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札幌高等裁判所 平成20年(ネ)234号 判決 2009年2月27日

控訴人 X株式会社

代表者代表取締役 甲野一郎

訴訟代理人弁護士 千葉尚路

同 高橋聖

同 大島正照

大島正照復代理人弁護士 大野修平

被控訴人 Yマンション管理組合

代表者理事長 乙山大介

訴訟代理人弁護士 馬場正昭

主文

1  原判決を取り消す。

2  控訴人と被控訴人との間において,控訴人が別紙物件目録記載の屋上赤色部分(50.2815平方メートル)について,賃借期限平成27年11月14日,賃料年額60万円,毎年3月末日翌年度分支払,との定めによる電気通信事業の設備設置を目的とする賃借権を有することを確認する。

3  被控訴人は,控訴人が前項の屋上赤色部分に別紙設置設備目録記載の各設備を設置する工事を行うことを妨害し,又は第三者に妨害させてはならない。

4  訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた裁判

1  控訴人

主文同旨

2  被控訴人

(1)本件控訴を棄却する。

(2)控訴費用は控訴人の負担とする。

第2  事案の概要

控訴人は,マンションの区分所有者によって構成された被控訴人との間で,通信設備等を設置するためにマンションの屋上の一部を賃借する契約を締結したが,同マンションの居住者らから上記設備の設置工事を妨害されたとして,上記賃借権の確認及び設置工事の妨害禁止を求めて訴えを提起した。

原審は,控訴人と被控訴人との間に上記賃貸借契約が締結されたことは認められるが,賃貸借期間が民法602条の期間を超える賃貸借については,共有者(区分所有者)の全員一致が必要であるとして,控訴人の請求をいずれも棄却した。

控訴人は,これを不服として,控訴を提起した。

1  前提事実及び当事者の主張は,次の2のとおり補正するほか,原判決書「事実及び理由」欄の「第2事案の概要」の「1 前提事実(争いのない事実及び弁論の全趣旨から当事者間において争いがないと認められる事実を含む。)」及び「2 当事者の主張」のとおりであるから,これを引用する。

2  原判決の補正

(1)原判決書3頁3行「専有使用部分」を「専用使用部分」と改める。

(2)原判決書5頁11行「同規定約は」を「同規約は」と改める。

(3)原判決書8頁22行「許されない。」の次に改行して,「(エ)

本件建物の屋上は,火災等の緊急時の一時的避難場所となるから,そこに本件設備等を設置することは許されない。」を加える。

第3  当裁判所の判断

1  本件契約の締結について

本件契約の当事者の一方が被控訴人であることは,当事者間に争いがない。

被控訴人は,被控訴人との間で契約を締結したのは,丙川個人であって控訴人ではないと主張する。

しかし,本件契約の契約書(甲25)には,控訴人(本件契約当時の商号がX’株式会社であったことは,当事者間に争いがない。)の電気通信事業のために契約を締結し,被控訴人はこれに協力するものとされ(第1条),契約者の欄には,「札幌市東区北7条東<番地略> X’株式会社 北海道技術部長 丙川二郎」と記載され,「X’株式会社 北海道技術部長之印」が押捺されるとともに,契約書の表紙には,賃借人として,X’株式会社北海道技術部の表示があり,かつ,契約書の前文にも,「…賃借人X’株式会社 北海道技術部とは…」の記載がある。

控訴人の決裁書(甲20),北海道技術部の課長丁田三郎の陳述書(甲1)及び証人東村春男の証言によれば,控訴人の北海道技術部長である丙川に本件契約締結の権限があったことが認められる。

したがって,本件契約は,丙川が控訴人の北海道技術部長として,与えられた権限の範囲内で控訴人を代理して,被控訴人との間で締結されたものである。したがって,被控訴人の上記主張を採用することはできない。

2  本件契約の有効性について

本件契約は,区分所有建物の共用部分である本件建物の屋上を対象とするものであり,契約の相手方である控訴人もこのことを認識していたから,管理組合である被控訴人との間で合意に至るだけでなく,区分所有建物の共用部分の使用に必要な決議等がなければ,本件契約は無効であると解される。

(1)本件議案の議決要件

本件管理規約(乙1)16条2項においては,「前項に掲げるもののほか,管理組合は,総会の決議を経て,敷地及び共用部分等(駐車場及び専用使用部分を除く。)の一部について,第三者に使用させることができる。」と定めており,ここにいう「総会の決議」の意義が問題となる。

ア 総会の決議について,本件管理規約46条は,原則として普通決議(同条2項)だが,「敷地及び共用部分等の変更(改良を目的とし,かつ,著しく多額の費用を要しないものを除く。)」については,特別決議事項としている(同条3項2号)。また,「第3項第2号の場合において,敷地及び共用部分等の変更が,専有部分又は専用使用部分の使用に特別の影響を及ぼすときは,その専有部分を所有する組合員又はその専用使用部分の専用使用を認められている組合員の承諾を得なければならない。この場合において,その組合員は正当な理由がなければこれを拒否してはならない。」(同条7項)と定められている。

イ 本件管理規約16条2項の「第三者に使用させる」法律関係については,本件管理規約に特に定めがない。被控訴人は,本件契約が期間を10年とする賃貸借契約であり,民法602条の期限を超え,管理権限を逸脱しているから,共有物の処分変更行為として,特別決議事項に当たると主張する。

民法602条は,「処分につき行為能力の制限を受けた者又は処分の権限を有しない者」が管理行為として賃貸借契約を締結するときの賃貸借期間に限界を設ける規定である。これに対し,建物の区分所有等に関する法律(以下「区分所有法」という。)は,共用部分の共有者がその有する専有部分と分離して持分を処分することができないこととする(区分所有法15条2項)などの制限を定めているが,これらの制限が設けられたのは,共用部分の共有者が「処分につき行為能力の制限を受け」,又は「処分の権限を有しない」からではなく,区分所有関係特有の要請からである。したがって,区分所有法は,区分所有関係が成立している建物の共用部分を対象とする限りにおいては,民法の特別法に当たるから,共用部分の賃貸借につき,民法602条の適用は排除され,同条に定める期間内でなければならないものではない。

ウ  区分所有法17条1項は,「共用部分の変更(その形状又は効用の著しい変更を伴わないものを除く。)」が特別決議事項であると定めている。ここにいう「共用部分の変更」は,その文言から明らかなように,「形状又は効用の著しい変更を伴」うものである。したがって,本件管理規約46条3項2号の「敷地及び共用部分の変更」も,区分所有法17条1項と同じく,「形状又は効用の著しい変更を伴」うものであると解され,さらに,本件管理規約においては,「形状又は効用の著しい変更を伴」うものであっても,「改良を目的とし,かつ,著しく多額の費用を要しないもの」については,特別決議事項から除外されていると解すべきである。

以上によれば,共用部分を第三者に賃貸して使用させる場合に必要な決議は,第三者に使用させることにより「敷地及び共用部分の変更(改良を目的とし,かつ,著しく多額の費用を要しないものを除く。)」をもたらすときは特別決議,これをもたらさないときは普通決議であると解される。

エ 本件設備等を本件建物の屋上に設置するときの工事内容は,賃貸借契約書(甲25)及び証人西沢秋男の証言によれば,①本件建物の屋上コンクリートに約10センチメートルの深さでケミカルアンカーを打ち込み,そこに鉄筋を組んで生コンを入れて架台を造り,基礎を設けてその上に,高さ約8メートルの棒状アンテナを設置する,②機械収容箱は,新設MISC架(ワイド)が幅約170センチメートル,奥行約66センチメートル,高さ約165センチメートルの直方体であり,新設屋外一体型無線機が幅約126センチメートル,奥行約100センチメートル,高さ約150センチメートルの直方体であって,アンテナと機械収容箱の総重量は約1.5トンである,③アンテナ及び機械収容箱の稼動に必要な電力は,本件建物の地階の電気室の配電盤から供給されるため,マンション共用部分のパイプシャフト(ケーブルや配管を通すため,各フロアに設置されている箇所をいう。)に穴を開けて電源ケーブルを屋上まで通す,というものであることが認められる。

ところで,本件管理規約16条1項では,管理組合が総会の決議を経ないで「敷地及び共用部分等のうち別表第4の部分を同表に掲げる者に使用させることができる。」ものと定めている。この中には,本件建物により電波障害を受ける近隣居住者が通常の受信用アンテナ及び受信設備を,電波障害のある期間中,本件建物の屋上塔屋等の外壁面及び敷地内の配線部分に設置して,これらの共用部分を使用する場合が含まれている。この使用形態と上記工事内容とを比較すると,アンテナ自体の大きさが異なるものの,アンテナ等を固定する方法は類似していると推認される。また,証人西沢の証言によれば,ケミカルアンカーを打ち込んだ部分の復旧は,防水工事を施してモルタルを流し込む方法で容易に行うことができることが認められる。

以上によれば,本件設備等を本件建物の屋上に設置する工事によって,共用部分に「形状又は効用の著しい変更」が生ずるとは認められない。したがって,本件設備等を本件建物の屋上に設置して共用部分を控訴人に使用させるに当たり必要な決議は,普通決議(本件管理規約46条2項)で足りると解される。

オ 被控訴人は,明確に科学的に証明されていない段階とはいえ,本件設備等が人間の心身に重大な悪影響を及ぼす疑惑があり,その疑惑が肉体の病気も惹起させるから,本件設備等の設置は,「専有部分使用者に特別の悪影響を及ぼす場合」と評価されるべきであり,本件管理規約46条7項に基づいて,専有部分の所有者等の承諾を得る必要があると主張する。

しかし,本件管理規約46条7項にいう「専有部分又は専用使用部分の使用に特別の影響を及ぼすとき」は,同条3項2号に該当することが前提であり,上記のとおり,本件設備等の設置はこれに当たらないから,同条7項の適用はない。

本件管理規約46条7項の「特別の影響」は,区分所有法17条2項と同じく,共用部分に変更,すなわち形状又は効用の著しい変更が生じたことにより,①特定の専有部分を所有する組合員又は特定の専用使用部分の使用者にのみ影響があり,②その影響が社会通念上受忍すべき限度を超えるもの(例えば,採光や通風の障害)である場合をいうと解される。本件管理規約46条7項には,「この場合において,その組合員は正当な理由がなければこれを拒否してはならない。」との規定もあるから,②の要件が必要なことは明らかであり,本件設備等による電磁波の発生によって社会通念上受忍すべき限度を超える影響があるときでなければ,承諾を拒めない。

②の要件については,承諾が必要であると主張する側(本件では被控訴人)に立証責任があるところ,本件設備等からの電磁波の発生によって,付近の住戸の居住者に健康被害が生ずると認めるに足りる証拠はない。したがって,被控訴人のいう影響は,電磁波の発生による漠然とした不安感にすぎず,社会通念上の受忍限度を超える影響に当たらないから,本件管理規約46条7項の承諾は必要でない。

カ 以上によれば,本件設備等を共用部分に設置し,共用部分を第三者(控訴人)に使用させるために必要な「総会の決議」とは,総会の普通決議であり,このほかに専有部分の所有者等の承諾を要しない。

(2)本件決議の有効性

本件議事録(甲3)によれば,本件議案に対し,頭数及び議決権数において59の賛成があり,反対が9であったことが認められ,普通決議の要件を満たしている。

被控訴人は,本件議事録に記載された投票数の算定に誤りがあり,賛成は45票であったと主張する。

しかし,管理組合が作成した本件議事録があるのに,委任状や議決権行使書等の検索を行い,これと異なる結果を主張することは,条理により許されない。なお,前記のとおり,本件議案の可決には,普通決議で足りるから,賛成が45でも過半数に達している。

(3)錯誤について

被控訴人は,仮に,本件議案が59票の賛成を得ていたとしても,被控訴人の組合員が電磁波による弊害を知っていれば,本件議案に賛成しなかったから,本件議案は否決されていたはずであり,控訴人の説明責任の懈怠により,誤った認識で組合員が本件議案に賛成したから,本件決議及びその後の契約締結までの意思形成過程に瑕疵があったことは明らかであり,本件契約は錯誤により無効であると主張する。

しかし,理事会の議事録(甲22)には,「建物の強度計算及び電磁波による人体への影響など,なんら弊害がないことが説明された。」との記載があり,本件議事録(甲3)にも,電磁波の人体に対する影響について質疑応答があった上で,本件議案の議決が行われたことが記載されている。したがって,本件議案の可決という結果は,電磁波の人体に対する影響について考慮した上で組合員が選択した結果であると認められる。したがって,組合員に錯誤があったとは認められず,被控訴人の上記主張を採用することはできない。

なお,被控訴人は,平成19年6月23日の総会において,本件設備等の設置に対する賛否を問うたところ,賛成が17,反対が46との結果が出た(乙33)と主張するが,この議決は事後的なもので,本件決議の効力に影響を及ぼすものではない。

(4)避難場所について

被控訴人は,本件建物の屋上が火災等の緊急時には,区分所有者の一時的避難場所となるから,そこに本件設備等を設置することは許されないと主張する。

しかし,本件契約の契約書(甲25)によれば,本件設備等が設置される部分は,屋上の一部に止まり,出入口を塞ぐなどして避難場所としての効用を阻害するものとは認められないから,被控訴人の上記主張を採用することはできない。

3  以上によれば,控訴人の請求は,いずれも理由がある。よって,原判決を取り消し,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 末永進 裁判官 古閑裕二 裁判官 住友隆行)

別紙

物件目録<省略>

図面<省略>

設置設備目録<省略>

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