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札幌高等裁判所 平成19年(う)73号 判決 2007年9月25日

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金30万円に処する。

その罰金を完納することができないときは,金5000円を1日に換算した期間,被告人を労役場に留置する。

理由

本件控訴の趣意は,検察官松本剛和作成の控訴趣意書に,これに対する答弁は,弁護人古田渉作成の答弁書及び答弁書(二)に,それぞれ記載されているとおりであるから,これらを引用する。

論旨は,要するに,原判決は,被告人が,被害者の後ろ姿全体を撮影しようとした可能性も否定できず,被害者の臀部をねらったとはいえないと認定した上,衣服等に覆われた身体をそのままの状態で撮影する場合には,撮影自体というよりも,それに至るまでの態様が人に性的しゅう恥心を抱かせ,又は不安を覚えさせる性質を帯び,かつ,その程度が,社会通念上,容認できないほどにはなはだしいと認められるかどうかが問題となり,撮影に至るまでの態様を検討し,その態様が人に著しく性的しゅう恥心を抱かせ,又は不安を覚えさせるような卑わいな言動に当たるといえる場合に,迷惑防止条例2条の2第1項4号の卑わいな言動に該当するとして処罰されると解するのが相当であるとした上で,本件においては,被告人による撮影に至るまでの行為は,人に性的しゅうち心を抱かせ,かつ不安を覚えさせるものであるといえなくはないが,しかし,その程度は,社会通念上,容認できないほどにはなはだしいと認められるほどの卑わいな行為と認めることはできないとして被告人を無罪とした。しかし,本件は,被告人が,自らの性欲を満たすべく,ことさらに被害者の臀部を中心とした腰部から大腿部にかけての部位(以下「臀部等」という。)をねらって撮影したものであり,人を著しくしゅう恥させ,又は不安を覚えさせるような卑わいな言動として迷惑防止条例2条の2第1項4号に該当することが明白であるから,被告人を無罪とした原判決は,臀部等をねらって撮影したものとはいえないとした点で事実の誤認があり,かつ,衣服等に覆われた身体をそのままの状態で撮影する場合,撮影行為自体も迷惑防止条例2条の2第1項4号の卑わいな言動に当たる場合があるのに,それがないとした点で同号の解釈適用を誤った法令適用の誤りがあり,いずれの誤りも判決に影響を及ぼすことは明らかである,というのである(なお,論旨は,上記のとおり,被告人が被害者の「臀部等」をねらったというが,当審における変更後の訴因は「臀部をねらい」とあるから論旨は訴因を超えたものである。したがって,論旨は,訴因の限度内である「臀部」をねらったとの主張であると読み替えて,以下,検討することとする。)。

そこで,原審記録を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討するに,被告人が,被害者の臀部をねらって撮影したこと,この撮影行為が迷惑防止条例2条の2第1項4号に該当することは明らかであるから被告人を無罪とした原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認及び法令の解釈適用を誤った違法がある。以下,補足して説明する。

1  臀部をねらって撮影したか否かについて

原判決は,被告人が,被害者の臀部をねらって撮影した可能性が高いとはいえるものの,被害者の後ろ姿全体を撮影しようとした可能性も否定できないから,臀部をねらって撮影したと認定することはできない,という。しかし,被告人が,本件当日,被害者を撮影したものとして残っていた11枚の画像(以下「本件画像」といい,原審甲2号証添付の当該画像に便宜上①から⑪までの番号を付し,別紙として末尾に添付する。)は,そのすべてに被害者の臀部が撮影されており,しかも,そのほとんどが画像のほぼ中央に臀部が位置している一方,被害者の背中の一部が欠け,あるいは,足の一部が欠けているものがある。加えて,被告人の本件携帯電話に残っていた画像のうち,本件に先立つ平成18年6月17日から同年7月20日に撮影された画像には女性の臀部が写っているものがかなりあり,本件当日の同月21日,被害者を撮影する前に撮影された画像78枚に至っては,そのほとんどに女性の臀部が撮影されており,臀部が画像のほぼ中央に位置するものも少なくない上,女性が前傾姿勢となったため臀部が後方(撮影している被告人のいる側)に突き出る体勢になった瞬間をとらえて撮影したものや3人の女性のしゃがんで臀部のラインが際立っている状態をとらえて撮影したものもある。さらに,本件画像中にはフレームが設定されている画像1枚(別紙⑨)があるが,フレームを設定するには通常の撮影方法とは別の操作が必要となるから被告人が意図的にフレームを設定したと考えられるところ,そのフレームが設定された画像は,複数のハートマークのあるフレームで被害者の臀部及び足が囲まれており,その結果,臀部が際立って見えるものである。被告人は,原審公判廷において,「撮影しているうちに,ふだんは使わないのでよく分かりませんが,気付かずに何かのボタンを操作したので,このような写真になったと思います。」,当審公判廷において,「操作部分に指当てて持っていたんで,それで,いつの間にか押ささったんだと思います。」と述べるが,フレームを重ねて静止画を撮影するにはカメラボタンを押した後,メニューボタンを押してサブメニューから「フレーム選択」を選択し,iモードボタンを押してフレームを選択し,更に2回iモードボタンを押すという複数の操作を決められた順序どおりに行うことが必要であり,撮影後の画像にフレームを付ける場合にはより複雑な操作が必要となるから(当審検7号証),知らない間に指が触れた結果,フレームが設定されたということは考え難い。しかも,ハートマークのフレームは,本件当日,本件画像を撮影する前に撮影された画像Aにも存在しており,同画像は,そのフレームで女性の臀部及び背中が囲まれている。一度ならず二度までも指が触れて知らない間にフレームが設定されたということは考え難い上,別紙⑨の画像は「臀部及び足」,上記画像Aは「臀部及び背中」が撮影されていて,いずれにも臀部が写っており,しかも,フレームが設定された結果,臀部が引き立つような効果が出ていることなどに照らすと,被告人が,臀部の画像にハートマークのフレームを意図的に設定しようとしたこと,及び,被告人にとって,後ろ姿全体は重要ではなく,足や背中は臀部に比べると撮影の必要性が低かったことが推認される。さらに,被告人は,捜査段階において,「若い20代の細い体型をした女性が,お尻や背中の形がハッキリ分かるジーンズやぴしっとしたズボンなどを履いているのを見ると,カメラで撮りたくなるのです。しかし,お尻の形が分からないようなスカートを履いた女性やふっくらとしたズボンをはいているような女性については,全く興味は覚えません。」「私が今までに隠し撮りした女性は,今回検挙されるまでに何十名にもなります。これらの女性は,いずれも,私好みのお尻の形などが分かるズボンなどをはいた女性の姿でした。」「見知らぬ女性のお尻などをカメラで隠し撮りするような破廉恥な行為は,撮られた女性を著しくしゅう恥させ,不安を覚えさせる行為であることは,頭の隅では何となく分かっていましたが,つい,自分の寂しさを紛らわせるために,次々とカメラを使って女性のお尻などを隠し撮りしたしだいです。」(原審乙3号証)などと述べて,臀部をねらって隠し撮りしたことを認めていた。そして,被害者は,20代の細い体型の女性で,しかも,臀部の形が明らかとなるような被告人好みの細身のズボンをはいており,そのような女性をB店1階出入口付近から女性靴売場まで後を付け,約11回盗撮を繰り返したこと,本件当日,本件撮影前に撮られた画像を見ても,本件被害者と同様に若くて細身,かつ,臀部の形が明らかとなるようなズボンをはいた女性の臀部を中心としたものが多く,別紙⑨と同様ハートマークのフレームが設定された臀部の画像もあることが認められるのであり,このような客観的事実が被告人の自白を裏付けている。なお,弁護人は,答弁書において,原審甲2号証及び原審乙2号証添付の本件画像以外の画像の立証趣旨について,原審検察官が情状とするとの前提で同意を求めたため同意した,この経過は原審の立会書記官にも期日前に報告済みであるから,本件画像以外の画像については立証趣旨上の制約がある,という。しかし,仮に,立証趣旨の拘束力を認めるとの見解を採り,かつ,弁護人のいうような合意が原審検察官及び原審弁護人との間であったとしても,記録上,原審甲2号証は「被告人の性癖及び被告人が被害女性の臀部等を撮影したことなど」,原審乙2号証は「犯行状況等」という立証趣旨で原審第1回公判期日で証拠請求がなされ,弁護人は何ら異議をとどめず同意したことが認められるから,本件画像以外の画像の立証趣旨は情状に限定される旨の弁護人の主張は採用できない。また,被告人は,当審公判廷における訴因変更後の罪状認否において,被害者の後を付けねらったことはない旨述べ,弁護人も同旨の意見を述べている。しかし,被告人は,原審における「(被害者の)後を付けねらい」とある訴因変更後の公訴事実に対する罪状認否において,この点を争っていない。その上,本件画像を見れば,被告人が,B店の出入口から女性靴売場まで被害者の後を付けて歩き,その間,約11回盗撮したことは明らかであって,被告人も捜査段階で被害者を5分位つけ回しカメラで隠し撮りした旨述べているから,被告人が,被害者の後を付けねらった事実は優に肯認できる。原判決は,①被告人の撮影した画像には第三者が写っていること,②一部の画像はボケていること,③携帯電話のカメラを腰の付近まで下げてレンズの方向を感覚で被写体に向けるという被告人の撮影方法は,臀部をねらうにしては不安定,不正確な雑な方法であるともいえること,④被告人の撮影した画像が被害者の後ろ姿全体にわたっており,臀部だけが局部的に撮影されている画像はないこと,⑤被告人の携帯電話に記録されていた被害者以外を撮影した画像を見ても,複数の女性の臀部や大腿部等を中心に据えて撮影された画像が多数存在するとはいえ,やはり臀部だけの画像はなく臀部だけを撮影したとはいい難いことからすると,被告人が被害者の体全体を撮影しようとしただけである可能性も否定できないと認定・説示し,被告人は,被害者の臀部をねらって撮影したものとはいえない,という。しかし,①及び②については,被告人は,町中やショッピングセンターという大勢の人がいるところで,被写体の女性に気付かれないように本件携帯電話を腰の辺りに構え,レンズの方向を感覚で女性に向けるという方法で盗撮を行っていたから,画像に被写体の女性のほかその近くにいた第三者が入り込んでしまうのは自然なことであるし,また,このような撮影態様であれば,画像がぼける可能性も十分にあるから,撮影した画像中に不鮮明なものがあることをもって被害者をねらって撮影したことを否定することは全く理由にならない。③については,至近距離から怪しまれずに女性の臀部等を盗撮するには,このような方法によらざるを得ない面がある一方,被告人は,かかる方法でこれまで本件を除き一度も発覚することなく撮影を続けてきたもので,本件画像やその余の本件当日に撮影された画像だけを見ても,被告人がかかる撮影方法に十分に慣れていたことは明らかであるから,被告人にとっては,かかる撮影方法が臀部をねらうにしては不安定,不正確な雑な方法であるとは到底いえない。④については,本件画像を見れば,むしろ臀部を中心に据えて撮影していることは明らかであり,逆に被害者の後ろ姿全体にわたって撮影された画像は1枚もなく,仮に頭部や足下が欠けているものも後ろ姿全体にわたって撮影された画像であると広めに解釈しても,それは11枚中わずか4枚程度(別紙①⑦⑧⑩)に過ぎない。⑤については,本件画像以外の画像を見ても,すでに認定したとおり,女性の臀部や大腿部等を中心に据えて撮影された画像が多数存在しており,このこと自体が被告人が女性の臀部をねらったことを十分にうかがわせている。被告人の撮影方法を考慮すると臀部だけが写った画像がないことは被告人が臀部をねらったことを否定する根拠にならない。原判決の①ないし⑤の論拠はいずれも首肯できない。以上によれば,被告人が,被害者の後を付けねらい,被告人の述べるところによっても約3メートルの至近距離から被害者の臀部をねらって約11回にわたりその臀部等を撮影した事実を優に認めることができる。

2  迷惑防止条例2条の2第1項4号の該当性について

原判決は,被告人は,被害者の臀部をねらって撮影したものとはいい難いとした上で,本件においては,被告人による撮影に至るまでの行為は,人に性的しゅうち心を抱かせ,かつ不安を覚えさせるものであるといえなくはないが,その程度は,社会通念上,容認できないほどにはなはだしいと認められるほどの卑わいな行為と認めることはできない,という。しかし,被告人が,被害者の臀部をねらって撮影したことはすでに認定・説示したとおりである。そして,関係証拠によれば,被告人は,B店正面出入口の自動ドアに入る被害者の臀部をねらって2回位撮影し,出入口を入ったところで同様に3回位撮影し,その後,女性靴売場に向かう被害者の後を付けながら,同様に5回位撮影し,さらに,女性靴売場近くのベンチに座った後,靴を見ていた被害者に近づき同様に1回撮影したこと,その撮影方法は,携帯電話を90度位開いて腰の辺りに構え,レンズを被害者の臀部が写るように向けた状態で,被害者の後を付けてシャッターチャンスをねらうというもので,被告人と被害者との距離は被告人が自認するところでも約3メートルの至近距離であること,被告人が被害者を撮影していたのは約5分間,その後を付けた距離は少なくとも40メートル以上はあったことが認められる。このように被告人の本件撮影行為は,一見して不審な態様であることは明らかであり,被告人は,買い物客でにぎわうショッピングセンターにおいて,一般的に,盗撮されれば,女性が著しくしゅう恥し,不安を覚える部位である臀部をねらって,執ように被害者の後を付けながら約11枚の画像を隠し撮りしたものであり,それが,社会通念上容認できない行為であることはもとより,被害者が「このような写真を撮られて,本当に恥ずかしいですし,嫌な気持ちで一杯です。今回の犯人は,ズボンをはいた女性のお尻や背中などを中心に隠し撮りしていたということですが,顔を近づけられてまじまじと見られる以上に,恥ずかしいですし,気持ち悪いです。写真に残されるということは,とても嫌で,今回の犯人が写真に残して,その後それを何に使うのかは考えるだけでぞっとしますし,考えたくもありません。」と述べていることからも明らかなように,本件撮影行為が迷惑防止条例2条の2第1項4号にいう公共の場所にいる者に対し,著しくしゅう恥させ,又は不安を覚えさせるような卑わいな言動に当たることは明らかである。また,被告人は,被害者の夫から被害者を盗撮していたことを問い詰められるや直ちにその場から逃走を図り,あるいは,被害者の夫に捕まったときには本件携帯電話を二つ折りにして破壊しようとするなどしていることからすると盗撮行為の違法性を十分に認識していたものと認められる。なお,弁護人は,答弁書(二)において,迷惑防止条例2条の2第1項4号は犯罪行為の内容が極めて不明確であり,法が求める構成要件の重要な要素である行為の特定がされておらず,憲法31条,39条に違反し,無効である,という。しかし,迷惑防止条例2条の2第1項4号の構成要件は,同条1項本文の文言と相まって明確なものであり,憲法違反をいう点は理由がない。

以上のとおり,本件撮影行為は,被告人が,被害者の臀部をねらってその後を付けねらい,その背後の至近距離から臀部等を約11回にわたり撮影したものであり,それが,迷惑防止条例2条の2第1項4号にいう卑わいな言動に当たることは,その余の点について判断するまでもなく明らかである。

そうすると,被告人が被害者の臀部をねらって撮影した事実を認定せず,本件撮影行為を迷惑防止条例2条の2第1項4号に当たると認定しなかった原判決は,事実を誤認し,法令の解釈適用を誤ったものというべきであり,それが判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由がある。

そこで,刑訴法397条1項,380条,382条により原判決を破棄し,同法400条ただし書により当裁判所において更に判決する。

(当裁判所が認定した犯罪事実)

被告人は,正当な理由がないのに,平成18年7月21日午後7時ころ,北海道旭川市a条通b丁目c番地所在のB店1階の出入口付近から女性靴売場にかけて,C(当時27歳)に対し,その後を付けねらい,その背後の至近距離から,右手に所持していたデジタルカメラ機能付きの携帯電話を自己の腰部付近まで下げて,そのカメラで同女の臀部をねらい,約11回にわたり,衣服に覆われた同女の臀部等を撮影するなどの卑わいな言動をし,もって,公共の場所にいる者に対し,人を著しくしゅう恥させ,かつ,不安を覚えさせるような行為をした。

(上記認定事実についての証拠の標目)  略

(適用法令)

罰条  公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例10条1項,2条の2第1項4号

刑種の選択  罰金刑を選択

労役場留置  刑法18条(金5000円を1日に換算)

(量刑事情)

本件は,被告人が,デジタルカメラ機能付きの携帯電話で衣服に覆われた被害者の臀部等を盗撮したという事案である。

被告人は,自己の欲望を満足させるために本件に及んでおり,身勝手な動機に酌むべき事情は全くない。被告人は,被害者を付けねらい,その背後の至近距離から臀部をねらって約11回撮影しており,態様は,執ようで被害者にしゅう恥心を与え,不安を覚えさせるに十分なものである。そして,被害者の処罰感情は厳しい。以上によれば,本件の犯情は悪く,被告人の刑事責任は軽いものとはいえない。

他方,被告人は,被害者に不快な思いをさせたこと自体は認め,二度と盗撮行為をしないと述べていること,撮影した被害者の画像データを消去したこと,被告人に前科前歴がないこと,まじめに勤務していることなど被告人に酌むべき事情もある。

そこで,以上を総合考慮し,被告人に主文の刑を量定した。

よって,主文のとおり判決する。

(原審における求刑 罰金30万円)

(裁判長裁判官 矢村宏 裁判官 市川太志 裁判官 水野将徳)

(別紙の添付省略)

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