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札幌高等裁判所 平成22年(う)62号 判決 2010年6月01日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は,主任弁護人江本秀春,弁護人横路民雄,同西村武彦,同上田絵理連名作成の控訴趣意書に,これに対する答弁は,検察官藏重有紀作成の答弁書に,それぞれ記載されているとおりであるから,これらを引用する。

1  事実誤認の論旨について

論旨は,原判決がいう本件公示前の電話かけは,後援会の会員を増員するために後援会活動を案内するパンフレットの送付の可否を尋ねるものであって,投票を呼びかける内容ではなく,公職選挙法にいう選挙運動(以下「選挙運動」という。)にはあたらないから,これが選挙運動にあたると認めた原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるというのである。

所論にかんがみ,記録を調査して検討するに,原判決挙示の関係証拠によれば,本件公示前の電話かけが選挙運動にあたることを優に認めることができ,原判決の認定は「事実認定の補足説明」の項で説示するところも含め正当であって,原判決に事実の誤認があるとはいえない。以下若干補足する。

所論は,①本件公示前の電話かけは,パンフレット送付に対する了承の有無を確認するものであり,了承した者に対して送付していたものはパンフレット,A党のビラ,後援会の葉書であって,その目的が,パンフレット,A党のビラ,後援会の葉書の送付をすること,さらには,後援会員の拡大を目標にしていたことにあるのは明確であり,政治的表現活動の一環である後援会活動であったこと,②本件公示前の電話かけをした者達は,被告人からスクリプトと呼ばれるマニュアルにある「国政の場へ再チャレンジする」原判示のBへの支援を願う言葉やBを「再び国政の場へ」送ることを願う言葉を発することを特段求められたことはないし,そのような言葉を挿入しないで電話かけをしていた者達の方が圧倒的多数であったこと,③原判決にいう公示後の電話かけではB選挙事務所を名乗り,Bへの投票依頼をしていたのに対して,本件公示前の電話かけでは立候補予定者への投票依頼の言葉等は発せられてはいなかったこと,④原判決は,電話かけの相手が選挙区の選挙人であるという事実を認定の一事情とするが,その事実をもって選挙行為と直結させることには論理の飛躍があること,⑤原判決は,電話かけの結果が選挙運動を行う上で有益であったと認定するが,公示前の電話聞き取りの報告である電話結果報告書は,パンフレットの送付に応じてもらえるか否かという観点から◎,○,△,×などの印が記されているだけであり,◎が支持者というわけではないし,×が支持をしない人というわけではなく,また,そもそも電話結果報告書自体からは,投票行動の予想や票読みなどは期待できず,選挙運動に直結することもないことを指摘して,本件公示前の電話かけは選挙運動にはあたらないというのである。

しかしながら,上記①については,本件公示前の電話かけが後援会活動であることを否定することができないとしても,そのことから当然に選挙運動にあたらないということにはならないのであって,本件公示前の電話かけをみると,パンフレット送付の了承の有無を確認する機会をとらえて,立候補予定選挙区内の有権者に対してBの知名度を上げる目的があり,その目的に向けられた有益な行動であるから,選挙運動にあたるといって何ら問題はないのであり,上記②については,指摘の事実があっても,間近に迫った選挙にBが立候補することを暗示する表現を,被告人自身が上記スクリプトに盛り込み,適宜電話相手に話すことを求めているのであるから,選挙運動にあたる方向に働く事実であるといえるのであり,上記③については,公示後と異なって立候補予定者への投票依頼の言葉等が発せられていなかったからといって,そのことだけで選挙運動にあたらないということにはならないのであり,上記④については,原判決は,電話かけの相手が選挙区の選挙人であることを選挙運動にあたる方向に働く一事情として挙げているにすぎず,所論指摘のように直結させているわけではないのであり,上記⑤については,原判決が説示するとおり,本件公示前の電話かけで得られた相手の反応に関するデータは,被告人が公示後の電話かけの相手を絞り込むために用いたり,Bの合同選挙対策委員会において活用してもらうため同委員会関係者に提供していることに照らすと,効果的な選挙運動を行う上で有益なものであったと推認できるのであり,上記指摘はいずれもあたらず,所論は採用することができない。

論旨は理由がない。

2  法令適用の誤りの論旨について

論旨は,原判示第1の事実について,政治活動,後援会活動の一環として行われた本件公示前の電話かけに公職選挙法を適用するのは,政治的表現活動を不当に制約する違法なものであるから,公職選挙法を適用した原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがあるというのである。

所論にかんがみ,記録を調査して検討するに,上記1のとおり,本件公示前の電話かけは選挙運動にあたるのであって,原判決に法令適用の誤りはない。

所論は,原判決は,個々の政治的表現行為が選挙運動と認められるか否かについての「特定の選挙の施行が予測せられあるいは確定的となった場合,特定の人がその選挙に立候補することが確定しているときはもとより,その立候補が予測せられるときにおいても,その選挙につきその人に当選を得しめるため投票を得もしくは得しめる目的をもって,直接又は間接に必要かつ有利な周旋,勧誘もしくは誘導その他諸般の行為をなすことをいう」との過去の裁判例(最高裁昭和38年10月22日決定刑集17巻9号1755頁,同旨最高裁平成2年11月8日決定刑集44巻8号697頁等)の解釈と比較しても,非常に恣意的かつあいまいな基準を用いて,選挙運動の意義を不当に広く解釈しているから,原判決の解釈はずさんであって,その解釈の態度は憲法21条を不当に侵害するものであり,また,政治的な言動等の一つである後援会活動は選挙運動とは区別され,公示前に行われても公職選挙法には違反しないというのである。

しかしながら,公職選挙法が選挙運動について種々の規制を設けた趣旨は,「選挙が選挙人の自由に表明せる意思によって公明且つ適正に行われることを確保」することにあるところ,公示の前後にかかわらず選挙運動につき金銭その他の財産上の利益の授受を伴うことが選挙の自由と公正を侵害すること甚だしく,これを防止,禁圧する必要性が強いことからして,規制対象となる選挙運動についてはその範囲が広いことに合理的理由があり,また,様々の実態を有する後援会活動のすべてを後援会活動の名の下に選挙運動にあたらないものとすれば,選挙の自由と公正の保持のため選挙運動を規制しようとする公職選挙法の目的は没却されてしまうのであって,後援会活動の名の下に行われる活動であっても,その活動の実態が特定の選挙につき立候補予定の被後援者に対する投票を獲得することを目的としていると認められる場合には,選挙運動にあたるものというべきである。そして,上記の場合にあたると認められるか否かは,当該活動の方法,形態や活動の対象者の範囲,活動の時期,組織の実情などの諸事情を総合考慮して判断されるのであって,原判決において,「事実認定の補足説明」の項の2の①ないし⑦で摘示するとおりの各事実を適切に認定した上で,同項の3及び4で上記各事実について詳細に検討した結果により,本件公示前の電話かけが行われた時期,対象,内容及び結果の活用状況等を総合して,本件公示前の電話かけは,本件選挙につき,Bのため投票を得させる目的をもって,必要かつ有利な行為をしたものであり,選挙運動にあたるものと認められる旨判断して,これに公職選挙法を適用したのは,上記裁判例と比較してその基準が恣意的であるとかあいまいであるとはいえず,法解釈の態度がずさんであるとも憲法21条を不当に侵害するものであるともいえないのであって,所論はあたらない。

論旨は理由がない。

3  量刑不当の論旨について

論旨は,被告人を懲役2年,5年間執行猶予に処した原判決の量刑は,懲役刑を選択した点で重すぎて不当であるというのである。

所論にかんがみ,記録を調査して検討する。

本件は,原判示の衆議院議員総選挙に際し,特定の候補者の選挙運動者であった被告人が,その立候補届出前に34名の選挙運動者に対し,選挙運動をすることを依頼し,その報酬として金銭を供与する約束をし(金銭供与約束及び事前運動,原判示第1),立候補届出後に1名の選挙運動者に対し,同様に依頼,約束をした(金銭供与約束,原判示第2)公職選挙法違反の事案である。

原判決は,被告人は,支援する候補者の選挙対策委員会と連携を取りながら,かつて電話オペレーターをしていた知人に対し,選挙人に電話をかけて投票を呼びかけるなどの選挙運動を依頼し,その報酬として金銭供与を約束するとともに,選挙運動員集めを頼み,同知人らを介して,他に34名の者に対し,同様の依頼と約束をしたものであって,本件は組織的な犯行であること,合計35名の選挙運動者に対して金銭供与の約束をし,うち33名については,公示前から選挙運動をすることを依頼して,その報酬としての金銭供与を約したこと,それらの約束に基づいて支払われるはずであった報酬額は,総額261万円余りであって,その規模が大きいこと,公職選挙法は,候補者の資金力によって投票結果がゆがめられることを防ぐため,選挙運動者への報酬の供与については特に厳格に規制していると解されるところ,被告人は,労働組合活動の中で裏金として貯えられた資金の力を利用して,選挙運動者への金銭供与約束を大規模に行ったのであるから,その犯行態様は悪質なものであること,効率的に候補者への支持を拡大させようと考え,支援する候補者を当選させるためには手段を選ばないその身勝手な犯行動機に酌むべき点は見当たらないこと,平成15年ころから,選挙の実施が予定され,あるいは選挙が実施されそうな政治情勢になるたび,選挙の公示,告示前に本件同様の選挙運動を依頼し,その報酬として金銭供与を約束することを繰り返していて,本件は,その一環として行われた常習的な犯行であること,本件により我が国の民主主義の根幹をなす国政選挙の公明かつ適正な実施が害された結果は相当に重いものであること,被告人は,本件について捜査が進められていることを察知するや,選挙運動員らに連絡して口止めするなどの罪証隠滅行為に及んでおり,犯行後の情状も悪いことを指摘し,他方で,被告人は,電話かけを依頼し,その報酬として金銭供与の約束をしたこと自体は認め,選挙の公正さを害する行為をしたことについて謝罪するとともに,今後は選挙運動にかかわらない旨述べるなど,反省の態度を示していること,前科前歴がないこと,これまで労働組合の幹部等として一定の社会貢献をしてきたことのほか,本件により約2か月間にわたり身柄を拘束されたことや,被告人の父親と妻がいずれも身体に障害を有しており,被告人がその生活を支えるべき立場にあることなどの酌むべき事情を被告人に有利に斟酌して,被告人を懲役2年,5年間執行猶予に処する旨判断した。

上記原判決の認定及び評価に誤りはなく,懲役刑を選択した点を含め量刑判断も相当であって,原判決が「量刑の理由」の項において,本件が組織的な犯行とした点,規模が大きく,犯行態様が悪質なものとした点,常習的な犯行であるとした点,犯行後の情状が悪いとした点で事実誤認があるか評価が不当であるなどの所論は到底採用することができず,被告人は,原審の刑事手続を経て判決宣告を受けて自らの行為の社会への影響力の大きさを改めて実感していること,労働運動から身を引いていること,今後一切選挙活動を行わないことを決意していることなど,所論指摘の諸事情を検討しても,原判決の量刑が重すぎて不当であるとはいえない。

論旨は理由がない。

4  よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川育央 裁判官 水野将徳 裁判官 野澤晃一)

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