札幌高等裁判所 平成20年(行コ)1号 判決 2008年11月21日
主文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第1,第2審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
主文同旨
第2事案の概要
1 本件は,a社に勤務していた被控訴人が,業務に起因して抑うつ状態を発症したとして,札幌中央労働基準監督署長に対し,休業補償給付及び療養補償給付の支給をそれぞれ申請したところ,同署長は,いずれも業務上の疾病と認められないとして不支給処分をしたため,同不支給処分の取消を求めた事案である。
原審は,a社において被控訴人が従事していた業務と被控訴人の抑うつ状態の発症との間には相当因果関係が認められ,業務起因性が認められるとして,上記不支給処分をいずれも取り消したので,控訴人がこれを不服として控訴した。
2 前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,原判決書「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の「1 争いのない事実等(争いのない事実に加え,弁論の全趣旨から明らかに当事者が争っていないと認められる事実を含む。)」,「2 原告の主張」及び「3 被告の主張」に記載のとおりであるから,これを引用する。
第3当裁判所の判断
1 被控訴人の就労状況及び抑うつ状態の発症状況について当裁判所が認定した事実及びその理由は,次のとおり補正するほか,原判決書「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」の「1 原告の就労の状況と抑うつ症の発症状況」に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決書17頁14行目の「証拠<省略>,」の次に「証拠<省略>,」を加える。
(2) 原判決書17頁16行目冒頭から19行目末尾までを次のとおり改める。
「a 被控訴人は,昭和62年8月にa社b支店の物流課長が転勤し,物流課長代行として,仕入と物流関係の実質的責任者を務めるようになったころから,食欲不振,不眠,身体の疲労を感じ始めた。被控訴人は,昭和63年4月ころに物流課長代理に昇格したがそのころ中堅社員の退職やパート従業員の退職と採用などの人員の入れ替わりがあったことから,さらに,体重の減少も見られ,思考力の減退や判断力の低下も感じるようになった。さらに,同年6月に新しいコンピューターの導入に伴い事務が停滞するようになり,残業時間が月間120ないし150時間にも達するようになったころからは,睡眠時間は平均して四,五時間しかとれなくなり,毎日朝食も摂ることができなくなり,同年8月下旬には体調不良のため1日休み,同年9月ころには,従前の症状に加えて,立ちくらみ,めまい,耳鳴りなどの症状も出,自殺願望が頭をかすめるようにもなった。なお,体重は,同年4月から約半年間で15キログラムも減少した。」
(3) 原判決書17頁20行目の「昭和63年」の前に「体調の異常に気付き,妻の勧めもあって」を加える。
(4) 原判決書17頁22行目の「復帰した。」の次に,「上記クリニック受診時の被控訴人の主訴は,同年9月ころから脱力感があり,仕事をする気がせず,不眠状態であり,朝も気分がよくないというものであった。」を加える。
(5) 原判決書17頁23行目から18頁6行目までを次のとおり改める。
「c 被控訴人は,職場復帰後も上記クリニックへの通院を続け,投薬やカウンセリングなどの治療を受け,平成元年7月8日で治療を終了し,その後,上記抑うつ状態については,b支店在勤中,上記クリニックのみならず他の精神科医院でも治療は受けていない。
上記クリニックのA医師は,被控訴人の傷病経過について,「(被控訴人は)最終来院時は“調子はいい”と述べております。」,「昭和63年12月には職場復帰し,平成元年2月7日の診察時,調子は良い,仕事は普通にできるとしている。一般に治癒とするには,社会復帰の期間も考えるが,Xの場合,経過もよく昭和63年12月に職場復帰していることから,職場の状況等聴取しカウンセリングを実施している。職場復帰後約6か月の経過を見て治療を終了しており,完全に治癒の状態であったものである。」との意見を述べている。
被控訴人は,休業補償給付申請後,同一年中である平成8年9月17日に札幌中央労働基準監督署に提出した「勤務歴No.11」と題する書面において,「平成元年6月まで通院治療を受け完治する。」と自ら記載し,同月8日に札幌東労働基準監督署労働事務官に対して,「元年6月には,体調は完全に戻ったので病院は中止した」旨述べている。
また,被控訴人の妻も,同年12月19日,同事務官に対して,「治療が終わってからは9時頃までに帰ってくるようになりましたので以降b支店勤務のときは心配ありませんでした。」旨述べている。」
(6) 原判決書21頁3行目の「原告は,」から4行目の「繰り返すことがあった。」までを,「被控訴人は,平成2年の7月に左足のこむら返りを起こしたことがあった。」と改める。
(7) 原判決書21頁6行目の「従事するようになったが,」を「従事するようになり,心身にも疲労がたまり始め,同年5月の連休には1日だけ休んだが休んでも疲れがとれず,抑うつ状態再発の不安にかられるようになった。」と改める。
(8) 原判決書21頁9行目冒頭から13行目末尾までを以下のとおり改める。「被控訴人は,平成3年8月にc配送センターに転勤したが,転勤前のb支店勤務での蓄積疲労に加えて,転勤による環境変化も相俟って疲労が蓄積していった。同年9月ころには,a社のB物流課長がc配送センター視察中にクモ膜下出血で倒れてその後死亡したが,被控訴人は,そのことが頭から離れず,食欲不振,立ちくらみなどの症状が顕れ始め,被控訴人の妻も,そのころから,被控訴人に不眠の症状が出始めたのに気付いた。」
(9) 原判決書21頁17行目の「指示された。」の次に,「被控訴人は,同日の医師による問診の際,第一次発症と同じような状態であること,平成3年8月の転勤後,「不器用な所がありストレスを蓄積してしまう。このころその傾向出てきたなと自覚していた。」ことを訴えている。」を加える。
2 当裁判所は,「ストレス−脆弱性」理論を前提とする判断指針に基づき,被控訴人に発症した抑うつ状態の業務起因性を判断するのが相当であると考えるが,その理由は,原判決書「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」の「2 判断指針の合理性及び業務起因性の認定基準」の「(1)判断指針作成の経緯及びその内容等」(原判決書24頁3行目から33頁22行目まで)及び「(2)検討」の「ア」(原判決書33頁24行目から34頁15行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
3 本件の判断指針へのあてはめ
(1) 判断指針によれば,精神障害の発病の有無,発病時期及び疾患名の判断に当たっては,原則として,ICD-10(証拠<省略>)に基づき判断すべきところ,本件で問題となるうつ状態を伴う疾病の診断基準は,原判決書38頁26行目冒頭から40頁8行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。
(2) 前記認定のとおり,被控訴人の第一次発症は,dクリニックにおいて「抑うつ状態」と診断されているが,前記認定の第一次発症の状況は,少なくとも,ICD-10のうつ状態の患者に見られる典型症状のうち,[1]抑うつ気分及び[2]易疲労感の2項目に,他の症状のうち,[1]集中力と注意力の減退,[2]睡眠障害及び[3]食欲不振の3項目に該当し,それぞれの症状は体重が激減していることなどからしても軽度とはいえないから,中等うつ病エピソードに該当するというべきである。
(3) 第一次発症における業務起因性
ア 業務における心理的負荷の検討
前記認定したところによれば,被控訴人が昭和62年8月にb支店の物流課長代行となった時点でうつ状態の初期症状が発症し,それが,大幅な人員の入れ替わりがあった昭和63年4月ころ,新しいコンピューターの導入により残業時間が120ないし150時間に達した同年6月ころと順次悪化して,同年10月にdクリニックを受診するまでに至ったと認められる。
評価表によれば,企画仕入課と物流課の両課の仕事の実質的な責任者となったことは,「配置転換」があったに類するものとして,心理的負荷の強度は「II」に,大幅に人員が入れ替わったことは,評価表には直接該当する項目がないが,「仕事内容・仕事量の大きな変化」があったに類するものとして,心理的負荷の強度は「II」に,コンピューターの導入により業務が混乱したことは,「仕事のペース,活動の変化があった」に該当し,心理的負荷の強度は「I」に,昭和62年6月ころから同年10月にかけて月間120ないし150時間残業したことは,「勤務・拘束時間が長時間化した」に該当し,心理的負荷の強度は「II」にそれぞれ該当する。
上記のうち,長時間残業については,その時間が著しく長く,かつ,これにより睡眠時間が平均して四,五時間しかとれなくなったことからして,その強度は著しく,負荷の強度は「III」と修正されるべきである。そして,上記出来事は,同時期に重なって起きていることをも考慮するならば,出来事に伴う変化は大きいと評価されるべきであり,それらによる心理的負荷を総合評価すると,「強」に評価すべきである。
イ 業務以外の心理的負荷の強度の評価
本件においては,上記業務による出来事以外に,業務以外で心理的な負荷を与えるような事柄が発生した事実は認められない。
ウ 個体側要因の検討
本件においては,第一次発症に結びつく被控訴人の個体側要因は認められないと考えるが,その理由は,原判決書45頁2行目の「なるとされること」の次に「(証拠<省略>)」を加えるほか,原判決書43頁21行目冒頭から45頁17行目末尾までに記載のとおりであるから,これを引用する。
エ 以上を総合すると,判断指針に基づき,被控訴人の第一次発症は,業務によるものと認めるのが相当である。なお,前記のとおり,本件においては,前記各出来事の発生の都度,被控訴人にうつ状態の症状が段階的に発症していることからも,業務起因性の存在は明らかである。
(4) 第一次発症の治ゆについて
ア 前述のとおり,判断指針によれば,【判示事項】業務上の精神障害が治ゆした後再び精神障害が発病した場合については,発病のたびにその時点での業務による心理的負荷等を検討して業務起因性を判断するとされている。
本件において,被控訴人が休業補償給付及び療養補償給付の対象としているのは,早くても平成4年4月30日以降の期間分であり,被控訴人が主張する第二次発症及び第三次発症に対応するものである。そして,前記認定したところによれば,被控訴人の第一次発症は,dクリニックでの治療により,その最終診療時である平成元年7月8日の時点で治ゆしていたと認められる。よって,被控訴人の請求が認められるか否かという観点から本件における業務起因性を検討するに当たっては,第一次発症の原因たる業務及び第一次発症の存在を考慮することはできず,上記治ゆ時点以降の被控訴人の業務が,第二次発症及び第三次発症との関係で業務起因性を有するかどうかを判断しなければならない。
イ なお,被控訴人は,うつ病を一度発症した者は,発症の要因となるストレスが最初の発症時と同程度のものでなくとも,うつ病を発症しやすいことは周知の事実であり,うつ病を一度発症した者は,個体側の脆弱性が増幅され,より弱い外的要因によっても発症しやすくなると主張し,再発のたびに心理的負荷を検討するとの上記判断指針の立場は不当である旨主張する。
しかしながら,精神障害の再発の機序については,現代の精神医学上明らかにはなっておらず,被控訴人が主張する脆弱性の増幅という考え方については,現代の精神医学において,精神障害すべてに対して一般化できる理論として受け入れられているわけではないことは,原審及び当審において控訴人から提出された複数の精神医学者の意見(証拠<省略>)によって明らかである。
これに対して,被控訴人を診察したe病院のC医師は,第二次・第三次発症は第一次発症の再発かもしれない旨述べ(証拠<省略>),D医師は,第二次発症以降のうつ病エピソードは,昭和63年10月以降に認められた病態の再発であることを否定する理由はない旨述べるが(証拠<省略>),脆弱性増幅を否定する上記複数の医学者の意見を覆すに足る根拠を提示しての所見,意見ではない。また,被控訴人は,当審において,さらに,e病院のE医師作成の回答書(証拠<省略>),F医師の意見書(証拠<省略>),G医師の意見書(証拠<省略>),H医師の意見書(証拠<省略>)を提出したが,それらにおける既往精神障害による個体脆弱性の増幅という考え方についても,脳器質の変化や疫学的手法でこれを根拠付けることは未だ精神医学の領域において一般的に承認された考え方とはなっておらず(証拠<省略>),これらの意見書によっても,上記脆弱性増幅の考え方が,一般的な理論として受け入れられていると認めることはできない。そして,医学的知見に裏付けられていない以上,専門家でない通常人の常識的判断により,上記脆弱性増幅を肯定し,これに基づいて本件第一次発症が第二次・第三次発症に影響を与えていると判断することはできないというべきである。
ウ ただし,被控訴人は,平成元年7月に第一次発症が治ゆしたこと自体について,完治とはいえずその後も持続的緊張状態等の症状が継続していた旨主張し,上記治ゆの認定自体を争っており,被控訴人自身,dクリニックでの診療を終えた後,病気は完治していなかった,その時は回復傾向にあったので治ったと思い込んでいた,主治医からもはっきりと治ったとは聞いていない旨供述する(証拠<省略>)。
しかし,前記認定したところによれば,平成元年7月以降,平成3年3月までは,通常の労働に伴う疲労を超える病的な抑うつ状態の発現は認められず,その就労環境としても,業務課長が突然退職した平成3年3月までは,精神障害を引き起こすに足るような心理的負荷を生じせしめる業務に従事していたとは認められない。よって,第二次発症につながる初期異変は,平成3年3月と認めるのが相当であり,平成元年7月の上記治ゆ後約1年9か月の間は,病的なうつ状態の持続ないし発生はなかったというべきである。
被控訴人は,上記のとおりこれに反する供述をするが,前記認定のとおり,A医師は,被控訴人が完全な治ゆ状態にあったとの意見書を労働基準監督署に提出している。そして,被控訴人自身も,平成8年当時は,労働基準監督署に対して,平成元年6月には完全に治ゆし,体調が戻っていた旨申述しており,それから長期間経過後,しかも,本件提訴後平成元年における治ゆが本件の重要な争点となることを意識した後になされたこれに反する被控訴人の上記供述は採用できない。
なお,いったん治ゆの診断がなされた後にも,病気中に増幅した脆弱性がなお残存しているかもしれないとして,「再発予防の期間」を設け経過を観察する必要を指摘する見解もある(証拠<省略>)。しかし,同見解の論者も,治ゆの診断後6か月間問題なく経過すれば,上記脆弱性は病前に復したとしてよい旨述べており,治ゆ後約1年9か月もの間再発がなかったと認められる本件においては,上記見解によるも,第一次発症により増幅された脆弱性が第二次発症に影響しているということはできない。
(5) 第二次発症及び第三次発症の状況
前記認定の第二次発症の状況は,少なくとも,ICD-10のうつ状態の患者に見られる典型症状のうち,[1]抑うつ気分及び[2]易疲労感の2項目に,他の症状のうち,[1]睡眠障害及び[3]食欲不振の2項目に該当し,それぞれの症状は軽度とはいえないから,少なくとも軽度うつ病エピソードに該当するというべきである。なお,第二次発症が前記認定のとおり,第一次発症治ゆ後の新たな発症である以上,ICD-10にいう再発を要件とする反復性うつ病性障害には該当しない。
なお,前記認定のとおり,被控訴人は,第二次発症から半年経過後の平成4年10月には職場復帰しているが,その職場復帰は,医師とも相談の上,投薬及び通院を継続しながらという条件のもとでなされ,実際その後も定期的な通院が続けられていることからして,第三次発症は新たな発症ではなく,第二次発症から継続した一体の病的抑うつ状態と認めるのが相当である。
(6) 第二次発症及び第三次発症の業務起因性
ア 前記認定したところによれば,第二次発症の初期異変は平成3年3月ころに生じている。
そのころから平成4年4月に被控訴人がe病院を受診したころまでに被控訴人に起きた業務上の出来事を検討すると,被控訴人は,平成3年3月,Iの退職後に業務課長代行となって責任が加重し([1]),また,人員不足や季節的に業務量が増加する時期と重なったことから,1日あたり3,4時間の時間外労働に従事せざるを得ず,休日出勤も余儀なくされる状況が続いた([2])。さらに,被控訴人は,c配送センターに転勤になり([3]),時間外労働は減少したが,他方において,時間内の就労状況が過密となって時間に追われるようになり,さらに仕事中は,緻密さが要求される検品作業に毎日のべ5時間にわたって従事した([4])ことが認められる。なお,前記認定のとおり,a社の本社物流課長のBが,c配送センターを視察中にクモ膜下出血で倒れ,その後死亡し,被控訴人がこれにより精神的衝撃を受けた事実は認められるが,上記Bは,業務上被控訴人と頻繁な接触があった等被控訴人との関係が密接であったことを認めるに足る証拠はなく,この事実を業務起因性判断の基礎となる出来事ということはできない。
次に,これらの事情が,被控訴人にどの程度の心理的負荷を与えたかを評価表に基づき検討すると,[1]は,単なる昇格・昇進ではなく新たな業務の過重と認められ,「配置転換があった」に類するものとして,心理的負荷の強度「II」に,[2]は,「勤務・拘束時間が長時間化した」に該当し,心理的負荷の強度「II」に,[3]は,「転勤をした」に該当し,心理的負荷の強度「II」にそれぞれ該当する。
しかし,上記[1]の配置転換,[2]の勤務時間の長時間化は,第一次発症の原因となった前記認定の同種出来事に比較しても,これらによる被控訴人の心理的負荷の強度は格段に低いものと認められる。また,上記[3]の転勤も,被控訴人又はその妻の意に反して行われたものではなく,これによる被控訴人の心理的負荷の強度もさほど大きなものとは認められない。
また,[4]については,たとえ,その業務内容が前記認定のとおりのものであり,被控訴人が主観的にはそのように感じていたとしても,客観的にみて,被控訴人に精神障害を発生させるおそれがあるほどに過重な業務であったと認めるに足る証拠はない。かえって,当時の同僚であったJは,それほど過重なものであったとは感じられなかった旨供述している(証拠<省略>)。よって,上記[4]の事実を,業務起因性判断の基礎となる出来事ということはできない。
以上によれば,第二次発症につき,評価表による総合判定が「強」に達するというには無理があるといわざるを得ず,第二次発症につき業務起因性を認めることはできない。
イ なお,第三次発症は,前記のとおり,第二次発症と独立の発症とは認められないが,過重な業務により第二次発症が悪化した可能性もあるので,第二次発症後第三次発症前の被控訴人の勤務状況について,以下検討する。 第三次発症前の事情について検討すると,倉庫1階での作業が追加された([1]),配置転換により,作業内容が変わったほか,倉庫1階の作業の責任者を兼務するようになった([2]),職場で労災事故が発生した([3])等の各事情が窺える。
まず,上記[3]の職場での労災事故の発生は,仮にかかる事故が発生していたとしても,その発生状況や被控訴人の目撃状況が明らかではなく,評価表の「悲惨な事故や災害の体験(目撃)をした」に類するものと扱うのも相当でなく,業務起因判断の基礎となる出来事ということはできない。
また,上記[1]及び[2]については,たとえ,その業務内容が前記認定のとおりであり,被控訴人が主観的には上記のとおり感じていたとしても,客観的にみて,被控訴人に精神障害を発生させるおそれがあるほどに過重な業務に変わったと認めるに足る証拠はない。かえって,当時の同僚であったJは,それほど過重なものであったとは感じられなかった旨供述している(証拠<省略>)。よって,上記[1]及び[2]の事実を,業務起因性判断の基礎となる出来事ということはできない。
以上によれば,第三次発症については,そもそも業務起因性判断の基礎となる出来事の存在を認めることはできない。
4 結論
以上によれば,被控訴人の疾病について,第一次発症については業務起因性が認められるが,本件において各給付申請の対象となっているのは第二次・第三次発症に基づく休業・療養補償であり,第二次・第三次発症については業務起因性は認められず,また,第一次発症は第二次・第三次発症前に治ゆしており,第一次発症の原因となった業務と第二次・第三次発症との間に相当因果関係は認められない。よって,被控訴人の疾病につき業務起因性がないとしてなされた本件不支給処分は適法である。
したがって,本件不支給処分が違法であるとして取り消した原判決は相当でないから,これを取り消すこととし,主文のとおり判決する。
(裁判官 末永進 裁判官 古閑裕二 裁判官 住友隆行)