌地方裁判所(民事第4部)は,同日,控訴人に対し,破産の宣告をすると同時に破産手続を廃止した(甲163,172,当審における乙原太郎証人)。
控訴人は,破産宣告・同時廃止の決定を受けた当日に,免責の申立てをしたが,その申立書の債権者一覧表には,破産債権者として被控訴人を,債権額として,被控訴人から請求のあった残元金400万円をそれぞれ記載した(乙25の1,2)。控訴人は,平成14年5月20日,札幌地方裁判所(民事第4部)から免責の審尋を受けた(甲163)。札幌地方裁判所(民事第4部)は,同年6月21日,控訴人を免責する旨決定した(前提事実)。
控訴人は,乙原弁護士に対し,本件訴訟に勝訴して,被控訴人から不当利得金の支払を受けたときは,訴訟費用及び弁護士費用等を控除した残金を破産債権者に按分して配当してくれるよう要請している(甲160)が,乙原弁護士としては,弁護団と協議した結果,控訴人の要請が望ましいという結論に至れば控訴人の要請のとおりにするけれども,現段階では,方針も決まっておらず,弁護団とも協議していない(当審における乙原太郎証人)。
【証拠判断】
被控訴人は,控訴人が,本件請求は破産財団を構成する財産であり,破産管財人が選任された場合には,本件訴訟は破産管財人が承継することを知りながら,故意に,本件訴訟の存在を破産裁判所に告知しなかったが,これは財産隠匿に該当すると主張する。また,乙原弁護士は,控訴人の代理人として,一連の事情を知悉していながら,故意に,破産裁判所に本件訴訟の存在を告知しなかったと主張する。
しかし,控訴人が,故意に,本件訴訟の存在を破産申立書及び破産裁判所の審尋の際に告知しなかったことを認めるに足りる証拠はない。また,前認定のとおり,乙原弁護士は,第1審及び差戻し前の控訴審で敗訴しているので,最高裁判所においても控訴人が逆転して勝てるとは思っておらず,ただ,弁護団及び濱本弁護士から熱心に勧められたことにより,自らちょう用印紙及び切手代を立て替えて,上告及び上告受理申立てをしたものである。そうすると,乙原弁護士は,本件訴訟の第1審判決時以降上告審判決送達時に至るまでは,控訴人の本件請求が認容されることはないから,本件請求に財産的価値はないものと認識していたものであり,破産申立書や免責申立書を起案する際に本件訴訟の存在,ひいては,控訴人に本件請求という潜在的財産権があることを認識していながら,これを記載せず,また,破産や免責の審尋時に,破産裁判所に対し,同様に,本件訴訟の存在を告知しなかったことは明らかであり,そのような態度が破産や免責を申し立てる代理人弁護士としての品位に悖るものと評価されることはやむを得ないものとしても,少なくとも,控訴人の財産を故意に隠匿する意図はなかったものというべきである。
被控訴人の主張は採用できない。
(6) 最高裁判所は,平成15年11月14日,控訴人の上告を棄却する一方で,上告受理決定をした。そして,最高裁判所は,平成16年2月20日,札幌高等裁判所がした控訴人の控訴を棄却する旨の判決を破棄し,本件を札幌高等裁判所に差し戻す旨の判決を言い渡した(前提事実)。
2 争点1について判断する。
(1) 被控訴人は,控訴人による本件訴訟の維持は,禁反言と評価されるばかりではなく,裁判所との関係において,極めて不誠実な請求であり,不誠実な訴訟追行であるから,民事訴訟における当事者の信義誠実の原則を定めた民事訴訟法2条の規定に違反すると主張する。
確かに,上記認定事実によれば,乙原弁護士は,本件訴訟が係属していながら,破産裁判所に対し,本件訴訟の存在を告知することなく,かつ,控訴人の陳述書においても本件訴訟の存在を記載しなかった事実が認められ,本件訴訟に勝訴すれば,約300万円の不当利得金返還請求権という財産が控訴人に存在する可能性があったのであり,控訴人が破産の申立てをし,破産審尋を受けた際には,破産裁判所に対し,本件訴訟の存在を告知する必要があったといえる。したがって,控訴人が,本件訴訟の存在を破産裁判所に告知しないで,破産宣告・同時廃止・免責決定を受けたことは,財産のある場合には管財人を選任して換価・配当手続を行うという破産法の立法趣旨に抵触するものであり,乙原弁護士がこの点を故意に秘匿して申立てをしたものでないとしても,問題があると言わざるを得ない。この点については,過払金訴訟は,本来,破産手続前か,破産手続内で終了することが望ましく,破産手続終了後に破産前の財産上の係争が継続することは好ましいことではないとの指摘が,全国クレジット・サラ金問題対策協議会所属で,消費者問題を多数手掛けている弁護士からも指摘されている(甲159)ところである。
しかし,控訴人のこのような行為は,破産手続における破産裁判所に対する問題行為であるから,被控訴人は,免責取消事由に該当すると解する場合には,破産債権者として免責決定取消しの申立てを破産裁判所にすれば足り,本件訴訟の受訴裁判所である当裁判所の民事手続に何ら影響を与えるものではないと解するのが相当である。すなわち,被控訴人が主張する本件訴訟の存在を告知すべきであった裁判所とは,破産手続における破産裁判所を指すのであって,民事訴訟手続における受訴裁判所を指すものではない。被控訴人の主張は,いわば,国法上の裁判所と,民事手続上の裁判所とを混同するものであり,被控訴人の主張は採用できない。
(2) 被控訴人は,破産法上,破産管財人が本件訴訟を受継すべきであり,控訴人が本件訴訟を維持することは,全く予定されていないから,本件請求権を維持することは,被控訴人に対する関係で,民法上の信義則に反するものであると主張する。
しかし,控訴人に関する破産手続は,破産宣告・同時廃止されたのであり,民法上,権利の主体に全く変更がないことになる。そして,控訴人が破産手続に違反した場合には,破産手続上の不利益を受けることはあっても,破産宣告・同時廃止された以上,民法上の権利関係に影響はない。したがって,控訴人が本件訴訟を維持することが,被控訴人との関係で,民法上の信義則に反するものとはいえない。被控訴人の主張は採用できない。
(3) 被控訴人は,控訴人の主張する権利又は法律関係は,事実的,法律的根拠を欠き,権利保護の必要性が乏しいばかりか,実体的権利の実現ないし紛争解決を真摯に目的とするものではなく,相手方当事者を被告の立場に立たせることにより,訴訟上又は訴訟外において,有形,無形の不利益や負担を与えるなど不当な目的を有しているので,控訴人が本件訴訟を維持することは,訴権の濫用に該当すると主張する。
しかし,前認定のとおり,控訴人は,破産宣告を受けたものの破産手続は宣告と同時に廃止されているから,控訴人の実体的請求権は破産手続により何ら影響を受けることがなく,控訴人の被控訴人に対する本件請求も実体的,法律的根拠を欠くものとはいえない。また,控訴人が本件訴訟を維持することは,被控訴人に対し,有形,無形の不利益や負担を与える目的によるものであるとも認められないから,訴権の濫用であるということはできない。この点の被控訴人の主張も採用できない。
3 争点2について判断する。
被控訴人は,控訴人が,当初,290万7714円の不当利得金が存在するとして本件請求をしていたのに,差戻し後の控訴審に至って,突如として,計算書1のとおり計算方法を改めた上,請求の拡張をしているものであるが,これは,明らかに時機に後れたものであり,控訴人の故意又は重大な過失によって提出されたといえ,本件訴訟を遅延させるものであることは明らかであるから,控訴人の計算方法に関する主張は時機に後れた攻撃防御方法として却下されるべきであると主張する。
しかし,控訴人の請求の拡張は,単に計算方法を改めただけであり,計算の基礎となる本件各貸付けにおける貸付額,弁済日及び弁済額といった事実関係を変更した上,争っているわけではない。そして,人証等の証拠調べ手続も必要としないから,本件訴訟を遅延させるものとはいえない。被控訴人の主張は採用できない。
4 争点3について判断する。
利息制限法上の利息とは,現実に債務者が利用できる金員について生ずるものと解するのが相当であり,利息は借受金の利用の対価たる性質を有するから原則として後払いとするのが相当である。また,利息の計算において,利息制限法1条1項及び2項の規定は,金銭消費貸借上の貸主には,借主が実際に利用することが可能な貸付額とその利用期間とを基礎とする同法所定の制限内の利息の取得のみを認め,上記各規定が適用される限りにおいては,民法136条2項ただし書の規定の適用を排除する趣旨と解すべきであるから,過払金が充当される借入金債務についての貸主の期限の利益は保護されるものではなく,充当されるべき元本に対する期限までの利息の発生を認めることはできないというべきであるから,約定の支払日ではなく,現実の支払日までの利息金が発生し,その際,借入初日については,債務者は借入日から借入金を現実に利用できるから,利息計算の初日は算入するべきであると解するのが相当である。さらに,小数点以下の端数の処理については,四捨五入とする(通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律3条1項参照)。利率は,年15パーセントとし,利率の計算における1年は,平年が365日,閏年が366日とする。
以上の条件で,貸付1及び貸付2に対し,計算書1の取引日における弁済額を返済した場合で計算すると,別紙の計算書3(前判決「別紙の計算書3」を変更したもので,変更判決の末尾に添付する。)のとおり,不当利得元金は,301万4312円となる。そして,被控訴人は,貸金業者であり,約定の利率で控訴人が弁済した場合,利息制限法の利率に引き直して計算すれば,過払金が生ずることを知っていたと推認できるから,悪意の受益者といえる。そうすると,被控訴人は,過払金に利息をつけて返還する必要がある。
したがって,控訴人は,被控訴人に対し,不当利得に基づき,301万4312円並びにこれに対する最終弁済日の翌日である平成12年2月5日から控訴人代理人が返還請求をした同年7月17日まで民法所定の年5分の割合による利息及び同月18日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を請求できるといえる。そうすると,控訴人の本件請求は一部理由があり,これを棄却した原判決は相当でないから変更する必要がある。
5 よって,原判決を変更することとし,訴訟費用の負担につき,民事訴訟法61条,64条ただし書を,仮執行の宣言につき,同法297条,259条1項をそれぞれ適用し,さらに,当裁判所が,平成17年6月29日に言い渡した前判決に,法令に違反した部分があったので,前判決の主文第1項(1)を,主文第1項(1)のとおりに変更することとし,民事訴訟法256条を適用して,主文のとおり変更の判決をする。
(裁判長裁判官・末永進,裁判官・千葉和則,裁判官・杉浦徳宏)
別紙計算書1〜3<省略>