札幌高等裁判所 平成18年(ラ)93号 決定 2006年12月13日
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抗告人(本案訴訟原告)
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同訴訟代理人弁護士
大谷和広
同
足立敬太
東京都目黒区三田1丁目6番21号
相手方(本案訴訟被告)
GEコンシューマー・ファイナンス株式会社
同代表者代表取締役
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同訴訟代理人弁護士
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同
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主文
1 原決定のうち次項の文書に係る抗告人の申立てを却下した部分を取り消す。
2 相手方は,本決定送達の日から14日以内に,旭川地方裁判所留萌支部に対し,抗告人について相手方が作成した業務に関する帳簿(貸金業の規制等に関する法律19条に基づくもの)一切(電磁的記録を含む)のうち,平成6年3月29日以前の取引に係る部分を提出せよ。
3 その余の本件抗告を却下する。
4 抗告費用は相手方の負担とする。
理由
1 本件抗告の趣旨及び理由
本件抗告の趣旨及び理由は,別紙即時抗告申立書及び訂正申立書(各写し)のとおりである。
2 当裁判所の判断
(1) 本件記録によれば,以下の事実が認められる。
ア 相手方は,平成3年6月3日に設立された株式会社であり,設立当時の商号は「ゼネラル・エレクトリック・キャピタル・コンシューマー・クレジット株式会社」であったが,GEコンシューマー・クレジット有限会社を吸収合併した平成15年10月1日,現在の「GEコンシューマー・ファイナンス株式会社」に商号変更した。
イ 大手消費者金融業者であった株式会社レイク(以下「旧レイク」という。)は,平成10年11月2日,株式会社レイク(旧レイクとは別の会社で,平成6年10月28日の設立時の商号は「ゼネラル・エレクトリック・キャピタル・コンシューマーローン株式会社」といい,平成10年8月27日,「株式会社レイク」に商号変更したもの。以下「新レイク」という。)にその営業を譲渡した。
そして,新レイクは,平成12年12月1日,「ジー・イー・コンシューマー・クレジット株式会社」と商号変更した後,平成14年12月2日,GEコンシューマー・クレジット有限会社に吸収合併された。
さらに,上記のとおり,GEコンシューマー・クレジット有限会社は,平成15年10月1日,相手方に吸収合併された。
以上の経緯により,相手方は,旧レイクの営業を承継し,貸金業を営んでいる。
ウ 抗告人は,平成18年2月24日,旭川地方裁判所留萌支部に対し,相手方を被告として,元利合計349万7488円の不当利得金(金銭消費貸借取引により生じたいわゆる過払金)の返還及び不法行為(取引履歴の不開示)に基づく損害賠償等を求める本案訴訟を提起した。
その訴状には,昭和60年1月1日から平成17年1月5日までの間の金銭消費貸借取引における弁済金を順次年18%の割合により算出した利息及び残元金に充当計算した結果,平成18年2月23日の時点で,元利合計349万7488円の不当利得金が生じていることを示す利息計算表が添付されているところ,抗告人は,同訴状において,昭和60年ころから相手方との間で金銭消費貸借取引をしており,その取引履歴のうち,平成6年3月30日以降のものについては相手方から開示を受けたが,それ以前のものは推定により,上記の利息計算表のとおり計算した旨を主張している。
エ 相手方は,本案訴訟において,答弁書,平成18年4月17日付け準備書面及び同年7月19日付け準備書面を提出・陳述し,これらの主張書面の中で,訴状添付の利息計算表に記載された取引履歴については,昭和60年1月1日から平成5年9月1日までのものは不知,同年10月1日から平成6年3月29日までのものは否認(相手方は,上記期間中は取引がなかった旨主張している。),同月30日以降のものは相手方が抗告人に開示した取引等明細書(本案訴訟の甲1の1・2)に反する限度で否認する旨の答弁をしている。
そして,相手方は,上記のとおり平成5年9月以前の取引履歴を不知と答弁する理由について,相手方においては日々発生する取引履歴に関する情報をカセットテープに保存し,このカセットテープを相手方のデータセンター等に保管していたが,平成14年春ころからの社内での検討の結果,取引履歴の保存期間を10年とすることとし,平成15年1月以降,10年以上前の取引履歴が保存されたカセットテープについて,順次,これを物理的に粉砕し又は磁気情報を消去して上書きするなどの方法によって消去していったものであり,その後,同年10月ころ,監督官庁の見解等を踏まえて上記の運用を停止したものの,その時点で既に平成5年9月以前の取引履歴は消去されており,また,取引履歴に関するデータは相手方のデータセンターにある「VSM」という大容量のハードディスクにも保存されたが,これについては常に13か月(相手方平成18年4月17日付け準備書面及び同年10月6日付け求釈明に対する回答)あるいは18か月(相手方平成18年6月6日付け文書提出命令申立に対する意見書)を経過すると順次自動的に消去されるようにプログラムされていたからであるなどと主張している。
オ 抗告人は,平成18年5月18日,本案訴訟において,相手方との間の取引経過が訴状添付の利息計算表のとおりであり,抗告人が相手方に対して元利合計349万7488円の不当利得返還請求権を有していることを証するためとして,民事訴訟法220条3号又は4号に基づき,(ア)抗告人作成に係る,抗告人と相手方との取引開始時から平成6年3月30日に至るまでの借入申込書一切(エントリーカードという名称の書類を含む。),(イ)抗告人及び相手方の作成に係る,抗告人と相手方との取引開始時から平成6年3月30日に至るまでの金銭消費貸借契約書あるいはその写し一切,(ウ)相手方作成の顧客管理のための帳簿,(エ)相手方作成の貸付金管理のための帳簿,(オ)抗告人について相手方が作成した業務に関する帳簿(貸金業の規制等に関する法律19条に基づくもの)一切について,文書提出命令の申立てをした。
しかるに,本件の原審たる旭川地方裁判所留萌支部は,平成18年8月18日,相手方に対して上記(ア)及び(イ)の各文書の提出を命じ,抗告人のその余の申立てを却下する旨の原決定をした。
なお,原審は,上記(オ)の文書については,抗告人の申立ての趣旨が電磁的記録の提出をも求めるものであると解した上,①平成6年3月30日以降の取引に係る部分は,相手方が抗告人に対して取引履歴を開示していることなどから,その提出を命ずる必要性があるとは認められず,②平成5年10月1日から平成6年3月29日までの取引に係る部分は,相手方においてこれを所持しているものの,当該期間中に抗告人と相手方とが取引を行っていたと認めるに足りる証拠がなく,したがって,その存在を認めるに足りる証拠がないというべきであり,③平成5年9月30日以前の取引に係る部分は,記録上,相手方が上記エのとおり抗告人の主張する平成5年9月以前の取引履歴を不知と答弁する理由として述べる事実(なお,自動消去までの経過期は13か月と認定。)が認められ,その事実からすれば,平成5年9月以前の取引に係る部分の存在を認めるに足りる証拠はないといわざるを得ないとの理由により,いずれも抗告人の申立てを却下したものである。
カ 抗告人は,本件抗告において,当初,原決定を取り消した上,上記オ(ウ)ないし(オ)の各文書の提出を命ずる裁判を求めたが,その後,上記オ(オ)の文書(ただし,電磁的記録を含む。以下「本件文書」という。)の提出を命ずる裁判を求める旨その抗告の趣旨を変更した。
(2) 上記(1)オに認定したとおり,原審は,本件文書のうち平成6年3月30日以降の取引に係る部分については,その提出を命ずる必要性がないとの理由で抗告人の申立てを却下したものであり,その趣旨は,本件文書のうち上記部分は証拠調べの必要性を欠くことを理由として申立てを却下したものであるところ,文書提出命令の申立てに係る文書を取り調べる必要があるか否かは受訴裁判所がその専権において判断すべきものであり,証拠調べの必要性がないとして上記申立てを却下した受訴裁判所の判断に対して不服があるときは,終局判決に対する上訴に際してこの点についての上訴審の判断を受けるべきであって,上記却下決定に対して独立の不服申立てをすることはできないものといわなければならない。
したがって,本件抗告は,本件文書のうち平成6年3月30日以降の取引に係る部分について原決定の取消しと当該部分の提出を命ずる裁判を求める限度で不適法であり,これを却下すべきものと判断される。
(3) そこで,本件文書のうち平成6年3月29日以前の取引に係る部分につきその提出命令の可否を検討する。
ア 原審は,上記(1)オ②のとおり,本件文書のうち平成5年10月1日から平成6年3月29日までの取引に係る部分については,相手方がこれを所持しているという事実を認定しながら,その存在を認めるに足りる証拠はないという,上記の事実認定とは相反する判断をなしたものであり,原決定の理由には不備ないし食い違いがあるといわなければならない。また,当該期間中に抗告人と相手方とが取引を行っていたか否かは,本件文書の提出によって明らかにされ得る事実であり,しかも,抗告人は,その取引事実の存在を証するために本件文書の提出命令の申立てをしているのであるから,その取引事実を認めるに足りる証拠がないとの理由で直ちに上記の申立てを却下することはできないというべきであり,原審の判断は,その点においても誤りがあるといわなければならない。
イ また,相手方は,上記(1)エのとおり,取引履歴に関する情報をカセットテープに保存していたものの,そのうち平成5年9月以前のものについては消去した旨を主張しているが,抗告人は,上記(1)ウのとおり,相手方との間で昭和60年ころから金銭消費貸借取引をしていた旨を主張しているのであり,それが真実であるとすれば(ただし,後記の抗告人の陳述書(本案訴訟の甲2の1)等に照らし,金銭消費貸借取引開始当時の貸主は旧レイクであったと窺われる。),その取引開始当時のオンラインシステムを含むコンピュータ関連の一般的な技術水準に照らし,大手消費者金融業者といえども,多数の顧客との間の取引履歴に関する情報をカセットテープに保存することができるような状況にあったとはいささか考え難い上に,抗告人の陳述書(本案訴訟の甲2の1)によれば,抗告人は,旧レイクの滝川支店との間で金銭消費貸借取引を開始したものと窺われるところ,相手方は,旧レイクの滝川支店が抗告人との間で行った金銭消費貸借取引に関する情報が旧レイクのいかなる部署で保存され,それが新レイク,GEコンシューマー・クレジット有限会社さらには相手方にどのようにして引き継がれたのかを一切明らかにしていないから,相手方の上記主張はそのままには採用し難いものといわざるを得ない。
ウ ところで,相手方は,上記(1)エのとおり主張することによって,旧レイクと抗告人を含むその顧客一般との間の取引履歴に関する情報を引き継いだことを半ば自認しており,抗告人についても,上記(1)ア及びイに認定した経緯によって相手方が旧レイクの営業を承継するよりも以前のものを含む平成6年3月30日以降の取引等明細書(本案訴訟の甲1の1・2)を開示しているのであるから,旧レイクの営業を承継した際,旧レイクと抗告人との間のすべての取引履歴に関する情報を引き継いだことは明らかであるといわなければならない。
また,相手方は,かつて,本件と同種の文書提出命令申立事件及び本案訴訟と同種の不当利得金返還請求事件等において,顧客との取引履歴はコンピュータに保存していたが,平成15年1月1日から同年10月ころまでの間,10年を経過した取引履歴をそのコンピュータから自動的に削除するシステムを採用した旨を主張していたものであり,その事実は,抗告人が原審に疎甲1ないし4,7,9,11及び12として提出した裁判例や当審に即時抗告申立書の添付資料1として提出した裁判例により認められるだけでなく,当裁判所に顕著な事実でもあるところ,かかる事実に照らせば,相手方が旧レイクから引き継いだ旧レイクと抗告人との間のすべての取引履歴に関する情報は,少なくとも一度は,相手方が保有するコンピュータ等に保存されたことがあるものと認められる。
そして,以上に説示したところに加え,相手方は,本件においては,上記のように,10年を経過した取引履歴をコンピュータから自動的に削除するシステムを採用した旨は主張していないこと,また,相手方のデータセンターにある大容量のハードディスクに保存された取引履歴に関するデータが常に13か月あるいは18か月を経過すると順次自動的に消去されるようにプログラムされている旨の相手方の主張については,上記のとおりの本件と同種の文書提出命令申立事件及び本案訴訟と同種の不当利得金返還請求事件等におけるかつての相手方の主張との整合性を欠いている上に,相手方のデータセンターにあるハードディスクにつき上記のプログラムが設定されていることを窺わせる資料が一切提出されていないから,相手方の本件における上記の主張はにわかには採用し難いこと,さらには,仮に相手方が主張するように顧客との取引履歴に関する情報を保存して相手方のデータセンター等に保管していたカセットテープが消去されており,また,相手方のデータセンターにあるハードディスクに保存された取引履歴に関するデータも13か月あるいは18か月を経過すると順次自動的に消去されるようにプログラムされているとしても,貸金業の規制等に関する法律19条所定の帳簿は,貸金業者の営業所又は事業所が現金自動設備であるときを除いて,その営業所又は事業所ごとに備え付けられなければならない(同法19条,同法施行規則17条2項)ものであり,その保存期間は,契約に定められた最終の返済期日から少なくとも3年間と定められている(同法施行規則17条1項)ところ,貸金業者として当然にこれらの法規を遵守すべき立場にある相手方が,顧客との取引を担当した営業所又は事業所とは別のデータセンター等に保管していたカセットテープや,データセンターにあるハードディスクに保存されて,契約に定められた最終の返済期日から3年間を経過する前であっても自動的に消去されるようにプログラムされていたデータ以外には貸金業の規制等に関する法律19条所定の帳簿ないしはこれに該当する電磁的記録を保有していないとはおよそ考え難いこと,これらの諸事情に照らすと,相手方が旧レイクから引き継いだ旧レイクと抗告人との間のすべての取引履歴に関する情報は,上記のとおり少なくとも一度は相手方が保有するコンピュータ等に保存されただけでなく,現在なお,相手方が抗告人について貸金業の規制等に関する法律19条に基づき作成した業務に関する帳簿とする趣旨で,相手方のデータセンターその他の営業所又は事業所にあるコンピュータ等にこれを保存しているものと推認するのが相当であり,かかる認定を左右するに足りる資料は存在しない。
エ 以上によれば,相手方は,本件文書のうち平成6年3月29日以前の取引に係る部分を所持しているものと認められるところ,かかる文書が民事訴訟法220条3号所定の相手方と抗告人との間の法律関係について作成された文書であることは明らかであるから,相手方はこれを提出する義務を負うものといわなければならない。
3 結論
よって,原決定のうち,本件文書のうち平成6年3月29日以前の取引に係る部分についての抗告人の申立てまでを却下した部分は相当でないから,これを取り消した上,相手方に対して上記文書の提出を命じ,その余の本件抗告は不適法であるからこれを却下することとして,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 伊藤紘基 裁判官 北澤晶 裁判官 石橋俊一)
即時抗告申立書
平成18年8月22日
札幌高等裁判所 御中
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抗告人(原審申立人・本案原告) ●●●
〒077-0042 北海道留萌市開運町2丁目4番1号
センチュリービル2階
留萌ひまわり基金法律事務所
抗告人(原審申立人・本案原告) 訴訟代理人弁護士 足立敬太
電話 0164-●●●
ファックス 0164-●●●
〒153-0062 東京都目黒区三田1丁目6番21号
相手方(原審相手方・本案被告) GEコンシューマー・ファイナンス株式会社
上記代表者代表取締役 ●●●
上記当事者間の旭川地方裁判所留萌支部平成18年(モ)第8号文書提出命令申立事件(平成18年(ワ)第10号不当利得返還請求事件)について,同裁判所が平成18年8月18日付をもってなした下記決定は不服に付き抗告を申し立てます。
抗告の趣旨
前決定を取り消す。
相手方は本決定送達の日から14日以内に,別紙文書目録に記載のとおりの文書を提出せよ。
との裁判を求める。
抗告の理由
1 原決定の趣旨
抗告人は旭川地方裁判所留萌支部に,平成18年(ワ)第10号不当利得返還請求事件につき,相手方に対し別紙文書目録記載の文書の提出を求める内容の文書提出命令を申し立てたところ,平成18年8月18日に同裁判所は,1項,2項のみの提出を命じその余の申立を却下する決定をなした。
2 原決定の理由
原決定の理由とするところは,要するに抗告人申立にかかる1項2項以外の文書は相手方において消除したとの相手方の主張が信用できるから,相手方が所持しているものとは認められないというにある。
3 原決定が不服である理由
しかし原決定は,以下の点で不当である。
1. 原裁判所の法律に対する無知・無理解
まず裁判所に対して法を説かねばならないというのはいささか心苦しいものがあるが,経済的弱者救済という利息制限法の立法趣旨を顧みることなく,それどころか原則と例外を逆転させた判断を平気で行われては黙って看過することはできないため,前提として一応確認させていただきたい。
利息制限法の上限金利を超過した約定利息は違法かつ無効である(利息制限法1条)。
ただし,みなし弁済規定を満たせば例外的に有効に保有することができる(同条2項,貸金業法43条)。
そしてみなし弁済規定を満たさなければ超過利息は貸金元本に充当され,元本が完済されればその余は不当利得となる。これは昭和30年代から40年代に確立された判例理論で,貸金業者である相手方も当然既知の事項であった。
従って利息制限法超過利息を徴収し続ける消費者金融は,すべからくみなし弁済規定の適用を受けなければならないし,そのためには取引履歴は当然保管しなければならない。
しかし,貸金業者にはみなし弁済規定の適用を受けることなく利息制限法を超過した違法利息を保有し続ける方法がある。それは取引履歴開示せず超過利息を受け取った事実自体を否認するのである。
このような原則と例外の関係,そして取引履歴の開示を拒む貸金業者に取引履歴の開示義務を認めた最高裁判例平成17年7月19日を念頭に置けば,「取引履歴開示を貸金業者が拒む理由は,取引履歴を開示しないことが貸金業者にとって利益になるからである」ということが自明の理となるはずである。
ところが原裁判所はこの原則と例外の関係,そして最高裁判例を完全に無視したがため,極めて常識外れの不当な決定を下したのである。以下さらにその詳細について述べる。
2. 貸金業者である相手方の取引履歴消除の主張のもつ異常性を原決定が完全に看過していること
原決定が誤っている理由の一つは,原裁判所が,貸金業者の実務に疎いがためあるいは民事訴訟の基本を忘れているため「取引履歴を消除する」という主張自体が持つ異常性に全く気づくことなく,「取引履歴を消除しても貸金業者が通常の業務を行うにあたり何ら支障がない」という誤った前提のもと決定を下している点にある。
すなわち抗告人と相手方とは,借入と返済とを繰り返し行う金銭消費貸借を行ってきたものであるところ,このような取引を現に継続中に貸金業者が返済の根拠となる個別情報を廃棄してしまっては,顧客からの返済が滞ったときに貸金返還請求訴訟の請求の根拠及び立証方法を失うのである。
つまり正確な貸付日,貸付金額の主張ができなければ原告たる貸金業者の側で請求の原因を特定することができなくなる。契約書もなく出入金記録も一部欠けるという状況では自己の主張を立証する方法がない。法治国家において支払が滞った債務者から強制的に返済を受ける唯一の手段が司法による訴訟であるところ,訴訟における主張立証活動に支障を来すことを知りながら貸金業者が自らが貸し付けた月日と金額に関する記録を自ら消除してコスト負担を避ける,などということは絶対にあり得ない。このようなことはロースクールの学生でも知っている「常識」である。だからこそ利息には取引履歴管理コストまで含まれており,取引が続く限り利息が発生するのであるから,コスト以上の利益を貸金業者は得ている。このようなことは社会人の「常識」である。
この点大阪高等裁判所平成16年7月23日(添付資料1)は,「貸金業者は,顧客に対する債権を管理し,必要な法的手続を利用して権利行使を行うため,貸付に関する証拠資料を保管し,貸付け及び弁済の事実を記録して業務を行うのであり,それら証拠資料の保管や事実の記録なしに金融業を営むことなど不可能と言わなければならない。」(3頁 第2,2,(1))と極めて簡明かつ端的に述べている。
従って,「貸金業者が取引履歴を消除した」と認定するには単なる合理性だけでは不十分であり,それを超えた特段の合理性が必要となるというべきである(大阪地方裁判所平成15年12月1日 2頁2(2) 添付資料2)。しかも同決定は「電算機処理している顧客データについては情報管理に格別の場所や費用も必要としないから,その消除がなされたというためにはその具体的必要性と消除の内容と時期について合理的な説明を要するというべきである。」と判示し,電磁的顧客データの保管には格別の場所や費用を必要とせず相手方が言うコスト論は理由として不十分である旨指摘している。
3. 原決定は相手方の訴訟態度を看過している。
大阪高等裁判所平成16年7月23日(添付資料1)は「抗告人(注:GEコンシューマー)は,平成15年11月17日,相手方(注:顧客)がレイク等に支払った超過利息が貸金業法43条所定の「みなし弁済」に該当するとの答弁書を提出しているから,答弁書提出時点では,みなし弁済の要件を立証することを予定していたものと考えられるのであって,法定帳簿のみならず,取引当初の分から相手方とレイクとの間の17条書面をも所持していたものと推認すべきである」(4頁 第2,2,(3))と述べている。そして本案訴訟においても相手方は平成18年3月7日答弁書にて貸金業法43条のみなし弁済の主張をしている(添付資料5)ことから,答弁書提出時点で法定帳簿のみならず取引当初の分から抗告人と相手方との間の17条書面をも所持していたものと推認されるはずである。
なおこの決定は相手方自身に対する決定であり,かつ原決定が出される以前の決定である。従って相手方においては,みなし弁済規定の主張をすることは取引当初からの法定帳簿と17条書面を保有していることを前提とすることを理解した上で本案における答弁書を提出しているのであり,このことも相手方の当初からの取引履歴保有を推認させる事情である。
4. 相手方は具体的な主張立証を何ら行っていない。
相手方は取引履歴を消除した理由として,要するに<1>コストがかかる<2>情報漏洩のリスクがあることから消除したと主張している。これに対し抗告人は
<1> コスト負担増については,利息制限法上限利息には取引履歴などの情報管理のコストも含められている。利息制限法を遵守する貸金業者ですらコストはまかなえており,コスト増が事実だとしても取引履歴を消除するという違法行為に及ばねばならない緊急性はない。
<2> 情報漏洩対策については,別に取引履歴保有とは関係なく行うべきことである。
と反論した。
他方で取引履歴消除の事実を繰り返すのみの相手方は,例えばコンピュータにどのような仕様のものを使い顧客情報が容量中に占める割合について何らの主張立証をしていない。またコスト増について,どれくらいの情報管理コストがかかっていたのか,取引履歴を消除することによってどれくらいのコスト削減になるのか,取引履歴を保管することでどれくらい相手方の経営を圧迫していたのか業績にどれだけの影響を与えるのか(そもそも相手方は非公開会社でありいくら純利益を上げているのかすら不明である。),当然取引履歴消除に至るには内部的検討がなされているはずであるのにそれらに関する資料すら出てこず,「顧客が増えれば顧客管理コストが増えます」という至極当たり前の主張を漫然と繰り返したのみ,すなわち再反論などなかったのである。
ところが原裁判所は,そのような反論について合理的な反論ができなかった相手方と同様何の理由付けもおこなうことなく,証拠の精査もすることなく原決定を下している。
例えば原決定は相手方が外部業者にULF,残高マスター,バッチマスターを廃棄していたから,自社内の取引履歴情報についても消除していたと推認されるとしている。しかし,取引履歴情報というものは,例え電磁的記録であったとしても,時間の経過とともに劣化したりあるいは当然に消除されたりするものではないことは当然である。従って取引履歴に関する電磁的記録は,相手方が作成保有を認めている以上その不存在の主張を認めるためには,意図的に電磁的記録が消除されたことについての相当の主張立証が必要なはずである。ところが,相手方の主張は具体的な電磁的記録の保管方法(各顧客ごとの保管なのか顧客一括で時系列ごとの保管なのか)や消除の方法(どのようなシステム・プログラムでどのように自動消除されていたのか)といったことには何も触れず,また相手方が具体的仕様についての疎明資料についても一切出すことがなかったにもかかわらず,原裁判所は既述の取引履歴の重要性及び取引履歴の消除は違法行為であるという抗告人の反論については「一般論」の一言で切り捨てておきながら「ULFなどが消除されたから自社内部の取引履歴も消除した」という,全く意味不明の,何の相当因果関係もない両者を原因と結果という関係で結びつけ,あるいは当然の帰結として結論づけている。これは事実認定における経験則に著しく反し,証拠の評価を誤っていると言うべきである。
なお,大阪地裁堺支部平成17年7月25日決定(提出命令)に対して相手方が大阪高裁に即時抗告をなしたところ,大阪高裁裁判官から釈明命令が出され「自動消除システム導入に関する社内規定の内容,指導内容を明らかにするとともにシステム導入に関する稟議書及び取締役会議事録を提出されたい」「消除の対象につき記録保管措置の有無,そのための議論の有無の回答」「システム導入時にすでに争いが生じていたケースについての対応の議論,一律自動消除の是非についての議論の有無の回答」「平成14年当時の顧客数,データ量,コンピュータに関する技術的事情」「答弁書でみなし弁済を主張している点について」など,法律上保有していること貸金業者のが義務である取引履歴の消除を判断するに当然不可避な事項について釈明が求められたが,これについて相手方は何ら答えることなく即時抗告を取り下げている(添付資料3の釈明命令と取下書参照)。
5. 取引履歴消除についての相手方の主張の変遷を看過していること
ところで,相手方が真実取引履歴を消除したというのであれば,その方法は1つでしかなく,訴訟のたびに消除に関する主張が変遷すると言うことなどあり得ないはずである。しかし,相手方の取引履歴消除の主張は明白に変遷を遂げており,かつそのことは原決定における証拠上明らかであったにもかかわらず,原裁判所はその認定を怠り漫然と相手方主張を真実と認めている。
すなわち,従前の相手方の主張は「10年を超える顧客の取引履歴が自動的に消去される取り扱いがなされている」(疎甲12号証 平成16年7月12日宮崎地裁決定2頁),「10年を経過した取引履歴は自動的に削除されるシステムを採用しており」(疎甲9号証 平成17年1月13日神戸地裁決定17頁)「取引の履歴については,10年を経過したものは自動的に順次削除するコンピューターシステムが導入されており,」(疎甲7号証 平成17年5月24日東京地裁決定19頁),「抗告人は,GE有限会社は平成15年1月1日以降,電磁記録の形で所持している全顧客の法定帳簿の記載のうち,10年以上前の法定取引履歴を毎月自動的に消去するシステムを採用しており,抗告人もGE有限会社を合併した後,その取扱いを踏襲していると主張し,」(疎甲4号証 平成16年6月25日大阪高裁決定4頁)「取引履歴の自動消除システムを採用しており,10年を経過した取引履歴のデータを消除してきたから,」(疎甲3号証 平成17年4月14日東京高裁決定4頁)としており,10年を超える取引履歴について自動的に消除されるコンピューターシステムを導入しているとの主張を繰り返していた。
しかし,本件における相手方の主張は,カセットテープなどの形で保管されているULF,残高マスター,履歴マスターを外部倉庫業者に保管委託の上,相手方が当該業者に破棄指示をして粉砕処理,またL1センターのVSMというハードディスクに18ヶ月間保管され(なお疎甲3号証3頁,乙2号証3頁,乙3号証5頁には「13ヶ月」とされており,この点でも主張の齟齬がある)10年経過による消去の問題は生じなかった,という明らかにこれまでの裁判上での主張と異なるのである(なおGE有限会社との合併により同社の取扱いを踏襲しているなどという主張はなされていない)。乙2,3もこの点でおおむね一致している。
この相手方の主張の変遷について真っ向から疑問を抱いたのが平成17年7月24日名古屋高裁決定(疎甲2号証3頁)と,乙2の即時抗告審である平成18年3月29日東京高裁決定3頁(添付資料4)である。両者とも共通するのは従前の相手方の主張と現在の主張との変遷を明確に認め(前者については「(相手方の主張するシステムは)「自動消除システム」というにはほど遠いもの」とまで断言した),変遷の合理性を相手方に疎明させるも,相手方にそれができなかった,と言う点である。
文書提出命令の発令に3ヶ月もの期間を要しながら,証拠上明らかな相手方主張の齟齬について何ら気づくことなく,何の釈明措置を講ずることもなく,漫然と相手方主張を真実と認めた原裁判所の事実認定能力についてははなはだ疑問を呈さざるを得ないが,責められるべきは消除の事実は1つしかないはずなのにその消除の主張を訴訟ごとに変遷させるという,いわば裁判所をペテンにかけるような信じがたい行動を繰り返す相手方である。
即時抗告審にあっては,このような相手方主張の変遷についても十分精査して相手方主張の真実性を吟味していただきたい。
6. 申立人と相手方の立証能力の格差につき原決定が全く考慮していないこと
原決定は,上記のとおり,何ら主張や証拠を精査することなく安易な事実認定をして相手方の主張が合理的であると認め,その上で相手方に具体的な立証を求めようとはせずに相手方の主張の合理性を覆すに足りる証拠はないとして決定を下した。
しかし,取引履歴の保有状況など単なる顧客であり一市民に過ぎない抗告人には知りようがない。相手方の主張を覆す客観的な証拠を提示せよという原決定の論理は,事実上相手方など貸金業者に対する文書提出命令を封ずるに等しい。客観的な証拠となるものは全て相手方が握っているからである。
平成17年7月19日の最高裁判所第三小法廷判決は,「貸金業者は,債務者から取引履歴の開示を求められた場合には,特段の事情のない限り,信義則上これを開示すべき義務を負う」と判断している。取引履歴の開示義務を認めた実質的理由として最高裁は,「一般に,債務者は,債務内容を正確に把握できない場合には,弁済計画を立てることが困難となったり,過払金があるのにその返還を余儀なくされるなど,大きな不利益を被る可能性があるのに対して,貸金業者が保存している業務帳簿に基づいて債務内容を開示することは容易であり,貸金業者に特段の負担は生じない」としている。すなわち,顧客と貸金業者の立証能力の格差の問題を理由として,顧客保護の観点から開示義務を認めたのである。
しかしながら,原決定のように,文書提出命令を申し立てする側(貸金業者の顧客)に対し,貸金業者の主張を覆すに足りる証拠の提出を求めるのであれば,いくら最高裁判所が取引履歴開示義務を認めようとも,訴訟において顧客が貸金業者に対して取引履歴の開示を求めることが事実上不可能となってしまい,結果として貸金業者の顧客である一般消費者は全く保護されなくなってしまう。
従って,原決定は本最高裁判決後のものであるにもかかわらず,最高裁判決の趣旨を何ら顧みることなく,申立人と相手方の立証能力の格差につき全く考慮をせず判断された不当なものと言うべきである。
よって,本件文書提出命令の申立を相手方の所持がないことを理由として却下した原決定は不当であるから,抗告の趣旨記載のとおりの決定を求める。
添付資料
1.大阪高裁平成16年7月23日決定
2.大阪地裁平成15年11月19日決定
3.大阪地裁堺支部平成17年7月25日決定,即時抗告申立書,釈明命令,取下書
4.東京高裁平成18年3月29日決定,事務連絡書,電話聴取書
5.相手方答弁書
文書目録
1、文書の表示
1 原告作成にかかる、原告と被告との取引開始時から平成6年(1994年)3月30日に至るまでの借入申込書一切(エントリーカードという名称の書類を含む
2 原告及び被告の作成にかかる、原告と被告との取引開始時から平成6年(1994年)3月30日に至るまでの金銭消費貸借契約書あるいはその写し一切
3 被告作成の顧客管理のための帳簿(顧客管理カード等)
4 被告作成の貸付金管理のための帳簿(現金出納帳等)
5 原告について被告が作成した業務に関する帳簿(貸金業の規制等に関する法律19条に基づくもの)一切
2、文書の趣旨
上記文書は,申立人と相手方との間の借入及び返済の経過を記載しているものである。
以上
訂正申立書
平成18年9月5日
札幌高等裁判所民事第3部 御中
抗告人(原審申立人・本案原告) 訴訟代理人弁護士 足立敬太
上記当事者間の頭書事件について,以下のとおり訂正します。
1. 抗告の趣旨
原決定の抗告人敗訴部分を取り消す
相手方は本決定送達の日から14日以内に,別紙文書目録に記載のとおりの文書を提出せよ。
との裁判を求める。
2.文書目録につき,本書添付の文書目録を差し替えて訂正する。
文書目録
1、文書の表示
原告について被告が作成した業務に関する帳簿(貸金業の規制等に関する法律19条に基づくもの)一切(電磁的記録を含む)
2、文書の趣旨
上記文書は,抗告人と相手方との間の借入及び返済の経過を記載しているものである。
以上