札幌高等裁判所 平成24年(行ケ)1号 判決 2013年3月07日
主文
1 原告の請求を棄却する。ただし,平成24年12月16日に行われた衆議院(小選挙区選出)議員の選挙の北海道第3区における選挙は,違法である。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求の趣旨
1 平成24年12月16日に行われた衆議院(小選挙区選出)議員の選挙の北海道第3区における選挙を無効とする。
2 主文第2項と同じ。
第2事案の概要
本件は,平成24年12月16日に行われた衆議院議員総選挙(以下「本件選挙」という。)について,北海道第3区の選挙人である原告が,衆議院(小選挙区選出 )議員の選挙(以下「小選挙区選挙」という。)の選挙区割りに関する公職選挙法の規定は憲法の規定に違反し無効であるから,これに基づき行われた本件選挙の上記選挙区における選挙も無効であると主張して提起した選挙無効訴訟である。
1 前提となる事実(当事者間に争いのない事実,当裁判所に顕著な事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実)等
(1) 衆議院議員の選挙制度は,平成6年法律第2号等による公職選挙法の改正により,従来の中選挙区単記投票制から小選挙区比例代表並立制に改められた(以下,上記改正後の当該選挙制度を「本件選挙制度」という。)。平成21年8月30日に行われた衆議院議員総選挙(以下「平成21年選挙」という。)及び本件選挙の各施行当時の本件選挙制度によれば,衆議院議員の定数は480人とされ,そのうち300人が小選挙区選出議員,180人が比例代表選出議員とされ(公職選挙法4条1項),小選挙区選挙については,全国に300の選挙区を設け,各選挙区において1人の議員を選出し,比例代表選出議員の選挙(以下「比例代表選挙」という。)については,全国に11の選挙区を設け,各選挙区において所定数の議員を選出するものとされている(同法13条1項,2項,別表第1,別表第2)。総選挙においては,小選挙区選挙と比例代表選挙とを同時に行い,投票は小選挙区選挙及び比例代表選挙ごとに1人1票とされている(同法31条,36条)。
(2) 平成6年法律第2号と同時に成立した衆議院議員選挙区画定審議会設置法(以下「区画審設置法」という。)によれば,衆議院議員選挙区画定審議会(以下「区画審」という。)は,小選挙区選出議員の選挙区の改定に関し,調査審議し,必要があると認めるときは,その改定案を作成して内閣総理大臣に勧告するものとされている(同法2条)。上記の改定案を作成するに当たっては,各選挙区の人口の均衡を図り,各選挙区の人口のうち,その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が2以上にならないようにすることを基本とし,行政区画,地勢,交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行わなければならないものとされ(同法3条1項),また,各都道府県の区域内の選挙区の数は,各都道府県にあらかじめ1を配当した上で(以下,このことを「1人別枠方式」という。),これに,小選挙区選出議員の定数に相当する数から都道府県の数を控除した数を人口に比例して各都道府県に配当した数を加えた数とするとされていた(同条2項,なお,後記のとおり,同項の規定は緊急是正法により削除された。)。
選挙区の改定に関する上記の勧告は,国勢調査の結果による人口が最初に官報で公示された日から1年以内に行うものとされ(区画審設置法4条1項),さらに,区画審は,各選挙区の人口の著しい不均衡その他特別の事情があると認めるときは,上記の勧告を行うことができるものとされている(同条2項)。
(3) 区画審は,平成12年10月に実施された国勢調査の結果に基づき,小選挙区選出議員の選挙区に関し,区画審設置法3条2項に従って各都道府県の議員の定数につきいわゆる5増5減を行った上で,同条1項に従って各都道府県内における選挙区割りを策定した改定案を作成して内閣総理大臣に勧告し,これを受けて,その勧告どおり選挙区割りの改定を行うことなどを内容とする公職選挙法の一部を改正する法律(平成14年法律第95号)が成立した。平成21年選挙及び本件選挙の各小選挙区選挙は,同法律により改定された選挙区割り(以下「本件選挙区割り」という。)に基づき施行されたものである(以下,小選挙区選出議員の選挙区を定めた公職選挙法13条1項及び別表第1を併せて「本件区割規定」という。)。
(4) 平成21年選挙に関し,最高裁平成22年(行ツ)第207号同23年3月23日大法廷判決・民集65巻2号755頁(以下「平成23年大法廷判決」という。)は,区画審設置法3条(以下,同条の基準を「本件区割基準」といい,この規定を「本件区割基準規定」という。)2項に規定されていた1人別枠方式は,遅くとも平成21年選挙時においては立法時の合理性が失われており,加えて,平成21年選挙について,本件選挙区割りの下で生じていた選挙区間の投票価値の較差は,その当時,最大で2.304倍に達し,較差2倍以上の選挙区の数も45選挙区と増加してきており,1人別枠方式がこのような選挙区間の投票価値の較差を生じさせる主要な要因となっていたのであって,その不合理性が投票価値の較差としても現れてきていたものということができるとして,平成21年選挙時において,本件区割基準規定の定める本件区割基準のうち1人別枠方式に係る部分は,憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っており,同基準に従って改定された本件区割規定の定める本件選挙区割りも,憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていたものであるとしつつ,平成17年に実施された総選挙に関する最高裁平成18年(行ツ)第176号同19年6月13日大法廷判決・民集61巻4号1617頁(以下「平成19年大法廷判決」という。)において,平成17年の総選挙の時点における1人別枠方式を含む本件区割基準及び本件選挙区割りについて,いずれも憲法の投票価値の平等の要求に反するに至っていない旨の判断が示されていたことなどを考慮し,平成21年選挙までの間に本件区割基準中の1人別枠方式の廃止及びこれを前提とする本件区割規定の是正がされなかったことをもって,憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったとはいえず,本件区割基準規定及び本件区割規定が憲法14条1項等の憲法の規定に違反するものということはできない旨判示した。その上で,平成23年大法廷判決は,衆議院は,その権能,議員の任期及び解散制度の存在等に鑑み,常に的確に国民の意思を反映するものであることが求められており,選挙における投票価値の平等についてもより厳格な要請があるものといわなければならないから,事柄の性質上必要とされる是正のための合理的期間内に,できるだけ速やかに本件区割基準中の1人別枠方式を廃止し,区画審設置法3条1項の趣旨に沿って本件区割規定を改正するなど,投票価値の平等の要請にかなう立法的措置を講ずる必要がある旨説示した。
(5)ア 区画審においては,平成23年大法廷判決を踏まえ,平成23年3月28日,小選挙区選挙の選挙区間における議員1人当たりの人口較差をできるだけ速やかに是正し違憲状態を早期に解消するために,1人別枠方式の廃止やこれを含む本件区割基準に基づいて定められた本件選挙区割りの改定を行わなければならないことが確認された(乙1の1及び2,弁論の全趣旨)。
イ 国会においては,民主党のA幹事長代行を座長とする「衆議院選挙制度に関する各党協議会」が設置され,第1回会合が平成23年10月19日に開催されて以降,投票価値の較差の是正について,衆議院選挙制度の抜本改革及び衆議院議員定数削減といったテーマとともに協議が重ねられた(乙2の1から7まで)。また,平成22年10月に国勢調査が実施され,区画審による選挙区の改定に関する勧告の期限が平成24年2月25日とされていた(当裁判所に顕著である。)ため,各党は,同年1月25日開催の会合において,上記期限までに上記各テーマについて議論の同時決着を図ることができるよう全力をあげる旨合意した(乙2の2 )。しかし,同年2月25日までに上記の同時決着を図ることはできなかった(当裁判所に顕著である。)。同年4月25日開催の第16回会合では,次回の衆議院議員総選挙のための緊急措置として,1人別枠方式を廃止し,小選挙区選出議員の定数をいわゆる0増5減すること,これと併せて比例代表選出議員の定数を75削減することなどを内容とする「座長とりまとめ私案」が提案されたが,1人別枠方式の廃止及び小選挙区選出議員の定数の0増5減以外の提案について意見がまとまらなかったこともあり,同私案は採用されるには至らなかった(乙3の1及び2,弁論の全趣旨)。
ウ 民主党は,平成24年6月18日,第180回国会において,1人別枠方式の廃止及び小選挙区選出議員の定数の0増5減等を内容とする「公職選挙法及び衆議院議員選挙区画定審議会設置法の一部を改正する法律案」を衆議院に提出し,同法案は,同月26日,衆議院政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会に付託された(乙4の1及び2,弁論の全趣旨)。また,自由民主党は,同年7月27日,上記国会において,「衆議院小選挙区選出議員の選挙区間における人口較差を緊急に是正するための公職選挙法及び衆議院議員選挙区画定審議会設置法の一部を改正する法律案」(以下「緊急是正法案」という。)を衆議院に提出し,緊急是正法案は,同年8月23日,上記特別委員会に付託された(乙5の1,弁論の全趣旨)。
その後,民主党提出に係る上記法律案は,審議未了により廃案とされたが(乙4の1,弁論の全趣旨),緊急是正法案は,継続審理案件とされ(乙5の1),同年11月16日,第181回国会において,衆参両院で可決され,衆議院小選挙区選出議員の選挙区間における人口較差を緊急に是正するための公職選挙法及び衆議院議員選挙区画定審議会設置法の一部を改正する法律(平成24年法律第95号,以下「緊急是正法」という。)が成立し,緊急是正法は,同月26日に公布された。
緊急是正法は,小選挙区選出議員の定数を5人削減して295人とし,同選挙区については,本件区割規定の改定を行うこととし(同法2条),本件区割基準のうち1人別枠方式に係る部分を廃止する(同法3条)とするものである。ただし,区画審がこの改正に基づく小選挙区の改定案を作成して勧告するまでには一定の期間を要するため(乙7),同法2条の規定は,同条の規定による改正後の公職選挙法13条1項に規定する法律の施行の日から施行することとされた(緊急是正法附則1条ただし書)。また,区画審が平成22年に実施された国勢調査の結果に基づいて選挙区の改定案を作成するに当たっては,0増5減案により,人口較差の大きい都道府県である山梨県,福井県,徳島県,高知県及び佐賀県の5県の区域内の小選挙区の数を1ずつ削減してそれぞれ2とすることとされ(同法附則3条1項,附則別表),この改定案に係る勧告は,同法の施行の日から6月以内においてできるだけ速やかに行うこととされた(同法附則3条3項)。そのため,是正の範囲は必要最小限の改定にとどめることとし(乙7),改定案作成の基準として,各選挙区の人口は,人口(平成22年に実施された国勢調査の結果による人口。以下同じ。)の最も少ない都道府県の区域内における人口の最も少ない選挙区の人口以上であって,かつ,当該人口の2倍未満とすることとされ,改定の対象とする小選挙区は,①人口の最も少ない都道府県(鳥取県)の区域内の選挙区,②小選挙区の数が減少することとなる都道府県(山梨県,福井県,徳島県,高知県及び佐賀県)の区域内の選挙区,③人口の最も少ない都道府県の区域内における人口の最も少ない選挙区の人口以上であって,かつ,当該人口の2倍未満であるという基準に適合しない選挙区及び④上記③に掲げる選挙区を同③の基準に適合させるために必要な範囲で行う改定に伴い改定すべきこととなる選挙区に限ることとされた(同法附則3条2項 )。なお,同法による改正後の選挙区間の選挙人数の最大較差は1対1.788となる(乙8の2)。
エ 区画審は,緊急是正法の施行を受けて,平成24年11月26日,同法附則3条3項による選挙区割りの改定案の勧告期限である平成25年5月26日までの今後の審議の進め方を確認した。また,区画審は,策定した審議の進め方に従い,平成24年12月10日,緊急是正法に基づく選挙区割りの改定案の作成方針(素案)の審議を行った。そして,区画審においては,選挙区割りの改定案を勧告するまでの間に,選挙区割りの改定案の作成方針の審議・決定や,具体的な選挙区割りの審議が予定されている。(乙8の1及び3,乙9の1及び2)。
(6) 本件選挙当時,1人別枠方式を廃止する旨の緊急是正法3条は施行されていたが,本件区割規定の改正には至らず,本件選挙は,平成21年選挙と同じく本件区割規定の定める本件選挙区割りに基づき行われた(当裁判所に顕著である。)。
本件選挙の選挙時登録日は平成24年12月3日であるところ(当裁判所に顕著である。),本件選挙について,総務省発表の同月4日午後5時現在における「第46回衆議院議員総選挙 選挙人名簿登録者数及び在外選挙人名簿登録者数の合計〔国内+在外〕(3)小選挙区別登録者数」を基に,本件区割規定の下における選挙区間の人口の較差を見ると,最大較差は人口が最も少ない高知県第3区と人口が最も多い千葉県第4区との間で1対2.428であり,高知県第3区と北海道第3区との間で1対2.198であった(当事者間に争いがない。)。また,本件選挙当日における選挙区間の選挙人数の最大較差は,人口が最も少ない高知県第3区と人口が最も多い千葉県第4区との間で1対2.425であり,高知県第3区と比べて較差が2倍以上となっている選挙区は,北海道第3区を含めて72選挙区であった(当裁判所に顕著である。)。
2 争点及びこれに関する当事者の主張
本件の争点は,本件区割規定が憲法の規定に違反しているか否かであり,これに関する当事者の主張は,次のとおりである。
(1) 原告の主張
本件選挙について,選挙時登録日現在の本件区割規定の下における選挙区間の人口の較差は,最大で1対2.428となっていたものであり,本件区割規定は,人口比例に基づいて選挙区割りがされていなかった。かかる本件区割規定は,憲法前文第1段落第1文の「日本国民は,正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し」及び「ここに主権が国民に存することを宣言し」との定め,同法56条2項,59条,67条,60条2項,61条,44条ただし書,13条,15条及び14条の各条項によって要求される人口比例選挙の保障(主権者が国会議員を通じて主権者の多数意見で国家権力を行使することを憲法が保障しているとの法理論である「主権者の多数決」論又は平等論から,人口比例選挙の保障が導かれる。)に反し,無効である。したがって,本件区割規定の下で行われた本件選挙の北海道第3区における選挙も無効である。
(2) 被告の主張
平成23年大法廷判決により憲法の要求に反する状態にあるとされた本件区割規定は,本件選挙までの間に改正されるには至っていないが,次に述べるとおり,それでもなお憲法上要求される合理的期間内に是正されなかったということはできず,憲法14条1項等の憲法の規定に違反するものではないというべきである。
平成23年大法廷判決に先立つ平成19年大法廷判決は,1人別枠方式について,特段の留保を付すことなく合憲である旨の判断を示していた。そうすると,平成23年大法廷判決の判断が示される以前においては,国会が,1人別枠方式について,もはや合理性を失ったものであるとの認識を持ち,その改廃等の立法措置に着手すべき契機が存在していたということはできず,当該立法措置に着手すべきことが要求されるのは,平成23年大法廷判決の判示によって1人別枠方式を存続させることの不合理性を認識した時点からであり,平成23年大法廷判決が言い渡された時点から上記の合理的期間が起算されるというべきである。
平成23年大法廷判決の言渡し後,本件選挙当日までに約1年9か月が経過しているものの,その期間は,1人別枠方式を廃止して,各都道府県にあらかじめ1ずつ配分された定数を再配分するほか,選挙区割り全体の見直しを行うという困難な立法措置を講ずるには,期間的に不十分というべきである。しかし,この間に,国会においては,投票価値の較差是正を図るための具体的な立法措置が行われ,1人別枠方式の廃止を含む緊急是正法が成立するに至っており,現在も引き続き是正に向けての選挙区割り改定作業が継続されている。また,投票価値の較差の状況の変動としては,本件選挙当日の選挙区間の選挙人数の最大較差は1対2.425であり,平成21年選挙時の1対2.304からわずかに増大しているにすぎない。以上の事情を総合すれば,1人別枠方式を含む本件区割規定基準に基づいて定められた本件選挙区割りの下で行わざるを得なかった本件選挙までに,憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったと評価することはできないというべきである。
第3当裁判所の判断
1 本件選挙は,平成21年選挙と同じく本件区割規定の定める本件選挙区割りに基づき行われたものである。平成21年選挙時において,本件区割基準規定の定める本件区割基準のうち1人別枠方式に係る部分は,憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っており,同基準に従って改定された本件区割規定の定める本件選挙区割りも,憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていたものであることは平成23年大法廷判決が判示するとおりである。そして,本件選挙当時,1人別枠方式を廃止する旨の緊急是正法3条が施行されていたとはいえ,本件区割規定の定める本件選挙区割りは,1人別枠方式を含む本件区割基準に基づいて定められたものであることに変わりはなく,加えて,本件選挙について,本件選挙区割りの下で生じていた選挙区間の投票価値の較差は,本件選挙当日において,最大で2.425倍に達していて,その較差は平成21年選挙時よりも拡大しており,較差2倍以上の選挙区の数も72選挙区と平成21年選挙時よりも増加しており,1人別枠方式がこのような選挙区間の投票価値の較差を生じさせる主要な要因となっており,その不合理性が投票価値の較差としても現れているものということができることも平成23年大法廷判決が判示するところと同じである。そうすると,本件選挙時において,本件区割規定の定める本件選挙区割りは,憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていたことが明らかである。
2(1) もっとも,本件選挙までの間に本件区割規定が是正されなかったことをもって,憲法上要求される合理的期間内に是正がされなかったとはいえない場合には,本件区割規定が憲法14条1項等の憲法の規定に違反するものということができないことは,平成23年大法廷判決が判示するとおりである。
そして,平成23年大法廷判決が,平成19年大法廷判決において平成17年の総選挙の時点における1人別枠方式を含む本件区割基準及び本件選挙区割りがいずれも憲法の投票価値の平等の要求に反するに至っていない旨の判断が示されていたことなどを考慮して,平成21年選挙までの間に本件区割基準中の1人別枠方式の廃止及びこれを前提とする本件区割規定の是正がされなかったことをもって,憲法上要求される合理的期間内に是正がされなかったものということはできない旨判示していることに照らすと,上記合理的期間の始期は,平成23年大法廷判決の言渡し時とするのが相当である。また,平成23年大法廷判決が,上記合理的期間内に,できるだけ速やかに本件区割基準中の1人別枠方式を廃止し,区画審設置法3条1項の趣旨に沿って本件区割規定を改正するなど,投票価値の平等の要請にかなう立法的措置を講ずる必要がある旨説示していることに照らすと,上記合理的期間が経過しているかどうかは,平成23年大法廷判決の言渡し時以降の立法の内容及び過程に係る諸事情を総合的に勘案して判断するのが相当である。
(2) 国会においては,平成23年大法廷判決の言渡し後本件選挙までの間に,1人別枠方式の廃止を含む緊急是正法が成立し,1人別枠方式の廃止に係る同法3条は本件選挙時に施行されており,また,区画審においては,同法に基づく選挙区割りの改定案の作成方針(素案)の審議に着手していたものである。しかしながら,同法は,1人別枠方式自体は廃止したものの,1人別枠方式による定数配分は基本的に維持し,それを基礎として選挙区間の選挙人数の最大較差が2倍未満となるよう必要最小限の改定にとどめようとするものであるにすぎず,同法に基づく区画審における具体的な選挙区割りの審議・勧告も上記同様の改定の域を出るものではなく,1人別枠方式の廃止を前提とし,1人別枠方式の下で各都道府県にあらかじめ1ずつ配分された定数につき,区画審設置法3条1項の趣旨に沿って再配分するというものではない。かかる緊急是正法の内容は,できるだけ速やかに本件区割基準中の1人別枠方式を廃止し,区画審設置法3条1項の趣旨に沿って本件区割規定を改正するなど,投票価値の平等の要請にかなう立法的措置を講ずる必要がある旨の平成23年大法廷判決の説示に沿った改正とは質的に異なるものというべきであり,同判決言渡し後速やかに行うことが可能であった1人別枠方式の廃止のみを,本件選挙直前にようやく実現させたにすぎないと評せざるを得ないものである。そして,平成23年大法廷判決の言渡し後本件選挙までには約1年9か月もの期間がありながら,その間に実現したことが上記程度のものにすぎず,しかも,平成23年大法廷判決の言渡し後国会において「衆議院選挙制度に関する各党協議会」の第 1 回会合が開催されるまで約7か月間の期間を要しているが,その間に投票価値の平等の要請にかなう立法的措置を講ずるためにいかなる具体的作業が行われていたのかを明らかにする証拠はないことからすれば,選挙区割り全体の見直しが困難な立法作業であることを最大限考慮したとしても,本件区割規定の定める本件選挙区割りは,憲法上要求される合理的期間内に是正がされなかったというほかない。
3 以上のとおりであって,本件選挙時において,本件区割規定の定める本件選挙区割りは,憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていたものというべきであり,かつ,それは憲法上要求される合理的期間内に是正がされなかったというべきであるから,本件区割規定は,憲法14条1項に違反するものというべきである。
4 以上のように,本件区割規定は本件選挙当時全体として違憲であるが,これに基づいて行われた選挙の効力については,更に考慮を要する。
およそ公職選挙法204条の訴訟において請求認容の判決がされたときは,当該選挙は無効となり,直ちに法定期間内の再選挙が施行されて違法状態が是正されることになるのであるが,議員定数配分規定の違憲を理由とする同条の規定に基づく訴訟においては,当該選挙を無効とする判決をしても,直ちに再選挙施行の運びとなるわけではなく,憲法に適合する選挙を施行して違憲状態を是正するためには,議員定数配分規定の改正という別途の立法手続を要するのである。その意味において,かかる訴訟の判決については,一般の公職選挙法204条の訴訟のそれと別個の考慮を要するものというべきであり,かような見地からして,たとえ当該訴訟において議員定数配分規定が違憲と判断される場合においても,これに基づく選挙を常に無効とすべきものではない。すなわち,違憲の議員定数配分規定によって選挙人の基本的権利である選挙権が制約されているという不利益など当該選挙の効力を否定しないことによる弊害,上記選挙を無効とする判決の結果,議員定数配分規定の改正が当該選挙区から選出された議員が存在しない状態で行われざるを得ないなど一時的にせよ憲法の予定しない事態が出現することによってもたらされる不都合,その他諸般の事情を総合考察し,いわゆる事情判決の制度(行政事件訴訟法31条1項)の基礎に存するものと解すべき一般的な法の基本原則を適用して,選挙を無効とする結果余儀なくされる不都合を回避することもあり得るものと解すべきである(最高裁昭和49年(行ツ)第75号 同51年4月14日大法廷判決・民集30巻3号223頁,最高裁昭和59年(行ツ)第339号同60年7月17日大法廷判決・民集39巻5号1100頁参照)。そして,上記のような見地に立って本件についてみると,本件区割規定が憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていたことを明示した平成23年大法廷判決の言渡しから本件選挙までの期間や本件選挙当時の選挙区間における議員1人当たりの選挙人数の較差の程度のほか,同大法廷判決の言渡し後何らの立法的措置もとられずに漫然と放置されたままの状態で本件選挙が行われたものとまではいえないこと等本件に現れた諸般の事情を併せ考察すると,本件は,前記の一般的な法の基本原則に従い,本件選挙が憲法に違反する本件区割規定に基づいて行われた点において違法である旨を判示し,主文において本件選挙の北海道第3区における選挙の違法を宣言するにとどめ,同選挙は無効としないこととするのが相当である場合に当たるものというべきである。
なお,原告は,本件区割規定を違憲とすべき根拠規定として,憲法14条1項以外にも憲法前文や各条項を挙げ,本件区割規定は,平等権の問題にとどまらず,統治機構の在り方の観点からも憲法に違反している旨主張する。しかし,それらの条項等に違反するか否かによって,前記の一般的な法の基本原則を適用すべきか否かの判断が左右されるものとは解されず,憲法14条1項以外の条項等に違反するか否かについては判断の必要がない。
第4結論
以上の次第であるから,原告の請求は,本件選挙の北海道第3区における選挙の違法をいう点については理由があるが,同選挙は無効としないこととするのが相当であるから,原告の請求を棄却することとし,訴訟費用については,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法64条ただし書を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 橋本昌純 裁判官 中島栄 裁判官 佐藤重憲)