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札幌高等裁判所 平成18年(ネ)137号 判決 2007年1月19日

主文

1  原判決中の控訴人敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人の当審口頭弁論終結後の給与差額の支払請求に係る訴え及び退職給与規程の一部改正の無効確認に係る訴えを却下する。

3  被控訴人のその余の請求を棄却する。

4  本件附帯控訴を棄却する。

5  訴訟費用は第1,第2審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1求める裁判

1  控訴の趣旨

主文第1ないし第3項と同旨

2  附帯控訴の趣旨

(1)  原判決主文第2項を次のとおり変更する。

(2)  控訴人は,被控訴人に対し,703万4091円及びうち600万円に対する平成16年12月10日から,うち19万0491円に対する平成17年2月22日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  附帯控訴費用は控訴人の負担とする。

第2事案の概要

1  本件は,控訴人の総務部長及び出納責任者の地位にあったのに,違法な降職処分を受けて給与が減額された上に精神的苦痛を負ったほか,同時期に不合理な退職給与規程の改正をされて将来支給を受けるべき退職手当が減額される不利益を受けたと主張する被控訴人が,控訴人に対し,①現在も総務部長及び出納責任者の地位にあることの確認,②現に減額された分に加え,正確には平成20年12月であるのに,原審当時,当事者双方が被控訴人の定年直前の月と誤解していた平成19年12月までに減額される分の給与の支払,③精神的苦痛に対する慰謝料の支払,④上記退職給与規程の改正が無効であることの確認を求めた事案である。

原審は,被控訴人の請求のうち,①,②及び④についてはすべて認容し,③については一部を認容したので,控訴人が控訴の趣旨記載の裁判を求めて控訴し,被控訴人が附帯控訴の趣旨記載の裁判を求めて附帯控訴した。

2  前提事実及び当事者の主張は,次のとおり訂正,付加するほかは,原判決書「事実及び理由」欄の「第3 事案の概要」の「1 前提事実(証拠の掲記のない事実は,当事者間に争いがない。)」,「2 原告の主張」及び「3 被告の主張」に記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原決定書3頁25行目の冒頭から4頁4行目の末尾までを「被控訴人は,平成21年1月3日付けで定年退職する見込みであり,勤続年数は40年4か月となる。」に改める。

(2)  原判決書6頁7行目及び9頁7行目の「本件降格処分」を「本件降職処分」に改める。

(3)  原判決書10頁15行目の末尾に改行して,「(2) 被控訴人は,本件降職処分が無効であることを前提に既払給与の不足額のみならず,定年退職に至るまでの給与差額の支払を求めているが,いまだ支払時期が到来せず,その発生も将来の事実に係る給与債権については,訴えの利益がなく,当該部分は不適法として却下されるべきである。」を加える。

(4)  原判決書10頁16行目の「(2)」を「(3)」に改める。

第3当裁判所の判断

1  前提事実に加え,証拠(甲5ないし9,11,17,18,25,乙1ないし3,7,9,10,13,16ないし19,21,29,36,原審及び当審証人A並びに原審証人Bの各証言,原審及び当審における控訴人代表者並びに原審及び当審における被控訴人の本人尋問の結果。ただし,甲18,25,原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果のうち,下記の認定事実に反する部分は除く。)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められ,この認定に反する証拠は採用しない。なお,事実認定に供した主な証拠は再掲する。

(1)  被控訴人

被控訴人は,昭和43年9月から控訴人の職員として勤務しており,平成10年8月29日付けで総務部長及び出納責任者の職に就き,平成16年12月10日までその地位にあった(前提事実)。

被控訴人は,控訴人における監事が,かねてから控訴人の老朽化した水路の改修工事に対して消極的な意見を述べたり,理事の業務執行権に属するはずの職員の人事等に深く関わりすぎていると考えていた(甲18,原審における被控訴人)。

被控訴人は,昭和59年2月1日付けで管理課長補佐から同補佐心得に降職処分を受けたことがあったほか,平成10年8月21日付けで,当時の控訴人副理事長(現在の控訴人代表者)に対して暴言を吐いたとの理由で始末書を提出したことがあった(甲11,乙7)。

このうち,同日付け始末書は,控訴人の施設改修工事に関する現場担当者の人選について,当時の控訴人副理事長と口論になったことが原因で,控訴人の理事会の求めにより作成したもので,「さる6月19日酒席の雑談の中でC副理事長につい地元事業推進の情熱のあまり感情が高まり暴言を吐き不快感を与えました事を反省し今後このような事がないように気をつけます。」という内容であった(乙7,原審における被控訴人)。

被控訴人としては,始末書を提出することについて納得できなかったけれども,理事会の求めに応じて仕方なく提出したものであった(原審における被控訴人)。

このほかに,被控訴人は,控訴人において行事があった際の懇親会の席上で,B理事に対し,職員の給与や人事等の待遇面のことに関して,「あんたはまだ若いんだから,将来の改良区を見据えてちゃんとやってほしい。監事の言うなりになるようなことはするな。」などと述べたことがあった(原審証人B)。

(2)  控訴人

控訴人は,組合員から徴収する賦課金や国又は地方公共団体から交付される補助金等により土地改良事業を行うもので,公共組合とされている。ただし,控訴人に対する補助金等は,国や地方公共団体の財政状況から削減される傾向にあり,控訴人の組合員の農業経営も安定しているとはいいがたい状況にある。そのため,控訴人は,職員の待遇について,人事院勧告や周辺の地方公共団体の水準と大きく齟齬が生じないように調整していた(甲9,乙29,原審証人A)。

(3)  退職給与規程の見直し

控訴人の監事は,平成11年3月に開催された平成10年度第5回監事会や,平成12年2月に開催された平成11年度第7回監事会において,控訴人の組合員の経済情勢が厳しいので,控訴人の職員の給与水準について見直しを検討せざるを得ないとの意見を述べた(乙19,21)。

控訴人の監事は,平成16年2月に開催された平成15年度第6回監事会において,地方公共団体においては財政難から手当や給与の改定が検討されている,公務員に準ずる待遇を受けている控訴人においても,役員報酬や職員給与の改定をしなければ控訴人の組合員の理解を得られない旨の意見を述べた(乙3)。

そして,平成16年3月中旬に開催された平成15年度通常総代会においても,総代が,近隣の土地改良区と比較して控訴人職員の退職金支給率が高いので,その見直しを検討されたい旨の質問をしたことに対し,当時の控訴人代表者は,退職給与金の率については土地改良区の標準的な率へ数年前に改善しているが,滝川市の退職金率を調査する価値はあると考えられ,近隣土地改良区の調査も行った上で,必要があれば理事会で協議したい旨の回答をした(乙9)。

これを受けて,同月下旬に開催された平成15年度第10回理事会においても,控訴人の退職給与規程中の支給率部分について,滝川市職員の水準に合わせる方向で検討することが確認された(乙10)。

また,控訴人の監事は,平成16年7月21日に開催された平成16年度第2回監事会において,国家公務員及び地方公務員に係る退職給与の見直しが検討されているが,控訴人においては改定に手をつけていないため,地方公共団体に合わせることと近隣の土地改良区との調和をはかりながら早急に改正するよう検討することが望ましいこと,死亡退職時に2割加算する旨の規定については,地方公共団体にはないこと,さらに,地方公共団体では定年退職以外の自己都合退職の場合の支給率が低く抑えられていること,退職給与規程を見直す場合にはそれらを含めて地方公共団体に合わせる方向で検討されたい旨の意見を述べた(乙2)。

(4)  2次会での出来事

控訴人においては,平成16年7月23日,監事らによる監査が終了した後,監事,理事及び控訴人職員による慰労会が開催された。A監事及び被控訴人は,ともに慰労会後の2次会に出席した(甲18,乙36,原審証人A)。

なお,控訴人において,慰労会,2次会とも控訴人がその費用を負担していた(当審証人A)。

被控訴人は,かねてから用水路の改修工事に消極的な意見を述べていたA監事に対して自らの意見を述べようと考え,この2次会の席において,向かい側の席にいたA監事に対し,監事のおかげで改良区も職員の立場もめちゃくちゃにされた,あんたは後ろから石をぶつけられるぞ,あんたは世間からどうにもならんやつだと言われている,あんたの後継者の立場も家族の将来もなくなるぞ,あんたのような人が亡くなったとしても改良区の職員は誰一人として葬式には行かないなどと発言した。被控訴人はこのほかにも,賦課金を多く支払っている農家のためにも用水路の改修工事をするべきであると述べたほか,A監事が被控訴人からの問いに答え,控訴人への賦課金を7万円しか支払っていないと発言したことに対し,200万円の賦課金を払っている人がたくさんいるが,その人たちの幸せをどう考えているのか,などと述べ,さらにA監事が小さい農家は意見を言ってはだめなのかと発言したことに対し,そうだなどと述べた。このため,被控訴人とA監事は十数分程度の言い合いになった(甲17,乙1,18,36,原審及び当審証人A)。

【証拠判断】

被控訴人は,2次会の席で,監事により改良区がガチャガチャにされた,賦課金を払っていない者が文句を言うなと発言したことは認めるものの,その余は発言していないと主張し,その主張に沿う証拠(甲18,25)を提出するとともに,当審においてもその旨供述する。

一般に,相手方を傷つけるような発言については,発言をした者の記憶にはあまり残らず,発言された者の記憶には鮮明に残るものであるから,被控訴人の記憶以上の発言が存在したと推認できる。また,被控訴人は,2次会後である平成16年11月8日に開催された監事会では,指摘された発言内容は記憶にないと弁解しておきながら(甲17),原審において提出した平成17年3月15日付け陳述書では,「確かに,『監事さんのおかげで改良区も職員もガチャガチャにされた』といったと思います。」と一部発言内容を認める内容になり(甲18),さらに当審において提出した平成18年10月16日付け陳述書によれば,上記発言に加えて,「Aさんの『小さい農家は意見を言っては駄目なのか』という発言に対して酒の勢いで『そうだ』とは言いました」と発言した事実のみを認め,その余の発言はないと断言する(甲25)など,時間を経るにつれ,その様子が明瞭かつ詳細になってきている。しかし,人の記憶は,後日発見したメモ等により判明するなどの特別な事情がない限り,時間の経過とともに薄れてゆくのが通例であるところ,被控訴人には,そのような特別の事情も認められず,当審における供述でもその点についての合理的な説明はないから,被控訴人の供述の変遷は極めて不自然である。したがって,被控訴人の陳述書及び当審おける供述は信用できない。

(5)  第4回理事会

控訴人においては,平成16年8月11日,平成16年度第4回理事会が開催された。この理事会では,会計細則の一部改正,退職給与規程の改正等が議題とされた。被控訴人は,控訴人の総務部長として,国家公務員は最高支給率が59.28となっており,滝川市も同じ支給率とするため,現在は経過措置をとり,平成17年4月1日から59.28に変更するとのことである,控訴人においては自己都合退職の率を設けていないが,滝川市の支給率表には記載されているので,併せて協議していただきたい旨の提案説明をした(甲5)。

これに対し,A監事は,当面の間は滝川市に合わせた形にし,内容は検討課題として近隣土地改良区,各市町村の支給率を比較しながら結論を出したらどうかと発言した。理事会は,暫時休憩の後,退職手当支給率の改正を平成17年4月1日から実施すること,最高支給率59.28の支給率表を使用すること,控訴人には存在しなかった自己都合退職率も滝川市職員の水準に合わせた率で設けることを決議した(甲5)。

(6)  懇親会での出来事

被控訴人は,平成16年8月19日に開催された北空知管内土地改良区運営協議会後の懇親会に出席し,B理事らと酒食をともにした。被控訴人とB理事は,その懇親会が終了した後,宿泊施設において同室であったことから,ともに室内で飲酒を始めた。その際,被控訴人は,B理事に対し,お前なんか理事を辞めろ,次の改選期には出てくるな,俺は80年の歴史のある改良区のためを思って言っているんだなどと発言した。これに対し,B理事は憤慨し,十数分程度の言い合いになった(甲17,乙16,17,原審証人B)。

【証拠判断】

被控訴人は,B理事に対する発言については記憶していないと主張し,その主張に沿う陳述書(甲18,25)を提出するとともに,その旨供述する(原審及び当審における被控訴人)。確かに,酒席での発言であることから,双方とも正確な記憶がないとも考えられる。しかし,上記のとおり,一般に,相手方を傷つけるような発言については,発言をした者の記憶にはあまり残らず,発言された者の記憶には鮮明に残るものであるから,記憶がないという被控訴人の供述よりはB理事の証言の方がより信用できるといえる。また,B理事は,被控訴人と利害関係は認められない上,あえて被控訴人から暴言を受けたという虚偽の事実を作出する必要性も認められない。したがって,被控訴人のB理事に対する発言は,B理事の記憶のとおり存在したと推認できる。

(7)  第4回監事会

控訴人においては,平成16年11月8日,平成16年度第4回監事会が開催された。この監事会では,断水後の施設及び工事施工状況,寒冷地手当,服務規程及び退職給与規程等が議題とされた。議長であるA監事は,退職給与規程に関して,近隣土地改良区の水準に合わせるとされていたにもかかわらず規程の整備が不十分であり,今すぐ退職該当者がいないとしても,どのような都合で適用する場合が生じるかもしれないので,支給率を下げる形で改正されたい旨の意見を述べた(甲17)。

監事会の終了間際に,A監事は,理事者らに対し,総務部長であった被控訴人について,同年7月23日の監査講評会後の懇親会の席における暴言が問題であるとして,職員あるいは部長としての資質に大いに欠け,部長としての資格が欠けると思われる旨の発言をした上,規程に従ったけじめを要望した(甲17)。

被控訴人は,この監事会において,A監事から指摘されたような発言をした覚えはない旨を述べた。しかし,被控訴人は,北海道空知支庁の調整課長から助言を受けたこともあり,同年11月16日,元監事のDに同行してもらい,A監事宅を訪れ,上記発言に対して形式的に謝罪をした(甲18,原審における被控訴人)。

(8)  第6回理事会

控訴人においては,平成16年11月24日,平成16年度第6回理事会が開催された。この理事会では,監事会の現地調査の結果,役員選任推薦会議の結果等の報告のほか,平成16年度一般会計収入支出補正予算,総代会の招集とその提出議案,監事会の意見が議題とされた。この監事会の意見とは,①寒冷地手当について,②服務規程(当直関係)の改正について,③退職給与規程の改正について,であった(甲6)。

A監事は,監事会の意見のうち,①について,滝川市は寒冷地手当の加算額を5万1600円に変更し,2万8400円下がっているから,控訴人もこれに合わせるべきで,人事院勧告で本俸が上がった時は4月まで遡及して差額を支払うのに,下がった時は何故現状維持なのか理解できないこと,③について,第6回理事会において,既に平成17年4月1日から施行される予定であった退職給与規程の改正を前倒しで実施すべきであることを説明した。これに対し,議長からは,第4回理事会において既に平成17年4月1日から改正する旨の議決をしていると説明したが,A監事は,退職給与規程の改正について,滝川市は現在支給率60.99か月分が最高であり,来年度からは59.28か月分と決まっているのに,控訴人は,現在最高が63.5か月分であるところ,国家公務員に準じるのであれば即改正するべきであること,仮にこれを運用しなければならない事態が生じたらどのようにするのか,応急的に市に合わせるのであれば即座に作業を進めるべきであること,春の総代会でも退職金の問題が出ているのであるから,この時期には改正されていなければならないなどと反論した。他の理事からは,監事会の意見及びA監事の補足説明に賛同する意見が相次ぎ,出席した理事7名がすべて賛成することとなった。その結果,理事会としては,平成17年3月31日までは暫定的に,滝川市職員が普通退職の場合の支給率60.99と同様とすることとした上,自己都合退職という項目を新たに設けて,その支給率を滝川市職員の水準まで引き下げることを議決した(甲6,乙13,原審証人A及びB,弁論の全趣旨)。

その後,理事会は,その他の議題を検討することとなったが,午後2時43分ころから午後6時ころまで休憩した。理事会は,再開後に,被控訴人の役員に対する言動が空知土地改良区職員の服務等に関する規程第4条第1項第3号の規程に該当することにより,降職を命ずることを決定した。ただし,降職の範囲については理事長に一任とし,平成16年12月3日の総代会後に決定することとした(甲6)。

【証拠判断】

被控訴人は,上記休憩の間に,A監事が,理事たちを説得して,被控訴人を降職処分にするよう働きかけたと主張する。しかし,これを認めるに足りる的確な証拠はない。

かえって,証拠(乙29,原審における控訴人代表者)によれば,被控訴人がこれまで処分を複数回受けていながらA監事やB理事に対して暴言を発したのは心から反省していないからであり,このまま在籍させた場合,外部団体との折衝の際,控訴人に損害を与える恐れがあるという総合的判断から,職務に対する適正を欠くという認識で理事会は一致していたこと,個々の理事において,被控訴人に対して処分が必要ではないという意見はあまりなく,長時間の議論の中心は,降職についての服務規程第4条を適用するのか,懲戒についての服務規程第56条を適用するのかという点にあったこと,被控訴人の降職については,管理職に在籍させないことが議論の前提となっていたことの各事実が認められる。したがって,被控訴人の主張は単なる推測にすぎず,採用の限りではない。

(9)  第7回理事会

控訴人においては,平成16年12月10日,平成16年度第7回理事会が開催された。この理事会では,職員の人事,賦課金等の徴収状況,職員退職給与規程の一部改正等が議題とされた(甲7,8)。

このうち,職員の人事については,被控訴人に対する本件降職処分の可否について協議され,基本給については,総務部長から管理係長への降格であれば最高でも36万4300円となるところ,E理事から,総代会を乗り切るためには係長の最高号俸が妥当であるとの意見が出されたが,議長から,号俸を用いないで,月額45万1100円とすることが提案され,出席理事7名全員の賛成により議決した(甲8)。

また,職員退職給与規程の一部改正については,原案どおり,退職給与規程のうち支給率表を原判決書添付別紙2のとおり改正することとし,出席理事7名全員の賛成により議決した(甲7,8,乙13)。

(10)  第12回理事会

控訴人は,平成17年3月30日の平成16年度第12回理事会において,退職給与規程第3条1項に規定する支給率表を原判決書添付別紙3のとおり改めること,この改正を同年4月1日から施行することを議決し,この結果,退職給与規程は,同日付けで上記のとおり改正された(前提事実)。

2  本件降職処分について

(1)  被控訴人は,前認定のとおり,平成16年7月23日の慰労会の2次会において,A監事に対し,監査の指摘により改良区も改良区職員の立場もがちゃがちゃにされてしまった,今までのような発言をしていたら,後ろから石をぶつけられるぞ,お前の後継者の立場や家庭の将来もないようにするぞ,お前は世間ではどうにもならない人だと言われておるから,死んでも葬式に出る職員は一人もいないなどと発言し,また,同年8月19日の北空知管内土地改良区運営協議会における懇親会終了後,B理事に対し,理事会において職員の給与に関して不利益な発言をしているとして,お前は理事を辞めろ,お前は次期改選時には出てくるなと発言した。被控訴人のA監事及びB理事に対するこれらの発言は,極めて不穏当であり,事務部門の長として部下職員を指導監督し,上部団体又は関係団体との折衝をする職務を担う総務部長として必要な適格性を欠き,職場秩序を乱すものと評価せざるを得ない。したがって,服務規程第4条1項3号に定める「職務に必要な適格性を欠く場合」に該当するものといえる。

被控訴人は,それまでに,昭和59年2月1日付けで降職処分を受けたことがあるほか,平成10年8月21日付けで役員に対する発言について始末書を提出しているのであって,その上での上記発言は,管理職としては不適切といえるから,管理職からの降職処分は避けられないものといえる。

(2)  被控訴人は,昭和43年から37年間控訴人の職員として勤務しているのであるから,職務に必要な適格性を有していると主張する。しかし,被控訴人は,これまでに,降職処分を受けたり,役員に対する発言で始末書を提出しているところ,被控訴人のA監事及びB理事に対する上記発言は,これまでの処分歴と同種の非行といえるから,矯正可能性は乏しいものと言わざるを得ない上,総務部長は,控訴人の事務部門の長として,部下職員を指導監督するほか,上部団体又は関係団体との折衝をする職務を担う管理職であるから,上級役職員に対する不穏当な発言を繰り返す者にはその適格性がないものと言うべきであって,勤続年数だけで適格性が認められるわけではない。被控訴人の主張は採用できない。

被控訴人は,A監事に対する発言は,酒席の場における発言であるから職務と関連性が乏しく,発言があったとしても,職務に必要な適格性を欠くことにはならないと主張する。しかし,控訴人においては,前認定のとおり,懇親会,2次会とも控訴人の費用で運営されている上,酒席における出席者も控訴人の理事,監事及び控訴人の職員に限定されていることからすれば,職務執行に関連性がないとは言い難い。しかも,酒席とはいえ,どのような発言をしても責任を免れるものではなく,とりわけ,控訴人の事務部門の長である総務部長には,酒席においても,節度ある言動が求められるのであるから,被控訴人の主張は採用できない。

被控訴人は,本件降職処分が,総務部長,次長,課長,課長補佐,係長という控訴人の組織上,4階級降格となって,極端な処分であり,控訴人の裁量の範囲を超えると主張する。しかし,被控訴人の上記発言は,部下職員を指導監督する総務部長としてばかりでなく,管理職としても相応しくない非行行為であるので,管理職から外すかわりに,給与については,総務部長の月額約47万円から係長相当の月額約36万円ではなく,月額約43万円と比較的少額の減額に留めていることからすれば,合理性を欠く降職処分とはいえず,控訴人の裁量の範囲内の処分というべきである。

被控訴人は,本件降職処分の事実が広報誌に掲載されて,大きな屈辱感を味わったと主張する。しかし,控訴人がその管理職員の異動を広報誌に掲載するのは当然であって,しかも,本件降職処分が適法かつ相当な処分である以上,被控訴人はその不利益を甘受すべきである。

(3)  本件降職処分が適法かつ相当な処分である以上,被控訴人の総務部長及び出納責任者の地位にあることの確認,既払給与の不足額の支払請求及び慰謝料請求は理由がない。

3  給与差額の将来分の請求について

被控訴人は,本件降職処分が無効であることを前提に既払給与の不足額のみならず,定年退職に至るまでの給与差額の支払を求めているところ,本件降職処分は,前判示のとおり,適法かつ相当である上,このような,いまだ支払時期が到来せず,その発生も将来の事実に係る給与債権については,そもそも訴えの利益がないから,被控訴人の給与差額の当審口頭弁論終結後の将来請求に関する訴えは,不適法として却下を免れない。

4  退職給与規程改正について

(1)  被控訴人は,控訴人の平成16年度第6回理事会議決及び第12回理事会議決により行われた退職給与規程改正の無効確認を求めている。しかし,控訴人には,控訴人の職員全員に適用される改正規程の無効確認まで求める利益は認められない。

(2)  被控訴人は,平成21年1月に定年退職する予定であり,その場合に退職給与規程が直ちに問題となるので,予め被控訴人に不利に変更された部分についての無効確認を求める利益があると主張する。しかし,被控訴人は,現に退職しておらず,退職を前提とした退職手当の支払請求を前提としているわけではないから,退職給与規程改正の無効を確認する利益はないというべきである。

被控訴人は,平成16年度第6回理事会において,退職給与規程が改正されるとともに,本件降職処分も決定されたところ,退職給与規程の改正は,本件降職処分により被控訴人の任意退職を想定して行った違法なものであると主張する。しかし,退職給与規程の改正は,前認定のとおり,北海道や滝川市の例にならって,給与等の待遇を決定してきている経緯により,滝川市の例に則って支給率等を改正したものであり,被控訴人の任意退職を想定して改正したものではない。

被控訴人は,退職給与規程が不利益を受ける職員に十分な配慮をし,なるべく既得権に影響を及ぼさないようすべきであるのに,控訴人がこれをしないで,これらの職員が受忍すべき限度を超え,合理性を欠く規程改正をしたと主張する。しかし,控訴人の退職給与規程の改正は,前認定のとおり,控訴人が賦課金のほか,補助金,助成金等により運営されている事情に加え,組合員の農業経営の現状や米価が下落傾向にある社会情勢(乙32,33),加えて,これまで職員の給与等については,人事院勧告や北海道及び滝川市職員の水準に合わせて決定してきたものである上,監事から平成11年度以来,監査ごとに改正すべきことを指摘されてきた経緯があるところ,今回の退職給与規程の改正もこのような経緯に沿ったものであるから,実質的に職員の既得権を一方的に侵害するものではないと解するのが相当である。被控訴人の主張は採用できない。

(3)  被控訴人の退職給与規程改正の無効確認を求める訴えは,確認の利益が認められないから不適法として却下を免れない。

5  以上のとおり,被控訴人の請求のうち,当審口頭弁論終結後の給与差額の支払請求に係る訴え及び退職給与規程の一部改正の無効確認に係る訴えについて不適法であって却下は免れず,その余の請求は理由がないから棄却すべきところ,これと結論を異にする原判決は変更する必要がある。本件控訴は理由があり,本件附帯控訴は理由がない。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 末永進 裁判官 千葉和則 裁判官 杉浦徳宏)

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