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札幌高等裁判所 平成22年(行コ)17号 判決 2011年3月10日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を次のとおり変更する。

2  北海道労働局長が控訴人に対し平成21年7月6日付けでした保有個人情報一部不開示決定のうち,原判決別紙2個人情報目録2ないし5記載の個人情報を不開示とした部分を取り消す。

3  北海道労働局長は,控訴人に対し,原判決別紙2個人情報目録2ないし5記載の個人情報を開示せよ。

4  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

第2事案の概要等

原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要等」に記載のとおりであるから,これを引用する。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も,控訴人の本件請求のうち,北海道労働局長が控訴人に対して平成21年7月6日付けでした保有個人情報一部不開示決定のうち,原判決別紙2個人情報目録3記載の個人情報のうち,2頁(3枚目)30行目の一部を不開示とした部分の取消しを求める部分及び北海道労働局長に対し,上記取り消された個人情報の開示を求める部分を認容し,控訴人の本件訴えのうち,上記部分を除いた原判決別紙2個人情報目録2ないし5記載の個人情報の開示の義務付けを求める部分を却下し,控訴人のその余の請求を棄却するのが相当であると判断する。その理由は,原判決の「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」に記載のとおりであるから,これを引用する。

2  控訴理由にかんがみ,以下,付言する。

控訴人は,労働基準監督署が,労災保険の認定のために収集した本件個人情報2ないし5のような医療情報を含むすべての資料は,労災保険の障害等級認定が争われた場合(具体的には,①労災保険の再審査請求の場面,②労災保険の等級認定処分を争う行政訴訟の場面)においては,いずれも,労働者に全て開示される扱いとなっていることからすると,障害認定のために労働基準監督署が収集した本件個人情報2ないし5を含む種々の情報は,労働者が障害認定に不服を申し立てた場合には,開示することが予定されており,それを前提に収集されることを意味しており,少なくとも,情報を提供した医師らにおいて「この情報は絶対に患者には開示されないものである。」との認識で提供しているものとは到底いえないから,本件各個人情報が開示されることによって,医師が率直な意見を述べることを躊躇するようになるということはないと主張する。さらに,控訴人は,労働基準監督署長は,労災保険法49条に基づいて主治医に対し報告を求めることが可能であり,主治医がこれを拒否することは違法であり,また,労働者の主治医が障害認定の調査に協力しなかったり,十分な調査ができない場合には,労災保険法47条の2に基づいて当該労働者を指定する病院で受診させることができるから,仮に,労災保険の手続に関して,患者が医師に不満を述べるような具体的なケースが発生した場合(なお,原判決も,かかる事態は「頻繁に生じ得るとは考え難い」としている。),労働基準監督署は,そのようなレアケースに対処し得る適切な権限を有しているのであり,このことからすれば,開示をしたことで労働基準監督署の障害認定事務に具体的な支障が発生することは考えられないと主張する。

検討するに,労災保険給付手続に提出された医学的意見書は,障害認定に対する不服申立てによる再審査請求や行政訴訟の手続においては開示される扱いになっている(弁論の全趣旨)としても,上記手続においては,労災給付に係る処分の適法性が正に争われており,その法的判断に必要な限度において開示がされているのであり,このような争訟手続とは無関係に,自らが作成し提出した医学的意見書が常に開示される可能性があるということになれば,医師らにおいて自らに対するひぼう・中傷を恐れて,診断や意見を述べることを躊躇する度合が格段に大きくなることは容易に予想し得るところであるというべきである。したがって,控訴人の主張は,採用できない。

また,控訴人は,患者が労災保険給付手続に関し医師に不満を述べるような具体的な事案が発生した場合においては,労働基準監督署長は労災保険法49条や同法47条の2に基づいて対処できるから,障害認定事務に具体的な障害が発生するとは考えられないと主張する。しかし,同法49条による命令の対象となるのは,患者と医師等との間の診療契約の基づいてされた診療内容の報告や診療録等であって,労働基準監督署長が職権により医師等に求めた評価等とは異なること,同法47条の2の命令の対象となるのは労災請求人であって医師はその対象になっていないことに照らすと,同法49条及び47条の2があるからといって,その適用には上記のような制約があるから,上記開示による支障を回避するには不十分であるといわざるを得ない。したがって,この点に関する控訴人の主張も採用の限りではない。

3  以上によれば,原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上哲男 裁判官 中島栄 裁判官 中川博文)

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