札幌高等裁判所 平成23年(ネ)412号 判決 2012年2月16日
控訴人
Y株式会社
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
太田三夫
被控訴人
X1
被控訴人
X2
上記2名訴訟代理人弁護士
亀田成春
同
齋藤耕
同
山田佳以
同
葉山裕士
主文
1 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
2 上記敗訴部分に係る被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
主文同旨
第2事案の概要
1 本件は、控訴人との間で嘱託乗務員雇用契約を締結し、タクシー乗務員として雇用されている被控訴人X1(以下「被控訴人X1」という。)及び被控訴人X2(以下「被控訴人X2」という。)が、控訴人に対し、控訴人の就業規則、賃金規定に定められた歩合給及び歩合給に対する時間外・深夜割増賃金の算定方法は労働基準法37条に違反する部分がありその限度において無効であると主張して、平成22年3月分までの時間外・深夜割増賃金として、①被控訴人X1は164万4565円、②被控訴人X2は105万1857円、及びこれらに対する同月分の給与支払日の後の日である同年5月1日から支払済みまで商事法定利率である年6%の割合による遅延損害金の支払と、労働基準法114条に基づき、上記①及び②の時間外・深夜割増賃金と同額の付加金及びこれらに対する判決確定の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
2(1) 原審は、①被控訴人X1の請求については、<ⅰ>時間外・深夜割増賃金として117万2816円及びこれに対する平成22年5月1日から支払済みまで年6%の割合による金員の支払を求める限度で一部認容とともに、<ⅱ>付加金として80万5656円及びこれに対する判決確定の日の翌日から支払済みまで年5%の割合による金員の支払を求める限度で一部認容し、②被控訴人X2の請求については、<ⅰ>時間外・深夜割増賃金として79万9902円及びこれに対する平成22年5月1日から支払済みまで年6%の割合による金員の支払を求める限度で一部認容するとともに、<ⅱ>付加金として53万8678円及びこれに対する判決確定の日の翌日から支払済みまで年5%の割合による金員の支払を求める限度で一部認容した。
(2) これに対し、控訴人が本件控訴をした。そして、控訴人は、本件控訴後の平成23年11月4日、被控訴人らに対し、原審で一部認容された上記①<ⅰ>及び②<ⅰ>の全額につき、現実の提供をしたが、被控訴人らがその受領を拒絶したため、同月7日、民法494条に基づき、上記金員を供託した。
3 前提となる事実並びに争点及びこれに対する当事者の主張は、後記4のとおり当審における新たな主張を加えるほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の「2 前提となる事実」及び「3 争点及びこれに対する当事者の主張」に記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、B及びCに関する部分を除く。)。
4 当審における追加主張
(1) 控訴人の主張
控訴人は、平成23年11月4日、被控訴人らに対し、札幌地方裁判所内弁護士控室において、①被控訴人X1に対しては、時間外・深夜割増賃金として117万2816円及びこれに対する平成22年5月1日から平成23年11月4日まで年6%の割合による遅延損害金10万6614円につき、②被控訴人X2に対しては、時間外・深夜割増賃金として79万9902円及びこれに対する平成22年5月1日から平成23年11月4日まで年6%の割合による遅延損害金7万2714円につき、現実の提供をした。しかし、被控訴人らは、その受領を拒絶した。そのため、控訴人は、平成23年11月7日、民法494条に基づき、上記各金員を札幌法務局に供託した。したがって、控訴人の被控訴人らに対する時間外・深夜割増賃金支払債務は、上記弁済供託により消滅した。
また、上記のとおり時間外・深夜割増賃金の支払を完了し、労働基準法37条の義務違反の状況は消滅したから、付加金の支払義務は発生しない。
(2) 被控訴人らの反論
控訴人は、被控訴人らに対する原審認容の時間外・深夜割増賃金及びそれに対する遅延損害金につき現実の提供をしたこと、被控訴人らがその受領を拒絶したこと及び控訴人が民法494条に基づいて上記各金員を札幌法務局に供託したことから、控訴人の支払債務は消滅したと主張するが、付加金の支払義務が発生しないことについては争う。
付加金の有する制裁的性質にかんがみると、使用者が付加金の支払を免れるためには、遅くとも労働者がその支払を求めて訴訟を提起するまでに、未払賃金の弁済又は供託を行わなければならないものと解すべきである。なぜならば、労働者が未払賃金及び付加金の支払を求めて訴訟を提起した後に使用者が未払賃金の弁済又は供託をした場合にもなお付加金の制裁を免れるものとすれば、自ら賃金の支払を遅延した使用者に対しては何らの制裁的効果がないのに対し、訴訟の提起を余儀なくされるまで賃金の支払を受けられなかった労働者の不利益は何ら救済されることがないという著しい不公正が生じ、付加金の制裁によって使用者による自発的な賃金の弁済を促進するという法意が没却されることになるからである。
また、控訴人は、控訴審においても未払賃金の存在を否認しているにもかかわらず、ただ単に付加金の支払を免れることを目的として、被控訴人らが当然に受領拒絶することを見越して未払賃金等の現実の提供をしたものであり、被控訴人らが当然に受領拒絶するや弁済供託をして、付加金の支払義務が発生しないと主張することは、禁反言に反し、信義則上許されない。
第3当裁判所の判断
1 時間外・深夜割増賃金の支払義務及び金額について
原判決の「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」の「1 争点①(控訴人の賃金規定に基づく賃金の支給により法所定の時間外・深夜割増賃金が支払われたといえるか、いえない場合に被控訴人らが控訴人に対して有する時間外・深夜割増賃金の額)について」に記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、B及びCに関する部分を除く。)。
2 弁済供託による時間外・深夜割増賃金支払債務の消滅について
前示のとおり、控訴人は、①被控訴人X1に対しては、時間外・深夜割増賃金として117万2816円及びこれに対する平成22年5月1日から支払済みまで年6%の割合による遅延損害金の支払債務を負い、②被控訴人X2に対しては、時間外・深夜割増賃金として79万9902円及びこれに対する平成22年5月1日から支払済みまでの年6%の割合による遅延損害金の支払債務を負うものである。そして、弁論の全趣旨によれば、控訴人が、平成23年11月4日、被控訴人らに対し、札幌地方裁判所内弁護士控室において、上記各元金及び同日までの遅延損害金につき現実の提供をしたこと、被控訴人らがその受領を拒絶したこと及び控訴人が民法494条に基づいて上記各金員を札幌法務局に供託したことが認められるから、控訴人の被控訴人らに対する時間外・深夜割増賃金支払債務は、上記弁済供託により消滅したというべきである。
3 付加金について
労働基準法114条の付加金の支払義務は、時間外・深夜割増賃金を支払わない場合に当然発生するものではなく、労働者の請求により裁判所がその支払を命じ、これが確定することによって初めて発生するものと解すべきであるから、使用者に労働基準法37条の違反があっても、既にその支払を完了し、使用者の義務違反の状況が消滅したときには、もはや、裁判所は付加金の支払を命じることはできなくなると解すべきである(最高裁昭和30年(オ)第93号同35年3月11日第二小法廷判決・民事判例集14巻3号403頁、最高裁昭和48年(オ)第682号同51年7月9日第二小法廷判決・裁判集民事118号249頁参照)。
そうすると、付加金の支払を命じた原審の判決後であっても、前記のとおり、控訴人が既に時間外・深夜割増賃金の支払を完了している以上、控訴人に付加金の支払を命じることはできないというほかない。
被控訴人らは、使用者が付加金の支払を免れるためには、遅くとも労働者がその支払を求めて訴訟を提起するまでに、未払賃金の弁済又は供託を行わなければならない旨主張するが、被控訴人ら独自の見解であり、これを採用することはできない。また、被控訴人らは、控訴人が付加金の支払義務が発生しないと主張することは、禁反言に反し、信義則上許されない旨主張するが、控訴人が争っていた時間外・深夜割増賃金の支払義務を認めてその弁済をすることを禁反言に反するということができないことは明らかであるし、また、上記付加金の法的性質に照らせば、控訴人の上記主張が信義則上許されないものということもできない。
第4結論
以上によれば、被控訴人らの時間外・深夜割増賃金及び付加金の請求は、その全部について理由がないから、これと異なる原判決中控訴人敗訴部分を取り消すこととし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 井上哲男 裁判官 中島栄 裁判官 佐藤重憲)