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札幌高等裁判所 平成17年(ネ)199号 判決 2005年12月08日

平成17年(ネ)第199号 不当利得返還等請求控訴事件

同年(ネ)第254号 同附帯控訴事件

(原審・旭川地方裁判所紋別支部平成16年(ワ)第46号)

静岡市駿河区南町10番5号

控訴人兼附帯被控訴人

株式会社クレディア(以下「控訴人」という。)

同代表者代表取締役

●●●

同代理人支配人

●●●

北海道●●●

被控訴人兼附帯控訴人

●●●(以下「被控訴人」という。)

同訴訟代理人弁護士

亀井真紀

大窪和久

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  本件附帯控訴に基づき原判決主文第1項及び第3項を次のとおり変更する。

控訴人は,被控訴人に対し,90万5861円及び内金48万2240円に対する平成16年2月3日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第1,2審とも控訴人の負担とする。

4  この判決は第2項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  本件控訴

(1)  原判決主文第1項を次のとおり変更する。

(2)  控訴人は,被控訴人に対し,48万2240円及びこれに対する平成16年2月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  被控訴人のその余の請求を棄却する。

(4)  控訴費用は被控訴人の負担とする。

2  本件附帯控訴

主文第2項及び第3項と同旨

第2事案の概要

本件は,被控訴人が控訴人に対し,被控訴人は控訴人との間で借入及び返済を繰り返したが,これを利息制限法により計算し直すと平成16年2月2日において48万2240円の過払いになるとして,その返還及び利息の支払を求めるとともに,被控訴人代理人弁護士による再三の取引履歴開示要求に対し誠意ある対応をしなかったとして,不法行為に基づき損害賠償金の支払を求めるものである。原判決は,不当利得返還請求に係る附帯請求の利率を年5分としたほかは被控訴人の請求を認容した。控訴人は,本件控訴を提起し,不法行為は成立しない,仮に成立するとしても損害額は原判決の認容額を下回る旨主張し,これに対し,被控訴人は,本件附帯控訴を提起し,不当利得返還請求に係る附帯請求の利率は年6分とすべき旨主張している。したがって,被控訴人が控訴人に対し48万2240円及びこれについて平成16年2月3日から支払済みまで少なくとも年5分の割合による金員の支払請求権を有することについては確定している。なお,一審相原告●●●の関係では,当事者双方から控訴はなく,同原告一部勝訴の原判決が確定している。

1  当事者の主張

(1)  被控訴人

請求原因は,不当利得返還請求に係る利息の利率について,次のとおり加えるほかは,原判決別紙「請求の原因」のとおりであるから,これを引用する(専ら一審相原告●●●に関する部分は除く。)。ただし,原判決別紙「請求の原因」の2の末行の末尾に「なお,控訴人は悪意の受益者である。」を加え,4の3行目の「遅延損害金」を「利息」と改める。

ア 民法704条が悪意の受益者に限って利得に利息を付して返還すべき旨を定めているのは,利得財産から法定利率程度の付加利益が生じるのが通常であり,これを併せて返還させるのが公平の趣旨にかなうからである。

イ 利得を得た者が商人であれば,利得物を営業のために利用し,少なくとも商事法定利率の割合による利益を得ているのが通常である。控訴人は,被控訴人等から得た弁済金(過払金)を利用して,顧客に年20ないし29パーセントの利率で貸し付けて多額の利益を得ているのであるから,控訴人は被控訴人に対し商事法定利率年6分の利息を付して不当利得を返還すべきである。

(2)  控訴人

ア 不当利得返還請求に係る利息の利率について

民法704条の利息は,悪意の利得者へのサンクションとして利得物による利益の有無,多少とは関係なく支払うべきものとされているのであり,単に公平性の確保に起因するものではない。確かに控訴人は,利息制限法を超える利率で顧客に貸付を行っているが,顧客を騙して利息制限法を超える利率で貸付をしているわけではないし,貸金業の規制等に関する法律を遵守して営業を行っているのであり,低利の資金調達や営業努力による利益を蔑まされる理由はない。

イ 不法行為に基づく損害賠償請求について

(ア) 控訴人は,平成13年3月31日に株式会社パブリックを吸収合併したが,それ以前に完済された株式会社パブリックと顧客との間の取引履歴についてはコンピュータにデータとして入力していない。控訴人は,被控訴人代理人弁護士からの請求を受け,平成12年11月7日付け契約以降の取引に基づく債権の届出をしたり,コンピュータから検索した取引履歴を出力して利息制限法に基づき引き直した計算表を作成,送付したが,それ以前には取引はないと認識していた。その後,被控訴人代理人弁護士から,平成5年から取引があるとして取引履歴の開示請求があったが,コンピュータに入力されていないため,開示には時間がかかる旨返答している。このように,控訴人は,被控訴人代理人弁護士からの取引履歴の開示請求には適宜応じているのであり,控訴人の対応は不法行為を構成するものではない。また,被控訴人代理人弁護士は平成5年から取引があるとして取引履歴の開示請求をしてから2月も経過しないうちに一方的に本訴を提起したのであり,控訴人の対応によって被控訴人に精神的苦痛が生じたとは考えられない。

(イ) 仮に控訴人の対応が不法行為になるとしても,被控訴人代理人弁護士が取引開始時期を指定して取引履歴の開示請求をしてから本訴が提起されるまで2月に満たないこと等を考慮すると,賠償額は10万円を超えることはない。

第3当裁判所の判断

当裁判所は,被控訴人の請求はすべて理由があると判断する。その理由は,次のとおりである。

1  不当利得返還請求に係る利息の利率について

控訴人は株式会社で商人であり,不当利得金は控訴人の貸金業の営業に利用され,しかも,控訴人が利息制限法による制限を超える利率で顧客に貸付を行っていることは控訴人の自認するところであるから,商事法定利率年6分の割合を下回らない運用利益が生じていたものと認めるのが相当であり,このような場合には,不当利得返還請求に係る利息は商事法定利率年6分の割合によると解するが相当である。

2  不法行為の成否について

(1)  証拠(甲1ないし3,4の1及び2,5,6,乙4ないし8,13ないし16)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。

ア 被控訴人代理人弁護士は,控訴人に対し,平成16年2月16日付の書面で,被控訴人の依頼により同人の債務整理について受任したとして,同封の債権調査票に所定事項を記入の上返送するよう依頼し,この書面はそのころ控訴人に到達した。なお,上記書面には,現在の残債務だけではなく,借入・入金等取引経緯の全てを記入してほしい旨記載されている。

イ 控訴人は,上記依頼を受け,被控訴人代理人弁護士に対し,同月19日,当初貸付額50万円,元金残高42万7823円,利息残高1万6079円,元利合計残高44万3902円(平成16年2月18日現在),約定利率28.500%,損害金利率29.200%,保証人無,債務名義無と記載した書面を送付して債権を届け出たが,同書面には借入・入金等の取引経緯は記載されていなかった。

ウ 被控訴人代理人弁護士は,控訴人に対し,平成16年4月2日付の債権再調査依頼書で,控訴人からの回答には残高の記載しかないとして,取引の当初からの取引経過の開示を求め,この書面はそのころ控訴人に到達した。

エ 控訴人は,上記依頼を受け,被控訴人代理人弁護士に対し,平成16年4月5日,被控訴人と控訴人との間の平成12年11月7日からの取引履歴,利息制限法により計算し直すと残元金は21万5589円となることなどを記載した書面を送付した。

オ 被控訴人代理人弁護士は,控訴人に対し,平成16年10月18日付の債権再調査依頼書で,控訴人からの回答では一部の取引経過の開示しかないとして,平成5年11月29日からの取引経過の開示を求め,この書面はそのころ控訴人に到達した。

カ 控訴人従業員は,平成16年10月22日,被控訴人代理人弁護士事務所からの電話を受け,平成13年4月に株式会社パブリックを合併したが,株式会社パブリック時代の完済分の取引は本社で引き継いでいないので明細を探し出すのは無理である旨伝えた上,債務が存在しない旨の和解を提案し,同年11月8日には,被控訴人代理人事務所に電話をし,開示には時間がかかる旨伝えた。なお,被控訴人は,控訴人の上記和解の提案を拒否した。

キ 控訴人従業員は,平成16年4月21日,同年5月17日,同年6月22日に被控訴人代理人弁護士事務所に電話をし,債務整理の進行状況を聞いたところ,被控訴人代理人弁護士事務所の事務員は,被控訴人の債務整理の方針は固まっていない,破産に移行するが申立時期は未定であるなどと答えた。

ク 被控訴人は,平成16年11月30日,本訴を提起した。控訴人は,平成17年1月に至って,平成5年11月29日からの被控訴人と控訴人との間の取引履歴を開示した。

(2)  ところで,貸金業者は,顧客から取引履歴の開示を求められた場合には,その開示要求が濫用にわたると認められるなどの特段の事情のない限り,貸金業の規制等に関する法律の適用を受ける金銭消費貸借契約の付随義務として,信義則上,保存している業務帳簿(保存期間を経過して保存しているものを含む。)に基づいて取引履歴を開示すべき義務を負うものと解すべきであり,貸金業者がこの義務に違反して取引履歴の開示を拒絶したときは,その行為は,不法行為を構成するものというべきである(最高裁判所平成16年(受)第965号平成17年7月19日第三小法廷判決<甲12,裁判所時報第1392号5頁>)。

これを本件についてみるに,前記認定のとおり,控訴人は,被控訴人代理人弁護士から平成16年2月16日ころ,控訴人と被控訴人との間の取引経緯の全ての開示を求められたにもかかわらず,本訴が提起された後の平成17年1月まで控訴人と被控訴人との間の取引履歴の一部しか開示しなかったのであり,しかも,本件においては,被控訴人の取引履歴の開示要求が濫用にわたることを窺わせる事情は全くないのであるから,平成17年1月まで取引履歴全部の開示をしなかった控訴人の対応が不法行為を構成することは明らかである。

控訴人は,控訴人は平成13年3月31日に株式会社パブリックを吸収合併したところ,それ以前に完済された株式会社パブリックと顧客との間の取引履歴についてはコンピュータに入力されていないという事情を前提として,控訴人は被控訴人の取引履歴の開示要求に誠実に対応したから,控訴人の対応は不法行為を構成しない旨主張するところ,証拠(乙1,2,9の1ないし3,17)及び弁論の全趣旨によれば,控訴人は平成13年4月2日に株式会社パブリックを吸収合併したこと,控訴人は株式会社パブリックと被控訴人との間の平成12年11月7日以降の取引履歴はコンピュータに入力しているが,それ以前の取引履歴はコンピュータに入力していないことが認められる。しかし,控訴人が株式会社パブリックと被控訴人との間の平成5年11月29日からの全取引に関する業務帳簿を保存していることは,控訴人が平成17年1月に全取引履歴を開示したことから明らかであり,そうであるとすれば,被控訴人代理人弁護士から取引経緯の全ての開示を求められた控訴人としては,速やかに保存している全業務帳簿を検索して,株式会社パブリック時代の取引履歴を含め全取引履歴を開示すべき義務があったというべきである。したがって,控訴人の主張は理由がない。なお,控訴人は,被控訴人代理人弁護士が平成5年から取引があるとして開示要求をするまで,平成12年11月7日以前には株式会社パブリックと被控訴人との間の取引はないと認識していた旨主張するところ,仮にそうだとしても,それは株式会社パブリックと控訴人との間の内部の問題にすぎず,控訴人の被控訴人に対する責任に消長を来すものではない。

3  損害額について

前記2(1)で認定した事実に甲6及び弁論の全趣旨によれば,被控訴人代理人弁護士が控訴人に対し取引履歴の開示要求をしてから9月を経過しても全取引履歴が開示されなかったため,被控訴人が本訴提起を余儀なくされたことは明らかであり,また,原判決のうち被控訴人の不当利得返還請求を一部認容した部分について控訴人が不服を申し立てていないことからすると,控訴人が速やかに全取引履歴を開示していれば,控訴人と被控訴人との間の過払金返還に関する紛争は訴訟を経ずに早期に解決していたと容易に推認できる。このように,紛争の解決が遅延し,本訴提起を余儀なくされたことにより被控訴人が精神的苦痛を被ったことは明らかであり,被控訴人と控訴人との間の取引履歴の開示を巡るやりとり等諸般の事情を考慮すると,慰謝料は30万円を下回ることはない。そして,本件事案に鑑みると,控訴人の不法行為に基づく損害たる弁護士費用は,12万3621円を下回らないと認めるのが相当である。

第4結論

よって,本件控訴は理由がないが,本件附帯控訴は理由がある。

(裁判長裁判官 伊藤紘基 裁判官 北澤晶 裁判官 石橋俊一)

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