札幌高等裁判所 平成19年(ネ)192号 判決 2008年1月25日
控訴人(1096号事件原告兼1396号事件被告)
X
訴訟代理人弁護士
青野渉
被控訴人(1096号事件被告兼1396号事件原告)
豊商事株式会社
代表者代表取締役
A
訴訟代理人弁護士
土橋正
主文
1 控訴人が当審において追加した請求に基づき、被控訴人は、控訴人に対し、1500万円及びこれに対する平成19年7月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 控訴人が当審において追加したその余の請求を棄却する。
3 原判決を取り消す。
4 被控訴人の請求を棄却する。
5 訴訟費用は、第1、2審を通じてこれを10分し、その1を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。
6 この判決は、第1項及び第5項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1控訴人の求めた裁判
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 第1審における控訴人の請求
(1) 被控訴人は、控訴人に対し、1700万円及びこれに対する平成17年12月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え(なお、原審では訴状送達の日の翌日である平成18年6月17日からの遅延損害金を求めており、これを超える部分については、当審における請求の拡張となる。)。
(2) 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。
(3) 仮執行宣言
4 当審で追加された請求(主位的請求)
(1) 被控訴人は、控訴人に対し、1500万円及びこれに対する平成19年7月31日(控訴理由書送達の日の翌日)から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(2) 被控訴人は、控訴人に対し、200万円及びこれに対する平成17年12月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。
(4) 仮執行宣言
第2事案の概要
1 控訴人は、被控訴人に対し、商品取引員たる被控訴人の外務員の違法な勧誘行為により、委託証拠金相当額1500万円及び弁護士費用相当額200万円の損害を被ったとして、民法709条、715条の不法行為による損害賠償請求権に基づき、1700万円及びこれに対する不法行為の後の日で訴状送達の日の翌日である平成18年6月17日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた(札幌地方裁判所平成18年(ワ)第1096号事件。以下「1096号事件」という。)。
これに対し、被控訴人は、控訴人に対し、控訴人から商品先物取引の売買委託を受け、その売買差損金3139万円が生じたにもかかわらず、上記委託証拠金1500万円を弁済充当した後の1639万円を支払わないため、東京工業品取引所にこれを立替払いしているとして、売買差損金残金1639万円及びこれに対する弁済期である平成17年12月15日から支払済みまで商事法定利率である年6分の割合による遅延損害金の支払を求め(札幌地方裁判所平成18年(ワ)第1396号事件。以下「1396号事件」という。)、両事件は併合審理された。
原審は、控訴人の請求を棄却し、被控訴人の請求を認容したため、控訴人が、前記第1の3(1)記載の裁判を求めて控訴した。控訴人は、当審において、控訴理由書により、遅延損害金の始期を遡らせ、付帯請求を拡張するとともに、控訴人が主張する被控訴人又はその外務員の違法行為は、先物取引受託契約に付随する受託者としての誠実公正義務に違反する債務不履行にも該当するとして、債務不履行に基づく損害賠償請求権を選択的請求として追加した。
控訴人は、当審において、前記売買差損金を生じさせた買注文を消費者契約法により取り消して、不当利得に基づき、被控訴人に対し、被控訴人がその売買差損金に弁済充当した委託証拠金1500万円の返還及びこれに対する返還請求日である控訴理由書送達の日の翌日である平成19年7月31日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める請求、並びに、被控訴人外務員の違法な勧誘行為によって取引の注文をさせられ、その損失の回復のために弁護士を依頼して本件訴訟を追行せざるを得なかったとして、不法行為に基づいて、被控訴人に対し、その弁護士費用200万円相当額の損害賠償及びこれに対する委託証拠金の支払日である平成17年12月12日以降支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める請求を追加した。
そして、控訴人は、判断を求める順位につき、当審で追加した上記請求を主位的請求、従前の請求(当審において選択的に追加された債務不履行に基づく損害賠償請求を含む。)を予備的請求と順位付けをした。
2 前提事実は、原判決書2頁16行目から17行目にかけての「株式会社アプラス」を「株式会社ブラスアルファ」と訂正するほか、「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要等」の「1 前提となる事実(当事者間に争いのない事実及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)」に記載のとおりであるから、これを引用する。
3 請求原因
(1) 控訴人の主位的請求
ア 消費者契約法に基づく取消しによる不当利得返還請求
(ア) 消費者契約法4条1項2号による取消し
a 被控訴人の外務員は、「買えば官軍、売れば賊軍」「買った者勝ちだと思います」などの表現をもって、金の相場について、今後上昇するとの断定的判断の提供を行った。
b 控訴人は、上記断定的判断の提供により、金相場の上昇が確実であると誤認し、本件取引を行った。
c 控訴人は、被控訴人に対し、平成19年7月30日(控訴理由書の被控訴人への送達日)、消費者契約法4条1項2号に基づき、本件取引を取り消す旨の意思表示を行った。
(イ) 消費者契約法4条2項に基づく取消し
a 本件取引に当たり、被控訴人の外務員は、「買えば官軍、売れば賊軍」「買った者勝ちだと思います」などと、金の価格が値上がりし、今後も金の相場が上昇していく旨を告げたが、これは、消費者契約法4条2項の重要事項に関する利益となる事実の告知に該当する。
b 他方で、被控訴人の外務員は、控訴人に対し、以下のような「不利益となる事実」を一切告げなかった。
① ロコ・ロンドン市場における価格との乖離
国際的な金の価格は、ロコ・ロンドン(ロンドン渡し)市場の価格が一つの指標となっているところ、平成17年11月20日ころから、東京工業品取引所における金価格がロコ・ロンドン市場の金価格と比較して異常に高くなっており、その乖離が極端な程度に達していた。このような価格差が続くと、ロコ・ロンドン市場で現物を買って東京の先物市場で売を建てれば、その差額分だけ確実に利益を得ることが可能となるのであるから、かかる乖離が長期間継続することはおよそあり得ない。よって、東京の先物市場で買玉を注文しようとする者にとって、上記事情は、極めて重大かつ不利益な事実である。
② 臨時増証拠金の決定
平成17年12月9日に開催された東京工業品取引所の貴金属市場管理委員会において、①のロコ・ロンドン市場との乖離への懸念から、相場の高騰、取組高の加熱を抑制するため、臨時増証拠金をかけることが検討されたが、いったん見送られ、同月12日の時点で、上記乖離幅がさらに拡大したため、同月14日から臨時増証拠金をかけることが決定された。この決定を受けて、東京市場における金の価格は、同月13日から4日連続でストップ安を記録した。
臨時増証拠金がかけられれば、買玉を保有する個人委託者が一斉に離脱して相場が暴落することは容易に予想されるのであるから、臨時証拠金徴収の動きは、買玉を建てようとしている者にとっては明らかに不利益な事実である。
③ 商品取引員の自己取組高
本件取引がなされた平成17年12月12日の時点で、控訴人が買玉を建てた平成18年10月限月の取引をみると、買取組高の98.3%が商品取引員以外の一般委託者であった。かかる状況のもとで②のように臨時増証拠金がかけられれば、個人委託者は建玉維持のために一気に1.5倍の資金が必要になり、買玉を手放さざるを得なくなる。そうすると、売注文が殺到して相場が著しく下落する可能性が高い。したがって、当時買玉のほとんどを一般委託者が保有していたことは、買玉を建てようとする者にとって明らかに不利益な事実である。
④ 総取組高の異常性
控訴人が買玉を建てた平成18年10月限月の取引をみると、39万枚以上となっており、過去最高の加熱ぶりであった。各限月に実際に受渡しがなされる金の枚数は多くても2500枚程度であるから、現受する資金力のない買玉を持っている一般委託者としては、必ず差金決済をして取引から離脱しなければならず、これが、買玉を転売して取引から離脱する市場への圧力となり、値段が暴落する可能性が高いことを意味する。かかる事情は、買玉を建てようとする者にとって明らかに不利益な事実である。
⑤ ストップ安が連続する可能性
以上のような状況のもとで、ひとたび相場が暴落した場合には、買玉の仕切注文が売注文を大きく上回ることになり、仕切注文を出してもストップ安のためこれを履行することができない可能性は極めて高く、損失が無限に拡大する具体的・現実的可能性があった。かかる可能性は、買玉を建てようとする者にとって明らかに不利益な事実である。
以上①ないし⑤の事情は、いずれの一つをとっても、一般委託者をして大量の買玉を建てることを躊躇させる事情であり、消費者契約法4条2項の「不利益となる事実」に該当する。
c 被控訴人の外務員は、控訴人に対し、上記aのような利益となる事実を述べて買玉を建てることを勧誘する一方で、上記bで指摘した様々な不利益事実を告知せず、これによって、控訴人は、金相場の上昇を信じ、それが暴落する可能性を全く認識しないまま、本件取引を行った。
d 被控訴人は、前記bの①ないし⑤の不利益事実が存在することを認識しており、被控訴人は、故意に上記不利益事実を控訴人に告げなかった。
被控訴人は、商品取引所において、自ら莫大な自己玉の取引を行うとともに、数千人の委託者に対して取引のアドバイスを行う、商品取引のプロである。かかる被控訴人が、①世界の金現物取引の中核であるロコ・ロンドン市場の価格動向を熟知していないはずはなく、②12月9日に臨時増証拠金をかけることが検討されたことは、同日記者発表もされた公表情報であり、これを知らないはずがなく、③買玉の大部分が個人委託者に集中していた事実も、毎日取引所から各会員のコンピューター端末にデータ送信されているから、これを知らないはずがなく、④総取組高に関する情報も、毎日取引終了後に、取引所のホームページで公表されているから、これを知らないはずがない。
e 控訴人は、被控訴人に対し、平成19年7月30日(控訴理由書の被控訴人への送達日)、消費者契約法4条2項に基づき、本件取引を取り消す旨の意思表示を行った。
(ウ) (ア)及び(イ)の取消しにより、本件取引は遡及的に無効となるので、売買差損金に充当された1500万円の前記委託証拠金は残存していることとなり、控訴人は、被控訴人に対し、不当利得としてその返還を請求するとともに、これに対する返還請求日である控訴理由書送達の日の翌日である平成19年7月31日から支払済みまで、商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める。
イ 不法行為に基づく弁護士費用相当額の損害賠償請求
控訴人は、上記アの(ア)や(イ)その他の違法・不当な勧誘行為によって、前記委託証拠金1500万円を支払って本件取引を注文させられ、それによって、その損失回復のために弁護士を依頼して本件訴訟を提起することを余儀なくされた。その弁護士費用200万円は、被控訴人の外務員による上記違法・不当な行為と相当因果関係ある損害である。よって、控訴人は、被控訴人に対し、上記不当利得返還請求とは別個に、不法行為に基づく損害賠償請求として、上記弁護士費用相当額である200万円及びこれに対する本件取引日である平成17年12月12日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(2) 控訴人の予備的請求
ア 被控訴人の外務員は、控訴人に対し、以下のような違法・不当な勧誘行為を行い、これによって、控訴人は、前記委託証拠金1500万円を支払って本件取引をさせられ、上記証拠金全額を本件取引の売買差損に充当されるという損害を被るとともに、その損害回復のために弁護士に依頼して本件訴訟提起を余儀なくされ、弁護士費用相当額200万円の損害を被った。
① 断定的判断の提供
本件取引に当たり、被控訴人の外務員は、控訴人に対し、「現在の金相場は、買えば官軍、売れば賊軍」「買った者勝ちだと思います」などと記載されたファクシミリ文書を送付しており、かかる勧誘をすれば、控訴人が確実に利益を得られるであろうと誤解する表現であることは明らかである。
② 新規委託者保護義務違反
被控訴人は、当初から満玉を建てさせる前提で控訴人を勧誘し、委託証拠金1500万円全額を使って200枚もの建玉をしている。かかる取引が、新規委託者である控訴人の初回取引として適切な取引とは到底いえず、仮に被控訴人の受託業務管理規則に違反しないとしても、被控訴人には、私法上の新規委託者保護義務違反が認められる。
③ 説明・助言・情報提供義務違反
被控訴人の外務員は、印刷物を控訴人に交付したのみで、具体的な先物取引のしくみやリスクを説明しておらず、また、金の価格が上昇する旨の片面的な情報を提供し、他方で、金の価格が下落する可能性を示唆する不利益な事実については、一切情報提供していない。かかる被控訴人外務員の姿勢は、商品の外務員としての誠実公正義務(商品取引所法213条)に著しく反する。
④ 過当取引(満玉の勧誘)
控訴人から、いきなり1500万円の証拠金の委託を受け、いきなりその全額につき満玉の本件取引をさせていることは、控訴人の知識や経験に照らして著しく過当なものである。
イ よって、控訴人は、被控訴人に対し、不法行為又は先物取引契約に付随する受託者としての誠実公正義務違反の債務不履行に基づき、上記合計1700万円及びこれに対する本件取引に基づく買玉がすべて仕切られて損害が確定した平成17年12月14日以降支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(3) 被控訴人の立替金請求
ア 被控訴人と控訴人は、平成17年11月24日に本件基本契約を締結し、これに基づき、同年12月12日に本件取引が行われたが、同月14日に控訴人の買玉を手仕舞うことにより、3139万円の売買差損金が生じた。
イ 被控訴人は、同月14日、控訴人が預託していた前記委託証拠金1500万円を上記売買差損金に充当し、残額1639万円については、被控訴人が東京工業品取引所に立替払いをした。
ウ よって、被控訴人は、控訴人に対し、上記立替金1639万円及びこれに対する弁済日である上記手仕舞いの日の翌日の平成17年12月15日から支払済みまで、商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める。
4 請求原因に対する認否・抗弁等
(1) 控訴人の主位的請求に対して(被控訴人)
ア 訴えの変更の許否について
消費者契約法による本件取引の取消しに基づく請求は、原審ではなされていない新たな請求であり、訴えの変更(民事訴訟法143条1項)に該当するところ、新請求は、原審における不法行為請求が控訴人と被控訴人の間における委託契約の存在を前提とするものであったのに対し、同契約の存在を否定しようとするものであるから、請求の基礎に変更をもたらすものであり、また、著しく訴訟手続を遅滞させることも明らかであるから、控訴人による訴えの変更は許されず、速やかにその旨の決定をなすべきである(民事訴訟法143条4項)。
イ 消費者契約法4条1項2号による取消しについて
控訴人が断定的判断の提供と主張するファクシミリの送信等は、いずれも、被控訴人の外務員が今後金の値が上がるとの自己の相場観を述べて取引を勧誘する趣旨のものに過ぎず、断定的判断の提供があったとはいえない。
ウ 消費者契約法4条2項に基づく取消しについて
消費者契約法4条2項は、当該消費者の利益となる重要事項等を告げた上で、当該重要事項等について当該消費者の不利益となる事実を故意に告げなかったことを要件とする。しかし、控訴人が主張する「不利益事実の不告知」については、いずれも先行すべき利益の告知がない。すなわち、ロコ・ロンドンの価格との乖離(①)に関しては、そもそも金価格のロコ・ロンドンの価格との関連性について告知しておらず、臨時増証拠金の決定(②)についても、被控訴人は臨時増証拠金がかからないとは告げておらず、商品取引員の自己取組高(③)、総取組高の異常性(④)、ストップ安の連続する可能性(⑤)についても同様である。
エ 不法行為に基づく弁護士費用相当額の損害賠償請求について
不当利得返還請求訴訟において、弁護士費用のみを不法行為に基づく損害賠償請求訴訟として並列提起を認めるならば、およそ不当利得返還請求訴訟を弁護士に委任して行う場合には、このような並列的な請求が可能ということになり、不当である。
(2) 控訴人の予備的請求に対して(被控訴人)
ア 時機に後れた攻撃防御方法
控訴人が主張する違法・不当事由のうち、説明・助言・情報提供義務違反(③)及び過当取引(④)は、原審では一切なされていなかった主張であり、時機に後れた主張であって、そもそも認められるべきではない。
イ 断定的判断の提供について
前記(1)イで述べたとおりであって、断定的判断の提供はなかった。
ウ 新規受託者保護義務違反について
被控訴人においては、本件取引当時、その受託業務管理規則において、新規受託者の習熟期間である3か月間の取引を投資可能資金額の3分の1(本証拠金に限る)以内と定めており、これは合理的な規制と解されるところ、控訴人は、自ら投資可能金額を6000万円と申告し、本件取引はその4分の1の1500万円の預託によるものであり、しかも、控訴人は、手仕舞いによる差損金1639万円を支払わず、これにほぼ相当する合計1500万円を光陽トラスト株式会社に証拠金として預託して取引を開始しており、本件取引が控訴人にとって資金上何の問題もなかった取引であることは明らかである。よって、被控訴人に新規受託者保護義務違反は認められない。
エ 説明・助言・情報提供義務違反について
被控訴人従業員は、先物取引のしくみやリスクについては、書面又は口頭で十分に説明義務を果たしている。また、本件取引に関する助言・情報提供に関しても、被控訴人の社員が的確に相場観の提供を行っており、控訴人が主張するような義務違反は認められない。
オ 過当取引について
控訴人の主張は、新規受託者保護義務違反の問題として主張すれば足りるのであって、ことさらこれと別個の主張とする意味はない。満玉に関する控訴人の主張は、一般に委託者は建玉に当たっては、必要な証拠金の額のみを預託するものであって、本件取引においても200枚の取引をしたいということであれば1500万円しか預託しないことは当然であり、この点につき何ら問題は存しない。
カ よって、被控訴人の勧誘行為が違法・不当であり、不法行為を構成するとの控訴人の主張には理由がない。
(3) 被控訴人の立替金請求について(控訴人)
ア 消費者契約法に基づく取消し(抗弁1)
前記のとおり、控訴人は、本件取引を、消費者契約法4条1項2号及び同条2項によって取り消した。したがって、被控訴人から控訴人に対する立替金請求は認められない。
イ 信義則違反(抗弁2)
前記のとおり、被控訴人の勧誘行為が違法・不当なものであり、不法行為を構成する場合には、それによって発生した立替金(差損金)の請求をすることは、信義則に反し許されない。かかる請求を認めれば、不法行為による損害を、裁判所が容認・拡大することになりかねないからである。
5 被控訴人の立替金請求に関する控訴人の抗弁に対する認否等(被控訴人)
(1) 消費者契約法に基づく取消し(抗弁1)について
ア 時機に後れた抗弁
控訴人の主張は、本件取引の瑕疵の主張であり、原審の当初から主張することが可能であったものであり、そのような主張を控訴審に至って初めて主張することは、時機に後れた抗弁として、直ちに却下されるべきである。
イ 仮に審理の対象となるとしても、前記4(1)のイ及びウのとおり、その抗弁には理由がない。
(2) 信義則違反(抗弁2)について
前記4(2)のイないしカで述べたとおり、本件取引の勧誘は違法・不当なものではなく、不法行為を構成するものではない以上、信義則違反はそもそも問題にならない。
第3当裁判所の判断
1 消費者契約法による取消しに基づく不当利得返還請求について
(1) 本件訴えの変更の許否について
被控訴人は、本件訴えの変更は、請求の基礎に変更を生じさせ、かつ、著しく訴訟を遅滞させるから許されない(民事訴訟法143条1項)と主張する。
しかしながら、控訴人の従前の請求は、本件取引に関する被控訴人の勧誘行為が違法・不当であり不法行為に該当し、控訴人が差し入れた委託証拠金の差損金への充当を損害としてその賠償を求めるものであるのに対し、当審で追加された新たな請求は、被控訴人の上記勧誘行為に消費者契約法所定の取消事由があるとして、これを取り消し、上記委託証拠金を不当利得としてその返還を求めるものであり、両請求は、いずれも、控訴人が本件取引によって被った同額の経済的不利益の回復を図るものであり、その支払請求の原因も、被控訴人の外務員の控訴人に対する一連の勧誘行為を問題とするものであるから、新たな請求は、従前の主張と社会的紛争の基礎を共通にすると認められる。よって、従前の請求と当審で追加された請求の間で、請求の基礎には変更がないというべきである。
次に、新たな請求に関しては、当審第1回口頭弁論期日の前に、控訴人の新主張の内容はその具体的部分にわたって詳細に提示されており、新たな取調べが必要となる主たる証拠は、主として告知されなかった不利益事実に関して書証が提出される程度にとどまり、しかも、その書証は、そのほとんどが公表されているなどして争う余地のない事実に関するものと認められることからすれば、本件訴えの変更を認めても、著しく訴訟を遅滞させることになるとまではいえない。
以上によれば、本件訴えの変更を許すのが相当である。
(2) 前記前提事実に加え、後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、この認定に反する証拠は採用しない。
ア 控訴人は、昭和16年生まれの本件取引当時64歳の男性であり、相当以前に一度だけ株式の現物取引をした経験はあったが、本件取引を行うまで商品先物取引の経験はなかった。(前提事実、甲38、乙3)
イ 被控訴人は、東京工業品取引所等複数の商品取引所の会員で商品取引員であり、商品先物取引市場(海外先物取引市場を含む)において、自ら取引するほか、顧客たる委託者から委託を受けて、その売買取引を各取引所に取り次ぐこと等を業とする株式会社である。(前提事実、甲49の1ないし6、被控訴人の履歴事項全部証明書)
ウ 控訴人は、平成17年11月ころから、被控訴人の札幌支店の外務員であるB(以下「B」という。)や同支店の営業第一課長であるC(以下「C」という。)から、金の商品先物取引の勧誘を受けるようになった。(甲38、乙24、証人C、控訴人本人)
エ Cは、平成17年11月23日、Bと共に控訴人方を訪問し、控訴人に対し、商品先物取引の仕組みや相場の変動により多額の損失を負うリスクがあること等についての説明をした後、これに関する書類を交付するとともに、控訴人から、上記説明を受けたことを確認する書面や自らの資産状況等を申告する書面を受領した。(甲44の1、2、乙1ないし3、12、24、25の1、26の1、証人C、控訴人本人。ただし、控訴人の本人尋問中、上記認定に反する部分を除く。)
オ CとBは、平成17年11月24日午前8時30分過ぎに、控訴人方を訪問した。同日午前8時40分ころ、被控訴人会社の札幌支店の営業管理担当課長であるD(以下「D」という。)は、取引前の意思確認と商品先物取引に関する理解度の確認のため控訴人に電話をし、この電話確認(以下「本件電話確認」という。)の後に、本件基本契約が締結され、控訴人は、「先物取引の危険性を了知した上で・・・私の判断と責任において取引を行うことを承諾した」との文言が記載されている「約諾書及び通知書」に必要事項を記入し、署名押印をして、交付した。控訴人は、本件電話確認の際に、Dから、断定的判断の提供の禁止に関して質問された際、「それはないさ、分かってる。そんなこと言ったらみんな買うべ。だってそんなことないの知ってる。」と回答し、自らの株式取引の経験にも言及した上で、取引の注文は自己判断で行い、意に沿わない勧誘ははっきり断る旨回答している。(前提事実、乙4、5、25の2、26の2、証人C、控訴人本人。ただし、控訴人の本人尋問中、上記認定に反する部分を除く。)
カ Cは、本件基本契約締結後、控訴人に対し、電話で金の相場についての情報を提供するなどして金先物取引の勧誘行為を行っていたが、平成17年12月7日には、Bを同行して今金町の控訴人宅を訪問し、金の値段がじわじわ上がっており、年内に1グラム当たり2400円とか2500円まで上がるだろうとの見通しを伝えたが、控訴人はその時点では取引を決断するには至らなかった。そして、Cは、同日帰社後、控訴人に対し、東京金の値動きを示した表にCの自書で「一般的に・・・勝てば官軍負ければ賊軍ですが、現在の金相場は・・・買えば官軍売れば賊軍???買った者勝ちだと思います。年内2400円~2500円目標???」と記載したファクシミリ文書を送信した。また、Cは、何月10日、原告に対し、「外貨準備に占める割合、ロシア、金を倍増、中銀10%方針高値の一因にも」との見出しの日本経済新聞の記事にCの自書で「10%まで比率を高めた場合500tの新たな需要が見込めます。ロシアだけではなく他国も含めますと3000t規模になります。原油は7倍になりましたが、金も7倍になりますと、1750ドル(6751円)です。ひじょうに夢とロマンがあります。」と記載したファクシミリ文書を送信した。(甲1、2、38、乙24、25の3、4、26の3、証人C、控訴人本人)
キ Cは、平成17年12月12日、午前中に2度金の値段がストップ高を付けていることを伝え、さらに午後2時にも午後からも12月限を除く全限月がストップ高を付けていることを伝え、取引を始めることを勧めた。その後、しばらくして、控訴人は、Cに電話をして、1500万円を振り込んだから金を200枚買ってくれと伝えてきた。これに対し、Cが、振込みの確認がとれるまで注文を受注することができない旨伝えると、控訴人は、振込用紙の控えをファックスすると答えた。しかし、このファックスが被控訴人会社に届く前に、控訴人からの1500万円の入金を確認できたため、Cは、控訴人に対し、入金の確認ができたので、振込用紙のファックスは不要であることを伝えるなどしたところ、原告は「200枚とにかく買ってくれ。」といい、Cが「一番先限でいいですか。」と確認したところ、控訴人が了解したので、控訴人から10月限の金200枚の買建玉を受注した。なお、その後、控訴人からは、不要である旨を告げていた振込用紙のファックスが送られてきた。控訴人のこの注文は、同日午後3時30分、2155円で成立し、Cは、その旨を控訴人に報告した。また、Cは、同日付けの1500万円の「証拠金預り証」を控訴人にファックス送信する際、「一生懸命知恵を絞り結果を出したいと思います。よろしくお願い致します。」と付記している。(甲38、乙6、7、24、25の5、26の4、証人C、控訴人本人)
ク Cは、平成17年12月13日午前、金の相場がストップ安で寄り付くなどしたため、その市況を控訴人に逐次電話報告するなどしていたが、同日午後には、再びストップ安となり、それが続いていたことから、控訴人に電話連絡し、その時点では追証が必要となることなどを伝えた。(乙24、25の6、証人C、控訴人本人。ただし、控訴人の本人尋問中、上記認定に反する部分を除く。)
ケ Cは、平成17年12月14日午前8時20分ころ、被控訴人会社の札幌支店長と共に控訴人宅を訪れ、対応を検討するなどした。結局、控訴人は、資金の余裕がないなどとして、金の買建玉200枚につき、手仕舞いすることとした。控訴人は、被控訴人を通じて、成行きで売りの注文を出したが、なかなか成立せず、結局順次135枚まで市場で売買が成立し、残りの65枚については被控訴人が買い手となる特別売買を成立させ、全建玉が手仕舞われた。その結果、総額3139万円の売買差損金が生じ、委託証拠金1500万円を控除した後の差額1639万円については、被控訴人が東京工業品取引所に立替払いしている。(乙9ないし11、24、26の5、証人C、控訴人本人、弁論の全趣旨。ただし、控訴人の本人尋問中、上記認定に反する部分を除く。)
コ 世界の金現物取引の中核となっているのは、ロコ・ロンドン取引(ロンドンにおいて金の受渡しをすることを条件とした取引)であり、ロコ・ロンドン市場の価格が世界標準の価格となっている。平成13年(2001年)から平成17年(2005年)までの、金の、ロコ・ロンドン価格と期先(決済期限の遠い商品)の東京工業品取引所の価格を比較すると、本件基本契約や本件取引が行われた平成17年11月下旬から同年12月上旬にかけての時期を除くと、東京工業品取引所の価格がロコ・ロンドンの価格を1グラムあたり20円以上も上回ったことは、延べ12日しかなく、また、このような価格差が2日以上続いたことは1度もなかった。しかし、平成17年11月20日ころから、両価格の乖離が異常に大きくなり、本件取引の1週間前からの価格差は、同年12月5日がプラス27.84円、同月6日がプラス28.54円、同月7日がプラス45.03円、同月8日がプラス65.02円、同月9日がプラス69.16円、同月12日がプラス86.98円と、異常な東京価格の独歩高が連続している。このような価格差が続くと、これを利用して確実に利益を獲得しようとする取引が増加し、両者の乖離は解消される方向に向かうこととなり、東京価格暴落のきっかけとなる。(甲5、6の1、65)
サ 以上に述べた金の期先の東京市場の価格高騰及びロコ・ロンドン市場との価格乖離という状況を受けて、平成17年12月9日、東京工業品取引所では臨時の貴金属市場管理委員会が開催され、市場動向について引き続き注意深く監視することを確認するとともに、既に、金・白金の建玉に関する調査を行っていることが報告された。そして、週明けの同月12日には、金市場のストップ高及びロコ・ロンドン市場との価格乖離が顕著になったことから、同月14日分から当分の間臨時増証拠金を預託させることが決定された。この決定の翌日から、前記のとおり東京市場の金価格はストップ安となった。(甲19の2、3、6)
シ 東京工業品取引所における平成17年12月9日、同月12日の金の平成18年10月限月の取組高(控訴人が買玉を建てた限月のもの)をみると、12月9日時点で、買ポジションの総取組高37万3320枚中98.8%に該当する36万8828枚が一般委託者、同月12日時点では、買ポジションの総取組高39万1438枚中98.3%に該当する38万4916枚が一般委託者によるものであった。また、平成10年から平成18年までの東京工業品取引所の金の取引で、控訴人が買玉を建てた平成18年10月限月分の総取組高が最も多く、また、その取組高が30万枚を超えたのは、上記限月分を除くと、平成14年12月限月分と平成15年12月限月分の2回しかない。これに対して、東京工業品取引所において、実際に現物の受渡しがなされる建玉は、平成12年から平成16年の間でみても、年間5000枚から1万枚程度に過ぎない。(甲7の1ないし3、12、13)
(3) 以上認定したところに基づき、消費者契約法に基づく本件取引の取消しの可否について検討する。
ア 消費者契約法上、「消費者契約」とは、「消費者と事業者との間で締結される契約」、「消費者」とは、「個人(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く。)」、「事業者」とは、「法人その他の団体及び事業として又は事業のために契約の当事者となる場合における個人」をいうとそれぞれ定義されている(同法2条)ところ、前記認定したところによれば、本件取引に関して、控訴人が上記の意味における消費者、被控訴人が事業者に該当することは明らかであるから、本件取引は消費者契約に該当し、消費者契約法の適用がある。
イ 消費者契約法4条1項2号(断定的判断の提供)による取消しについて
前記認定事実によれば、控訴人は、被控訴人の外務員から商品先物取引の仕組みや相場の変動により多額の損失を負うリスクについて、本件基本契約締結の際に当たり説明を受けていることが認められ、本件電話確認において断定的判断の提供の禁止についてDから質問された際の回答内容からしても、本件基本契約の締結に当たり、控訴人が相場に絶対ということはないことを理解していたことが認められる。そして、実際のやり取りにおいて、被控訴人の外務員が、商品先物取引の勧誘を開始してから平成17年12月12日に金200枚の買建玉を行うまでの間、将来における変動が不確実な事項である金の相場について、控訴人が金の相場に関する判断をする上での情報提供の限度を超えて、相場が上昇することが確実であると決めつけるような断定的な表現を使って控訴人に取引を勧誘したことを認めるに足りる証拠はない。
控訴人は、前記認定の平成17年12月7日及び同月10日にCが控訴人に送信したファクシミリ文書の記載が断定的判断の提供に当たる旨主張する。しかしながら、上記各ファクシミリ文書の表現は、Cが、金相場の値動きからみて今後さらに金の値が上がると予想される旨の自己の相場観を述べて取引を勧誘し(12月7日送信分)、金の需要が増大する可能性を示す新聞記事を挙げ、仮にそうなった場合の世界的な金需要の増大や仮に金の相場が原油同様に7倍になった場合に想定される値段を示した上で、金取引の有望性を述べて取引を勧誘する(12月10日送信分)趣旨のものであると認められ、その表現それ自体が、一般的にみて、利益が生じることが確実であると誤解させるようなものとは認められない。前記認定したところによれば、Cは、上記ファクシミリ文書による以外にも、平成17年12月7日に控訴人宅を訪れた際に、金相場の上昇傾向と年内に1グラム当たり2400円あるいは2500円まで上がるだろうとの見通しを伝えているが、これも自己の相場観を述べる以上の発言とは認められず、実際、控訴人は、その時点で取引を決断するには至っていない。そして、Cは、本件取引日である同月12日には、金がストップ高を付けていることを数回伝えて取引を勧めているが、これも相場に関する状況を伝える以上の勧誘行為とは認められない。実際、控訴人は、Cからの電話に即答せず、その後しばらくしてから、本件取引に必要な委託証拠金を振り込んだ上で、本件取引にかかる買注文をCに伝えており、上記Cから提供された情報を踏まえて、自らの判断により本件取引に及んだことが推認される。
なお、控訴人は、プロである外務員が相場予測を述べること自体が、「プロがそこまで言うのであれば、相当確実な根拠があるのだろう。」と誤認させる行為であり、先物取引の初心者との関係では断定的判断の提供に当たるかのごとく主張する。しかし、法令上、外務員が相場予測を述べること自体を禁止する規定はなく、経験のない顧客がこれによってその予測を信じるであろうことを理由にその相場予測自体を断定的判断の提供と解するのは相当ではなく、かかる顧客の保護は、新規受託者保護義務等、顧客の属性に基づくその他の根拠によるべきである。
よって、この点に関する控訴人の主張には理由がない。
ウ 消費者契約法4条2項に基づく取消しについて
一般の個人が、自己資金を遙かに上回る取引が予定される商品先物取引を行う目的は、相場の変動による差金取得にあると認められるから、本件取引において、金の相場、すなわち将来における価格の上下は、消費者契約たる本件取引の「目的となるものの質」(消費者契約法4条4項1号)であり、かつ、消費者たる顧客が当該契約を「締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきもの」(同項柱書)であるから、消費者契約法4条2項の重要事項というべきである。したがって、商品先物取引業者の外務員が顧客に対して、現在の価格状況等を根拠に金の相場が上昇するとの自己判断を告げて買注文を勧めることは、消費者契約の締結について勧誘するに際して、「重要事項又は当該重要事項に関連する事項について当該消費者の利益となる旨告げ」ることに該当する。そして、その場合、将来の金相場の暴落の可能性を示す事実は、買注文を出す顧客にとって売買差損を生じさせるおそれのあることを示す事実であるから、「当該消費者の不利益となる事実」に該当する。そして、金相場上昇に関する外務員の上記告知は、それを告げることによって、顧客が金相場の暴落の可能性を示す事実は存在しないと考えるのが通常であるから、上記不利益事実は、「当該告知により当該事実が存在しないと消費者が通常考えるべきもの」に該当する。
かかる観点から本件をみるに、前記認定のとおり、Cらは、再三にわたり、金価格が上昇基調に当たり将来的にはさらに高騰するとの自己の相場予測を控訴人に告げて金の買注文を勧誘しており、これは上記利益告知に該当することは明らかである。他方、前記認定のとおり、本件取引時点である平成17年12月の時点において、ロコ・ロンドン市場と東京市場の金の価格差は過去に例を見ないほど大きくなり、東京市場の独歩高が連続する状況にあったのだから、早晩東京価格が下落する形で両者の乖離が解消されることが予測された。そして、その状況を踏まえて、東京工業品取引所では、同月9日に臨時の委員会が開催され、市場動向を注意深く監視することを確認するなど、金市場の過熱への対策を講じ始め、同月12日の本件取引がなされた直後に、臨時増証拠金の預託が決定されている。そして、本件取引の対象となった平成18年10月限月の金先物の総取組高は過去に例を見ないほどの大量のものであり、その買玉の大部分を一般の委託者が有していたことからすると、いったん金価格が下落するとともに上記臨時増証拠金が課されると、資金力のない買いポジションの一般委託者は差金決済をして取引から離脱せざるを得ず、これがさらなる買玉の仕切注文を誘発し、価格暴落をもたらすことが予想される状況にあり、このような状況に至れば、仕切注文を出してもストップ安が連続して仕切りができず、損失が拡大する可能性があったと認められる。かかる事実は、まさしく、消費者契約法4条2項が予定する「不利益事実」に該当し、被控訴人の外務員であるCらは、控訴人に対し、そのような相場暴落の可能性を示す事実に何ら言及することなく、相場上昇の相場観のみを控訴人に伝えており、これによって、控訴人は、相場暴落の可能性を認識することなく相場上昇を信じて本件取引を行ったと認められる。
なお、消費者契約法4条2項は、取消しのためには、さらに事業者側に故意があることを要件としているところ、以上の事実のうち、臨時増証拠金の決定自体は本件取引の後に行われたものであるが、その他の事実は、臨時増証拠金決定の可能性を含めて、海外取引を含む商品先物取引の専門業者である被控訴人が、当然に認識していたものと認められるから、被控訴人には、上記不利益事実の不告知について故意があったと認めるのが相当である。
よって、控訴人は、消費者契約法4条2項に基づき、本件取引を取り消すことができる。
エ 控訴人が、平成19年7月30日到達の書面で、被控訴人に対し、本件取引を取り消す旨の意思表示を行ったことは、当裁判所に顕著であるから、本件取引は上記取消しによって遡及的に無効となり、控訴人は、被控訴人に対し、本件取引のために控訴人が被控訴人に委託した1500万円の委託証拠金を、不当利得としてその返還を求めることができ、さらに、その返還請求日であることが当裁判所に顕著な上記取消日である平成19年7月30日の翌日である同月31日以降支払済みまで、民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
なお、控訴人は、上記遅延損害金の利率につき、商事法定利率が適用されるべきであると主張するが、本件不当利得返還請求権は、消費者保護を目的として法律の規定により定められた消費者の取消権行使によって発生した債権であり、商行為によって発生したものとはいえないので、商事法定利率による請求を認めるのは相当でない。
2 不法行為に基づく弁護士費用相当額の損害賠償請求について
控訴人は、消費者契約法による取消しに基づく不当利得返還請求を求めながら、その取消原因を含む被控訴人外務員の勧誘行為が違法・不当であり、これが不法行為に該当し、その不法行為によって本件訴訟の提起を余儀なくされたとして、被控訴人に対し、弁護士費用相当額の損害賠償を求めている。
しかしながら、控訴人がその主位的請求において求めたのはあくまで不当利得に基づく利得返還請求であって、その原因となる事実が仮に不法行為に該当するとしても、主位的請求に関する訴訟追行にかかる弁護士費用を上記不法行為と相当因果関係ある損害ということができないのは明らかである。よって、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の請求には理由がない。
3 被控訴人の立替金請求について
本件取引が消費者契約法に基づき取り消された以上、被控訴人の本件取引に関し控訴人の売買差損金を立て替えたことに基づく立替金請求に理由がないことは明らかである。
なお、被控訴人は、取消しの抗弁が時機に後れた攻撃防御方法となる旨主張するが、主位的請求の当審における追加に関して前述したように、消費者契約法による取消しにつき当審で新たに審理したとしても訴訟の完結を遅延させることにはならないから(民事訴訟法157条)、上記抗弁の主張を時機に後れた攻撃防御方法として却下するのは相当でない。
4 以上によれば、控訴人が当審において追加した主位的請求には主文掲記の限度で理由があり、その余の部分については理由がない。また、被控訴人の立替金請求には理由がないから、これを認容した原判決を取り消して、被控訴人の請求を棄却することとする。なお、主位的請求を上記のとおり認容する以上、従前の請求である予備的請求については判断することを要せず、予備的請求を棄却した原判決は当然に失効するので、原判決中控訴人の請求を棄却した部分もこれを取り消すのが相当である。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 末永進 裁判官 千葉和則 住友隆行)