札幌高等裁判所 平成17年(う)123号 判決 2005年8月18日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、主任弁護人磯田丈弘及び弁護人長谷川英二連名作成の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官大橋充直作成の答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。
1 刑訴法378条2号の控訴趣意について
論旨は、要するに、本件は、被告人がほぼ19歳2か月のときの事件であるが、検察官の家庭裁判所への事件送致は、事件から9か月を経てなされており、このような事件送致の著しい遅延により、被告人は少年法による保護処分を受ける機会を不当に奪われたものであるから、本件公訴提起は無効であり、原審は、刑訴法338条4号に基づき、公訴棄却の判決をすべきであったのに、これをしなかった点で同法378条2号の不法に公訴を受理した違法がある、というのである。
そこで検討するに、関係証拠によれば、本件は、平成15年9月7日に発生した自動車事故に端を発し、警察官は同日中に被告人が身代わり犯人ではないかとの疑いをもち、捜査が開始されたことがうかがわれるところ、検察官が札幌家庭裁判所に事件を送致したのは平成16年6月11日であるから、家裁送致までに9か月を要したことが認められる。しかし、この事故により2名の者が死亡しており、その運転者には業務上過失致死罪の嫌疑がかけられていたところ、その車の生存同乗者は被告人を含めて3人いた上、当初、被告人らは、Yの酒気帯び運転が発覚すると都合が悪いとして口裏を合わせ、被告人が運転していた旨虚偽の事実を警察官に述べていたものであり、上記のとおり、事故当日には身代わりとの疑いがもたれたが、Yが運転するに至った経緯、状況、その場合の被告人らの刑事責任の存否を究める必要があることなどの事情に照らすと、本件は、被告人を含む関係者に対する詳細な事情聴取や実況見分、引き当たり捜査等慎重な捜査が求められる事案であり、実際に被告人に対しては、その供述等により酒気帯び運転の教唆及び犯人隠避の非行があったとして、家庭裁判所に事件を送致したものである。以上によれば、本件においては、捜査を遂げて送致するまでに相当の期間を要したものと認められ、これに上記の期間を要したことをもって直ちに遅延があったということはできない。加えて、本件において、捜査官が、家庭裁判所の審判の機会を失わせる意図をもってことさら捜査を遅らせ、あるいは、特段の事情もないのにいたずらに事件の処理を放置するなどの重大な職務違反があったことをうかがわせる事情もない。そして、家庭裁判所への事件送致は、被告人が成年に達する約1か月前であるが、家庭裁判所の裁判官は、その間に、上記のとおり、少年法20条1項による検察官送致の決定をしており、この点でも少年審判の機会が不当に奪われたということはできない。
結局、論旨は理由がない。
2 法令適用の誤りの控訴趣意について
論旨は、要するに、被告人が酒気帯び運転の犯人であるYの身代わりとなり、警察官に自ら運転していた旨虚偽の事実を述べた時点で、Yはすでに死亡していた、そして、刑法103条にいう「罪を犯した者」に死者は含まれないと解すべきであるから被告人は犯人隠避罪について無罪であるのに、死者も犯人隠避罪の客体になるとして被告人に同罪の成立を認めた原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがある、というのである。
そこで検討するに、関係証拠によれば、所論のとおり、被告人が警察官に虚偽の事実を述べた時点で犯人であるYはすでに死亡していた可能性が高く、その時点では犯人は死亡していたと推認される。そうすると、同条の犯罪が成立するかどうかは、同条にいう「罪を犯した者」に死者を含むかどうかによることとなる。ところで、同条は、捜査、審判及び刑の執行等広義における刑事司法の作用を妨害する者を処罰しようとする趣旨の規定である。そして、捜査機関に誰が犯人か分かっていない段階で、捜査機関に対して自ら犯人である旨虚偽の事実を申告した場合には、それが犯人の発見を妨げる行為として捜査という刑事司法作用を妨害し、同条にいう「隠避」に当たることは明らかであり、そうとすれば、犯人が死者であってもこの点に変わりはないと解される。なるほど、無罪や免訴の確定判決があった者などは、これを隠避しても同条によって処罰されないが、このような者はすでに法律上訴追又は処罰される可能性を完全に喪失し、捜査の必要性もなくなっているから、このような者を隠避しても何ら刑事司法作用を妨害するおそれがないのに対し、本件のような死者の場合には、上記のとおり、なおそのおそれがあることに照らすと、同条にいう「罪を犯した者」には死者も含むと解すべきである。結局、論旨は理由がない。
3 酒気帯び運転幇助に関する事実誤認の控訴趣意について
論旨は、要するに、被告人は、自動車の運転をYと替わった際、同人の酔いがさめていると思っていたのであり、同人の酒気帯び運転について確定的な認識はなかったから、被告人にはこれを幇助する意思がなく無罪であるのに、幇助犯の成立を認めた原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある、というのである(なお、弁護人は法令適用の誤りも主張するが、結局は事実誤認の主張と判断される。)。
そこで、原審記録を調査して検討するに、原判決挙示の証拠によれば、被告人に酒気帯び運転を幇助する意思があったとしてその幇助犯の成立を認めた原審の判断は正当であり、原判決に事実の誤認は認められない。
すなわち、関係証拠によれば、Yは平成15年9月7日午前0時25分ころの事故により死亡したが、その体内に血液1ミリリットル中0.4ミリグラムのエチルアルコールを保有していたこと、同人は、事故前日の午後7時から午後9時ころまでの間、A、B及びCらとすすきのの居酒屋で飲食し、同人自身500cc入りのビールを5杯位飲んで相当酔っていたこと、被告人は、同日午後11時50分ころ、当別駅でYら4人と会ったが、その際、Yらから「すすきので飲んできた」と告げられていること、車内でYらはいわゆるハイテンションで、大騒ぎをし、CDの音量を高め、後部座席のCが被告人のアクセルペダルを踏んでいる右足の膝あたりを手で押したり、Yが「もっとスピードを出せ」と言ったりしていたこと、Yに運転を替わったのは翌7日午前0時20分ころで、飲酒後約3時間半程度しかたっていなかったことの各事実が認められる。これらの事実によれば、それだけでも、被告人は、Yに運転を替わったとき、同人の運転が飲酒運転となる旨認識していたことを強く推認させている。加えて、Yは運転を替わった直後から急発進や蛇行運転を繰り返すなど異常な運転をしていること、事故直後、被告人、A及びBは、Yの飲酒運転の発覚を恐れ、被告人が運転していたことにしようと相談し、現に被告人は自分が運転していた旨警察官に述べていること、Aは、原審公判廷において、Yが、街に入るまでは自分が運転する、警察がいるとまずいという話をしており、それを酒気帯び運転が警察にばれることを心配した言葉と受け取った旨供述していることが認められ、これらの事実も被告人が上記の認識をもっていたことと符合し、裏付けている。なお、被告人は、原審公判廷において、それまで一貫して、当別駅で会ったとき酒の臭いがした、飲酒運転になることを知りながら運転を替わったと述べていたのを覆し、酒の臭いに気が付かなかった、もう酔いがさめていると思ったなどと供述を変遷させたが、変遷について合理的な説明がないのみならず、原審公判廷においても、Yの体にアルコールが残っているのは分かっていたと述べるなど矛盾する供述をしていることなどに照らすと、被告人の上記否認供述は信用できない。そうすると、被告人は、Yが酒気を帯び飲酒運転になることを認識していたことは明らかである。その他弁護人がるる主張する点を考慮しても、被告人にYの酒気帯び運転について幇助犯の成立を認めた原判決の認定に誤りはなく、論旨は理由がない。
よって、刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・長島孝太郎、裁判官・川本清巌、裁判官・市川太志)