札幌高等裁判所 平成22年(ネ)592号 判決 2011年7月08日
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴人の当審における反訴請求を棄却する。
3 当審における訴訟費用は、本訴反訴とも控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴の趣旨
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人の請求を棄却する。
(3) 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。
2 控訴の趣旨に対する答弁
(1) 主文第1項と同旨
(2) 控訴費用は控訴人の負担とする。
3 反訴請求の趣旨
(1) 被控訴人は、控訴人に対し、27万6507円及びこれに対する平成22年11月16日から支払済みまで年18.396%の割合による金員を支払え。
(2) 反訴についての訴訟費用は被控訴人の負担とする。
4 反訴請求の趣旨に対する答弁
(1) 主文第2項と同旨
(2) 反訴についての訴訟費用は控訴人の負担とする。
第2事案の概要
1 被控訴人が、その所有する土地建物につきアイク株式会社に対し設定した根抵当権について、同社を合併した控訴人に対し、被担保債権である貸金を過払金に係る不当利得返還請求権と相殺するなどして完済したとして(なお、元本の確定に関しては当事者間に争いがない。)、根抵当権設定登記の抹消登記手続を求める訴えを提起したところ、原審は被控訴人の請求を認容した。
控訴人は、前記不当利得返還請求権は時効により消滅しているなどとして被控訴人の主張を争い、原判決を不服として控訴するとともに、当審において、前記被担保債権である貸金の返還を求める反訴を提起した。
2 当事者の主張は、次のとおり補正し、当審における反訴請求に関する主張を加えるほか、原判決書「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の2ないし4記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決書4頁4行目末尾に「なお、ここで自働債権とされる不当利得返還請求権は弁済期の定めがなく、債権者はいつでもその返還を請求し得るので、債権の成立と同時に弁済期のあるものと解され、他方で、受働債権については、債務者は、期限の利益を放棄できない理由のない限り、期限の利益を放棄するとの意思表示なくして、直ちに相殺することができるものと解されるから、本件では、控訴人がアイク株式会社を合併し、被控訴人の有する第1取引及び第2取引に基づく不当利得返還請求権と控訴人の有する第3取引の貸金債権とが対立することとなった平成15年1月6日の時点で相殺適状にあったことになる。」を加える。
(2) 原判決書4頁17行目末尾に「この計算は、被控訴人において、控訴人の利益を害さない範囲で期限の利益を放棄し、既になされた弁済の事実を覆さないものとして相殺の意思表示をした結果として、相殺の遡及効の及ぶ範囲を第3取引の最終取引日である平成22年6月2日までにとどめる考え方による。」を加える。
(3) 原判決書4頁20行目末尾を改行して「(10) 本件根抵当権の元本は既に確定している。」を加え、同頁21行目の「(10)」を「(11)」と改める。
(4) 原判決書4頁25行目の「2(2)アは認め、」を「2(2)のうち、アは認め、」と改め、同行の末尾に「控訴人は、被控訴人との取引当時、貸金業の規制等に関する法律等の一部を改正する法律(平成18年法律第115号)第4条による改正前の貸金業法17条所定の書面(以下「17条書面」という。)や同法18条所定の書面(以下「18条書面」という。)を被控訴人に交付していて、被控訴人との金銭消費貸借取引にみなし弁済の適用があるとの認識を有しており、かつ、そのような認識を有するに至ったことについてやむを得ないといえる特段の事情が認められるから、控訴人は悪意の受益者ではない。また、不当利得返還請求権は期限の定めのない債権であるから、過払金の利息は訴状送達の日の翌日から発生すると解すべきである。」を加える。
(5) 原判決書4頁26行目の「ア及びイ」を削る。
(6) 原判決書5頁1行目の「同ウは否認する。」を「その余は否認する。控訴人が悪意の受益者でないこと、過払金の利息は訴状送達の日の翌日から発生すると解すべきことは前記のとおりである。」と改める。
(7) 原判決書5頁5行目の「否認する。」を「否認し、その法的効果は争う。被控訴人は、期限の利益を放棄して相殺をすると主張するが、期限の利益の放棄は債権者の利益を害することができず、また、相殺の意思表示は既になされた弁済の事実を覆すことができない。」と改める。
(8) 原判決書5頁7行目末尾を改行して「(9) 2(10)は争わない。」を加える。
(9) 原判決書5頁8行目の「被告の主張」を「抗弁」と、同頁9行目冒頭から同頁12行目末尾までを「第1取引に基づく不当利得返還請求権は、その発生後10年以上経過しており、控訴人は、平成22年9月28日の原審第1回口頭弁論期日において陳述されたものとみなされた答弁書をもって、消滅時効を援用するとの意思表示をした。したがって、前記不当利得返還請求権は第3取引の貸金債権と相殺適状となる前に時効により消滅しているから、この点に関する被控訴人の相殺の意思表示はその効力を生じない。」とそれぞれ改める。
(10) 原判決書5頁13行目冒頭から同頁18行目末尾までを次のとおり改める。
「5 抗弁に対する認否
消滅時効の主張は争う。本件では一旦相殺適状が生じた後に時効期間が満了しているので、相殺の遡及効が認められる。
6 反訴の請求原因
(1) 当事者
原判決書「事実及び理由」欄の第2の2(1)記載のとおりであるから、これを引用する。
(2) 第1取引
原判決書「事実及び理由」欄の第2の2(2)ア及びイ記載のとおりであるから、これを引用する。
(3) 第2取引
原判決書「事実及び理由」欄の第2の2(3)ア及びイ記載のとおりであるから、これを引用する。
(4) 第3取引
原判決書「事実及び理由」欄の第2の2(4)記載のとおりであるから、これを引用する。
(5) 時効消滅及び相殺
控訴人は、原審第1回口頭弁論期日において陳述されたものとみなされた答弁書をもって、第1取引に基づく不当利得返還請求権について消滅時効を援用するとともに、第3取引の最終取引日である平成22年6月2日を相殺適状日として、第3取引の貸金債権を自働債権とし、第2取引に基づく不当利得返還請求権を受働債権として、対当額で相殺するとの意思表示をした。この結果、控訴人が被控訴人に対して有する貸金債権は、別紙計算書4のとおり、188万0887円となる。
(6) 期限の利益喪失
控訴人と被控訴人の間で第3取引の開始に際して締結された契約では、返済期日を毎月1日とした上で、返済を1日でも遅延したときには通知、催告を要せずして当然に期限の利益を喪失するとの特約が存在したところ、被控訴人は、平成22年7月1日の返済を怠ったため、同日の経過をもって期限の利益を喪失した。なお、同契約における約定利率は年12.60%であり、約定遅延損害金利率は年29.20%であったが、利息制限法に則り、遅延損害金利率を約定利率の1.46倍にまで減縮すると、年18.396%となる。
(7) 弁済
被控訴人は、平成22年8月18日に166万8711円を、同年11月15日に4円をそれぞれ弁済したので、貸金債権の残額は、別紙計算書4のとおり、27万6507円となった。
(8) 結論
よって、控訴人は、被控訴人に対し、貸金残元金として27万6507円及びこれに対する平成22年11月16日から支払済みまで年18.396%の割合による遅延損害金の支払を求める。
7 反訴の請求原因に対する認否
(1) 7(1)は認める。
(2) 7(2)は認める。
(3) 7(3)は認める。
(4) 7(4)は認める。
(5) 7(5)のうち、控訴人が消滅時効を援用するとの意思表示をしたこと、相殺の意思表示をしたことは認めるが、その法的効果は争う。
(6) 7(6)は認める。
(7) 7(7)のうち、弁済の事実は認めるが、その計算結果は争う。」
第3当裁判所の判断
1 根抵当権設定登記抹消登記手続請求について
当裁判所も、被控訴人の請求を認容すべきものと判断する。その理由は、次のとおり補正するほか、原判決書「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」記載のとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決書5頁26行目の「弁済したこと」の次に「、本件根抵当権の元本が既に確定していること」を加える。
(2) 原判決書6頁7行目冒頭から同頁13行目末尾までを次のとおり改める。
「(1) 控訴人は、第1取引において発生した過払金に係る不当利得返還請求権について、第3取引の貸金債権と相殺適状となる前に時効により消滅しており、同債権を自働債権として相殺をすることはできない旨を主張するので、以下検討する。
(2) 民法508条は、「時効によって消滅した債権がその消滅以前に相殺に適するようになっていた場合には、その債権者は、相殺をすることができる。」と規定しており、消滅時効期間の経過前に相殺適状にあった債権を消滅時効期間の経過後に自働債権として相殺をすることができることは明らかである。そして、本件では、第1取引で発生した過払金に係る不当利得返還請求権は、平成8年10月29日の同取引終了時から起算して時効期間の10年が満了する平成18年10月29日を経過後も、消滅時効を援用するとの意思表示がなされるまでは、なお存続していたのであって(最高裁昭和61年3月17日第二小法廷判決・民集40巻2号420頁参照)、平成22年9月28日に消滅時効を援用するとの意思表示がなされるのに先立ち、同年8月17日に、この不当利得返還請求権を自働債権として、第3取引の貸金債権を受働債権とする相殺の意思表示がなされている。したがって、前記消滅時効期間の経過前に両債権が相殺適状にあった場合には、民法508条により、両債権につき相殺ができることになる。
(3) ところで、第3取引では、貸金の最終弁済期は平成29年2月1日であり(乙6)、未だ期限は到来していないけれども、借主である被控訴人が期限の利益を放棄すれば、この貸金債権を受働債権として相殺に供することができる。この点、控訴人は、期限の利益の放棄は債権者の利益を害することができない旨を主張するが、たとえ期限が債権者の利益のためにも定められている場合でも、債権者の被る損害を賠償すれば、期限の利益を放棄することができるところ(大審院昭和9年9月15日判決・民事判例集13巻1839頁参照)、貸金の場合、債権者である貸主の利益の実質は利息を収受することであると解されるので、本件でも、弁済の充当計算をするに当たって、利息を有効に収受した前提で残債務を算出すれば、債権者たる控訴人の利益を害することはない。
また、控訴人は、相殺の意思表示はそれ以前に発生した弁済の事実を覆すことができない旨も主張するが(最高裁昭和54年7月10日第三小法廷判決・民集33巻5号533頁参照)、前記のようにして計算をし、控訴人が合併をしたことで被控訴人との間に債権の対立する関係を生じた時点で控訴人が被控訴人に対して有していた貸金債権(本件では419万9647円)から相殺の意思表示がなされるまでに弁済により消滅した金額を控除した残額(188万8111円。なお、本件では、前記合併後に新たな貸付けがなされた事実は存在しない。)につき相殺をするのであれば、弁済の事実は覆されないから、問題はない。
そうすると、期限の利益を放棄し、弁済の事実を覆さずに、利息を有効に収受したものとして残債務を算出することを前提として、平成18年10月29日の経過前に、平成15年1月6日の合併の時点で、第1取引で発生した過払金に係る不当利得返還請求権と第3取引の貸金債権が相殺適状にあったとする被控訴人の主張には理由があり、これを争う控訴人の主張には理由がないというべきである。
(4) したがって、被控訴人は、第1取引によって生じた過払金及び利息を自働債権として相殺をすることができる。」
(3) 原判決書6頁21行目から同頁22行目にかけての「する態勢を整備」を削る。
(4) 原判決書7頁9行目の「そして、」の次に「第1取引によって生じた過払金及び利息を自働債権とする相殺の計算関係を検討すると、第3取引の貸金債権は、貸付けの時点で発生し、計算上、その後の弁済により消滅した金額を控除した残額については、貸付け後の合併により控訴人と被控訴人との間で債権の対立する関係を生じた平成15年1月6日の時点で、第1取引で発生した過払金に係る不当利得返還請求権と相殺適状にあったものと解されるところ、被控訴人は、控訴人の利益を害さない範囲で期限の利益を放棄し、相殺の効力の遡及する時間的範囲を平成22年6月2日までに限定しており(原判決書別紙計算書3)、これは、その後の弁済による債権消滅の効果を覆すものではないので、正当として是認することができる。よって、この計算結果を採用すべきである。そうすると、」を加える。
(5) 原判決書7頁14行目の「8月17日」を「8月18日」に改める。
2 貸金請求(反訴請求)について
控訴人の請求を棄却すべきことは、既に根抵当権設定登記抹消登記手続請求に関して判示したところから明らかである。
3 結論
よって、本件控訴を棄却するとともに、控訴人の当審における反訴請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小林正 裁判官 片岡武 湯川克彦)
(別紙)計算書<省略>