大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌高等裁判所 平成18年(う)142号 判決 2007年1月18日

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

被告人相模運輸倉庫株式会社(以下「被告会社」という。)並びに被告人Y1以下5名(以下、総称して「被告人ら」といい、個別には「被告人Y1」、「被告人Y2」、「被告人Y3」、「被告人Y4」及び「被告人Y5」という。)の各控訴の趣意は、いずれも主任弁護人岩本勝彦、弁護人佐藤昭彦及び同甲斐寛之連名作成の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官野口敏郎作成の答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

第1  訴訟手続の法令違反の控訴趣意について

論旨は、要するに、被告人Y1、同Y3、同Y4及び同Y5(以下、この項では「被告人4名」という。)の各検察官調書は、いずれも任意性及び特信性が認められないのに、原判決は、これに証拠能力を認め、有罪認定の証拠とした点で訴訟手続の法令違反があり、その違反が判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。そして、所論は、被告人4名に対する警察官の取調べは取調官から不当な圧力、利益誘導、虚言等を受け、検察官の取調べは警察官調書をなぞるだけのもので、調書の訂正も些末な点を除き聞き入れられなかった、被告人Y1は、逮捕の際、高血圧用の薬を取り上げられ、極度の体調不良であった上、逮捕の数日後に警察官から右肩を2回強く押される暴行を受けた、という。しかし、所論のいう警察官の圧力等をうかがわせる客観的な証拠はない。また、被告人Y4の検察官調書(原審乙24)は、被告会社の担当部長が硫酸ピッチの不法投棄を心配していたか否かにつき訂正がなされており、被告人Y5の検察官調書(原審乙29)は、相当の部分が問答式で録取されている上、調書の最後に同被告人から自分に決定権がなかったことを書き加えてほしい旨の申入れとその旨の記載がされ、被告人Y1の検察官調書(原審乙4)も申立てにより内容が訂正されている。加えて、被告人4名は、逮捕の翌々日にはいずれも弁護人を選任しており、取調べに違法・不当な点があればそれを弁護人に訴えることができたのに、それをしていない。被告人Y1の体調不良の点については、同被告人は、原審公判廷において、平成16年7月10日ころから血圧の薬をもらって飲んだ、同月15日はえらい血圧の調子がいいなと思った記憶がある、このころから血圧の薬が効いてきたんだろうと思うが、同月末くらいまでは血圧はよかった、同月15日ころ、留置場の外に出て医師の診察を受け、貧血とかはあるけどまあまあの状態だねと言われたなどと供述しているところ、犯行状況や共謀状況等を認める同被告人の検察官調書(原審乙3、4)は血圧の薬を飲み始めた後である同月12日及び13日に作成されたものであり、同被告人が本件ドラム缶の不法投棄を認識していた旨認める検察官調書(原審乙6)や罪証隠滅工作を認める検察官調書(原審乙5)も同月16日に作成されたものである。また、被告人Y1の暴行の点については、同被告人は、原審公判廷において、弁護人とは同年6月26日か27日に初めて接見し、同年7月16日に起訴されるまでの間、5回以上は会っている、初めて接見したとき弁護人からは、捜査官には本当のことを正直に話すように、そのとき体験したことと後から分かったことを一緒にして話さないように、納得のできない調書には署名しないようになどというアドバイスを受けたと供述する一方で、暴行を受けたことは接見に来た弁護人に話していないと述べているが、その理由につき、「余りこういうことは言っちゃいかんのかなというふうに、実は思ってましたものですから」と述べるのみである。以上によれば、被告人4名の検察官調書には任意性が認められ、所論は採用できない。また、所論は、検察官調書には特信性がないというが、被告人4名の原審公判廷での供述が、それぞれその捜査段階での自白を覆し、同様に事実を争っている上司や部下の面前における供述であること、その際の検察官調書の特信性に関する供述内容、被告人4名の各検察官調書が上記のとおり訂正等がされていること、そして、原判決が認定・説示するとおり、その内容が、いずれも信用性の高い客観的証拠である経営会議メモ等の資料の記載内容と符合していることなどに照らすと、検察官の面前における供述に信用すべき特別の情況があると認めることができる。その他所論がるる主張する点を考慮検討しても、これらの調書に証拠能力を認めた原判決に訴訟手続の法令違反はなく、論旨は理由がない。

第2  審理不尽等の控訴趣意について

論旨は、要するに、本件では、東海海運株式会社(以下「東海海運」という。)が重要な役割を担っており、原審第10回及び第15回公判期日において、原審弁護人(当審弁護人と同じ)が、原審検察官に対し、東海海運関係者の供述調書があればその開示を求め、原裁判所に対してもその取調べがあってしかるべきである、もし、それが欠如したまま訴訟手続が進行されるのであれば、審理不尽になると主張したのに、原裁判所は、これを漫然と放置したまま、あたかも東海海運は本件と関係のない存在であるかのごとく審理を進めたもので、審理不尽がある、という。

しかし、原裁判所は、関係証拠に基づき本件における東海海運の関与を正しく認定しており、東海海運は、本件ドラム缶の処理について、被告会社から委託を受けた者ではなく、また、被告人らからその委託に向けて東海海運の関係者と交渉したという事実もないから、被告会社及び被告人らの防御上、東海海運関係者の取調べの必要性があるとは認められない上、原審弁護人は、原審において、東海海運関係者の証人尋問を請求していない。したがって、原審の審理に審理不尽は認められず、東海海運の果たした重要な役割を無視ないし軽視している点で事実の誤認があるという点も含めて論旨は理由がない。

第3  事実誤認及び法令適用の誤りの控訴趣意について

1  未必の故意について

論旨は、要するに、被告人らが、本件ドラム缶が不法投棄されることを認容したと推認すべき証拠はないのに、その未必の故意を認定し、被告会社及び被告人らに廃棄物処理法違反の罪の成立を認めた原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある、というのである。

そこで、検討するに、原審で取り調べられた関係証拠によれば、被告人らに不法投棄についての未必の故意があったことを優に認めることができ、原判決は、「争点に対する判断」の項で説示するところも含めて正当であり、原判決の認定に誤りはない。

若干補足して説明すると、硫酸ピッチの性質、本件ドラム缶が不法投棄されるまでの経緯、被告会社と相東運輸株式会社(以下「相東運輸」という。)の関係及び本件ドラム缶の委託処理に至る経緯等については、原判決が「争点に対する判断」2及び3(1)ないし(4)で認定・説示するとおりである(ただし、同3(4)第5段落の「同月9日」は「同年9月9日」である。)が、さらに、その性質上信用性の高い被告会社の経営会議メモや面談録等の資料、相東運輸の会長であったAや被告人らの捜査段階の供述調書等によれば、以下の事実が認められる。

すなわち、<1>被告会社に本件ドラム缶をその輸出を前提に寄託したソレイユコーポレーション(後にブリッジアソシエーションとソレイユインターナショナルに分かれた。以下、ソレイユ2社を単に「ソレイユ」という。)の代表B(以下「B」という。なお、ソレイユインターナショナルの代表もBである。)は、一部を輸出したもののその余は実行されず野積みのままで、保管料の支払いも怠るようになっていたところ、平成13年9月にはドラム缶が腐食して中身が漏れ出し、海に流出する事故が発生したため、被告会社は、Bに強く輸出を求めた。しかし、Bは、被告会社の度重なる要請にもかかわらず、なかなか輸出せず、被告会社はその処理に苦慮するようになった。<2>被告人Y1らは、平成14年8月ころ、硫酸ピッチの不法投棄が新聞等で報道されていたことから、硫酸ピッチが不正軽油の密造過程で発生する産業廃棄物であり、その不法投棄が環境汚染をもたらし社会問題化していることを認識した。<3>被告会社が本件ドラム缶の処理に苦慮していることを知ったAは、東海海運の下請会社である株式会社東明(以下「東明」という。)にいわゆる丸投げして口銭を稼ごうと考え、相東運輸、東海海運及び東明が廃棄物処理業者でないことを認識しながら、平成14年9月ころ、被告会社の関係者に本件ドラム缶の中身は硫酸ピッチであり、その処理を相東運輸や東海海運に任せるよう申し入れた。しかし、被告人Y2及び同Y3らが、Aが予定しているという処理業者のグローバル・ニュー・ハードと中央建設土石協同組合を調べたところ、グローバル・ニュー・ハードは建築廃材等の処理業者で硫酸ピッチを処理できる業者でなく、中央建設土石協同組合は事業実体がはっきりしない企業であることが判明し、その申入れに乗らなかった。被告人Y1は、被告人Y2らからその報告を受けていた。<4>被告会社は、本件ドラム缶の中身が硫酸ピッチであるとの疑いをもち、伊勢湾防災株式会社(以下「伊勢湾防災」という。)等にその検査を依頼していたところ、平成14年11月、原判決が「争点に対する判断」4(1)<3>第3段落で認定・説示するとおりの報告を受け、被告人らは、本件ドラム缶の中身が原油の精製段階で出る産業廃棄物であり、不法投棄の多い硫酸ピッチであることを確定的に認識した。<5>被告会社の平成14年12月18日の経営会議では、ブリッジアソシエーションの関係者が硫酸ピッチを不法投棄した容疑で逮捕された旨の報道が報告され、同会議に出席していた被告人Y1、同Y2、同Y3、同Y5らは、ソレイユと関係のある者の逮捕である上、本件ドラム缶の一部にブリッジアソシエーションのものも含まれていたことから、危機意識を持ち、早急に本件ドラム缶を処理する必要性を認識した。<6>Aは、平成15年1月30日、被告人Y1に対し、「裏社会で動きがある旨C会長から話があり、速く伝えるべく来浜した。C氏の情報は何時も大きく間違っていることは無い。早急にドラムを処理すべきである事を伝えたかった。B社長に金が無いから輸出は無理ではないのか。先般新聞に出た硫酸ピッチと同様だ。」などと述べ、暴力団が動き出す情報がある旨述べて本件ドラム缶の処理を委託するよう迫り、被告人Y1がこれに応じなかったため、その後も被告人Y1らに本件ドラム缶の処理を委託するように度々迫っていた。<7>被告会社は、本件ドラム缶を保管していた土地約1000坪を含む千葉市美浜区新港の土地(以下「本件土地」という。)を最大手の顧客である三菱商事株式会社(以下「三菱商事」という。)から借り受けていたが、平成15年1月か2月ころ、同社からその土地に発電所を建設する計画が決まったとの話を受け、約半年後には土地を返還しなければならなくなり、本件ドラム缶の処理を急ぐ必要に迫られ、被告人Y1の指示によりBに輸出を急がせる一方、ソレイユに処理代金を貸し付ける形にし、実際は被告会社が動いて国内処理を進めることにした。さらに、被告会社は、保管中のドラム缶のうち、処理できるものは処理することとし、原判決が「争点に対する判断」4(1)<7>で認定・説示するとおり、同年6月ころから硫酸ピッチ以外の焼却灰等の産業廃棄物を廃棄物処理業者に正規に処理させたが、それには、マニフェストが付されていた。<8>被告会社は、平成15年7月22日ころ、三菱商事から本件土地を同年8月10日までに明け渡すように言われたが、期限の延長を申し入れ、同年9月13日が明渡期限となった。被告会社にとって三菱商事は最大手の一流企業であり、その信用を失うことは被告会社の信用、評価に大きな影響が出かねず、期限の延長も被告会社からの申入れであったため、期限の遵守は同社にとって至上命題であった。被告人Y3、同Y5及び同Y4らは、同年8月1日ころ、正規の処理業者である三友プラントサービス株式会社(以下「三友プラントサービス」という。)等数社に硫酸ピッチの処理が可能か確認したが断られ、そのころ、伊勢湾防災にも当初は被告会社の名前が出ない形で、後には被告会社の名前が出ても構わないとして正規の処理業者の調査を依頼したが見つからなかった。しかも、三友プラントサービスからは、仮に処理したとしてもせいぜい1日当たりドラム缶50本位であると言われ、本件ドラム缶は6000本以上あったから、同年9月13日の期限までに処理することは絶望的であった。また、被告人Y3、同Y5及び同Y4は、同年8月7日に千葉県環境生活部産業廃棄物課の担当者に、同月20日に千葉市の産業廃棄物担当者にそれぞれ相談したが、県の担当者からは「行政としての費用負担及び融資等は考えられない。入庫の時点は廃油となっていても、途中で硫酸ピッチと判ったときに、それなりの処置を怠った相模の責任は追及されるだろう。」、市の担当者からは「警察の捜査が入り、産廃物と認定されると懲役刑は免れない。」などと言われ、期待していた行政の力添えの望みも断たれた。<9>被告人Y5は、同Y4と協議の上、同月25日、原判決が「争点に対する判断」4(1)<8>で認定・説示する内容の「廃油(ドラム缶入り)の国内処理お伺の件」と題する文書を作成した上、被告人Y1、同Y2及び同Y3に対し、もはや本件ドラム缶の処理を相東運輸に委託するしかない旨説明した。そして、被告人Y5及び同Y4は、同日、Aに会って、処理に際しては被告会社の名前を出さないことと処理業者の会社案内を求めたが、会社案内を受け取ることはできず、翌26日、Aから被告会社の名前を出さないとの約束と株式会社トーシンの会社概要を受け取ったものの同社は廃棄物処理業者ではなかった。一方、被告人Y3は、同日、「ソレイユの件」と題する報告書を作成し、「現在3社の処理業者にあたっているが、どこよりも返答がない。処理業者は当該品はやりたくないというのが各処理業者の考えのようである。処理を承諾する業者があったとしても、1日1本とか2本の処理本数のようである。」などと被告人Y1及び同Y2らに報告した。そして、この時点でBによる輸出の見込みも立っていなかったため、被告人らは、同月27日午前中に相東運輸に処理の委託を決め、同日午後に開かれた経営会議において、正式に決定した。<10>被告会社とAとの約束で被告会社の名前を出さないことになっていたため、被告会社はBを説得して、本件ドラム缶の委託処理に関する契約をソレイユと相東運輸とで結ばせた。そして、平成15年9月12日から本件ドラム缶の搬出作業が開始されたが、同日、BからAに「委託契約を実行した場合には産業廃棄物法違反として当社が処罰を受けることになりますので、頭書記載の業務委託契約を解除します。」などと記載された契約解除通知書が送られ、直ちに、同人から被告会社にファックス送信された。しかし、被告人Y1らは、すでに出荷が始まっており、三菱商事との明渡期限を守るためには中断するわけにはいかないと判断し、搬出作業を続行させた。以上の事実が認められる。

このように、被告人らは、本件ドラム缶の中身が硫酸ピッチであり、これが不法投棄されやすいものであることを十分に認識していたからこそ、相東運輸が無資格である上、適正な処理業者を示さないAからの執ような委託要求に応じず、Bに輸出を強く迫る一方、その見込みも薄くなると、被告会社において、その費用で国内処理することを考え、処理業者を模索したものである。しかし、被告人らは、本件土地の明渡期限が刻々と迫る中、Bによる輸出は期待できず、早急に処理できる業者も見つからず、行政の支援も無理となって、八方ふさがりの状態となり、あえて、これまで受け入れてこなかった相東運輸に処理を委託するほかはないと判断し、平成15年8月27日の経営会議において、被告会社の名前を出さないと述べている相東運輸への委託を決定したものであるが、この段階でもAは被告会社からの正規の廃棄物処理業者を示すようにとの求めに応じることはなかった。以上のような経過だけをみても被告人らは、相東運輸への委託が、その後、いわゆる裏ルートに流れ、不法投棄に至るおそれが強いことを十分に認識しつつ、明渡期限を遵守するためには、そうなってもやむを得ないと判断したものと認められるのであり、被告人Y1、同Y3、同Y5及び同Y4もその検察官調書において、その旨認めている。

所論は、被告人らは、相東・東海ルートへの処理委託により、本件ドラム缶を適正処理ルートに乗せたものと信じ切っていた、港運業界の第一人者であるCが代表取締役を務める東海海運に絶大な信頼を寄せていたから、Cが被告人らを不法投棄ルートに導いていくなどという想像を働かせる余地など全くなかった、という。しかし、被告会社は、平成14年9月ころからAが東海海運及びCの名を出して本件ドラム缶の処理を任せるように迫ってきたが、これに応じなかったものであり、被告会社がC及び東海海運に所論のいうような絶大な信頼を寄せていたとはいえない。それどころか、被告会社は、平成14年11月6日の経営会議で相東運輸の件の報告があった際、被告会社の代表取締役会長D(以下「D会長」という。)が「処理のやり方悪くて当社の名が出たら会社潰れる。」「免許持っているところにやらせないと闇から闇では後大変」、被告人Y1が「マニフェストも裏の売買あるから違った可能性ある。」、Eが「ブローカーより最終処理場持っているところに出した方が良いのでは」などと述べて相東運輸に委託することの危険性及び適正処理の必要性を述べ、平成15年8月27日の経営会議でも、Eが「硫酸ピッチは現在焼却しかない。炉を痛めるのでほとんど進められていない。特管の再処理ルートで行うとすれば設備何十億のものが必要。資料の会社では疑問。他にちゃんとした業者いないのか。」と述べたのに対し、被告人Y2は「E役員の懸念は同感だが、今の方法としてはこれしか無いと考える。」、被告人Y1は「その方向でA氏と折衝に入りたい。」と述べて、役員から相東・東海ルートでは適正処理に疑問がある旨の意見が出ていたのに、被告人Y1が合理的な理由のないまま相東運輸への委託を決定したことが認められる。さらに、相東運輸、東海海運及び東明は、廃棄物処理業者ではないから、本件ドラム缶の処理は更に下請けに回さねばならなかったところ、Aは、被告会社に廃棄物処理の資格のない業者の会社案内を渡すなど、誠実な対応をしていたとは言い難く、平成15年8月27日の経営会議までに正規の廃棄物処理業者を被告会社に示していない。なるほど、Aは、同月29日に廃棄物処理業者である早来工営の資料を被告会社に渡しているが、被告会社は、以前に早来工営の親会社である三友プラントサービスに本件ドラム缶の処理を断られているにもかかわらず、早来工営に本件ドラム缶の処理が可能かどうかの確認を一切していない。この点について、所論は、正式に依頼した後には依頼先の下請業者の信用調査を行わないという業界の慣行があったというが、被告人らは、硫酸ピッチが不法投棄されやすいことを認識しており、また、ソレイユ関係で逮捕者が出たことで危機感を抱いていた上、産業廃棄物の処理におけるマニフェストの重要性についても認識していたのであるから、平成14年9月、Aが最初に申入れをした際に、被告人Y2や同Y3らがその処理業者の調査をしたように、早来工営に問い合わせるなどするのが自然である。にもかかわらず、その調査や確認をしなかったのは、被告人Y4がその検察官調書(原審乙23)で述べるように「もし確認を取って、本当は正規に処理できる業者ではないとか、相東運輸が処理を依頼したことがないということがはっきり分かってしまうと、当社としては硫酸ピッチの処理ができないことになってしまい、その他に処理先もなかったことから非常に困ったことになってしまうと思ったので、確認しようにも確認できなかった」というのが実態であって、このことは、被告人らにおいて、正規の処理がされないおそれのあることを認識しつつ、相東運輸に処理を依頼したことを裏付けている。所論は、本件土地の明渡期限が迫っていたことは本件ドラム缶を本件土地から移動させる動機にはなるが、不法投棄を認容する動機にはならない、という。しかし、被告人らは、明渡期限を遵守する必要に迫られて、相東運輸への委託を決めたものであり、明渡期限が迫っていたことが動機であることはすでに認定・説示したとおりである。この点について、所論は、本件ドラム缶を本件土地以外の場所で保管することは十分に可能だったのであり、このことは、上記「廃油(ドラム缶入り)の国内処理お伺の件」で一時シフトが可能であることを前提とする意見がなされているし、現に千葉営業所(中央港)に本件ドラム缶を5000本以上移動させ、同所で中和処理までしていることから明らかであるという。しかし、平成14年11月6日の経営会議では、D会長が「当社の地所に移すことも考えられるが場所がない。」と述べ、平成15年8月27日の経営会議では、同会長が「千葉倉庫内で処理はない話になっているだろう。」と述べたのに対し、被告人Y2は「ない」と答えている上、同月29日付けの被告人Y5作成の「相東運輸A会長よりTEL受」と題する書面には「1000坪のsift場所(置場)はなし」と記載されており、本件ドラム缶を他の場所に移すことは、もともと可能なものとして想定されていなかったと認められる。そして、所論がいう「廃油(ドラム缶入り)の国内処理お伺の件」には、「一時的なシフト」との文言はあるものの、それに続いて「根本的な解決にはなりません。」と記載されており、むしろ、他の場所に移すことが解決にならないとされているのであって、この点は、被告人Y4もその検察官調書で中央港の土地は千葉県から借りている土地なので、そこに移動してずっと保管するわけにはいかないと同旨の供述をしている。さらに、実際に中央港に本件ドラム缶を移し、中和処理をしたとの点も、これは、本件が発覚した後、行政の監視下でのことである。結局、所論のいう文書の記載をもって、本件当時、本件土地以外の場所で保管することが可能であり、それが現実的な選択肢であったとみることはできない。また、所論は、被告会社は、会社内部の出来事を包み隠さず書面に残し続けており、本件発覚後もその処分を検討した形跡すらないとか、不法投棄の認識・認容があれば、本件ドラム缶の処理のため、あるいは、解除後のソレイユとの法律関係等を顧問弁護士に相談したり、銀行に本件ドラム缶の処理費用の借入れを打診することは考えられないというが、現に、被告会社は、本件発覚後、本件に関する内容虚偽の想定問答集を作成するなどしている上、所論のいう点はいずれも不法投棄についての未必の故意の存在と両立するものである。

以上によれば、被告会社が相東運輸に支払ったドラム缶1本当たり7万円という金額の点を含め弁護人がその他るる主張する点を考慮検討しても被告人らに本件ドラム缶が最終的に不法投棄されてもやむを得ないという未必の故意があったことを優に認定できる。論旨は理由がない。

2  共謀について

論旨は、要するに、原判決は、被告人らとAとの共謀共同正犯の成立を認めたが、被告人らにはAとの共謀が認められないのに共謀を認めた点で事実を誤認しており、かつ、未必の故意による共謀共同正犯の成立を認めた点で刑法60条の解釈適用を誤っており、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

そこで、検討するに、まず、A以下の関与者について、本件ドラム缶の不法投棄についての認識及び認容並びに順次共謀が認められることは、原判決が「争点に対する判断」3(5)で認定・説示するとおりである。とりわけ、Aは、相東運輸、東海海運及び東明が無資格であることを知り、かつ、適正な処理業者に対する委託のめどを付けることなく、口銭目的でときには暴力団が動く情報があるなどと述べて執ように被告会社に委託を迫り、同社から委託を受けるや無資格の東明に丸投げしているのであって、Aが本件ドラム缶が最終的に不法投棄される蓋然性が高いとの認識を有し、かつ、そのことを認容していたのは明らかであり、Aも捜査段階でそれを認めている。そこで、被告人らとAとの共謀が認められるかについて検討するに、共謀共同正犯が成立するには、二人以上の者が、特定の犯罪を行うため、共同意思の下に一体となって互いに他人の行為を利用し、各自の意思を実行に移すことを内容とする謀議をなし、よって犯罪を実行した事実が認められなければならない。そこでいう共謀共同正犯の要件としての謀議は、実行共同正犯におけるような意思の連絡では足りないが、当該犯罪についての客観的・具体的な謀議がある場合に限らず、その犯罪を共同して遂行することの合意があることで足りる。そして、共同遂行の合意があったというには、被告人の地位、立場、共犯者との関係、犯罪遂行過程における役割、犯行の動機等を総合的に勘案し、他人の行為を利用して自己の犯罪を行ったといえるような場合であることを要すると解される。これを本件についてみるに、被告人らは、相東運輸、東海海運及び東明が無資格であることを知っており、さらに、Aの申入れを受け入れて相東運輸に処理を任せた場合には不法投棄されるおそれがあるとして本件までその申入れを受け入れなかった経緯があり、しかも、これを受け入れたのは、三菱商事への土地明渡期限が迫り、これを厳守することが被告会社の利益のために必要であり、かつ、それが唯一の方法であると認識していたものである。このように、被告人らは、未必的なものだったとはいえ、本件ドラム缶の不法投棄という犯罪が実行されるおそれを強く認識しながら、被告会社の利益のためにこれを任せたものである。加えて、被告会社が本件ドラム缶の処理を相東運輸に委託しなければ、本件犯行は起こり得ず、その決定権は被告人らが握っていたものである。また、本件は、相東運輸以下の関与者が利得目的で関わっているところ、被告会社は、合計1億4000万円を拠出しており、他に費用を拠出したものはいない上、Bから廃棄物処理法違反に問われることを理由とする業務委託契約の解除通知を受け取った際も本件ドラム缶の搬出作業を続行させている。以上を総合すると、被告人らは、自らは実行行為者とはならないものの、相東運輸との間で同社以下の関与者を使い、その行為を利用して自己の犯罪を行ったものというべきである。結局、被告人らにはAらとの共謀が認められるのであって、未必の故意ないし順次共謀の点はこの結論を左右しない。

以上によれば、共謀共同正犯の成立を認めた原判決に事実の誤認及び法令適用の誤りは認められず、所論は理由がない。その他、弁護人がるる主張する点を考慮検討しても論旨は理由がない。

よって、刑訴法396条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例