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札幌高等裁判所 平成21年(行コ)14号 判決 2010年10月12日

主文

1  原判決を取り消す。

2  本件を旭川地方裁判所に差し戻す。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が控訴人に対し平成20年8月21日付けでなした土壌汚染対策法第3条第2項の通知に基づく同法第3条第1項の規定による土壌汚染状況の調査及び報告を義務付ける旨の処分を取り消す。

3  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

第2事案の概要

原判決2頁3行目から4行目にかけての「土壌汚染対策法(以下「土対法」という。)」を「土壌汚染対策法(平成18年法50による改正前のもの。以下「土対法」という。)」と改めるほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」に記載のとおりであるから,これを引用する。

第3当裁判所の判断

以下,争点(1)(本件通知の行政処分性の有無)について判断を加える。

1  土対法,同法施行令等は,有害物質使用特定施設を設置していた者以外の当該土地の所有者等の土壌汚染の状況の調査報告義務に関し,次のような定めをしている。

(1)  都道府県知事等が,有害物質使用特定施設の使用廃止を知った場合に,当該有害物質使用特定施設を設置していた者以外の当該土地の所有者等に対し,当該有害物質使用特定施設の使用が廃止された旨その他の環境省令で定める事項を通知する(土対法3条2項,同法施行令10条)。

上記通知には,報告を行うべき期限等を記載する(同法施行規則14条)。

(2)  有害物質使用特定施設を自ら設置していない所有者等にあっては,同条2項に基づく通知を受けたものが,当該土地の土壌の特定有害物質による汚染の状況について,環境大臣が指定する者に環境省令で定める方法により調査させて,その結果を都道府県知事に報告しなければならない(同条1項)。

(3)  同条2項に基づく通知を受けた者が任意に調査報告義務を履行しないときは,都道府県知事等がこれを履行するよう命令を発することができる(同条3項)

(4)  同命令を受けた者が履行しないときは,1年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する(土対法38条)。

2  本件通知は,別紙のとおりであり,上記法規に従い,被控訴人が控訴人に対し,①本件土地上の有害物使用特定施設の使用が廃止されたこと及び控訴人が本件土地の所有者に該当すること,その結果,控訴人に上記調査報告義務が発生したことを知らせるとともに,②同調査報告義務の終期を本件通知を受けた日から120日以内と定めるものである。

検討するに,土対法が有害物質使用特定施設を自ら設置していない当該土地の所有者等に対してのみ上記通知をすることにしたのは,当該土地の所有者等が,当該土地上の有害物質使用特定施設を自ら設置しておらず,その廃止及び調査報告義務の発生を当然には知り得ないことから,所有者等に対し,当該施設の使用が廃止されたこと等を知らせることにあると解することができるところ,本件通知の①の部分は,被控訴人の認識した事実の通知であるとみることができるから,その法律上の性質は,観念の通知というべきものである。他方,本件通知の②の部分は,被控訴人が,控訴人に生じた上記調査報告義務の内容の一部を具体化(期限の設定)したものであるから,観念の通知の範疇には収まらない性質のものであるというべきである。

このように,本件通知の①の部分は,観念の通知とみるべきものではあるとしても,本件通知は,法律に準拠したものであり,これによって,土壌汚染状況調査結果報告書を120日以内に提出しなければ,履行命令を受け,かつ,その命令に従わなければ,1年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処せられるという地位に控訴人を置くという法的効果を生じさせるものであり,しかも,本件通知の②の部分は,控訴人に生じた義務の内容の一部(期限)を具体的に創設するものであるから,本件通知は,直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定するものというべきであり,行訴法3条2項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に該当すると認めるのが相当である。

3  被控訴人の主張について検討を加える。

(1)  被控訴人は,土対法3条1項の調査報告義務を本来的に基礎付ける要件は,あくまでも当該土地の「所有者等」であることであり,土地所有者等が特定有害物質を使用等する施設の使用の廃止時に当然に同義務を負担するものであり,同条2項の通知は,上記施設の廃止及び調査報告義務の発生を当然には知り得ない土地所有者等に対し,当該施設の使用が廃止されたこと等を知らしめるためのものであり,同義務の始期及び期限を定めるための要件であると解するのが相当であり,同条2項の通知により同義務が発生するものではないので,同条2項の通知に行政処分性を認めることはできないと主張する。

しかし,前示1のとおり,土対法3条1項に定める調査報告義務は,当該土地の「所有者等」であることから当然に生じるものではなく,通知が要件とされている(土対法3条1項,2項)のであるから,被控訴人の主張はその前提を欠くといわざるを得ない。また,本件通知には,観念の通知とみるべき部分があるとしても,これによって前記のような法律効果を生じさせる以上は,その処分性を否定できないというべきである。

(2)  控訴人は,本件通知により,本件土地につき調査を行う必要性が生じるものの,仮にこれに従わない場合は,土対法3条3項の手続に移行し,控訴人はその時点で同項の規定による命令の効力を争うことができるのであり,控訴人は,当該命令の効力を争うとしても,現在負っている調査義務以外のものが付加されるものでもなく,本件通知の効力を争わなければ回復し難い損害を被るものでもないから,土対法は,土壌汚染状況調査義務に係る取消訴訟は,本件通知に対してではなく,同項の規定による命令に対して提起されることを予定していると主張する。

確かに,控訴人としては,上記命令が発せられるのを待って,これを抗告訴訟の対象として争うことも可能である。しかしながら,土壌汚染調査は,専門的知見を要するものであり,環境大臣が指定する者に環境省令で定める方法により調査させる必要があり(土対法3条1項),その費用も相当高額となることが見込まれる(ちなみに,本件においては,株式会社A(B支店)は,控訴人に対し,本件土地の土壌汚染状況調査について,68万2500円の見積書を提出している(甲7の1ないし4,弁論の全趣旨))から,同条2項の通知を受けた者にとっては,このような重い内容の義務を指定された期限内に履行するか否かの判断を迫られるとともに,同通知を受けた以降は,当該土地の利用,処分等について事実上の制約を受けることになるため,上記命令が発せられるまでは(実務の運用としては,上記通知に定められた期限を経過したら直ちに調査命令が出されるものではないことがうかがわれる(甲12,弁論の全趣旨)),非常に不安定な法的地位に置かれることになるといわざるを得ない。

以上によれば,上記命令を待ってこれを争わせることで足りると考えるのは相当ではなく,被控訴人の主張は採用できない。

(3)  被控訴人は,土対法3条2項の通知を受けたものと同じく同条1項の調査報告義務を負っている「所有者等であって,当該有害物質使用特定施設を設置していたもの」に対しては処分という概念は存在しないから,仮に上記通知を受けたものについて,通知を処分であるとするならば,同一の義務が生じるにもかかわらず,通知を受けたものと当該設置していたものとの間に出訴機会に相違が生じることとなり,平等の原則に反すると主張する。

しかし,当該有害物質使用特定施設を設置していた者と所有者等とが同一である場合とそうでない場合とでは,調査報告義務の前提となる状況にかなりの違いがあるのであるから,その間に出訴機会等の差異が生じたとしても,直ちに公平の原則に反することにはならないというべきであり,被控訴人の主張は採用できない。

4  以上のとおり,本件通知は,抗告訴訟の対象になるというべきである。

第4結論

よって,本件訴えを不適法として却下した原判決は相当でないから,これを取り消し,これを旭川地方裁判所に差し戻すこととし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上哲男 裁判官 中島栄 裁判官 中川博文)

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