札幌高等裁判所 平成16年(行コ)16号 判決 2005年3月25日
主文
1 本件控訴及び当審における請求拡張部分をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,控訴人に対し,485万0250円及びうち410万1070円に対する昭和60年3月24日から,うち74万9180円に対する平成3年3月30日から支払済みまで年7.3パーセントの割合による金員を支払え(当審拡張後の請求)。
3 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。
4 仮執行の宣言
第2事案の概要
本件は,控訴人が,被控訴人に対し,特別土地保有税納付金の返還を求めるもので,原審における請求の要旨は,原判決書別紙物件目録1及び同物件目録2各記載の土地(以下,同目録1記載の土地を「本件第1土地」といい,同目録2記載の土地を「本件第2土地」といい,これらを総称して「本件各土地」という。)について,控訴人は,被控訴人に特別土地保有税を納付したが,本件各土地を控訴人において真実に取得・保有していた事実はなかったのであるから,上記納付金は法律上納付すべき理由がないにもかかわらず納付された過誤納金であるとして,上記納付金の返還を求めるとともに,訴状送達の日の翌日である平成16年2月25日から支払済みまで年7.3パーセントの割合による金員の支払を求めるものであったところ,原判決が控訴人の上記請求を棄却したため,控訴人は,これを不服として,原判決の取消しを求めるとともに,上記納付金の返還については,各納付日の翌日から支払済みまで,いずれも地方税法17条の4所定の年7.3パーセントの割合による還付加算金の支払請求権があるとして,前記控訴の趣旨記載のとおり請求を拡張したものである。
1 争いのない事実及び各項掲記の証拠から容易に認められる事実
(1) 控訴人は,函館市長による課税処分に基づいて,次のとおり本件各土地についての特別土地保有税及び督促手数料を納付した(以下,納付額全額を総称して「本件納付金」と,うち税額部分を「本件納税額」といい,本件納税額に対応する函館市長による課税処分を「本件課税処分」という。)。
納付日
納税額
督促手数料
ア
昭和60年3月23日
(内訳)昭和57年1~12月取得分
1,984,800円
100円
昭和58年度保有分
1,080,310円
100円
昭和59年度保有分
1,035,660円
100円
イ
平成3年3月29日
(内訳)昭和60年度保有分
749,080円
100円
本件納税額合計 4,849,850円
本件納付金合計 4,850,250円
(甲3の1・2,19の1・2,23の1ないし3,乙2,3,5ないし7)
(2) 上記(1)ア記載の課税対象物件は本件各土地の全物件(面積合計5万9334平方メートル)であり,上記(1)イ記載の課税対象物件は,本件第1土地の全部(面積合計4万8881平方メートル)及び本件第2土地(面積合計1万0453平方メートル)のうちの番号1,9及び11各記載(面積合計1098平方メートル)の土地で,いずれも,各課税対象年度における不動産登記簿上の所有権者は控訴人であった。
(甲1,2,4,10の1ないし15,弁論の全趣旨)
(3) 控訴人及び控訴人が代表取締役であった創寿圏開発株式会社ほか数名と泰邦興業株式会社(以下「泰邦興業」という。)及び泰邦興業の代表取締役であったAらとの間には,昭和57年ころから本件各土地の造成・分譲に関する各種の交渉や取引が行われ,その過程で控訴人が泰邦興業の代表取締役に就任(昭和57年6月1日)し,同年11月4日,本件第1土地について,同年10月28日売買を原因とする泰邦興業から控訴人への所有権移転登記手続がなされるなどしたが,造成・分譲のために進めていた融資獲得交渉が頓挫した後の昭和58年ころから,上記所有権移転登記を巡って,控訴人と泰邦興業及び上記Aらとの間における紛争が顕在化し,訴訟に進展するまでに至り,こうした紛争は,平成10年12月3日言渡しの東京高等裁判所の判決(東京高等裁判所平成6年(ネ)第1736号。同判決確定の日は,同月18日)によって,平成11年1月29日に,本件各土地のうちの29筆(面積合計1万4486平方メートル)について「真正な登記名義の回復」を原因とする控訴人から泰邦興業への所有権移転登記がなされたことによって,大方の決着を見ることとなった。
なお,控訴人は,平成15年中に,東京地方裁判所に対し,泰邦興業を被告として,本件第1土地について控訴人が支払った固定資産税及び特別土地保有税相当額の返還を求める不当利得返還請求訴訟(同裁判所平成15年(ワ)第27668号)を提起し,平成16年8月31日,泰邦興業から控訴人に対する374万5260円の金員の支払を命じる判決を得た(同判決確定の日は,同年9月16日)。
(甲1,2,15,34の1・2,弁論の全趣旨)
2 争点
本件課税処分の効力
(控訴人の主張)
(1) 本件第1土地の所有権の帰属については,控訴人への所有権移転登記がなされた当初から争いがあり,遅くとも昭和60年以降,訴訟が係属していた。
上記訴訟の第一審及び控訴審の各裁判所は,いずれも控訴人が本件第1土地を取得又は所有していなかったことを認定して,泰邦興業勝訴の判決を言い渡し,これらの判決の確定により,控訴人が本件第1土地を取得又は所有していなかった事実が明確となった。
ところで,特別土地保有税は,土地の所有又は取得を課税要件として賦課される租税であるから,控訴人が本件第1土地を取得又は所有していなかったことが確定した以上,たとえ課税処分時の登記簿上の所有名義人であっても,函館市長による本件課税処分は,本件第1土地の取得者又は所有者ではない者に対して行われたものとして,法律上の根拠を欠くことが明らかであり,本件課税処分は無効というべきである。また,本件のように滞納処分による対象土地の買受人が現れていない場合には,利害関係が課税者と被課税者との間にとどまっているのであるから,第三者の信頼保護といった要請も存しない。そして,本件のように課税対象土地を取得又は所有していなかったことが課税処分後に明らかとなった場合には,端的に納付税額を納付者に返還して納付者の救済を図ることが正義・公平の理念にも適うというべきである。
したがって,函館市長は本件納付金を法律上の原因なく徴収して控訴人に同額の損失を及ぼしたものであるから,控訴人はこれを不当利得として被控訴人に返還を求めることができる。このことは,最高裁昭和49年3月8日第二小法廷判決(民集28巻2号186頁)の判旨に照らしても明らかである。
(2) また,本件において,控訴人に本件課税処分による不利益を甘受させることは,著しく不当であるから,この意味においても,本件課税処分は無効であるというべきである。
すなわち,控訴人は,昭和58年3月8日,被控訴人の担当職員に対し,控訴人への本件土地所有権移転登記が融資獲得のための便宜的なものであることを説明し,控訴人が実質的な所有者ではないことを自認するとともに,所要の資料を提出していたのであるから,函館市長としては,実質的な所有者を確認することは極めて容易であった。それにもかかわらず,単に不動産登記簿上の所有権者としての記載のみに依拠して本件課税処分をしたことは,課税手続上の著しい不備というべきである。また,函館市長は,実体に従って課税処分を行うべき義務があったのであるから,本件各土地についての真実の所有者が明らかになった時点で従前の課税処分を更正する義務があったというべきであるとともに,控訴人に対し,更正の申立てを教示すべき義務があったというべきである。しかるに,こうした調査確認義務,更正処分義務及び更正申立教示義務を怠った函館市長による本件課税処分の不利益を控訴人に負担させることは著しく不当である。
なお,控訴人は,上記のとおり,昭和58年3月のころから,不動産登記簿とは異なる実体について被控訴人の職員に説明していたのであるから,控訴人に実体とは異なる外形を作出した者として本件課税処分を甘受させることは正当ではない。
(3) 仮に,本件課税処分が無効である旨の控訴人の主張が認められないとしても,被控訴人には,過誤納金返還に関する「函館市固定資産税等過誤納金返還要綱」及び「函館市固定資産税等過誤納金返還事務取扱要領」が存するところ,上記要綱及び要領の趣旨は,税負担の公平と税務行政に対する信頼を確保するため,地方税法の規定では還付できない過誤納金相当額を納税者に返還し,納税者の不利益を救済するというものであるから,その趣旨からすれば,課税処分に重大な瑕疵さえあれば,例外的事情の有無にかかわらず,過誤納金を納付者に返還するのが相当である。
(4) 被控訴人は,仮に本件課税処分が無効であるとしても,その過誤納金の返還請求権は5年の時効期間により消滅する(地方税法18条の3)旨主張するが,同消滅時効の起算点は,本件納付金の納付日ではなく,前記東京高等裁判所の判決が確定した平成10年12月18日の翌日とするのが相当である。
また,控訴人の主張にかかる上記事情に照らすと,本件において,被控訴人が消滅時効を援用することは信義則に反し許されないものというべきである。
(5) よって,控訴人は,被控訴人に対し,法律上納付すべき理由がないにもかかわらず納付された本件納付金の返還を求めるとともに,各納付日の翌日から支払済みまで,いずれも地方税法17条の4所定の年7.3パーセントの割合による還付加算金の支払を求める。
(被控訴人の主張)
(1) 本件課税処分は,その課税客体である本件第1土地についての昭和57年10月28日売買を原因とする同年11月4日付けの控訴人を所有者とする所有権移転登記等に基づいてなされたものである。そして,登記にはそれに沿う権利の帰属及び変動について事実上推定力があることからすれば,控訴人が主張するような判決が確定したとしても,それは本件課税処分を無効とする事由にはならず,せいぜい取消事由となるにすぎないというべきである。
ところで,地方税法17条の5第3項は,特別土地保有税に係る更正,決定若しくは加算金の決定は,法定納期限の翌日から起算して5年を経過した日以後においてはすることができないと定めているところ,本件課税処分に係る特別土地保有税の法定納期限から5年を経過していることは明らかであるから,たとえ上記のような取消事由があったとしても,もはや函館市長において取消しによる更正等を行うことはできない。
また,同法17条の6第1項3号は,地方税につきその課税標準の計算の基礎となった事実のうちに含まれていた無効な行為により生じた経済的成果がその行為の無効であることに基因して失われたこと,当該事実のうちに含まれていた取り消しうべき行為が取り消されたことその他これらに準ずる政令で定める理由に基づいてする更正若しくは賦課決定又は当該更正に伴う当該地方税に係る加算金の決定は,当該理由が生じた日の翌日から起算して3年間は,上記17条の5の規定にかかわらずすることができる旨定めているところ,控訴人の主張に係る判決の確定がこの「当該理由」に当たると解するとしても,「当該理由の生じた日」,すなわち,判決確定の日の翌日から3年を経過していることは明らかであるから,同法17条の6第1項3号によっても,函館市長が本件課税処分について取消しによる更正等をすることはできない。
したがって,本件課税処分を取り消し得ない以上,控訴人には本件納付金の返還請求権は生じない。
(2) 控訴人は,本件課税処分が無効である旨主張するが,控訴人が指摘する最高裁判所の判例は,本件と事案を異にする案件についてのものあるのみならず,同裁判例についての解釈をも誤るものである。また,本件において,本件課税処分を無効とすべき特段の事情は見当たらず,むしろ,控訴人は,本件第1土地について,昭和57年11月に泰邦興業から所有権移転登記を受けてからの本件課税処分に対応する課税年度の期間内において,登記簿上の所有名義人であったことから本件第1土地の所有者であることが推定されていたものであるところ,被控訴人には,登記と異なる実体関係を的確に示す資料は与えられていなかったことや控訴人の被控訴人担当職員に対する説明が,泰邦興業との所有権を巡る紛争についてのものではあったものの,控訴人が所有者ではないことを自認するというようなものではなかったし,前記東京高等裁判所の判決が確定した後にも,被控訴人には,本件第1土地の昭和60年度までの所有者が控訴人ではなかったことを的確に認定しうる資料は与えられておらず,上記東京高等裁判所の判決結果を知らされたのは,平成14年6月22日付け書面(甲5)が送付されたときが最初であった。
こうした事情に照らすと,函館市長には,本件課税処分を職権で更正すべき義務はなかったというべきであるし,被控訴人が,控訴人に対して,更正の申立てを教示すべき義務があったというのも相当ではない。
(3) 控訴人主張の函館市の要綱及び要領は,平成6年6月10日に施行されたもので,しかも,上記要綱及び要領をもって,特別土地保有税返還請求の根拠とすることはできない。
(4) 仮に,本件課税処分が無効であり,本件納付金が過誤納金に当たるとしても,地方自治体に対する過誤納金の返還請求権等は,その請求をすることができる日から5年を経過したときは,時効により消滅するところ(地方税法18条の3),上記時効の起算点,すなわち,同条の「その請求をすることができる日」とは,その納付の日であることが明らかである。
(5) なお,控訴人は,本件において,還付加算金の割合を一律に年7.3パーセントとして請求するが,平成11年12月31日以前の割合は年7.3パーセントであるものの,平成12年1月1日から平成13年12月31日までの割合は年4.5パーセントで,平成14年1月1日以降の割合は年4.1パーセントである(地方税法附則3条の2第1項,第3項)。
第3判断
1 控訴人は,本件において,本件課税処分の取消しではなく,本件課税処分が無効であるとして,本件納付金の返還を求めるものであるところ,課税処分が当然に無効であるといえるためには,原則として,当該処分の瑕疵が重大であり,かつ,明白な場合であることを要するが,瑕疵が明白でなくとも,その瑕疵が課税要件の根幹についての過誤であって,徴税行政の安定とその円滑な運営の要請を斟酌しても,なお,不服申立期間の徒過による不可争的効果の発生を理由として被課税者に当該処分による不利益を甘受させることが,著しく不当と認められるような例外的事情がある場合には,当該処分は当然無効になるものと解するのが相当である(最高裁昭和42年(行ツ)第57号昭和48年4月26日第一小法廷判決・民集27巻3号629頁)。
なお,控訴人がその主張の根拠として引用する判例は,本件とは事案を異にするか,あるいは,控訴人の見解とは必ずしも符合しないというべきである。
2 前記認定事実によれば,本件第1土地については,昭和57年11月4日,同年10月28日売買を原因として,泰邦興業から控訴人に対する所有権移転登記が経由されていたものの,平成10年12月18日に確定した東京高等裁判所の判決によって,控訴人への所有権帰属が否定されたことが認められる。
しかし,上記の事実から,直ちに本件課税処分が無効と解することはできないし,本件全証拠によっても,本件課税処分を無効としなければ,被課税者である控訴人に本件課税処分による不利益を甘受させることが,著しく不当と認められるような例外的事情があるとは認められない。
すなわち,控訴人は,本件第1土地について,自らの意思に基づいて,昭和57年11月に泰邦興業より所有権移転登記を受けてから,昭和60年3月までの本件課税処分に対応する課税年度の期間において,登記簿上の所有名義人であったところ,登記はその記載事項につき事実上の推定力を有するから,これにより,当時の控訴人は,本件第1土地の所有者であると推定されたものであるところ,上記所有権移転登記自体が控訴人の意思に基づくものでなかったというような事情が認められない本件において,登記の記載に準拠したことをもって,本件課税処分に重大な手続上の瑕疵があったというのは相当ではない。また,控訴人は,昭和58年3月に被控訴人の担当職員に対し,本件各土地についての係争関係等を資料をもって説明し,かつ,控訴人が所有権者でないことを自認していた旨主張するが,甲第2号証及び第15号証によれば,控訴人は,控訴人と泰邦興業との間での紛争を伝えただけで,控訴人に本件各土地の所有権が帰属していないことを自認していたとは到底認めがたいのみならず,むしろ,本件各土地の所有権が自己に帰属することを積極的に主張して長期間にわたって訴訟を遂行していたことが認められる。また,甲第16号証及び第18号証によれば,被控訴人の担当職員は,控訴人から上記甲第15号証の書簡を受領した後の昭和58年3月14日付け事務連絡(甲16)によって,譲渡担保等の事情がある場合には徴収猶予申告をする余地がある旨を控訴人に教示し,さらに,同年5月9日付け事務連絡(甲18)によって,控訴人から徴収猶予申告書の提出を受けたものの,資料が不足している旨回答していたことが認められるところ,その後,控訴人からの平成14年6月22日付け書簡(甲5)が函館市長に送付されるまでの間に,本件各土地の所有権の帰属について明確な資料が被控訴人にもたらされていたと認めるに足りる証拠はない。
こうした事実に照らすと,函館市長が,本件課税処分をしたことについて明白な瑕疵があったとは認められないし,控訴人については,本件課税処分を甘受させることが課税における正義と公平を損なうことにはならないというべきである。
なお,控訴人は,本件では公売等が実施されておらず,第三取得者も現れていないのであるから,確定判決によって明らかになった客観的所有関係にのみ従って本件納付金を返還させることが妥当である旨主張するが,それは,課税処分の無効主張が,そもそも,徴税事務の安定性を措いても救済すべき特別の事情があってはじめて許されるものであることを看過するものであるし,第三者保護の要請が存しないことをもって,控訴人保護の必要性が増大するなどというべきでない。したがって,控訴人の上記主張は,合理性を認めることができず,かえって,徴税実務を徒に不安定にさせるのであるから,採用しない。
また,控訴人は,被控訴人には固定資産税等の過誤納金についての返還要綱等が存することを根拠として,本件納付金の返還を求めるが,上記要綱等は,本件課税処分及び本件納付金の納付日より後の平成6年6月10日から実施されたものであるのみならず,上記要綱の第1条からも明らかなとおり,固定資産税及び都市計画税に係る過誤納金についてのものであり,特別土地保有税の返還請求の根拠とすることはできない。
3 以上の次第であるから,本件課税処分が無効であることを前提とする控訴人の本件請求は,当審拡張部分も含めて,前提を欠くからその余について判断するまでもなく理由がない。
第4結論
よって,本件控訴は当審における請求拡張部分を含めて理由がないから、これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 末永進 裁判官 森邦明 裁判官 杉浦徳宏)