札幌高等裁判所 平成19年(く)45号 決定 2007年6月18日
主文
本件即時抗告を棄却する。
理由
本件即時抗告の趣意は,主任弁護人伊東浩作成の即時抗告申立書に記載されているとおりであるから,これを引用する。
論旨は,要するに,原決定は,①「(被告人の殺意に関する記載のある)警察と検察庁との間の連絡文書等」及び「総括捜査報告書」は存在しない,②「警察が捜査経緯及び証拠関係等をまとめた上で,警察の取調段階における事実認定及び処理方針等が記載されている文書」は弁護人の主張との間に関連性がない,との理由で証拠開示請求の裁定申立てをいずれも棄却したが,①の点については審理不尽があり,②の証拠は弁護人の主張と直接かつ密接の関連性があるから,原決定を取り消し,弁護人の裁定申立てにかかる各証拠の開示を命ずる旨の決定を求める,というのである。
1 本件の経緯
本件に関する公訴事実の要旨は,被告人が,被害者宅において, 同女に対し,殺意を持って, 牛刀で同女の後頸部を複数回切り付け, その鎖骨部を突き刺すなどしたが,同女に加療約8日間を要する傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかった, というものである。
本件は, 起訴後,公判前整理手続に付された。同手続において,弁護人は,被告人の殺意を否認し,本件犯行当時被告人が病的酩酊により心神喪失の状態にあった, と主張し,検察官請求の被告人の供述調書は,取調官の誤導・誘導及び服用していた薬剤の影響等により作成されたもので任意性・信用性がないとして,その一部を不同意とし,平成19年5月30日に,「(被告人の殺意に関する記載のある)警察と検察庁との間の連絡文書等」,「総括捜査報告書」及び「警察が捜査経緯及び証拠関係等をまとめた上で,警察の取調段階における事実認定及び処理方針等が記載されている文書」の各証拠は,被告人の殺意の不存在及び供述の任意性・信用性に密接に関連し,被告人の防御の準備のための必要性が高い, として,証拠開示請求の裁定を申し立てた。原決定は,上記のとおり, これを棄却した。
2 当裁判所の判断
そこで, 検討するに,「(被告人の殺意に関する記載のある)警察と検察庁との間の連絡文書等」及び「総括捜査報告書」については, 検察官がいずれも存在しない旨の回答をしており,これに反する資料が存在しないから, これらの証拠は存在しないと認められる。所論は,検察官の回答以外の調査等をしないことは審理不尽であると主張する。しかし, これらの証拠は,被告人の殺意の有無はもとより,取調官の誘導・誤導や服用薬の影響の有無等を含む被告人の供述調書作成状況が明らかとなる内容が記載されている蓋然性に乏しく, また,既に被告人の各供述調書(逮捕直後のもの及び勾留質問調書を含む)及び取調状況報告書が開示されていることに照らすと,被告人の防御の準備にこれらの証拠を開示する必要性は乏しいというべきである。このように関連性及び開示の必要性の乏しい証拠の存否について,検察官の回答が信用できないことを示す疎明がない以上,その存否について裁判所がさらなる審理を行う必要はないというべきである。所論は取り得ない。
また,「警察が捜査経緯及び証拠関係等をまとめた上で,警察の取調段階における事実認定及び処理方針等が記載されている文書」も,被告人の殺意の有無及びその供述調書作成状況が明らかとなる内容が記載されている蓋然性に乏しく,弁護人の主張との具体的関連性は極めて低い反面, いわゆる証拠あさりとのそしりを招きかねない類の証拠といえるのみならず,被告人の各供述調書等が既に開示されていることからすると被告人の防御の準備のためにこの文書を開示する必要性も乏しいから,開示するのが相当とは認められない。
その他所論がるる主張する点を考慮検討しても,弁護人の証拠開示請求裁定申立てを棄却した原決定は正当であり,論旨は理由がない。
よって,刑訴法426条1項により本件即時抗告を棄却することとし,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 矢村宏 裁判官 二宮信吾 裁判官 水野将徳)