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札幌高等裁判所 平成18年(ネ)12号 判決 2007年2月23日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,第1,第2審とも被控訴人らの負担とする。

第2事案の概要

1  被控訴人A1及び被控訴人A2の子である亡Bは,控訴人が設置するC1高等学校(以下「C1高校」という。)のボート部に所属していた。亡Bは,平成13年9月21日(以下,平成13年については月日のみを,平成13年9月については日のみを,平成13年9月21日については,時刻のみを記載することがある。)から同月23日の日程で開催された平成13年度北海道高等学校ボート新人大会兼第13回全日本高等学校選抜ボート大会北海道予選会(以下「新人戦」という。なお,ともに開催予定であった平成13年度北海道ボート選手権大会と新人戦を併せて「本件大会」という。)に参加し,同月21日,出場レース前の練習中ボート転覆によって溺死した(以下「本件事故」という。)。本件は,亡Bの死亡は①ボート部の引率教諭の安全配慮義務違反,②控訴人が設置する高等学校の教諭である新人戦の競漕委員長や線審の安全配慮義務違反によるものであると主張する被控訴人らが,控訴人に対し,国家賠償法1条1項に基づき,亡Bの死亡により生じた損害及び被控訴人ら固有の各損害の賠償金合計各2371万8976円とこれらに対する本件事故発生の日である平成13年9月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ請求したところ,原審が,その一部を認容したことから,控訴人が,控訴の趣旨の裁判を求めて控訴した事案である。

2  前提となる事実(争いのない事実は証拠を掲記しない。)

(1) 当事者等

ア 亡B(昭和**年*月**日生まれの女性)は,平成13年4月,C1高校に入学し,課外クラブ活動であるボート部に入部した。亡Bは,同年9月21日に発生した後記本件事故の当時満15歳で,ボート歴は半年に満たなかった。亡Bは,水泳の経験があり,泳ぐことができた。(証人D)

イ D及びE(以下,DとEを併せて,「Dら」という。)は,同年9月当時,C1高校のボート部顧問教諭であった。

また,新人戦の競漕委員長であったF及び線審のGは,C2高等学校(以下「C2高校」という。)のボート部顧問教諭であり,Gは,C2高校の引率教諭でもあった。(乙6,甲34,証人F,弁論の全趣旨)

ウ 控訴人は,C1高校及びC2高校の設置者である。(弁論の全趣旨)

エ 被控訴人らは,亡Bの両親である。

(2) 本件大会及び本件事故の発生

ア 本件大会

本件大会は,平成13年9月21日から同月23日の会期で,札幌市北区東茨戸113番地茨戸川茨戸漕艇場(以下「本件漕艇場」という。)の1000メートルコースを会場として開催された。同コース及び付近の状況の概略は,別紙図面のとおりである。なお,本件漕艇場は,石狩市生振(おやふる)と札幌市北区との境に存する。

C1高校のボート部は,9月21日から開催された新人戦に亡Bを含む同部所属生徒の参加申込みをし,Dらが部員を引率した。(甲2,3の2,甲34,乙3)

イ 本件事故

(ア) 本件大会初日の9月21日は,午後から新人戦の予選が行われた。

亡Bは,午後3時20分発艇予定の第6レース女子ダブルスカル予選1組に出場することになっていたため,バウの同級生選手とともに,待機・練習水域とされていた通称津軽海峡(コースのスタート地点から約150ないし300メートル付近を含む水域。以下「津軽海峡」という。)の中央付近で練習をしていた。なお,「ダブルスカル」とは,漕手が両手に1本ずつオールを持つ形式の2人乗りの艇を意味し,「バウ」とは,船首の漕手を意味する。(甲2)

(イ) 亡Bらが練習をしていたところ,第3レース男子ダブルスカル予選1組の競技が進行していた午後3時ころ,亡Bらの艇は,別紙図面の×印地点付近において突風と横波を受けて転覆し,亡Bらは水中に投げ出された。転覆した艇は,波風に煽られて,オールを付けたまま水面を回転しながら東茨戸側岸方向に飛ばされた。亡Bらは,艇につかまることができず,亡Bは水没し,バウの同級生は浅瀬にたどり着いて救助された。亡Bは,行方不明となり,22日午後零時5分ころ,ダイバーにより津軽海峡の中島寄りの水深2.5メートルの川底において遺体で発見され,検視の結果,死因は溺死とされた。なお,亡Bらの艇の転覆の瞬間の目撃者はいなかった。(甲2)

3  争点及び主張

(1) 争点1・控訴人の責任

(被控訴人らの主張)

ア Dらの安全配慮義務違反

(ア) 引率教諭の安全配慮義務

高校の課外クラブ活動は,教育活動の一環として位置づけられ,これを実施する学校,学校管理者たる校長及び指導担当教諭等は,正課授業と同じく,これに参加する生徒の生命身体の安全を期するための万全の措置をとるべき義務を負う。殊にボート競技は,自然水面上で行われるので,本来的に一定の危険が内在し,生徒をその競技会に参加させるに当たり,指導担当教諭等には,生じるおそれのある危険から生徒を保護するために常に安全面に十分な配慮をし,事故の発生を未然に防止すべき注意義務(安全配慮義務)が課せられている。

そして,Dらは,以下のとおり,安全配慮義務を怠ったから,国家賠償法1条1項に基づき,C1高校の設置者である控訴人は損害賠償責任を負う。

この点に関し,控訴人は,参加者を募って運動競技大会を主催する者は,その運動競技が一定の危険を伴う場合,参加者が安全に競技を行うことができるように配慮する義務を負い,主催者が同義務を負っている限りでは,引率教諭の安全配慮義務は全く免除されるか,少なくとも相当程度に軽減されるなどと主張するが,大会参加者が成人である場合や大学のボート部である場合であればともかく,本件のように高校生が課外クラブ活動であるボート部として参加し,しかもその大会自体がいまだ経験が浅く技能の未熟な生徒が参加する新人戦である場合には,そのような理屈は全く妥当しない。

(イ) 本件における具体的な安全配慮義務及びその違反

a 予見可能性

そもそも,教育活動の一環として行われる学校の課外のクラブ活動においては,生徒は担当教諭の指導監督に従って行動するのであるから,担当教諭は,できる限り生徒の安全にかかわる事故の危険性を具体的に予見し,その予見に基づいて当該事故の発生を未然に防止する措置をとり,クラブ活動中の生徒を保護すべき注意義務を負うものと言うべきである(平成18年3月13日最高裁判決)から,ボート競技の危険性,亡Bの競技歴,北海道高等学校体育連盟(以下「道高体連」という。)や北海道ボート協会(以下「道ボート協会」という。)による待機・練習中の新人生徒に対する監督者の準備がなかったことなどの事情に加え,本件事故が発生した新人戦当日の気象に関する予報の内容,寒冷前線の特徴,札幌管区気象台による強風注意報等の発表,当日の気象状況の悪化の推移,その影響によるコース状況,特に津軽海峡の状況の悪化の推移,さらにそれによって現に発生した水上艇への影響及び他校引率教諭による的確な避難誘導行為の存在からすれば,C1高校の引率教諭においても,突風が発生して津軽海峡で艇の転覆(なお,ボート関係者間では,この状態を「沈」と表現しており,以下においては,転覆を「沈」と言うこともある。)を来すことにつき予見可能性があったと言うべきである。

ところで,控訴人は,安全配慮義務の主体は審判団であって,引率教諭は原則として安全配慮義務を負わないと主張する。しかしながら,新人戦の初日は平日の金曜日に開催され,審判団も学校関係者中心で少数でしか構成できず,引率教諭らは,新人戦初日の審判配置が手薄であることを知っているのであるから,こうした状況のもとでは,引率教諭らも,学校教育の一環である課外クラブ活動として,亡Bら新人選手を引率して,審判団と同様,待機・練習水域にいる亡Bら新人たちに対して安全配慮義務を負う。

また,控訴人は,本件における突風が,予想もし得ない局地的な突風であり,マイクロバースト現象であった強い蓋然性が認められると主張するが,そうであれば,「扇状に広い範囲で被害が発生」したり,「一点を中心に放射状や扇状にものが倒れるなど,被害地域が面的に広がる」とされているにもかかわらず,本件では,本件事故以外に,特段の被害が生じたとされる記録がなく,控訴人の主張は具体的裏付けを欠く。

b 具体的な義務違反

Dらは,具体的に以下のような安全配慮義務を負っており,かつ,これを怠った結果,亡Bは本件事故に遭った。

(a) 危険性周知義務とその懈怠

Dらは,亡Bらに対し,本件事故当日における本件漕艇場の具体的危険性を周知させる義務があったところ,これを怠った。すなわち,①本件事故当日,石狩地方において北西の風が強くなることが新聞紙上で予報されていた,②北西の風は,津軽海峡において直角方向からの風となり,同所が危険な状況に陥る,③同所における艇は,風の影響を直接に受けてしまう構造となっている,④本件事故当日に開催された新人戦は,亡Bを含め,いまだ経験が浅く技能の未熟な生徒が参加するものであったなどの事実からすれば,Dらは,自校の参加生徒に対し,事前にこれらの危険性に関する情報を正確に伝達して理解させるとともに,レース前の待機・練習において津軽海峡への進入には十分注意するよう周知徹底させるべき義務があったところ,これを怠った。

(b) 監視掌握義務とその懈怠

Dらは,上記(a)①ないし④の事実があったから,水上にある自校生徒の艇の位置及びその動向を常時監視して掌握すべき義務があったが,これを怠った。その結果,亡Bらに対し適切な避難指示等を出して転覆を防止できなかったばかりでなく,亡Bらの艇の転覆にも気付かず,本件事故の発生地点,したがって亡Bの水没地点を不分明にさせて適切な救助活動を困難にさせた。

Dらがランディング(船台などが設置され,艇を水上に出したり,引き揚げたりする場所。また,そのための作業を以下「ランディング作業」という。)における自校参加生徒の指導監督の必要から,亡Bらの艇の監視掌握ができなかったとしても,それは2名の引率教諭による管理能力を超える数の新人クルーを参加させたことに起因するものであって,そのこと自体が安全配慮義務の懈怠である。

(c) 避難等指示義務とその懈怠

Dらは,上記(a)①ないし④の事実があったから,亡Bらに対し,気象状況の変化に応じて適切な避難指示等をすべき義務があったが,これを怠った。すなわち,ⅰ当時は時間の経過に伴って徐々に気象状況が悪化し,第2レースの際には風が強い状況であり,ⅱしかも,風が強いのに水面の見掛けの様子は白波が立たず,これから風が連続的に吹く前兆であった,ⅲ他校の複数の引率教諭は,第2レースの通過後に自校生徒の艇を津軽海峡から避難させるために指示を出して第3レースの通過直後に避難させた,ⅳ第3レースのスタート後から,風雨と波による異変が最高潮に達していた。このような経過において,上記ⅲのとおり,津軽海峡では他校の引率教諭が現に認識できた程度の相当の異変が生じて,これに対応した適切な避難指示がされたのだから,Dらにおいても,同じく,亡Bらの位置を直ちに確認した上,津軽海峡から遠ざける指示又は進入させない指示をすることが可能であり,そうすべき義務があったが,これを怠った。

(d) 適切な救命具を装着させる義務とその懈怠

Dらは,亡Bに救命具としてライフジャケット(ライフベスト)を着用させておらず,亡Bらの艇には,沈艇時に膨らませて使う浮き輪式救命具が装備されていただけであった。新人戦に参加する生徒は,経験が浅く技能も未熟であり,本件漕艇場の待機・練習水域には津軽海峡が存在するのであるから,Dらは,少なくとも亡Bら新人戦参加生徒にはライフジャケットを着用させるべきであったが,漫然と新人戦参加生徒を経験や技能ある者と同等の扱いにして,これを怠った。

c 結果回避可能性

控訴人が,結果回避の困難性を主張する点について,①危険性周知義務は,Dらが亡Bらに対し,その離岸までの間に同義務を尽くしていれば,亡Bが津軽海峡付近に進入することはなく,本件事故は発生しなかった高度の蓋然性がある。亡B死亡の危険が,本件漕艇場のどの部分でも存在したから,因果関係がないとする点は否認する。

②監視掌握義務・避難等義務は,Dらが,これを尽くしていれば,亡Bらが,津軽海峡に進入することはなく,仮に進入しても速やかに離脱し,若しくは強風に対して対処ができ,転覆の際にも,速やかに亡Bを救出し,亡Bを死に至らせずに済んだ高度の蓋然性がある。

控訴人は,監視体制に入る前に本件事故が発生した可能性が高く,結果回避可能性がないと主張する。しかし,亡Bらのランディングからの離岸時刻は明確ではないものの,後の第7レースに出漕予定のC1高校女子ダブルスカルAクルーは,離岸後亡Bのクルー(第6レース出漕のBクルー)を確認し,その後,第3レースの通過を待って中島側にわたり,中島の先端部まで至ったところで強風にさらされたため,自力で艇を安定させて生振側に戻った上,スタート地点に向かおうと向きを変えた時に本件事故が発生したのであり,Dらが,Aクルーの離岸後に自校の水上艇の監視行動に出たとしても,Aクルーが第3レースの通過待ちと生振側から中島先端までの水域を往復するだけの時間的間隔があったのであるから,Dらが監視体制に入る前に本件事故が発生したとは言えない。また,Dらは,2名ともランディングで離岸まで見届ける必要はなく,現実にも,Dは,大会本部1階の艇庫前で自校選手の後片づけを手伝い,Eは,大会本部前の遊歩道の階段側で艇の手入れをする生徒の様子を見ていたのであり,ランディングにもいなかったのであって,危険防止の活動をしていなかったことは明らかである。Dらのうち1名は,自校艇の動向を監視する行動を取ることは可能であり,本件事故当日は,審判団の配置が極めて手薄な状況であることは,Dらも認識していたから,監視義務があったと言える。

また,生振側から津軽海峡への横断を引率教諭の許可にかからせることは,大会への参加自体を不可能あるいは困難化させるとの主張は,この水域への進入を制限したり,禁止したりする指示は,現実的にあり得る選択肢であって,このことによって大会への参加を不可能,困難化させるものではない。

さらに,Dらが亡Bの転覆を目撃したとしても,救助艇がなく,あるいは正確な事故現場が分からず,水が濁っていた当時の状況からして,捜索が難航したとも主張するが,本件事故発生から亡Bの死亡推定時刻までの10分間を考えても,呼吸停止から7,8分間経過後の死亡率は25パーセント,10分間経過後の死亡率は50パーセントであるものの,水没後直ちに無呼吸状態(無呼吸期)に陥るものではなく,救助艇の発艇から事故現場到着までは掛かっても3分間を超えないのであり,Dらが,監視義務を果たし,本件事故の現場に救助艇より先行していた審判艇に対して的確な指示を与えていれば,本件事故の現場の状況においても,亡Bを発見し,死亡するに至らせなかった高度の蓋然性が認められる。

イ F及びGの安全配慮義務違反

(ア) 新人戦競漕委員長の安全配慮義務

Fは,新人戦の競漕委員長として新人戦運営の責任者の立場にあったから,競漕委員長としての責任ないし権限に属する事項につき,新人戦の運営を通じて,参加生徒全員に対する安全配慮義務,すなわち,新人戦開催中に生じるおそれのある危険から参加生徒全員を保護するために,常に安全面に十分な配慮をし,事故の発生を未然に防止すべき義務を負う。そして,ボート競技の特殊性にかんがみれば,Fは,新人戦の進行及び中止・中断に関し責任と権限ある立場において,その開始前に天気予報及び注意報等の気象情報を十分収集する等して,新人戦の中止・中断の必要性を的確かつ迅速に判断し,必要な措置をとるべき注意義務があった。

(イ) Fの安全配慮義務違反

新人戦当日に通過中であった寒冷前線の特徴,当日の気象状況の悪化の推移,その影響によるコース状況,特に津軽海峡の状況の悪化の推移,それによって現に発生した水上艇への影響,引率教諭よる的確な避難誘導行為等の事実,そして,前記のとおり突風と波による艇の転覆の予見可能性があったことからすれば,Fは,新人戦競漕委員長として,新人戦予選第3レースのスタート以前に,少なくとも天候の推移を確認するため競技の進行を一時中断して,水上にある艇をいったん戻す措置をとるべき義務があった。殊に,津軽海峡付近の待機・練習水域にある艇に対しては,警告を発して,直ちに同所から離れるように,また,同所に立ち入らないように措置すべき義務があった。

しかるに,Fは,これらの措置をとるべき義務を怠った。

その結果,本件事故が発生した。

(ウ) Gの安全配慮義務違反

Gは,新人戦の線審として,津軽海峡に最も近い中島にいて,かつ,本件事故前の午後2時55分には,沈艇があったら直ぐ連絡するようにとの携帯電話を救助艇要員のHから受けているのであるから,主審や発艇員と同様に,待機・練習水域にいる新人選手を監視すべき安全配慮義務があった。

しかし,Gは,これらのとるべき義務を怠った。

その結果,本件事故が発生した。

(エ) F及びGの職務に対する国家賠償法の適用

新人戦の実質的な大会運営者は,道高体連のボート専門部であり,その内実は新人戦参加校の引率教諭らであった。そして,Fは,新人戦参加校すべてが北海道立の高等学校で,その参加校の教諭らによって実際の運営が担われていた新人戦に公務として参加し,その運営責任者である競漕委員長の職責を担っていたものである。

また,Gも,公立学校の引率教諭として新人戦に参加して,線審業務に携わっていた。

よって,F及びGは,公立学校の教諭として職務上負う安全配慮義務を怠ったと言うべきであり,学校設置者たる控訴人は,被控訴人らに対し,国家賠償法1条1項に基づき損害賠償義務を負う。

(控訴人の主張)

ア Dらの安全配慮義務

(ア) 引率教諭等の安全配慮義務

抽象的には,被控訴人らが主張する課外のクラブ活動における引率教諭の注意義務があることは認める。また,一般に,参加者を募って運動競技大会を主催する者は,その運動競技が一定の危険を伴う場合,参加者が安全に競技を行うことができるように配慮する義務を負う。したがって,高等学校教諭が,自校生徒を引率して,別に主催者の存する運動競技大会に自校生徒を参加させた場合,大会主催者及び引率教諭の両者が,当該生徒らに対して安全配慮義務を負うべき者として考えられる。

しかし,大会の開始,進行や中断,中止を決定する権能はすべて大会主催者に帰属し,大会主催者は,大会の進行を全面的に支配しているのであって,引率教諭は,これらの権能を有しないから,大会実施中は,大会主催者が参加中の選手(生徒)をより実効的に支配し得る立場にあり,その反面として,選手に対して,第1次的,包括的な安全配慮義務を負う。したがって,このような大会に自校生徒を参加させた場合,当該大会の参加中は,原則として,生徒に対する安全配慮義務は主催者によって尽くされ,主催者が同義務を負っている限りでは,引率教諭の安全配慮義務は全く免除されるか,少なくとも相当程度に軽減され,引率教諭が負うべき安全配慮義務は,第2次的ないし補充的な義務にとどまり,引率教諭は,何らかの事情により主催者が生徒に対する安全配慮義務を懈怠していることが一見して明瞭である等の特段の事情のない限り,直接生徒に対して安全配慮義務を負わないと解すべきである。

また,新人戦は運動競技大会としての性格を強く帯びるものであり,亡Bも,新人戦には,飽くまで一人の競技者として参加しているものと考えるべきものであって,新人戦は,学校単位で行われる通常の部活動とは著しく趣を異にする。競技大会においては,主催者がコースを設置し,審判団を初めとする要員を配置し,水面の状態及び選手らの動向を監視,監督し,競技を進行させるから,引率教諭は,このような中で,安全に大会が進行されることを信頼して自校の生徒を水上に送るのであって,水上のクルーの安全を主催者に委ねるのである。そして,ボート競技において通常想定される危険は,艇の転覆や漕艇ミスで艇のバランスを崩すこと等によって艇が沈し,選手が落水し,溺れることであるが,選手の落水自体は珍しいことでなく,艇から離れずにいれば,自力で艇に上がるか,他の艇,救助艇等により助け上げられれば,沈自体により生命・身体に直接の危険が生じるものではなく,大会開催中には,待機・練習水域を含む競技会場内は,審判団を始めとする運営委員によって監視されており,沈艇があれば,すぐに付近の審判艇ないしは救助艇が救助に向かうのであって,少なくとも,競技が実施可能なコンディションを前提とすれば,選手が溺れる危険は想定されない。さらに,引率教諭は,陸上にあって,水上クルーを伴走し得ないことからも,生徒の安全を,主催者に委ねざるを得ず,各地のボート競技場によっては,そもそも離岸した生徒を陸上から把握できず,当然指示も不可能な構造になっていることからも,ボート競技大会開催中の,水上の生徒の安全は主催者によって確保されているとの引率教諭らの認識は正当である。

このことは,Dらが,自主的に,ランディング作業に従事し,大会の安全・円滑な運営に資する行動をとっていたからといって,主催者の運営体制の不備に責任を負うものではないし,上記の認識に基づくDらの相互扶助活動が非難されるものではない。

よって,Dらには,何らの安全配慮義務がなかった。

(イ) 本件における具体的な安全配慮義務及びその違反について

仮に,Dらに,何らかの安全配慮義務があったとしても,以下のとおり,義務違反はない。

a 予見可能性等について

本件事故は,通常の予見の範囲をはるかに超えた,マイクロバースト(発達した積乱雲の底から爆発的に吹き出す下降気流と,これが地面にぶつかって水平方向に広がる破壊的な気流のこと。)と呼ばれる猛烈な突風が発生し,これが一定時間吹き続いたため,亡Bは落水し,艇につかまることができない状態が続くとともに,激しい風圧のために,うまく水面に上がって呼吸することができず,大量の水を飲む等の予想外の事態が発生して水底に沈んだ可能性が一番強いのである。Dらの予見すべきことは,転覆の危険のある強風の吹く可能性ではなく,上記マイクロバースト現象の発生である。

被控訴人らは,当日の天候の兆候などにDらが相応の注意を払いさえすれば,午後3時少し前に発生した天候の急変(強風の発生)の予見が可能であったと主張するが,このような兆候が,天候の急変を予見させるものであるかどうか明らかではなく,仮に予見させるものであるとしても,マイクロバースト現象が,局地的短時間内に発生するものであって,特別のレーダー等の特殊計測器を設置しなければ予測が不可能なものである以上,新人戦当時の高等学校教諭における一般的な知見ではなく,Dらにその発生を予見することはできなかった。

また,ボート競技に内在する危険性(ボート競技が被控訴人らの主張ほど危険な競技ではないこと),亡Bの経験・能力(亡Bは,ボートを始めて半年の経験があり,レース経験もある上,体力,バランスもよく,100メートル程度は泳げること),本件漕艇場及び津軽海峡の特性(一般に危険性の認識がないこと),本件大会の運営体制(被控訴人らの主張する監視掌握義務・避難等指示義務の前提として,本件事故前の気象条件からして津軽海峡付近での本件事故発生の予見可能性が必要であるところ,新人戦は,本件事故発生の直前まで,若干の時間的遅れはあったものの中断されることなく進行しており,大会役員及び引率教諭のだれからも中断又は中止の指示・要請はなかったことから,だれも本件事故発生の可能性は予見し得なかった。ましてDらは,本件漕艇場の全体的状況を気象条件との関係で監視する立場にあったわけではなく,ランディングで離岸・着岸する生徒の安全を確保する作業に従事していたから,そもそも本件事故発生についての予見を期待することができなかったこと),気象予報(強風注意報が出ていたとしても,不確定要素を含んだ情報であること,本件事故の現場における状況も勘案し,10分間の平均風速の最大値である最大風速毎秒12メートルは,やや強い風に当たり,ボート競技においても,艇が漕ぎにくくなることがあっても,他に危険要因がなければ直ちに強風によって艇が転覆して人身事故が発生するとの蓋然性が高まるものではないこと,強風注意報自体がまれではなく,これ以上の強風注意報が発令されていた場合にも新人大会が行われていた事実があること,突風の注意書も,健常人が体を支えられずに転倒してしまうほどの突風が吹くことまで予定しているとは考えられないこと,大会本部からも,寒さへの指示以外の指示はなく,引率教諭らにそれ以上の気象予報に対する認識や認識可能性を問うべきでないこと,大会委員長ですら,猛烈な突風を予見していなかったことなどから,艇が転覆し,人身事故が発生することまでの予見可能性を導き出すことは困難であること),当日の本件漕艇場の状況(第2レースまではやや風が強い程度であり,第3レース中の風が本件の突風と考えられること)及び予測できない突風の影響等からしても,Dらに,本件事故の発生の危険性を予見すべき事情はなかったと言うべきである。

b 具体的な義務違反

(a) 危険性周知義務について

被控訴人らの危険性周知義務の主張は,どの局面について言うものか明らかではないが,亡Bが第6レースに参加すべくランディングで艇に乗って離岸する際のこととすれば,Dらにそのような義務はなかった。本件事故当日,午後2時30分に第1レース予選1組がスタートし,その後午後2時54分に第3レース予選3組がスタートしたが,その前後に津軽海峡で練習又は待機していたのは亡Bらを含め10組のクルーであった。これらのクルーは,離岸するまでに各引率教諭から津軽海峡に進入することを禁止されておらず,被控訴人らが適切な避難誘導行為を行ったと主張するC3高校のI教諭らでさえ,自校の生徒に対して津軽海峡への進入を禁止せず,当時の気象条件との関係で津軽海峡の危険性を自校の生徒に告知せず,津軽海峡付近での練習も禁止していなかった。すなわち,そのような注意をすべき特段の事情は,Dらを含め,本件漕艇場に臨場していたどの教諭にも具体的に認識されていなかった。

また,津軽海峡に進入しないよう指示することは,事実上競技参加そのものを断念させるに等しく,大会参加を承認しながらそのような指示を出すことは背理であるし,津軽海峡でなくても,強風による事故発生の危険があるから,非現実的・非効果的である。

本来,大会主催者が,レースのみならず,待機・練習をしている選手の生命・身体等の安全を確保する義務があるのであるから,競漕委員長が,本件事故発生現場付近の危険な状況を把握していたのであれば,審判長に対して,待機・練習水域への進入を禁止する措置を指示したり,大会の中止について指示あるいは協議を行うか,少なくとも,クルーに対して注意喚起を促す放送を行うべき義務があったのである。

(b) 監視掌握義務・避難等指示義務について

引率教諭は,生徒がランディングからボートに乗って離岸した後は自校の生徒の間近で指導を行うことは不可能であり,生徒の生命・身体に対する安全の確保に係る適切な処置はすべて主催者らによりされるとの認識をしていた。

他校の引率教諭によるJの呼戻しも,たまたま他の生徒の応援をしていた教諭が,声を掛けたものであり,Jを監視していたわけではない。

さらに,被控訴人らは,Dらが,その管理能力を超える数の新人クルーを参加させたと主張し,そのことも安全配慮義務の懈怠であるとするが,本件事故当日のC1高校の参加クルー数は4クルーにすぎないのであって,被控訴人らの主張は,事実誤認に基づくものである。

(c) 救命具を装着させる義務について

新人戦において,生徒にライフジャケットを装着させていたのは参加校13校中1校であり,他の参加校及びボート競技関係者一般の認識として,競技中参加者にこれを装着させなければならないとの認識はなかった。

また,新人戦の出漕方法を定めた日本ボート協会競漕規則(以下「競漕規則」という。)は,当時も現在も競技参加者にライフジャケットの装着を義務付けていない。

これらのことからすれば,新人戦当時,Dらに亡Bに対してライフジャケットを装着させるべき義務があったとは言えない。

c 結果回避可能性

Dらが,ランディングにおいて,亡Bらの離岸を見届け,さらには,その次のレースに参加するKらのクルーの離岸まで見届けてから,待機・練習水域である津軽海峡辺りの生徒を監視し得るのは,津軽海峡付近に相応する生振側の地点か,Jを呼び戻した引率教諭がいた地点かであるが,亡Bが,津軽海峡に達してから間もなく強烈な突風に見舞われたのであるから,Dらが,監視体制に入る前に本件事故が発生した可能性が高いこと,生振側から津軽海峡への横断を引率教諭の許可にかからせることは,大会への参加自体を不可能あるいは困難化させるものであり,現実的ではないこと,仮にDらが指示を出す前,あるいは,指示後,亡Bが回避行動をとる前に本件事故に遭遇し,Dらが艇の転覆を目撃したとしても,そこには救助艇がないのであるから,亡Bの下にすぐに駆けつけることはできず,救助艇に乗り込んだ後も,正確な事故現場が分からず,水が濁っていた当時の状況からして,捜索が難航したであろうことなどを考えれば,Dらには,結果回避の可能性はなかったと言うべきである。

イ F及びGの安全配慮義務違反

(ア) Fの競漕委員長として,Gの線審としての各職務に対する国家賠償法の適用について

新人戦は,道ボート協会及び道高体連という任意団体が主催する大会であり,その大会役員として活動することは,高等学校教諭の一般職務権限には含まれず,職務関連性の要件を欠く。

また,被控訴人らの主張は,新人戦の実質的な主催者が道高体連であることを前提としている。しかし,新人戦は,道ボート協会と道高体連の主催とされているが,予算,設備,スケジュール及び人員といった主要部分がすべて道ボート協会により意思決定されており,実質的に主導権を持ち,運営に責任を持つ立場にあったのは道ボート協会であり,新人戦は,道ボート協会の主導の下で全道選手権大会の一部分として計画,実施された大会であった。

(イ) Fの安全配慮義務違反について

そもそも,前記のとおり,本件事故は通常の予見の範囲をはるかに超えた著しい天候の急変を原因とするもので,不可抗力によるものであった。

また,新人戦は,実質的に道ボート協会の主導で開催,実施されたのであるから,新人戦の中止,中断の必要性を的確,迅速に判断して措置すべき義務は,新人戦を常時監視していた道ボート協会のL理事長(以下「L」という。)が相当程度負うべきであった。そして,競漕委員長としてのFには,新人戦の中止,中断を決定する最終権限がなかったから,Fが本件事故の原因となった強風を予見できたとしても,Lが同様に予見できなかった限り,直ちに本件事故を回避できた可能性は極めて低いものであったと言わざるを得ない。

(ウ) Gの安全配慮義務について

Gが線審業務を引き受けたのは,本件事故当時が金曜日であり,本来かかわるべき道ボート協会の関係者が,仕事の都合上,来場して大会運営に携わることができず,審判,運営要員が不足したためである。

線審は,発艇線の延長線上にいて,各艇の艇首を発艇線上にそろえ,正確であると判断したとき,白旗を揚げて発艇員に知らせることや,競漕艇にフライングあるいは不正スタートがあったとき,即座に赤旗を頭上で大きく振り,発艇員,主審に知らせることなどが任務である。そのためには,線審は,発艇線の方向を向いている必要があり,津軽海峡方向を見るには,向きをほぼ直角に変えなければならない。

Gは,大会役員かつ審判員として,一般的安全配慮義務を負っていることは認めるが,線審業務に従事している間,見ている方向が異なり,また,Gの位置からは,中島の樹木等で一部視界が遮られ,そのままの位置にいて,津軽海峡で待機・練習している参加選手を監視することは極めて困難であり,かつ,線審として定められた位置から離れてでも津軽海峡で待機・練習している参加選手を監視することを求めることはできないから,Gに,具体的監視義務違反はない。

(2) 争点2・損害

(被控訴人らの主張)

本件事故により,亡B及び被控訴人らは,次のとおり損害を被った。

ア 病院関係費 5250円

イ 遺体搬送料 25万8300円

ウ 葬祭料 150万円

エ 逸失利益

亡Bは,死亡時満15歳であったところ,逸失利益算定の基礎収入は,平成12年・全労働者平均賃金が用いられるべきであり,生活費控除率を40パーセントとして,ライプニッツ係数を用いて中間利息を控除すると,逸失利益は,4687万4403円となる。

オ 慰謝料

亡Bは,被控訴人らの子(3人)の末子であり,その兄がボート競技者でC1高校在学中にボート部に所属していた影響から,同高校入学と同時にボート部に入り,その約半年後に本件事故によって満15歳で亡くなった。これらの事情及びその他本件の全事情にかんがみ,亡Bの慰謝料及び被控訴人らの固有の慰謝料として,3000万円が相当である。

カ 上記アないしオの合計 7863万7953円

キ 損害の填補

被控訴人らは,日本体育・学校健康センターの災害共済給付金(死亡見舞金)として2500万円を,北海道高等学校PTA安全互助会から死亡見舞金として1050万円を受け取ったので,3550万円が損害に填補された。

上記合計から填補額を差し引くと,残額は,4313万7953円である。

ク 弁護士費用

弁護士費用は,上記キにおける残額の約1割の430万円が相当である。

ケ 上記キの残額とクの合計4743万7953円の損害につき,被控訴人らは,それぞれ2分の1ずつ亡Bの損害の賠償請求権を相続により取得し,また,被控訴人らの損害を分担した。

したがって,被控訴人ら各人の損害賠償請求額は,2371万8976円である。

(控訴人の主張)

亡Bが,被控訴人らの子(3人)の末子であったこと及び亡Bが満15歳で亡くなったことは認め,亡Bがボート部に入部した経緯は知らない。その余は争う。

第3当裁判所の判断

1  前提となる事実並びに証拠(甲2,3の2,4,7の1ないし3,8,9,22,24,31の1ないし38,甲32の1ないし3,34,37,42,43,46,47,49,68,79ないし86,87の1,2,88ないし90,91の1,2,114,117,119,120,乙1ないし4,6,18,22,26,31,35,36,39,45ないし47,48の1,6の2,3,証人D,証人E,証人I,証人F,証人M,証人L,証人J,証人N,被控訴人A1(これらのうち,後記認定に反する部分を除く。))及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。

(1) 亡Bについて

ア 亡Bは,C1高校ボート部で週6回,学校がある日は放課後約2時間半から3時間,休日は午前と午後に練習をしていたが,入部2か月後ころ(練習内容がシングルスカル艇への乗艇に変わるころ)から腰痛を訴えることがあったため,乗艇の回数を減らし,別のプログラムに従って陸上で練習をしていた。そのため,亡Bの水上での練習量は,他の生徒に比べて少なかった。(乙4,証人D,証人E)

イ 亡Bは,本件事故に遭うまで,平成13年6月8日から10日に開催されたO茨戸レガッタ大会及び同月下旬のインターハイ選抜大会のため,本件漕艇場に2回来たことがあり,O茨戸レガッタ大会では,舵手付フォアスカルのメンバーとして大会に出場した経験があった。(乙4,35,39,証人D)

ウ 亡Bは,ボート競技における,一般的な安全教育は受けていたが,直接の転覆,沈没の体験訓練は受けたことがなかったものの,練習中にいわゆる「沈」を経験したことはあった。(乙4,47,証人D)

(2) C1高校ボート部の概況

ア C1高校ボート部の顧問には,D,E,P教諭の3名がおり,Dは,技術面,体力面及び精神面の指導を,Eは,事務的な仕事,安全指導を,P教諭は,モーターボートに乗船したり,精神面のバックアップをするという大まかな役割分担があった。(証人D)

イ Dは,平成9年,前任の高等学校からC1高校に転任した。

Dは,ボート競技の関係では,財団法人日本体育協会公認B級コーチ,日本SAQ協会インストラクター(レベル1)の資格を取得しており,大学在学中に選手活動を4年間,大学卒業後に大学のコーチを2年間,クラブチームでの選手活動を3年間,選手指導を2年間行い,C1高校に赴任後,同校ボート部の顧問として部員の指導をしていた。

Dは,本件事故までに,本件漕艇場に自ら選手として4,5回来たことがあり,指導者として生徒を引率したことが7,8回あった。(乙4,証人D)

ウ Eは,平成8年にC1高校に赴任して以来,ボート部の顧問をしていた。

Eは,スポーツ指導者の資格は持っていなかった。(証人E)

(3) 新人戦

ア C1高校ボート部は,新人戦の男子クォドルプルに5名(1艇),男子シングルスカルに2名,女子クォドルプルに5名(1艇),女子ダブルスカルに4名(2艇),女子シングルスカルに2名の計18名(8艇)が参加申込みをした。C1高校の引率者は,Dらであった。

ただし,女子シングルスカルの2名は,見学の目的で参加申込みをしたもので,当初からレースは棄権する予定であり,21日のレースに参加するC1高校ボート部の艇は4艇であった。(甲34,証人D)

イ 新人戦の開催場所等

新人戦が行われたのは,日本ボート協会C級公認コースに匹敵するコースである本件漕艇場(別紙図面参照)の1000メートルコースで,茨戸川漕艇研修センターなど艇庫群の前面の平水4レーンを,東茨戸側を第1レーン,生振側を第4レーンとして使用した。(甲2,4,31の1ないし38,42,43,46,120,証人F)。

本件漕艇場付近は,石狩湾の近くに所在し,比較的風が強い場所であり,近隣には保安林(防風林)や風力発電の施設などが設置されている。(甲79ないし86,87の1,2,88ないし90,91の1,2)

本件大会本部は,コースのスタート位置から650メートル付近の岸にある茨戸川漕艇研修センター2階に置かれ,ランディングは,同センター前にあった。なお,本件漕艇場では,昭和初期からボート競技等が行われており,道内の主要大会の会場とされていた。

別紙図面の×印の位置を含む150メートルから300メートル付近は,津軽海峡と通称され,水路が分かれ,川幅が200メートル余りに広がっているので,コースに直角の風が吹くと波が高くなる。また,津軽海峡には,風を遮る樹木や構造物はない。このように,津軽海峡は風の影響を受けやすい水域であった。

津軽海峡のレーン外南東側水域は,待機・練習場所とされていた。(甲2,4,31の1ないし38,42,43,46,120,証人F)

ところで,北海道では,秋から冬にかけて主に北西の季節風が吹くが,本件漕艇場は,コースが南西から北東側に向けて延びているため,北西の風は,コースに対する,直角方向からの風(別紙図面における「生振」側から「東茨戸」側に吹く風)となる。(甲42,43,46)

なお,D,E及びFは,津軽海峡付近が風の影響を受けやすい場所であることを認識していた。(証人D,証人E,証人F)

ウ 道ボート協会及び道高体連は新人戦の主催者であり,Fが大会運営の責任者である競漕委員長であった。

道ボート協会は,北海道におけるボート会を統括し,道内のボート活動の健全な発達等を目的とし,北海道ボート選手権大会,北海道を代表する選手決定のためのボート競技及びこれに準ずる大会の開催等の事業を行う団体であり,北海道における高等学校,大学,実業団の各ボート部等が会員とされている。

道高体連は,高等学校における体育の健全な発達を図ることを目的とし,北海道内の高等学校等で組織され,高等学校生徒の諸体育大会の開催等の事業を行う団体である。

また,競漕委員長のFは別として,新人戦の大会役員は,その多くが新人戦に参加する自校生徒を引率する教諭等で占められており,新人戦開催にかかわる目的だけのために道ボート協会や道高体連から運営にかかわった者は数名にすぎず,一部審判員も引率の高校教諭がなっていた。(甲34,乙1,3,6,18,証人D,証人F,証人L)

エ 新人戦の参加資格については,日本ボート協会加盟団体に平成13年度登録手続を完了した者であること,平成13年9月1日現在,高等学校1,2年生に在籍していること等の制限が付されていた。(乙3)

(4) 20日ないし21日にかけての天気予報及び注意報等

ア 20日の注意報

札幌管区気象台は,20日午後8時,次の注意報を発表した。

石狩北部-雷,強風,波浪注意報

石狩中部-雷,強風注意報

「石狩,空知,後志地方では,21日午前0時頃から雷の恐れがあります。又,北西の風が強くなり,最大風速は陸上13メートル,海上17メートル,波の高さ3メートル。落雷や突風,ひょう,高波に注意して下さい。」

なお,石狩北部とは,石狩市,石狩郡,厚田郡及び浜益郡(いずれも当時)をいい,石狩中部とは,札幌市及び江別市をいう。(甲22,24)

イ 21日の注意報

(ア) 札幌管区気象台は,21日午前5時,次の注意報を発表した。

石狩北部-強風,波浪注意報

「石狩北部,後志地方の海上海岸では,北西の風が22日明け方まで強く,最大風速は海上17メートル,陸上12メートル。海の波の高さ3メートルの見込みです。突風や高波に注意して下さい。」(甲22)

(イ) 札幌管区気象台は,21日午後1時10分,次の注意報を発表した。

石狩北部-雷,強風,波浪注意報

石狩中部-雷,強風注意報

「石狩,空知,後志地方では,これから今夜にかけて雷の発生する恐れがあります。突風や落雷に注意して下さい。」(甲22)

ウ 21日についての天気予報

21日についての天気予報は,次のとおり報道されていた。

(ア) 北海道新聞9月20日夕刊には,「あすからの天気(気象協会提供)

寒冷前線が日中にかけて北海道付近を通過する。21日は全道的に風が強く,雨が北部や日本海側から降り出し,昼ごろにはオホーツク海側で,夜には太平洋側東部でも雨となる。 石狩 曇り一時・時々雨,北西の風,波最大3メートル」との記載がある。(甲7の1,甲32の1)

(イ) 北海道新聞9月21日朝刊には,「きょうの天気 寒冷前線が北海道付近を通過。二十一日は雨の降る所が多く,北部や日本海側を中心に雷を伴った強い雨の降る恐れがある。上空にはこの秋一番の十一月上旬ごろに相当する寒気が入り,山沿いや峠では雪に変わる所がある。気温も急速に下がり二十二日朝は冷え込みが強く,霜の降りる恐れがある。石狩 曇り一時・時々雨 降水確率60/50/50」「【石狩】南の風明け方から北西の風強く,曇り時々雨。波は2のち3メートル」との記載がある。(甲7の2,3,甲32の2,3)

エ 21日の天候

(ア) 札幌市中央区北2条西18丁目2の札幌管区気象台において,21日午後1時から午後3時まで,平均風速3.1ないし7.6m/sの北西,北北西又は西北西の風が観測された。

また,北海道石狩市生振6線北1の石狩地域気象観測所において,同日午後3時には,平均9m/sの西北西の風が観測された。(甲22)

(イ) 本件漕艇場においては,朝から,北西の風が吹き,雨が降ったり止んだりしていた。(甲2,乙22,証人D)

オ 北海道では,秋から冬にかけて主に北西の季節風が,春から夏にかけては南東の季節風が吹くが,北西の季節風の方が南東の季節風より強く,特に秋の寒冷前線通過時には,突風が吹く。(甲46)

カ D及びEは,21日の朝のテレビで,Fも同日の新聞や早朝のテレビで当日の気象の情報を確認していた。(証人D,証人E,証人F)

(5) 21日の進行経過等

ア 午前中

Dらは,亡Bを含む18名のC1高校ボート部員を引率して21日午前中に本件漕艇場に到着し,オール等の用具の整理を終えた後,ミーティングを行い,当日の時間ごとのスケジュール,生徒の体調,本件漕艇場における風や波の状況について確認し,部員に入念なウォーミングアップを指示した。(乙4,証人D)

イ 午後1時から午後1時28分

午後1時,新人戦の開会式が茨戸川漕艇研修センター内で行われ,引き続き監督主将会議が行われた。

道ボート協会理事長で,本件大会のうち平成13年度北海道ボート選手権大会の競漕委員長であったLは,開会式の挨拶で,寒冷前線の通過に伴い気象が不安定であるから注意するようにと述べた。

本件大会の審判長で札幌ボート協会理事長のNは,開会式において,レースにおける一般的な注意のほか,気温が低いのでジャージをユニフォームの下に着てもよいことなどを述べた。(甲8,9,34,証人D,証人M,証人L)

ウ 午後2時15分

競技役員及び補助の生徒ら要員の配置は,午後2時15分に準備が完了した。

救助艇は,大会本部前,600メートル付近のモーター溜りに配備された。(甲2)

エ 午後2時30分

第1レース男子シングルスカル予選1組が,午後2時30分にスタートした。(甲2)

オ 午後2時45分

第2レース男子シングルスカル予選2組が,午後2時45分にスタートした。同レースは,午後2時40分のスタート予定であったが,雨のせいでハンドマイクが不調になり,号令が選手に聞こえにくかったため,スタートが遅れた。(甲2,34)

カ 午後2時54分ころ

第3レース男子シングルスカル予選3組が,午後2時54分にスタートした。

同レースは,午後2時50分のスタート予定であったため,時間が押していたことと,選手が風で船首をそろえ難かったことから,クイックスタート(発艇準備の確認を「各艇用意いいか」で一括して時間を短縮する発艇号令)とされた。

このころ北西の風がにわかに強まった。

そのため,津軽海峡に最初に差し掛かった第2レーンの艇は,大きな水しぶきを上げ,1艇身ないし2艇身遅れていた後続の3艇が津軽海峡に差し掛かると,生振側からの強い横風によって,風下第1レーンのC4高校の艇は,レーン外に押し出されそうになり,そのまま進めば浸水のおそれがあった。

そこで,審判長のNは,追尾していた審判艇から,「各クルー,4レーン側に寄れ。レーンを外れて良いから風上の方へ,岸の方へ。」とハンドマイクや白旗を用いて指示した。各艇は,指示に従って移動し,前記C4高校の艇も波の小さい方に移動した。

なお,第4レースのスタート予定時刻は午後3時であった。(甲2,34,乙2)

キ 本件事故発生までの状況等

(ア) 待機及び練習等の状況

a ボート競技において,一般に,選手は,スタート時間の約30分から40分前にランディングから水上に出る。そして,その後,待機・練習などを経てスタートを待つ。

また,新人戦においては,参加者は,スタートの5分前には,スタート地点周辺に到達して発艇員(スターター)に到着を申告し,2分前には所定の発艇位置に着かなければならないとされていた。

亡Bらの艇も,本件事故前に待機・練習水域に到着していた。(甲47,乙2,3,証人D,証人E,証人L)

b 第3レースのスタート前後,0メートルから300メートルまでの水域においては,亡Bらの艇を含む10艇が待機ないし練習中であった。(甲2)

(イ) 競技役員等の配置,動向等

本件事故当時の競技役員及び補助の生徒等の配置,動向は,以下のとおりであった(それらの位置関係は,別紙図面のとおりである。)。

a 審判艇

審判長であるN及び新人戦競漕委員であるQが乗船,操縦し,進行中の第3レースにおいて,同レース出漕艇を追尾し,同レースを監視していた。なお,審判艇は,レースにおいてクルーの約10メートル後ろを追尾し,レースを監視する役割を担っている。

新人戦が始まった当初,風等の影響は特になかったが,Nは,第3レースのスタート直後,風が強まったと感じ,第3レースの出漕艇が津軽海峡に差し掛かると,コースに対して横ないし斜め方向から強い風が吹いており,第3レースの各出漕艇が,レーンを外れそうになるほど難渋しているのを見て,さらには,持っていた指示用の白旗が思うように動かせないなどの状況から,シングルスカルは無理ではないかと感じるほど,風速も,風圧も強まっていた。しかし,Nは,各クルーの後ろに付いてゴール方面に向かい,第3レースの審判を続行し,他に特に連絡,指示等も行わないまま,レースの終了を見届けた。

また,審判艇は,2艇用意されることが普通であるが,新人戦においては,1艇のみしか用意されていなかった。(甲2,4,34,乙2,6,証人M,証人N)

b スタート地点

道ボート協会の審判部に所属していた発艇員のRが,スタート地点におり,補助の生徒が一人付いていた。Rは,第2レースの時に突風を感じたが,先の状況はよく分からず,スタート付近の様子からはレースは可能と考えていた。Rは,本件事故当時もスタート地点にいた。

また,C2高校教諭であり,同校の新人戦参加生徒を引率してきていたGは,新人戦の大会委員でもあったが,スタート地点において線審(スタートラインの真横にいて,スタートの判定をするための審判)を務めていた。Gは,午後2時55分,救助艇の運転要員であったHから,沈艇があったらすぐに連絡をするようにとの携帯電話を受けた。(甲2,34,乙6,証人D)

c ステイクボート

ステイクボート(レースコースの発艇用の施設)には,4人の補助の生徒が配置された。(甲2)

d ゴール地点

Sがゴール審判(判定員)を務め,補助の生徒が2人配置されていた。(甲2,乙6,証人D)

e 救助艇

C5高校実習担当教諭であり,同校の新人戦参加生徒を引率してきていたHは,新人戦の大会委員であり,救助艇の運転要員であった。

Hは,午後2時54分ころ,投げ降ろすような風を感じ,線審をしていたGに対し,午後2時55分に,沈艇があったらすぐに連絡するよう携帯電話で話した。そして,本件事故当時,Hは,600メートル付近の生振側の陸上(救助艇の前)にいた。(甲2,34,114,119,乙4,6,証人D,証人M)

f 大会本部

F及びLは,大会本部にいて,第3レースを監視していた。

なお,F及びLは,審判の決定に不服がある場合等に,審判以外の立場としてレースが正常に行われていたかを監視するため,各レースが始まってから終わるまで各レースを監視し,また,レースの記録をプログラムに記入する等しており,待機・練習水域の各艇に対しては,特段の注意は払っていなかった。(乙6,証人F,証人L)

g 社団法人日本ボート協会審判委員会編の「審判員の心得と号令・動作」という審判員向けの教本によれば,「審判員は大会期間中のコースの安全確保の目配りは勿論,レース中は特に意を注がなければならない」とされ,主審に。おいても,レース中は,レースを追尾しながら,適正なレースの確保や転覆,落水等の発生した場合に対処できるように各艇の動向を観察することとされ,一方,レース後の審判艇回航中には,回漕中,ウォーミングアップ中,クールダウン中の各艇が競漕規則や大会の航行規則に従っているかどうかを常に注意し,適切な指導を行わなければならないとされているが,本件の全証拠によっても,他の審判員に対して,待機・練習中の各艇に対する監視,監督を明示的に定めたものは見受けられない。(乙36,弁論の全趣旨)

h また,新人戦においては,審判員のうち,クルーが艇に乗り降りする場所に位置して所定の規定遵守の状況を点検する監視員は配置していなかった。(乙36)

(ウ) 引率教諭等の位置,動向等

本件事故当時の各校の引率教諭や生徒らの位置は,以下のとおりであった。

a Dらは,競技が行われている間,茨戸川漕艇研修センター前のランディングで,各校の離岸・着岸の援助や同センター内の艇庫に艇を納める作業などをしていたが,特に水上に出ている自校の生徒に対する注意を払ってはいなかった。(甲117,乙4,証人D,証人E)

b C6高校教諭であり,同校の新人戦参加生徒を引率してきていたTは,監督主将会議の後,風と雨が強くなったので,同校では,その後の状況によっては,参加レースを棄権させることを考えていた(甲2)ところ,第3レースの状況を見て,自校の生徒であるUのレース参加を棄権させようと,400メートル付近の生振側の川岸をスタート地点に向かって歩き始めていた。(甲2,34,119)

c C5高校実習担任教諭であり,同校の新人戦参加生徒を引率してきていたMは,同校のJに対して,レースコースの東茨戸側で練習をするように指示をして,ランディングから見送り,そのまま,スタート地点の方へ向かい,コースの150メートル付近の生振側の川岸において,Jを見ていたが,第3レースがスタートする前に,Jの練習していた水域付近に急に白波が立ってきたために,Jに対して直角に艇を曲げ,風向きに舳先を向けて待機するように指示を出したものの,そのまま待機させても流される等して練習にならないと考えて,第3レースの参加艇の通過を待って,生振側に戻るように指示した。Jが戻って来たとき,Mは,Jに艇の水出しをさせていた。(甲2,114,乙22,証人M)

d C3高校教諭であり,同校の新人戦参加生徒を引率してきていたIは,開会式後,自校の生徒のレースに併せ,リギング(艇やオールの調整のこと。)や技術チェックをし,125メートル付近の生振側の川岸にいて,自校の生徒であるVの練習を見ていたが,第3レースのスタート前あたりから風が出てきて,練習水域には白波が立つ状態になっていたことから,艇が風下に流されるためレース前のウォーミングアップには不適であり,その場にいたVの動向を見たところ,Vの側で待機していた1年生のJが一番危ない場所におり,2年生のVに比べて技術も未熟であったことから,風や波でバランスを崩すなどして転覆の危険性もあると感じ,他校の生徒ではあるものの,持っていたメガホンで,第3レースがスタートしたら,すぐに生振側に戻るよう指示し,Mにメガホンを渡した。その後,Iは,Vのスタートに備えるためスタート地点に行こうとしていた。(甲2,114,乙26,証人I)

e Wは,C7高校1年生であり,新人戦女子シングルスカル予選2組(第5レース)に出艇するため,待機・練習水域である150メートル付近の中島付近にいた。(甲2,34)

f Uは,C6高校2年生であり,本件事故当時,女子シングルスカル予選1組(第4レース)に出艇するためスタート地点にいた。(甲2,34)

g Jは,第5レースに出廷するため,第2レース通過後,東茨戸側に横断し,練習をしていたが,津軽海峡付近でオールの水を押す部分であるブレードが水に押され,腹部をオールのグリップの部分で強く押されるいわゆる「ハラキリ」をして,危うく転覆しそうになったほか,次第に津軽海峡付近の風が強く,水流もあって,転覆したら流されそうであり,転覆すると艇にはつかまれない状況にあると感じ,津軽海峡から中島側に移動して風を避ける等していたところ,Iの声が聞こえた。Jは,Iが何を言っているのかは分からず,付近にいたVに対して言っているものだと思ったが,IやMの手招きが見えたことから,第3レースの通過を待ち,風や波がある中を,Mのいる生振側に戻り,その後,艇の中に入った水を出す作業をしていた。

Jは,津軽海峡は水流や風があり,波が早い場所と聞いており,また,生振側に戻る前には,レースが行われるのかどうかと感じていた。(甲2,34,乙45,証人J)

h Vは,2年生であり,第4レースに参加予定であったところ,本件漕艇場でのレース経験が少なくとも3回はあって,練習水域において,コンディションがあまり良くなく,練習しにくく,転覆の不安までは感じていなかったものの,経験の乏しい1年生であれば怖がるかもしれないと感じた。

Vは,Iの指示により,第3レースの通過後,スタート地点に向かった。(甲2,34,乙46)

i Kは,毎月2回ほど本件漕艇場に来て練習していた。Kは,第7レースに参加するため,亡Bらの後にランディングを離れ,生振側で第3レースの通過を待って津軽海峡方向へ向かおうとしていた。その際,本件漕艇場は少し荒れていた。第3レースの通過後,Kは,横断途中から波を感じており,発艇員のRが何か言っていたが聞き取れないままコースを横断した。しかし,中島の先端部分まで来ると,風が強くなり,呼吸もしにくく,強風で東茨戸側の岸に吸い込まれるように感じ,同乗の1年生クルーは怖くて手が出せない状態であったため,そのままでは浸水し,流されてバランスを失い,転覆が確実な状況と思い,1人で漕いで,艇を安定させた上,コースを再び横断して生振側に戻った。(甲2,34,乙47)

(エ) 本件事故の発生

Mは,生振側の岸で戻ってきたJに,艇の水出しをさせていたところ,Jの「あっ,沈した」(転覆したとの意味)との声で,津軽海峡でダブルスカル艇が転覆していることが分かった。Mは,レスキューを要請するために救助艇の運転要員であるHの携帯電話に電話をかけたが,Hは出なかった。また,MとJは,亡Bらの艇が風に煽られて,水面を回転しながら東茨戸側の岸に向かって飛ばされていくのを目撃した。

Iは,スタート地点で「沈」の声を聞き,その際,沖で沈艇が回転していくのを目撃した。Iは,近くにあった自転車に乗って救助艇のHのいる付近まで1分強で行ったところ,Hがこれに気付いた。

また,Kは,亡Bらの艇が横倒しになり,船底が見えた後,すぐに回転をしながら流されるのを見た。

しかし,亡Bの艇の転覆の瞬間の目撃者はいなかった。(甲2,4,乙22,26,45,47,証人M,証人I,証人J)

ク 救助活動の経過等

救助艇前で待機していたHは,近付いてきたIの様子から,救助艇の発艇を準備し,T及びXとともに事故現場付近に向かい,Hが本件事故を知ってから約2分で同所に到着した。津軽海峡の奥の浅瀬で亡Bの艇のバウの選手は,到着した審判艇に引き上げられた。

その後,何分か亡Bの捜索が続けられたが亡Bは発見されず,午後3時12分,大会本部から警察に通報がされ,午後3時13分から15分ころ,レースの中止が連絡された。

消防隊員及び警察官等は,午後3時28分ころから,潜水捜索等を行ったが,亡Bは発見されなかった。

亡Bの遺体は,22日午後零時5分ころ,津軽海峡中島寄りの水深2.5メートルの川底で発見された。(甲2,3の2,119,乙31)

(6) 女子用のダブルスカル艇の標準的な大きさは,長さ9.36メートル程度,幅0.34メートル程度であり,一般的な船に比べて縦長の構造となっている。また,ダブルスカル艇は,重さ27~28キログラム前後1キログラムであり,船底にエンジン等の重量物はなく,安定性より抵抗をなくし,推進性を追及しているため横波に脆弱な艇である。ただし,艇は通常,オールとクラッチ(オール取付け支持具)が取り付けられており,艇単体よりは安定性を持っている。(甲46,49,乙2,48の1,6の2,3)

(7)ア 新人戦の要領(乙3)によれば,出漕方法は,競漕規則の最新版によるとされ,同規則によれば,「競漕委員の許可なく,大会の期間中,コースに沿いクルーに伴走してはならない。」(同規則59条1項),「競漕中,無線装置や拡声器で,岸からクルーに助言や指示をしてはならない。」(同条3項)とされていた。(乙2,3)

イ 競漕規則では,本件事故当時も現在もライフジャケットの装着に関する規定はないが,競漕艇には,漕手,舵手の最も近いところに,予備を含め個人用の救命具を常備しなければならないとされていた(同規則9条2項)。そして,新人戦において,亡Bのボートには,その救命具としては,沈艇時に膨らませて使う浮き輪式の救命具が備えられていた。新人戦において,生徒にライフジャケットを装着させていたのは,参加校13校中1校のみであり,亡BらC1高校ボート部の部員も装着していなかった。(乙2ないし4,31,証人D,証人E,証人M,証人I)

2  上記認定事実及び前提となる事実に基づき検討する。

(1) 争点1(控訴人の責任)について

ア Dらの安全配慮義務

(ア) 顧問教諭の部員に対する安全配慮義務

学校の課外クラブ活動は,教育活動の一環として行われるものであるから,課外クラブ活動の指導者である顧問の教諭が,課外クラブ活動により生じるおそれのある危険から部員(生徒)を保護すべき義務を負うのは当然であり,事故の発生を未然に防止すべき一般的注意義務を負うことは,控訴人も特に争っていない。

そして,ボート競技は,自然水面上で行われるスポーツであり,地上におけるスポーツ,特に球技や屋内競技等に比して,気象等の自然条件の影響により事故が発生する可能性が高く,また,何らかの事故が発生した場合の救助活動にも制約があり,直ちに生命や身体の危険につながるおそれがあると言うことができる。したがって,ボート競技の部活動の指導者である顧問の教諭は,その危険性を十分に認識し,部員をその活動に参加させる際には,部員の技能,経験を考慮した上で,競技場の気象状況等に注意し,部員の身体,生命に不測の事態が生じないよう安全に配慮し,部員を保護監督すべき安全配慮義務を負うと言うべきである。

(イ) 控訴人の主張に対する判断

a 控訴人は,本件のように,別の主催者がいる大会に参加中は,原則として,生徒に対する安全配慮義務は主催者によって尽くされ,主催者が同義務を負っている限りでは,引率教諭の安全配慮義務は全く免除されるか,少なくとも相当程度に軽減され,引率教諭らが負うべき注意義務は,第2次的ないし補充的な義務にとどまり,引率教諭は,主催者が生徒に対する安全配慮義務を懈怠していることが一見して明瞭である等の特段の事情のない限り,直接生徒に対して安全配慮義務を負わないと主張する。

確かに,本件において,新人戦の主催者である道ボート協会及び道高体連が参加者に対する安全配慮義務を負っていることが認められるから,参加者に対して安全配慮義務を負っている大会主催者がとっている安全対策の内容や大会の具体的状況,参加者が競技等に出場中であるか否かなどの事情は,引率教諭らの具体的な注意義務の内容・程度を確定する際に考慮すべき一事情となり得るものの,本件のような自然をも相手にする競技については,大会自体への参加のみならず,参加者の技量によっては,天候等の状態を考慮して,当該参加者に競技等に出場することを断念させる必要が生じることもあるから,そのような決定を下すこと,ひいては,そのために天候等の状況や参加者等の動向を把握しておくことも,前記のように学校教育の一環である課外クラブの活動としての大会参加において引率教諭が負う安全配慮義務の1つと考えられ,大会主催者が参加者に負う安全配慮義務とは異なる部分があるから,参加者である部員が大会に参加したからといって,引率教諭らが,直ちに大会に参加している部員に対する安全配慮義務を負わないとか,軽減されるとすることはできない。

なお,控訴人は,新人戦の主催者は実質的に道ボート協会であり,道高体連ではないと主張するが,主体的な主催者が道ボート協会であるからといって,主催者としてプログラムにも掲げられている道高体連も主催者であることは明らかである。(甲34)

b また,控訴人は,競技大会においては,主催者がコースを設置し,審判団を初めとする要員を配置し,水面の状態及び選手らの動向を監視,監督しながら競技を進めるから,引率教諭は,安全に大会が進行されることを信頼して自校の生徒を水上に送り,水上のクルーの安全を主催者に委ねるのであり,そして,ボート競技では艇が転覆し,選手が落水することは珍しいことではなく,その場合でも艇から離れずにいれば沈自体には生命・身体に直接の危険はなく,競技会場では,審判団を始めとする運営委員により監視され,沈艇があれば,すぐに救助艇が救助に向かうなどするから,競技が可能な状況では選手が溺れる状況は想定されず,引率教諭であるDらが,水上の生徒の安全が主催者によって確保されていると認識していたのは正当であると主張する。

確かに,控訴人の主張するとおり,大会の主催者が,水上のクルーに対して,監視,監督の義務を負っていると言うことはできる。しかしながら,新人戦においては,もともと審判員が足りず,引率教諭の一部がこれを務めたほか,大会役員の多くは引率教諭であったこと(上記1(3)ウ参照),配置された審判員も,審判艇の2名,大会本部の2名,発艇員のR,線審のGのほかゴール地点のSであり,独立の監視員は置かれておらず,通常は2艇用意される審判艇も1艇しか用意されていなかった事情が見受けられること(上記1(5)キ(イ)参照),主催者が,審判員以外に,待機・練習中の艇の動向を監視,監督するための要員を配置していた形跡はないこと,こうした状況は,Dらも認識していたと考えられること(なお,認識していなかったとすれば,主催者によって体制が整えられていることへの主観的な認識しかないから,その点で非難は免れない。),レースが始まると,審判員は,当該レースの内容を注視し,待機・練習水域にいる艇に対する関心が向かなくなること等を併せ考えると,本件において,大会主催者に,水上の生徒の監視,監督のすべてを委ねることができると考えるのは相当ではないし,Dらの認識が正当であるとも言うことはできない。控訴人の主張は採用できない。

c 控訴人は,亡Bが一人の競技者の立場として新人戦に参加したものであるなどとして,新人戦参加がボート部の通常の部活動とは異なり,Dらは通常の部活動の際と同様の安全配慮義務は負わないなどと主張する。

しかしながら,前記認定のとおり,高等学校のボート部に所属する生徒を対象とする新人戦の性格,新人戦参加に伴うDらのボート部員の引率や指導状況,そして,新人戦の大会要領(乙3)では,「参加者は引率責任者(当該専任教員)によって引率され,引率責任者は選手の行動のすべてに責任を負うこと」とされ,当時のC1高校校長Yにおいても,本件事故が学校管理下で起きたものであることを認めていること(甲11の1)などに照らせば,亡Bの新人戦参加は学校教育の一環であるボート部の活動としてされたことが認められるのであって,上記のようなボート競技に内在する危険性をも考慮すれば,ボート部の顧問教諭であり新人戦へ亡Bらボート部員を引率してきていたDらにおいて,亡Bら部員の生命や身体へ危険が及ばないようその安全を確保する義務を負っていたものと言うべきであるから,上記主張は採用できない。

イ Dらの安全配慮義務違反(過失)の有無

Dらの具体的な過失の有無につき検討する。

(ア) 前記の前提となる事実及び認定事実によれば,次のことが認められる。

a ボート競技の危険性

ボート競技は,自然水面上で行われるスポーツであり,事故が発生する可能性が高く,また,救助活動にも制約があることは前記のとおりである。

そして,ボート競技に用いられる艇の中で,本件事故当時に亡Bらが乗艇していたダブルスカル艇は,一般的な船に比べて,縦長の構造となっていて,船底にエンジン等の重量物がないため,特に横波に脆弱であるとの危険性を有する。

控訴人は,被控訴人らが,ダブルスカル艇についての危険性を強調しすぎていると主張するが,確かに,艇そのものに比べ,艇にオールとクラッチが装着されていれば安定性は増すとは言えるものの,オールがクラッチから外れたり,オールから手を離してしまうと艇が不安定になり,沈することがあるのであって(乙48の1),ダブルスカル艇が,上記危険性を有していることには変わりがない。

さらに,新人戦において,亡Bらは,ライフジャケットを装着しておらず,艇には沈艇時に膨らませて使う浮輪式の救命具しか備えられていなかったことに照らすと,転覆時に何らかの事情で艇につかまれなかった場合には,大きな事故につながる危険性があったと言うべきである。

b 新人戦における危険性及び亡Bのボート競技の経験

新人戦の参加者には,1年生が含まれ,初めて競技会に参加する者もおり,ボート競技における経験が乏しく,ボートについての技量が未熟な者もいることからすれば,ある程度経験を積んだ者を対象とする大会に比して,事故の発生の可能性は高く,また,事故が起こったときには,冷静な判断ができず,大きな事故に発展する確率が高いと言うことができる。

新人戦においては,以上のような危険性が存在することが認められる。

そして,亡Bにおいても,ボート歴は半年に満たず,新人戦が2回目の公式戦への参加であったものであり,まさに上記のような危険にさらされていたと言うべきである。

c 主催者(運営主体)の体制の脆弱性

新人戦の主催者は,道ボート協会と道高体連であるが,新人戦開催の目的だけのために道ボート協会や道高体連から運営にかかわった者は数名にすぎず,引率の教諭らの手伝いを得ていた。

そして,本件事故当時,主催者らによって,競技役員らが配置されていたと認められるのは,スタート地点,ゴール地点,審判艇,大会本部及び救助艇のみであり,Dらにおいて,主催者らから指示されたわけでもないのに,自主的にランディングに入り,艇の離岸・着岸の援助をしていたことからも,新人戦運営に関して,上記の点以外は,明確な役割分担がされていなかったことがうかがわれる。

そして,ボート競技においてはスタート時間の約30分ないし40分前にはランディングから離れ,その後待機・練習水域にいてスタートを待つこととされ,本件事故当時も待機・練習水域には10艇がいたが,スタート前の待機・練習中の艇を指導・監督する要員は,主催者らによって準備されていなかったことが認められ,審判員の中には,本件事故を目撃した者はいない。

この点,控訴人は,審判員が待機・練習水域のクルーの動向を監視,監督することになっていると主張する。確かに,各審判員の一般的義務として,コースの安全管理の確保のために,待機・練習水域にいる艇の動向に注意を払うべきこと(上記1(5)キ(イ)g参照)は控訴人の主張するとおりである。しかしながら,新人戦の実態としては,審判艇は,レース中の艇の後ろを追尾しており,大会本部もレースの状況を注視していなければならなかったこと,発艇員や線審は,レースが10分ごとにスタートされる予定であったから,各レースの発漕後,発艇員は,5分後には次のレースに参加する艇の到着申告を受けなければならず,線審も,控訴人の主張するとおり,基本的に発艇線の方向を向いている必要があり,津軽海峡方向を見ることはできなくなるなど各レースの準備があった上,第3レースのスタート前から風が強まり,第3レースもクイックスタートにしたように,発艇員も線審も,発艇線付近の状況を注視している必要があったと考えられること,ゴール審判のSも津軽海峡付近とは距離が離れた位置にいたことなどから,各審判員においても,待機・練習水域の各艇の状況については,必ずしも十分な監視ができる状況ではなかったと言え,新人戦の運営,殊に水上で待機・練習中の艇の危険防止のために指導,監督するための態勢が十分整わず,客観的には,新人戦の運営体制は極めて脆弱なものであったと言わざるを得ない。

しかし,だからといって,本件事故の結果について,控訴人が直ちに免責されるとは言えないのは,前記のとおりである。

d 本件事故当日の気象予報及び本件事故現場の状況

本件事故当日の天気について,寒冷前線が北海道付近を通過する旨の報道が前日からされており,札幌管区気象台は21日午前5時,石狩北部に強風波浪注意報を発していた。

本件漕艇場のある場所付近は,石狩湾からの風を受け,防風林が林立しているように,風が強い場所であると言える上,スタート前の待機・練習水域に含まれる本件事故現場は,風の影響を受けやすい水域にあるところ,上記のような気象予報にかんがみれば,本件事故当日には,強い風にさらされる危険性が高まっていたものと認めることができる。

e Dらの認識

Dらは,C1高校のボート部顧問であり,亡Bの練習等を把握していたこと,Dは,特に自らのボート選手歴もあったことからすると,Dらは,上記a,bのような事情や危険性を認識していたものと認められる。

また,上記cの新人戦の大会運営主体の体制の脆弱性の点についても,監督主将会議に出席して,審判員等の配置状況,審判艇の数などについて認識していたと考えられるほか,実際に自主的にランディングで各艇の援助を行っていたDらにとって,十分に認識可能な事情であったと言うべきである。

さらに,上記dの事情や危険性については,Dらは,津軽海峡という通称は認識していなかったものの,本件事故現場付近の水域が風の影響を受けやすいことは認識していたものであり,本件事故当日に寒冷前線が通過することや,強風注意報が発せられていた事実についても,テレビや新聞等の天気予報を確認することにより,簡単に知り得たと言うべきである。

(イ)a 以上のようなボート競技の危険性,亡Bのボート競技歴,主催者らによる待機・練習中の参加者に対する監視,監督が十分とは言えない状況にあったこと,本件事故当日の気象予報及び本件事故現場付近水域の風の特性等の事情に加え,これらに対するDらの認識や認識可能性に照らせば,Dらにおいて,本件漕艇場で強風が吹く可能性があり,第6レースに出場するために水上に出た亡Bらが本件事故現場付近の水域で練習すれば,強風が吹き,それが記録的な強風でなくても,風の影響を受けやすい本件事故現場付近においては,技量が十分ではないと考えられる亡Bらの艇が転覆し,強風の影響や,そのような緊急状況において冷静な判断,対処ができないために,亡Bが艇につかまることもできずに溺れてしまうという事態が予見可能であったとも解される。

b そうすると,Dらには,亡Bらが離岸するまでの間に,亡Bらに対し,本件漕艇場の特徴,特に津軽海峡付近には危険性があること,その危険性を回避するため,本件事故当日のように強風が吹く可能性がある場合には津軽海峡付近への進入には十分に注意すべきであること等を周知徹底させるまでの注意義務(以下「本件危険性周知義務」という。)があったことが認められる。

しかし,Dらは,当日の本件漕艇場における風や波の状況について確認を行ったのみであり,上記のような事情につき亡Bらに対して,周知徹底した事実は認められないのであって,Dらは,本件危険性周知義務を怠ったと言える。

なお,被控訴人らは,上記水域への進入禁止までする義務がDらにあったと主張しているが,同所が,待機・練習場所でもあったことを考えると,Dらに,亡Bが離岸するまでの間において,直ちに同所への進入を禁止すべき義務までは認められない。

c また,Dらには,亡Bらが離岸し,水上に出た後についても,亡Bらの動向を監視し,亡Bらにつき安全確保のために適切な指示を与える注意義務(以下「本件監視・指示義務」という。)が認められると言うべきである。

すなわち,前記のとおり,亡Bらのレースのスタート時刻は,午後3時20分であり,ランディングから艇に乗って離岸した後レースの開始までかなりの時間があるところ,その間,水上にいる亡Bらの行動を掌握する監督者を大会主催者側で用意していたとは認められず,このことはDらにおいても十分に認識可能であったと言うべきであって,レースの開始までは,亡Bらや本件漕艇場の状況等にどのような変化が起こるか分からないのであるから,できるだけ,亡Bらの動向を見て,的確な指示を行う義務があったと言える。

このことは,MやIが,自校の生徒のランディング作業を手伝った後,自校の生徒の艇が見える場所まで移動し,練習水域の状況や自校及び他校の生徒であるJやVらの動向を見て,指示を与えていること(前記1(5)キ(ウ)c,d,g及びh参照)やTがUを棄権させようと考えたこと(前記1(5)キ(ウ)b参照)からも裏付けられる。控訴人は,引率者の目が届かないような漕艇場もあると主張するが,その場合は,その限度で引率者の責任が軽減されることはあり得るとしても,本件漕艇場では,指示ができない状況は見受けられない。

そして,Dらは,亡Bらが離岸し水上に出た後,ランディング等にいて,亡Bらの動向を監視することはなかったのであるから,Dらは,本件監視・指示義務を怠ったと言える。

d 被控訴人らは,Dらが亡Bらに対してライフジャケットを装着させる義務があったとも主張する。

しかし,競漕規則では,競技参加者にライフジャケットの装着を義務付けていないこと,新人戦において生徒にライフジャケットを装着させていたのは参加校13校中1校のみであったこと,本件事故当時,ライフジャケットは,競技において漕艇の妨げとなり,忌避される傾向があったこと(乙4,26,証人D)等の事情からすれば,Dらにおいて,亡Bにライフジャケット等の救命具を装着させる注意義務があったとは認められない。

したがって,被控訴人らのこの点の主張は認めることができない。

e また,被控訴人らは,Dらには,2名という引率教諭の管理能力を超える数の新人クルーを新人戦に参加させたという安全配慮義務違反があると主張する。

しかしながら,本件事故当日,実際にレースに参加する予定だったC1高校のクルーは4クルーであって,Dら2名の管理能力を超える数のクルーであったとは認められない。

よって,この点についての被控訴人らの主張も採用できない。

(ウ) 控訴人の主張に対する判断

a 控訴人は,Dらにおいて,天候の急変(強風)を予見することはできなかったと主張する。

しかし,気象予報の内容から突風のあることは予見できたと言える上,前記1(5)キ(ウ)c,d及びgないしiのとおり,Jが,第2レースの通過後から,津軽海峡付近では次第に風が強くなり,水流もあって,沈したら流されそうであり,沈すると艇にはつかまれない状況にあると感じ,MやIも,異変に気づいて,VやJに指示を出していたこと,Kも同乗の1年生がうまく漕艇できず,自力で艇を立て直していたこと,第3レースの途中で異常が発生していること等からすれば,Dらがその場にいれば,天候の急変を予見できたと言うべきであり,控訴人の主張するように,予見できなかったとは言えないのである。

よって,控訴人の主張は理由がない。

b また,控訴人は,Dらにおいて,天候の急変は予見できたとしても,本件事故の原因となったほどの強風の発生が予見できなかった,すなわち,本件事故の原因となった突風は,マイクロバーストといわれる局地的短時間内に発生するものであり,本件事故当日午後3時ころに,マイクロバーストを予見することは極めて困難であり,Dらにはその発生を予見できなかったと主張する。

そこで,本件事故の原因となった風がどの程度の強さであったかについて検討すると,本件事故現場近くの石狩地域気象観測所での午後3時の風向,風速は西北西の風9m/sであり(甲22),本件事故現場における風向,風速は,茨戸川漕艇研修センター屋上設置のデータと,上記観測所のデータがおおむね一致し(甲128),最大風速が平均風速の1.5倍から2倍程度になること(甲25,99,100)を考えると,最大風速13m/s以上はあったと認めることができるところ,控訴人は,その程度の風速では,やや強い風であって,強風注意報が出るか出ないかであるから,やはり,艇を転覆させるほどの強風の予見可能性はないとも主張する。

しかし,Dらが前記各注意義務を負うために必要とされる事故発生の予見可能性は,当該具体的な事故の発生についての現実の予見ではなく,亡Bらの乗る艇が強風により転覆し,亡Bが溺れる危険性があるとの概括的な予見の可能性で足りると言うべきである。そして,相当程度の強い風が吹けば,横風や風による横波を受け,艇のバランスを崩すことが予想され,したがって,前記のとおり,亡Bらの艇が強風によって転覆し,亡Bが溺れる危険性があるという概括的な予見が可能であったものと認められる以上,本件事故原因となった風の強さについての具体的な予見可能性まではなくても,Dらが前記各注意義務を負担することを否定する事由とはならないと言うべきである。

控訴人は,マイクロバーストの予見可能性を考えるべきであるとするが,仮に,亡Bらの艇の転覆が,マイクロバーストによるものであるとしても,前記のとおり,本件事故の前から,JやKが沈しそうであると感じていたように,艇を転覆させるほどの強風が吹き始めていたのであり,Dらには艇を転覆させるような突風の発生が予見可能であったと言え,その予見があれば十分であり,マイクロバーストが発生することまでの予見が必要であるとは言えない。さらに,本件事故以外に,付近にいた他校のクルーを含め,東茨戸側対岸のZホテル(当時)などに特段の被害の報告が見受けられない本件においては,突風とは言うことができても,そもそも,その突風がマイクロバーストであったとも認めることもできない。

c また,控訴人は,以下の点につき,Dらが本件事故の発生の危険性を予見すべき事情がないと主張する。

(a) ボート競技に内在する危険性は,被控訴人らが主張するほどではないと主張し,転覆事故が発生しても艇から離れずにいれば,救助艇に助けられているとの陳述書や証言(乙22,26,証人D)があり,転覆事故のほとんどが悪天候下の練習中のものであり,沈艇につかまらず離艇したことによるとの証拠(甲5)があるとするが,これらはボート競技の安全性を示すものとは言えず,その危険性は(1)ア(ア)のとおりであって,ボート競技において,艇の転覆が日常的に起こる可能性があり,艇につかまれないことも十分考えられるから,ボート競技に内在する危険性を軽視することはできない。控訴人の主張は理由がない。

(b) 亡Bの経験・能力

控訴人は,亡Bが,運動神経にたけ,水泳もできたほか,水上練習の時間は少なかったものの,バランス良く漕いで,完漕する技量は備えており,練習量も同校内部では少ないといっても,他校よりは多いこと,安全教育を受けており,実際に沈をした経験もあったから,亡Bの経験・能力は十分であったと主張するが,亡Bがいかに運動神経にたけているとしても,腰痛があったのであるから,漕艇技術の絶対的練習量が必ずしも十分に確保されていたとは考えられず,本件事故当時の本件漕艇場の状況下での漕艇が十分にできる技量があったかどうかについては,他の1年生の認識や状況等(前記1(5)キ(ウ)gないしi参照)をも考えれば,上記危険性の存在を否定できるものではない。また,亡Bが安全教育を受け,沈をした経験があるとしても,突然の転覆に対して,十分な対応ができないことが考えられるから,このことからしても,Dらの上記各注意義務を否定する事情とはならない。

(c) 本件漕艇場及び津軽海峡の特性

控訴人は,公式には認定されていないものの,本件漕艇場が,公認コースと遜色のないボートコースであり,津軽海峡についても,コンディションが変化しやすいことは,D,F,M,Iらが証言や陳述書で述べるとおりであるが,上記のだれもが,それゆえ津軽海峡が危険であるとの認識は持っておらず,艇が転覆する可能性がある危険な場所であるとは認識しておらず,JやVも,風が強く波が立ちやすいことを聞いているだけであると主張する。

確かに,本件漕艇場に何らかの瑕疵があるとか,津軽海峡が,常に危険な場所であるということは,証拠上も認めることはできない。しかしながら,一般に,津軽海峡は,ボート関係者において,風の影響を受けやすい場所であるとの認識を有することは認められるところ,本件事故の原因と考えられる突風が,何も兆候がない状態から,いきなり吹いたものではなく,徐々に風が強まる状況の中で吹いたのであり,こうした状況を考えれば,少なくとも,風が強まってくれば,各艇に何らかの影響を及ぼすことが予見でき,さらには,艇の転覆ということも想定できると言うべきである。

(d) 本件大会の運営体制

控訴人は,新人戦が,若干の時間的遅れはあったものの,本件事故発生まで,中断されることなく進行しており,大会役員や引率教諭のだれからも中断や中止の進言があった様子はうかがえず,だれも本件事故の発生の可能性は予見し得なかったし,ましてや,Dらは,ランディングにおいて,自校の生徒を含む新人戦参加者の離岸・着岸の安全の確保に専念していたから本件監視・指示義務のような注意義務を負担していないと主張する。

さらに,控訴人は,Dらは,亡Bらが,ランディングから艇に乗って離岸して以降は,参加者の生命・身体に対する安全の確保に係る適切な処置はすべて主催者によってされるとの認識を有していたとして,前記のような本件監督・指示義務のような注意義務は負っていなかったと主張する。

確かに,本件事故の発生まで,新人戦が中断,中止されたことはない。しかし,上記(ア)a及びb並びに上記a及びbの状況からすると,Dらは,新人戦の中断や中止を進言し,あるいは,自校の生徒に対して何らかの注意を与えるなどすることが可能な状況であり,また,Nは,第3レースの途中で,津軽海峡を横切った後,シングルスカルでの競技は難しいのではなないかと判断しており(前記1(5)キ(イ)a参照),MやIの上記行動なども考えれば,本件事故の発生を防止するために,競技の中断,中止のみしか方法がないとは言えず,亡Bに津軽海峡からの回避行動をとらせていれば,本件事故の発生は防ぐことができたと考えられる。

また,Dらがランディングにおいて,ランディング作業をしていたのは大会主催者からの指示ではなく,飽くまで自主的に行っていたにすぎないところ,亡Bら生徒の安全確保に優先してまで,D及びEの2名ともが,自校の生徒の動静を全く見ることなく上記活動をする必要性があったとは認められない。

そうであれば,審判艇の監視下にあると認められるレース中やレースの開始直前であればともかく,大会主催者によって責任をもって選手らの行動を掌握する監督者が用意されていないレースの開始までの待機時間において,Dらは,Tが考えたように,レース参加を棄権させることもできたことを考えれば,Dらが本件監視・指示義務を負わないと解することはできず,本件大会の運営体制の問題から,Dらの責任が消滅,免除されるものでもない。控訴人の主張を容れることはできない。

控訴人は,競技の進行と安全の確保を観念的に分離することは相当でないと主張するが,主催者が,安全の確保に責任を負わないのではなく,引率教諭らも,レースの開始直前まで安全確保の責任を,重畳的に負っているにすぎないから,控訴人の主張は理由がない。

d 控訴人は,引率教諭は,生徒がランディングから艇に乗って離岸した後は,自校の生徒の間近で指導を行うことは不可能であると主張し,本件監視・指示義務を否定するが,このような事実を認めるに足りる証拠はない。前記認定の競漕規則における伴走,助言及び指示を禁ずる旨の規定も,待機・練習中の生徒に対し,その安全のための監視あるいは助言・指示を禁止するものでないことは,その規定の文言からも明らかである。かえって,I及びMにおいて,前記のとおり,本件事故現場付近にいたJに声を掛けて指示を出し,同人においてその指示に従って生振側の岸に戻った事実(上記1(5)キ(ウ)c,d及びg参照),Tが自校の生徒のレース出場を棄権させようとしていた事実(上記1(5)キ(ウ)b参照)が認められるのであって,控訴人の主張は理由がない。

e 控訴人は,本件では,Dらには結果回避可能性がないと主張する。

まず,Dらが,亡Bらの艇を見届けた後,Kらのランディングを見届けてから,待機・練習水域のクルーを監視し得るには,MやIがいた場所まで移動しなければならず,本件事故が,亡Bが津軽海峡に達してすぐに突風に見舞われ,Dらが監視体制に入る前に発生した可能性が高いと主張する。しかし,亡Bらの艇が,どの時点で津軽海峡に到着したかは判然としないものの,Dらが,2人一緒に行動している必要はなく,ランディングの担当と生徒の監視担当に分かれて行動していれば,上記のような空白時間はできないから,Dらがランディング作業をしたことで,結果の発生を回避することができなかったとは言えない。

また,本件事故直後に,Dらの近くに救助艇がなく,亡Bらの下にすぐには到着できなかったことや,正確な事故現場が不明であり,水が濁っていたため,捜索が難航したとして,結果回避の可能性がないとも主張する。しかし,捜索に難航したとしても,早期に事故現場に到着すれば,より生存率は高まるのであり,かつ,Dらが,本件事故の発生を目撃していれば,事故現場をより特定でき,亡Bの状況なども見ることができたと考えられる。そして,本件事故時,救助艇が,Dらの近くにはなかったであろうとする点についても,Iが本件事故を知ってから,約3分強で救助艇が事故現場付近に到着しており(甲116,119),Iが使用した自転車がなかったとしても,IやMがいた場所から救助艇まで約500メートルであり,約5分程度で事故現場まで到着できると考えられるから,早期に比較的正確な事故現場に到着できていれば,亡Bが死亡するという結果は回避できた可能性も高いのであって,Dらに結果回避可能性がなかったとも言えない。

ウ 因果関係

Dらが,本件危険性周知義務を尽くしていれば,亡Bらにおいて津軽海峡に進入するについて,注意を払い,本件事故が発生することはなかった高度の蓋然性が認められる。

また,Dらが,本件監視・指示義務を尽くしていれば,亡Bらにおいて津軽海峡に進入することはなかったし,仮に進入したとしても,速やかにその水域を離脱し,又は,強風に対し,適切な対処をすることができ,本件事故の発生を防ぐことができた高度の蓋然性が認められる。

したがって,本件において,Dらの上記各注意義務違反と亡Bの死亡との間には因果関係が認められる。

エ F及びGの安全配慮義務違反について

(ア) 国又は公共団体が国家賠償法1条1項によって賠償責任を負うのは,当該公務員がその職務を行うについて他人に損害を加えたときである。

この点,被控訴人らが主張するF及びGの安全配慮義務は,新人戦の大会役員である競漕委員長や線審としての職務についてのものであるが,新人戦は,道ボート協会,道高体連という団体が主催する大会であり,その大会の役員として活動することは,Fが新人戦への役員出席を用務とする旅行命令を受けていること(乙15)等の事情を考慮しても,教諭としての職務に含まれていないものと認められる(学校教育法51条,28条6項,乙13)。

したがって,F及びGの行為によって,控訴人が賠償責任を負うとすることはできない。

(イ) 被控訴人らは,新人戦の主催の実態について,実質的な大会運営者は,道高体連のボート専門部であり,その内実は新人戦の参加校の引率教諭らであったと主張する。

確かに,新人戦の大会役員の多くが新人戦の参加校の引率教諭(甲34)であったものであるが,道ボート協会は新人戦の予算を計上し(乙10),大会日程,レース組合せの決定,大会設備の調達,審判艇の配備等を行うなど新人戦の運営に関与していたこと(乙6,証人F,証人L),新人戦への参加申込みは道高体連ボート専門部に対してされていたこと(証人L)や,Fは道高体連ボート専門部の委員長としての立場から新人戦の競漕委員長に就任していたこと(乙6,証人F)などの事実に照らせば,新人戦の主催者が団体である道ボート協会及び道高体連であるとする上記ア(イ)aの認定が左右されるものではない。

したがって,被控訴人らの主張を認めることはできない。

オ 以上によれば,Dらには亡Bに対する安全配慮義務違反が認められ,被控訴人らは,控訴人に対して,国家賠償法1条1項に基づき,損害賠償を請求できる。

(2) 争点2(損害)について

ア 亡Bの損害

(ア) 逸失利益

亡Bは,死亡時満15歳の高校生であったところ,18歳から67歳まで就労可能と認められるので,本件事故時の平成13年度賃金センサス第1巻第1表産業計・企業規模計・全労働者年平均賃金502万9500円を基礎とし,生活費控除率を45パーセントとして,ライプニッツ係数を用いて中間利息を控除すると,逸失利益は,以下の計算式により4341万5348円となる。

(計算式)

502万9500円×(18.4180《52年のライプニッツ係数》-2.7232《3年のライプニッツ係数》)×(1-0.45)=4341万5348円

(イ) 慰謝料

亡Bは,C1高校に入学して半年しか経たないうちに,その若い命を落とすことになったこと,その他本件における前記認定の事情を総合すれば,亡Bの慰謝料としては,1800万円が相当である。

(ウ) 合計 6141万5348円

イ 被控訴人らの固有の損害等

(ア) 病院関係費 5250円

甲12により認める。

(イ) 遺体搬送料 25万8300円

甲13の1,2により認める。

(ウ) 葬祭料

150万円が相当であると認める(弁論の全趣旨)。

(エ) 慰謝料

亡Bは,被控訴人らの子(3人)の末子であり,その命が満15歳という若さで失われたこと,その他本件の事情からすれば,被控訴人らの慰謝料としては,それぞれ200万円が妥当である。(甲46,被控訴人A1)

(オ) 相続

被控訴人らは,亡Bの両親であり,上記ア(ウ)の合計額6141万5348円の損害賠償請求権の2分の1である3070万7674円をそれぞれ相続した。

(カ) 上記(ア)ないし(オ)の合計(ただし,(ア)ないし(ウ)は,被控訴人らそれぞれが2分の1ずつ負担したものと認める。)

被控訴人A1,被控訴人A2 各3358万9449円

ウ 損害の填補

被控訴人らは,日本体育・学校健康センターの災害共済給付金(死亡見舞金)として2500万円を,北海道高等学校PTA安全互助会から死亡見舞金として1050万円を受け取ったので,これらの合計3550万円の2分の1である1775万円ずつが被控訴人らの各損害に填補された。(弁論の全趣旨)

上記合計から填補額を差し引くと,残額は,各1583万9449円である。

エ 弁護士費用

本件事案の難易,性質等を総合すると,被控訴人らが支払うべき弁護士費用のうち総額各150万円の範囲で本件事故と相当因果関係を認めるのが相当である。

オ したがって,被控訴人ら各人の損害賠償請求額は,上記ウの残額とエの合計1733万9449円である。

3  以上によれば,被控訴人らの請求は,いずれも上記限度で理由があり,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 末永進 裁判官 千葉和則 裁判官 杉浦徳宏)

別紙図面は添付省略

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