札幌高等裁判所 平成19年(ネ)247号 判決 2008年4月18日
主文
1 原判決中被控訴人Yに関する部分を次のとおり変更する。
(1) 被控訴人Yは,控訴人X1に対し,被控訴人東日本高速道路株式会社と連帯して1373万2250円及びこれに対する平成14年11月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被控訴人Yは,控訴人X2に対し,被控訴人東日本高速道路株式会社と連帯して1252万9090円及びこれに対する平成14年11月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 控訴人らの被控訴人Yに対するその余の請求を棄却する。
2 原判決中被控訴人東日本高速道路株式会社に関する部分を取り消す。
3 被控訴人東日本高速道路株式会社は,控訴人X1に対し,2673万3908円及びこれに対する平成14年11月16日から支払済みまで年5分の割合による金員(ただし,1373万2250円及びこれに対する平成14年11月16日から支払済みまで年5分の割合による金員の限度で被控訴人Yと連帯して)を支払え。
4 被控訴人東日本高速道路株式会社は,控訴人X2に対し,2495万5844円及びこれに対する平成14年11月16日から支払済みまで年5分の割合による金員(ただし,1252万9090円及びこれに対する平成14年11月16日から支払済みまで年5分の割合による金員の限度で被控訴人Yと連帯して)を支払え。
5 控訴人らの被控訴人東日本高速道路株式会社に対するその余の請求を棄却する。
6 訴訟費用は,第1,2審を通じて,控訴人らに生じた費用の2分の1と被控訴人Yに生じた費用は,これを10分し,その7を控訴人らの,その余を被控訴人Yの負担とし,控訴人らに生じたその余の費用と被控訴人東日本高速道路株式会社に生じた費用は,これを10分し,その4を控訴人らの,その余を被控訴人東日本高速道路株式会社の負担とする。
7 この判決の第1項(1)及び(2)並びに第3,第4項は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を次のとおり変更する。
2 被控訴人らは,控訴人X1に対し,各自4771万1237円及びこれに対する平成14年11月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人らは,控訴人X2に対し,各自4144万6346円及びこれに対する平成14年11月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。
第2事案の概要
1 本件は,被控訴人Yが,自動車を運転して,高速道路を進行中,折から進路前方で単独事故のため停止中の被害者運転の車両側部に自車前部を衝突させ,被害者を死亡させたことについて,被害者の相続人である控訴人らが,被控訴人Yに対しては,前方不注視等の過失があったとして,不法行為又は自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)3条に基づき,原審訴訟係属中に元被告日本道路公団の権利義務を承継し,その訴訟上の地位を引き受けた被控訴人東日本高速道路株式会社(以下「被控訴人東日本高速道路」という。なお,元被告日本道路公団は,被控訴人東日本高速道路による訴訟引受けの後に脱退している。)に対しては,上記単独事故が道路の設置,保存の瑕疵によるものであり,上記死亡事故と客観的に関連共同しているとして,国家賠償法2条1項,民法719条に基づき,連帯して,被害者及び控訴人らに発生した損害賠償金の支払を求めている事案である。
原審は,被控訴人Yに対する請求の一部を認容したが一部を棄却し,被控訴人東日本高速道路に対する請求は全部棄却したので,控訴人らが控訴の趣旨記載の裁判を求めて本件控訴に及んだ。
2 前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,次のとおり加入,訂正するほか,原判決書「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の「1 前提事実」,「2 争点及び当事者の主張」及び「3 原告らの請求の整理」に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決書2頁24行目の「1 前提事実」の次に,行を改めて「以下の事実は当事者間に争いがないか又は弁論の全趣旨により明らかに認められる。」を加える。
(2) 原判決書4頁3行目の「訴訟引受人」を「被控訴人東日本高速道路」と改め,以下同様に改める。
(3) 原判決書12頁6行目の「過失がある。」の次に「以上を踏まえ,被控訴人Yの過失割合は20%が相当と考える。」を加える。
第3当裁判所の判断
1 本件事故の発生経緯
本件事故発生の経緯は,次のとおり訂正,加入するほか,原判決書「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」の「1 本件事故発生の事実経過(事実認定に用いた証拠等は該当部分に付記する。)」に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決書14頁7行目から8行目にかけての「(乙21の4中の交通事故現場見取図3参照)」を「(甲21の8)」と改める。
(2) 原判決書14頁19行目の「走行していた。」の次に「B車両の速度は,時速105ないし110キロメートル,被控訴人Y車両の速度は時速約110キロメートルであった。」
(3) 原判決書15頁4行目の「同車横で手を振っている人に気づいたが」の次に「(被控訴人Yは,平成18年7月21日に行われた原審第9回口頭弁論期日における本人尋問において,C車両の横に人が立っていたのは見たが手を振っていたかどうかまでは覚えていない旨供述するが,同人は,平成14年12月16日,本件事故につき自己の刑事責任が問われた際の検察官に対する供述において,C車両の右前か右真横辺りに人が立っており,その人は両手を頭の上にかざして,それを左右に振り下ろすような形で手を振っていた旨明確に供述しており(甲21の14),手を振っているのを見た記憶がないという上記本人尋問における供述は信用できない。)」を加える。
(4) 原判決書15頁12行目から13行目にかけての「A車両」の次に「の約23メートル手前に至って初めて同車両」を加える。
2 第1事故の発生原因
以上認定したところによれば,本件事故は,AがA車両を運転中,中央分離帯付近から飛び出してきたキツネとの衝突を避けようとして急ハンドル操作を行い,自車を制御できなくなって横滑り状態となり発生したことが認められる。被控訴人東日本高速道路は,Cが最初に見た「白い物」がキツネであることの立証はなされていない旨主張する。しかし,Cが路肩に停車後,「白い物」が飛び出してきた地点に近接する前方路肩にキツネが1匹いるのを発見したこと,Cが「白い物」を見た直後に,A車両が急に左右にふらつき出したことからすれば,第1事故が上記経緯で発生したことを優に認めることができ,被控訴人東日本高速道路の主張には理由がない。
なお,被控訴人Yは,制限時速100キロメートルのところ,Aが時速120キロメートルで走行しており,かかる高速度での走行が第1事故の原因である旨主張する。Cは,C車両がA車両とほぼ等間隔で走行し,自車のスピードメーターを見たところ時速120キロメートル位であった旨供述する(甲21の2)。しかし,①上記供述は,助手席に乗っていたCが,助手席から一度スピードメーターを見た際の認識を述べるに過ぎないものであること,②本件道路が上り勾配であること(甲21の4,9)からすれば,上記供述だけで,第1事故発生直前のA車両の速度が時速約120キロメートルであったと認めるには足りない。被控訴人Yは,A車両の速度が時速117キロメートルから120キロメートルであったとする意見書(乙イ17)を提出するが,他方,控訴人らは,A車両が横滑りを始める直前の速度は時速98.3キロメートルから106.6キロメートルであったとの鑑定書(甲58)を提出する。上記両書面における速度の違いは,横滑り痕を連続した弧であることを前提とするのか(乙イ17),摩擦抵抗を異にする不連続の弧であることを前提とするのか(甲58)の違いによっており,上記両書面のみでは,いずれを前提にすべきであるかは確定できないというほかない。よって,被控訴人Yが提出した意見書によっても,Aの本件事故直前の速度が時速120キロメートルであったと認めるには足りない。
なお,A車両の本件事故当時の速度が法定速度である時速100キロメートル(道路交通法22条,同法施行令27条)前後であったとしても,高速道路上でその速度のまま急ハンドルを切ること自体極めて危険な運転態様である。Cが後にキツネであることを知った「白い物」を見た時点で,その「白い物」とA車両の距離は約100メートルあったと認められる(甲21の4)から,運転者Aとしては,その時点でキツネの存在を認識し適切な減速措置とハンドル操作を行えば,第1事故を回避することが不可能であったとはいえず,Aに運転上の過失があったことは否定できない。しかし,他方,高速道路において法定速度程度で運転することは,通常あり得る運転方法であるところ,かかる高速運転中にいきなり前方に飛び出し横切るキツネを発見した場合,これに狼狽して急ハンドルによりこれを避けようとしたAの対応にはやむを得ない側面も認められ,被控訴人東日本高速道路が主張するように,第1事故の原因をもっぱらAの基本的な安全運転義務違反に帰するのも相当でない。第1事故は,高速道路上へのキツネの飛び出しという予期せぬ事態とこれへのAの不適切な対応が相俟って発生したと認めるのが相当である。
3 被控訴人Yの責任
前記認定したところによれば,被控訴人Yは,本件事故地点から106.5メートル手前の地点では進路前方に障害物があること,94メートル手前の地点では自らの走行車線である追越車線上に横向きに停車しているA車両が存在することを確認でき,実際,B車両の運転者であるBは,A車両から約100メートル手前のC車両の横を通り過ぎる前に,A車両の存在に気付いている。にもかかわらず,被控訴人Yは,C車両さらにはB車両の動静に気を取られて,A車両の存在に気付かず漫然と時速約110キロメートルで追越車線での走行を続け,A車両を前方約23メートルの地点に至って初めて認め,制動措置を講ずる間もなく,同車両に衝突したと認めるのが相当である。よって,被控訴人Yは,自動車運転者としての前方注視及び進路の安全確認不十分なまま上記速度で進行した過失により,被控訴人Y車両をA車両に衝突させて第2事故を発生させたのであるから,民法709条に基づき,これにより発生した損害を賠償する責任を負う。
被控訴人Yは,被控訴人Y車両の速度は時速110キロメートルであったから,手前94メートルの地点でA車両を認識したとしても,制動によってA車両との衝突を避けられなかった旨主張するが,A車両は追越車線は全て塞いでいたものの,走行車線はその一部を塞いでいたに過ぎず(甲21の4),後行車両としては,路肩に一部はみ出すことも厭わなければ,ハンドル操作によってA車両を避けて走行することが可能であったというべきであるから,制動距離が不足していたことのみをもって,被控訴人Yに過失がなかったということはできない。被控訴人Yは,走行車線を走行していたBですら,A車両をハンドル操作により回避したため,本件道路のガードロープに激突したのだから,追越車線を走行していた被控訴人Yがハンドル操作により,第2事故を回避できた可能性はなかった旨主張するが,B自身時速約110キロメートルで走っていたB車両を減速させることなくハンドル操作のみでA車両を避けようとした旨供述しており(甲21の6),適切に減速した上であれば,Bはもとより,追越車線を走行していた被控訴人Yも,ハンドル操作によってA車両を避けることは不可能ではなかったと認められるから,上記被控訴人Yの主張には理由がない。
4 本件道路の設置又は管理の瑕疵について
控訴人らは,旧公団がキツネを含む中小動物の本件道路への侵入防止対策を講ぜず,本件道路にキツネが侵入できる状況にあったことは,本件道路の高速道路としての通常有すべき安全性を欠くものというべきであるから,道路の設置又は管理に瑕疵があり,キツネの飛び出しが原因となって第1事故が発生し,第2事故につながったことからすれば,本件事故に基づく損害につき,旧公団の承継人である被控訴人東日本高速道路は,国家賠償法2条1項及び民法719条に基づき,被控訴人Yと連帯して賠償すべき責任を負う旨主張する。よって,キツネの本件道路への飛び出しが,本件道路の設置又は管理の瑕疵に基づくものであるか否かを以下検討する。
(1) 本件道路を含む日本全国又は北海道の高速道路へのキツネの侵入状況,これへの旧公団の対策,本件事故地点付近の立入防護柵の状況等について,以下の事実は,当事者間に争いがないか,又は以下に掲げる証拠若しくは弁論の全趣旨により認めることができる。
ア 本件道路の状況
本件道路は高速自動車国道であり,高速自動車国道は,法定の最高速度が時速100キロメートル,最低速度は時速50キロメートルと定められている。ただし,危険を避けるためにやむを得ない場合には,時速50キロメートルを下回る速度で走行することも可能である(道路交通法22条,同法施行令27条,27条の3,同法75条の4)。高速自動車国道は,道路構造令に定められているところの基準のうち最高水準の規格にしたがって建築される最高規格の道路であり,人の進入が禁止され(高速自動車国道法17条1項),他の道路との交差方式は立体交差が義務づけられており(同法10条),交差点も信号機もない。本件事故地点付近は,北海道苫小牧市の郊外であり,周囲は,樽前山麓から続く原野であり,苫小牧市宮の森町等の住宅街とも数百メートルの距離にある。(争いがない。弁論の全趣旨。)
イ 動物侵入対策
本件事故地点付近には,「動物注意」の道路標識が設置されているほか(争いがない。),1日7回の定期的な道路巡回作業あるいは緊急出動により,本線上に中小動物を発見した場合には,生きた動物は確保を含め,本線外へ除外するように努め,死んだ動物は袋に入れて排除作業を行っていた。そして,上記作業の際には,「動物注意」等の点灯を行い,通行車両の運転者への注意喚起を行っていた(乙ロ13ないし15,16の1,2)。
ウ 本件事故前の柵の状況
本件事故当時,本件道路に設置されていた立入防止柵は,有刺鉄線タイプと金網タイプであるが,金網タイプはごく一部に設置されていたに過ぎず,その大部分は有刺鉄線タイプであった。有刺鉄線タイプは,鉄線の間隔が20センチメートルであり,金網タイプも金網と地盤との間に約10センチメートルすき間があった(甲22の1,2,3,7,乙ロ4の2,弁論の全趣旨。)。
キツネの侵入防止柵として,有刺鉄線は,間から容易に侵入できてほとんど効果がなく,金網型フェンスが効果的である。金網型フェンスを設置する場合,高さはさほど必要がないが,地面を掘り返して潜り込むことがあるため,下部の隙間を5センチメートル以下とするか,接地面をコンクリート化するのが望ましい(甲50,52,53,乙ロ11)。
エ 高速道路における動物の事故発生件数
旧公団が管理する高速道路における1993年の動物種類別の事故発生件数は,総事故件数2万2935件のうち,タヌキが一番多くて37%を占め,次いで,ネコ,イヌ,ウサギ,トビ,ハト,イタチ,キツネの順で事故発生件数が多い(甲51)。
高速道路別距離(㎞)当たりの事故発生件数は,道路の通過地域が里山的環境を通過する路線に多く,市街環境を通過する路線に少ない傾向がみられる。北海道の高速道路では,他の地域の高速道路と比べると,キツネ,シカの事故発生件数が突出して多いが,他の動物によるものは少ない。また,沿線環境をみると,自然地域を含む区間で必ずしも事故発生が多いということはなく,農業地域と生活産業地域との間に顕著な差はみられない(甲51)。
本件事故区間である苫小牧東インターチェンジと苫小牧西インターチェンジ間のキツネのロードキル(ロードキルとは,道路に侵入した動物が走行する自動車にはねられて死亡すること)の件数は,平成11年が25件,平成12年が34件,平成13年が69件である(争いがない。)。
オ キツネが原因とみられる人身事故例
一般道路において,キツネを避けようとして急ハンドルを切ったために,対向車と衝突したり,路外に転落して人身事故となった事故例が時折みられ(甲55の1,2,4ないし12),また,本件高速道路においても,1994年(平成6年)に,北広島の道央自動車道において,キツネを避けようとして中央分離帯に衝突して死亡したとみられる事故例が1件あるほか(甲55の3),本件事故区間である苫小牧東インターチェンジと苫小牧西インターチェンジの間においても,鹿やキツネを含む中小動物が本線上出現したことにより通行自動車と接触するなどして,車の安全な通行に支障がもたらされた例が多く報告されている(甲22の15)。
カ 旧公団の小動物対策
旧公団では,1983年(昭和58年)から「高速道路と動物」に関する特別委員会を設置して調査研究を重ね,1989年発行の「高速道路と野生動物」と題する本件公団資料(乙ロ11)には,小動物を含めた野生動物の道路侵入防止対策が示されているが,そこに示された侵入防止対策は,控訴人らが主張する侵入防止策(原判決書5頁)とほぼ同様である。
本件事故後,旧公団は,苫小牧市字錦岡(KP64.8)と苫小牧市字植苗(KP47.2)間の上下線15キロメートルについて,有刺鉄線タイプの立入防止柵に金網を設置し,金網タイプの立入防止柵に1メートルのかさ上げを行う改修工事を行った。その費用は9000万円である(甲22の4ないし6,9ないし14)。
(2) ところで,国家賠償法2条1項の営造物の設置又は管理の瑕疵とは,営造物が通常有すべき安全性を欠いている状態をいい,営造物が通常有すべき安全性を欠くか否かの判断は,当該営造物の構造,用法,場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的,個別的に判断すべきものである。(最高裁判所昭和45年8月20日判決・民集24巻9号1268頁,同昭和53年7月4日判決・民集32巻5号809頁)。
なお,被控訴人東日本高速道路は,道路の瑕疵を判断するに当たっては,運転者が安全運転義務を果たしたとしても事故が発生したのかという観点から検討すべきである旨主張する。道路に瑕疵があっても,運転者としては,かかる道路状態を前提として安全運転義務を果たすべきであるが,その義務違反運転によって事故が発生したからといって道路管理者の責任が阻却されることにはならない。運転者の安全運転義務違反は,後述するように,損害額の過失相殺事由として考慮されるべきである。よって,被控訴人東日本高速道路の上記主張には理由がない。
かかる観点から,本件道路の設置又は管理について瑕疵があったかどうか検討する。前記認定したとおり,本件事故の発生した区間である苫小牧東インターチェンジと苫小牧西インターチェンジ間では,平成11年から平成13年にかけて,キツネが本件高速道路の本線に侵入して走行自動車にはねられて死亡するロードキルが多数回発生し,特に平成13年は,本件事故が発生した同年10月8日の時点で,46件のロードキルが報告されている(被控訴人東日本高速道路平成17年8月12日付準備書面別紙1「平成13年 苫小牧東~苫小牧西 キツネ・ロードキル一覧」)。また,同じ区間で,本件事故の前後にわたって,キツネなどの中小動物が高速道路上に現れ,交通に支障を生じさせた事例も多数報告されている。前記認定のとおり,高速道路は,法定の最高速度が時速100キロメートルの最高規格の自動車専用道路であり,その利用者は,一般道に比較して高速で安全に運転できることを期待し,信頼して走行していると認められることからすれば,自動車の高速運転を危険に晒すこととなるキツネが上記のような頻度で本線上に現れることは,それ自体で,本件道路が営造物として通常有すべき安全性を欠いていることを意味するというべきであり,前記認定した態様による本件事故は,まさに,その危険が現実化した事故であったと認められる。前記認定のとおり,被控訴人東日本高速道路は,「動物注意」の標識を設置しているが,これにより,運転者が,速度規制もされていないのに,出没しないかもしれない動物の出現を予想して低速度で走行するのを期待することは現実的ではない。また,頻繁に道路を巡回しているというが,巡回によって高速道路に侵入した動物が本線上に出現するのを防止することは不可能であり,せいぜいロードキルに遭った動物の死骸を片づけてその死骸による事故を防ぐ以上の効果は期待できない。「動物注意」の情報板による情報提供も事故防止の効果的な手段となり得ないことは明らかである。
なお,公の営造物が,客観的に見て,ある時点で安全性を欠く状態に至ったとしても,それが管理者にとって予見可能性がなく結果回避可能性もないと認められる場合には,設置・管理に瑕疵はなかったというべきところ(最高裁判所昭和50年7月25日判決・民集29巻6号1136頁参照),上述したキツネ・ロードキル等の事例は,いずれも旧公団が最初に報告を受けた事例であると認められ,本件道路にキツネがしばしば出没することは,旧公団としては十分に予見可能であったということができる。
次に結果回避可能性であるが,キツネが地上に生息し地面を移動する動物であることからすれば,高速道路への侵入防止柵を設けることによってかなりの程度キツネの侵入を防止することは不可能ではない。実際に,前記認定のとおり,旧公団では野生動物の侵入防止策を記載した本件公団資料を,1989年の時点で作成しており,その中には,キツネ等中小動物の侵入防止策として,金網型の柵にした上で柵と地面の隙間がないようにし,地盤との間を掘って侵入されないようにコンクリート等を付設するとの対策が記載されている。にもかかわらず,本件事故地点付近に付設された侵入防止柵は,前記認定のとおり,中小動物の侵入に全く役に立たない有刺鉄線タイプが大部分であり,一部金網タイプのものも,地面との間に約10センチメートルの隙間があり,中小動物の侵入を防ぐに足るものではなかった。
被控訴人東日本高速道路は,北海道内の高速道路は長大であり,キツネ等中小動物の侵入を防止するには,全線について施工しなければ十分な効果は得られないところ,そのためには多大な費用を要する旨主張する。しかし,本件で問題となっているのは,本件事故が発生した本件道路においてキツネの侵入が頻発することであるから,結果回避可能性としては,本件道路においてキツネの侵入を防ぐための措置が問題となるのであって,そのためであれば,一定区間の侵入防止柵設置で足りる。本件事故後9000万円をかけて本件道路付近の侵入防止柵を改修したことから考えても,結果回避可能性がなかったとはいえない。なお,自然公物たる河川等と異なり,人工公物たる道路については,当初から通常予測される危険に対応した安全性を備えたものとして設置され管理されるべきものであって,原則として,予算上の制約は,管理の瑕疵に基づく損害賠償責任を免れさせるべき事情とはなり得ない(前記最高裁判所昭和45年8月20日判決,最高裁判所昭和59年1月26日判決・民集38巻2号53頁参照)。
以上によれば,予見可能性,結果回避可能性がなかったから管理に瑕疵がないとの被控訴人東日本高速道路の主張には理由がない。
よって,旧公団は,本件道路の設置・管理者として,国家賠償法2条1項に基づき,本件第1事故の発生について損害賠償責任を負う。
5 責任論のまとめ
以上のとおり,旧公団は,国家賠償法2条1項に基づき,第1事故について損害賠償責任を負い,被控訴人Yは,民法709条に基づき,第2事故について不法行為責任を負い,第1事故によるA車両の停車が第2事故の原因となったことは明らかであり,両事故は客観的に関連共同しているから,旧公団の権利義務を承継した被控訴人東日本高速道路と被控訴人Yは,共同不法行為者(民法719条)として,連帯して損害賠償責任を負担する。
6 Aの損害について
本件事故によりAが被った損害は,次のとおり訂正するほか,原判決書「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」の「4 Aの損害について」に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決書23頁11行目の「甲19の1」の次に「甲47,48」を加える。
(2) 原判決書24頁9行目の「ライプニッツ方式(33年の係数は16.003)」を「ホフマン方式(期間33年に相応する新ホフマン係数は19.1834)」と,10行目の「4133万6677円」を「4955万1834円」と,13行目から14行目にかけての「5,166,116円×(1-0.5)×16.003=41,336,677円」を「5,166,116円×(1-0.5)×19.1834=49,551,834円」と改める。
(3) 原判決書25頁5行目冒頭から9行目末尾までを次のとおり改める。
「控訴人らは,Aの逸失利益の算定に当たって中間利息を控除する方式として,民事法定利率年5分での単利方式であるホフマン方式(将来取得する債権額を毎年均等に取得するという前提に立つ複式ホフマン方式をいうものと解される。)を採用すべきであると主張したが,原審はこれを採用せず,民事法定利率年5分での複利方式であるライプニッツ方式により中間利息を控除した。
しかしながら,現行法は,将来の請求権を現在価額に換算するに際し,法的安定及び統一的処理が必要とされる場合には,法定利率により中間利息を控除する考え方を採用している。例えば,民事執行法88条2項,破産法99条1項2号(旧破産法(平成16年法律第75号による廃止前のもの)46条5号も同様),民事再生法87条1項1号,2号,会社更生法136条1項1号,2号等は,いずれも将来の請求権を法定利率による中間利息の控除によって現在価額に換算することを規定している。損害賠償額の算定に当たり被害者の将来の逸失利益を現在価額に換算するについても,法的安定及び統一的処理が必要とされるのであるから,民法は,民事法定利率により中間利息を控除することを予定しているものと考えられる。このように考えることによって,事案ごとに,また,裁判官ごとに中間利息の控除割合についての判断が区々に分かれることを防ぎ,被害者相互間の公平の確保,損害額の予測可能性による紛争の予防も図ることができる(最高裁判所平成17年6月14日判決・ 民集59巻5号983頁)。そして,民事執行法等における中間利息の控除に当たっては,複利方式であるライプニッツ方式ではなく,民法が前提とする単利計算(民法405条)を用いたホフマン方式により行われているのであるから,法的安定及び統一的処理の見地からすれば,損害賠償額の算定に当たり,被害者の将来の逸失利益を現在価額に換算するための方式は,ホフマン方式によらなければならないというべきである。
なお,実質的に考えても,本件のように逸失利益算定の基礎収入を被害者の死亡時に固定した上で将来分の逸失利益の現在価値を算定する場合には,本来,名目金利と賃金上昇率又は物価上昇率との差に当たる実質金利に従って計算するのが相当であるところ,本件事故時における実質金利が法定利率である年5パーセントを大幅に下回っていたことは公知の事実である。であるにもかかわらず,法的安定性の見地から民事法定利率を用いるべきであると解する以上,被害者が被った不利益を補填して不法行為がなかった状態に回復させることを目的とする損害賠償制度の趣旨からして,被害者が受け取るべき金額との乖離がより少ないと考えられるホフマン方式を用いるのが相当である。
(4) 原判決書25頁18行目から19行目にかけての「6133万6677円」を「6955万1834円」と改める。
7 過失相殺について
(1) 被控訴人Yは,Aには,原判決書添付の別紙記載の過失相殺事由が存在するので,Aの過失割合80%,被控訴人Yの過失割合20%とする過失相殺をすべきである旨主張する。
前記認定のとおり,第1事故の発生につき,Aには高速運転中の急ハンドル操作という運転上の過失が認められ,これによって第2事故の原因たる高速道路上での車線上での停車という事態を発生させていることからすれば,Aの過失は相当大きいというべきである。他方,前述のとおり,Aの上記急ハンドル操作は,高速道路上でのキツネの前方への飛出しという通常想定しがたい突発的な事態を避けるために行われ,やむを得ない側面も認められることからすれば,上記過失を過大視するのは相当でない。
以上によれば,Aと被控訴人Yの過失割合は,Aが3割,被控訴人Yが7割と認めるのが相当である。
(2) なお,被控訴人Yは,原判決書添付の別紙過失相殺事由一覧表記載のとおりの過失がAには認められる旨主張するが,上記(1)以外の事情については,いずれも考慮しない。その理由は,下記のとおり訂正するほか,原判決書27頁8行目冒頭から29頁18行目末尾までに記載のとおりであるあるから,これを引用する。
記
原判決書27頁9行目の「主張する。」を「主張するが,前述のとおり,A車両の本件事故直前の速度が時速120キロメートルであったと認めることはできないから,この点に関する被控訴人Yの主張は,そもそも前提を欠き理由がない。」と改め,10行目冒頭から28頁7行目末尾までをすべて削除する。
(3) Aに生じた損害は,前記のとおり6955万1834円であるから,上記過失割合により過失相殺すると,被控訴人YのAに対する損害賠償額は,4868万6283円となる。
(4) 被控訴人東日本高速道路は,前記のとおり,Aに運転上の過失があった旨主張するが,それは,第1事故が本件道路の設置又は管理の瑕疵に基づくものではないことの主張の理由として主張しているに過ぎず,自らの賠償責任が存在することを前提としてその過失相殺事由として主張しているわけではない(被控訴人東日本高速道路の平成18年2月20日付け準備書面5頁)。そして,被控訴人東日本高速道路は,原審及び当審を通じて,自ら賠償責任を負うことを前提とした過失相殺の主張をしておらず,かつ,当審第1回口頭弁論期日において,Aの運転上の過失について主張する事情は,過失相殺事由として主張するものではない旨明言し,第2回口頭弁論期日においても,裁判長から予備的なものも含めて過失相殺を主張しないということでよいのか再度確認されながら,主張しない旨明言している。そして,控訴人らも,被控訴人東日本高速道路については,国家賠償法2条1項の責任が認められれば過失相殺を検討する必要がなくなることを前提に,原審及び当審において主張・立証を行っていると認められる(控訴人ら平成19年9月11日付け控訴理由書41頁)。
民法722条2項の規定による過失相殺については,賠償義務者から過失相殺の主張なくとも,裁判所は訴訟にあらわれた資料に基づき被害者に過失があると認めるべき場合には,損害賠償額を定めるに当たり,職権をもってこれをしんしゃくすることができる(最高裁判所昭和41年6月21日判決・民集20巻5号1078頁参照)が,上記認定の本件訴訟の経過にかんがみれば,被控訴人東日本高速道路との関係では,過失相殺を行って損害額を減額するのは相当でない。
よって,被控訴人Yと被控訴人東日本高速道路は,控訴人らに対して共同不法行為者として,控訴人らが被った損害につき連帯して賠償すべき義務を負うべきであるが,被控訴人東日本高速道路との関係では過失相殺を行わないことから,認定された損害額に関し,被控訴人東日本高速道路は,過失相殺後の損害額については被控訴人Yと連帯して,これを超える損害額については単独で,賠償義務を負うこととなる。
8 控訴人X1について
(1) Aから相続した損害賠償額
ア 被控訴人Yに対するもの 2434万3142円
48,686,283×0.5=24,343,142(小数点以下切上げ)
イ 被控訴人東日本高速道路に対するもの 3477万5917円
69,551,834×0.5=34,775,917
(2) 固有の損害
ア 控訴人X1は,Aから相続した損害賠償額に加えて,被控訴人らに対して,固有の損害賠償請求権を有するところ,本件事故によって控訴人X1が被った固有の損害は,葬儀関係費が150万円,固有の慰謝料が100万円と認められる。その理由は,原判決書29頁25行目冒頭から30頁18行目末尾までに記載のとおりであるからこれを引用する。
イ 被控訴人Yに対するもの 175万円
固有損害合計250万円につき,Aは,控訴人X1の子であり,控訴人X1と身分上,生活関係上一体をなすとみられる関係にあるから,控訴人X1の損害賠償請求に当たり,Aの事情を考慮することができる(最高裁判所昭和51年3月25日判決・民集30巻2号160頁参照)。
Aに3割の過失があることは前記のとおりであるから,これを被害者側の過失として,過失相殺の法理を適用して,控訴人X1固有の損害額全体に対して3割の減額を認めるのが相当である。
そうすると,控訴人X1固有の損害に対して3割を減額すると,控訴人X1の損害は175万円となる。
ウ 被控訴人東日本高速道路に対するもの 250万円
前記のとおり,被控訴人東日本高速道路との関係では,Aについてもそもそも過失相殺すべきではないから,損害額250万円がそのまま請求額となる。
(3) 以上によれば,控訴人X1については,①被控訴人Yとの関係での損害賠償額は2609万3142円,②被控訴人東日本高速道路との関係での損害賠償額は3727万5917円となる。前記前提事実のとおり,控訴人X1に対しては,平成14年11月15日に損害賠償金として既に1500万4950円が支払われているので,これを本件事故日から平成14年11月15日まで(404日間)に発生した遅延損害金に充当すると,損害賠償金元金は,①被控訴人Yとの関係では1253万2250円,②被控訴人東日本高速道路との関係では2433万3908円となる。
26,093,142-(15,004,950-26,093,142×0.05×404/365)=12,532,250(被控訴人Y分)
37,275,917-(15,004,950-37,275,917×0.05×404/365)=24,333,908(被控訴人東日本高速道路分)
(4) 弁護士費用
本件事案の内容,訴訟手続の経過にかんがみると,本件事故と相当因果関係に立つ弁護士費用は,認容額の約10%に当たる①被控訴人Yとの関係では120万円,②被控訴人東日本高速道路との関係では240万円が相当である。
(5) まとめ
以上によれば,被控訴人Yは,控訴人X1に対し,損害賠償金1373万2250円及びこれに対する平成14年11月16日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の,被控訴人東日本高速道路は,控訴人X1に対し,損害賠償金2673万3908円及びこれに対する平成14年11月16日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の,それぞれ支払義務を負い,上記被控訴人Yの支払額の限度で両債務は連帯債務の関係に立つ。
9 控訴人X2について
(1) Aから相続した損害賠償額
ア 被控訴人Yに対するもの 2434万3141円
48,686,283×0.5=24,343,141(小数点以下切捨て)
イ 被控訴人東日本高速道路に対するもの 3477万5917円
69,551,834×0.5=34,775,917
(2) 固有の損害
ア 控訴人X2は,Aから相続した損害賠償額に加えて,被控訴人らに対して,固有の損害賠償請求権を有するところ,本件事故によって子を失ったことを考慮すると,控訴人X2の固有の慰謝料としては100万円が相当である。
イ 被控訴人Yに対するもの 70万円
固有損害100万円につき,Aは,控訴人X2の子であり,控訴人X2と身分上,生活関係上一体をなすとみられる関係にあるから,控訴人X1の場合と同様,控訴人X2の損害賠償請求に当たっても,Aの事情を考慮することができる
Aに3割の過失があることは前記のとおりであるから,これを被害者側の過失として,過失相殺の法理を適用して,控訴人X2固有の損害額に対して3割の減額を認めるのが相当である。
そうすると,控訴人X2の損害に対して3割を減額すると,控訴人X2の損害は70万円となる。
ウ 被控訴人東日本高速道路に対するもの 100万円
前記のとおり,被控訴人東日本高速道路との関係では,Aについてもそもそも過失相殺すべきではないから,損害額100万円がそのまま請求額となる。
(3) 以上によれば,控訴人X2については,①被控訴人Yとの関係での損害賠償額は2504万3141円,②被控訴人東日本高速道路との関係での損害賠償額は3577万5917円となる。前記前提事実のとおり,控訴人X2に対しては,平成14年11月15日に損害賠償金として既に1500万円が支払われているので,これを本件事故日から平成14年11月15日まで(404日間)に発生した遅延損害金に充当すると,損害賠償金元金は,①被控訴人Yとの関係では1142万9090円,②被控訴人東日本高速道路との関係では2275万5844円となる。
25,043,141-(15,000,000-25,043,141×0.05×404/365)=11,429,090(被控訴人Y分)
35,775,917-(15,000,000-35,775,917×0.05×404/365)=22,755,844(被控訴人東日本高速道路分)
(4) 弁護士費用
本件事案の内容,訴訟手続の経過にかんがみると,本件事故と相当因果関係に立つ弁護士費用は,認容額の約10%に当たる①被控訴人Yとの関係では110万円,②被控訴人東日本高速道路との関係では220万円が相当である。
(5) まとめ
以上によれば,被控訴人Yは,控訴人X2に対し,損害賠償金1252万9090円及びこれに対する平成14年11月16日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の,被控訴人東日本高速道路は,控訴人X2に対し,損害賠償金2495万5844円及びこれに対する平成14年11月16日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の,それぞれ支払義務を負い,上記被控訴人Yの支払額の限度で両債務は連帯債務の関係に立つ。
10 よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 末永進 裁判官 住友隆行)
裁判官 千葉和則は,転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 末永進