札幌高等裁判所 平成24年(ネ)241号 判決 2012年9月20日
控訴人
丁木花子
同訴訟代理人弁護士
松倉康仁
被控訴人
ニューヨークメロン信託銀行株式会社
同代表者代表取締役
南野四郎
同訴訟代理人弁護士
進藤功
左高健一
赤川圭
井上葵
佐藤直子
大槻健介
西杉英将
梅澤康二
池田彩穂里
門永真紀
大竹裕隆
大髙利通
末永麻衣
加藤好隆
齋藤宙治
髙畑侑子
原島有史
堤雄史
出口香央里
兼定尚幸
被控訴人
エヌシーキャピタル株式会社
同代表者代表取締役
北川三郎
同訴訟代理人弁護士
柴田祐之
高木洋平
狩野百合子
主文
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を次のとおり変更する。
2 被控訴人ニューヨークメロン信託銀行株式会社は,控訴人に対し,被控訴人エヌシーキャピタル株式会社と連帯して58万6237円及びうち50万3919円に対する平成22年9月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人エヌシーキャピタル株式会社は,控訴人に対し,94万8183円及びうち84万2919円に対する平成22年9月15日から支払済みまで年5分の割合による金員(58万6237円及びうち50万3919円に対する平成22年9月15日から支払済みまで年5分の割合による金員の限度で被控訴人ニューヨークメロン信託銀行株式会社と連帯して)を支払え。
4 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。
第2 事案の概要
1 本件は,貸金業者であるアエル株式会社(以下「アエル」という。)との間で継続的な金銭消費貸借取引を行っていた控訴人が,①アエルとの間の信託契約に基づいて上記取引に係るアエルの控訴人に対する債権(約定利率に基づく債権。以下,アエルの控訴人に対する債権を譲渡の対象としていう場合は,約定利率に基づく債権を指すものである。)の譲渡を受けた被控訴人ニューヨークメロン信託銀行株式会社(以下「被控訴人ニューヨークメロン」という。)に対し,同譲渡の時点において上記取引により過払金が発生していて,譲渡に係る債権は存在していなかったから,同譲渡後の控訴人と被控訴人ニューヨークメロンとの間の取引によって生じた過払金を被控訴人ニューヨークメロンが法律上の原因なく利得していると主張し,不当利得返還請求権に基づき,過払金の返還を求めるとともに,②被控訴人ニューヨークメロンから控訴人に対する債権の譲渡を受けた被控訴人エヌシーキャピタル株式会社(以下「被控訴人エヌシーキャピタル」という。)に対し,被控訴人エヌシーキャピタルが被控訴人ニューヨークメロンの控訴人に対する過払金返還債務を併存的に引き受けたと主張するとともに,同譲渡後の被控訴人エヌシーキャピタルに対する控訴人の弁済によって生じた過払金を被控訴人エヌシーキャピタルが法律上の原因なく利得していると主張し,不当利得返還請求権に基づき,過払金の返還を求める事案である。
2 当事者の主張は,原判決の「事実及び理由」欄の「第2 当事者の主張」に記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決2頁22行目の「平成18年」から同頁25行目の「という。)」までを「貸金業法(平成18年法律第115号による改正前の法律の題名は貸金業の規制等に関する法律。以下,同改正の前後を通じて「貸金業法」という。)所定の登録を受けた貸金業者であるアエル」と改め,同3頁2行目の「繰り返した。」の次に「同契約の約定利率は,利息制限法(平成18年法律第115号による改正前のもの。以下同じ。)1条1項所定の利率(以下「制限利率」という。)を超過するものであった。」を加え,同頁4行目から同頁6行目にかけての「被告ニューヨークメロン信託銀行株式会社(当時の商号はJPモルガン信託銀行株式会社。以下「被告ニューヨークメロン」という。)」を「被控訴人ニューヨークメロン(当時の商号はJPモルガン信託銀行株式会社)」と,同頁10行目の「同年4月3日の2万円の弁済を除く。」を「同年4月3日(同計算書2の番号52)に2万円の弁済をしたが,これについて控訴人に損失はないから,その弁済の主張はしない。」と,同頁11行目の「貸金業者」を「貸金業法所定の登録を受けた貸金業者」と,同頁16行目から同頁17行目にかけての「被告エヌシーキャピタル株式会社(以下「被告エヌシーキャピタル」という。)」を「被控訴人エヌシーキャピタル」と,同頁23行目の「借入れとその弁済」を「弁済」と,同頁25行目の「平成18年」から同頁26行目の「という。)」までを「制限利率」とそれぞれ改め,同4頁2行目及び同頁10行目の各「以上を踏まえて,」をいずれも削り,同頁5行目の「そこで,」の次に「控訴人と被控訴人ニューヨークメロンとの間の取引につき,冒頭に債権が存在しないものとして計算することとし,」を加え,同5頁15行目及び同頁21行目の各「被告アエル」をいずれも「アエル」と,同6頁11行目の「本件信託契約」を「信託契約」と,同7頁6行目の「以下「信託法」という。」を「以下「旧信託法」という。」と,同頁7行目の「問ワス」を「問ハス」と,同頁9行目の「信託法」を「旧信託法」と,同頁15行目の「本件貸金債権」を「アエルの控訴人に対する貸金債権」と,同頁16行目の「本件貸金債権」を「同貸金債権」とそれぞれ改める。
3 原審は,控訴人の請求につき,被控訴人エヌシーキャピタルに対し,過払金元本及び過払金利息合計36万1981円及びうち過払金元本33万9000円に対する平成22年9月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による同法704条前段の利息の支払を求める限度(本件第2債権譲渡後の控訴人と被控訴人エヌシーキャピタルとの間の取引部分に係る過払金元本及び過払金利息の限度)で一部認容し,被控訴人ニューヨークメロンに対する請求及び被控訴人エヌシーキャピタルに対するその余の請求をいずれも棄却した。これに対し,控訴人は,上記敗訴部分を不服として,本件控訴を提起した。
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所も,控訴人の請求は,原判決主文の限度で理由があるものと判断する。その理由は,以下のとおり補正するほか,原判決の「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1)原判決8頁23行目の「貸金業者」を「貸金業法所定の登録を受けた貸金業者」と改める。
(2)同8頁26行目の「(甲1)。」を「。同契約の約定利率は,制限利率を超過するものであった。(甲1)」と改める。
(3)同8頁26行目の次に行を改めて,次のとおり加える。
「 本件取引1につき,各弁済金のうち制限利率を超えて利息として支払われた部分(以下「制限超過部分」という。)を元本に充当すると,原判決別紙計算書1記載のとおり,平成17年6月15日時点で,過払金元金120万7304円が発生していた(被控訴人らからは,本件取引1につき,貸金業法(平成18年法律第115号による改正前のもの。以下同じ。)43条1項の適用があることについての主張立証はなく,同項の適用は認められないから,制限超過部分は無効であって,同部分は元本に充当されるべきであり,また,被控訴人らからは,アエルが,同項の適用があるとの認識を有しており,かつ,そのような認識を有するに至ったことについてやむを得ないといえる特段の事情についての主張立証はないから,アエルは過払金の取得について民法704条の悪意の受益者と推定されるというべきである(最高裁平成17年(受)第1970号同19年7月13日第二小法廷判決・民集61巻5号1980頁)。)。」
(4)同9頁1行目の「アエル」から同頁4行目末尾までを,次のとおり改める。
「ア アエルと被控訴人ニューヨークメロンは,平成16年4月頃,委託者をアエル,受託者を被控訴人ニューヨークメロンとし,受益権者のために信託債権に関する管理・処分を行うことを目的とする信託契約
(以下「本件信託契約」という。)を締結した(なお,本件信託契約は,その後修正及び更新されているが,それを含めて本件信託契約という。乙ハ13,14)。
イ 本件信託契約の内容は,おおむね次のとおりである(乙ハ13,14)。
(ア)委託者は,信託開始日又は追加信託日に,受託者に信託債権を譲渡する。その後の各支払予定日において債務者が支払うべき信託債権に関する元金,利息及び遅延損害金を含めた信託債権の回収金の全額を受領する権利は,信託開始日又は追加信託日に,受託者に付与される。(4条)
(イ)委託者は,債務者以外の第三者に対し,動産及び債権の譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律に規定されている登記方法により,信託債権についての対抗要件を具備するものとする。本件信託契約に基づく信託債権の譲渡についての債務者に対する対抗要件の具備は,サービサーが変更される場合等を除き,留保されるものとする。(5条,7条)
(ウ)信託の当初の受益権者は委託者とし,信託の受益権は,優先受益権,劣後受益権及びセラー受益権の3種で構成される。(14条,15条)
(エ)受託者は,信託報酬を受領するが,回収金からの配当を受けない。(22条,24条,29条,33条)
(オ)受託者は,委託者との間でサービシング契約
(以下「本件サービシング契約」という。)を締結し,委託者に対し,本件信託契約締結日から,委託者が信託した信託債権の運用,サービシング及び管理等を委託する。(34条)
ウ アエルは,平成17年6月28日,本件信託契約に基づき,被控訴人ニューヨークメロンに対し,本件基本契約に基づく控訴人に対する債権を譲渡した(本件第1債権譲渡)。また,アエルは,本件第1債権譲渡後も,後記のとおり控訴人に対する追加の貸付けを行い,本件信託契約に基づき,その都度当該貸付けに係る債権を被控訴人ニューヨークメロンに譲渡した。なお,これらの譲渡については,本件信託契約に基づき,控訴人に対する通知が留保されていた。
そして,アエルは,本件第1債権譲渡後,本件サービシング契約に基づき,後記のとおり控訴人から弁済金を受領した(控訴人から債権を回収した)(乙イ5,乙ハ6)。」
(5)同9頁12行目から同頁13行目にかけての「本件基本契約に係る返済金回収事務の委託契約を解除により終了させ」を「本件サービシング契約を含意解除し」と改める。
(6)同9頁13行目の「同事務」を「アエルが行っていた債権の回収事務」と改める。
(7)同10頁8行目の「ア」から同頁16行目末尾までを,次のとおり改める。
「 本件信託契約及び本件サービシング契約に基づく回収金(控訴人が弁済した金員もその一部に含まれる。)の管理及び配当等は,次のとおり行われていた(乙ハ7から11まで,14)。
ア アエルは,当初,本件信託契約及び本件サービシング契約に基づき,信託債権の債務者から回収した金員(以下「本件回収金」という。)を被控訴人ニューヨークメロンが管理する信託財産管理用の銀行口座(以下「本件信託口座」という。)に全額送金しており,被控訴人ニューヨークメロンは,送金された金員から,アエルを含む受益権者に対する配当(アエルは,優先受益権を第三者(投資家)に売却し,劣後受益権及びセラー受益権を保有していた。),アエルに対するサービサー手数料の支払,自らの信託報酬への充当を行うなどした。その後,本件サービシング契約の変更により,アエルが保有する劣後受益権及びセラー受益権への配当が生じる場合には,本件回収金のうちその配当相当額を控除した金員を本件信託口座に送金することとされたため,本件回収金の全額が被控訴人ニューヨークメロンに送金されたわけではなかった。
なお,たとえば,本件信託口座の平成20年4月の取引をみると,同口座の残高は,平成20年4月10日付け取引以前の時点で17億1450万5857円であったが,同口座から,同月28日,配当金等として合計9億4360万1770円(うち信託報酬315万円)が出金されている。」
(8)同10頁17行目から同頁18行目にかけての「本件第1債権譲渡に係る信託契約」を「本件信託契約」と改める。
(9)同10頁21行目の「7月7日」を「7月8日」と改める。
(10)同10頁23行目の「(乙ハ9,10)」を削る。
(11)同10頁25行目冒頭から同14頁14行目末尾までを,次のとおり改める。
「(1) 前記認定事実によれば,本件第1債権譲渡が行われた平成17年6月28日の時点で,本件基本契約に基づくアエルの控訴人に対する債権が存在していなかったことが認められるところ,これを前提として,本件第1債権譲渡後の本件取引2─1及び2─2の弁済と借入れを制限利率に基づいて引直計算してみると,原判決別紙計算書2記載のとおりとなり,本件第2債権譲渡が行われた平成20年6月25日までの間に過払金が発生していることが認められるから(上記計算書においては,民法704条前段の適用が前提となっているが,その適用の問題をおいても,過払金の発生自体は認められる。),控訴人は,本件取引2─1及び2─2により,その過払金相当額の損失を被ったとみることができる。
したがって,控訴人は,受益者,すなわち,法律上の原因なく控訴人の財産(弁済金)によって利益を受け,そのために控訴人に上記損失を及ぼした者に対し,不当利得返還請求権を取得するものというべきところ,次に述べるとおり,本件においては,上記受益者として控訴人に対して不当利得返還義務を負う者を被控訴人ニューヨークメロンと認めることはできない。
(2)前記認定事実のとおり,本件信託契約においては,債務者が支払うべき信託債権に関する元金,利息及び遅延損害金を含めた信託債権の回収金の全額を受領する権利は,被控訴人ニューヨークメロンに付与されるものとされ,アエル又はネットカードが行っていた信託債権の回収事務は,被控訴人ニューヨークメロンの委託に基づくものである。これによると,被控訴人ニューヨークメロンは,上記債務者である控訴人が本件第1債権譲渡後本件第2債権譲渡前にアエル又はネットカードに支払った金員に相当する利益を受けたものということができるようでもある。しかしながら,不当利得の成立要件である受益とは,一定の事実が生じたことによって財産の総額が増加することをいうものであるところ,本件信託契約もそうであるように,信託は,他人による財産管理・処分のための法制度の一つであり,その目的のために,財産権は委託者によって受託者に移転又は処分され,受託者はその名義人となり,受託者が信託財産につき対外的に唯一の管理・処分権者となるものではあるが,その任務の遂行,権利の行使は信託目的に拘束され,受益者のために行われなければならないものであり,受託者が信託の利益を享受することは禁止されているのであって
(旧信託法(本件信託契約に関しては,旧信託法が適用される。)9条),信託財産は,法律上・形式上は受託者に帰属するが,経済上・実質上は受益者に帰属するものというべきであること,また,信託財産は,それ自体に法人格はないものの,受託者からの独立性が認められること(旧信託法16,17条等),実際に,被控訴人ニューヨークメロンは,前記認定事実のとおり,本件回収金の中から信託報酬を得ているのみであることからすると,被控訴人ニューヨークメロンが,控訴人が本件第1債権譲渡後本件第2債権譲渡前にアエル又はネットカードに支払った金員に相当する利益を受けたものとみることはできない(利益を受けたのは,優先受益権を第三者(投資家)に売却して利益を得,劣後受益権及びセラー受益権に基づき配当を受けたアエルというべきである。)。
もっとも,本件信託契約の内容が第三者である控訴人からはうかがい知ることが困難なため,上記の認定により控訴人に不測の不利益を及ぼす事情が認められるのであれば,それは衡平に反するものといわなければならず,受託者である被控訴人ニューヨークメロンに利益が帰属していると認めるのが相当な場合があり得るとしても,本件においては,かかる事情も認められない。すなわち,前記認定事実のとおり,控訴人は,本件第1債権譲渡前において,アエルから貸付けを受け,アエルに対して弁済を繰り返していたところ,本件第1債権譲渡後も,控訴人に対する債権譲渡の通知はされず,貸付けについてはアエルが行い,アエルが信託債権の回収事務の委託を受けて弁済金を受領していたことから,控訴人としては,アエルから貸付けを受け,アエルに対して弁済を繰り返している認識であったというべきであり,また,控訴人が被った損失である過払金については,それが継続的金銭消費貸借において発生し,貸付金元本に順次充当されていくものであるという性質上,控訴人による弁済をアエルが行った貸付けと一体と見ることが取引の実態に沿うことからすると,控訴人がアエルを相手方として過払金の返還を求めることが,控訴人の認識や取引の実態に合致するものというべきであり,上記の認定により控訴人に不測の不利益を及ぼすことはない(なお,本件取引2─2の1回の弁済のみは,控訴人に対する債権譲渡の通知後のものであり,かつ,ネットカードがその弁済金を受領したものであるが,ここでいう衡平に反する事情の有無に関する限り,上記1回の弁済は上記結論を左右するものではない。)。
(3)控訴人は,継続的金銭消費貸借契約を締結して貸付取引を行っていた貸主が貸付金債権を譲渡し,その後譲受人たる新たな貸主との間で引き続いて継続的な貸付取引が行われた事案において,譲渡時点で貸付金債権が存在していなかった場合,借主が新たな貸主に対して譲渡後の取引によって発生した過払金の返還を請求することができるのと同様に,本件においても,控訴人が被控訴人ニューヨークメロンに対して本件第1債権譲渡後本件第2債権譲渡前の取引によって発生した過払金の返還を請求することができる旨主張するものであるが,本件においては,被控訴人ニューヨークメロンにおいて弁済金の利益を得るものではない点及び譲渡前の貸主が譲渡後も貸付けを行っている点等上記の事案とは異なるものであり,その事案と同列に論じることはできないことが明らかである。」
2 控訴人は,被控訴人ニューヨークメロンが控訴人に対して不当利得返還債務を負う旨,そして,被控訴人エヌシーキャピタルも併存的債務引受により同債務を負う旨るる主張するが,被控訴人ニューヨークメロンが控訴人に対して不当利得返還債務を負わないことは,補正を加えた前記引用に係る原判決の認定及びこれに基づく説示のとおりであり,上記控訴人の主張によってこの結論は左右されない。
第4 結論
以上によれば,原判決は相当であり,本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 橋本昌純 裁判官 中島栄 裁判官 佐藤重憲)