札幌高等裁判所 平成19年(ネ)111号 判決 2007年11月09日
北海道●●●
控訴人
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訴訟代理人弁護士
宮原一東
訴訟復代理人弁護士
平尾功二
京都市下京区烏丸通五条上る高砂町381-1
被控訴人
アイフル株式会社
代表者代表取締役
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訴訟代理人弁護士
●●●
同
●●●
同
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主文
1 原判決を次のとおり変更する。
(1) 被控訴人は,控訴人に対し,445万9541円及び内318万5198円に対する平成17年4月19日から,内47万円に対する平成18年4月18日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 控訴人のその余の請求を棄却する。
2 訴訟費用は,第1,2審を通じ,これを10分し,その1を控訴人の負担とし,その余を被控訴人の負担とする。
3 この判決は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴の趣旨
(1) 主文第1項(1)と同旨
(2) 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
(3) 仮執行宣言
2 当審において追加した予備的請求
原審における請求の一部である民法704条後段に基づく損害賠償請求権としての35万円及びこれに対する平成18年4月18日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金請求を主位的請求とする,これと同額(35万円)の不法行為に基づく損害賠償及び遅延損害金請求
第2事案の概要
1 事案の要旨及び訴訟経過
(1) 本件は,貸金業者である被控訴人との間で継続的な金銭消費貸借取引をしていた被承継人である●●●(以下「亡●●●」という。)が,被控訴人に対し,次の支払を求めた事案である。
ア 返済金について,利息制限法に基づいて充当計算を行うと過払金が発生しているとして,不当利得に基づき,過払元本332万3149円及び確定利息101万9671円並びに過払元本に対する最終弁済日の翌日である平成17年4月19日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による利息
イ 取引履歴の不開示を理由とする不法行為に基づき,慰謝料として30万円及び弁護士費用5万円並びにこれらに対する請求の趣旨の変更申立書(平成18年4月10日付け)送達の日の翌日である平成18年4月18日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金
ウ 民法704条後段に基づき,過払金返還請求の弁護士費用として35万円及びこれに対する請求の趣旨の変更申立書(平成18年4月10日付け)送達の日の翌日である平成18年4月18日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金
エ 債権消滅後に取立てを行ったことを理由とする不法行為に基づき,慰謝料として15万円及び弁護士費用5万円並びにこれらに対する請求の趣旨の変更申立書(平成18年4月10日付け)送達の日の翌日である平成18年4月18日から支払済みまで民法所定年5分の割合よる遅延損害金
(2) 原審は,控訴人の前記(1)ア及びイの各請求を,次の限度で認容してその余を棄却し,前記(1)ウ及びエの各請求については,理由がないとして全部棄却した。
ア 不当利得に対する利息を民法所定年5分の割合で計算し,不当利得金318万5198円及び確定利息80万4343円並びに過払元本に対する平成17年4月19日から支払済みまで年5分の割合による利息
イ 取引履歴の不開示が不法行為に当たるとして,慰謝料10万円及び弁護士費用2万円並びにこれらに対する平成18年4月18日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金
(3) 亡●●●は,原判決の控訴人敗訴部分の内,過払金返還請求の弁護士費用(前記(1)ウ)を認容しなかった部分のみを不服として本件控訴に及んだ。亡●●●は,本件控訴提起後の平成19年6月20日に死亡したが,相続人として本件訴訟を承継した控訴人は,当審において,民法704条後段に基づく過払金請求の弁護士費用請求(主位的請求)が認められない場合に備えて,予備的に,被控訴人が債権消滅後に取立てを行ったことが架空請求類似の不法行為に該当し,その不法行為と過払金請求の弁護士費用との間には相当因果関係があるとして,同額の損害賠償金及び遅延損害金の支払を求める請求を追加した。
(4) よって,当審における審判の対象は,原判決により一部認容判決が確定した過払金請求(認容された過払元本は318万5198円)にかかる弁護士費用請求の可否であり,同請求が,主位的に民法704条後段の損害賠償請求として認められるか,認められないとして,予備的に民法709条の不法行為に基づく損害賠償請求として認められるかである。
2 当事者の主張
(1) 主位的請求(民法704条後段)
(控訴人の主張)
被控訴人は,「悪意」の受益者であり,利得の全額及び利息のほかに損害がある場合には,これを賠償する義務を負うところ(民法704条後段),過払金返還請求に伴う弁護士費用は,この損害に該当する。
この弁護士費用としては,35万円が相当である。
なお,亡●●●は,本件控訴提起後の平成19年6月20日に死亡し,その法定相続人は,妻である控訴人及び2人の娘の3人であるところ,同年9月25日,亡●●●の財産はすべて控訴人が取得する旨の遺産分割協議がなされている。
(被控訴人の主張)
過払金返還請求についての弁護士費用は損害賠償として認められない。
(2) 予備的請求(民法709条)
(控訴人の主張)
被控訴人は,利息制限法に基づく充当計算を行わなければならないことを知りながら,約定金利に基づく充当計算を行い,虚偽の残存債務額に基づいて,亡●●●に対し支払を請求して回収行為を行っていたものであり,これは,亡●●●に対して債務が存しないのに,存するように誤信させ,金員を請求する違法な行為であり,不法行為を構成し,その不法行為と過払金返還請求に要する弁護士費用との間には相当因果関係があり,この弁護士費用としては,35万円が相当である。
よって,仮に,民法704条後段に基づく主位的請求が認められなくても,不法行為に基づき同額の請求が認められるべきである。
(被控訴人の主張)
控訴人は,虚偽の残存債務額に基づく債権回収行為を行った旨主張するが,虚偽の債権残高を告知したとの根拠を具体的に主張・立証していない。また,不法行為における故意又は過失の主張・立証もなされていない。よって,控訴人の主張は,不法行為の成立要件を具体的に主張するものではないから,かかる請求は認められない。
第3当裁判所の判断
1 民法704条後段は,悪意の不当利得者に対しては,利得の現存の有無を問わず,受けた利益に利息を付して返還すべきことを定め,利得及び利息を返還してもなお損失者に損害が填補されないで残る場合は,それを賠償しなければならないと定めている。この規定は,契約関係に基づかずに損害賠償義務を定める点で不法行為に基づく損害賠償に類するが,不法行為とは別個に,不当利得制度を支える公平の原則に基づき,悪意の利得者に対する責任を加重した特別の責任を定めた規定と解される。
ただし,この規定に基づき悪意の不当利得者が損失者に賠償すべき損害の範囲については,債務不履行に基づく損害賠償の範囲を定めた民法416条が準用されると解するのが相当であるから,責任原因たる不当利得と相当因果関係に立つすべての損害が賠償の対象となる。被控訴人は,民法704条後段が想定する損害は,利益の移転自体によって生じた利息以上の損害に限定され,利得の返還請求のための弁護士費用はこれに含まれない旨主張するが,同条項の文言からはかかる限定を付する趣旨は読み取れず,また,公平の観点からも,不当利得と相当因果関係にある損害を損失者が被った場合に,利得につき悪意の受益者に対してその損害賠償義務を認めるのが相当であると解されるから,被控訴人の上記主張には理由がない。
よって,控訴人の主張に理由があるか否かは,本件弁護士費用が,不当利得と相当因果関係の範囲内にあるか否かによって決せられることとなる。なお,不法行為に基づく損害賠償請求に関しては,弁護士費用が不法行為と相当因果関係に立つ損害と一般に認められているが,その理由は,不法行為にかかる訴訟の性質上,一般人が弁護士に委任することなく十分な訴訟活動をなし得ない点にあり(最高裁判所第一小法廷昭和44年2月27日判決・民集23巻2号441頁参照),不法行為以外の責任原因に基づく損害賠償請求において,弁護士費用を求めること自体が否定されると解すべきではない。したがって,本件において,亡●●●が弁護士に委任しなければ十分な訴訟活動をなし得なかったと認めるに足る事情が認められるならば,事案の難易,認容された請求額等の事情を斟酌して,相当と認められる範囲の弁護士費用につき,不当利得と相当因果関係に立つ損害として,その賠償を求めることができるというべきである。
2 かかる観点から本件過払金請求を検討するに,①本件は,被控訴人が開示した範囲に限っても,昭和63年4月2日から平成17年4月18日までの長期間にわたる借入れと利息制限法所定の制限を超過する利息の支払を繰り返した結果発生した過払金の返還を求める訴訟であること,②控訴人代理人が,本件訴訟提起前から取引履歴の開示を被控訴人に求めたにもかかわらず,被控訴人が昭和63年4月2日以前の取引履歴を開示せず本件訴訟に至り,現在に至るまでそれ以上の開示はなされていないこと(甲C1,甲C7,乙C1)がそれぞれ認められる。以上によれば,亡●●●としては,弁護士である控訴人代理人に委任するのでなければ,本件過払金返還請求訴訟を提起,遂行することは困難であったと認めるのが相当であり,その弁護士費用は,民法704条後段の「損害」該当するというべきである。
そして,事案の内容,過払金返還請求の上記認容額等を総合考慮すると,本件不当利得と相当因果関係ある損害としての弁護士費用は,35万円が相当と認められる。
控訴人が,控訴人主張のとおり上記損害賠償請求権を遺産分割により亡●●●から承継した事実は,控訴人が承継を証する文書として当裁判所に提出した資料により明らかに認められ,当裁判所に顕著である。
3 以上によれば,過払金返還請求に関する弁護士費用及びこれを内容とする請求拡張後の遅延損害金を求める控訴人の主位的請求には理由がある。なお,主位的請求を全部認容する以上,不法行為を理由とする予備的請求について判断する必要はない。
よって,本件控訴には理由があるので,原判決を変更の上主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 末永進 裁判官 千葉和則 裁判官 住友隆行)