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札幌高等裁判所 平成19年(ネ)260号 判決 2008年10月16日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  請求の減縮及び本件附帯控訴に基づき、原判決主文第1、2項を次のとおり変更する。

(1)  控訴人兼附帯被控訴人は、被控訴人兼附帯控訴人に対し、108万円及びこれに対する平成18年11月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  被控訴人兼附帯控訴人のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用(附帯控訴の費用を含む。)は、第1、2審を通じてこれを10分し、その9を控訴人兼附帯被控訴人の負担とし、その1を被控訴人兼附帯控訴人の負担とする。

4  この判決の2項(1)は仮に執行することができる。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決中控訴人兼附帯被控訴人(以下「控訴人」という。)敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人兼附帯控訴人(以下「被控訴人」という。)の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。

第2附帯控訴の趣旨

1  原判決を次のとおり変更する。

2  控訴人は、被控訴人に対し、213万円及びこれに対する平成18年11月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え(附帯控訴状には、「控訴人は、被控訴人に対し、213万円に対する平成18年11月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。」と記載されているが、貼用印紙の額、同書面の記載内容からこの記載は誤記であり、上記のとおり請求しているものと認める。)。

3  訴訟費用は第1、2審とも控訴人の負担とする。

第3事案の概要

本件訴訟は、被控訴人が、控訴人に対し、ⅰ被控訴人は、アイク株式会社(以下「アイク」という。)又はその後アイクを吸収合併した控訴人との間で継続的な金銭消費貸借取引(以下「本件取引1」及び「本件取引2」という。)を行い、ⅱ控訴人(旧商号ディックファイナンス株式会社)との間で継続的な金銭消費貸借取引(以下「本件取引3」という。)を行ったところ、これら各取引についてその貸付け及び返済を利息制限法の定める制限利率によって引き直した結果、いずれも過払金が発生したと主張して、不当利得返還請求として、①本件取引1に係る過払金518万2078円及び確定法廷利息金1万5984円、②本件取引2に係る過払金461万9806円及び確定法廷利息金1万2219円、③本件取引3に係る過払金88万2381円の合計1071万2468円、並びに、うち上記①ないし③の過払金元本合計1068万4265円に対する不当利得の後の日(本件取引1ないし3の最後の取引の日の翌日)である平成17年9月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による法廷利息金の支払を求めて提起され、原審において、④被控訴人は、本件取引1ないし3に係る過払金の返還請求のためにやむなく弁護士に委任して本件訴訟を提起したと主張して、民法704条後段に基づく損害賠償請求として弁護士費用108万円(本件取引1につき52万円、本件取引2につき47万円、本件取引3につき9万円の合計)及びこれに対する不当利得の後の日(訴状送達の日)である平成18年11月24日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め、⑤アイク及び控訴人は、本件取引1及び2において、利息制限法の定める制限利率を超える利率による利息(以下「超過利息」という。)の収受を継続し、上記制限利率によって引き直し計算すれば被控訴人の上記各社に対する債務がなくなった後も不当に請求を継続して被控訴人に返済をさせた不法行為によって、被控訴人に精神的苦痛を被らせたと主張して、不法行為に基づく損害賠償請求として、慰謝料計90万円(本件取引1につき50万円、本件取引2につき40万円)及び弁護士費用計15万円(本件取引1につき10万円、本件取引2につき5万円)の合計105万円及びこれに対する不法行為の後の日(訴状送達の日)である平成18年11月24日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める請求を追加した。

原審は、上記請求のうち①ないし③の請求の全部(法定利息金の請求を含む。)及び④の請求の一部(107万1247円及びこれに対する附帯請求)を認容し、⑤の請求を棄却する判決(原判決)をしたところ、控訴人はこれを不服として本件控訴を提起した。

当審において、被控訴人は、上記①ないし③の請求については、控訴人から法定利息金を含め全額弁済を受けたとして、本件訴えのうち上記①ないし③の請求(法定利息金の請求を含む。)に係る部分を取り下げ、控訴人はこの取下げに同意した。また、被控訴人は、本件附帯控訴を提起し、原判決が認容しなかった上記④の請求の残部及び⑤の請求についてその支払を求めた。

したがって、当審における審理の対象は、上記④及び⑤の請求の当否である。

1  前提事実

原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の「1 前提事実」に記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決3頁6行目の「ユニマットライフ、」及び同頁9行目の「ユニマットライフ及び」をそれぞれ削除し、同頁11行目及び同頁13行目から14行目にかけての各「ユニマットライフ」をいずれも「アイク」と改める。

2  当事者の主張

(1)  民法704条後段に基づく弁護士費用の支払請求

ア 被控訴人

(ア) アイク及び控訴人は悪意の受益者であるところ、被控訴人は、控訴人が上記①ないし③の各過払金の返還に応じないことから、本件訴訟の提起、遂行を被控訴人訴訟代理人弁護士に委任したが、このために支出した弁護士費用は上記各過払金の返還請求のために必要不可欠な費用であるから、上記①ないし③の各過払金返還請求につきそれぞれ52万円、47万円及び9万円の合計108万円は、控訴人の不当利得と相当因果関係にある弁護士費用であって、民法704条後段にいう損害に当たる。

(イ) 控訴人の主張に対する反論

a 控訴人の主張(ア)について

民法704条後段は、法律上の原因がないことを知りながら利得を得る行為は極めて悪性が強く、受益行為と相当因果関係のある損害の全部を賠償させても不当ではなく、むしろ損失者を損失のなかった状態に回復させることこそが不当利得制度の根本にある公平に資すると考えられたことから、不法行為とは別個の要件に基づき賠償責任を認めたものと解すべきである。

なお、民法704条後段の損害賠償の性質を不法行為責任と解するとしても、悪意の受益者が過払金の返還に応じないことを違法行為とするかどうかは、民法704条が不当利得制度の一環である以上、その背景にある公平の原理を考慮して決するべきところ、本件のように、貸金業者である控訴人が貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業法」という。)を遵守せず、かつ、そのことを知りつつ利息制限法の定める制限利率を超える利率による利息を利得し続け、不当利得金の返還に容易に応じないことは、貸金業者である控訴人と一般消費者である被控訴人との関係に照らし、公平の見地から不法行為に該当するというべきである。

b 控訴人の主張(イ)について

本件のように、貸金業者である控訴人が利息の充当計算や悪意の受益性を争っている場合には、一般消費者である被控訴人としては貸金業法に関する専門的知見や充当計算に関する技術的知見が必要であるため、弁護士に訴えの提起や遂行を委任することも通常生ずる事態であって、貸金業者と一般消費者との専門性や交渉力の相違を考えるとき、公平の原理から過払金返還請求のための弁護士費用を704条後段の損害にあたるとすることは当然である。

c 控訴人の主張(ウ)について

民法704条後段の「なお損害のあるときは、その賠償の責任を負う」とは、悪意の受益者が受けた利益に利息を付して返還しても、損失者のもとになお填補されない損害が残るときは、それを賠償することを規定したものと解すべきである。そして、民法704条後段は、損失者において、利息を付した利得金の返還によってもなお填補されない損害が残ることの個別、具体的な主張、立証を要するという点で、民法419条の特則であると解される。

そして、次に述べるように、控訴人による受益と過払金返還請求訴訟を提起するための弁護士費用とは相当因果関係が認められるのであり、単に過払金を返還しただけでは填補されない損害が残ることは、本件訴えの提起を被控訴人代理人弁護士に委任しているところから十分に認められる。

d 控訴人の主張(エ)について

一般消費者が悪意の受益者である貸金業者から過払金の返還を受けられず、自己の権利を擁護するために訴訟提起を余儀なくされた場合、貸金業法に関する専門的知見や充当計算に関する技術的知見が必要であるため、弁護士にその提起や遂行を委任することも、通常生ずる事態であると考えられるから、過払金返還請求訴訟を提起、遂行するために弁護士に委任した場合には、その弁護士費用は受益と相当因果関係の範囲内にある損害というべきである。

e 控訴人の主張(オ)について

被控訴人は、控訴人が不当利得金返還債務の履行を遅滞したことを理由として弁護士費用の支払を求めているわけではないから、控訴人の主張は失当である。

f 控訴人の主張(カ)について

争う。

イ 控訴人

(ア) 民法704条後段の損害賠償責任は不法行為に基づくものであるところ、控訴人はいかなる不法行為もしていないから、民法704条後段に基づく弁護士費用の請求が認められる理由はない。

(イ) 仮に、控訴人に不法行為責任が認められるとしても、訴え提起に要した弁護士費用についてまで賠償請求が認められるためには、受益者たる控訴人の行為が強度の違法性を帯びている場合に限られるところ、本件においては過払金返還義務の有無という民事上の紛争であり、訴え提起に要する弁護士費用の賠償義務が生じるほどの強度の違法性があったとは到底いえない。

(ウ) 民法704条後段にいう「なお損害があるときは」とは、同条前段所定の利息額を超過する損害があるときとの趣旨であるところ、控訴人は205万5964円の利息の支払をしているのであるから、被控訴人の損害額が利息額を超過するとは考えられない。

(エ) 民法704条後段の損害賠償が不当利得の事実と因果関係のある損害についてのみ認められることは法文上明らかであるところ、過払金返還訴訟は一般的にみて弁護士への委任が必要不可欠な性質の訴訟ではないから、弁護士費用は不当利得の事実と因果関係があるとはいえない。

ところで、原判決は、控訴人が容易に過払金を返還しないことを理由に損害賠償を認めているが、容易に過払金を返還しないことは、不当利得の生じた後の事実であって、不当利得の事実そのものから生じたものではないから、弁護士費用は不当利得と因果関係があるということはできない。

(オ) 控訴人が過払金を返還しないことが履行遅滞に該当するとしても、民法419条に照らし、704条後段は適用にならないというべきであるから、控訴人が容易に過払金を返還しないことを根拠として704条後段により弁護士費用を請求することはできない。

(カ) 原判決がいうように、控訴人が容易に過払金を返還しないことを理由に控訴人の弁護士費用を負担しなければならないとすると、それは裁判において相手方が反論することを否定し、裁判において争ったこと自体を司法権が処罰することに等しい。自己の主張を裁判において争う権利の否定は、憲法32条が定める裁判を受ける権利の否定に他ならない。

(2)  不法行為に基づく損害賠償請求(不当請求に係る慰謝料及び弁護士費用)

ア 被控訴人

(ア) 貸金業法に基づく貸金業登録を行って貸金業を営む者は、顧客から貸金業法43条所定のいわゆるみなし弁済(以下、単に「みなし弁済」という。)の要件を踏まえた利息徴収をしているか否かを常に把握しておく管理義務、注意義務があるのであり、みなし弁済の要件を踏まえていないこと、すなわち、法律上の原因を欠くことを知りつつも、超過利息を顧客に対して請求することは管理義務違反、注意義務違反となるのであって、いわば架空請求に等しい不法行為となる。

また、顧客との金銭消費貸借契約を定めた契約書面において超過利息の支払を定めたような場合において、当該金銭消費貸借契約締結後に、貸金業者がみなし弁済の要件を踏まえていないにもかかわらず、顧客が過剰な利息を支払ってきた場合には、信義則上、支払利息が過剰であること、受け取るべき法律上の原因のないことを速やかに顧客に告知し、過剰な金額の弁済をしないよう説明すべき義務を負うこととなるが、貸金業者がかかる説明を行わないまま、受け取るべき法律上の原因のないことを知りつつ、過剰な金員を収受し続ける行為は、いわば継続的な釣り銭詐欺と等しい行為であり、不法行為となる。

アイク及び控訴人は、本件取引1及び2を開始して以降、みなし弁済の要件を備えず、しかもみなし弁済の要件を備えていないことにつき悪意で、本来は支払義務のない超過利息を被控訴人の無知に乗じて請求、収受して不当利得を重ねてきたものである。特に、最高裁判所の平成11年1月21日判決に従い、この日以降にみなし弁済の要件を満たさなくなったと仮定し、同日以降の取引についてのみ利息制限法制限利息に引き直して計算したとしても、平成16年2月24日以降は常時過払い状態となっていたのであるから、控訴人は遅くとも平成16年2月24日以降みなし弁済の要件を備えず、利息制限法に照らせば、被控訴人に対して既に債権が存在せず、過払いになっていたことを確信していたということができる。

アイク及び控訴人は、みなし弁済の要件を備えていないことを明確に認識しつつ(確信しつつ)、被控訴人に対して過剰な支払であることを何ら説明せず、被控訴人が超過利息を支払っていることを知りながらその収受を継続し、利息制限法の制限利率によって引き直せば被控訴人の上記各社に対する債務がなくなった後も、これを知りながら、被控訴人に対して請求を継続し、被控訴人に支払をさせた。

アイク及び控訴人の上記行為は、いわば架空請求ないし継続的な釣り銭詐欺と同様の事態であって、被控訴人に対する不法行為に当たり、被控訴人はこれによって精神的苦痛を被ったものである。アイク及び控訴人は、10年以上にわたって不当請求をしてきたのであり、これに対する慰謝料は、本件取引1につき50万円、本件取引2につき40万円の合計90万円を下回ることはなく、また、被控訴人が控訴人に対して上記慰謝料を請求するために支出した弁護士費用のうち、本件取引1に係る慰謝料につき10万円、本件取引2に係る慰謝料につき5万円の合計105万円は、アイク及び控訴人の上記不法行為と相当因果関係にある損害である。

(イ) 控訴人の主張に対する反論

a 控訴人の主張(ア)について

みなし弁済が成立しない場合の超過利息の支払義務が自然債務であるとすると、すでに受領した利息の返還義務は生じないはずである。しかるに、みなし弁済が成立しない場合の超過利息の支払は法律上の原因のない利得であるから不当利得返還請求が成立するのであり、超過利息の支払義務が自然債務でないことは明らかである。

本件取引3について、みなし弁済の要件を備えていたことは争う。

b 控訴人の主張(ウ)について

控訴人の被控訴人に対する不法行為は、超過利息を収受することができないことを知りつつ、長年にわたり継続してこれを請求、収受してきた一連の行為と捉えるべきであるから、消滅時効の起算点は不法行為終了時である平成17年9月26日である。

また、他人の行為によって損害を被ったとしても、その行為が違法であり損害賠償請求権を発生させるものだということを知らない場合には、現実的には被害者が損害賠償請求をする可能性がないことになるから、民法724条にいう「損害を知る」とは、他人の不法行為によって損害を受けたことを知ることを意味すると解すべきところ、被控訴人が本来支払義務のない超過利息を請求、収受されてきたという控訴人による不法行為を知ったのは、早くとも被控訴人代理人弁護士から取引履歴の開示を受けた平成18年9月12日であるから、消滅時効の起算点は同日である。

イ 控訴人

(ア) 控訴人が被控訴人から利息制限法所定の利率を超え、出資の受入れ、預り金及び金利等の取締りに関する法律(以下「出資法」という。)5条所定の利率未満の利率(以下「グレーゾーン金利」という。)による利息(以下「グレーゾーン利息」という。)を請求、受領してきた行為は違法と評価されるべきものではない。なお、控訴人には被控訴人に対して過剰な支払であることを告知する義務があるとの被控訴人の主張は争う。

すなわち、みなし弁済が成立する要件についての判例の変遷には著しいものがあり、また、過払金の充当の可否については一義的に決定できるものではないことなどから、被控訴人の控訴人に対する債務がいつ消滅したか客観的に明確であったとはいいがたい。のみならず、グレーゾーン利息の支払義務は自然債務的性質を有するものであり、債務者に支払義務がなかったと断言できるものではなく、また、仮に債務者にグレーゾーン利息の支払義務がなかったとしても、グレーゾーン利息を請求、受領する行為そのものは法で許容されていた。

また、グレーゾーン利息の支払は、契約自由の原則のもと、当事者間の有効な契約に基づくものであり、契約に定められたとおりの金額を請求、収受する行為自体が違法となるものではない。

控訴人は、最高裁判所の平成11年1月21日判決以降、銀行振込によって返済した場合の受取証書の交付について、同判決を尊重してこれに従うために最大限の努力をして対応を進めてきた。

なお、本件取引3についてはみなし弁済の要件を備えていた。

(イ) 控訴人には故意、過失は認められない。

すなわち、控訴人は、控訴人が被控訴人にグレーゾーン利息を請求、受領する行為そのものは法律によって許容されていると信じていたのであるから、原判決が引き直し計算により過払金が発生したとされる時点においても、控訴人は被控訴人に債務がないことなど認識していなかったし、控訴人がグレーゾーン利息を請求、受領する行為が法律によって許容されると信じたことに何の過失を認めることはできない。

なお、控訴人は、監督官庁の定期的な立入検査によっても貸金業法17条、18条書面の不備を指摘されたことはないし、グレーゾーン利息の請求、収受を禁止されたことはないのであるから、控訴人がみなし弁済を成立させるための十分な努力を行っていなければみなし弁済が成立すると信じたことにつき過失があると被控訴人が主張するのであれば、その点については被控訴人が主張、立証責任を負うべきである。

(ウ) 仮に、控訴人によるグレーゾーン利息の請求、収受行為が不法行為を構成するとしても、被控訴人は、控訴人からグレーゾーン利息の請求を受ける都度加害者及び損害を知っていたことになるから、本件訴えにおいて被控訴人が不法行為による損害賠償請求を追加した平成19年6月4日から3年前である平成16年6月4日以前のグレーゾーン利息の請求、収受行為による不法行為責任は、時効により消滅しているので、控訴人は消滅時効を援用する。

なお、被控訴人が主張するように消滅時効の起算点を平成18年9月12日とするならば、被控訴人はこの日に損害を知ったと主張していることになるのである。とすると、被控訴人が精神的苦痛を受けたのはこの日以降となるはずであるが、平成18年9月12日までに被控訴人は弁護士に介入を依頼し、控訴人による取立行為もストップしていたから、多重債務による苦しみという精神的損害は消滅していたことになる。

第4当裁判所の判断

1  民法704条後段に基づく弁護士費用の支払請求について

(1)  被控訴人が弁護士に委任して本件訴えを提起、遂行していることは、本件記録上明らかである。

(2)  民法704条後段は、不法行為とは別に本条を設けられていること、過失ある善意の受益者は除かれていることなどに照らすと、悪意の受益者の不法行為責任を定める規定ではなく、不当利得制度を支える公平の原理から悪意の受益者に対しての責任を加重した特別の責任を定めたものと解するのが相当である。そして、この規定に基づき悪意の受益者が損失者に賠償すべき責任の範囲については、民法416条が準用されると解するのが相当であるから、不当利得と相当因果関係のあるすべての損害が賠償の対象となるというべきである。

控訴人は、704条後段により訴え提起に要した弁護士費用まで賠償請求が認められるためには、受益者たる控訴人の行為が強度の違法性を帯びている場合に限られる旨主張するところ、そのように限定すべき根拠はない。

(3)  アイク及び控訴人が悪意の受益者であることは、原判決「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」の1、(1)、ウ(原判決7頁4行目から同頁12行目まで。)に説示のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決7頁4行目、同頁7行目から8行目にかけて及び同頁10行目の各「ユニマットライフ、」をいずれも削除する。

(4)  本件において、弁護士費用が不当利得と相当因果関係のある損害ということができるか否か判断する。

一般に、消費者たる借主が貸金業者に対して、超過利息の支払を繰り返した結果過払金が発生したとして民法704条に基づきその返還請求をすることは、貸金業者に対する取引履歴の開示請求を要すること、超過利息の元本への充当計算の困難性、貸金業者の悪意性の主張、立証の必要性、消滅時効の起算点の問題、取引の個数の問題等があり、自ら訴訟を提起、遂行することが困難であることは、当裁判所に顕著である上、本件においては、①本件取引1及び2では取引履歴の開示が一部分にとどまっていること(弁論の全趣旨)、②本件取引1及び2は、当初アイクとの間で行われていたが、その後控訴人がアイクを吸収合併したこと(前提事実)、③控訴人が開示した範囲に限っても、本件取引1は約17年間、本件取引2は約16年間という長期間にわたるものであること(前提事実)など、より被控訴人自らが本件訴えを提起、遂行することの困難性を増加させる事情がある。以上によれば、被控訴人は弁護士である被控訴人代理人に委任するのでなければ、本件訴えを提起、遂行することは困難であったというべきである。

ところで、不法行為に基づく損害賠償請求訴訟において弁護士費用が不法行為と相当因果関係のある損害と認められている理由は、相手方の故意又は過失によって自己の権利を侵害された者が損害賠償義務者たる相手方から容易にその履行を受けられないため、自己の権利擁護上、訴えを提起することを余儀なくされた場合においては、一般人は弁護士に委任しなければ、十分な訴訟活動をすることができないからであるとされている(最高裁判所昭和44年2月27日第一小法定判決・民集23巻2号441頁参照)。このことに鑑みると、本件のように控訴人が不当利得金を容易に返還せず、弁護士に委任するのでなければ不当利得返還請求の訴えを提起することが困難な場合にも、その弁護士費用は不当利得と相当因果関係のある損害と解するのが相当である。

控訴人は、弁護士費用は不当利得の事実そのものから生じたものではないから、不当利得と因果関係がある損害ということはできない旨主張する。しかし、不法行為に基づく損害賠償請求訴訟における弁護士費用も不法行為そのものから生じた損害ではなく、損害賠償請求をするために生じたものであって、その構造は過払金返還請求をするための弁護士費用と同一というべきである。したがって、本件における弁護士費用が不当利得の事実そのものから生じたものではないことは、不当利得と相当因果関係があるものと解することの妨げとなるものではない。

(5)  控訴人は、民法704条後段にいう「なお損害があるときは」とは、同条前段所定の利息額を超過する損害があるときとの趣旨であるところ、控訴人は205万5964円の利息の支払をしているのであるから、被控訴人の損害額が利息額を超過するとは考えられない旨主張する。しかし、民法704条前段が利息の支払を義務付けているのは、利得財産からは法定利息程度の付加利益が生ずるのが通常であり、これを損失者からみればいわゆる得べかりし利益の喪失となるので、それを併せて返還させる趣旨であると解されるところ、本件訴えの提起、遂行のための弁護士費用は、これとは全く異なる損害であるから、控訴人が被控訴人に対して利息を支払ったとしても、上記弁護士費用は同条後段にいう損害に当たり、控訴人はその支払を免れることはできない。このことは、仮に被控訴人が特別な知識、経験を有するため、弁護士に委任せず、いわゆる本人訴訟として本件訴えを提起、遂行し、勝訴した場合においても、民法704条前段で利息の支払を求めることができることの対比からしても明らかである。

(6)  控訴人は、控訴人が過払金を返還しないことが履行遅滞に当たることを前提として、民法419条に照らし、控訴人が容易に過払金の返還に応じないことを根拠として民法704条後段により弁護士費用を請求することはできない旨主張するが、被控訴人は控訴人の履行遅滞の責任を追及しているわけではないから、控訴人の主張は前提を欠くものというべきである。

(7)  控訴人は、控訴人が容易に過払金を返還しないことを理由に被控訴人の弁護士費用を負担しなければならないとすると、控訴人の裁判を受ける権利が否定される旨主張する。しかし、原審において控訴人が自説を展開し、自らが必要と考える証拠を提出して被控訴人の過払金請求を拒んでいたことは本件記録上明らかであって、控訴人は裁判を受ける権利を行使してきたというべきである。控訴人の自説が裁判所の容れるところではなかったため、過払金返還請求について敗訴し、その結果控訴人が被控訴人の弁護士費用を負担することとなったとしても、それはそのような自説を展開したことによるものであって、いわば自業自得ともいうべきものであり、裁判を受ける権利の侵害と解することはできない。

(8)  以上のとおり、控訴人は被控訴人が本件訴えの提起、遂行のために要した弁護士費用を負担すべきところ、本件事案の内容、原判決が認容し、控訴人がその後被控訴人に支払った過払金の額等を考慮すると、控訴人の不当利得と相当因果関係のある損害としての弁護士費用は、前記①ないし③の各過払金返還請求につきそれぞれ52万円、47万円及び9万円、合計108万円が相当と認められ、同額及びこれに対する不当利得の後の日(本件訴状が控訴人に送達された日)であることが本件記録上明らかな平成18年11月24日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める被控訴人の請求は理由がある。

2  不法行為に基づく損害賠償請求について

被控訴人は、本件取引1ないし3において、継続的な金銭消費貸借取引を行う基本契約に基づき超過利息の支払を継続していた(前提事実)のであって、本件訴えにおいて控訴人がみなし弁済の要件を備えていた旨の主張、立証をしていないため、超過利息の支払が有効な債務の弁済とならないとしても、それを超えて超過利息を請求、収受することが当然に不法行為法上の違法性を有するということには、論理の飛躍があると解する。このことは、本件取引1ないし3が終了した平成17年9月26日ころまで、数多くの消費者金融会社が長年にわたってグレーゾーン利息を得る営業を行ってきたが、このような営業が違法であるとの指摘がなされていなかったこと(弁論の全趣旨)からも裏付けられる。ほかに本件において控訴人が超過利息を請求、収受したことが不法行為法上の違法性を有すると評価されるような事情を認めるに足りる証拠はない。したがって、被控訴人の不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。

なお、被控訴人は、控訴人は顧客からみなし弁済の要件を踏まえた利息徴収をしているか否かを常に把握しておく管理義務、注意義務があり、また、控訴人は顧客に対し過剰な金額の弁済をしないよう説明すべき義務がある旨主張するが、そのような義務を認める根拠は見出しがたい。

第5結論

よって、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、本件附帯控訴の一部は理由があるから、原判決の一部を変更することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 信濃孝一 裁判官 北澤晶 中川博文)

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