札幌高等裁判所 平成18年(ネ)127号 判決 2006年9月28日
主文
1 控訴人らの当審における新請求をいずれも棄却する。
2 新訴に関する訴訟費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,函館市七五郎沢廃棄物最終処分場に医療関係各機関からの感染性廃棄物を受け入れてはならない。
3 訴訟費用は被控訴人の負担とする。
第2事案の概要
1 本件は,函館市内に居住する者らが,函館市a町b番地のcに所在する廃棄物の最終処分場である「函館市七五郎沢廃棄物最終処分場」(以下「本件処分場」という。)を設置,管理する被控訴人に対し,本件処分場には感染性廃棄物が搬入,埋立てされるなどしており,これにより控訴人らの生命,健康等が侵害されていると主張して,人格権に基づき,本件処分場の操業差止めを求めて提訴されたものであり,原審において,本件処分場における医療廃棄物の受入れの差止めを求める予備的請求が追加された。控訴人ら(一部の一審原告は控訴をしていない。)は,原判決が控訴人らの主位的請求及び予備的請求を棄却したことを不服として本件各控訴を提起し,従来の主位的請求及び予備的請求から控訴の趣旨2項記載の請求に訴えを交換的に変更した。被控訴人は,上記の訴えの交換的変更について異議を述べていない。
2 前提事実(証拠等の摘示のない事実は当事者間に争いがない。)
(1) 控訴人らは,いずれも函館市の住民であり,肩書所在地に居住している者である。本件処分場と直近の控訴人である控訴人A(以下「控訴人A」という。)宅との距離は約150メートルである(乙3,4,弁論の全趣旨)。
被控訴人は,本件処分場を設置,管理する普通地方公共団体である。
(2) 本件処分場の概要
被控訴人は,昭和63年ころから,函館市内の家庭や事業所から排出される廃棄物の最終処分場として,本件処分場の建設を計画し,同年9月17日に第1期工事に着工して平成4年2月15日に竣工し,同年4月1日から供用が開始された。また,被控訴人は,平成11年8月24日に本件処分場の第2期工事に着工して平成14年1月31日に竣工し,同年4月15日から供用が開始された。
本件処分場は,JR函館駅北方約7キロメートルに位置する函館市a地区のd周辺地域に所在しており,同地域は標高40ないし140メートルの丘陵地形地域に属している。
本件処分場は,現在,総面積が約52万9000平方メートル,埋立面積が約25万8000平方メートル,埋立容量が約411万2000立方メートルであり,埋立期間は平成28年9月までと予定されており,函館市内において排出される一般廃棄物及び産業廃棄物を受け入れている。その主要施設には,場内外搬入道路,流出防止堰提,雨水集排水施設,汚水集排水施設,切替水路,雨水調整池,汚水調整池,遮水設備(2期工事分),漏水検知設備,地下水監視井戸(上下流に2か所),防火設備(3か所),場内照明設備(3基),洗車設備,管理施設(管理棟,車庫,倉庫),計量設備(トラックスケール2基),飛散防止柵,侵入防止柵及び汚水処理施設等がある。(弁論の全趣旨)
(3) 法令等の定め
ア 用語の説明
(ア) 廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃掃法」という。),同法施行令(以下「施行令」という。)及び同法施行規則は,廃棄物等の定義について,概ね以下のとおり定める。
a 廃棄物とは,ごみ,粗大ごみ,燃え殻,汚泥,ふん尿,廃油,廃酸,廃アルカリ,動物の死体その他の汚物又は不要物であって,固形状又は液状のもの(放射性物質及びこれによって汚染された物を除く。)をいう。
b 一般廃棄物とは,産業廃棄物以外の廃棄物をいう。
c 特別管理一般廃棄物とは,一般廃棄物のうち,爆発性,毒性,感染性その他の人の健康又は生活環境に係る被害を生ずるおそれがある性状を有するものとして政令で定めるものをいい,これには感染性一般廃棄物が含まれる。
d 産業廃棄物とは,事業活動に伴って生じた廃棄物のうち,燃え殻,汚泥,廃油,廃酸,廃アルカリ,廃プラスチック類その他政令で定める廃棄物等をいう。
e 特別管理産業廃棄物とは,産業廃棄物のうち,爆発性,毒性,感染性その他の人の健康又は生活環境に係る被害を生ずるおそれがある性状を有するものとして政令で定めるものをいい,これには感染性産業廃棄物が含まれる。
f 感染性廃棄物とは,病院,診療所,衛生検査所,介護老人保健施設,助産所,動物の診療施設及び試験研究機関(医学,歯学,薬学及び獣医学に係るものに限る。以下「医療関係機関等」という。)において生じた,人が感染し,若しくは感染するおそれのある病原体が含まれ,若しくは付着している廃棄物又はこれらのおそれのある廃棄物をいい,感染性一般廃棄物と感染性産業廃棄物に分けられる。
(イ) 医療廃棄物とは,医療関係機関等から医療行為等に伴って排出される廃棄物をいい,感染性廃棄物と非感染性廃棄物とに分けられる。
廃棄物処理業者とは,廃棄物の収集,運搬及び処分を業とする者をいう。
イ 感染性廃棄物の処理方法等
廃掃法は,市町村が行うべき特別管理一般廃棄物の収集,運搬及び処分に関する基準等は,政令で定める旨規定し(6条の2第3項),施行令は,特別管理一般廃棄物の収集又は運搬は,同廃棄物による人の健康又は生活環境に係る被害が生じないようにし,かつ,その他の物と混合するおそれのないように,原則として,他の物と区分して収集し,又は運搬すること(4条の2第1号イ),感染性一般廃棄物の収集又は運搬を行う場合には,必ず運搬容器に収納して収集し,又は運搬することとし,その運搬容器は,密閉できることその他の環境省令で定める構造を有するものであること(同条第1号ホ,ヘ),感染性一般廃棄物の処分又は再生を行う場合には,感染性一般廃棄物の感染性を失わせる方法として環境大臣が定める方法により行うこと(同条第2号ハ),特別管理一般廃棄物は埋立処分を行ってはならないこと(同条第3号)等を定めている。
また,廃掃法は,市町村ないし事業者が行うべき特別管理産業廃棄物の収集,運搬及び処分に関する基準等は,政令で定める旨規定し(12条の2第1項,13条1項),施行令は,感染性産業廃棄物の収集又は運搬を行う場合には,同令4条の2第1号ホ及びヘの規定の例によること(6条の5第1号イ),感染性産業廃棄物の処分又は再生は,当該感染性産業廃棄物の感染性を失わせる方法として環境大臣が定める方法により行うこと(同条第2号ハ),感染性産業廃棄物は,埋立処分を行ってはならないこと(同条第3号ト)等を定めている。
ウ 廃棄物処理法に基づく感染性廃棄物処理マニュアル(以下「本件マニュアル」という。)(乙14の1ないし4,34の1ないし4,66)
(ア) 本件マニュアルは,廃掃法及び施行令が上記のとおり定めた感染性廃棄物の処理基準等を補完するものとして,平成4年8月3日付け衛環第234号厚生省生活衛生局水道環境部長通知により定められたものであり,感染性廃棄物の判断基準及び医療関係機関等が感染性廃棄物を処理する際の注意事項が記載されている。
(イ) 平成16年3月16日付け環廃産発第040316001号環境省大臣官房廃棄物・リサイクル対策部長通知による改正前の本件マニュアル(以下「改正前マニュアル」という。)は,感染性廃棄物の判断基準,処理方法等について,概ね以下のとおり定める。
a 感染性廃棄物とは,医療関係機関等から発生する以下の廃棄物をいう。
(a) 血液,血清,血漿及び体液(精液を含む。)並びに血液製剤(以下「血液等」という。)
(b) 手術等に伴って発生する病理廃棄物
(c) 血液等が付着した鋭利なもの
(d) 病原微生物に関連した試験,検査等に用いられたもの
(e) その他血液等が付着したもの
(f) 感染症新法,結核予防法その他の法律に規定されている疾患等に罹患した患者等から発生したもので感染のおそれがあるもの若しくはこれらが付着した又はそのおそれがあるもので,上記(a)ないし(e)に該当しないもの
b 上記a(e)及び(f)については,血液等その他の付着の程度や付着した廃棄物の形状,性状の違いにより,感染の危険性には大きな差があると考えられるから,専門知識を有する者(医師,歯科医師及び獣医師)によって感染の危険がほとんどないと判断されたときには,感染性廃棄物とする必要はない。
c 感染性廃棄物は他の廃棄物と分別して排出するものとする。
d 感染性廃棄物の収集又は運搬を行う場合は,予め密閉することができ収納しやすく損傷しにくい運搬容器に入れて,密閉するものとする。
e 感染性廃棄物は,原則として,医療関係機関等の施設内の焼却施設で焼却,溶融設備で溶融,滅菌装置で滅菌又は肝炎ウイルスに有効な薬剤又は加熱による方法で消毒するものとする。
上記焼却等がされれば,その処理残渣は非感染性廃棄物として処理することができる。
f 医療関係機関等は,感染性廃棄物の処理を自ら行わず他人に委託する場合は,都道府県知事又は保健所設置市長の許可を受けた特別管理産業廃棄物処理業者に委託しなければならず,廃掃法に定める委託基準に基づき事前に委託契約を締結しなければならない。
g 医療関係機関等は,感染性廃棄物の処理を他人に委託して行う場合,感染性廃棄物を引き渡す際に,廃棄物の種類,量,性状,取扱方法等を記載したマニフェストを交付するものとする。
医療関係機関等は,感染性廃棄物が適正に処理されたことを,処理業者から返送されるマニフェストの写しにより確認するものとする。
h 感染性廃棄物の処理の委託を受けた廃棄物処理業者は,感染性廃棄物を最終処分する前に上記eと同様の方法で焼却,溶融,滅菌又は消毒をして感染性を失わせなければならない。
(ウ) 上記平成16年3月16日付け通知による改正後の本件マニュアル(以下「改正後マニュアル」という。)では,感染性廃棄物の判断基準は以下のとおり改められた。
a 感染性廃棄物に当たるかどうかの判断は,廃棄物の形状,排出場所及び感染症の種類の観点から行う。
b 廃棄物が以下のいずれかに該当する場合は,感染性廃棄物に当たる(形状の観点)。
(a) 血液,血清,血漿及び体液(精液を含む。)(以下「血液等」という。)
(b) 手術等に伴って発生する病理廃棄物(摘出又は切除された臓器,組織,郭清に伴う皮膚等)
(c) 血液等が付着した鋭利なもの(注射針,メス,破損したアンプル・バイヤル等)
(d) 病原微生物に関連した試験,検査等に用いられたもの
c 廃棄物が,感染症病床,結核病床,手術室,緊急外来室,集中治療室及び検査室において治療,検査等に使用された後,排出されたものであるときは,感染性廃棄物に当たる(排出場所の観点)。
d 廃棄物が,①感染症法の一類,二類,三類感染症,指定感染症及び新感染症並びに結核の治療,検査等に使用された後,排出されたもの,又は,②感染症法の四類及び五類感染症の治療,検査等に使用された後,排出された医療器材,ディスポーザブル製品,衛生材料等(ただし,紙おむつについては特定の感染症に係るもの等に限る。)であるときは,感染性廃棄物に当たる(感染症の種類の観点)。
e 上記bないしdのいずれの要件も満たさない廃棄物は,非感染性廃棄物とする。
f 上記bないしdの観点から感染性廃棄物に当たるかどうかを判断できない場合であっても,専門知識を有する者(医師,歯科医師及び獣医師)によって感染のおそれがあると判断される場合は,感染性廃棄物とする。
g 次の廃棄物も感染性廃棄物と同等の取扱いとする。
(a) 外見上血液と見分けがつかない輸血用血液製剤等
(b) 血液等が付着していない鋭利なもの(破損したガラスくず等を含む。)
エ 廃棄物最終処分場に関する法規制
廃掃法は,廃棄物処理施設を設置しようとする者は都道府県知事の許可を受けなければならず(8条,15条),都道府県知事は許可申請が環境省令で定める技術上の基準等に適合していると認めるときでなければ許可をしてはならない(8条の2,15条の2)と定めている。これを受けて,昭和52年3月14日総理府・厚生省令第1号一般廃棄物の最終処分場及び産業廃棄物の最終処分場に係る技術上の基準を定める命令(以下「技術上の基準命令」という。)が定められている。
3 控訴人らの主張
(1) 感染性廃棄物の搬入について
ア(ア) 平成9年に,環境団体である「B研究会」に対して,本件処分場に注射針等の感染性廃棄物が投棄されているとの情報が市民から提供され,その後間もなくして,本件処分場に粗大ゴミを捨てに行った住民から,「注射針が足下に散乱していて踏みそうになった。」などの情報が上記団体に提供された。また,平成10年には,本件処分場に行った住民から,血液が付着し注射針が付いたままの注射器や点滴袋がスーパーのビニール袋に入った状態で落ちていたとして,その袋が上記団体の代表を務めるCの元に届けられた。さらに,同年8月16日,建設業の運転手から,本件処分場で拾ったとされるビニール袋に入った注射針数点が上記団体に届けられた。
(イ) 株式会社南北海道清掃公社に勤務し,廃棄物の収集運搬業務に従事していたD(以下「D」という。)は,平成11年にC型肝炎と診断された。Dが収集運搬を担当していた事業系一般廃棄物には医療廃棄物も含まれており,その中には使用済みの注射器,注射針,血液が残っているもの等が多数混入しており,Dはこのような注射針等による針刺し事故に30回以上も遭っていたため,その事故とC型肝炎との因果関係は明らかであり,それゆえ,Dに対しては,平成12年6月16日に労災認定がされた。
(ウ) 平成12年6月4日,被控訴人の職員3名,上記環境団体の会員4名及びE医師(以下「E医師」という。)が参加して本件処分場内の調査が行われ,その結果,血痕が付着したガーゼ,点滴袋,注射針及び注射筒等の医療廃棄物が混入した一般ゴミ袋が確認された。E医師はその場で上記医療廃棄物は感染性廃棄物である旨を指摘したが,これに対して被控訴人の職員は,他の最終処分場でも同じように埋立てをしているなどと回答した。
(エ) 上記環境団体らは,平成12年9月,函館市長及び函館市議会議長に対し,本件処分場への感染性廃棄物の埋立処分を直ちに中止するよう申し入れたが,これに対し,函館市長や被控訴人の担当者は,排出者側の医師が非感染性廃棄物であると判断すれば,被控訴人としては非感染性廃棄物として取り扱うという趣旨の回答をした。
(オ) 現在でも,上記(ア)のような実態が放置されていることが報告されている。カラスが注射器,注射針,点滴セット等をくわえて周辺の家の敷地に落としているという実態は,控訴人ら代理人も直接確認している。
イ 検証において発見された資料の検討
本件訴訟において平成16年4月26日に実施された本件処分場内の検証では,多数の医療廃棄物が発見された。
(ア) まず,検証当日に搬入された医療廃棄物は,資料№1ないし16(E医師作成にかかる意見書(甲41)において付した番号。以下同じ。)まで存在する。
a このうち資料№1ないし4は,いずれも病室内で使用される留置針等が付いた輸液点滴セットであり,点滴チューブ内に新鮮な血液が認められる。輸液は,重症感染症の入院患者等に対するカロリー等の補給や抗生剤治療として利用されるものであり,留置針は,長期間にわたって輸液療法が必要とされる場合等に利用されるものである。
したがって,資料№1ないし4は,いずれも形状,排出場所及び感染症の種類のいずれの観点からも感染性廃棄物に該当する。
b 資料№7ないし11は,脱脂綿,ナイロン袋,ガーゼ,傷用テープ等であり,いずれも明らかに排出場所の観点から感染性廃棄物に該当する。
c 資料№15は,処置用手袋であり,血液の付着はないものの,看護師等が患者に接したり滅菌器具等を取り扱うに際し使用したものと考えられ,排出場所の観点から感染性廃棄物に該当する。
(イ) 次に,原判決添付別紙図面(以下「別紙図面」という。)のイ,ロ及びハ地点の3か所を掘削して採取された医療廃棄物は,イ地点が3件,ロ地点が1件,ハ地点が14件である。
a このうち,ハ地点の資料№6,8,10等は,点滴セットであり,明らかに感染性廃棄物であると認められる。
b ハ地点の資料№11のビニール袋内の脱脂綿や綿球は傷口に触れるので,血液が付着している可能性が強い。
c ハ地点の資料№13は,空き缶,ポリ袋等であるが,このような一般廃棄物が感染性廃棄物と同一の場所から発見されたことから,感染性廃棄物が一般廃棄物と分別されずに収集,運搬,処分されたことが認められる。
(ウ) 以上のとおり,検証において採取された医療廃棄物の大部分は,改正後マニュアルの判断基準に照らし,感染性廃棄物に該当することは明白である。
そして,改正後マニュアルによれば,感染性廃棄物については,他の廃棄物と分別して排出し,その収集又は運搬を行う場合は,密閉することができ収納しやすく損傷しにくい容器に入れることが必要とされ,原則として施設内で滅菌等をすることとされ,非感染性廃棄物を収納した容器にはその旨の表示を行うことが推奨されているが,上記各資料は,いずれも滅菌等がされたものではなく,上記のような容器で梱包された形跡もなく,非感染性廃棄物である旨の表示も見られなかった。
ウ 被控訴人の指導・監督の問題点
(ア) 廃棄物処理業者に対して
被控訴人は,定期的に廃棄物処理業者を集めて説明会及び懇談会を開催し,感染性廃棄物の適正処理の徹底を求めてきたというが,平成15年4月24日に開かれた説明会や同年12月24日に開かれた懇談会において,感染性廃棄物の処分方法について具体的な説明や指導がされた形跡は見られない。
(イ) 医療関係機関等との関係について
被控訴人は,医療法に基づき,函館市内の医療関係機関等に対して定期的に立入検査を行っていると主張するが,被控訴人から提出された資料を見ても,立入検査が行われたという結果が示されているにすぎず,検査の具体的内容等は全く示されていない。
また,医療廃棄物の処理に関する被控訴人と社団法人函館市医師会(以下「医師会」という。)との間の協議は,平成13年3月6日以降は平成16年6月に至るまで開かれることがなく,その間,被控訴人は,従前の排出方法の変更はできないことを前提とする医師会側の意見に対して何ら応答していなかったのであり,平成16年6月及び同年8月に開かれた協議会の結果を見ても,平成13年から現在に至るまで,医療廃棄物について従前と同様の排出方法が行われていたことが認められる。
エ 以上によれば,本件処分場に搬入される廃棄物には,現在も感染性廃棄物が混入していることが明らかである。
感染性廃棄物の適正な処理を実現するためには,排出者である医療関係機関等や廃棄物処理業者が法を理解し責任を自覚する必要があることはいうまでもないが,それだけで解決されるものではなく,法令を適用し,運用・指導する立場にある被控訴人において,感染性廃棄物に対する正しい認識に基づく指導・管理が求められているのである。
(2) 守られるべき控訴人らの法的権利(差止請求権の根拠)
控訴人らは,民法709条及び710条を実定法上の根拠として,生存し生活をしていく上での様々の人格的利益を享受することができる権利,すなわち人格権を有しており,感染性廃棄物との関係で具体的にいえば,控訴人らは,人格権の一種としての平穏生活権の一環として,「病気にかからず平穏に生活する権利」を有する。
(3) 控訴人らの被害発生の蓋然性
ア 控訴人F,同G,同H及び同Iは,本件処分場の北東方向に位置するe町会に居住する者である。e町会への生活道路である市道a線は,本件処分場に沿って走っている道路であるところ,感染性廃棄物が飛散してくるなど極めて危険な状況にあり,同控訴人らの「病気にかからず平穏に生活する権利」が侵害される蓋然性は極めて高い。
イ 控訴人A宅付近には感染性廃棄物がカラスによって運ばれてきたり風で飛ばされてくる状況にあり,同控訴人には「病気にかからず平穏に生活する権利」を侵害される現実の危険が生じている。
ウ 控訴人Jはa町会に,控訴人K及び同Lはf町会に,控訴人M及び同Nはg町会にそれぞれ居住する住民であるところ,同控訴人らが居住する各町会はいずれも本件処分場に極めて近接しており,「病気にかからず平穏に生活する権利」を侵害される危険性が高い。
エ なお,感染性廃棄物と認定されるものの中には必ずしも感染性があるとはいえないものも含まれているが,感染性廃棄物を本件処分場に搬入,埋立することは禁止されているのであるから,搬入,埋立されるものが感染性廃棄物と認定されれば,控訴人らに健康被害が生じる現実的な危険性を控訴人ら側で立証する必要はなく,感染性廃棄物を搬入,埋立してもその現実的な危険性がないことは被控訴人において立証する必要がある。
(4) まとめ
以上のとおり,本件処分場においては,感染性廃棄物が法令の定める必要な処置もされないまま埋立処分されており,本件処分場の周辺に居住する控訴人らの生命,健康には危険が生じている。そして,このような生命,健康の被害は一旦生じた場合に回復することは不可能である。
したがって,控訴人らは,被控訴人に対し,人格権に基づき,本件処分場における医療関係各機関からの感染性廃棄物の受入れの差止めを求める。
4 被控訴人の主張
(1) 本件処分場に感染性廃棄物が搬入,埋立てされる可能性は極めて小さい。
ア 廃掃法,施行令等は,医療関係機関等から生じる感染性廃棄物を適正に処理するための厳格な規制を定めており,医療関係機関等や委託を受けた廃棄物処理業者がその定めに違反したときは,刑事処罰を受けることがあるほか,都道府県知事等から改善命令や措置命令を受けたり,廃棄物処理業者については処理業の許可を取り消される等の制裁措置が設けられており,感染性廃棄物の不適正な処理を防止する制度が確立されている。
したがって,函館市内の医療関係機関等や廃棄物処理業者がこの規制に違反して感染性廃棄物を本件処分場に搬入することは考えがたい。
イ 被控訴人は,平成13年1月12日,医師会,社団法人函館歯科医師会及び北海道獣医師会道南支部の3団体並びに函館清掃事業協同組合との間で,医療廃棄物の処理について協議し,上記各団体に対し,上記アのような法令による規制,本件マニュアルに従った適正処理の遵守を求め,一部の医療廃棄物については本件マニュアルより厳しい処理を要請した。その後,被控訴人は,医療廃棄物の処理に関する協議について上記3団体を代表することとなった医師会との間でさらに協議し,感染性廃棄物の処理について法令等による規制の遵守を徹底すること,注射針,メス等の鋭利なものについては,非感染性廃棄物であっても感染性廃棄物と同じ処理をし,本件処分場には搬入しないことが確認され,その確認事項等は医療関係機関等に伝達,周知された。
さらに,被控訴人は,本件マニュアルの改正を受けて,平成16年6月23日及び同年8月31日に,医師会との間で再び協議し,改正後マニュアルによる適正処理を確認するとともに,一部の医療廃棄物については改正後マニュアルをも超える厳しい処理を要請している。
ウ 被控訴人は,定期的に函館市内及び周辺の廃棄物処理業者を集めた説明会や懇談会を開催して,感染性廃棄物の処理に関する法令等の定めを説明し,その適正処理の徹底を求めている。
エ 函館市長(担当は被控訴人環境部)は,平成11年度ないし平成15年度に,函館市内の医療関係機関等に対し,医療法25条ないし廃掃法19条に基づく立入検査を実施したが,感染性廃棄物の処理に関する違反事例は発見されなかった。
また,函館市長は,本件マニュアルの改正を受けて,平成16年12月6日から平成17年3月8日までの間,函館市内に所在する医療法1条の5第1項所定の「病院」に該当する全ての病院34か所に対し,廃掃法19条に基づく立入検査を予告なく実施し,詳細な検査を行ったが,感染性廃棄物の不適正な処理は発見されなかった。
オ 以上の事情によれば,感染性廃棄物が本件処分場に搬入,埋立てされる可能性は極めて小さいものといえる。
(2) これに対し,控訴人らは,本件処分場には感染性廃棄物が搬入,埋立てされていると主張する。
ア 控訴人らは,カラスや風によって感染性廃棄物が本件処分場から場外に運ばれ,落ちていた事例があったと主張する。
しかし,上記主張を立証する証拠はいずれも伝聞であり,その信用性には疑問がある上,仮に本件処分場外に廃棄物が落ちていたとしても,それが感染性廃棄物であるとの判断の正当性は確認のしようがなく,感染性廃棄物であったかは疑わしいといわざるをえない。さらに,本件処分場においては,従前はごく一部の時期及び場所において即日覆土がされなかったことがあるものの,現在では完全に即日覆土が実行されているから,カラスや風によって廃棄物が本件処分場外に運ばれることはほとんど考えがたい。
イ 控訴人らは,平成12年6月4日にE医師ら及び被控訴人環境部職員らにおいて,本件処分場に搬入された医療廃棄物を見分したところ,血液が付着し針の付いた滅菌処理されていない注射器等の感染性廃棄物があったと主張する。
しかし,上記見分の対象となった廃棄物は,その見分の当日に搬入されたものではなく,それ以前に搬入されたものを被控訴人環境部が保管していたのであるが,一見して血液が付着し針の付いた滅菌処理されていないと判断されるような注射器が見分に供されるとは到底考えられない。見分された注射器は,滅菌済みで堅牢な容器に入れられて本件処分場に搬入されたものを保管していたものである。
ウ 検証において採取された医療廃棄物について
(ア) 検証において地中を掘削して採取した医療廃棄物については,本件処分場への埋立後相当期間が経過してから採取されたものであって感染性廃棄物であるかどうかは到底判断のしようがなく,感染性廃棄物であると断定することはできない。
(イ) 検証当日に搬入された医療廃棄物についても,改正後マニュアルの判断基準に照らし,いずれも感染性廃棄物であるとはいえない。控訴人らが感染性廃棄物であると主張する資料は,血液が付着した非鋭利なものにすぎず,医師等の専門家によって感染のおそれがあると判断されて初めて感染性廃棄物とされるものである。
仮に,検証当日に搬入された医療廃棄物の中に感染性廃棄物が含まれていたとしても,検証が行われたのは平成16年4月26日であり,改正後マニュアルが環境省から通知された同年3月16日からわずか41日しか経過していない時期であり,医療関係機関等には未だ改正後マニュアルが周知されていなかったためである。その後,改正後マニュアルは医療関係機関等にとって一般的に周知のものとなったことに加えて,被控訴人は,前記(1),イ及びエのとおり,医師会と改正後マニュアルによる適正処理を確認するとともに,医療関係機関等に対し立入検査を実施したが,感染性廃棄物の不適正処理は発見されなかった。このことからすると,検証当時はともかく,その後においては医療関係機関等から感染性廃棄物が本件処分場に搬入される可能性は格段に小さくなっていることは明らかである。
(3) 万が一,本件処分場に感染性廃棄物が搬入,埋立てされたとしても,以下の事情からすれば,これにより控訴人らに健康被害が生じることはあり得ない。
ア すなわち,平成4年の廃掃法等の改正により感染性廃棄物が特別管理廃棄物として規制される以前は,感染性廃棄物であっても他の廃棄物と区別されることなく最終処分場に埋立処分されており,被控訴人が設置,管理していた中の沢ごみ埋立処分場にも感染性廃棄物が埋立処分されていたが,同処分場の周辺住民等に健康被害が生じた事実はなく,全国的にも廃棄物により最終処分場の周辺住民に健康被害が生じたとの報告例はない。
廃掃法が改正され,感染性廃棄物が特別管理廃棄物として規制されるようになった趣旨は,医療廃棄物の排出,収集,運搬及び処分に直接携わる医療関係機関等や廃棄物処理業者への二次感染のおそれを防止することにあるにすぎない。
イ また,本件処分場に搬入される廃棄物のうち医療関係機関等から排出される廃棄物の割合はごくわずかである上,本件処分場では搬入された廃棄物について即日覆土を実施しており,十分な飛散・流出防止対策が講じられている。
ウ 仮に,本件処分場に感染性廃棄物が埋め立てられたとしても,埋め立てられた廃棄物が感染源となり,健康被害を起こすことは考えられない。
このことは,昭和45年5月20日から平成5年3月31日まで供用されていた「中の沢ごみ埋立処分場」においては,感染性廃棄物を他の種類の廃棄物と区分して処理するとの規制を受けるようになった平成4年7月4日以前には感染性廃棄物が当然に埋立処分されていたが,「中の沢ごみ埋立処分場」で稼働していた職員,周辺住民,その他の市民に感染性の健康被害が生じたことがなかったことや,廃棄物最終処分場における感染性の健康被害の発生は全国的にも報告事例がないことからも明らかである。
(4) まとめ
以上のとおり,本件処分場に感染性廃棄物が搬入され,それによって控訴人らの健康に被害が生じる高度の蓋然性は認められないばかりか,その単なる蓋然性さえも認められない。
なお,控訴人らは,感染性廃棄物と認定されれば健康被害発生の現実的危険性を控訴人ら側で立証する必要はなく,被控訴人側でその現実的危険性が存在しないことを立証する必要がある旨主張するが,この主張が法理論として許容しがたいことは明らかである上,本件においては,上記のとおり,控訴人らに健康被害が生じる危険の認められないことは明らかである。
第3当裁判所の判断
1 控訴人らは,本件処分場に感染性廃棄物が搬入,埋立てされていることなどにより,人格権の一環としての病気にかからず平穏に生活する権利が侵害されているとして,人格権に基づき,本件処分場への感染性廃棄物の受入れの差止めを求めている。
本件請求が認容されるためには,本件処分場に感染性廃棄物が搬入され,その搬入された感染性廃棄物によって控訴人らに病気に罹患するなどの健康被害が生じる高度の蓋然性が認められることが必要であると解するのが相当である。
控訴人らは,感染性廃棄物と認定されるものの中には必ずしも感染性があるといえないものも含まれているが,感染性廃棄物を本件処分場に搬入,埋立することは禁止されているのであるから,搬入,埋立されるものが感染性廃棄物と認定されれば,その現実的な危険性を控訴人ら側で立証する必要はなく,感染性廃棄物を搬入,埋立しても現実的な危険性がないことは被控訴人において立証する必要がある旨主張するが,控訴人らの請求が人格権に基づく差止請求である以上,控訴人らに被害が発生する高度の蓋然性があることは控訴人らで立証すべきものである。控訴人らの主張は,廃棄物の適正な処理等により,生活環境の保全等の向上を図ることを目的とする廃掃法等に基づく廃棄物処理の規制という公法上の法律関係と私人間の権利関係を規律する私法上の法律関係を混同するものであり,採用することはできない。
2 本件処分場の概要等
証拠(甲1の1ないし4,33,乙5ないし7,25,82,83)及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。
(1) 本件処分場における廃棄物の埋立構造は,ガス抜き管及び浸出液集排水管を備えた準好気性埋立方式を採用している。同方式は,ガス抜き管及び浸出液集排水管を通して空気(酸素)を埋立地内部に送り込むことにより,有機物の分解を促進し,浸出液の良質化や発生ガスの安全化を図ることができるとともに,処分場の維持管理を容易にすることができる。
(2) 本件処分場の埋立工法は,1日分の埋立廃棄物を覆土で覆い,次にその上や横に同様な方式で埋め立てるセル方式を採用しており,具体的には,埋立地に廃棄物が投棄されるごとに重機を用いて粉砕・転圧を繰り返し,1日の中で埋立層が一定の厚さに達したとき又は1日の埋立作業が終了したときに,廃棄物の飛散防止,臭気の発散防止,ハエ等の衛生害虫の発生防止等の目的で重機により30センチメートルないし50センチメートルの厚さで覆土を行っている(即日覆土)。また,即日覆土とは別に,廃棄物運搬車両の道路の確保や比較的長期間放置される埋立部分の雨水排除を目的として中間覆土が行われ,当該ブロックの埋立地における埋立が終了した段階で,景観の向上,跡地利用,浸出液量の削減等を目的として最終覆土が行われることとされている。
本件処分場内の一部の埋立部分については,平成14年1月から3月までの間,急斜面であり,また,降雪期であったことなどから,即日覆土が行われず,その間廃棄物が投げ込まれた状態のまま放置されていたことがあったが,現在は毎日即日覆土が行われている。
(3) 本件処分場には,函館市内の家庭及び事業所から排出された一般廃棄物及び産業廃棄物が搬入されている。搬入される廃棄物の種類は,平成17年4月1日以降は,一般廃棄物については,家庭系の廃棄物として「燃やせないごみ」(金属類,ガラス類,せともの,50センチメートル以上のプラスチック製品等)及び「粗大ごみ」(家具類,自転車,6畳以上のじゅうたん等),事業系の廃棄物として「燃やせないごみ」(日常事務用品,せともの等)であり,産業廃棄物については,燃え殻,廃プラスチック類(自動車(原動機付き自転車を含む。以下同じ)の一部及び船舶を除く。),鉱さい,ガラスくず(自動車の一部を除く。)及び陶磁器くず,ダスト類,その他特に認めたものとされている。
これに対し,本件処分場への埋立てが禁止されている廃棄物は,平成17年4月1日以降は,有害性のあるもの,爆発性又は引火性のあるもの,一定の容積,重量等を超えるもの,自動車及び船舶並びにそれらの部品,再資源化等が義務づけられているもの,堅牢で処理が困難なもの,特別管理廃棄物(廃油,廃酸,廃アルカリ,感染性廃棄物等)とされている。
(4) 本件処分場には,現在,その周囲全部に侵入防止柵が設置されており,被控訴人は,定期的に侵入防止柵の点検,補修を行っている。
3 感染性廃棄物の処理について
証拠(甲4の1・2,5ないし9,30ないし32,36,38,39,41ないし43,46の1ないし3,47の1ないし3,51,54,55,乙14の1ないし4,34の1ないし4,35の1・2,36,37,38の1・2,39,40,41の1・2,42,54,55,56の1・2,57ないし67,74,75,78ないし81,証人D,証人O,証人P,証人E,控訴人H本人,検証の結果)及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。
(1) 感染性廃棄物とは,前記のとおり,病院,診療所等の医療関係機関等から生じ,人が感染し,若しくは感染するおそれのある病原体が含まれ,若しくは付着している廃棄物又はこれらのおそれのある廃棄物をいう。
感染性廃棄物に含まれているおそれのある病原体は,医療関係機関等における医療従事者や患者,感染性廃棄物の廃棄物処理業者等に感染して被害を及ぼす可能性等が指摘されており,また,感染性廃棄物の処理に伴い周辺の環境や住民に悪影響を与えるおそれがあるといわれている。
もっとも,病原性細菌,ウイルス等の病原体は,生体外環境における生存可能期間が短いため,感染性廃棄物が最終処分場等に不法投棄されたとしても,不法投棄されてから1年程度経過すれば,容器に密封されているような場合を除き,当該廃棄物中に病原体が残存している可能性はないと考えられている。
これまでに,我が国において,最終処分場等に不法投棄された感染性廃棄物が原因となって,その周辺住民の健康に被害が生じた事例は報告されていない。
(2) 従前,廃掃法上,感染性廃棄物の処理方法等に関する規制は定められていなかったが,医療技術の進歩等に伴い医療関係機関等において発生する廃棄物の量は増大するとともにその質も変化し,昭和60年代ころから,医療廃棄物の不法投棄事案が数多く報告されるようになり,医療廃棄物の適正な処理が求められるようになったことなどから,平成3年法律第95号により廃掃法等が改正され,前記のとおり,感染性廃棄物は特別管理廃棄物(特別管理産業廃棄物又は特別管理一般廃棄物)として,その収集,運搬,処分等について厳格な規制が定められた。そして,廃掃法等による感染性廃棄物の処理基準を補完するものとして本件マニュアル(改正前マニュアル)が平成4年に作成され,医療現場等で広く活用されていた。
しかし,改正前マニュアルについては,感染性廃棄物に当たるかどうかの判断の多くを医師等に委ねており判断基準が客観性を欠く等の指摘がなされたことから,平成16年3月16日付け通知により改正が行われた。同改正の主な内容は,感染性廃棄物の判断基準について,形状,排出場所及び感染症の種類の各観点から客観的に判断するものとし,医師等による裁量の余地を狭めたこと,非感染性廃棄物についても,外見上,感染性廃棄物との区別が困難である場合が多いことから,その収納容器への非感染性廃棄物である旨を明記したラベルの付着を推奨することなどであった。
(3) 本件処分場における医療廃棄物の処理について問題が提起された経緯
ア 上記(2)のとおり平成3年改正後の廃掃法,施行令及び改正前マニュアルは,感染性廃棄物の処理等について厳格な規制を定め,平成4年に操業を開始した本件処分場においても,前記のとおり,感染性廃棄物を含む特別管理廃棄物については埋立てを禁止していたため,被控訴人は,函館市内の医療関係機関等に対し,上記法令の規制内容等を周知させてその遵守を求めていた。
イ しかし,平成9年ころから,環境団体である「B研究会」に対し,本件処分場に注射筒,注射針等の医療廃棄物が投棄されているといった情報が寄せられるようになり,また,廃棄物処理業者に勤務する者から本件処分場で拾ったとされる注射針が提供されるなどした。上記環境団体は,平成10年ころ,被控訴人に対し,医療廃棄物の本件処分場への搬入,埋立てに関し,より厳重な検査を求めるなどしたが,これに対し被控訴人は特に対策を講じることはなかった。
ウ 廃棄物処理業者である株式会社南北海道清掃公社に平成8年4月から作業員兼運転手として勤務していたDは,医療関係機関等において医療廃棄物を収集する際に,身体に注射針が刺さった経験があったところ,平成11年10月,C型肝炎に罹患していると診断され,その後治療のため休業したことから,同年12月,C型肝炎に罹患した原因は廃棄物の収集業務中に注射針等が刺さって感染したことにあるなどとして,労働者災害補償保険法に基づき,函館労働基準監督署長に対し,休業補償給付の支給を請求した。同基準監督署長は,平成12年6月,Dが罹患したC型肝炎は業務上の事由による疾病に当たると判断して,Dに対し,休業補償を給付した。
エ 平成12年6月4日(日曜日),上記環境団体の構成員ら及びE医師は,本件処分場において,搬入された医療廃棄物の調査を行うこととし,前日までに本件処分場に搬入され,被控訴人において保管していた医療廃棄物を見分した。E医師は,上記医療廃棄物中には,血液が付着し滅菌処理がされていない注射筒,注射針,点滴セット,手術用手袋等が含まれており,これらの廃棄物は感染性廃棄物に当たるものと判断し,その旨を被控訴人職員に伝えた。
オ 上記環境団体やE医師が代表を務めるQ等の市民団体は,同年9月ころ,上記調査の結果をも踏まえて,函館市長及び函館市議会議長に対し,本件処分場への医療廃棄物の搬入,埋立てを中止することなどを求める申入れをし,さらに,上記環境団体等は,同年10月31日,被控訴人を,廃掃法に違反する違法行為を行っているなどとして,北海道警察函館方面函館中央警察署に告発したが,函館地方検察庁は,平成13年12月28日,上記告発に係る事件を不起訴処分とする旨を決定した。
(4) 被控訴人と医師会等及び廃棄物処理業者との間の協議の経過
ア 被控訴人は,平成13年1月12日及び同年2月5日,医師会,社団法人函館歯科医師会,北海道獣医師会道南支部及び函館清掃事業協同組合等を参加させて,「医療廃棄物適正処理に係る三者協議」を開催し,さらに,医師会との間では,同年3月6日にも医療廃棄物の処理に関する打合せを行った。
被控訴人は,上記協議等において,医師会等に対し,血液等の付着した廃棄物は,非感染性のものであっても,外観上感染性廃棄物と誤解されるおそれがあることから,感染性・非感染性を問わず,施設内で滅菌等の処理をしたものを含め,すべて感染性廃棄物と同様に取り扱うこと,注射針等の鋭利なものについても,メカニカルハザードの観点から,血液等の付着の有無を問わず,施設内で滅菌等の処理をしたものを含め,すべて特別管理産業廃棄物として取り扱うこと,したがって,血液等の付着した廃棄物及び注射針等の鋭利な廃棄物については,本件処分場等において受入れをしないことなど,改正前マニュアルの定めよりも厳格な判断基準に基づく処理を提案し,医師会等の協力を求め,また,同年2月28日付けの文書において,非感染性廃棄物であっても感染性廃棄物と同様の処理をするよう求めた。
これに対し,医師会は,注射針等の鋭利な廃棄物については,特別管理産業廃棄物として処理する意向である旨を回答したが,血液等の付着した廃棄物をすべて感染性廃棄物と同様に取り扱うことについては,経費の負担が大幅に増加することなどから反対し,仮に上記取扱いを実施する場合は,被控訴人において補助金等により財源を負担することを考慮するよう求めた。
上記協議等の内容は,医師会がその所属会員宛てに定期的に発行している「**ニュース」や「**だより」に掲載された。
イ 被控訴人は,医師会からの上記意見等を受けて,さらに協議を継続する予定であったが,上記3月6日の打合せ以降,3年以上にわたり,何ら具体的な対応や協議の申入れ等をすることはなく,平成16年3月に本件マニュアルが改正されたことなどを受けて,ようやく同年6月23日に医師会との間の協議が開催された。
被控訴人は,上記協議において,医師会に対し,改正後マニュアルに基づく感染性廃棄物の処理を遵守するよう求めるとともに,血液等が付着した医療廃棄物についてはすべて感染性廃棄物として処理するよう求めたが,これに対して医師会は,上記のような処理は改正後マニュアルの判断基準を超えた被控訴人独自の方式の提案であり,いかに市民から不安の声が上がっているとしても,経費の負担等の問題がある以上,他に上記提案の具体的根拠が提示されないまま受け入れることは困難であるなどとして,強く抵抗した。
被控訴人と医師会は,同年8月31日にも協議を行い,改正後マニュアルの解釈として,血液等が付着した鋭利ではない廃棄物は,形状の観点から直ちに感染性廃棄物に当たるものではなく,排出場所及び感染症の種類の観点からも感染性廃棄物に当たらず,医師が感染のおそれがないと判断した場合は,非感染性廃棄物であることが確認され,また,改正後マニュアルにおいて推奨されている非感染性廃棄物のラベルの実施については,市立函館病院において先行実施し,その実施状況を踏まえて更に検討することなどが合意された。また,被控訴人は,医師会に対し,今後の取組として,医療関係機関等への立入検査を充実させることなどを説明し,理解を得た。
被控訴人は,平成16年5月ころ,函館歯科医師会の事務長及び理事5名,北海道獣医師会道南支部の事務局長,函館薬剤師会の会長等に対しても,改正後マニュアルの内容を説明した。
ウ 被控訴人は,平成13年2月,平成14年5月,平成15年4月及び同年12月に,函館市内及びその周辺の廃棄物処理業者を集めて,説明会ないし懇談会を開催し,廃掃法等の改正内容やそれに伴う廃棄物処理実務の変更点等を説明して,遵守するよう指導し,また,平成15年12月の懇談会では,医療廃棄物の取扱いについても懇談事項とされて意見が交わされた。
(5) 被控訴人による医療関係機関等への立入検査
ア 被控訴人は,医療法25条に基づき,函館市内の医療関係機関等に対する立入検査を行っており,その検査項目には感染性廃棄物の処理状況も含まれている。
被控訴人は,平成11年度は34か所,平成12年度は41か所,平成13年度は107か所,平成14年度は160か所,平成15年度は157か所の医療関係機関等に対して医療法25条に基づく立入検査を実施したが,感染性廃棄物について不適切な処理をした事例は発見されなかった。
イ 被控訴人は,廃掃法19条に基づき,平成12年度は37か所,平成13年度は87か所,平成14年度は76か所,平成15年度は10か所の医療関係機関等に対し立入検査を行ったが,感染性廃棄物の処理について廃掃法等の定めに違反した事例は発見されなかった。
また,被控訴人は,平成16年6月及び同年8月に行われた医師会との間の上記協議の結果を受けて,平成16年度の廃掃法19条に基づく立入検査として,同年12月6日から平成17年3月8日までの間に,函館市内における医療法1条の5第1項所定の「病院」(医師又は歯科医師が,公衆又は特定多数人のため医業又は歯科医業を行う場所であって,20人以上の患者を入院させるための施設を有するもの)に該当する医療関係機関等34施設すべてに対し,原則として事前連絡を行うことなく立入検査を実施し,感染性廃棄物について,その発生の有無,施設内処理の有無,委託処理の有無,処理委託先,委託契約書の締結の有無,マニフェストの交付等の状況等を検査したが,不適正な事例は発見されなかった。
(6) 本件処分場における感染性廃棄物等の点検体制
ア 本件処分場においては,被控訴人職員が,計量所受付において,搬入された廃棄物の内容を搬入者から聴取したり目視するなどして搬入禁止物の有無等を検査し,また,埋立現場においても搬入者が下ろした搬入物を目視するなどして点検を行い,搬入禁止物を確認した場合は,搬入者に対してその旨を指摘し,持ち帰るよう指示している。
もっとも,計量所受付においては,廃棄物運搬車両のうち,廃棄物が内部に密閉されているいわゆるパッカー車については,開扉して中の廃棄物を確認することはせず,その他の車両についても,積み重ねられた廃棄物について,上部の廃棄物を取り除くなどして全ての廃棄物の内容を確認することまではしておらず,また,埋立現場においても,同様に,現場に積み重ねられた廃棄物についてその内容をすべて点検することはしていない。
イ 被控訴人は,医療廃棄物のうち注射針については,医療関係機関等に対し,缶等の堅牢な容器に入れるよう要請するとともに,廃棄物処理業者に対しては,本件処分場に注射針入りの容器を搬入する際には,計量所受付等において被控訴人職員に手渡すよう指導し,上記容器を受領した被控訴人職員が他の廃棄物の埋立場所とは別の離れた場所に深く掘って埋めていた。
しかし,前記3,(4)アのとおり,平成13年1月から3月にかけて行われた被控訴人と医師会と間の協議において,注射針等の鋭利な廃棄物については本件処分場では受け入れない方針について医師会の了解が得られたことから,同年8月以降は,注射針は本件処分場に搬入されないことを前提として,注射針入り容器に関する上記のような取扱いは行われなくなった。
ウ 被控訴人の担当職員において,上記のとおり搬入された廃棄物の内容を点検した結果,感染性廃棄物であると疑われる廃棄物の存在を確認したものの,直ちに感染性の有無を判断することが困難であると判断した場合には,被控訴人の環境部廃棄物対策課に連絡し,同課において当該廃棄物を排出した医療関係機関等から事情を聴取して,感染性の有無を判断している。そして,当該医療関係機関等から当該廃棄物は感染性廃棄物ではないとか感染性廃棄物であっても滅菌処理済みである旨の回答を受けた場合は,その回答を信用し,それ以上特段の対策を講じることなく当該廃棄物の搬入,埋立てを認めている。
(7) 検証の結果
平成16年4月26日に原審裁判所が実施した検証において,本件処分場内の別紙図面のイ,ロ及びハの各地点を掘削して,医療廃棄物の埋立状況を調査した結果,イ地点から,注射器の筒2個及び点滴袋2個が,ハ地点からは,茶色の液体が入った袋,使用済みの手術用手袋複数,注射器の筒,点滴袋,キャップ付き注射針,注射液のアンプルその他多数の医療廃棄物が,それぞれ発見された。また,ハ地点においては,医療廃棄物とともに空き缶,ガラス瓶等の一般廃棄物も同一のビニール袋に混入していることが確認された。
また,本件処分場内の別紙図面ニ地点において,当日搬入された廃棄物を見分した結果,点滴チューブ及び注射針(留置針)各2個,点滴セット,注射器の筒,ガーゼ,脱脂綿,キャップ付き注射針,血液採取用容器等多数の医療廃棄物が発見された。
本件処分場内の別紙図面D地点において,控訴人Hが平成16年2月13日に本件処分場内で発見し,被控訴人において保管していた医療廃棄物(点滴袋,注射液のアンプル,注射器の筒各1点)を見分した。
これらの廃棄物は,検証終了後,控訴人ら代理人によって保管され,写真が撮影された。
4 控訴人らに生ずる被害の有無,程度
以上の認定事実を前提として,本件処分場に感染性廃棄物が搬入され,それにより控訴人らに生ずるおそれのある生命,健康に対する被害の有無,程度について検討する。
(1)ア 検証の結果及び証拠(甲41)によれば,別紙図面ニ地点において発見された医療廃棄物のうち,点滴チューブ2個及び血液採取用容器には,いずれも赤色の液体が含まれていることが認められるところ,上記液体はその形状や点滴チューブ等の医療器具中に含まれていたこと等に照らし,人の血液であると推認することができ,これを覆すに足りる証拠はない。したがって,上記点滴チューブ等に含まれている血液は,改正後マニュアルにいう「血液等」に当たるということできる。そして,上記点滴チューブ等は,その形状等に照らし,滅菌等の処理がされているとは認めるに足りないから,上記点滴チューブ等は,感染性廃棄物に該当するというべきである。
被控訴人は,上記点滴チューブ等に血液が含まれていたとしても,その量がごく少量であることからすれば,「血液等」には当たらないと主張する。しかし,改正後マニュアルは,血液等は,人が感染するおそれのある病原体が含まれているおそれがあることから,実際に人が感染するおそれのある病原体が含まれているかどうかを問わず,すべて感染性廃棄物に当たるものと定めていることからすれば,血液等の量が少量であるからといって,人が感染するおそれのある病原体が含まれているおそれがあることに変わりはない以上,「血液等」に当たらないものと解することはできない。
イ これに対し,検証において発見されたその余の医療廃棄物は,その形状が改正後マニュアルにおいて定める「血液等」,「手術等に伴って発生する病理廃棄物」,「血液等が付着した鋭利なもの」又は「病原微生物に関連した試験,検査等に用いられるもの」に該当するものとは認められず,また,感染症病床,結核病床,手術室,緊急外来室,集中治療室又は検査室において使用されたものであると断定することもできないし,さらに,感染症の治療,検査等に使用されたものであると認めることもできないから,形状,排出場所及び感染症の種類のいずれの観点に照らしても,感染性廃棄物に該当すると認めることはできない。
(2)ア 上記のとおり,原審裁判所の検証が実施された平成16年4月26日に本件処分場に搬入,埋立てされた医療廃棄物中には,実際に,感染性廃棄物に当たる血液等を含有した点滴チューブ及び血液採取容器が含まれていたことが認められる。
イ そして,前記認定事実によれば,医療関係機関等から排出される感染性廃棄物を滅菌するなどして施設内で処理し,又は,特別管理産業廃棄物処理業者等に委託して処理するためには相当の費用を要することが認められるところ,病院等の経営を担当する者が,経営の採算を重視する余りに,このような費用の負担を回避しようとして不正行為に及ぶ可能性自体を完全に否定し去ることはできないから,今後も函館市内の医療関係機関等において廃掃法や本件マニュアルの定めに違反して感染性廃棄物を滅菌等の処理をしないまま排出する可能性がないと言い切ることはできない。
被控訴人は,検証が行われた当時は改正後マニュアルが医療関係機関等に周知されていなかったから感染性廃棄物が本件処分場に搬入された旨主張するが,前記第2,2,(3),ウで判示したとおり,本件マニュアルの改正の前後を通じて血液は感染性廃棄物に該当していたから,被控訴人の上記主張は理由がない。
ウ 本件処分場に搬入された廃棄物については,被控訴人職員が埋立禁止物に該当しないか等を点検しているとはいうものの,その点検の内容は,搬入者からの聴き取りをする他は,搬入車両に積載された廃棄物や同車両から下ろされた廃棄物の表面を目視するにとどまり,搬入された廃棄物の内容を詳細に点検するものではない以上,感染性廃棄物の搬入を完全に防ぐことはできないというほかない。また,仮に,被控訴人職員が感染性廃棄物であると疑われる廃棄物を発見したとしても,被控訴人環境部廃棄物対策課において当該廃棄物を排出した医療関係機関等に対して照会し,その結果,当該医療関係機関等における医師等が,当該廃棄物は感染性廃棄物には当たらないとか感染性廃棄物であるとしても滅菌処理済みである旨を回答した場合は,その回答内容がすべて真実であるものと信頼して処理せざるを得ない体制となっている。
被控訴人は,本件処分場を設置,管理する地方公共団体として,本件処分場へ感染性廃棄物等の埋立禁止物が搬入,埋立てされないよう厳しく監視すべき責務を負っているのであるから,財政上の制約があることを考慮しても,上記責務を十分に果たすことができないような現行の体制は,感染性廃棄物の搬入の有無をチェックする仕組みとして不十分なものであるといわざるを得ない。
エ さらに,たとえ医療関係機関等において本件マニュアルに従い,感染性廃棄物の処理を都道府県知事等から許可を受けた特別管理産業廃棄物処理業者に委託するなどして適正に処理したとしても,委託を受けた特別管理産業廃棄物処理業者において本件マニュアル等の定めに違反する不適正な処理を行い,その結果,感染性廃棄物が本件処分場に搬入,埋立てされる可能性も否定できない。
オ 以上によれば,本件処分場には今後も感染性廃棄物が搬入,埋立てされるおそれがないとはいえないということができる。
なお,甲56には,平成18年3月28日,函館市医師会病院において,感染性廃棄物が非感染性廃棄物の袋に混入したまま本件処分場に運ばれていった旨の記載があるが,甲56の作成者が感染性廃棄物と判断した根拠は明らかではないし,甲56の作成者が感染性廃棄物と判断したものが感染性廃棄物に該当するか否か検証することもできないから,甲56の上記記載は直ちには採用できない(甲56には,上記病院の職員が「感染性のはずですね」と発言した旨記載されているが,この部分は伝聞を記載したものであり採用できない。)。
(3)ア しかし,前記のとおり,廃掃法及び施行令は,感染性廃棄物とは,医療関係機関等から生じ,人が感染し,若しくは感染するおそれのある病原体が含まれ,若しくは付着している廃棄物又はこれらのおそれのある廃棄物であると定義しているから,感染性廃棄物に該当するものであるからといって,直ちに,これが人に感染し,その健康に被害を生じさせる程の具体的な危険性を有するものであるとは限らないということができる(なお,感染性廃棄物に該当するものの中には必ずしも感染性があるとはいえないものも含まれていることは,控訴人らにおいて自認するところである。)。
また,改正後マニュアルにおいては,廃掃法及び施行令を受けて,感染性病原体が含まれているおそれのある廃棄物について,形状,排出場所及び感染症の種類の各観点から,広く感染性廃棄物に該当する旨を定めていることに照らせば,改正後マニュアルによって感染性廃棄物に該当すると判断されるものの中には,実際には,人に感染しその健康に被害を生じさせる可能性のある病原体が含まれていないものも相当割合に上るものと推認される。
そうすると,本件処分場に搬入,埋立てされた廃棄物中に,改正後マニュアルにいう感染性廃棄物に該当するものが含まれている可能性があるとしても,必ずしも,その中に人に感染し,その健康に被害を生じさせたりするおそれのある病原体が含まれているとは限らないのであって,改正後マニュアルの感染性廃棄物に該当するものが廃棄される可能性があるからといって,そのことから直ちに,これに接触する人の健康に被害を発生させる現実的な危険性があるということはできないし,まして,本件処分場の周辺住民である控訴人らの健康に被害が生じる現実的な危険性があるとまではいうことはできない。
イ 被控訴人は,平成13年1月から3月にかけて,医師会等との間で感染性廃棄物を含めた医療廃棄物の処理について協議を行い,また,本件マニュアルが改正された後の平成16年6月及び同年8月にも医師会との間で再び協議を行って,改正後マニュアルの内容を説明するなどしており,その結果として,改正後マニュアルの内容を超えた函館市独自の規制を実施することについての合意は得られなかったものの,改正後マニュアルに基づき感染性廃棄物の処理を適正に行うことなどが確認されているのであって,この協議の内容は「**ニュース」等の文書により医師会の会員に周知されているものと推認される。また,被控訴人は,函館市内の医療関係機関等に対し,医療法及び廃掃法に基づく立入検査を行っており,特に,平成16年12月から平成17年3月までの間には,函館市内に所在する医療法1条の5第1項所定の病院すべてに対し予告なしで立入検査を実施しているが,感染性廃棄物に関する不適正な処理は発見されていない。
このように医療関係機関等の関係者に対して改正後マニュアルの内容が周知され,立入検査も強化されていることを考慮すれば,函館市内の医療関係機関等において,今後,本件マニュアル等に違反して感染性廃棄物を排出するおそれがあることを否定することはできないとしても,違反行為が頻繁に繰り返されたり,多発したりする可能性は低いものと推認される。
ウ さらに,本件処分場においては,現在,搬入,埋立てされた廃棄物について,その日のうちに即日覆土が行われているのであるから,仮に今後本件処分場に感染性廃棄物が搬入,埋立てされたとしても,それが風やカラス等の動物によって本件処分場外に飛散するおそれは少ないといえる。
この点に関し,控訴人らは,本件処分場に搬入された感染性廃棄物がカラスや風によって控訴人らの住所地付近まで飛散してきていると主張するが,そのような事実を認めるに足りる証拠はない(なお,仮に,控訴人らにおいて,被控訴人による即日覆土の実践に疑問があるというのであれば,少なくともこの点については,周辺住民と被控訴人担当者との話し合いによって,監視体制を強化するなどの対策を講じることが可能であると思われる。)。
エ E医師は,不法投棄された感染性廃棄物中に含まれている病原体は,地中で他の有機物質と混ざり合ったり,毒性が強くなったりして,10年ないし20年後に人の健康に被害をもたらすおそれがあるという趣旨の供述をするが,単なる抽象的な説明に止まっており,具体的に病原体を特定し,その特定の病原体がどのような有機物質と混ざり合った結果として毒性が強くなるのかなどについては,何ら具体的な説明をしないのであって,それ自体説得力に欠けるものである上,そのような医学的知見を裏付けるに足りる客観的証拠もなく,かえって,前記認定のとおり,生体外環境における病原体の生存可能期間は短く,廃棄物の埋立後1年程度が経過すれば,原則としてその廃棄物中に病原体が残存している可能性はないと考えられていることからすれば,上記E医師の供述を採用することはできない。
(4) 以上によれば,本件処分場に感染性廃棄物が搬入,埋立てされる可能性自体は否定できないとしても,これにより本件処分場の周辺に居住する控訴人らが,感染性廃棄物に含まれる病原体に感染して,その生命,健康に被害が生ずるという可能性は相当程度低いものといわざるを得ず,少なくとも,控訴人らの生命や健康に被害が発生することについての高度の蓋然性を認めることはできない。
5 本件差止請求の可否
以上のとおり,本件処分場に感染性廃棄物が搬入,埋立てされるおそれがあることは否定できないものの,これにより控訴人らが病原体に感染するなどしてその生命,健康が侵害される高度の蓋然性があるとまではいえないから,人格権に基づき,本件処分場への感染性廃棄物の受入れの差止めを求める控訴人らの請求は,いずれも理由がない。
なお,付言するに,控訴人らの本訴請求がいずれも理由がないとしても,被控訴人において本件処分場に感染性廃棄物を受け入れることが許容されるものでないことは明らかである。本件処分場を設置,管理する立場にある被控訴人は,現状にも増して,医師会等との連携を強化したり,医療関係機関等や廃棄物処理業者に対する指導,監視体制を強化し,市民の声も聞きつつ,できる限り,感染性廃棄物の本件処分場への搬入等を防止するよう努めるべき責務があるのであり,本訴に勝訴したからといって,被控訴人がこの責務をないがしろにすることがあってはならないというべきである。
第4結論
以上によれば,控訴人らの当審における請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤紘基 裁判官 北澤晶 裁判官 石橋俊一)