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札幌高等裁判所 平成19年(く)34号 決定 2007年5月25日

主文

本件即時抗告を棄却する。

理由

本件即時抗告の趣意は,弁護人小西憲臣作成の即時抗告申立書に記載されているとおりであるから,これを引用する。

論旨は,要するに,検察官が現に保管していないという理由で証拠開示請求の裁定申立てを棄却した原決定には刑訴法316条の20の解釈適用を誤った違法があるから,原決定を取り消し,弁護人の裁定申立てにかかる各証拠の開示を命ずる旨の決定を求める,というのである。

本件に関する公訴事実の要旨は,被告人が,法定の除外事由がないのに,平成19年1月25日からさかのぼること十数日の間,北海道釧路市内及びその周辺において,覚せい剤を自己の身体に摂取して使用した,というものである。

本件については,平成19年3月20日第1回公判期日が開かれ,罪状認否において,被告人が「起訴状記載の公訴事実は,そのとおり間違いありません」と陳述する一方,弁護人は,被告人が入手した覚せい剤を処分しようとして燃やした際に誤って煙を吸い込んだものである旨陳述した。そこで,原審は,平成19年3月27日,本件を期日間整理手続に付した。弁護人は,検察官に対し,同年4月13日付け証拠開示請求書により類型証拠の開示を請求し,同月23日の第2回期日間整理手続期日までに一定の証拠開示を受け,同月17日付け「予定主張記載書面」及び同年5月2日付け「予定主張記載書面2」により予定主張を明らかにした上,同日付け「証拠開示請求書」により主張関連証拠の開示を請求したところ,検察官から同月7日付け回答書により,該当する証拠がない旨の回答がなされた。原審は,同月15日の第3回期日間整理手続期日において,弁護人からの同日付け「証拠開示命令請求書」による裁定申立てに対し,検察官の意見を聴いた上,検察官の保管する証拠中には存在しないと認めて,弁護人の裁定申立てを棄却する決定をした。

弁護人は,平成19年5月15日付け「証拠開示命令請求書」により,原審裁判所に対して,公訴提起後に作成された被告人の供述録取書等の全て及び公訴提起後になされた被告人の取調べ状況記録書面の全ての開示を命じる旨の裁定を求め,その理由として,①被告人の供述調書の任意性及び信用性を争う予定であり,その判断には公訴提起後に行われた取調べも含めた一連の取調べ経過を全体として検討する必要がある,②被告人が覚せい剤の入手先について秘匿したことはないという情状についての主張を行うためにも開示が必要である,と主張している。

そこで,検討するに,当審の事実調べの結果によれば,まず,弁護人の裁定申立てにかかる各証拠のうち,本件公訴提起後の取調べ状況記録書面は存在しないと認められる。次に,本件公訴提起後の供述録取書等についても,参考人として被告人が取り調べられた結果作成されたものであるばかりでなく,その内容をみても本件公訴事実の使用にかかる覚せい剤とは直接の関係がないものと認められる。加えて,開示済みの被告人の検察官に対する供述調書(平成19年1月27日付け弁解録取書)では本件覚せい剤の入手先の氏名について被告人が供述していたものとうかがわれる上,公訴提起後に受けた取調べについては,弁護人が被告人から事情を聴取することによってその内容を把握できる。他方で,本件公訴提起後の被告人の供述録取書等は,他の被疑者にかかる覚せい剤取締法違反の捜査の端緒となるものであって,これを開示することによって他の被疑者に関する捜査情報の具体的内容が明らかにされ,その捜査に支障が生じるおそれがある。

以上によれば,本件裁定申立てにかかる各証拠については,そもそも存在しないか,任意性及び信用性の点でも情状の点でも弁護人の主張との関連性は小さく,被告人の防御の準備のために開示をすることの必要性も小さい反面,開示によって生じるおそれのある弊害がありその程度も小さくなく,開示するのが相当とは認められない。そうすると,その他の所論について検討するまでもなく,弁護人の証拠開示請求裁定申立てを棄却した原決定は結局相当であり,論旨は理由がない。

よって,刑訴法426条1項により本件即時抗告を棄却することとし,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 矢村宏 裁判官 市川太志 裁判官 水野将徳)

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