大判例

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札幌高等裁判所 平成20年(ネ)113号 判決 2009年1月30日

控訴人

東日本電信電話株式会社

代表者代表取締役

A

代理人支配人

B

訴訟代理人弁護士

冨岡公治

三春裕嗣

冨岡俊介

安西愈

渡邊岳

梅木佳則

木村恵子

小西慶一

被控訴人

X1

被控訴人

X2

上記2名訴訟代理人弁護士

高崎暢

浅井俊雄

粟生猛

内田信也

大賀浩一

川村俊紀

齋藤耕

笹森学

佐藤哲之

佐藤博文

高崎裕子

竹田美由紀

竹中雅史

竹之内洋人

田中貴文

綱森史泰

長野順一

日笠倫子

森谷瑞穂

渡辺達生

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

(1)  控訴人は被控訴人らに対し、それぞれ829万2565円及びこれに対する平成14年6月9日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  被控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。

2  控訴費用は、全審級を通じてこれを4分し、その3を被控訴人らの負担とし、その余を控訴人の負担とする。

3  この判決は、第1項の(1)に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

控訴人は、被控訴人X1に対し、3587万4362円、被控訴人X2に対し、3587万4361円及びこれらに対する平成14年6月9日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

E(以下「E」という)は、控訴人の従業員であったところ、平成14年6月9日午前11時ころ、急性心筋虚血で死亡した。Eの相続人である被控訴人らは、控訴人がEに時間外労働をさせ、かつ、宿泊を伴う研修等に従事させたことがEの死亡の原因であるとして、控訴人に対し、それぞれ、不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償請求権に基づき、慰謝料等及びこれらに対する遅延損害金の支払を求めて、札幌地方裁判所に訴えを提起した。

札幌地方裁判所は、被控訴人らの請求を一部認容し、その余の請求を棄却する判決(原判決)をしたところ、控訴人のみが控訴を提起した。

札幌高等裁判所は、控訴人の控訴を棄却する判決をしたので、控訴人が上告受理の申立てをしたところ、上告が受理され、この判決を破棄し、札幌高等裁判所に差し戻す判決がされた。

本件は、差戻し後の控訴審の事件であり、現時点で当事者が維持している主張は、以下のとおりである。

1  前提事実(争いのない事実及び証拠によって容易に認められる事実)

(1)  当事者等

ア(ア) E(昭和18年(月日略)生まれ)は、平成14年6月9日午前11時ころ、北海道樺戸郡(以下省略)において、急性心筋虚血で死亡した(書証省略)。

(イ) 被控訴人X1はEの妻であり、被控訴人X2は、Eと被控訴人X1との間の子である。

イ(ア) 日本電信電話公社(以下「公社」という)は、昭和27年8月、日本電信電話公社法の施行に伴って発足し、昭和60年4月1日に民営化されて、日本電信電話株式会社(以下「旧NTT」という)に一切の権利義務を引き継いで解散した。

(イ) 平成11年7月1日、日本電信電話株式会社等に関する法律の施行による旧NTTの再編成により控訴人が設立された。控訴人は、同法により、東日本地域における地域電気通信業務、地域電気通信業務に附帯する業務等の業務をその事業として行うこととされた(書証(省略)。以下、控訴人及び西日本電信電話株式会社等を含めて「NTTグループ」と総称する)。

ウ Eは、昭和37年4月に公社に入社して旭川事業所に配属となったところ、その後、Eの雇用関係は、公社から旧NTTへ、旧NTTから控訴人へと引き継がれたが、その間の勤務場所は、死亡するに至るまで同事業所のままであった。

この間、Eは、旭川電話局電力課、同施設部試験課、旭川電報電話局第二施設部市内試験課、同局内保全課、旭川支店設備部機械設備担当、同お客様サービス部(113サービス)などを経て、平成5年10月12日に旭川支店お客様サービス部(116サービス)に、平成11年1月25日に北海道支店お客様サービス部(旭川116センタサポート)に、平成13年1月1日に同サービス部(116部門旭川116センタ)に順次配属先が変更になり、平成14年4月24日、北海道支店旭川営業支店(法人営業)に配属替えとなった。

(2)  Eの健康状態

Eは、平成5年5月30日、職場定期健康診断で心電図の異常を指摘され、同年6月14日に市立旭川病院で外来受診したところ、心電図、心臓超音波検査の所見から陳旧性心筋梗塞が疑われたため、同年7月5日、同病院に入院し、心臓カテーテル検査、冠状動脈造影検査を受けた。その結果、同動脈に有意な狭窄が認められるとともに、左室造影により壁運動が一部低下していたことから、陳旧性心筋梗塞(合併症として高脂血症)と診断された。同人は、同年8月6日、同病院に再入院して、同月9日、経皮的経管的冠状動脈血管形成術(以下「PTCA」という)を受け、以降、高脂血症の治療と併せて、冠状動脈疾患に対する内服治療を続けていた(書証省略)。

(3)  控訴人における健康管理規程等

ア 控訴人の健康管理規程(書証省略)には、次のとおりの定めがある(28条)。

「健康管理医は、健診等の結果、又は第30条により組織の長から診断書の送付を受けたときは、必要に応じ検診を行い、管理が必要であると認められる者(以下「要管理者」という)について、それぞれ次の各号により指導区分を決定するものとする。

(1) 療養(A) 勤務を休む必要があるもの

(2) 勤務軽減(B) 勤務を軽減する必要があるもの

(3) 要注意(C) ほぼ平常の勤務でよいもの

(4)  準健康(D) 平常勤務でよいもの」

イ 控訴人の健康管理規程取扱細則(書証省略)には、次のとおりの定めがある(28条2項(3))。

「要注意(C)の服務については、次の各項によることとする。

ア 日勤、夜勤以外の服務につかせない。ただし、やむを得ぬ理由で前記の服務以外の服務につかせる場合は、組織の長と管理医が協議して決める。

イ 時間外労働は命令しない。ただし、やむを得ぬ理由で時間外労働を命令する場合は、組織の長と管理医が協議して決める。この場合においても、1日2時間、1週2回を限度とする。

ウ 過激な運動を伴う業務、宿泊出張はさせない。ただし、やむを得ぬ理由で宿泊出張させる場合は、組織の長と管理医が協議して決める。」

ウ 前記(2)の手術後の平成5年8月20日、控訴人は、Eが健康管理規程の「要注意(C)」の指導区分に該当すると判断し、Eに対してその旨通知した(書証省略)。

(4)  時間外労働・休日労働(書証省略)

ア Eの平成10年から平成14年までの時間外労働時間は次のとおりである。

(ア) 平成10年 1か月平均0.83時間

(イ) 平成11年 1か月平均1.33時間(合計16時間)

(ウ) 平成12年 1か月平均2.92時間(合計35時間)

(エ) 平成13年 1か月平均4.83時間(合計52時間。但し、給与明細書がある10か月分の合計)

(オ) 平成14年 1か月平均0.5時間(合計5時間)

イ Eの平成11年から平成14年までの休日労働は次のとおりである。

(ア) 平成11年 合計16時間(8時間×2日)

(イ) 平成12年 合計40時間(8時間×5日)

(ウ) 平成13年 合計16時間(8時間×2日)

(エ) 平成14年 合計8時間(8時間×1日)

(5)  控訴人による構造改革

控訴人は、平成13年4月、NTTグループ3か年経営計画(平成13年度ないし平成15年度)を策定し、これに基づきNTTグループの事業構造改革を実施すると発表した。その主な内容は、電話からIP・ブロードバンドへの事業転換、控訴人の基幹業務である固定電話の保全・管理・営業等の業務を新設する都道県別子会社(控訴人が100パーセント出資。以下「新会社」という)に外注委託することなどである。そのため、雇用形態の多様化を図ることが重要であったことから、控訴人は、社長通達により、3つの雇用形態・処遇体系を用意し、本人の希望によりこれを選択させることとし、平成14年3月31日の時点における年齢が50歳以上の従業員に対し、同年5月以降の雇用形態、処遇体系を同年1月18日までに選択し、「雇用形態選択通知書」を控訴人宛てに提出するように命じた。なお、新会社の業務開始は同年5月1日とされた。

控訴人の従業員が選択可能な雇用形態・処遇体系は、次のアないしウのとおりである(なお、「雇用形態選択通知書」を提出しない者については、ウの60歳満了型を選択したものとみなされた)。

ア 繰延型

同年4月30日に控訴人を退職し、同年5月1日に新会社に採用される。賃金月額は、15パーセントから30パーセント低下する(新会社での定年は60歳であるが、現行のキャリアスタッフ制度と同様の枠組みで最長65歳までの雇用継続が可能であるとされた。なお、60歳以降の期間を通じて激変緩和措置としての給与加算が行われる)。

イ 一時金型

雇用形態としては繰延型と同じであるが、激変緩和措置については、同年4月30日の控訴人退職時に一時金が支給される。

ウ 60歳満了型

控訴人との雇用契約を継続するもので、新会社を除くNTTグループの会社又は控訴人において、企画・戦略、設備構築、サービス開発、法人営業等の業務に従事する。全国転勤が前提となり、成果業績主義が徹底される(60歳定年後に最長65歳までの雇用継続が可能であったキャリアスタッフ制度は、控訴人においては廃止するものとされている)。

(6)  60歳満了型を採用した者に対する研修

ア 控訴人は、60歳満了型を選択した社員のうち、新会社にその担当業務が移行することになった者については、再配置が必要となるところから、平成14年4月24日から同年5月1日にかけて法人営業部門に異動させ、その後約2か月間をかけて、法人営業に必要な技能等を習得させるための研修を行った(以下、これを「本件研修」という)。

イ Eは、60歳満了型を選択したことから、本件研修への参加を命じられた。

ウ 本件研修の実施期間及び研修場所は次のとおりである。

(ア) 平成14年4月24日

場所 札幌市内のNTTグループの会社(省略)

(イ) 同月25日から同年5月17日まで

場所 札幌市内のNTT北海道セミナーセンタ

(ウ) 同月20日から同月31日まで

場所 東京都調布市のNTT東日本研修センタ

(エ) 同年6月3日から同月21日まで

場所 札幌市内のNTT北海道セミナーセンタ

(オ) 同月24日から同月30日まで

場所 各事業所

エ 本件研修期間中のEの宿泊施設等は次のとおりである。

(ア) 平成14年4月24日

ホテルルーシス札幌 ツインルーム 同泊者1名

(イ) 同月25日から同年5月17日まで

NTT北海道セミナーセンタ 4人部屋(2段ベッド2台)同泊者1名

(但し、Eは、同年4月27日から同年5月6日までのいわゆるゴールデンウィーク期間中、連続休暇を取得して、旭川市の自宅に帰宅して休養していた(人証省略))

(ウ) 同月20日から同月31日まで

NTT東日本研修センタ 4人部屋(2段ベッド2台)同泊者3名

(エ) 同年6月3日から同月7日まで

ホテルルーシス札幌 シングルルーム

オ 本件研修は、1日7時間30分の所定時間内で実施されたほか、土曜、日曜の休日も付与されており、研修期間中、時間外労働及び休日労働はなかった。

(7)  Eの死亡等

ア Eは、再度の札幌での研修期間中の平成14年6月7日(金)の研修終了後から旭川の自宅に帰宅しており、同月9日午前に一人で墓参りに出かけたが、同日午後10時過ぎ、北海道樺戸郡(以下省略)所在の先祖の墓の前で、仰向けになって左手を胸に当てた状態で死亡しているのを発見された(証拠省略)。

イ 被控訴人X1は、旭川労働基準監督署長に対して、労働者災害補償保険法に基づく遺族補償年金支給及び葬祭料の請求を行ったが、同署長は、平成16年7月12日付けで、いずれに対しても不支給決定をした(書証省略)。被控訴人X1は、上記不支給決定を不服として審査請求をしたが、北海道労働者災害補償保険審査官は、同年11月26日付けで審査請求を棄却する旨の決定をした(書証省略)。

2  争点

(1)  Eが従事していた業務と同人の死亡との間の因果関係の有無

(2)  控訴人の過失又は安全配慮義務違反の有無

(3)  過失相殺の可否

(4)  E及び被控訴人らが被った損害

3  争点に対する当事者双方の主張

(1)  因果関係の有無(争点(1))について

(被控訴人らの主張)

ア Eの業務内容

(ア) Eは、平成13年1月1日から平成14年4月23日まで、控訴人北海道支店お客様サービス部旭川116センタ(以下「116センタ」という)で、サービスオーダーセンタ(以下「SOC」という)の業務を担当していた。116センタは、電話の新規加入、移転、増設、名義の変更、各種通信機器(電話機、FAX、モデムなど)の設置、プッシュホンやキャッチホンなど各種利用サービス、ISDN、ADSL、光回線などの通信回線のグレードアップ、マイライン等について利用者からの注文や問い合わせに対応する部門である。

(イ) Eは、同センタにおいて、SOCの業務のうち結了という仕事を担当していた。その内容は、窓口担当者が利用者から受け付けた様々な電話サービスに関わる注文内容が正確に処理されているか否かを点検し、不備があれば受付担当者と連絡をとり(場合によっては、直接利用者に問い合わせ)、補正をして注文処理を完了させる仕事である。

この結了の作業項目としては、①電話帳への名義掲載、広告掲載の確認作業、②バックオーダー、日締め作業、③通信機器代金、工事代金などの請求内容の確認作業、④電話工事の実費や設置機器(商品)変更による工事部門から依頼される修正作業、⑤工事料金の最終正誤確認作業などがあるが、このうち、Eの担当作業は、②であった。なお、116センタは旭川、北見、釧路及び帯広の各地域を受け持っていたが、Eが分担していたのは、そのうちの旭川地域であった。

(ウ) Eの担当業務のうちの日締め作業とは、電話等の工事約束をした1日分の注文伝票の工事進捗状況を点検し、完了処理を行い、未完了となったものはその原因調査・分析を行うというもので、この作業は、午前9時から同11時ころまでの2時間で処理していた。

また、バックオーダー処理業務とは、利用者の都合や控訴人側の都合で工事内容、工事日時等に変更が生じ、工事が持ち帰りとなったものの後処理のことをいう(この業務は1日10件程度ある)。

(エ) 結了業務は、顧客の膨大な注文データを確認して正確に処理・完了させなければならず、問題があって当初の注文が変更となった場合には、顧客から苦情が寄せられることもあるので神経を使うし、内部的にも各工事部門との調整が必要となるため、とりわけ神経の集中を要する厳しい仕事である。特に、料金がらみの確認の場合、誤ったまま結了させると料金請求に誤りが生じ、その責任を問われることになる。また、顧客との契約状況により、注文変更があれば顧客管理システムによってパソコン端末から注文伝票を打ち直す必要があり、マニュアルを見ながら作業をするため1ないし2時間を要することもあった。

このように、日々時間に追われる作業の連続で、各個人が責任を持って担当する作業であることから、休めば休むほど自分の仕事が溜るため、勤務中に休憩が取れる状況ではなかった。注文の変更や作り直しなどバックオーダー件数が多いときは時間外労働を強いられた。

(オ) 北海道においては、約300名の社員が札幌、旭川及び函館の3か所で116番の受付業務に従事しているが、平成13年1月の業務集約で支店が10か所から3か所に減少したのに伴い、道内に34か所あった営業窓口が6か所になり、116番窓口も10か所から3か所に減少した。そのため、利用者の注文が116番に殺到し、最終的に注文を確認するSOC部門の業務量も増大した。

イ Eの死亡に至る経過及びその原因

(ア) 死に至る医学的機序

Eの死因である急性心筋虚血(急性心不全)とは、冠状動脈の閉塞、心停止を含む不整脈、血圧の低下(ショック)などにより、急激に心臓全体又は心筋の一部への血流が停止又は減少した状態をいい、この状態が短時間のうちに改善されなければ死亡の転帰をたどる。

急性心筋虚血の原因となる病態については、通常は、①急性心筋梗塞の再発、②重症不整脈(陳旧性心筋梗塞があると発症可能性が高まる)、③冠攣縮性狭心症あるいは労作性狭心症の関与、④心臓以外の病態の関与が考えられる。

Eは、陳旧性心筋梗塞で、右冠状動脈、左冠状動脈の前下行枝の分枝(#9)及び左回旋枝の#13に狭窄があり(冠状動脈2枝障害)、平成5年8月9日にPTCAを受けたが、心肥大などの状態へ悪化していたわけではなかったことを考えると、急性心筋虚血の原因は、④の心臓以外の病態の関与を除く、①ないし③のいずれかによって引き起こされたものと推測するのが妥当である。

(イ) Eの健康状態

平成5年におけるEの心臓の状態は、高度の冠状動脈2枝障害で、もはやPTCAによって冠状動脈を拡げる手術を行っても効果は得られない状態である上、冠状動脈の狭窄が進行しており、運動耐容量は5-6METs以下(歩行、サイクリング等の軽い運動にしか耐えられない状態)であった(METsとは、日常生活の運動量を代謝量に換算したもので、心臓がどの程度の運動に耐えられるかを推定するために使用される医学上の指標である)。

心筋梗塞や不整脈等の発症をもたらす要因の一つが過労(長時間労働)であることは、周知の事実であり、過労という状態は、肉体的ストレスのみならず心理的ストレス状態であり、睡眠不足や変則勤務(不規則労働)など生体リズム及び生活リズムの乱れが加わることにより、心筋梗塞や不整脈等の発症をもたらし、心臓突然死の原因となる。

この様な事態を回避するため、控訴人は、Eを健康管理規程における指導区分「要注意(C)」とし、原則として①日勤、夜勤以外の業務に就かせない、②時間外労働は命令しない、③過激な運動を伴う業務、宿泊出張はさせないこととした。

この趣旨は、①日勤夜勤以外の変則勤務については、労働者の生体リズム、生活リズムを乱し、肉体的、心理的負荷を与えることを防止するために禁止されているものであり、②時間外労働の禁止については、長時間労働が労働者に肉体的、心理的負荷を与えることを防止するために禁止されており、③過激な運動を伴う業務が著しい肉体的負荷を与えることは当然のこととして、宿泊を伴う出張についても、宿泊が日常生活の本拠を離れることによって労働者の生体リズム、生活リズムを乱し、肉体的、心理的負荷を与えることから禁止されている。したがって、宿泊が連続すれば、ストレス状態も継続することになる。

以上を総合すると、Eは、健康管理規程によって、少なくとも平成13年ころまで、一応安定した状態を保ち、生体リズム、生活リズムの乱れを防ぎ、心筋梗塞及び不整脈等による心臓突然死を予防・回避できていたというべきである。

(ウ) Eの自己管理

E自身も、平成5年の入院治療後は、定期的に通院しながら治療を継続し、手術後は喫煙を止め、激しい運動を控えるなど心筋梗塞の危険因子を取り除く努力をする一方、規則正しい生活と適度の運動に心がけることとして、健康維持・管理に努めてきた。これらのEの自己管理も、Eが平成13年ころまで安定した状態を保った原因の1つと言える。

この点、控訴人は、労働者が自己の健康管理義務、私生活上の自己健康管理義務を負っている旨主張するが、労働者に限らず、誰もが自分自身の健康に留意すべきことを自己健康保持義務と呼んでいるに過ぎず、法的には全く意味のない主張である。また、私生活上の自己健康管理義務なるものは、私生活上健康を害することによって、労務の提供ができない結果を招来しないようにすべきであるという労務提供義務を言い換えたものに過ぎず、独立した義務として観念する理由はない。

(エ) 時間外労働時間の増加

Eは、指導区分「要注意(C)」とされながら、時間外労働を行うだけでなく、本来休息を取らなければならない休日に出勤しており、これらがEにとって疲労を蓄積させていった大きな要因になったことは明らかである。

特に平成13年の時間外労働は、控訴人側の主張によっても、平成12年が1か月平均2.92時間に過ぎないものが、平成13年には4.83時間と約2時間も急増しており、実時間数も平成12年は35時間であるのに平成13年は52時間と大幅に増加している。

このような時間外労働等の増加がEに一定の肉体的、心理的負荷を与えたことは否定できない。

(オ) 平成13年4月に発表されたNTTグループの事業構造改革(本件リストラ計画)から雇用形態選択まで

事業場で進行しつつある、あるいは予想される組織の変化はその事業場の労働者にストレスを与えるところ、控訴人の行った本件リストラ計画は、終身雇用制の中止、早期退職勧奨、人員削減、大幅な外注委託を内容とするものであり、一般の労働者にとって将来への大きな不安を生じさせ、心理的ストレスとなったことが推測できる。

Eは、自身の健康状態だけでなく、パニック障害という持病を有する妻の被控訴人X1を心配し、今後の進路の選択や、遠隔地に転勤になった場合のことについて、他の労働者以上に悩んでいた。

Eには、本件リストラ計画の発表後雇用選択の期限が迫った時期などに、睡眠不足、食欲不振、肩凝り等の異変が現れ、「俺が我慢すればいいのか」といった独り言や、「遠くになんか行きたくない、東京には行きたくない」といった寝言を言うようになった。

このように、本件リストラ計画の発表と雇用形態の選択という事態が、Eにとって、心身に顕著な異変をきたすほどの心理的負荷となっていたことは明らかである。

(カ) 本件研修

控訴人は、時間外労働の増加及び雇用選択に関わる心理的ストレスにより体調に異変をきたし、平成13年までの一応安定した状態も維持できなくなったEに対して、平成14年4月24日以降、2か月に及ぶ長期間かつ継続した宿泊を伴う本件研修への参加を命じた。

本件研修の内容は、法人営業部門で必要とされるソリューション営業(いわゆる提案型営業)についての講義等が中心であったところ、法人営業部門の業務を担当するには最新のコンピューター機器の機能に関する知識等を有している必要があるため、膨大なテキストが配布され、各種マニュアルを暗記することが中心であったことから、Eのように、高校卒業後一貫して法人営業とは全く異質の部門で仕事をしてきた50歳代の労働者にとって、わずか2か月程度の研修で必要な知識を修得することは相当困難であり、内容を理解できないばかりでなく、明確な目標のないまま参加させられたことにより、今後の仕事及び勤務地等に対する不安を募らせるものであった。

さらに、研修中の宿泊施設も、札幌では4人部屋に2人が、東京では木製の古い2段ベッドの4人部屋に4名がそれぞれ宿泊するというもので、プライバシーもないばかりか、同室者のいびき等で十分な睡眠や休養の確保ができず、生活のリズムが著しく害された。

このように、本件研修は健康に不安を抱えるEにとっては、生体リズム、生活のリズムが著しく害され、十分な休養を取れなくなって、心臓を含め、その心身に過重な負荷がかかっていたことが推測され、心臓突然死、過労死のリスクを一気に増大させた。

(キ) Eは、前記のとおり急性心筋虚血で死亡したものであるが、墓地内で死体で発見されたEの状況に照らせば、死亡直前に心臓に急激な肉体的負荷を与えるような突発的な外的要因があったことは全く窺えず、また、E自身も平成5年の手術以降、急激な運動などの肉体的負荷を避けなければならないことは十二分に自覚していたものと考えられるから、死亡直前に何らかの急激な肉体的負荷があったとは考えられない。

また、Eは、家族性高コレステロール血症(ヘテロ型)であったが、コレステロール値はコントロールされ、平成5年の入院治療後は禁煙していたのであるから、Eの死亡は陳旧性心筋梗塞を合併する家族性高コレステロール血症(ヘテロ型)の自然的経過による増悪の結果によるものではない。

(ク) 以上のとおり、Eに心臓の既往症があって、「要注意(C)」の指導区分に指定されながら、平成13年以降に時間外労働の増加が顕著となり、本件リストラ計画による雇用形態の選択で心理的負荷が過大になった上、長期間かつ継続的な宿泊を伴う研修に参加したことが急性心筋虚血発症の危険因子(発症を促進・助長させる要因)となったことは明らかであり、業務と死亡との間の因果関係は認められる。

(控訴人の主張)

ア Eの業務と死亡との間の因果関係について

(ア) Eは、心筋梗塞が発症した平成5年から既に約10年が経過し、その間一度も病気悪化を理由に入院しておらず、心臓血管造影などの検査も受けていないのであって、保健師や健康管理医との面談でも狭心症や心不全等の症状悪化の訴えがほとんどなかったことから明らかなように、心筋梗塞後の経過としては安定した状態が継続していた。また、コレステロール値の推移、投薬の状況、Eが平成13年8月10日の時点で主治医に対して体調が良い旨述べていたこと、不整脈は同年6月以前からも見られており、平成14年3月19日には、Eが睡眠剤を不要と述べていたこと、等の事実によれば、Eに対して、雇用形態や処遇体系の選択をさせたことが急性心筋虚血を発症させるほどの精神的ストレスとなるものではない。

(イ) 死亡の半年以内の勤務について、旭川において継続して勤務をしており、平成14年の平均時間外労働が月0.5時間であったことからも、心筋梗塞などの急性心疾患を発症させる業務負荷があったとは考えられない。

(ウ) 平成14年4月24日からの本件研修に関しても、研修そのものは所定勤務時間内で実施され、時間外勤務はなく、土曜、日曜は休日とされたことを考えると、心筋梗塞などの急性心疾患を発症させる業務負荷があったとは考えられない。

(エ) 死亡前1週間の勤務は、1日7時間30分の通常の所定内勤務時間で、セミナーセンタ内でのデスクワーク的な研修であり、心筋梗塞などの急性心疾患を発症させるような業務負荷があったとは考えられない。

(オ) 死亡直前の24時間については、休日であって仕事に就いていないため、心筋梗塞などの急性心疾患を発症させる業務負荷があったとは考えられない。

(カ) 死亡直前に、Eは、約1時間自動車を運転して先祖の墓に参り、スコップや鎌を用いて心臓に負坦のかかる作業をしていたものであり、これが心臓に対する負荷を与えたものと考えられる。

イ Eの死亡の原因について

(ア) Eの死亡原因は、急性冠症候群のなかの心臓突然死である。

(イ) Eは、陳旧性心筋梗塞を合併する家族性高コレステロール血症(ヘテロ型)の患者であり、通常の2倍の投薬を受けながらもコレステロール値を下げることができなかったのであるから、その自然的経過ないしこれにスコップや鎌による作業が加わって死に至ったものと考えられる。なお、高脂血症、糖尿病、高血圧症、喫煙、感染などの動脈硬化危険因子による内皮細胞の機能障害とこれらの危険因子の刺激による内皮細胞の活性化によってプラークが形成され、形成されたプラークが破綻することにより急性冠症候群(急性心筋梗塞、不安定狭心症、心臓突然死など)が引き起こされるところ、Eがプラークの破綻によって死亡したのだとしても、それは上記の自然的経過の中に含まれるものである。プラーク破綻を引き起こす原因(トリガー)については、現在の医学水準では十分解明されていないが、原因物質が蓄積してこれが飽和状態になって破綻するものではなく、破綻前の冠動脈の悪化が軽度ないし中程度であっても、突如として破綻することがある。

(ウ) 家族性高コレステロール血症(ヘテロ型)の患者は60歳までに70パーセントが死亡するとされており、また、心筋梗塞の発症歴があり、冠状動脈の2枝障害であって、左室駆出分画が0.48程度の患者の10年後の死亡率が40パーセント前後であることからしても、Eが自然的経過の中で死亡したことは明らかである。

(2)  控訴人の過失又は安全配慮義務違反の有無(争点(2))について

(被控訴人らの主張)

ア 安全配慮義務違反の内容

使用者は、その雇用する労働者に対し、労働契約上の信義則に基づき、労働者の生命、身体の安全及び健康を保持すべき義務を有しており、これは労働契約上の信義則に基づく付随義務である。

具体的には、使用者は次の4つの義務を負っている。

① 労働者が、過重な労働が原因となって健康を害し、過労死を招来することのないよう、労働時間、休憩時間、休日、労働密度、休憩場所、人員配置、労働環境等適切な労働条件を措置すべき義務(適正労働条件措置義務)。

② 血圧測定、貧血検査、肝機能検査、血中脂質検査、尿検査、心電図検査の診断項目を含む健康診断を必要に応じて(最低でも、雇用時及び年1回)実施し、労働者の健康状態を常時把握して健康管理を行い、健康障害を早期に発見すべき義務(健康管理義務)。

③ 高血圧症などの基礎疾患、既往症などによる健康障害があるか、もしくはその可能性のある労働者に対しては、その症状に応じて、勤務軽減(夜勤労働や残業労働の中止、労働時間の短縮、労働量の削減等)、作業の転換、就業場所の変更等労働者の健康保持のための適切な措置を講じ、労働者の基礎疾患等に悪影響を及ぼす可能性のある労働に従事させてはならない義務(適正労働配置義務)。

④ 過労により疾患を発症したかもしくは発症した可能性のある労働者に対し、適切な看護を行い、適切な治療(救急車で病院に搬送する等)を受けさせる義務(看護・治療義務)。

本件では、④は問題とならないことから、①から③、特に③の適正労働配置義務を尽くしたのかが問題となる。

イ 控訴人の健康管理体制

控訴人は、Eの健康状態を把握した結果、健康管理指示書を作成し、Eの健康状態を指導区分「要注意(C)」と判断し、1日の勤務は可能であるが、残業及び宿泊を伴う出張は不可としてきた。

しかしながら、労働者が長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なうことになるから、陳旧性心筋梗塞の既往症のあるEに対する勤務軽減措置としては、指導区分「要注意(C)」における措置はそもそも不十分であったと評価せざるを得ない。なぜなら、日勤、夜勤以外の服務につかせないというのは変則労働の原則禁止を意味しているが、変則労働自体が労働基準法上は例外であり、時間外労働も同法の例外であることから、特別な配慮としては宿泊出張させないというものにすぎないからである。

しかも、それ自体不十分と思われるこの指導区分「要注意(C)」では例外を許容しているところ、時間外労働については、1日2時間、1週2回を限度とするという意味で例外を許容する際の歯止めがあるものの、これが毎週継続して許容されれば実質的に時間外労働原則禁止の形骸化を招くことから、少なくとも2週間にわたって時間外労働の例外を許容することを禁止すべきであり、また、年間の総時間外労働についての上限も設けるべきものである。変則労働の原則禁止及び宿泊出張原則禁止の例外についても、時間外労働の原則禁止に準じた歯止めを設けるべきであり、例えば、宿泊出張は月2回を限度とし、連続した宿泊出張は禁止するといった厳しい歯止めが不可欠である。そして、過激な運動の禁止はそもそも例外を設けるべきでない。

以上の検討において、例外を許容するためのやむを得ぬ理由とは、単に一般的抽象的な業務上の必要性を意味するのではなく、極めて高度の業務上の必要性を意味するものと解すべきである。

また、組織の長と健康管理医の協議も形式的であってはならないことは当然であって、やむを得ないとされる変則労働、時間外労働及び宿泊出張のそれぞれの内容、とりわけ服務する労働の実態が労働者に与える心理的・肉体的負荷に則した具体的な検討を要するというべきである。また、そのためには、健康管理医の責任において、主治医から意見を聴取することはもとより、必要な医学資料の取寄せとその検討を経た上での実質的な協議がなされなければならない。

なお、このような例外を許容するか否かは、第一義的には業務が労働者の健康に与える影響を考慮した労働衛生医学的な判断であるから、その判断はまず安全配慮義務を負う使用者側がその責任において行うべきで、医学的に素人にすぎない労働者本人の同意があったとしても、使用者の安全配慮義務が軽減されたり、例外が安易に許容されるものではない。

そして、指導区分「要注意(C)」における例外の許容性を判断するものである以上、やむを得ぬ理由による業務命令を発する前の事前判断でなければならないことは当然である。

ウ 時間外労働及び宿泊を伴う本件研修

(ア) やむを得ぬ理由の有無

本件では、Eに対して時間外労働や宿泊を伴う本件研修を実施しなければならないやむを得ぬ理由、すなわち、時間外労働や宿泊出張を命じなければならない極めて高度の業務上の必要性は何ら存在しないから、Eに対して時間外労働や本件研修を命じること自体が安全配慮義務違反となる。

(イ) 組織の長と健康管理医の協議の有無

控訴人は、Eに対し、時間外労働や長期間の継続した出張研修を命じたにもかかわらず、少なくとも事前の「組織の長と健康管理医の協議」を行っていない。

この点について、控訴人は東京での研修前の平成14年5月13日に健康管理医と面談した旨主張するが、旭川勤務のEにとって、札幌での研修それ自体が宿泊出張であるから、事前の協議があったとは言えない。また、その際、担当医師は、主治医である市立旭川病院の医師ともよく相談するように指示した旨主張するが、東京での宿泊出張は原則として禁止されているのであるから、控訴人の担当医師自身がEの主治医に対して出張内容を説明した上で意見聴取するなどして、例外として許容できるかを判断すべきであった。

(ウ) 加えて、研修時の生活環境に関しては、Eのプライバシーが守られ、規則正しく、同室者の生活に影響を受けることなく睡眠を十分に取れるような生活を営むことが可能な環境を提供しなければならないにもかかわらず、Eを含め50歳代の労働者を4人部屋に宿泊させ、睡眠不足を強いるような環境の下で、長期間にわたり研修に従事させたものであり、その結果、Eの身体にも精神にも過剰な負荷を掛けることになり、Eの死亡という結果を生じさせたもので、この点に関する控訴人の安全配慮義務違反は重大である。

エ 予見可能性

労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知のところなのであるから、抽象的・類型的にみて、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積するような状況が継続しているという事実自体を認識できていれば、労働者の心身の健康を損なうこと、したがって、その究極状態である過労死することについての予見可能性があるというべきである。

本件においては、控訴人は、Eが健康管理規程の「要注意(C)」の指導区分に該当すると判断していたのであるから、Eに対し、健康管理規程に違反した労働を行わせることがあれば、疲労や精神的負荷が過度に蓄積し、Eの心身の健康を損なう危険のあることは、当然である。しかるに、控訴人は、本件リストラ計画の実施により、控訴人の労働者全体が過大な精神的ストレスを受けており、特に、60歳満了型を選択したEが「全国転勤」、「高度な業務への職種転換」、「成果・業績主義の徹底」という職場状況の激変により、著しい心理的負荷を受けていたことを認識し、かつ、健康管理規程に反して恒常的に時間外労働を命じ、長期かつ継続した宿泊を伴う研修を命じたのであるから、控訴人にはEの過労死について予見可能性があったというべきである。

(控訴人の主張)

ア 安全配慮義務違反

使用者(企業)の安全配慮義務の立証責任について、被控訴人側は抽象的安全配慮義務の存在を主張するだけでは足りず、そのような抽象的義務を当該災害の状況に適用した場合の具体的安全配慮義務の内容を特定し、かつ、その不履行を主張立証しなければならない。

イ 労働者の自己の健康管理義務

労働者は、自ら体調に留意し、必要に応じて休養をとり、健康に不安の存する恐れや不調、自覚症状の発現等疾病の恐れの存する状態が生じた場合には、自ら医師の診断を求めたり、職場の上司に健康状態を申告するなどして、積極的に健康を保持すべきことは当然であり、この点は、私生活においても同様で、健康を管理し、自己自身の生活を規律し、故意又は過失によって健康を害し、労務の提供ができない結果を招来しないように自己の健康を維持する信義則上の義務がある。

ウ 控訴人の健康管理体制

控訴人は雇用している社員に対する健康管理を保持増進するため、健康管理規程(書証省略)及び健康管理規程取扱細則(書証省略)を定め、定期に(実際には毎年)健康診断を実施し(社員就業規則144条、書証(省略))、社員の健康保持のための施設として、北海道内においてNTT東日本札幌病院(以下「NTT札幌病院」という)を保有し、社員の健康保持に努めている。

控訴人は、定期健康診断等による診断結果はもとより、当該要管理者に対する日常的観察、健康管理医もしくは保健師による職場巡回時の健康相談・保健指導等の内容等に基づき当該要管理者の健康状態を常に把握し、時間外労働及び宿泊出張の実施について、当該要管理者の所属する組織の長と健康管理医が協議して事前に決定しておくなど(当該要管理者の健康状態によっては、時間外労働及び宿泊出張の必要性が発生する都度、協議を行う場合もある)、適正に協議を行っている。

控訴人は、要管理者の健康状態に応じてAないしDの指導区分を適正に決定し、Eについても、健康管理規程29条2項により「要注意(C)」の指導区分に該当する旨決定してその旨同人に通知し、健康管理に留意するよう指示していた。

指導区分「要注意(C)」の社員の勤務については、原則として時間外労働をさせず、させた場合についても1日2時間、1週間2回を限度としており、同指導区分に決定されたEについても、当該組織の長と健康管理医が協議した上、本人に対し上長から事前に健康状態を確認することを前提として、1日2時間、1週間2回を限度として下記の最小限度の時間外労働をEにさせていた。

エ 本件研修に際しての面談等

(ア) 控訴人は、Eの所属する組織の長と健康管理医の協議の結果、Eにつき宿泊出張を実施しても問題はないものと判断していたが、念のため、平成14年4月24日、Eを担当する健康管理医に相談したところ、Eの健康状態は安定しており、本件研修への参加についても特段問題はないとの回答であった。

(イ) 健康管理医によるEの面談

NTT札幌病院の担当医師は、本件研修期間中の同年5月13日、Eと面談し、同月20日からの東京研修への参加について主治医である市立旭川病院の医師とも良く相談し、同医師から東京での研修を差し控えるよう助言指示された場合は、その旨上司に申告するように指示した。これに対し、Eは、NTT札幌病院の担当医師に対し、東京研修に対しては前向きであって、健康状態は現在落ち着いている旨述べ、東京での宿泊研修に支障がある旨の申し出はなかった。

(ウ) 折り返し面談

Eは、平成14年6月5日、東京での研修受講後、本件研修のインストラクターである控訴人の北海道支店法人営業部F担当課長(以下「F課長」という)との研修期間折り返し面談に際し、「研修は札幌においても東京においても楽しく新鮮な気持ちで受講でき、健康状態についても現在は安定している状態であること、前職においても通常どおり勤務し、時間外勤務も可能であり、1か月に5ないし6時間の時間外労働を行っていたが特に体調の変化はないこと」などを述べた。

(エ) 以上のとおり、控訴人が実施した本件研修は適正に実施され、Eの健康に支障があった事実はない。

オ 本件研修の必要性

(ア) 本件構造改革の必要性及び相当性

控訴人は、同業他社との熾烈なシェア争いや対抗値下げ等という厳しい経営環境の下、社員の雇用確保と人件費の低減を両立させるという方策により財務基盤強化を図る高度の必要性があり、平成14年5月に構造改革に向けた業務運営等の見直し等を行った。

控訴人は、設立以降、各種経営改善施策を実施してきたが、経営環境の激変により、営業収益は平成12年度(2兆7900億円)ないし平成13年度(2兆5700億円)にかけて約2200億円もの減収となり、経常利益も平成12年度の141億円に対し平成13年度は75億円に落ち込む結果となり、今後はVoIP(電話の音声をデータの形にして送る技術及びサービス)の本格化等により固定電話市場の縮退が一層加速するものと想定され、電話事業の更なる減収は不可避となっており、このままでは中期経営改善施策に基づく各種経営改善施策を着実に実行しても、平成14年度の経常利益は大幅赤字への転落をも想定せざるを得ない厳しい状況になること、また、このような財務状況を踏まえ、中長期的にはむろんのこと、短期的にも今後の会社業績は従来のままでは漸次悪化し、社員の雇用の確保まで危ぶまれる状況になることが予測された。

その具体的な背景として、第1に、携帯電話の急速な普及に伴い会社における主な収入基盤である固定電話がますます減少し、平成14年度事業計画では前年度比41万加入の減少となっていること、第2に、平成13年5月に優先接続制度であるマイライン(電話会社選択サービス)が実際に導入されるのに伴い、平成13年1月の市内通話料金の値下げに引き続き、同年5月にも更なる市内電話料金の値下げを余儀なくされた上、他事業者の市内電話市場への本格参入もあって、控訴人のシェアは市内通信については従来ほぼ100パーセントであったものが71パーセント程度に、県内通信は64パーセント(いずれも平成14年8月末日現在)へと大きく落ち込んだこと、第3に、事業者間相互接続の進展に伴い「接続料金」の収入は控訴人の収益の少なからざる部分を占めているところ、平成12年のアメリカとの政府間協議の結果、長期増分費用方式の導入に伴う他事業者との接続料金は中期経営改善施策の策定当時に予測していた以上の大幅値下げ(平成14年度までに22.5パーセント)となるなど、市場構造・競争環境が急激に変化したことがあった。

このような中で、控訴人にとって「長期的な減収傾向に歯止めをかける」には、合理化や人的コストの削減を含む各分野におけるコスト削減により競争力の強化を図ることはもとより、新たな収益の柱としてIP・ブロードバンド事業の収益拡大を目指す全社の牽引役としての法人営業を中心として、電話からの事業構造の転換を図り、IT関連機能を強化し、新たな営業収入を高めるとともに、コスト競争力強化等により、一刻も早く事業構造の抜本的な改革を実現し、財務基盤を確立して、経営の自立化を図ることが必要と考えられた。そうでなければ、雇用の確保はもちろん、事業さえも継続的に維持発展させることが困難な状況にあったのである。

それゆえ、控訴人は、従来にない危機感のもと、グループ一体となって電話中心から情報流通への事業構造の転換への取組み及び人的コストの削減を含む「NTTグループ3カ年経営計画(2001~2003年度)について―NTTグループの事業構造改革―」を平成13年4月に、具体的な内容として「NTT東西の構造改革について」を平成13年11月にそれぞれ公表し、コスト構造改革の抜本的見直しとして未曾有の経営改善施策の策定・実施に取り組んだ。

(イ) 構造改革は、控訴人の置かれている厳しい経営環境を克服し、将来性のある市場へ向けたスタート台に立つための条件整備であり、その内容の骨子は以下の3つである。

a 電話からIP・ブロードバンドへの事業転換であり、市場の変化を見据え、今後の収益基盤の早期確立を図るため、固定電話事業への投資を原則停止するなど経営資源である人・物・金をIP・ブロードバンド事業に移行・集中していこうというものである。

b 支店などにおける地域密着型業務とオペレーショナル業務について委託化を図り、委託先会社と支店が一体となって、地域市場の変化に俊敏に対応できる事業構造への転換と柔軟な事業運営を図っていくことで、この運営体制により、NTTグループ全体の経営基盤の強化と業容拡大を図っていく。

具体的には、新たに設立予定の都道県別単位の新会社等に対し、①116、営業窓口等の顧客フロント、中堅ユーザに対する販売等業務、②設備オペレーション及び113等業務、③総務、給与、厚生、財務等の業務について外注委託を行うこととされた。

c コスト構造改革であり、運営コストである物件費・委託経費の削減、設備投資構造の見直し、効率的な仕事のやり方の追求をはじめとした抜本的な仕事の見直しといったことが挙げられる。

(ウ) 上記の目的のために実施した諸施策の中で、枢要かつ重要な施策が雇用形態の多様化であった。この施策は「雇用形態・処遇体系の多様化」に基づき、社員に繰延型、一時金型、60歳満了型といった3つの雇用形態・処遇体系を用意し、本人の希望により選択させることで雇用の確保を図るものであった。

控訴人全体で退職・再雇用を選択した社員は約2万6000人であり、60歳満了型を選択した社員はEを含めて約700人であった。この結果、60歳満了型を選択した社員の全体に占める割合は僅か3パーセント程度に止まった。なお、北海道内の各事業所(北海道支店、本社等組織の北海道における事業所等)で退職・再雇用を選択した社員は約3000人であり、60歳満了型を選択した社員は51人であった。この結果、60歳満了型を選択した社員の割合は、全体の2パーセントに過ぎない。

控訴人においては、従来同様、勤務地を限定せず、業務上の必要性等に基づき、柔軟で効果的な人員配置を行っていくこととし、具体的には支店等内における人員配置に加え、①首都圏を中心とした市場性・収益性などの高いエリアへの重点的配置、②新サービス等の展開・拡大に向けた人員配置、③将来、会社を支える核的人材の育成に向けた配置など、お客様ニーズの多様化・高度化等に伴う事業動向の変化等に対応した広域人事を行っていくこととし、これにより個々の社員のチャレンジ意欲、能力発揮に応えていくとともに、会社全体としての人的資源の有効活用を図っていくこととした。

60歳満了型を選択した社員のうち、新会社に移行することとなった業務に従事していた者は、当該業務が会社に残されていないことから当然に異動による再配置が必要となり、一方今後収益の柱となるIP・ブロードバンド事業の中心的な役割を担うのが法人営業業務であることから、控訴人は、これらを踏まえ、60歳満了型を選択し、再配置を要する社員については平成14年4月24日から同年5月1日までの間に法人営業部門に異動を行い、その後約2か月にわたり法人営業に必要な主要技能を修得させた上で、その後の異動に備えるため本件研修を実施し、Eについても、60歳満了型を選択した他の社員と同様に本件研修を受講させたものである。

(エ) 以上のとおりであるから、本件研修に必要性、合理性があることは明らかである。

カ 予見可能性

控訴人がEに命じた時間外労働の時間は、平成13年の1月平均で4.83時間であり、健康管理規程が定めている1日2時間、週2回の限度を大きく下回るものであり、その時間数自体が常軌を逸した長時間労働とは程遠い時間数であるから、このような時間外労働がEに過度の精神的、肉体的ストレスを与え、健康障害を招くことを予見することはできない。控訴人の健康管理制度における「要注意(C)」は、医学的に宿泊を伴う出張が禁忌であることを意味するものではなく、控訴人における健康管理上の配慮事項を定めたものである。したがって、「要注意(C)」の区分にしたことは、Eに宿泊を伴う出張をさせると、急性心筋虚血を発症するとの予見が可能であることを意味しない。

また、本件研修前のEの心臓は安定した状態であり、しかも、Eは本件研修直前及び本件研修中に健康面での不調や不良を訴えることはなかったのであるから、本件研修への参加がEに過度の精神的、肉体的ストレスを与えるものと予見することはできなかったことは明白である。Eの主治医である市立旭川病院のG医師(以下「G医師」という)も、本件研修への参加は可能であるとの意見であった(書証省略)から、主治医でない控訴人がEを本件研修に参加させることにより、Eが死亡に至ることを予見することは不可能であった。なお、G医師が本件研修の内容を詳細に把握することなく、上記の意見を出したとの事実を認める証拠はない。

さらに、プラークの破綻は何の前兆もなく起きることが多く、その起きる時期を予測することは不可能であるから、控訴人がEのプラーク破綻について予見することはできなかった。

なお、Eの主治医であるG医師は守秘義務を負っているから、控訴人が同医師からEの診療、病状の経過等の情報を得ることはできない。したがって、控訴人がG医師から情報を入手することを前提として、Eの死亡についての予見可能性の有無を論じることは相当ではない。

(3)  過失相殺の可否(争点(3))について

(控訴人の主張)

Eは、家族性高コレステロール血症(ヘテロ型)に罹患していた上、平成5年に冠状動脈疾患による心臓手術を受け、陳旧性心筋梗塞の状況になっていたものであり、平成5年以降このような状態にあったことが直接の死因たる急性心筋虚血に繋がったと解されるところ、Eの死亡について全責任を控訴人に負わせることは相当ではない。

また、①Eのコレステロール値は通常の2倍の投薬を受けながらも日本動脈硬化学会が挙げる目標値を大幅に上回っていた、②Eは健康管理医から体調不良があれば研修を休むよう、東京での研修に不安等があれば主治医と相談するように指示されていたにもかかわらず、主治医に全く相談していなかった、③Eは、本件研修への参加を見合わせたいと申し出たり、配慮を求めたりしておらず、東京での研修中に睡眠不足である等の申し出を控訴人に対し行わなかった、④Eは死亡当日一人で長時間自家用車を運転し、人気の少ない墓地に赴き、スコップや鎌を用いて心臓に負担のかかる作業を行っている、などの事情もある。

仮に、控訴人について損害賠償責任が認められるとしても、過失相殺に関する規定を類推適用し、上記のような事情を斟酌して、控訴人が賠償すべき額を大幅に減額すべきである。

(被控訴人らの主張)

ア 本件の上告審判決は、本件において損害賠償額の算定に当たり斟酌すべき事由として、損害の発生の共同原因となった「被害者の疾患」すなわちEが有していた基礎疾患を取り上げるものであって、E側のそれ以外の事情を取り上げるものではない。

また、不法行為の態様として、控訴人が健康管理規程に基づいてEら健康面に問題を抱える労働者に対する対応をしてきたことや本件研修が就業時間内に行われ、過大な負荷のないものであった事情を過失相殺の斟酌事由にすることもできない。

イ 控訴人に存した上記①の疾患については、被害者の疾患として斟酌すべき事由となることは否定しないが、労災事件における過失相殺規定の適用については、交通事故の場合と比べて、限定的であるべきである。

労働者の健康状態が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲をはずれるものでない限り、裁判所は、業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求において、労働者の基礎疾患を斟酌することはできない。

過去の裁判例において高い割合で斟酌された事例では、労働者に基礎疾患があることではなく、労働者が基礎疾患のあることを知りながら、その旨を使用者に告げなかった、基礎疾患に対する適切な治療を受けず、又は医師から指摘された生活習慣の改善をしなかった場合である。本件において、Eは、3回目の入院を機に禁煙し、死亡時まで継続しただけでなく、定期的に医師の診療を受け、健康管理を怠っていなかったから、高い割合で斟酌される事情はない。

ウ 上記②について、東京で行われる研修の前に、札幌で研修を受けていたEが休日等を利用して旭川のG医師に相談することは困難であり、これを求めることは酷である。

エ 本件研修は、控訴人の構造改革に伴う雇用形態・処遇体系の選択に伴うものであって、Eが控訴人に対し、本件研修の参加を取りやめたいと申し出たり、特別の配慮を要求したりすることを期待することができるような状況にはなかったから、上記③の事情を過失相殺事由とすることはできない。

オ Eの死亡当日、一人で長時間自家用車を運転し、人気の少ない墓地に赴いているが、死亡する直前に、スコップで穴を掘る、鎌で草刈りをする、などの作業をしたことを窺わせるに的確な証拠がないから、上記④の事情を過失相殺事由とすることはできない。

(4)  損害(争点(4))について

(被控訴人らの主張)

ア Eの逸失利益 3380万9160円

Eの平成13年の収入は620万3288円であり、死亡することがなければ、67歳に至るまで収入を得ることが可能であった。また、被控訴人X1とEの家計は、Eの収入が唯一のものであり、Eは一家の支柱であったことからすると、生活費控除割合を30パーセントとするのが妥当である。さらに中間利息の控除については、ライプニッツ方式により、その割合を年3パーセントとする(その係数は7.786)のが最も現状に合致し、妥当である。

(計算式) 6203288×(1-0.3)×7.786=33809160

イ 葬儀費用 141万9563円

ウ 慰謝料 3000万円

Eは、違法な本件リストラ計画の下で、控訴人の違法な攻撃を仲間と共に跳ね返したいとする人間としての良心・信念と、控訴人に残った場合の不安との狭間で悩み、日々生命を削る苦しみを強いられてきた。さらに、控訴人に残る決断をした後も、「どこへ転勤になるか分からない」という控訴人の脅しや研修に耐えてきたのであり、この過程で力尽きたEの無念を慰謝するには、少なくとも3000万円の支払をもってするのが相当である。

エ Eの死亡により、以上の損害額合計6522万8723円を、被控訴人らがそれぞれ法定相続分(各2分の1ずつ)に応じて相続した結果、被控訴人X1が3261万4362円の、被控訴人X2が3261万4361円の各損害賠償請求権を取得した。

オ 弁護士費用 652万円

被控訴人らは、本件訴訟の遂行を被控訴人ら訴訟代理人弁護士に委任し、それぞれ請求額の1割に相当する326万円を支払う旨を約した。

カ よって、被控訴人らは、控訴人に対し、不法行為に基づく損害の賠償として、又は選択的に安全配慮義務違反(債務不履行)に基づく損害の賠償として、被控訴人X1に対して3587万4362円、被控訴人X2に対して3587万4361円及びこれらに対する不法行為の日である平成14年6月9日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払うように求める。

(控訴人の主張)

被控訴人の主張オのうち、被控訴人らが弁護士に委任した事実は認め、その余の事実はすべて否認ないし争う。

第3当裁判所の判断

1  Eの死亡に至る経過

(1)  Eの症状と治療の経過等

証拠(省略)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

ア Eは、平成4年9月、左肩から前頸部の痛みを感じ、国立療養所道北病院(以下「道北病院」という)で診察を受けたが、特に異常は指摘されず、痛みも消失した(書証省略)。

イ Eは、平成5年5月30日の職場検診で心電図の異常を指摘され、道北病院で受診したところ、心電図に異常が認められ、また、安静時に数分間の胸痛発作があることから、虚血性心疾患の疑いがあるとされ、同年6月14日、市立旭川病院を紹介された。同病院における心臓超音波検査の結果、Eには心臓の後壁から内側壁の運動低下と壁の菲薄化が認められ、陳旧性心筋梗塞が疑われたため、心臓カテーテル検査など精査のため入院することとなった。

ウ Eは、平成5年7月5日から同月16日までの間、市立旭川病院に1回目の入院をしたが、その際、冠状動脈造影により、右冠状動脈(#1)で100パーセントの閉塞が、左前下行枝の分枝(#9)で50パーセントの狭窄が、左回旋枝の#13で99パーセントの狭窄がそれぞれ認められた。一般に、75パーセント以上の狭窄が認められる場合には、有意な狭窄であるとされていることから、右冠状動脈及び左回旋枝の2枝の障害の程度は高度であり、左回旋枝の#13について、血管拡張を試みるPTCA(経皮的経管的冠状動脈血管形成術)の手術適応があると判断された。さらに、左室造影の結果、4番(下壁)が低運動、5番(後壁基部)及び7番(後側壁)が極めて低運動であるなど壁運動の低下が見られ、陳旧性心筋梗塞と診断された。なお、この入院の際の胸部レントゲン写真によると、心胸郭比(CTR)は49パーセント(50パーセント以下が正常値)であった。

加えて、負荷心電図トレッドミル検査により、Eの運動耐容量は5-8METs以下であり、日常生活に一定の制約(スポーツでもゆっくりとした縄跳びができる程度)が要求される状態にあることが明らかになった。併せて、Eには、家族性高コレステロール血症(ヘテロ型)が認められたため、同人に対し、虚血性心疾患に対する亜硝酸製剤や冠状動脈拡張剤、抗凝血剤が投与され、更には、高脂血症治療剤の内服治療が開始された。

エ 上記の診療経過及び診断結果等を踏まえ、勤医協札幌西区病院のH医師(日本循環器学会所属。以下「H医師」という)は、Eには、平成4年9月以前に急性心筋梗塞が発症していたと考えられるが、動脈硬化の進行と冠状動脈の攣縮が関与した狭心症発作のくり返しの過程で、虚血心筋への血流を補給する冠状動脈の副血行路となる新生血管が発達し、前下行枝など比較的狭窄の軽度な血管から新生血管を介して心筋への血流が供給されたことから、Eには、心筋梗塞の発症に一般に伴うとされる一定時間続く激しい胸痛が見られず、致死的な状態に陥らないまま急性期を経過して、前記イの段階で心電図に陳旧性の心筋梗塞を示す異常が出たものと考えられるとの判断を示している(証拠省略)。これに対し、美唄労災病院のI医師(日本循環器学会所属。以下「I医師」という)は、Eの冠状動脈病変について、家族性高コレステロール血症(ヘテロ型)及び長年の喫煙からくる冠状動脈の器質的な動脈硬化の進展によるもので、冠攣縮の関与は小さいとの判断を示している(証拠省略)。

オ Eは、平成5年8月6日から同月17日までの間、市立旭川病院に2回目の入院をし、同月9日、左回旋枝の#13の拡張を試みるPTCAを受け、その結果、左回旋枝の#13の狭窄が99パーセントから25パーセントに改善した。しかし、同年12月2日から同月14日にかけて3回目に同病院に入院した際、冠状動脈造影を実施した結果によると、左回旋枝の#13が90パーセント狭窄するなど再び悪化していることが認められたほか、右冠状動脈の起始部(#1)からその末梢部(#2)で100パーセントの閉塞、左前下行枝の分枝(#9)の狭窄も前回の50パーセントから90パーセントに悪化し、左回旋枝の他の分枝(#14、#15)も90パーセントの狭窄となっていて、2枝障害であることが判明した。そこで、再び左回旋枝の#13のPTCAを受けたが、同手術によっても左回旋枝の#13は100パーセント閉塞のまま改善は認めらなかった。そして、その後は家族性高コレステロール血症(ヘテロ型)の治療と併せて内服治療を続けることとなった。なお、同年12月8日に行われた心臓超音波検査の結果によれば、左室収縮能を示す左室駆出分画(EF)は、0.48(0.5以上が正常値。0.4を下回ると重度とされる)であり、同月3日に行われたエルゴメータの運動負荷試験による心筋シンチグラフィーでは新たな虚血所見は見られなかった。

Eは、上記2回目の入院と3回目の入院の間の同年10月30日ころ、約2時間にわたる胸痛を経験したが、その際は病院には行かなかった。H医師は、その後の冠状動脈造影の結果の所見が悪化していることに鑑み、この胸痛は心筋梗塞の再発によるものとの意見を述べている(証拠省略)。これに対し、I医師は、上記胸痛について、3回目の入院記録から心筋梗塞の再発を疑う所見は見られず、心筋梗塞の再発の可能性は否定しがたいものの、心筋梗塞の再発とは考えがたいとの意見を述べている(証拠省略)。

カ 平成8年に行われた成人病健診において、Eの血中脂質中総コレステロール値が245mg/dlと高く、陳旧性心筋梗塞を示す心電図において、初めて心室性期外収縮(不整脈)が認められ、時々息苦しくなったり、肩や首筋がこるという自覚症状が認められたが、平成10年の旭川赤十字病院における人間ドックの検査では、明らかな狭心症発作や進行する心不全の兆候は窺われず、心電図の異常の他は腹部超音波検査での胆のうポリープ、腎のう胞を認めるのみであった。

キ 平成13年6月以降、Eは、頻脈、脈の欠滞(不整脈)、不眠等の症状をG医師に訴えていた。具体的には、同医師に対し、同月15日には「脈が時折ゆっくりになるが、早いときもある」旨を、同年8月10日には「体調は良い。1分間に1、2回程度の不整脈は出ているが気にしないようにしている。家では脈拍は50から60の間で、血圧は110くらいである」旨を、同年11月6日には「入眠して2、3時間経つと途中で目ざめることが多い」旨を、平成14年1月25日には「毎日ではないが、脈がとぶ」、「1分間に2個くらい」、「夜に発汗して目覚めることがある」旨を、同月31日には「昨日嘔吐、下痢があり、夜には脈が速かった」旨を、同年4月19日には「ときに脈が100くらいまで増えることがある」旨をそれぞれ訴えていた。Eは、平成13年11月6日から催眠鎮静剤ベンザリンの投与を受けたが、平成14年3月19日にはベンザリンはもういらないとのEの申し出により同剤の投与は中止された。

この間、平成13年1月26日に行われた心臓超音波検査の結果によれば、左室駆出分画は0.47であり、同年1月31日に行われた心電図検査の検査記録紙には、Eの心電図の波形の記録とともに、「3633 陳旧性(?)の下壁心筋梗塞〔ⅠI.AVFでQ巾40ms以上、ST.T異常のいずれか〕」、「4012 中程度のST低下〔0.05mV以上のST低下〕」、「9150**abnor-malECG**」、「医師の確認が必要です」などというコメントが自動で印字され、同日に行われた胸部レントゲン写真によれば、心胸郭比(CTR)は43パーセントで、心拡大はなかった。

さらに、Eは、平成13年1月ころから、被控訴人X1に対して、仕事量が多く疲れる旨を述べるようになったほか、同年秋ころからは、「そうしないとだめか」、「俺が我慢すればいいのか」といった独り言を言ったり、「遠くになんか行きたくない」、「東京には行きたくない」などという寝言まで言うようになり、眠りが浅く、睡眠途中に目ざめることがあった。また、平成14年2月初旬から中旬ころにかけて、「肩が凝る。眠れない。胃が動かない。食欲がない。食べ物を消化できない」などの症状を訴えることもあった。このほか、同年1月25日には、市立旭川病院のG医師に対して「働きすぎだなあと思っている」旨を述べたこともあった。

これらを総合すると、平成13年6月以降、Eには自律神経に関わると思われる多彩な症状が現われていると評価することができる。

ク Eは、愛煙家で、約30年間、1日に約25本のタバコを吸っており、2回目の入院でも禁煙に踏み切ることができず、3回目の入院を契機に禁煙を実行した。Eは、3回目の入院以降、定期的に診察、投薬を受け、医師の指示に従って規則正しい生活を維持し、過激な運動を避け適度の運動を行うなど、健康に留意した生活に徹していた。

(2)  Eの業務について

前記前提事実及び証拠(省略)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

ア Eは、平成13年1月1日から平成14年4月23日までの間、電話の新規加入、移転、増設、名義の変更、各種通信機器の設置等について利用者からの注文や問い合わせに対応する部門である116センタにおいて、SOC(サービスオーダーセンタ)の業務のうち、結了と呼ばれる仕事を担当していた。結了の仕事内容は、窓口担当者が利用者から受け付けた様々な電話サービスに関わる注文内容が正確に処理されているか否かを点検し、不備があれば受付担当者と連絡をとり、場合によっては直接利用者に問い合わせるなどして不備を補正し、注文処理を完了させるというものであるが、Eは、その中でも、日締め作業及びバックオーダーと呼ばれる作業を担当していた。このうちの日締め作業は、電話等の工事約束をした1日分の注文伝票の工事の進捗状況を点検し、完了処理を行い、未完了となったものはその原因調査・分析を行うというものであり、バックオーダー処理業務は、利用者の都合や控訴人側の都合で工事内容、工事日時等に変更が生じ、工事が持ち帰りとなったものの後処理を行うというものであった。

イ Eは、雇用形態・処遇体系の選択に際して60歳満了型を選択したが、同選択をするに際しては、転勤の可能性等の将来の生活設計、心疾患の状況、妻がパニック障害であって単身赴任が困難と思われたことなどを含め、深刻に悩んでいた。結局、60歳満了型を選択して控訴人に残留することになり、平成14年4月24日で北海道支店旭川営業支店に配置換えとなったが、控訴人の基幹業務であった固定電話等の業務を新会社に外注委託するとの方針が実行されたことにより、同人が従前担当していた業務自体は存在しなくなった。その後にEが新たに担当することとされた業務は、ソリューション業務(提案型業務)と呼ばれ、法人に対して情報システムを構築するための提案を行うことを主とするものであって、Eがこれまで担当してきた業務とは全く異なる内容のものであった。そして、その業務(法人業務)に必要な技能等を習得することを目的として、Eは本件研修への参加を命じられ、同研修終了後の同年7月以降、新たな業務に就くことが予定されていた。

ウ Eの死亡前半年以内の勤務については、旭川において継続して勤務をしており、平成14年の平均時間外労働時間は月0.5時間であり、休日労働は合計1日8時間であった。

エ 本件研修は、平成14年4月24日から同年6月30日まで2か月以上の長期にわたって実施されるものであったが、研修場所がEの自宅のある旭川市ではなく、札幌及び東京であったことから、同人にとっては、同研修の全期間を通じて、宿泊を伴う研修とならざるを得なかった。そこで、Eは、旭川から札幌へ、札幌から東京へ、そしてまた東京から札幌へと生活環境、自然環境の異なる土地に複数回移動することを余儀なくされた。この間、札幌での研修においては、週末には旭川の自宅に戻ることができたものの、ウィークデーには北海道セミナーセンタやNTT東日本研修センタ等の控訴人の研修施設やホテルに宿泊することになり、その際には、5泊だけは1人部屋をあてがわれたものの、その余はすべて2人ないし4人部屋であったため、生活習慣の異なる他の研修生との同室を余儀なくされることにより、生体リズム及び生活のリズムが変わることとなった。

オ 本件研修は、土、日、祝日及び移動日等を除く午前9時から午後5時30分までの所定時間内で実施され、研修時間が延長されたり、課題が出されたりしたことはなかったものの、研修担当者はほとんどの研修参加者が法人営業の未経験者で、心労の蓄積も相当あると考え、時には15分から30分程度研修時間を短縮することがあった。また、多くの研修資料が事前に配布されたが、これらはこれまでの業務とは異なる全く新たな分野に関するものであった(書証省略)。本件研修期間中、Eは休憩時間になると机に突っ伏して休むなど疲れた様子が見られ、東京での研修に際しては、同僚や被控訴人X1に対して、同室者が早朝に起き出すなどするためよく眠れないなどと睡眠不足を訴えており、生体リズム及び生活リズムに大きな影響が出ていたことが窺われる(なお、東京における研修の際の同室者であるJからの聴取書である乙56(省略)には、同室者の中には午前3時に起きる者はいなかったと思う旨の記載があるが、一方、Jは午前5時30分には起床していたとの記載もあるから、乙56(省略)も、同室者が早朝から起き出すとの上記認定に反するものではない)。

カ Eは、再度の札幌での研修期間中の平成14年6月7日(金)の研修終了後に旭川の自宅に帰宅し、同月9日(日)午前に墓参りに出かけ、同日午後10時過ぎころ、北海道樺戸郡(以下省略)所在の先祖の墓の前で死亡しているのを発見されたが、死体検案書では、死亡時刻は同日午前11時ころと推定され、直接の死亡原因については、急性心筋虚血であって、約10年前の狭心症が影響を及ぼしており、発症から死亡までの期間は短時間であると判定された(書証省略)。

(3)  虚血性心疾患の危険因子

心筋梗塞を含む虚血性心疾患の危険因子としては、加齢(男性では45歳以上)、冠動脈疾患の家族歴、喫煙習慣、高血圧、高コレステロール血症、精神的・肉体的ストレスが挙げられている(書証省略)。これらの危険因子について、証拠(省略)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

ア 冠動脈疾患の家族歴

Eの父親であるKは、心筋梗塞のため72歳で死亡した(書証省略)。

イ 喫煙習慣

30年間にわたり1日25本以上喫煙することが危険因子とされており(書証省略)、禁煙しても数年間はリスクは減少しない(人証省略)。しかし、心筋梗塞後の禁煙は死亡率を30パーセントから60パーセントまで減少させるとの報告もある(書証省略)。

ウ 高コレステロール血症

Eのコレステロール値の推移は次のとおりである(書証(省略)、弁論の全趣旨)。

採取年月日 総コレステロール値 LDL-コレステロール値

2001.11.6 230 144

2001.1.26 197 130

2000.9.29 263 176

1993.12 188 126

1993.8.6 299 221

1993.7.6 308 236

日本動脈硬化学会が平成14年に発表した動脈硬化性疾患診療ガイドラインによると、冠状動脈疾患(確定診断された心筋梗塞、狭心症)のある者のコレステロール値の管理目標値は、総コレステロール値が180、LDL-コレステロール値が100(原則としてLDL-コレステロール値で評価し、総コレステロール値は参考値とする)とされており、家族性高コレステロール血症は別に考慮するとされている。

家族性高コレステロール血症とは、LDLレセプター異常で遺伝的に総コレステロール値が高くなる疾患で、ヘテロ型(両親の一方の遺伝子を受け継いだ場合)は500人に1人の頻度で出現し、男性では30歳ころから心筋梗塞を発症するといわれている(書証省略)。なお、家族性高コレステロール血症(ヘテロ型)の患者692人(男性340人、女性352人)のうち、心筋梗塞に罹患したのは男性75人、女性35人であり、死亡した54人のうち38人の死因は冠状動脈性心疾患であり、死亡平均年齢は男性54歳、女性69歳であるとの調査報告がある(書証省略)。

2  争点(1)(Eが従事していた業務と同人の死亡との間の因果関係の有無)について

(1)  Eの死因

E(当時58歳)は、札幌での研修が終了した平成14年6月7日から旭川の自宅に帰宅しており、同月9日午前に一人で墓参りに出かけたが、同日午後10時過ぎ、先祖の墓の前で、仰向けになって左手を胸に当てた状態で死亡しているのを発見されたもので、死体検案に当たったL医師は、直接死因を「急性心筋虚血」とし、発症から死亡までは「短時間」、直接には死因に関係しないが、「約10年」前の「狭心症」が直接死因に影響を及ぼしたと診断している(証拠省略)。

前記認定のとおり、Eには、平成5年7月5日、冠状動脈に有意な狭窄が認められるとともに、壁運動が一部低下していたことから、陳旧性心筋梗塞(合併症として高脂血症)と診断され(書証省略)、同年8月と12月の2回にわたり、PTCAを受けたが、冠状動脈の閉塞は改善されなかった。また、Eには、家族性高コレステロール血症(ヘテロ型)が認められており、これに対する治療も行われていたところ、この疾患のある男性患者の22パーセント、女性患者の10パーセントが心筋梗塞に罹患し、死亡に至った患者の死因は冠状動脈性心疾患が70パーセントを占め、死亡平均年齢は男性54歳、女性69歳であるとの調査報告(書証省略)がある。

以上によれば、Eには、家族性高コレステロール血症(ヘテロ型)があり、心筋梗塞に罹患しやすい素因を有していたところ、遅くとも平成5年には心筋梗塞に罹患し、その後治療を継続してきたものの、平成14年、家族性高コレステロール血症(ヘテロ型)を合併した陳旧性心筋梗塞という基礎疾患が増悪し、急性心筋虚血により死亡するに至ったものであると推認される。

(2)  過重な業務負荷の有無

ア 116センタにおける結了業務

前記認定のとおり、Eは、平成13年1月1日から平成14年4月23日までの間、電話の新規加入、移転、増設、名義の変更、各種通信機器の設置等について利用者からの注文や問い合わせに対応する部門である116センタにおいて、SOC(サービスオーダーセンタ)の教務のうち、結了と呼ばれる仕事、特に、日締め作業及びバックオーダーと呼ばれる作業を担当していた。

前提事実のとおり、Eの時間外労働は、平成13年の給与明細書がある10か月分の合計を基にすると、1か月平均4.83時間(合計52時間)であり、それ以前の平成11年及び12年と比較して増加しているが、平成14年は、1か月平均0.5時間(合計5時間)であった。休日労働は、平成12年が合計40時間(8時間×5日)と最も多いが、平成11年及び平成13年は、いずれも合計16時間(8時間×2日)であり、平成14年は、合計8時間(8時間×1日)であった。

イ 本件研修の内容

前記認定のとおり、本件研修は、土曜、日曜、祝日及び移動日等を除く午前9時から午後5時30分まで1日7時間30分の所定時間内で実施され、研修期間中、時間外労働及び休日労働はなかった。本件研修の内容は、座学が中心のもので、研修時間が延長されたり、課題が出されたりしたこともなかったが、ほとんどの研修参加者が法人営業の未経験者であったため、従来の担当職務とは大きく異なるものであった。そのため、研修担当者は、研修参加者の心労の蓄積を考慮して、時には15分から30分程度研修時間を短縮することがあった。

ウ 上記のとおり、Eの勤務する支店での業務及び本件研修を通じて、時間外労働や休日労働により長時間労働が行われたとは認められない。また、研修内容は座学が中心で、運動等の肉体的負荷を伴う内容は含まれていない。

なお、従来の担当職務とは大きく異なる分野の研修を受けるときに、心労が伴うことは認められるが、研修は、多かれ少なかれ新たな知識の習得や未経験の職務への訓練のために行われるものであるから、上記の心労は、研修を行う以上やむを得ないものであって、業務負荷の過重性を検討する上で、考慮すべき要素となるものではない。

したがって、Eの死亡前6か月間に、時間外労働及び休日労働により過重な業務負荷があったとはいえない。

(3)  宿泊を伴う研修

ア 医師との協議

前記認定のとおり、控訴人は、EがPTCAを受けた後の平成5年8月20日、健康管理規程の「要注意(C)」の指導区分に該当すると判断し、Eに対してその旨通知した。同規程の要注意(C)の服務については、「過激な運動を伴う業務、宿泊出張はさせない。ただし、やむを得ぬ理由で宿泊出張させる場合は、組織の長と健康管理医が協議して決める」こととされている。なお、同規程の「勤務軽減(B)」に当たる者には、「過激な運動を伴う業務、時間外労働、宿泊出張はさせない」ものとされ、上記のただし書きがない(書証省略)。

証拠(省略)によれば、本件研修については、平成14年4月24日、担当課長のMがNTT札幌病院の医師であり、かつ、控訴人の健康管理医であったN医師(以下「N医師」という)に相談したところ、Eの健康状態は安定しており、本件研修の参加に特段問題はないとの回答を得た上、東京への移動前の同年5月13日、N医師がEとの個別面談を実施し、その上で、Eの現状からするとD管理でも良いが、本人の意向によりC管理を維持することとし、研修の参加については、旭川市立病院の主治医とよく相談して進めるべきであるとして、問題がないことを確認していることが認められる。

イ 同室者のある宿泊の影響

本件研修の日程、開催場所、宿泊場所、同室者の有無については、別紙(省略)のとおりであるところ、Eは、同年4月24日、同月25日及び同年5月7日から同月17日まで札幌でOと、同月20日から同月31日まで東京でJと(4人部屋を二つに区切った1区画に二人)、それぞれ同室であったが、同年6月3日から同月7日までは、一人部屋に宿泊していた(書証省略)。

Eは、本件研修期間中、休憩時間になると机に突っ伏して休むなどの姿が認められ(書証省略)、札幌での研修中、土曜、日曜に旭川の自宅に帰宅した際には、被控訴人X1に対して、疲れたと訴えたり、肩の凝り、不眠、食欲不振等の症状が出ており、札幌での研修が始まって3日間ほどは、脈拍が100以上になり、平成14年4月27日には「ちょっと調子が悪い」と言って病院を受診し、疲労によるものだと診断されたこともあった(証拠省略)。また、同年5月20日からの東京での研修では、非常に疲れた様子で顔色も良くなく、同僚や被控訴人X1に対して、「寮が古いので、4人部屋の2段ベッドがギシギシする」、「同室者が早朝に起き出すなどするためよく眠れない」などと訴えており、同月31日に東京での研修から旭川の自宅に戻った際には、目に隈ができており憔悴しきった様子であった(証拠省略)。

しかし、東京での研修期間中の休日には、那須高原に旅行に行っており(証拠省略)、本件研修のインストラクターであったF課長と同年6月5日に面談した際には、Eは研修内容について新鮮な気持ちで受講できたなどと述べていた(書証省略)事実もある。

上記の事実によれば、同室者のある宿泊がEの生体リズム及び生活リズムに影響を与えたことは否定し難いものの、Eは、PTCAを受ける前、冬はスキー、夏は登山、旅行と音楽鑑賞を趣味としており、東京での研修中にも旅行に出かけており、死亡前に札幌で行われた研修では、一人部屋に宿泊し、被控訴人X1も睡眠不足の苦情を聞いていないと述べている(書証省略)から、Eを一人部屋に宿泊させなかったことが基礎疾患の増悪をもたらすほどの影響を及ぼしたと認めることはできない。

ウ 出張の連続

前記のとおり、本件研修の内容自体は過重なものではなく、宿泊が一人部屋でなかったことの影響も小さいと考えられるが、本件研修の日程及びEの行動をみると、別紙(省略)のとおり、出張が連続するものであるということができる。すなわち、Eは、平成14年4月24日から札幌で2泊3日の研修を受けた後、同月27日から年休を併用して10日間の連休で旭川に帰ったが、同年5月7日から札幌で10泊11日の研修(途中の週休に研修はないが、旭川には帰っていない)があり、週休2日を挟んで、同月20日から東京で11泊12日の研修(途中の週休に研修はないが、旭川には帰っていない)を受け、週休2日を挟んで、6月3日から札幌で4泊5日の研修を終えて、週休で旭川に帰り、その二日目に死亡したものである。Eが死亡しなければ、週休明けの同月10日から札幌で11泊12日の研修が残っているという日程であった。10連休が明けた同年5月7日以降Eの死亡までをみれば、34日のうち生活の本拠がある旭川に帰り休養することができたのは、死亡の日を含めて6日しかない。本件研修に参加した者のうち、札幌に住居がある者(別表(省略)における「札幌組」)にとっては、東京での11泊12日の研修のみが出張となるのに対し、Eの場合は、札幌で行われる研修の期間も出張となり、出張期間としてみれば、札幌組の2倍以上になる。

前記アのとおり、平成14年5月13日、EはN医師と個別面談をしているが、この日は東京で行われる研修への移動前であり、乙15(省略)でも「5/20~5/31で実施する東日本研修センタ(東京)の本社集合研修に参加させるにあたり」と記載されており、研修参加についての健康状態の確認が専ら東京での11泊12日の研修のみを念頭においてされたと推認され、その後に続いて、札幌で4泊5日の研修があり、週休2日の後、札幌で11泊12日の研修があることまで念頭においていたと認めるに足りる証拠はない。この点について、H医師は、「同年4月25日より6月30日までの予定で札幌・東京・札幌で行われる長期宿泊研修参加となるが、これ自体、管理Cの枠を大幅に越えるものであ」るとしており(書証省略)、出張の連続を念頭において評価している。

上記の事実のとおり、Eは、本件研修開始のころから、疲労を訴えるようになっており、回顧的にみれば、このころ、Eの基礎疾患の増悪が自覚症状となって現れていたと推認される。研修開始から3日を過ぎたところで10連休があり、Eの生活の本拠がある旭川で休養することができ、ある程度は回復に向かったものの、その後、生活の本拠がある旭川で休養する機会が乏しくなり、疲労の回復が十分でないまま、次の研修へと連続していき、ついには、基礎疾患が増悪し、死に至ったものと考えられる。

したがって、長期間にわたる出張の連続は、Eの基礎疾患が自然的経過を超えて増悪することに寄与したと考えられる。

(4)  精神的ストレス

前記認定のとおり、EがPTCAを受けた後、平成8年に行われた成人病健診において、血中脂質中総コレステロール値が245mg/dlと高く、陳旧性心筋梗塞を示す心電図において、初めて心室性期外収縮(不整脈)が認められ、時々息苦しくなったり、肩や首筋がこるという自覚症状が認められたが、平成10年の旭川赤十字病院における人間ドックの検査では、明らかな狭心症発作や進行する心不全の兆候は窺われず、心電図の異常の他は腹部超音波検査での胆のうポリープ、腎のう胞を認めるのみであった。平成13年1月26日に行われた心臓超音波検査の結果によれば、左室駆出分画は0.47であり、同年1月31日に行われた心電図検査の検査記録紙には、Eの心電図の波形の記録とともに、「3633 陳旧性(?)の下壁心筋梗塞〔ⅠI.AVFでQ巾40ms以上、ST.T異常のいずれか〕」、「4012 中程度のST低下〔0.05mV以上のST低下〕」、「9150**abnormalECG**」、「医師の確認が必要です」などというコメントが自動で印字され、同日に行われた胸部レントゲン写真によれば、心胸郭比(CTR)は43パーセントで、心拡大はなかった。しかし、平成13年6月以降、Eは、頻脈、脈の欠滞(不整脈)、不眠等の症状をG医師に訴えていた。(ただし、平成13年11月6日から投与を受けていた催眠鎮静剤ベンザリンは、平成14年3月19日、Eの申し出により投与が中止された)

前記認定のとおり、家庭において、Eは、平成13年1月ころから、被控訴人X1に対して、仕事量が多く疲れる旨を述べるようになったほか、同年秋ころからは、「そうしないとだめか」、「俺が我慢すればいいのか」といった独り言を言ったり、「遠くになんか行きたくない」、「東京には行きたくない」などという寝言まで言うようになり、眠りが浅く、睡眠途中に目ざめることがあった。平成14年1月25日には、市立旭川病院のG医師に対して「働きすぎだなあと思っている」旨を述べたこともあった。また、同年2月初旬から中旬ころにかけて、「肩が凝る。眠れない。胃が動かない。食欲がない。食べ物を消化できない」などの症状を訴えることもあった。

これらを総合すると、平成13年6月以降、Eには自律神経に関わると思われる多彩な症状が現われていたと評価することができる。

前提事実のとおり、同年4月に、NTTグループ3か年経営計画(平成13年度ないし平成15年度)が策定され、これに基づきNTTグループの事業構造改革を実施すると発表され、この改革により、Eを含む平成14年3月31日時点で50歳以上の従業員は、同年5月以降の雇用形態、処遇体系を同年1月18日までに選択し、「雇用形態選択通知書」を控訴人宛てに提出するように命ぜられた。書証(省略)によれば、Eは、雇用形態の選択について悩んでいたことが認められるから、平成13年6月以降Eに現れた自律神経に関わると思われる多彩な症状は、雇用形態の選択に当たっての不安等による精神的ストレスに一因があると推認することができる。

また、本件研修は、Eの選択の結果受けることになったものであるが、研修を通じて、Eが新たに担当する仕事の内容が明らかになり、それに伴って、適応上の不安が増大したり、本件研修終了後に発令されるかもしれない遠距離の異動に対する不安が拡大したりしたことが推認されるから、本件研修が終了に近づくにつれ、精神的ストレスが更に増大することはあっても、解消されることはなかったものと考えられる。

「虚血性心疾患診療ガイダンス」と題する書籍である甲50(省略)によれば、医学的に、精神的ストレスが虚血性心疾患発症を促進することが認められ、H医師の意見書である甲12(省略)においても、「2002年1月先行きに不安を持ちながら、転勤を覚悟してNTT残留を決断し、…(中略)…E氏の障害心臓には耐え難いものであった」とされているから、上記の精神的ストレスは、Eの基礎疾患が自然的経過を超えて増悪することに相当程度寄与したと考えられる。

(5)  墓における作業

控訴人は、死亡直前に、Eが約1時間自動車を運転して先祖の墓に参り、スコップや鎌を用いて心臓に負担のかかる作業をしていたものであり、これが心臓に対する負荷を与えたと主張する。なお、第1審の第8回口頭弁論調書において、控訴人は「過失相殺を主張する趣旨ではない」と述べているところ、この対象は準備書面(平成16年3月31日付け)の三に述べた事実であって、①Eが心臓に疾患があるのにスコップで地面を掘り返す激しい運動をしたこと、②被控訴人らがこれを制止しなかったことである。したがって、被害者又は被害者側の過失として、上記①及び②の事実を挙げて過失相殺の主張をすることは許されないが、Eの基礎疾患が自然的経過を超えて増悪した要因として、自動車の運転及びスコップや鎌を用いて心臓に負担のかかる作業をしたことを主張することは妨げられない。

前提事実のとおり、Eは、一人で町名(省略)にある先祖の墓参りに出かけ、その墓の前で、仰向けになって左手を胸に当てた状態で死亡しているのを発見されたものである。Eは、墓参りに出かけると言って、旭川の自宅を出て、自分で車を運転して、先祖の墓に行き、普段車に積んであるスコップが遺体のそばにあったことが認められる(書証省略)から、Eは、約1時間車を運転し、スコップを車から下ろして何らかの作業をし、又はしようとしていたことが推認される。

しかし、現場にスコップで掘ったと認められるような痕跡を認めるに足りる証拠はないから、Eが死亡前に行った作業の内容を推定することはできず、作業開始前に死亡した可能性も否定することができない。したがって、Eがスコップや鎌を用いて心臓に負担のかかる作業をしていたと認めるに足りる証拠はない。また、約1時間車を運転していたことは推認されるものの、これのみで心臓に対する負荷を与え、基礎疾患を自然的経過を超えて増悪させたとまで認めることはできない。

(6)  以上のとおり検討したところからすれば、Eには、家族性高コレステロール血症(ヘテロ型)があり、心筋梗塞に罹患しやすい素因を有していたところ、遅くとも平成5年には心筋梗塞に罹患し、その後治療を継続してきたものの、平成14年、家族性高コレステロール血症(ヘテロ型)を合併した陳旧性心筋梗塞という基礎疾患が増悪し、急性心筋虚血により死亡するに至ったものであり、基礎疾患が自然的経過を超えて増悪することに寄与した要因としては、①生活の本拠がある旭川で休養する機会が乏しく、疲労の回復が十分でないまま、宿泊を伴う出張が連続する形で本件研修を受けたこと、②雇用形態の選択について悩み、選択の結果として本件研修終了後に発令されるかもしれない異動への不安から精神的ストレスが増大したこと、である。

3  争点(2)(控訴人の過失又は安全配慮義務違反の有無)について

上記2において、基礎疾患が自然的経過を超えて増悪することに寄与したと認定された要因について、控訴人の過失又は安全配慮義務違反があったか否かについて検討する。

(1)  精神的ストレスについて

前記認定のとおり、Eは、構造改革に伴う雇用形態の選択について悩んでおり、Eが60歳満了型を選択した結果、本件研修を受けることになったものであるが、研修を通じて、Eが新たに担当する仕事の内容が明らかになり、それに伴って、適応上の不安が増大したり、本件研修終了後に発令されるかもしれない遠距離の異動に対する不安が拡大したりしたものである。すなわち、Eに生じた精神的ストレスの原因は、構造改革に伴う雇用形態の選択及びEが60歳満了型を選択した結果生じた遠距離の異動の可能性であると認められる。

しかし、構造改革に伴う雇用形態の変化は、平成13年8月末にNTT労組がNTTグループ3か年計画を基本的に受け入れたから進展したものであり(書証省略)、Eは、新会社に移らず控訴人に残ると、従来とは異なる仕事に従事することになり、遠距離の異動の可能性もあることを認識した上で60歳満了型を選択したものである。Eに生じたような精神的ストレスは個人差が大きく、精神的ストレスによる健康への影響も予測することが極めて困難であり、この影響を回避する対策が確立しているものでもない。したがって、精神的ストレスを生じさせた原因自体が違法なものでない限り、精神的ストレスによって従業員の基礎疾患が自然的経過を超えて増悪することになっても、使用者に過失又は安全配慮義務違反があるということはできない。

(2)  出張の連続について

前記のとおり、本件研修の問題点は、研修内容自体やEを一人部屋に宿泊させなかったことにあるのではなく、約2か月間にわたり、5回の出張が連続することにある。Eは、平成5年8月以降、健康管現規程の「要注意(C)」の指導区分に該当するとされており、やむを得ぬ理由で宿泊出張させる場合は、組織の長と健康管理医が協議して決めることとされていたのであるから、この協議においては、研修の日程や内容を具体的に明らかにして、健康管理医の意見を聴くべきであったものといえる。ところが、本件研修が、札幌で2泊3日、10連休、札幌で10泊11日、週休2日、東京で11泊12日、週休2日、札幌で4泊5日、週休2日、札幌で11泊12日、と続くものであることを、健康管理医が把握した上でEの本件研修への参加について意見を述べたと認めるに足りる証拠はない。H医師が「同年4月25日より6月30日までの予定で札幌・東京・札幌で行われる長期宿泊研修参加となるが、これ自体、管理Cの枠を大幅に越えるものであ」ると評価していること(書証省略)にかんがみると、健康管理医が意見を述べる上で必要な情報(出張の連続性)が一部欠落していたため、医学的立場から、出張に制限を設けたり、条件を付して実施させたりするための助言がされなかったものと推認される。したがって、この限度では、控訴人に過失又は安全配慮義務違反があるということができる。

4  争点(3)(過失相殺の可否)について

被控訴人は、本件の上告審判決が本件において損害賠償額の算定に当たり斟酌すべき事由として取り上げることができるとしているのは、Eが有していた基礎疾患のみであり、それ以外の事由は斟酌すべきではない旨を主張する。

しかし、上告審判決は「家族性高コレステロール血症(ヘテロ型)にり患し、冠状動脈の2枝に障害があり、陳旧性心筋梗塞の合併症を有していたというEの基礎疾患の態様、程度、本件における不法行為の態様等に照らせば、上告人にEの死亡による損害の全部を賠償させることは、公平を失するものといわざるを得ない」(5頁)と判示しているのであるから、当裁判所が損害賠償額の算定に当たり斟酌すべき事由は、単にEの基礎疾患の態様、程度に止まらず、「本件における不法行為の態様等」も含まれるというべきであり、被控訴人の上記主張は採用することができない。

前記認定のとおり、本件は、長期間にわたる出張の連続により、疲労の回復が不十分となり、Eの基礎疾患が自然的経過を超えて増悪して死亡するに至ったと考えられる事案である。したがって、Eの死亡について、控訴人に全責任があるわけではなく、基礎疾患が自然的経過を超えて増悪する要因に応じて責任を負うべきである。

(1)  基礎疾患の態様及び程度

前記認定のとおり、平成5年7月、冠状動脈に有意な狭窄が認められ、Eは、陳旧性心筋梗塞(合併症として高脂血症)と診断されているところ、心筋梗塞を含む虚血性心疾患の危険因子として挙げられる①加齢(男性では45歳以上)、②冠動脈疾患の家族歴、③喫煙習慣、④高血圧、⑤高コレステロール血症、⑥精神的・肉体的ストレスのうち、上記診断の時点で、①から③まで及び⑤の因子があったものである。そして、Eは、平成5年8月と12月の2回にわたり、PTCAを受けたが、その後も冠状動脈の閉塞は改善されなかった。

前記認定のとおり、家族性高コレステロール血症(ヘテロ型)のある男性患者の22パーセント、女性患者の10パーセントが心筋梗塞に罹患し、死亡に至った患者の死因は冠状動脈性心疾患が70パーセントを占め、死亡平均年齢は男性54歳、女性69歳であるとの調査報告がある。したがって、家族性高コレステロール血症(ヘテロ型)の患者には、PTCA等の治療をしても、再び冠状動脈の狭窄が生じやすいため、心筋梗塞への罹患や再発は避けることが困難であり、冠状動脈性心疾患により50歳台で死亡に至る確率が高いものであったということができる。

以上のとおり、Eが陳旧性心筋梗塞を発症するについては、家族性高コレステロール血症(ヘテロ型)という遺伝的素因が原因の大半を占めていると考えられ、基礎疾患への罹患について控訴人が責任を負うべきものとはいえない。

(2)  不法行為の態様

基礎疾患が自然的経過を超えて増悪することに寄与した要因としては、前記認定のとおり、①生活の本拠がある旭川で休養する機会が乏しく、疲労の回復が十分でないまま、宿泊を伴う出張が連続する形で本件研修を受けたこと、②雇用形態の選択について悩み、選択の結果として本件研修終了後に発令されるかもしれない異動への不安から精神的ストレスが増大したこと、である。

このうち、精神的ストレスについては、控訴人において予見し、又は回避することが困難であったと認められるから、控訴人に過失(債務不履行構成においては安全配慮義務違反)がなく、不法行為の内容として、精神的ストレスを増大させたことは含まれない。控訴人の不法行為の態様は、Eの疲労回復が不十分になりやすい日程で宿泊を伴う出張が連続する形の本件研修を受けさせたことである。

(3)  控訴人の責任割合

前記のとおり、家族性高コレステロール血症(ヘテロ型)を合併した陳旧性心筋梗塞という基礎疾患は、50歳台の男性を死亡に至らせる確率が高い疾患であるから、Eの死亡については、基礎疾患の存在が原因の大半を占め、長期間にわたる出張の連続により、疲労の回復が不十分となり、基礎疾患を自然的経過を超えて増悪させたことは、Eの死亡の原因のうち30パーセントを占めるとするのが相当であり、控訴人は、この限度で責任を負うものである。

5  争点(4)(E及び被控訴人らが被った損害)について

(1)  逸失利益(請求額3380万9160円)

Eは、前記のとおり、死亡当時58歳であって、陳旧性心筋梗塞、家族性高コレステロール血症(ヘテロ型)の疾患を抱えてはいたものの、心筋梗塞発症後8年間は安定した状態で生活、稼働していたところ、証拠(省略)によれば、Eは、平成13年1月から12月までの間(ただし、2月及び7月を除く)に、合計492万9881円の給与の支給を受けており、これから通勤費相当額を控除すると、合計485万5481円となるから(平均給与月額は48万5548円(小数点未満切捨て。以下同じ))、これを年間収入に換算した582万6576円に特別手当て及び住宅補助費合計230万1777円を加算すると、Eの年間推計平均賃金合計額は812万8354円ということになる。

(計算式)

(531402+484864+530942+491177+476565+476565+491177+512324+465606+469259-24800-24800-24800)÷10×12=5826577

971200+266400+1064177=2301777

5826577+2301777=8128354

以上によれば、Eは、少なくとも被控訴人らが本件で請求している620万3288万円の限度で年収があったものと推認するのが相当である。生活費控除割合については、Eが一家の支柱であったことから30パーセントとし、67歳までの9年間就労が可能であったと考えられるから、9年に相当する年5パーセントの割合によるライプニッツ係数(7.1078)により中間利息を控除して逸失利益の現価を算出するのが相当である。

そうすると、Eに生じた逸失利益の現価は、次の計算式のとおり、3086万4211円となる。

(計算式)

6203288×(1-0.3)×7.1078=30864211

したがって、控訴人が賠償すべき額は、前記3の責任割合に従い、このうちの30パーセントである925万9263円となる。

(計算式)

30864211×0.3=9259263

(2)  慰謝料(請求額3000万円)

前記認定の控訴人の注意義務違反の内容、程度、Eの年齢、生活状況その他本件に現れた一切の事情を考慮し、前記の責任割合を加味すると、本件によりEが被った精神的苦痛を慰謝するには、540万円の支払をもってするのが相当である。

(3)  被控訴人らによる相続

以上によれば、本件によりEが被った損害の合計額は1465万9263円となるところ、被控訴人らは、Eの死亡により、同人の控訴人に対する損害賠償請求権をその相続分(各2分の1)に応じて相続したことになる。よって、被控訴人らは、相続によりEが承継した分として、控訴人に対し、それぞれ732万9631円の損害賠償請求権を有する。

(4)  葬儀費用(請求額141万9563円)

弁論の全趣旨によれば、被控訴人らは、Eの葬儀費用として相当額を支出したものと認められるところ、このうち、本件と相当因果関係の範囲内にある葬儀費用としては、本件において被控訴人らが主張する141万9563円の30パーセント相当額の42万5868円の限度であると解するのが相当というべきであり、弁論の全趣旨によれば、被控訴人らがこれを2分の1ずつ(各21万2934円)を負担したものと認められる。

(計算式)

1419563×0.3=425868

(5)  弁護士費用(請求額652万円)

弁論の全趣旨によれば、被控訴人らは、被控訴人ら訴訟代理人に本件訴訟の提起、遂行を委任し、相当額の費用及び報酬の支払を約束していることが認められるところ、本件事案の内容、難易度、主な争点、審理経過、認容額その他諸般の事情を総合考慮すると、本件と相当因果関係のある損害として控訴人に請求しうる弁護士費用の額は、上記(3)と(4)の合計額の約1割に相当する150万円と認めるのが相当であり、被控訴人らは、これを2分の1ずつ負担したものと認めるのが相当である。

(6)  以上のとおり、不法行為による損害賠償請求債務として、控訴人が被控訴人一人に対し賠償すべき金員は、829万2565円及びこれに対する不法行為の日である平成14年6月9日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金である。

6  結論

以上によれば、被控訴人らの請求のうち、不法行為に基づく損害賠償請求は、主文第1項の(1)の限度で理由があり、その余の請求は理由がない。選択的に併合されていた債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく損害賠償請求は、主文第1項の(1)に対応する限度で審判対象でなくなり、その余の請求は理由がない。

よって、これと異なる原判決を変更することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 末永進 裁判官 古閑裕二 裁判官 住友隆行)

<別紙省略>

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