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札幌高等裁判所 平成17年(ネ)119号 判決 2005年12月09日

控訴人 X

訴訟代理人弁護士 高橋智

同 安永美穂

被控訴人 第一生命保険相互会社

代表者代表取締役 斎藤勝利

訴訟代理人弁護士 山近道宣

同 矢作健太郎

同 内田智

同 和田一雄

同 中尾正浩

同 片山利弘

同 石岡修

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の控訴人に対する、(1)手続日平成一三年三月六日、利息期日同日、手続金額八〇万円の契約者貸付金債務、及び、(2)手続日同年四月一三日、利息期日同日、手続金額一〇六万三五六六円の契約者貸付金債務は、いずれも存在しないことを確認する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

第二事案の概要

一  本件は、被控訴人との間で生命保険契約を締結している控訴人が、被控訴人と控訴人との間で締結されたとされる二口の契約者貸付に係る債務が存在しないことの確認を求める事案である。

原審は、控訴人の請求を棄却したので、控訴人が控訴の趣旨記載の裁判を求めて控訴した。

二  前提事実、被控訴人の主張及び控訴人の主張は、原判決書「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」の「一 前提事実」「二 被告の主張」「三 原告の主張」に記載のとおりであるから、これを引用する。

第三裁判所の判断

一  当裁判所も、控訴人の本件請求は棄却するべきであり、本件控訴は理由がないと判断する。その理由は、次のとおり、訂正、付加するほか、原判決書「事実及び理由」欄の「第三 当裁判所の判断」に記載のとおりであるから、これを引用する。

(1)  原判決書六頁二六行目の「契約者貸付が多数行われている。」を「契約者貸付が多数行われており、平成一三年度の被控訴人が取り扱った契約者貸付の件数は約二一一万件である。」に改める。

(2)  原判決書一一頁三行目の次に改行して、次のとおり、加える。

「(5) 保険証券上の署名と代筆[乙一の一、二五、三四]

本件保険契約を締結した当時、被控訴人では、保険証券の保険契約者、被保険者、受取人欄は、契約申込書の契約者、被保険者、受取人欄の記載がそのまま保険証券上に転載されるようになっていた。そして、被控訴人においては、契約申込書を受け取る場合、原則として、契約者又は被保険者に面前で署名、押印してもらうようしていたが、利き手が動かない、被保険者が一五歳未満である等の場合には、例外的に代筆を認めていた。なお、代筆した場合であっても、代筆した旨を保険証券上には記載しない取扱いであった。ちなみに、平成一二年度以降の取扱いは、契約申込書の記載を転載するのではなく、機械で印字された氏名がそのまま記載されるようになっている。また、同業他社では、通信販売による生命保険契約も頻繁にされており、その場合には、面前での署名は当然不可能となる。

被控訴人は、代理人届の署名について、委任者本人による署名、押印を求めているが、代理人届を利用して契約者貸付をする場合には、被控訴人の担当者の面前で署名、押印をしてもらうことができないので、その場合、本人の同一性を確認する手段として、代理人届の筆跡で確認するのではなく、代理人届の印鑑と保険証券上の印鑑が同一であるかによって確認している。」

(3)  原判決書一三頁一五行目の「多数」を「平成一三年度では年間約二一一万件もの多数」と改め、一七行目の「ものである」の次の「こと」を加える。

二  なお、控訴理由にかんがみ、付言する。

控訴人は、保険証券の保険契約者欄には「(自署)」と記載されること、署名が諸外国で本人の同一性を確認する最も有効な手段であると認識されていること、被控訴人においても自署の徹底を図っているが、これは保険金の不正受給等の防止のため、あるいは、同一性確認のため、複数の要件を用意していると考えるべきであると指摘した上、本件は署名が別人によってなされたことが明らかな事案であって、被控訴人の担当者は控訴人に電話確認すらしておらず、被控訴人においてAを控訴人の代理人であると信頼するに足りる事情がないから、本件には民法四七八条の類推適用はないと主張する。

しかしながら、本件保険契約における契約者貸付の制度は、前認定のとおり、保険契約者である控訴人から契約者貸付の請求を受けたとき、被控訴人には、これに応ずべき義務が課されており、その貸付額は解約返戻金の範囲内に限定され、保険金又は解約返戻金の支払の際に残元利金が差引計算されることからすれば、この請求による保険者である被控訴人の貸付は、法的義務の履行であって、保険金又は解約返戻金の前払と同視することができるから、民法四七八条の類推適用を認めるべきである。そして、契約者貸付の制度が、前認定のとおり、被控訴人の担当者の面前で本人が署名、押印することが予定されていない代理人届による貸付を認めている上、現在では、保険証券上に本人の署名は記載されていないことからすれば、本人の同一性の確認は、印鑑によって確認すれば足り、その署名が自署であるか否かを確認する必要はなく、まして、委任者本人の意思確認をする必要もないと解するのが相当である。控訴人の主張は採用できない。

三  よって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 末永進 裁判官 千葉和則 杉浦徳宏)

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