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札幌高等裁判所 平成24年(ツ)4号 判決 2012年12月21日

主文

1  本件上告をいずれも棄却する。

2  上告人の上告費用は上告人の,被上告人の上告費用は被上告人の各負担とする。

理由

1  上告人の上告理由について

(1)  上告人は,民法169条の支分権たる定期給付債権であると認められるためには,その前提として,支分権の発生根拠である民法168条の基本権たる定期金債権が存在しなければならないと主張する。しかしながら,賃料債権のように民法168条の適用がなくても民法169条の適用のある定期金債権もあるから,上告人の上記主張は理由がない。

(2)  上告人は,任意の契約によって発生する一般的な定期金債権は包括的な基本権を前提としているのに対し,受信料は締結が強制される放送受信契約に基づく対価性のない特殊な負担金であって,被上告人との間の放送受信契約(以下「本件受信契約」という。)も上告人の対価的義務を定めていないことからすれば,受信料債権は契約によって発生する定期金債権の基本権とは根本的に性質を異にしているから,本件受信契約に基づく受信料債権(以下「本件受信料債権」という。)は民法168条の基本権たる定期金債権とは異なると主張する。上記所論は,受信料は,契約という法技術を用いているものの,その実質は法律によって上告人に徴収権が付与された対価性のない特殊な負担金であるとするものである。しかしながら,少なくとも上告人との間で放送受信契約が締結された以上,受信料は,実際に受信契約者が提供するテレビ番組の放送を視聴するか否かにかかわらず,放送受信契約に基づいて発生するものであって,テレビ放送を受信することの対価であることは明らかである。したがって,受信料とテレビ放送を受信することとの間に対価関係があるから,上告人の上記主張は理由がない。

(3)  上告人は,本件受信料債権には,民法169条の立法趣旨は当てはまらず,同条の適用はないと主張する。しかしながら,民法169条は,「年又はこれより短い時期によって定めた金銭その他の物の給付を目的とする債権」,すなわち,基本権たる定期金債権から発生する支分権であって,かつ,その支分権の発生に要する期間が1年以下であるものについては,期限のとおり弁済がなされなければ,債権者にとって支障を生ずることが通常であり,したがって,債権者が長くその請求を怠ること及び債務者が長くその弁済を怠ることが少なく,かつ,その額も通常多額ではないから,債務者が長くその受取証を保存することがまれであるため,5年の短期消滅時効を定めたものである。本件受信料債権は,本件受信契約という基本契約に基づく支分権であり,日本放送協会放送受信規約のとおり,月額が定められ,2か月毎に支払をなす金銭債権であるから,上記の趣旨に合致する債権であり,民法169条所定の「年又はこれより短い時期によって定めた金銭その他の物の給付を目的とする債権」に該当することは明らかである(東京高等裁判所平成24年2月29日判決・判例時報2143号89頁参照)。

もっとも,上告人は,本件には,民法169条の立法趣旨が及ばないと主張する。確かに,受取証の保存を期待し難いとの民法169条の立法趣旨については,現在,受信料の支払が金融機関の口座からの振替え等により行われていること,支払情報が管理されていることなどの実情に照らすと,本件に受取証の保存を期待し難いとの立法趣旨が当てはまるとはいえない。しかして,弁済がないと直ちに債権者に支障が生ずる債権であるから速やかに弁済されるのが通常であるとの同条の立法趣旨については,上告人は,「弁済がないと直ちに債権者に支障が生ずる債権」につき,給料債権などの労働力の提供と給与の支払に対価関係があり,その支払がなければ債権者の日常生活自体に支障が生じるものを意味するのであり,受信料は対価性のない特殊な負担金という性格を持つから,対価性を前提とする上記立法趣旨は及ばないと主張する。しかし,受信料に対価性があることは,上記のとおりであるから,上告人の主張は理由がない上,上告人は,受信料の収入によって財源を確保し,併せて視聴者の公平な負担を実現するために,受信料の支払が延滞している契約者に対し,少額であっても最終的に訴訟により回収を図っているのであるから,本件受信料債権が「弁済がないと直ちに債権者に支障が生ずる債権」でないと認めることはできない。

次に,長年放置後の突然の請求は,債務者を困窮させるとの民法169条の立法趣旨について検討するに,上告人は,本件受信料債権は一般的に見て低額であり,滞納金額が債務者を困窮させるほど多額になることは考えられないから,同条の趣旨は当てはまらないと主張する。しかし,契約者の収入や所得の状況は多様であるから,長年放置後の突然の延滞受信料の請求により債務者が困窮することがないと認めることはできない。そうすると,本件受信料債権につき民法169条の立法趣旨が当てはまる事情があるといえるから,上告人の上記主張は理由がない。

(4)  上告人は,多数の放送受信契約者を対象とする一方で,強制的な徴収方法,放送受信契約の解除,先取特権等の救済手段のない状況で,時間をかけて架電,訪問及び文書の交付等の方法により説得,交渉を行い,未払受信料を回収しているところ,平成23年3月31日現在で受信料支払の延滞がある204万件を超える契約者全員に対し,上記の方法によって未払受信料を回収するのは不可能に近く,現在,支払督促や訴訟等の法的手続を行っているのは,そのごく一部にすぎず,仮に5年の短期消滅時効が適用されるとすれば,上告人は,5年間のうちに上記件数の未払契約者全員に対して支払督促や訴訟等の法的手続を行うことは,費用がかかるほか,膨大な件数の支払督促申立てを行うことになり,非現実的であると主張する。しかしながら,債権者は,最終的には訴訟により受信料債権を回収することを要するのであるから,債権者である上告人が受信料債権の回収を図るためには,短期消滅時効が適用されるか否かを問わず,支払督促や訴訟等の法的手続を行うことは法制度上やむを得ないことであるから,上告人の上記主張は理由がない。

2  被上告人の上告理由について

(1)  被上告人は,放送受信契約締結意思がない受信設備設置者に対し,上告人との放送受信契約を義務付け,受信料を徴収することは,①放送が最大限に普及されて効用をもたらすことを保障し,放送の不偏不党,真実及び自律の保障により放送による表現の自由を確保し,放送が民主主義の発達に資することなどを放送法の目的とする旧放送法1条,新放送法1条に違反する旨,②被上告人が受信設備を設置して有料放送につき事業者を選定して受信契約を締結し,情報を収集することを制約するもので,被上告人の知る権利ないし表現の自由を過度に制約し,著しく合理性を欠くから,憲法21条に違反する旨,③被上告人が有料放送について事業者を選定して受信契約を締結するという契約自由の原則を制約するものであり,被上告人の契約自由の原則に係る主義・主張を制約するから,憲法19条に違反する旨主張する。しかしながら,上記①の点については,旧放送法1条,新放送法1条は,放送の最大限の普及等の保障,放送の不偏不党等による表現の自由の確保及び民主主義の発達への貢献の各原則に従い,放送を公共の福祉に適合するように規律し,その健全な発達を図ることを目的とする旨定めており,上記目的と原則を達成するための態勢として,広告料収入を財源とする一般放送事業者による放送と受信料を財源とする上告人による放送という2系列の事業システムを構築してこれを併存させ,その事業の運営に要する財源の確保に関し,上告人の番組編成や報道等において国からの独立性及び中立性を確保し,そして,その公共性から他人の営業に関する広告の放送を禁止して広告料収入の途を閉している。そこで,上告人の自主財源を確保する仕組みとして,放送受信契約締結意思がない受信設備設置者に対し,上告人との放送受信契約を義務付け,受信料を徴収するものとしているのであり,上記仕組みは,放送事業をして公共の福祉に適合する健全な発達を促すための態勢を確保するという放送法の目的を達成するために合理的なものであると認められる。したがって,放送受信契約締結意思がない受信設備設置者に対し,上告人との放送受信契約を義務付け,受信料を徴収することが旧放送法1条,新放送法1条に違反すると認めることはできない。また,上記②の点については,放送受信契約締結意思がない受信設備設置者に対し,上告人との放送受信契約を義務付け,受信料を徴収することが被上告人をして上告人の提供するテレビ放送の視聴を強制したり,制限するものではないから,情報収集を含め被上告人の知る権利ないし表現の自由を侵害するものではない。さらに,上記③の点については,受信契約者が上告人との放送受信契約及び受信設備を廃止しない間の受信料の支払を義務付けられるとしても,受信契約者が有料放送について上告人以外の他の事業者を選定して放送受信契約を締結することを制約するものではないから,契約自由の原則を制約するものではない上,被上告人が侵害されると主張する契約自由の原則に係る被上告人の主義・主張は,信仰に準ずる世界観,主義,主張等に関わる個人の人格形成の核心とは言い難い。したがって,被上告人の上記主張はいずれも理由がない。

(2)  被上告人は,上告人が放送事業の顧客である受信契約者に対して一切の債務を負わないのであれば,それは契約当事者間の信義則(民法1条2項)に違反すると主張する。しかし,上告人は,公共放送を行う法人としての目的を達成するため,一定の業務を行うことが義務付けられていること,公共性を確保して適正に運営するための仕組みや,受信契約者からの受信料の適正な設定やその使途についても国会を通じて適正に監督される仕組みが備わっていることからすると,上告人は放送事業の顧客である受信契約者に対して一定の債務を負っているといえるから,被上告人の上記主張は理由がない。

(3)  被上告人は,本件受信料債権が,①1年の短期消滅時効を定めた民法174条2号の「自己の労力の提供…を業とする者の…供給した物の代価に係る債権」に当たる旨,②2年の短期消滅時効を定めた民法173条1号の「生産者…が売却した…商品の代価に係る債権」ないし同条2号の「自己の技能を用い,注文を受けて,物を製作…することを業とする者の仕事に関する債権」に当たる旨主張する。しかしながら,放送の性質等に照らし,上告人を民法174条2号の「労力者」や民法173条1号の「生産者」と解することは困難である。また,上告人の業務の性質・内容(旧放送法7条[新放送法15条],旧放送法9条[新放送法20条]等参照)からして,上告人が民法173条2号の「自己の技能を用い,注文を受けて,物を製作」することを業とする者に当たると解することも困難である。したがって,本件受信料債権が民法174条2号ないし173条1号及び2号の債権に当たるとする被上告人の主張は採用できない。

3  結論

よって,本件上告はいずれも理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山崎勉 裁判官 片岡武 裁判官 湯川克彦)

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