札幌高等裁判所 平成22年(行コ)21号 判決 2011年5月19日
控訴人
北海道
同代表者知事
高橋はるみ
同訴訟代理人弁護士
藤田美津夫
同指定代理人
成田祥介
外8名
被控訴人
株式会社X
同代表者代表取締役
甲野花子
同訴訟代理人弁護士
伊東秀子
船山暁子
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
第2 事案の概要
原判決14頁10行目の「第5 争点に関する当事者の主張」を「第5 争点1に関する当事者の主張」と訂正するほかは,原判決「事実及び理由」欄の「第2法令の規制内容」,「第3 前提事実」,「第4 本件の争点」,「第5 争点1に関する当事者の主張」及び「第6 争点2に関する当事者の主張」に各記載のとおりであるから,これらを引用する。
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所も,被控訴人の請求は,原審が認容した限度で理由があると判断する。その理由は,次のとおり,訂正するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第7 争点1に対する当裁判所の判断」及び「第8 争点2に対する当裁判所の判断」に各記載のとおりであるから,これらを引用する。
(1)原判決19頁25行目冒頭から24頁12行目までを以下のとおり改める。
「1 前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば,江別保健所長は,昭和45年通知(乙第14号証)を現在も有効なものとする解釈(以下「本件行政解釈」という。)に基づき,訴外許可処分を取り消さず,本件処分をしたことが認められる。本件行政解釈は,落成要件の法的性質を解除条件ではなく,負担と解した上で,落成期限(6か月)の徒過という条件違反だけでは営業許可の取消事由として十分ではなく,落成懈怠浴場経営者の営業意思・営業能力その他落成徒過に至った経緯を総合勘案し,営業権剥奪を相当とする事情が認められて初めて営業許可の取消しが可能となるというものである。
検討するに,法7条1項は,知事が定めた条件に違反したときは許可処分を取り消すことができるとしているところ,条件違反を取消しの事由として規定していることは明らかであり,また,落成要件の不遵守の事情には様々なものがあるから,当該事案につき個別的な検討を加えることなく,一律に許可処分を失効させることは合理性を欠くことに照らせば,落成要件は,解除条件ではなく,負担と考えるべきである。さらに,上記のとおり,落成期限の徒過の事由には様々の事情があり得るのであるから,これを一切考慮することなく,落成要件の不遵守の場合には,例外を認めることなく,当該許可処分を必ず取り消すというのは,合理性,妥当性を欠くものであるといわざるを得ない。したがって,落成要件が遵守されなかったとしても,その一事をもって許可処分を取り消すべきではなく,落成期限の徒過の原因,徒過の程度等を総合的に勘案して,取消しの可否を決するべきである。すなわち,法7条1項は,裁量的取消しを規定しているとみるのが相当であり,落成要件の不遵守があっても,当然には許可処分を取り消すべきことにはならず,個別具体的な事情に応じた裁量判断によって適切な対応をすべきことが想定されていると考えるべきである。そうすると,このような趣旨が盛り込まれていると理解できる本件行政解釈の内容自体には,問題は認められないというべきである。
ところで,前記のとおり,昭和44年改正によって距離制限の自動失効に関する規定が廃止されているところ,これに加えて,落成期限の徒過というだけでは営業許可の取消事由としては不十分であるとすると,昭和44年改正前においては,距離制限は落成期限徒過により失効し,自由競争が復活していたにもかかわらず,昭和44年改正以降は,かえって自由競争を制限する営業の自由に対する過度の制限を発生させるという不合理な状況を惹起させるのではないかとの懸念が生じる。しかし,前記のとおり,昭和33年の条例改正においても,落成懈怠浴場は「経営の許可を受けてから六月をこえてもなお落成しない公衆浴場(知事が特別の事情があると認めたものを除く。)」とされていた(乙第48号証)から,落成懈怠浴場であっても,知事が特別の事情があると認めたものについては,距離制限が維持されることもあり得たのであり,また,落成要件が遵守されなかった場合には,当該営業許可を取り消すことを原則として,落成期限の延長を許容する事由を厳格に制限していくなどの運用をしていけば,上記のような不合理な状況が生じることを回避することができる。
以上のとおり,法7条1項は,裁量的取消しを規定しているとみるべきであるが,行政庁としては,落成要件の遵守については厳格な運用をはかるべきであり,裁量権の範囲の逸脱や濫用があり,このために他者に権利侵害が生じれば,控訴人が賠償義務を負うこともあり得るから,本件においては,争点1に関する被控訴人の主張3につき,更に検討を要する。」
(2)原判決24頁13行目の冒頭から末尾までを「2 さらに,本件行為が国家賠償法上の違法性を有するか否かについて検討する。」と改める。
(3)原判決27頁23行目冒頭から28頁26行目末尾までを次のとおり改める。
「3 前記認定事実を踏まえて,以下検討する。
(1)前記認定事実によれば,訴外会社の公衆浴場営業許可申請書(乙第1号証)においては,着工予定は,平成19年4月20日とされていたが,訴外会社が同年2月16日に江別保健所に対し,普通浴場の営業許可申請を行った時点では,建築確認及び温泉掘削がいずれも未了である上に,地権者との協議や近隣対策も不十分な状態であり(訴外会社が延期願において明らかにした工事遅延理由の中には,地権者から出された要望や苦情に関して協議に時間を要したほか,本件敷地と隣接地の境界地付近にL型擁壁を設置する必要があったが,隣接地所有者の中に所在不明者がおり,その所在調査が難航したということが挙げられている。),実際に着工されたのは,同年6月18日であった(同年5月8日に建築確認がされた。)というのであるから,これらの事実を総合すれば,訴外会社が上記営業許可申請を行った時点においては,訴外会社は,落成要件を遵守することが困難であると認識していたものと推認される(乙第50号証ないし第52号証の内容を検討しても,上記推認を左右しない。)。他方,被控訴人は,平成15年に温泉掘削が完了していた上,平成18年10月13日には本件浴場の建築確認を受けているのであるから,浴場開設の準備としては,訴外会社より先行していたことは明らかである。しかも,被控訴人は,平成18年5月9日,江別保健所に本件浴場の出店準備の再開を報告し,同日以降も,出店に関する報告や相談をしていたのであるから,江別保健所長においても,被控訴人の浴場開設の準備の進捗状況を把握していたことが認められる(この点,証人W1は,本件浴場の建設計画については,平成19年2月27日に甲野から訴外浴場の営業許可申請に関する苦情の申立てを受けるまで知らなかった旨の供述をしているが,同供述部分は,甲第34号証ないし第39号証及び証人W2の供述に照らし,採用できない。)。
以上によれば,本件申請のあった平成19年9月10日の時点において,江別保健所長としては,訴外会社が落成期限を遵守する見込みがないのに営業許可を申請したものであるとの疑いのあることを認識し又は少なくも認識し得たことに加え,被控訴人と訴外会社とが競合関係にあること(前記認定のとおり,訴外会社が普通浴場営業の許可申請をした平成19年2月16日当時,被控訴人は,その他の浴場の営業をすることを考えていたが,訴外許可処分により,入湯料金を1950円以上とするその他の浴場の営業しかできなくなったため,普通浴場の営業許可の申請に切り換えたのであり,平成19年9月10日の時点において両者が競合関係にあったことは明らかである。)や両者の浴場開設に向けての準備の状況を認識していたのであるから,訴外会社が落成徒過に至った経緯を把握した上で,落成要件の不遵守を理由とする営業許可処分の取り消しをすべきか否かを検討し,本件申請を不許可にするべきか,訴外許可処分を取り消した上で,本件申請を認めるべきかを決すべきであったといえる。そして,訴外会社の落成要件不遵守に係る前記事情を勘案すれば,訴外許可処分を取り消さなければ,不公正な経済活動を助長し,競願者の営業の自由に対する過度の制限を発生させることは明らかであったといえるから,これをせずに,本件申請を不許可処分にしたのは,その裁量権の範囲を逸脱したものというべきであり,本件処分は職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなくされた違法な行政行為であり,国家賠償法1条1項にいう違法な職務行為に該当すると評価すべきであり,江別保健所長には,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くさなかったという注意義務違反が認められる。
(2)江別保健所長が上記のような本来行うべき措置をとっていれば,訴外許可処分を取り消すための聴聞手続にさほど時間を要するとも考え難いから,遅くとも,平成19年12月4日(本件浴場の落成日であり,訴外会社による落成期限徒過から3か月半が経過した時点)までに,本件浴場での普通浴場の営業許可がされていたものと認められるから,控訴人は,国家賠償法1条により,被控訴人に生じた損害を賠償すべき責任を負うというべきである。
(3)以上のとおり,争点1に関する被控訴人の主張3は理由がある。」
2 控訴人の主張について検討を加える。
(1)控訴人は,長期間行政実務の運用上定着している解釈がある場合,一般の公務員はこれに立脚して公務を執行するべきであって,当該行政解釈に則って公務を執行した公務員には,過失がないものとすべきであるところ,本件においては,昭和45年通知は,昭和44年改正に伴い,公衆浴場の営業許可の条件に違反した場合の取扱いなど許可に関する事務処理が各保健所においてまちまちとならないよう,北海道衛生部環境衛生課長が,内閣法制局見解を踏まえ,統一的な定めを設けて各保健所長に周知し,これに従うよう指導したものであり,同通知によれば,落成要件の不遵守がやむを得ない事由があるか否か調査を行い,やむを得ない事由がある場合は,取消しを行わず,落成期限延期を承認する取扱いをするという法規解釈があるのみであり,同通知の内容が明らかに法令の解釈を誤っているという特段の事情もなかったことから,控訴人の内部では法規解釈の議論や昭和45年通知は,確定した事務処理の準則として制定時から現在まで各保健所において通用していたことに加え,江別保健所長は,被控訴人の主張も踏まえ,平成19年7月26日及び同年8月23日に控訴人の施行条例及び施行細則の所管課である食品衛生課と訴外許可処分における営業許可の取消しの適否について協議を重ねていたほか,控訴人における法規担当課や顧問弁護士とも協議を行い,営業許可を取り消すべきではないことを確認した上で,相当な根拠があるものとして昭和45年通知の取扱いに立脚して公務を執行したものであり,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くしたということができるから,江別保健所長に過失(注意義務違反)があったものとはいえないと主張する。
しかし,前示のとおり,江別保健所長には,裁量権の範囲の逸脱があったのであり,本件処分は職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなくされた違法な行政行為であり,国家賠償法1条1項にいう違法な職務行為に該当すると評価すべきであるから,江別保健所長には,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くさなかったという注意義務違反が認められ,また,控訴人が法規担当課や顧問弁護士とも協議を行った上で,本件処分をしたとしても,そのことから直ちに職務上通常尽くすべき注意義務を尽くしたということにはならない。
したがって,控訴人の主張は採用することができない。
(2)控訴人は,訴外会社が,仮に落成期限を徒過したとして平成19年8月21日をもって,その営業許可が失効又は取り消されることになったとしても,被控訴人の本件申請は距離制限の適用を受けないというだけであり,本件申請が審査の結果,所定の要件に適合しているとして必ず許可されたとはいえないし,また,本件申請は平成19年9月10日に行われているのであって,本件申請前に訴外会社が再度の営業許可申請を行い得る可能性もあるのであるから,訴外会社の営業許可の取消しと被控訴人の営業許可との間に因果関係があるとはいえないと主張する。
検討するに,前示の事実(原判決8頁ないし13頁)に照らすと,本件申請については,訴外浴場を起点とする距離制限以外の営業許可の要件を充足していたことが認められ,また,仮に訴外会社の営業許可が取り消された場合,訴外会社が控訴人の本件申請前に再度の営業許可申請を行ったということを認めるに足りる証拠はないから,控訴人の主張は採用することができない。
(3)控訴人は,本来入湯税の納税義務者は,鉱泉浴場における入湯客であり,鉱泉浴場経営者である被控訴人は,入湯税の特別徴収義務者として入湯客が納付すべき入湯税を徴収すべき立場にあるだけであり,自ら入湯税を負担する立場にはなく,また,被控訴人が,その他の浴場として,その浴場料金を一人390円の入湯料金(物価統制令所定の普通浴場の入湯料金)に入湯税を加算した一人490円とせず,400円に設定したのは,もっぱら被控訴人側の経営上の判断によるものであり,一人当たり90円の差額が被控訴人の失われた利益として損害となるものではないと主張する。
検討するに,前示のとおり,本件浴場での普通浴場の営業が許可されていれば,被控訴人は,入湯税(一人当たり1日100円)相当分を含まない一人390円の入湯料金(物価統制令所定の普通浴場の入湯料金)で本件浴場を経営し売上を得ることができたところ,訴外浴場との競合関係を勘案し,経営上の判断により,入湯税を含むものとして入湯料金を一人400円で営業を行ったのは,不合理なものであるとはいえないから,入湯客一人当たり90円(390円-300円)の得べかりし売上を失ったということができる。
したがって,控訴人の主張は採用することができない。
(4)控訴人は,その他るる主張するが,いずれも採用することができない。
第4 結論
以上によれば,原判決は結論において相当であり,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 井上哲男,裁判官 中島栄 裁判官 中川博文は,転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 井上哲男)