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札幌高等裁判所 平成16年(行コ)18号 判決 2005年5月27日

控訴人

北海道郵政局長訴訟承継人

日本郵政公社

代表者総裁

生田正治

指定代理人

田口治美

外9名

被控訴人

Y

訴訟代理人弁護士

斉藤道俊

阪口剛

岩田圭只

佐々木涼太

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  差戻し後の控訴審の控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,差戻し前の第1,2審及び差戻し後の第1,2審とも被控訴人の負担とする。

第2  事案の概要

1  本件は,A郵便局(以下「A局」という。)副局長であった被控訴人が,北海道郵政局長(現日本郵政公社,以下「郵政局長」という。)から平成11年11月19日付けでされた国家公務員法82条1項各号による懲戒免職処分(以下「本件処分」という。)について,その処分の理由(横領の事実)がないとして,本件処分の取消しを求めた事案である。

差戻し前の札幌地方裁判所は,平成15年5月28日,日本郵政公社北海道支社長が本件訴訟を承継したと判断して,同支社長に対し訴訟手続の続行を命じた上,同年10月27日,同支社長を被告として本件処分を取り消す旨の判決を言い渡したが,札幌高等裁判所は,平成16年3月30日,続行命令を取り消すとともに,本件訴訟を札幌地方裁判所に差し戻した。

差戻し後の札幌地方裁判所は,平成16年9月30日,本件処分を取り消す旨の判決をしたので,控訴人が控訴の趣旨記載の裁判を求めて控訴した。

2  前提事実,争点は,原判決書「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の「1 前提事実(争いのない事実以外は括弧内に証拠等を掲記した。)」「2 争点」に記載のとおりであるから,これを引用する。

第3  裁判所の判断

1  当裁判所も本件処分は取り消すべきであると判断するが,その理由は,次のとおり訂正するほか,原判決書「事実及び理由」欄の「第3 争点に対する判断」に記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決書23頁8行目末尾に「そして,その「横領金の使い道」と題する書面によれば,被控訴人は,平成10年7月から平成11年4月7日までの期間,合計25万9500円を横領したことになっている。」を加える。

(2)  原判決書23頁12行目の「領収書」から同13行目の「確定的な日時」までを「出勤簿は存在したものの,領収書や備忘録等の手がかりもないまま」に改める。

(3)  原判決書23頁16行目の「全体として不自然なものといわざるを得ない。」を「必ずしも正確な金額が記載されているとは認められない。」に改める。

(4)  原判決書23頁18行目の「経済状況等」の次に「(被控訴人の小遣い額や被控訴人夫婦の預貯金の預入・引出しに関する事実)」を加える。

(5)  原判決書23頁20行目から21行目の「この時期」を「平成10年7月以降平成11年7月25日までの期間,被控訴人が旅行会の事務を一人で担当しているにもかかわらず,平成11年4月上旬までの期間」に改める。

(6)  原判決書24頁8行目の「しかしながら,」から24行目末尾までを「そして,被控訴人の取調べを行ったB監察官の陳述書(乙11)に記載されている被控訴人の捜査段階における自白によれば,その流用額は,控訴人主張のとおりの額であることが認められるけれども,その自白の信用性については,後記(3)のとおり疑問があり,必ずしもこの自白を採用することができない上,被控訴人は,ある程度不足した分については,被控訴人の口座から払い戻して穴埋めしている旨供述しているのであるから(原審における被控訴人本人第1回),被控訴人が自己の徴収ミスにより積立金及び事務費を流用したとしても,平成11年3月31日当時,積立金及び事務費からその流用額全額が不足していたことを認めるに足りる証拠はなく,控訴人の立証は不十分である。したがって,平成11年3月31日当時,積立金及び事務費の欠損金額については不明であるといわざるを得ない。」に改める。

(7)  原判決書25頁6行目の「前記」から12行目の「加えて,」までを削除する。

(8)  原判決書25頁22行目末尾に,次を加える。

「なお,控訴人は,この点につき,Cの団体保険は簡易保険であるところ,簡易保険は,保険料の払込遅延が3か月を越えると失効してしまうのであり,平成10年5月分から平成11年3月分までの団体保険料11か月分について,平成11年3月に受領した被控訴人の業績賞与で立て替えることはできないのであるから,被控訴人は,Cの団体保険料未納分について,積立金及び事務費を流用したというべきである旨主張する。

ところで,Cの未納保険料が11か月分存在した事実は,本件処分時から判明していた事実であり,養老保険約款(乙40)及び契約者貸付約款(乙41)は,いずれも平成3年3月4日に告示されているのであって,控訴人は,本件訴訟の早い段階からその旨を主張・立証することができたといえる。ところが,控訴人は,差戻し後の控訴審である当審においてはじめてその旨を主張し,証拠として乙第40号証を提出したものの,被控訴人から答弁書において,保険料振替貸付制度の条項の存在を指摘されると,当審の口頭弁論終結当日に,突然,乙第41号証を提出するとともに,控訴人代理人が口頭により,保険料振替貸付制度の利用のためには,保険契約者の請求書に基づく請求が必要とされているところ,Cから同請求はなされておらず,Cの平成10年5月分から平成11年3月分の団体保険料の支払について,保険料振替貸付制度が利用された事実はないとの同約款18条所定の請求書に関する主張を行ったものである。控訴人において,そのような主張をすることは,裁判所はもとより,被控訴人においても知らされていなかったものである上,この控訴人の主張を判断するに当たっては,さらに,同約款18条所定の請求書の存在の有無についての証拠調べを行う必要があり,これにより,訴訟の完結はさらに遅延することとなる。そうすると,控訴人の同約款18条所定の請求書に関する主張は,控訴人が故意又は重大な過失により時機に後れて提出した攻撃方法であり,かつ,これにより訴訟の完結を遅延させることとなるので,民事訴訟法297条,157条1項に基づき,職権により,控訴人の同約款18条所定の請求書に関する主張を却下することとする。」

(9)  原判決書29頁3行目の「から相当時間経過」を「日」に改める。

(10)  原判決書29頁8行目「明快な説明ができなかったことに加」から11行目末尾までを,「明快な説明ができなかったものと解するのが相当である。」に改める。

2  なお,控訴理由に鑑み,必要な限度で付言する。

(1)  控訴人は,本件払出しが横領に当たるか否かについては,結局のところ,本件払出しが不法領得の意思に基づくものであったか否かという被控訴人の主観的要件の有無が問題になるものと解され,本件において,捜査段階における被控訴人の自白の任意性及び自白の信用性についてまずもって判断されるべきであると主張する。

しかし,不法領得の意思という主観的要件を判断するに当たっても,自白の内容が客観的な事実に適合しない場合には,その自白は信用できず,その結果,被控訴人に不法領得の意思があったことを認定することはできないのであるから,捜査段階における被控訴人の自白の任意性及び信用性から判断すべきとする控訴人の主張は,採用できない。

(2)  控訴人は,被控訴人の自白には信憑性があると主張する。確かに,控訴人が指摘するとおり,証拠(乙11,原審証人B5頁)によれば,監察官の被控訴人に対する取調べは,平成11年11月10日午前11時30分から始まり,被控訴人が本件払出しについて自白に至ったのが午後4時32分ころであったことからすれば,比較的短時間で自白したといえるのであり,原審判示のように取調べ開始から相当期間経過後の自白とはいえない。また,被控訴人が当時郵便局の管理者である副局長の地位にあり,かつ,郵便局に32年勤務した者であるから,自ら横領した事実を認めれば懲戒免職処分となり,家族に迷惑がかかることを十分承知していたといえるから,被疑事実である横領に対し,そのような事実が存在しない場合には,終始一貫して否認するのが通例であるとの控訴人の指摘は,一般論としては首肯できる。

しかし,任意同行による取調べが,退出を求めればいつでも退出できる状況下での取調べであるとの控訴人の主張は,にわかに採用しがたい。すなわち,被控訴人は,自宅が捜索されると同時に,捜査権限を有する監察官による取調べ(乙11)を受けたのであるから,被疑者である被控訴人が自由に退出することは実際上は非常に困難であると解されるからである。また,被控訴人が自白したのが平成11年11月10日であれば,被控訴人が「横領金の使い途」と題する書面(甲15に添付された書面)も同日中か翌日には提出できたと解するのが自然であるところ,同書面が提出されたのは同月16日であり,相当の日数を要している事実は,原判決が指摘するとおり,監察官が説明する被控訴人の自白状況(乙11,原審証人B)に照らして不自然というべきである。被控訴人の捜査段階における自白は,被控訴人において,ずさんな経理をしていたことと記憶があいまいであったため明快な説明ができなかった一方で,監察官において,支出等の十分な裏付調査を行わず,かつ,被控訴人の当時の経済状況等自白を補強すべき事実についての調査も行わなかったため,真実に迫るための具体的手がかりを欠いたままの取調べが行われていたのであり,監察官の誘導又は誤導による虚偽の内容のものである可能性が否定できない。

控訴人の主張は採用できない。

(3)  控訴人は,積立金及び事務費の流用について,事務費の預入は,貯金通帳が1冊で預入処理は簡単であり,かつ,47万8962円は使ってしまって手元になかったと被控訴人が自白ないし供述し,ずさんな経理を繰り返していた事実等に照らすと,平成11年1月29日においては,本来あるべき積立金及び事務費23万0218円が,同年3月23日においては,本来あるべき積立金及び事務費47万8962円は,既にその一部しか手元になかったとみるのが自然であると主張する。

控訴人の主張は,事務費の預入は貯金通帳が1冊で預入処理は簡単であることを被控訴人が供述していることが前提となっている。すなわち,控訴人は,その主張の前提として,被控訴人が,原審における被控訴人本人尋問において,事務費の貯金通帳は1冊で預入処理は簡単であるが,積立金の預入処理が終わらないと事務費の金額が分からないので,積立金と事務費をいっぺんに処理しなければならないと供述し,口頭審理においても同趣旨の供述をしているとする。

しかし,被控訴人は,事務費の預入は貯金通帳が1冊で預入処理は簡単であると断定的な供述をしていないので,控訴人の主張はその前提を欠くものといわざるを得ない。すなわち,原審における被控訴人本人尋問(第1回)において,控訴人指定代理人の「事務費の関係ですが,今100冊余りある積立金の預入の話をしていただきましたが,事務費のほうは貯金通帳1通ということでよろしいですか」との質問に対し,被控訴人が「よろしいです」と答え,同じく「積立金とは違って,事務費は1冊の通帳ですから,預入の手続は簡単だということでしたよね」との質問に「はい」と答えているだけで,被控訴人において,事務費の預入処理は貯金通帳が1冊で簡単であると断定的な供述をしているわけではない。控訴人指定代理人の質問は,それ自体に控訴人の評価が入っているものといえるから,この質問に肯定的に回答したからといって,被控訴人自身が事務費の預入処理は簡単であると供述したことにはならない。また,被控訴人は,口頭審理においては,事務費の預入処理は,被控訴人が独自の計算方法によるから簡単ではない旨の供述をしているのであるから,やはり控訴人の主張はその前提を欠くものといえる。

(4)  控訴人は,仮に本件払戻しの目的が水戸旅行代金の不足分に充てる目的があるとしても,平成8年4月から平成11年3月まで旅行会の会長をしていたDが「旅行代金の個人負担部分を旅行会の事務費で立替えたことはなく,事務費から立て替えるよう被控訴人から相談されたこともなく,また,もし,相談があっても事務費は会員のお金だから会長として許可しない。」との供述をしていること,被控訴人は,E副局長に団体払込事務の引継ぎをするまで本件払戻し分を填補しなかったのであるから,その立替えは,一時的とはいえないことから,委託の趣旨に反する本件払戻しについて横領が成立することは明らかであると主張する。

しかし,本件払戻しは,原判決が認定するとおり,被控訴人が旅行会から委託を受けた目的に反しないものといえる。Dの供述(乙11の15頁)は,監察官がその供述を録取したものであって,反対尋問がされていないから,その録取過程に監察官の誘導が入る可能性があり,証拠価値として乏しい上に,D自身旅行代金を未納している者であるところ,会長の立場にありながら,旅行代金を未納している者が,自ら支払をせずに,事務費からの支払を許容できるはずもないのであるから,そもそもその供述に説得力がないものであって,上記D供述は,到底信用できない。また,被控訴人は,そのずさんな経理と多忙の故に,補填を引継時まで失念していたといえ,しかも,一時的との意識は,当該行為時であれば足りると解されるから,時間の長短は必ずしも重要な問題とはいえない。控訴人の主張は採用できない。

3  よって,本件控訴は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・末永進,裁判官・杉浦徳宏裁判官・森邦明は,転任のため,署名押印できない。裁判長裁判官・末永進)

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