札幌高等裁判所 平成18年(ネ)254号 判決 2007年3月16日
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,控訴人に対し,1500万円及びこれに対する平成15年12月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は第1審,第2審とも,被控訴人の負担とする。
第2事案の概要
1 本件は,火災により所有建物が全焼したと主張する控訴人が,損害保険会社である被控訴人に対し,火災保険契約に基づく保険金1500万円及びこれに対する弁済期の後である平成15年12月6日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
原審は,控訴人の請求を棄却したので,控訴人が控訴の趣旨記載の裁判を求めて控訴した。
2 前提事実(争いのない事実等)
(1) 控訴人は,北海道網走郡a町b通c-所在の建物(木造モルタル塗り込み金属板葺平家建店舗,***平方メートル,以下「本件建物」という。)の所有者である。
(2) 控訴人は,平成10年10月20日,安田火災海上保険株式会社(以下「安田火災」という。)との間で,火災保険普通保険約款に従った以下のとおりの保険契約を締結し(以下「本件保険契約」という。),同日,安田火災に対し,保険料として4万4250円を支払った。
保険種類 普通住宅
証券番号 3110623665
物件 一般
契約日 平成10年10月20日
始期 平成10年10月20日午後4時から
終期 平成11年10月20日午後4時まで1年
担保種目 基本契約
保険金額 1500万円
保険料 4万4250円
所在地 北海道網走郡a町b通c-d
建物内の職業・作業 事務所
保険の目的及び収用建物の構造・用法・数量
建物(木造モルタル塗り込み金属板葺平家建店舗)
面積 ***平方メートル
評価額 約定保険金額(1500万円)
(3) 本件建物は,平成10年12月12日,火災(以下「本件火災」という。)により全焼した。
(4) 安田火災は,保険業を業とする株式会社であり,平成14年7月1日,日産火災海上株式会社と合併し,被控訴人となった。被控訴人は,安田火災の権利義務を包括承継した。
(5) 控訴人は,被控訴人に対し,平成15年12月5日,保険金の支払を催告し,平成16年4月28日,札幌地方裁判所に対し,本件訴訟を提起した。
3 争点
(1) 火災の偶然性(本件火災が控訴人の悪意によって生じたものか。)
(2) 消滅時効の援用(被控訴人は消滅時効を援用できるか。)
(3) 時効援用と信義則(被控訴人の時効の援用は信義に反しないか。)
(4) 損害
4 当事者の主張
(1) 火災の偶然性(本件火災が控訴人の悪意によって生じたものか。)
(被控訴人の主張)
本件火災は,控訴人の代表者であるAが,BとCに依頼して,本件建物に放火させて生じさせたものであり,これは,次の事実から明らかである。したがって,本件火災は,控訴人の悪意により生じたものであり,被控訴人は控訴人に対する保険金支払義務を負わない。
ア 控訴人が,被控訴人との間で本件保険契約を締結したのは,平成10年10月20日であり,本件建物が火災によって全焼したのは,同年12月12日であって,火災保険契約の締結と火災の発生が極めて近接している。
イ 控訴人は,本件火災発生の直前に更新した本件保険契約において,それまでの保険種類が適用料率5.83の「店舗総合保険」であったのに適用料率2.95の「普通火災保険」に,保険対象物件の使途が「食堂」であったのに「事務所」にそれぞれ変更された上,保険金額が「1200万円」であったのに「1500万円」に増額されており,契約内容に重大な変更が加えられている。
ウ Cは,火災発生の1か月程前から放火の仕事があることをほのめかし,Bは,aの人から頼まれた仕事で500万円が手に入ると語っていた。
エ Aは,警察から保険金詐欺の被疑者として取調べを受けた際,300万円の報酬でBとCに放火を依頼した事実を認め,自白調書に署名している。
オ 控訴人は,連続して赤字となっていて,控訴人には保険金を得たいという動機がある。
(控訴人の主張)
本件火災は,控訴人の意思とは関係のない偶然の外来の出来事によるものである。これは,次の事情からも明らかである。
ア 本件建物は,昭和50年ころ,控訴人がDから540万円の貸付金の代物弁済として譲り受けたものであり,昭和54年ころ,1000万円程度をかけて内装及び外装の工事を行って,貸店舗として新装オープンさせたものである。また,控訴人は,昭和58年,Eから本件建物の底地を約250万円で買い受け,約150万円かけて下水道工事を実施した。
イ 本件建物の所在する場所は,a町内の繁華街の中心にあって,飲食店舗として立地条件には恵まれていたが,本件火災当時,たまたま2店舗が空いていたにすぎない。本件火災後,死者も出たし,縁起が悪かったので,控訴人は,約140万円をかけて火災跡の建物を解体,整地して更地とし,その敷地部分を隣接所有者に250万円で譲り渡した。
ウ 本件火災は,控訴人にとって大災害であり,保険金が仮に入金したとしても,すでに投資した約1940万円は,土地代を除いても回収できていない。控訴人は,当時,金銭に窮していたわけではなく,現在でも無借金の健全経営であり,経済的に見て本件建物を焼失させる利益は全くない。
エ 本件保険契約を更新した際,Aの妻が1200万円もの火災保険を掛ける必要がないと申し入れたのに対し,被控訴人の代理店は,保険料も安くなるし,最大1800万円まで保険が掛けられるので,1500万円程度にしたらどうかと勧められたことから,保険料が安くなるなら,保険代理店へのおつきあいもあるので,1500万円という金額に応じたに過ぎない。
オ Aは,平成10年10月初めころ,Fと名乗る男とGと名乗る男から債権取立ての申出を受けたが,その際,金を貸して欲しいといわれたため,彼らの申出を拒絶した。後日,e警察署から,Fと名乗る男がBであり,Gと名乗る男がCであることが判明した。この2人が本件建物に放火したものであるが,BとCは,Aに対する恨みを晴らすために,いたずらに放火して,本件火災を生じさせたものである。
カ Aは,e警察署において,取調べを受けたが,逮捕されたことも起訴されたこともない。
(2) 消滅時効の援用(被控訴人は消滅時効を援用できるか。)
(被控訴人の主張)
本件火災は,平成10年12月12日に発生しているところ,控訴人は,その時点から保険金請求が可能であったのに,平成12年12月12日までに請求しなかった。
被控訴人は,控訴人に対し,平成16年6月9日の原審第1回口頭弁論期日において時効を援用するとの意思表示をした。
したがって,本件請求は,2年(商法663条)を経過した時点で時効により消滅しているものである。
(控訴人の主張)
本件保険契約には,請求のあった日から30日以内に保険金を支払う,ただし,保険会社が上記期間内に必要な調査を終えることができないときはこれを終えた後,遅滞なく保険金を支払う旨の約款が適用される。そして,請求のあった日から30日以内の期間及び保険会社が調査中であるとして主張している場合は,保険金請求権の行使につき法律上の障害があり期限が到来していないと解すべきである。
控訴人は,平成13年5月21日,代理人を通じて,北海道警察北見方面本部(以下「北見方面本部」という。)に捜査が終了しているか,すなわち,上記約款上の障害が取り除かれたかを確認するために,照会したが,その回答はなかった。この場合,回答を期待し得る相当期間経過後である平成14年6月21日までは,被控訴人に対して保険金の請求をできなかったといえる。そうすると,同日までは消滅時効は進行しない。
控訴人は,同日から2年以内である平成16年4月28日に本件訴訟を提起しているから,被控訴人の主張は理由がない。
(3) 時効援用と信義則(被控訴人の時効の援用は信義に反しないか。)
(控訴人の主張)
被控訴人は,平成11年6月14日,保険金の支払は調査が終了した後にする旨及び支払えるようになったら,被控訴人から連絡をする旨の通知をしており,このような通知をしながら,調査の終了の連絡等を全くせずにおいて,消滅時効の援用をするのは,信義に反し,権利の濫用に当たる。
(被控訴人の主張)
消滅時効を援用することが信義に反し,権利の濫用に当たるとの主張は争う。
(4) 損害
(控訴人の主張)
本件火災当時,本件建物は約1000万円,内部造作は約500万円の価値があり,控訴人は,本件建物を取り壊して撤去するのに約140万円を要した。さらに,控訴人は,電化製品等を準備して居抜きで店子に賃貸しており,その価値は,少なくとも189万8100円である。そうすると,控訴人が本件火災によって被った損害は合計1831万円を超えるのであり,控訴人には,限度額である1500万円の請求権がある。
(被控訴人の主張)
控訴人の主張は争う。本件火災による実損は484万円にすぎない。
理由
1 前提事実に加え,証拠(甲1ないし7,15の1ないし3,16の1,2,18,19,乙3ないし47,53ないし57,63,64,証人H及び控訴人代表者。ただし,甲18,19,証人Hの証言及び控訴人代表者尋問の結果中,以下の認定事実に反する部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められ,この認定事実に反する証拠は採用しない。なお,事実認定に供した主な証拠は再掲する。
(1) 本件建物
控訴人は,昭和50年ころ,Dに対する540万円の貸付金の代物弁済として本件建物を譲り受け,昭和54年ころ,1000万円程度をかけて内装及び外装の工事をして,貸店舗として新装オープンさせた。本件建物の敷地は,当初借地であったところ,昭和58年に250万円で購入した。本件建物の周辺は,a町の中では繁華街であり,飲食店としては,立地条件に恵まれていた。(甲18,乙25)
本件建物は,3つの飲食店が営めるような構造になっており,本件火災当時は1件のテナント(スナックI)が入居して営業をしていた。(甲18,19,乙32)
(2) 資産
控訴人は,昭和32年1月16日,株式会社Jとして設立された会社であり,平成9年10月,商号を株式会社Kに変更した。(弁論の全趣旨)
控訴人は,本業として,スタンド,プロパン等石油関連事業及び酒類販売を営んでいたところ,平成4年ころ,Aが体調を崩したことから,石油関連事業等を譲渡し,不動産賃貸業に特化して営業していた。(証人H)
平成10年当時,控訴人の主な収入源は,不動産賃貸業による賃料であり,控訴人の42期(平成9年4月1日から平成10年3月31日まで)の決算報告書によれば,純売上高は約1400万円であった。そして,控訴人の同期における流動資産は,現金・預金が約1250万円であり,流動負債は,未払金として35万円が計上されているだけであったが,Aらに支給されたと推認される役員報酬は390万円(月額32万5000円)に過ぎなかった。また,控訴人の当期未処分損失が約113万円計上されていた。(甲15の2,証人H,控訴人代表者)
そして,控訴人の放火前後の損益は,40期(平成7年4月1日から平成8年3月31日まで)には約44万円,41期(平成8年4月1日から平成9年3月31日まで)には約130万円,42期(平成9年4月1日から平成10年3月31日まで)には約211万円,43期(平成10年4月1日から平成11年3月31日まで)には約98万円の経常損失が計上されている。(甲15の1ないし3,証人H)
(3) 保険契約
控訴人は,本件建物のほかにも多数の不動産を所有しており,すべて同じ保険会社に依頼して,火災保険に加入していた。控訴人は,昭和32年ころ,安田火災と保険契約を締結し,平成に入ってからは,半分は安田火災の火災保険に加入し,半分は東京海上火災保険株式会社の保険に加入していた。(甲19)
控訴人は,平成8年10月16日,安田火災との間で,本件建物につき,保険種類を店舗総合,建物内の職業・作業を食堂,保険金額1200万円,保険料6万9960円,適用料率5.83とする契約を締結した。(乙53)
控訴人は,平成9年10月20日,安田火災との間で,本件建物につき,保険種類を店舗総合,建物内の職業・作業を食堂,保険金額1200万円,保険料6万9960円,適用料率5.83とする契約を締結した。(乙54)
控訴人は,平成10年10月20日,安田火災との間で,本件建物につき,保険種類を普通火災,建物内の職業・作業を事務所,保険金額1500万円,保険料4万4250円,適用料率2.95とする本件保険契約を締結し,同日,被控訴人に対し,保険料4万4250円を支払った。(甲1,乙55)
(4) 火災の発生
本件建物は,平成10年12月12日に発生した本件火災により,全焼した。
(前提事実)
本件火災は,同日午前3時40分ころ出火し,54分ころ覚知され,58分ころ放水が開始され,同じころ火勢が鎮圧された。焼損面積は106平方メートルで,出火状況は,発火源がマッチ,経過が放火,着火物がガソリンであった。出火原因は,空店舗内で死亡したB(**歳,男性)とC(**歳,男性)が,ガソリンの入ったポリ容器を持って放火目的で空店舗内に侵入し,共同便所手前の廊下にガソリンを撒き,マッチで火をつけて,放火したものである。BとCは,灯油とガソリンの燃え方を知らないで,灯油に火をつけるようにガソリンに火をつけたため,ガソリンの爆発的な燃え方により,一瞬の内に大量の一酸化炭素を吸い込み,逃げ切れずに,そのまま焼死したもので,両名の死因は一酸化炭素中毒である。(乙5の2,20ないし22)
(5) 嫌疑
Bは,スナックLのママMに対し,今回危険な仕事でeに来た,aの人物から頼まれた仕事で500万円入る等と話をしていた。(乙46)
Cは,平成10年11月ころ,知人のN夫婦に対し,今度はあぶない仕事があると発言していた。(乙41,64)
e警察署は,同年12月12日現在,本件火災を放火によるものと考え,その動機として,怨恨,保険金詐欺の2点に絞って捜査を進め,これを北見方面本部が引き継ぎ,平成11年8月ころには,放火殺人容疑で捜査を継続していた。北見方面本部としては,Aが本件火災に何らかの形で関与しているものと推定し,被控訴人に対し,火災保険金の支払を拒否するよう指示していた。(乙21,41)
Aは,平成12年1月26日から同月31日まで,本件火災の被疑者として,取調べを受けた。そして,その際,担当捜査官であるO警察官は,Aに対し,保険金詐欺の嫌疑で取調べをした際,保険金詐欺であることを自白した内容が記載された調書に署名するよう迫った。(乙64,証人H,控訴人代表者)
Aは,保険金詐欺の容疑で取調べを受けたものの,逮捕されることなく,送検手続も採られなかった。(控訴人代表者)
(6) 請求
控訴人は,安田火災に対し,平成11年3月6日及び同年4月7日,保険金支払に関する調査の進ちょく状況の確認と督促の電話をした。(乙64)
安田火災は,同年6月3日,控訴人に対し,控訴人からの支払請求について,警察が捜査中であること,安田火災も独自の調査をしていることを説明する内容の書面を送付した。(甲3)
控訴人は,同月8日,安田火災に対し,火災保険金を支払わない理由が理解できないので,改めて支払が遅れている理由を明らかにするよう催告する内容の書面を送付した。(乙57)
安田火災は,同月14日,控訴人に対し,控訴人からの支払請求について調査中であること,必要な調査が終了しないと保険金を支払うことができないことを説明する内容の書面を送付した。(甲4)
控訴人は,平成15年12月5日,被控訴人の担当者に対し,控訴人訴訟代理人を通じて,保険金請求についての調査内容,支払拒絶の合理的理由を報告するか,保険金の支払をするよう催告書を送付した。(甲5)
控訴人は,平成16年1月26日,被控訴人に対し,控訴人訴訟代理人を通じて,保険金請求を長期間放置している理由を回答するよう催告書を送付した。(甲6)
控訴人は,同年4月28日,札幌地方裁判所に対し,本件訴訟を提起した。
(前提事実)
2 本件火災の偶然性について判断する。
(1) 火災による建物等の焼失が保険事故に該当するとして保険金を請求する者は,事故の発生が保険契約者等の意思に基づかないものであることについて主張,立証すべき責任を負わず,保険契約者の故意又は重過失によって保険事故が発生したことは,保険者において,免責事由として主張,立証する責任を負うと解すべきである(最高裁判所平成18年9月14日第一小法廷判決参照)。
(2) そこで検討する。
控訴人は,前認定のとおり,それまでに2年間の保険契約における保険種類,保険対象物件の使途,保険金額及び適用料率が,それぞれ,店舗総合保険,食堂,1200万円,5.83パーセントであったのに,本件保険契約のそれは,普通火災保険,事務所,1500万円,2.95パーセントに変更されているところ,保険金額を増額する一方で,物件の使途を変更して保険料率を下げ,保険料としては減額になるなど,保険内容を従前とは質的に異なる重要な変更をしている。また,控訴人は,前認定のとおり,平成10年10月20日,被控訴人との間で本件保険契約をしているところ,本件火災は,同年12月12日に発生しており,保険契約の締結日と火災の発生が近接しているといえる。さらに,本件火災は,前認定のとおり,BとCの放火により発生したものであるところ,その放火の態様は,深夜に空店舗内に侵入した上,ポリ容器に入れたガソリンを廊下に撒いてマッチで火をつけるという危険で荒っぽいものであるところ,このような放火を行うには極めて強い動機付けが必要であるといえ,本件火災について,所轄のe警察署が,前認定のとおり,怨恨と保険金詐欺という被疑事実で捜査を進めていたことには相当な理由があるというべきである。そして,本件火災の放火犯であると疑われるBやCが,前認定のとおり,知人に対し,あぶない仕事をし,500万円の収入が見込まれる等と発言していることに加え,Aが,前認定のとおり,e警察署から本件火災の被疑者として取調べを受け,担当捜査官から自白調書に署名を求められたことをも併せ考えると,本件火災は,AがBとCに報酬を支払うことを条件に依頼して放火されたことにより引き起こされた可能性は否定できない。
そして,平成10年3月期における控訴人の財産状況は,前認定のとおりであり,さほど困難な状況にあったとは認められないものの,本件建物が昭和50年以前に新築された老朽化した木造モルタル塗り込み金属板葺平家建店舗であり,しかも,2軒は賃借人はおらず,収益性に乏しい上,保険金額が1500万円にものぼることを考慮すると,Aには本件建物が焼失し,火災保険金を取得することは望ましいことであったということができる。加えて,控訴人は,BとCの放火の動機は,債権回収の依頼及び借入金の申し出を拒絶したAに対する怨恨か嫌がらせであると主張するが,BとCにとって,a町の繁華街に存在し,営業している店がある本件建物を放火することは,極めて危険性の高い行為であり,控訴人主張の程度の動機は,放火犯の動機としては薄弱であり,控訴人の主張は,到底採用できない。
以上のような事情を併せ考慮すると,本件火災は,控訴人の代表者の依頼を受けたBとCにより故意により引き起こされたと推認するのが相当である。
(3) これに対し,控訴人は,保険契約を従前の内容と変更したことについて,被控訴人の代理店から,保険料も安くなる等の理由により,保険金額を1500万円程度にしたらどうかと勧められたことにより,保険料が安くなる上,保険代理店へのおつきあいもあるので,1500万円という保険金額に応じたに過ぎないと主張する。しかし,本件建物に増改築をするなどの事情が認められない本件建物において,保険金額を増額させる合理的理由に乏しく,また,保険金額を増額させたのに,保険料率を変更して保険料をむしろ安くするのは不自然であり,安田火災の代理店が一方的に安田火災に不利になるような契約を勧めることは想定しがたいところである。
控訴人は,控訴人の経営は順調であり,経常損失を計上したのは税金対策にすぎず,保険金詐欺をする理由がないと主張する。しかし,控訴人が本件放火の直前の期である42期(平成9年4月1日から平成10年3月31日まで)に計上した経常損失が税金対策であることを認めるに足りる的確な証拠はないし,仮に,控訴人主張のとおり税金対策としての経常損失の計上であるとしても,火災保険金1500万円の現金は,誰にとっても魅力的であるから,保険金詐欺をする理由がないとは言い切れない。
控訴人は,Aの自白調書は存在しないし,Aは逮捕も起訴もされていないから,放火についての嫌疑はないと主張する。確かに,書類送検もされていない段階での捜査情報が警察から外部に告げられるというのは異例のことであるといえる。しかも,控訴人代理人が北見方面本部に対し,安田火災の担当者に担当捜査官が捜査状況の情報を提供したかについて問い合わせたところ,北見方面本部の捜査課長は,弁護士個人からの照会には応じないとして回答を拒否している(甲16の1,2)。しかし,安田火災が依頼した調査会社の報告内容(乙39ないし47)は,極めて具体的かつ詳細である上,e警察署の担当捜査官が,a消防署職員に対し,本件火災の原因を放火と特定し,動機としては,当初,怨恨,保険金詐欺の2点に絞り,捜査を進めていることを告知している(乙21)ところ,この捜査状況と調査会社の報告内容はよく符合していること,捜査情報は高度な機密性があるものといえるが,反面公益に資するものであることから,不正な保険金請求事案に関する情報に限り,保険会社又はその依頼を受けた調査会社に対して,公益的観点から情報提供をすることが絶対にあり得ないとは言えないことをも併せ考慮すると,この報告内容は信用に値すると言うべきである。
(4) 本件火災は,Aが,BとCに依頼して,本件建物に放火させて生じさせたものと推認でき,控訴人の悪意により生じたものと解するのが相当である。そうすると,その余の判断をするまでもなく,被控訴人は控訴人に対する保険金支払義務を負わない。
3 結論
以上のとおり,控訴人の請求は理由がないからこれを棄却すべきである。控訴人の請求を棄却した原判決は,結論において相当であり,本件控訴は理由がない。
よって,本件控訴を棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 末永進 裁判官 千葉和則 裁判官 杉浦徳宏)