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札幌高等裁判所 平成18年(ネ)90号 判決 2007年3月23日

控訴人兼附帯被控訴人

X1(以下「控訴人X1」という。)

控訴人兼附帯被控訴人

X2(以下「控訴人X2」という。)

控訴人兼附帯被控訴人

X3(以下「控訴人X3」という。)

控訴人兼附帯被控訴人

X4(以下「控訴人X4」という。)

控訴人兼附帯被控訴人

X5(以下「控訴人X5」という。)

控訴人兼附帯被控訴人

X6(以下「控訴人X6」という。)

控訴人兼附帯被控訴人

X7(以下「控訴人X7」という。)

控訴人兼附帯被控訴人

X8(以下「控訴人X8」という。)

控訴人兼附帯被控訴人

X9(以下「控訴人X9」という。)

上記9名訴訟代理人弁護士

川村俊紀

被控訴人兼附帯控訴人

社会福祉法人八雲会(以下「被控訴人」という。)

代表者理事

訴訟代理人弁護士

冨田武夫

伊藤昌毅

峰隆之

平野剛

主文

1  本件控訴及び附帯控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの,附帯控訴費用は被控訴人の各負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  控訴の趣旨

(1)  原判決を次のとおり変更する。

(2)  被控訴人は,別紙請求金額等一覧表(以下「請求目録」という。)の「控訴人」欄記載の各控訴人に対し,請求目録の「請求金額」欄に記載の各金員及びこれらに対する平成17年6月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  訴訟費用は第1,第2審とも被控訴人の負担とする。

(4)  仮執行宣言

2  附帯控訴の趣旨

(1)  原判決中,被控訴人の敗訴部分を取り消す。

(2)  上記取消しにかかる部分の控訴人らの請求をいずれも棄却する。

(3)  訴訟費用は第1,2審とも控訴人らの負担とする。

第2  事案の概要

1  本件は,被控訴人の職員又は元職員である控訴人らが,被控訴人が平成14年2月,平成15年2月,同年12月及び平成16年8月に実施した給与規程の各改定は,いずれも就業規則の不利益変更に当たり,高度の必要性や合理性が認められないので無効であり,また,一部の給与規程の改定について遡及適用することは許されないと主張して,平成14年4月から平成17年5月までに支給された賃金について,改定前の給与規程に基づく賃金額と実際に支給された賃金額との差額である請求目録の「請求金額」欄に記載の各金員及びこれらに対する平成17年5月分の賃金の支給日の後である平成17年6月1日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

原審は,控訴人らの請求のうち,請求目録の「原審認容金額」欄に記載の金員及び遅延損害金の限度で認容したので,控訴人らが控訴の趣旨記載の裁判を求めて控訴し,被控訴人が附帯控訴の趣旨記載の裁判を求めて附帯控訴した。

なお,原審における原告X10は,当審において訴えを取り下げた。

2  争いのない事実等は,次のとおり訂正するほかは,原判決書「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の「2 争いのない事実等(証拠等の摘示のない事実は当事者間に争いがない。)」に記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決書3頁6行目の冒頭から14行目の末尾までを「控訴人らは,いずれも現在厚生園に勤務しているか,過去に勤務していた者であり,控訴人X1,控訴人X2及び控訴人X6は調理員,控訴人X3,控訴人X4,控訴人X5,控訴人X7及び控訴人X9は介護員の職にある者であり,控訴人X8は,過去に介護員の職にあった者である。なお,原審口頭弁論終結後,被控訴人の厨房が民間委託となったため,調理員の控訴人X1,控訴人X2及び控訴人X6は,被控訴人を退職した。(控訴人X3本人)」に改める。

(2)  原判決書7頁3行目から4行目にかけての「別紙7の1ないし10」を「別紙7の1ないし6,7の8ないし10」に改める。

第3  当事者の主張及び争点は,次のとおり,被控訴人の当審における新たな主張及び控訴人らの反論を加えるほかは,原判決書「事実及び理由」欄「第2 事案の概要」の「3 原告らの主張」,「4 被告の主張」及び「5 争点」に各記載のとおりであるから,これを引用する。

1  被控訴人の主張

(1)  被控訴人の定める就業規則を職員にとって不利益に変更する場合には,最高裁昭和40年(オ)第145号昭和43年12月25日大法廷判決及び最高裁平成8年(オ)第1677号平成12年9月7日第一小法廷判決の法理が原則的に妥当する。

(2)  もっとも,上記最高裁判所の判例法理が妥当するのは,もっぱら,営利を目的とする株式会社などの民間企業である。しかし,被控訴人は,法定の第一種社会福祉事業である特別養護老人ホームを営む社会福祉法人であり,開設以来税金で賄われる措置費を,平成12年以降は措置費に代わる介護報酬をその財源としている。そして,介護報酬の財源は,国民が納付する介護保険料と国及び地方公共団体の税金が半々となっている。このように,被控訴人の営む事業は,民間の企業が営む営利事業と本質を異にしており,収支構造も異なることを考慮すると,被控訴人の場合には,賃金の減額などの労働者にとって重要な権利,労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の変更であっても,上記最高裁判所の判例法理であるいわゆる「高度の必要性」までは要せず,合理的であれば足りると解すべきである。

(3)  仮にそうでないとしても,本件各改定に高度の必要性があることは,原判決書「事実及び理由」欄「第2 事案の概要」の「4 被告の主張」の「(1)」に記載のとおりである。

2  控訴人らの主張

(1)  被控訴人には,労働基準法及び労働組合法が適用になり,就業規則の不利益変更が許されるかどうかは,上記最高裁判所の確立された判例法理に基づいて判断すべきである。

ア わが国における賃金等労働条件の決定方式に関する法制は,まず,一方で,憲法27条2項に基づいて,労働条件の最低基準を労働基本法その他の法律で定め,他方で,憲法28条に基づいて,労働者の団結権,団体交渉権及び団体行動権を保障し,労働条件については団体交渉により労使が実質的に対等な立場に立って決定することを原則としている。

労働組合法は,労働者が使用者との交渉において対等の立場に立つことを促進し,労働条件について交渉することを助成すること等が同法の目的であると定めている(1条1項)。また,労働基準法は,労働条件は,労働者と使用者が,対等の立場で決定すべきものであると定めている(2条1項)。これらは,いずれも,労働条件の労使対等決定の原則が前提である。その上で,労働基準法は,労働者と使用者は労働協約,就業規則及び労働契約を遵守し,誠実にその義務を履行しなければならないこと(2条2項),賃金等について使用者の就業規則作成・届出の義務があること(89条),就業規則は法令又は労働協約に反してはならないこと(92条),就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約はその部分について無効とする(93条)ことを各定め,労働協約,就業規則及び労働契約を労働条件決定のための法制度としている。

イ 労働組合法及び労働基準法は,原則としてすべての事業に適用されるものであるから,この労働条件の労使対等決定の原則の例外が認められるのは,例えば,国家公務員法(附則16条),地方公務員法(58条1項,3項)のように,労働組合法又は労働基準法の適用除外が特別に法律で認められている場合に限られる。

被控訴人は,社会福祉法人であるからといって,あるいは,公共性がある社会福祉事業を営むからといって,労働組合法及び労働基準法の適用を除外する旨を定めた法律は存在しない。したがって,被控訴人の場合には,労働組合法及び労働基準法がそのまま適用される。

(2)  就業規則の不利益変更に関する判例の法理は,諸判決によって確立しているといってよい。その内容は,<1>新たな就業規則の作成・変更によって,既得の権利を奪い,労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは,原則として許されない,<2>しかし,労働条件の集合的処理,特に,その統一的・画一的決定を建前とする就業規則の性質から,その変更が合理的なものである限り,個々の労働者が同意しないことを理由としてその適用を拒否することは許されない,<3>就業規則の不利益変更の場合,その変更の必要性及び内容の両面から見て,それによって労働者が被る不利益の程度を考慮しても,なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有するときに限り,その変更の効力が認められる,<4>特に,賃金,退職金など労働者にとって重要な権利,労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については,当該条項がそのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合に限り,その効力を生ずる,<5>合理性の有無は,具体的には,不利益の程度,変更の必要性の内容・程度,変更後の就業規則の内容の相当性,代償措置その他の関連する労働条件の改善状況,労働組合との交渉経緯,他の従業員の対応,社会の一般的状況等を総合考慮して判断すべきである。

そして,「高度な必要性」とは,就業規則変更の当時に,その事業自体の存続が危ぶまれたり,経営危機による雇用の調整が予想されるなどといった状況にあって,その就業規則の変更が差し迫った必要性に基づいて行われた場合を意味する。

理由

1  認定事実

当裁判所が認定する事実は,次のとおり訂正,加除するほかは,原判決書「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」の「1 認定事実」に記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決書19頁4行目の「10,」の次に「66の1ないし3,67,」を加え,同頁8行目から9行目にかけての「37,原告X9,被告代表者)及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。」を「44,控訴人X9,控訴人X3,原審及び当審における被控訴人代表者)及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められ,この認定事実に反する証拠は採用しない。」に改める。

(2)  原判決書19頁17行目(21頁右段18行目)の末尾に「役員は,理事長のほか理事6名,監事2名であり,いす(ママ)れも無報酬で運営に当たっている。」を加える。

(3)  原判決書22頁23行目の「3級10号」から24行目の「パーセント,」までを削除する。

(4)  原判決書24頁14行目,26頁10行目及び14行目,29頁3行目,30頁7行目,12行目及び18行目の「別紙7の1ないし10」を「別紙7の1ないし6,7の8ないし10」にそれぞれ改める。

2  争点1について

(1)  新たな就業規則の作成又は変更によって労働者の既得の権利を奪い,労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは,原則として許されない。しかし,労働条件の集合的処理,特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって,当該規則条項が合理的なものである限り,個々の労働者において,これに同意しないことを理由として,その適用を拒むことは許されない。そして,当該規則条項が合理的なものであるとは,当該就業規則の作成又は変更が,その必要性及び内容の両面からみて,それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても,なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいい,特に,賃金,退職金など労働者にとって重要な権利,労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については,当該条項が,そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において,その効力を生ずるものというべきである。上記合理性の有無は,具体的には,就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度,使用者側の変更の必要性の内容・程度,変更後の就業規則の内容自体の相当性,代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況,労働組合等との交渉の経緯,他の労働組合又は他の従業員の対応,同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである(最高裁昭和40年(オ)第145号昭和43年12月25日大法廷判決・民集22巻13号3459頁,最高裁平成8年(オ)第1677号平成12年9月7日第一小法廷判決・民集54巻7号2075頁参照)。

(2)  前記認定事実によれば,平成13年度改定は,期末手当の支給割合を引き下げ,平成14年度改定及び平成15年度改定は月例給,配偶者に係る扶養手当及び期末手当の支給額,支給割合を引き下げるものであるから,上記各改定はいずれも控訴人らの重要な労働条件を不利益に変更する部分を含むものであると言えるいえる(ママ)。また,平成16年度改定は,寒冷地手当の支給基準を変更し,その結果,控訴人X6を除くその余の控訴人らに対する寒冷地手当の支給額を引き下げるものであるから,同控訴人らの重要な労働条件を不利益に変更する部分を含むものであるといえる。

これに対し,控訴人X6は,平成16年度改定により寒冷地手当の支給額が従前よりも増額されたものであり,何ら不利益を受けていないから,平成16年度改定は,控訴人X6の重要な労働条件を不利益に変更する部分を含むとはいえない。

なお,被控訴人は,平成14年度から平成17年度にかけて行った定期昇給により,控訴人らの賃金は不利益に変更されていないと主張するが,就業規則の変更が労働者にとって不利益であるかどうかは,当該就業規則の変更前の内容と変更後の内容を比較すべきであり,かつ,それをもって足りるのであって,被控訴人主張の定期昇給の事実は,不利益性の程度を考慮する際の判断要素にすぎないというべきである。この点の被控訴人の主張は採用できない。

また,被控訴人は,期末手当及び寒冷地手当の支給割合は固定化されたものではなく,控訴人らにとって従前の支給割合が既得の権利として保障されたものではないから,本件各改定により期末手当ないし寒冷地手当の支給割合を引き下げることは不利益変更には当たらないと主張する。しかし,被控訴人において職員に対して支給する期末手当及び寒冷地手当は,いずれも給与規程によって支給条件が明確に定められており,労働基準法11条の賃金に当たるものと認められるから,給与規程を改正して期末手当及び寒冷地手当を減額することは労働条件の不利益変更に当たるというべきである。よって,この点に関する被控訴人の主張は採用できない。

さらに,被控訴人は,期末手当の支給割合の減少は,勤勉手当の支給により補てんされており,なんら不利益は生じていないと主張するが,前説示のとおり,就業規則の変更が労働者にとって不利益であるかどうかは,当該就業規則の変更前の内容と変更後の内容を比較すべきであり,かつ,それをもって足りるのであって,被控訴人主張の勤勉手当の支給の事実は,不利益変更の程度を考慮する際の判断要素にすぎないというべきである。この点の被控訴人の主張も採用できない。

(3)  そこで,以下,「当該条項が,そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるかどうか」につき,上記(1)の判断基準を前提に本件各改定の有効性について判断する。

もっとも,被控訴人は,上記最高裁判所の判例法理が妥当するのは,もっぱら,営利を目的とする株式会社などの民間企業であり,社会福祉法人である被控訴人の営む特別養護老人ホーム事業は,民間の企業が営む営利事業と本質を全く異にしており,収支構造も異なることを考慮すると,被控訴人の場合には,賃金の減額などの労働者にとって重要な権利,労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の変更であっても,上記最高裁判所の判例法理である「高度の必要性」までは要せず,合理的であれば足りると解すべきであると主張する。

しかしながら,上記最高裁判所の判旨は,労働基準法が適用されるすべての企業を対象としており,これに限定を加えていないから,社会福祉法人である被控訴人にも適用されると解すべきであり,上記被控訴人の主張は採用しない。

(4)  本件各改定による控訴人らの不利益の程度

ア  本件各改定により控訴人らが被る不利益の程度は,平成13年度改定前の給与規程である平成12年度規程に基づく賃金額と本件各改定後の給与規程に基づき実際に支給された賃金額とを対比することによって検討するのが相当である。

イ  前記認定のとおり,控訴人らに対して実際に支給された賃金額は,本件各改定以前の平成12年度規程に基づき算定された賃金額と比べて,平成13年4月から平成17年5月までの4年2か月間で合計17万3092円ないし78万5559円減額され,年間給与の減額率は,平成13年度は0.52パーセントないし0.57パーセント,平成14年度は0.93パーセントないし3.00パーセント,平成15年度は4.10パーセントないし5.24パーセント,平成16年度は4.46パーセントないし6.56パーセントと次第に増加している。

ウ  しかし,上記減額率算定の基礎となった平成12年度規程に基づく賃金額の算定に当たっては,控訴人らが実際に昇給したのと同時期に同内容の昇給があったことを前提としているところ,前記認定事実によれば,控訴人X5を除くその余の控訴人らは,平成13年度以降,概ね1年に1回の割合で昇給しているが,被控訴人の給与規程は,昇給について,12月を下らない期間を良好な成績で勤務したときは,1号俸上位の号俸に昇給させることができる旨定めるにとどまり,給与規程上,被控訴人に職員の号俸を1年に約1回の割合で定期的に昇給させるべき義務があるものではない(仮に,被控訴人の設立以来,定期的に昇給させる取扱いが継続して行われていたとしても,そのような慣行が法的拘束力を有するに至っていたとまで認めるに足りる証拠はない。)。したがって,被用者である控訴人らに年1回定期昇給する権利があったとはいえないから,被控訴人は,平成13年度以降,控訴人らに対して定期昇給を実施しないことも可能であったといえる。

そこで,平成13年10月以降,控訴人らに対して定期昇給が実施されなかったことを前提として平成12年度規程に基づく賃金額を算定すると,原判決書添付別紙11の1ないし6,11の8ないし10のとおりとなり,控訴人X5を除くと,平成13年4月から平成17年5月までの賃金額は,実際に支給された賃金額と比較して,最も減額幅の大きい控訴人X9についても22万2751円の減額にすぎず,控訴人X6及び控訴人X8は増額されており,平成16年度の各控訴人の賃金額の増減率は,-2.00パーセントないし7.24パーセントとなっている。

エ  もっとも,控訴人らは,定期昇給制度は,本件各改定以前から就業規則及び給与規程で定められている控訴人らの既得の権利であり,また,俸給表による号俸制の賃金体系は毎年1号俸引き上げることを予定して下位の号俸の給料額を低額に定めているものであることからすると,定期昇給は本件各改定の代償措置には当たらず,定期昇給を加味して不利益の程度を判断することは,誤りであると主張する。

なるほど,定期昇給制度自体は,本件各改定以前から就業規則及び給与規程で定められているものの,その具体的適用にあたっては,定期昇給できない場合があることは文理上明らかであり,具体的な定期昇給が必ず実施されるわけではないのであるから,具体的に毎年1回必ず定期昇給があるという意味では,定期昇給が控訴人らの既得権であるということはできないし,また,俸給表による号俸制の賃金体系は毎年1号俸引き上げることを予定して下位の号俸を低額に定めているものであることを認めるに足りる的確な証拠はないから,これらに関する控訴人らの主張はその前提を欠くというべきであるが,定期昇給制度は,本件各改定に伴い設けられたものではなく,また,本件各改定と同時に具体的な定期昇給が実施されたものではないから,被控訴人の指摘する定期昇給は,本件各改定の代償措置とはいえない。

しかしながら,農業協同組合の合併に伴う退職給与規程の不利益変更が有効とされた事例である最高裁昭和60年(オ)第104号昭和63年2月16日第三小法廷判決の判旨に従えば,合理性があるというためには,就業規則の変更による不利益に対する見返りないし代償措置が常に用意されている必要はないと解されるところ(同判決の判例解説参照),代償措置がない場合であっても,その後の控訴人らの賃金がどのように扱われ,控訴人らの賃金が,平成12年度規程の適用される場合と比べ,減額されているのか増額されているのかは合理性を判断する場合の一要素であるということができる。上記控訴人らの主張は採用できない。

オ  このような事情を考慮すると,本件各改定により控訴人らが被った不利益は,実質的に見てさほど大きいものとはいえないし,被控訴人において,控訴人らに対する定期昇給を毎年実施していることによって,本件各改定に伴う控訴人らの不利益は,俸給表の上限の給与を受領しているためにそれ以上の昇給があり得ない控訴人X5を除けば,ある程度回復されているものと評価できる。

(5)  使用者側の変更の必要性の内容・程度

ア  最高裁昭和40年(オ)第145号昭和43年12月25日大法廷判決及び最高裁平成8年(オ)第1677号平成12年9月7日第一小法廷判決の判旨によれば,賃金の減額などの労働者にとって重要な権利,労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の変更には,「高度の必要性」が必要である。ところで,必要性が「高度」であるかどうかは,法人の種類,事業内容,就業規則の変更が必要となった経緯や背景事情,変更をしない場合に予想される結果などにより判断されるいわば相対的な概念であり,控訴人らが主張するように,事業の存続が危ぶまれたり,経営危機により雇用調整が予想されるなどの切羽詰まったような場合に限定されるわけではなく,長期的な視野に基づき「高度の必要性」を考慮することも許されるものというべきである。

イ  被控訴人は,前記認定事実のとおり,昭和56年に八雲町の主導の下に住民有志が中心となって設立され,住民から敷地の寄付を受け,昭和57年に厚生園を設置し,現在に至るまで運営を続けているもので,理事及び監事の役員はいずれも無報酬であり,職員の給与等についても,設立された当初は公務員と同様の水準で定められたものである。また,証拠(<証拠略>,当審における被控訴人代表者本人)によれば,平成15年12月1日から施行された八雲町一般職員の給与に関する条例の一部を改正する条例で定められた行政職給料表の1級ないし3級と被控訴人の同日から施行された平成15年度規程に基づく職員給料表を比較すると,1級及び3級の号俸は,全く同一であること,わずかに,2級の号俸が八雲町は2号から19号であるのに対し,被控訴人は2号から20号とされており,金額的には八雲町の2号から19号までと被控訴人の3号から20号までとは全く同一であること,被控訴人の2級の最低号俸である2号は,八雲町の2級の最低号俸である2号の17万0700円を下回る金額である16万4000円であり,このような号俸が設けられたのは,被控訴人の職員の中には中卒の者がいるのに対し,八雲町の職員の採用は,最低学歴が高卒とされていることによるものであること,なお,八雲町の行政職給料表には,1級から8級までが規程されているものの,被控訴人には,八雲町のような6級以上の格付けを必要とするポストが存在しないため6級以上の給料表がないことが各認められる。

ウ  被控訴人は,前認定のとおり,特別養護老人ホームを運営するものである。

特別養護老人ホームは,65歳以上の者であって,身体上又は精神上著しい障害があるために常時の介護を必要とし,かつ,居宅においてこれを受けることが困難なものが,やむを得ない事由により介護保険法に規定する介護老人福祉施設に入所することが著しく困難であると認めるときに,市町村がする入所委託措置に係る者又は介護保険法の規定による介護福祉施設サービスにかかる施設介護サービス費の支給に係る者その他の政令で定める者を入所させ,養護することを目的とする施設である(老人福祉法20条の5,11条1項2号)。そして,特別養護老人ホームの経営は,第一種社会福祉事業とされ(社会福祉法2条1項,2項3号),その経営主体は,原則として,国,地方公共団体又は社会福祉法人に限定されている(同法60条)。

被控訴人の財源は,前認定のとおり,その開設時から平成11年度までは,国,北海道及び八雲町から交付される措置費であり,この措置費のうち人件費に充てるべき分については,国家公務員の給与等に準じて算出されていた。そして,介護保険法の施行に伴い,平成12年度からは八雲町から支給される介護報酬が収入の大部分(約9割)を占めるようになった。介護保険制度は,加齢に伴って生ずる心身の変化に起因する疾病等により要介護状態となった者に対して必要な保健医療サービス及び福祉サービスに係る給付を行うために,国民の共同連帯の理念に基づいて設けられた制度(介護保険法1条)で,施設や事業者は,そのサービスを提供した費用のうち1割をサービスの利用者から徴収するとともに,その余の9割については市町村から介護報酬として支給を受けることとされ,その介護報酬の額は,施設サービスの種類ごとに,要介護状態区分,介護保健施設の所在する地域等を勘案して算定される当該指定施設サービス等に要する平均的な費用の額を勘案して厚生労働大臣が定める基準により算定されることとされている(同法48条2項等)。

被控訴人が,民営の事業所であるとはいえ,特別養護老人ホームを運営する公益法人であるので,今後の営業努力や開発などによって将来的に収入が飛躍的に増加するなどといったことは考えにくい。そして,今後も介護報酬がその収入のほとんどを占めることが予想され,しかも,介護報酬の額は,基本的には減額基調であり(当審における被控訴人代表者本人),これが飛躍的に増加する見通しはない。

このように,現在の被控訴人の主要な財源である介護報酬は,当該事業所・施設の所在する地域が考慮されるとはいえ,介護サービスに要する平均的な費用を勘案して定型的に定められるものであり,職員の年齢構成や給与額などの各施設毎の特殊性が反映されるものではない。

エ  ところで,被控訴人は,本件組合との団体交渉等においては,本件各改定の必要性につき,もっぱら人事院勧告に準拠すること及びそれが厚生園における慣行であった旨を説明していたにすぎないことが認められるから,本訴において,これ以外の事由を必要性の判断要素であると主張することに疑問がないわけではない。しかし,当事者が全く認識していなかった事由を必要性の判断要素とすることは許されないが,被控訴人においては,平成13年度当時から,人件費比率が高いことを認識し,職員会議の場ではそのような話もしていたというのであるから(当審における被控訴人代表者本人),人件費比率が高いことは,被控訴人に認識され,かつ,被控訴人の職員にもある程度認識されていたものと推認され,そうだとすると,就業規則の変更の当時に既に存在していた事由もまた必要性を判断する要素として考慮できるものと解すべきである。

オ  前記認定事実によれば,被控訴人は,平成12年度当時の人件費比率が約73パーセントであって,他の同種法人と比べて相当に高い水準にあり,本件各改定により賃金を引き下げ,さらに,平成15年12月ころまでには臨時職員を約10名採用して職員の平均年齢が下がったにもかかわらず,平成16年度の人件費比率は約67パーセントであり依然として高い水準にあったことが認められる。そして,被控訴人においては年功型の賃金体系を採用しているため,今後さらに人件費比率が高まることが予想され,将来的に経営が悪化するおそれがあったといえる。

カ  以上によれば,公益法人である被控訴人にとっては,目先の損益や資金繰りはともかく,長期的視野に立ち,人事院勧告に準拠して人件費比率の削減を行い,第一種社会福祉事業を営む被控訴人の経営を安定させ,施設の設備を拡充し,倒産を避けるという最大の目的があったのであり,これらを総合すると,被控訴人には,就業規則を労働者にとって不利益に変更する「高度の」必要性があったというべきである。

なお,控訴人らは,「高度の必要性」とは,就業規則の変更の当時に,その事業自体の存続が危ぶまれたり,経営危機による雇用の調整が予想されるなどといった状況にあって,その就業規則の変更が差し迫った必要性に基づいて行われたことを意味するとし,それを前提に,毎年度の収支が黒字であること,資金残高も年々累増していること,予算上は賃金の減額が予定されていないこと,課長職に管理職手当を新設したことからすると,「高度な必要性」はないと主張する。

しかしながら,「高度の必要性」について,控訴人らの解釈を採用できないことは前述のとおりであり,その解釈を前提とする控訴人らの主張は採用しない。

キ  もっとも,前記認定事実及び証拠(<証拠略>)によれば,<1>被控訴人の近年の経常活動資金収支差額は,平成15年度を除き黒字であり,支払資金残高も平成12年度以降増加し続けていること,<2>被控訴人における毎年度の人件費の予算計上額は決算額を上回っていること,<3>被控訴人は,一般職員の給与を減額する一方で,平成15年度改定により課長職を新設して課長職にある職員に対し,給料月額の5パーセントを管理職手当として支給していることが認められるので,この点について,検討しておくこととする。

<1>の点であるが,被控訴人においては減価償却を行っていない上,被控訴人代表者を含む理事7名や監事2名が無報酬であり,減価償却を行い,さらに,これらの役員に正当な報酬を支払った場合に,被控訴人が黒字決算を行い,資金残高の累増が続くかは疑問である。

また,<2>の点については,証拠(<証拠略>,当審における被控訴人代表者本人)によれば,被控訴人において人件費予算の未達が生じている理由は,毎年度の人件費予算の中にショートステイの利用者に対する職員の人件費を見込んで計上しているところ,その場合には,利用者3名に対し1名の職員の配置が必要であり,この基準を下回ることは許されず,しかも,ショートステイの年間利用者数はあらかじめ確定できないので,ある程度余裕をもって年度の予算を組んでいるからであることが認められ,人件費予算の未達があるからと言って,必ずしも,被控訴人が各年度の当初予算において給与規程の減額改定を予定していなかったとまではいえない。

さらに,<3>の点については,証拠(<証拠略>,当審における被控訴人代表者本人)によれば,被控訴人は,従前,施設長及び部長に管理職手当として給料月額の100分の10を支給していたが,平成16年4月1日以降,管理職手当を給料月額の100分の5に減額し,その際に,課長職にも同割合の管理職手当を支給することにしたが,これは,施設の拡充に伴い職員数が平成14年3月の30名から平成16年4月の39名に増加したため,管理体制を充実することが必要となったことを考慮したものであり,しかも,課長に任用された職員に対する時間外・休日勤務手当は支給しておらず,全体の出費は逆に減少していることが認められる。

したがって,上記<1>ないし<3>の事実が存在するとしても,「高度の必要性」に関する前記判断が左右されるものではない。

(6)  変更後の就業規則の内容自体の相当性

ア  本件各改定の内容は,平成16年度改定を除き,いずれも,各年度に出された人事院勧告の内容にほぼ準拠したものであって,社会的に許容される内容であり,相当性はあるというべきである。また,平成16年度改定は,寒冷地手当の支給基準を見直して,平成9年から平成15年まで適用されていた国家公務員の寒冷地手当の支給基準と同一の内容に改定したものであり,これにより大多数の職員の寒冷地手当の支給額は減額されたものであるが,国家公務員の寒冷地手当の支給額は,平成16年の人事院勧告により,民間における支給実態に合わせて,さらに約4割も引き下げられたのであるから,平成16年度改定後の被控訴人における寒冷地手当の支給基準は,民間における支給実態と比較して相当に高いものであるといえる。

そうすると,平成16年度規程による寒冷地手当の支給基準の改定内容は,社会的に許容される内容であり,相当性があるというべきである。

イ  もっとも,控訴人らは,民間の事業所である被控訴人の職員の給与を国家公務員の俸給に関する人事院勧告に準拠して引き下げることに合理性はないと主張する,しかしながら,前記認定のとおり,厚生園の収入は平成11年度までは国,道及び八雲町から交付される措置費を主要な財源とし,平成12年度以降も公的な社会保障制度に基づく介護報酬(その額は,当該事業所施設の所在する地域を勘案して厚生労働大臣によって定められる。)を主要な財源としており,その意味では,国民の負担によった施設であると言いうる。そして,被控訴人において,昭和57年に厚生園が設立された当初に,職員の給与規程については,公務員と同様の水準で定められたのみならず,一貫して人事院勧告に準拠して,職員の給与の増額改定を行っていたのは,八雲町の職員に準じている被控訴人の職員の給与について,当時の国家公務員と同様に,民間の給与と比較して低額であるため,人事院勧告に準じて是正する必要があるとの判断によるものであったと推認されるのであり(なお,被控訴人に従前交付されていた措置費のうち,人件費に充てるべき分については国家公務員の給与に準じて算出されており,人事院勧告が実施されるとこれに準じて改定されてきたということも,同様の理由によるものと推認される。),被控訴人の職員である控訴人らも,以上のような被控訴人の給与体系を了承して被控訴人に就職し,官民格差の是正の趣旨でなされる人事院勧告に準じた増額改定を是として受け入れてきたものと推認される。

翻って,平成11年度以降の人事院勧告による減額改定の趣旨は,長引く不況等により,従前は民間の方が勝っていた給与状況に逆転現象が生じ,むしろ公務員の給与が高額となっているとの時代背景をもとに,今度は,民間に比較して高額となった公務員の給与を引き下げることによって不平等を是正しようとするものである。してみると,これまで国家公務員に準じて増額改定の利益を享受してきた被控訴人の職員が,官民格差の是正の趣旨でなされた人事院勧告に準拠した平成13年度改定ないし平成15年度改定による賃金減額の不利益を甘受することについては,それ自体十分な合理性を有するものというべきであり,上記各改定の内容には,社会的な相当性があるというべきである。

そして,平成12年度以降の被控訴人の収入の大部分を占める介護報酬は,平成11年度まで支給されていた措置費とは異なり,その単価が国家公務員等の給与に準拠して定められているものではないことを考慮したとしても,上記判断が左右されることはない。

ウ  また,控訴人らは,民間事業所である厚生園の場合は,公務員の俸給表の前提である職種群による分類,職務内容に基づく客観的合理的な等級決定,同じ等級であってもどの号俸を適用するかの合理的基準,昇格基準,最高号俸に達した場合の上位等級への昇格制度などの具体的規程や運用という人事院勧告に準拠することが合理的と考えてもよい大前提を全く欠いており,いわば,公務員の給与制度の一部をまねて俸給表によって職員の給与を支給しているにすぎないから,人事院勧告に準拠することが直ちに合理性があるということにはならないと主張する。

しかしながら,証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば,被控訴人の場合,介護を仕事の内容とする福祉職という職種の分類はないものの,一般職と医療職という職種群による分類がある上,級別格付基準表が定められていて,職務内容に基づく客観的な等級決定がなされており,さらに,昇格基準を明示した級別格付基準運用表も定められているところであって,必ずしも,控訴人ら主張のように,公務員の給与制度の一部をまねて俸給表によって職員の給与を支給しているにすぎないとはいえず,人事院勧告に準拠することに合理性がないということはできないものというべきである。

(7)  代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況

本件各改定には,平成14年度改定において,扶養手当のうち第三子以降に係わる支給月額を3000円から5000円に引き上げた以外には,代償措置は講じられていないし,その他関連する労働条件の改善状況も存在しない。

(8)  労働組合等との交渉経緯

前記認定事実によれば,被控訴人は,本件各改定に際し本件組合の同意を得たことはなく,平成14年度改定ないし平成16年度改定に際して行われた団体交渉において,本件組合から給与規程を改定し遡及適用すること等について抗議を受け,その理由について説明を求められたのに対し,もっぱら厚生園の開園当初から人事院勧告に準拠して給与規程を改定し続けてきたため,今回も人事院勧告に準拠して減額改定をするといった説明に終始しており,人件費の削減等の経営上の必要性について具体的に説明したことはないことが認められるのであり,被控訴人と本件組合との間の労使交渉が十分なものであったとは言い難い。

(9)  他の労働組合又は他の従業員の対応

ア  証拠(<証拠略>)によれば,北海道福祉ユニオンが,同ユニオンに所属する職員が存在する特別養護老人ホームの職場を調査した結果,公務員の給与に準拠した賃金体系を採用していた10か所の職場のうち,平成14年の人事院勧告に準拠して給与を引き下げた職場は3か所であったことが認められる。

イ  前記認定事実によれば,被控訴人は,本件各改定に際し,職員の過半数代表者であるKとの間で合意書を作成していることが認められる。Kが過半数代表者として選出された過程に何らかの手続的瑕疵があったことを認めるに足りる証拠はなく,また,本件各改定当時,Kの職制上の地位は看護師ないし看護師長であって,労働基準法41条2号所定の監督若しくは管理の地位にある者に当たるとは認められず,過半数代表者としての適格性がないとはいえないから,本件各改定に際して職員の過半数代表者からの意見聴取の手続は適正に行われたものと認められる。

もっとも,確かに,Kは,本件各改定に際し,個別に厚生園の各職員から上記合意書の作成について同意を得たわけではないから,Kとの間で合意書が作成されているとしても,職員の過半数が本件各改定に同意していたものと直ちに認めることはできない。しかし,証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によっても,本件各改定に対して反対の意思を表明していた職員は控訴人ら,原審原告X10及びLの合計11名にすぎず,その他の過半数の職員は,本件各改定に積極的には反対していなかったものと認められる。

加えて,労働者の意見聴取義務を定めた労働基準法90条が行政的監督を促すための訓示的規定としての性質を有するものと解すべきであることを併せ考慮すると,本件各改定に際して職員の過半数代表者からの意見聴取の手続の瑕疵は本件各改定の有効性に影響を及ぼさないものといえる。

(10)  同種事項に関する我が国社会における一般的状況

これを認定するに足りる証拠はない。

(11)  以上のような労使交渉の経緯,他の同種法人の職場における賃金引下げの状況等を考慮しても,前記のとおり,被控訴人としては,人件費削減のために賃金を減額する高度の必要性が存在し,他方,本件各改定により控訴人らが被る不利益の程度は必ずしも大きいものということはできず,また,被控訴人において,人事院勧告を考慮して職員の給与規程を改定することにも十分な合理性があること,本件各改定の内容も社会的に相当であることなどからすれば,本件各改定は,いずれもその変更に同意しない控訴人らに対し,これを法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということができる。

したがって,本件各改定は,原則として,控訴人らにその効力を及ぼすものである。

3  争点2について

控訴人らは,平成14年度規程及び平成15年度規程は遡及適用されており,遡及適用を定めた規定は無効である旨主張するので,この点について更に検討する。

(1)  具体的に発生した賃金請求権を事後に締結された労働協約や事後に変更された就業規則の遡及適用により処分又は変更することは許されない(最高裁平成5年(オ)第650号平成8年3月26日第三小法廷判決・民集50巻4号1008頁参照)。そして,労働者の賃金請求権等の既得の権利を不利益に変更し,これを遡及的に適用する旨を定めた就業規則の規定は,労使関係における法的規範性を是認することができるだけの合理性を認めることはできず,その効力を生じないというべきである。

(2)  平成14年度改定について

ア  前記認定事実によれば,被控訴人は,平成15年2月21日に理事会で平成14年度改定について決議した上,同月24日,平成14年度規程を園内4か所に掲示して職員に周知させる手続を執ったというのであるから,平成14年度改定は,平成15年2月24日に効力を生じたものと認められる。したがって,同月23日までは平成13年度規程に基づく賃金請求権が具体的に発生していたといえる。

イ  しかるに,平成14年度規程の附則1条は,減額改定された給料表及び扶養手当に関する規定については平成14年4月1日から適用する旨定めており,これに伴い,被控訴人は以下の措置を講じている。

(ア) 平成15年2月分の給料等について,同月1日から同月23日までの分も含めて,平成14年度規程に基づく賃金額を支給した。

(イ) 平成15年3月分の期末手当について,何らの根拠規定もないにもかかわらず,本来は0.5月分と定められている支給割合を0.45月分に引き下げ,さらに所要の減額をした上で支給した。上記措置は,平成14年度規程を平成14年4月1日に遡及適用したことに伴い,平成13年度規程に基づき平成14年4月から平成15年1月までに支給された給料,特殊業務手当及び扶養手当につき,平成14年度規程に基づいて算定される支給額との差額を,平成15年3月分の期末手当から控除する趣旨であると解される(以下,この措置を「平成14年度減額調整」という。)。

ウ  したがって,上記(ア),(イ)の措置は,平成14年度規程を平成14年4月1日に遡及適用して,既に具体的に発生していた控訴人らの賃金請求権を不利益に変更したものであって許されず,平成14年度改定のうち変更後の平成14年度規程を同日に遡及して適用する部分は効力を生じないというべきである。

(3)  平成15年度改定について

ア  前記認定事実によれば,被控訴人は,平成15年12月8日に理事会で平成15年度改定について決議した上,同月9日,平成15年度規程を園内4か所に掲示して職員に周知させる手続を執ったというのであるから平成15年度改定は,同日に効力を生じたものと認められる。したがって,同月8日までは平成14年度規程に基づく賃金請求権が具体的に発生していたといえる。

イ  しかるに,平成15年度規程の附則1条は,同規程を平成15年12月1日に遡及して適用する旨を定めている。

また,附則2条及び3条は,平成15年12月支給の期末手当の支給割合を1.45月分とした上,同年4月以降の給料月額及び同年6月支給の期末手当に一定割合を乗じた額の合計を控除する旨を定めており,上記各規定は,一見すると平成15年度規程の効力が生じた後に支給される平成15年12月分の期末手当について一定の減額措置を講じたにすぎないようにも見える。しかし,これらの規定の趣旨は,平成14年度規程に基づき平成15年4月から同年11月までに支給された給料,特殊業務手当,扶養手当及び期末手当につき,平成15年度規程に基づき算定される支給額との差額を平成15年12月の期末手当において減額調整するものであり,実質的には,平成15年度規程を平成15年4月に遡及適用して,既に具体的に発生していた控訴人らの賃金請求権を不利益に変更するものであるから,許されないというべきである。

ウ  したがって,平成15年度改定のうち,平成15年度規程を平成15年12月1日に遡及適用する旨を定めた附則1条,平成15年12月分の期末手当において平成15年4月以降の賃金の減額調整を定めた附則2条及び3条(以下,附則2条及び3条が定める減額調整措置を「平成15年度減額調整」という。)は,いずれも効力を生じないというべきである。

(4)  被控訴人は,平成15年2月に給与改定を行うに当たり,国家公務員の期末手当の調整と同様の趣旨から,平成14年4月以降に実際に支給した金額と改定基準で計算した差額分を,平成15年3月支給予定の期末手当の計算額から控除して支給することとしたが,その際,給与規程附則1条において誤って「制定の日から施行し,平成14年4月1日から適用」すると記載したもので,年度初めに遡って既に支払った給与を減額する趣旨ではなく,また,平成15年12月支給の期末手当の計算については,支給予定の期末手当にかかる調整であることを文言上明らかにして減額規程を改正したが,これは既に確定した給与を減額するものではないと主張する。

しかし,平成14年度減額調整及び平成15年度減額調整は,前説示のとおり,いずれも既に具体的に発生していた控訴人らの賃金請求権を不利益に変更したものと解するのが相当である。被控訴人の主張は,法律や条例で俸給及びその改定時期が定められる公務員につき,立法裁量の範囲内である場合には合理性を有するものであるとしても,民営の事業所である被控訴人の給与についてまで合理性を有するとはいえず,採用の限りではない。

4  以上によれば,本件各改定のうち,平成13年度改定及び平成16年度改定はいずれも有効であり,平成14年度改定は,平成14年4月1日に遡及して適用する旨を定めた附則1条は無効であるが,その余の部分は有効であり,平成15年度改定は,附則1条ないし3条は無効であるが,その余の部分は有効である。

したがって,被控訴人は,平成14年度改定を平成14年4月1日に遡及適用し,平成15年3月分の期末手当について平成14年度減額調整を行ったことによる賃金の減額分及び平成15年2月1日から同月23日までの賃金について平成13年度規程に基づく賃金額との差額分並びに平成15年度改定を実質的に平成15年4月1日に遡及適用し,平成15年12月分の期末手当について平成15年度減額調整を行ったことによる賃金の減額分について,控訴人らに対して支払義務がある。

そして,控訴人らについて,平成14年度改定の遡及適用により減額された賃金額は,原判決書添付の別紙12の平成14年度改定の遡及適用による差額合計欄に,平成15年度改定の遡及適用により減額された賃金額は,原判決書添付の別紙12の平成15年度改定の遡及適用による差額欄に,これらの合計は原判決書添付の別紙12の総合計欄にそれぞれ記載のとおりであるから,控訴人らは,被控訴人に対し,平成14年度改定及び平成15年度改定の遡及適用により減額された賃金分として,上記総合計欄記載の各金員を請求することができる。

5  結論

以上によれば,控訴人らの請求は,被控訴人に対し,請求目録の「控訴人」欄記載の各控訴人につき,同目録の「原審認容金額」欄記載の各金額及びこれらに対する平成17年6月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないから棄却すべきである。よって,本件控訴及び附帯控訴は,いずれも理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 末永進 裁判官 千葉和則 裁判官 杉浦徳宏)

(別紙) 請求金額等一覧表

<省略>

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