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札幌高等裁判所 平成25年(ネ)106号 判決 2013年11月28日

控訴人

甲野太郎

同訴訟代理人弁護士

庭山早苗

被控訴人

株式会社Y

同代表者代表取締役

乙山大介

主文

1  原判決を取り消す。

2  本件を札幌地方裁判所に差し戻す。

事実及び理由

第1  控訴の趣旨

1  原判決を次のとおり変更する。

2  被控訴人は,控訴人に対し,278万2976円及びこれに対する平成24年11月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

第2  事案の概要

1  本件は,被控訴人から錬鉄器具,玄関ドア等16点を買い受けた控訴人が,①錬鉄器具には欠陥があり,再工事を余儀なくされたと主張して,不法行為に基づいて,再工事費用相当額の賠償を求めるとともに,②玄関ドア等16点のうち,別件の民事訴訟(札幌地方裁判所平成20年(ワ)第3588号事件。以下「別件訴訟」という。)で和解が成立したものを除く13点について,当該売買契約を合意解約するに当たって,被控訴人において再工事代金を負担する合意があったと主張して,当該合意に基づいて,再工事代金の支払を求めた事案である。

2  原審担当書記官は,被控訴人に対し,訴状副本及び準備書面副本,書証,期日呼出状等を公示送達の方法により送達し,平成24年12月21日の第1回口頭弁論期日で,出頭した控訴人訴訟代理人に訴状を陳述させ,書証(甲第1ないし第6号証)の取調べを実施して被控訴人が出頭しないまま弁論を終結し,平成25年2月8日の第2回口頭弁論期日において,上記①の損害賠償請求を認容し,上記②の再工事代金請求を棄却する判決を言い渡したところ,控訴人が控訴をした。

3 当審担当書記官は,平成25年9月6日,被控訴人代表者の住民票上の住所地(同年5月24日に住所地として届出がされた。)である「さいたま市南区<以下略>」に宛てて,控訴状副本,控訴理由書副本,期日呼出状等の特別送達を試み,同年9月8日に送達された(顕著な事実)。 第3 当裁判所の判断

1  原審における訴訟経過について原審訴訟記録によると以下の事実が認められる。

(1)本件訴訟は平成23年5月26日に提起され,第1回口頭弁論期日は同年7月1日午前10時と指定された。

原審担当書記官は,同年6月3日,訴状記載の本店所在地で,被控訴人の商業登記簿上の本店所在地でもある「東京都港区<以下略>」(以下「本店所在地」という。)に宛てて,訴状副本,期日呼出状等の特別送達を試みた。しかし,上記郵便物は,同月8日,当時の郵便事業株式会社芝支店から,宛て所に尋ね当たらないことを理由に返送された。

(2)原審裁判所は,平成23年7月1日,第1回口頭弁論期日を同年9月2日午前10時に変更した。

控訴人訴訟代理人(当審における控訴人訴訟代理人弁護士と同じ)は,同年8月19日,原審裁判所に対し,本店所在地には被控訴人の本店はなく,その移転先は不明であるから,当時の被控訴人代表者の住民票上の住所地である「東京都板橋区<以下略>」(住民票の記載は,正確には「東京都板橋区メゾンA」であり,マンションの住戸である。以下「代表者前住所」という。)に宛てて送達を求める旨の意見を申し述べた。

(3)原審裁判所は,平成23年8月22日,第1回口頭弁論期日を同年9月14日午後1時15分に変更した。

原審担当書記官は,同年8月22日,代表者前住所に宛てて,訴状副本,期日呼出状等の特別送達を試みた。しかし,上記郵便物は,同年9月3日,当時の郵便事業株式会社板橋北支店から,受送達者不在で配達できず,保管期間が経過したことを理由に返送された。

控訴人訴訟代理人は,同月12日,原審担当書記官に対し,代表者前住所を現地調査したが,オートロックであるため立ち入ることはできず,インターホンを押しても応答がなかった,別件訴訟で被控訴人の訴訟代理人であった弁護士に被控訴人の連絡先を照会したが応じてもらえなかった,追って住所調査を行うとの連絡をした。

(4)原審裁判所は,平成23年9月12日,前記(3)のとおりに指定した第1回口頭弁論期日を取り消し,追って指定とした。

控訴人訴訟代理人は,平成24年4月23日,原審裁判所に対し,居住確認報告書,被控訴人代表者の住民票,被控訴人代表者に宛てた配達証明付き郵便を提出した。

上記報告書には,同月9日の時点で,被控訴人代表者が,「地方におり上京の際立ち寄る程度で常時居住しているわけではない」,「郵便受け内の郵便物については……帰宅の際,……確認している様子がうかがえる」,自宅の売却を予定しており「いつでも退去できるよう荷物は(判決注・代表者前住所)内にまとめてある」との状況であると記載されている。また,同月5日付けの住民票では,被控訴人代表者の住所は代表者前住所のままであった。

控訴人訴訟代理人が代表者前住所に宛てて同年2月1日に差し出した配達証明付き郵便は,同月16日,当時の郵便事業株式会社板橋北支店から,受取人不在で配達できず,保管期間が経過したことを理由に返送された。

(5)控訴人訴訟代理人は,平成24年6月7日,原審担当書記官に対し,不動産登記簿上の代表者前住所の建物(家屋番号<省略>)の所有者が同年4月27日の時点では被控訴人代表者であったこと,別件訴訟における被控訴人の訴訟代理人であった弁護士に照会したが,被控訴人とは連絡が付かないとの回答を受けたことなどとの連絡をした。

(6)控訴人訴訟代理人は,平成24年9月21日,被控訴人の住所,居所その他送達をなすべき場所が知れないとして,原審裁判所に対し,被控訴人に対する関係書類の送達を公示送達によるべきことを申し立てた。また,控訴人訴訟代理人は,上記申立てに当たって,疎明資料として,所有者が被控訴人代表者であると記載された上記建物についての同年8月22日付け全部事項証明書,被控訴人代表者の住所が代表者前住所であると記載された同月27日付け住民票などを提出した。

原審担当書記官は,同年10月18日,代表者前住所に宛てて,訴状副本,期日呼出状等の特別送達を試みた。しかし,上記郵便物は,同年10月30日,日本郵便株式会社板橋北郵便局から,受送達者不在で配達できず,保管期間が経過したことを理由に返送された。

さらに,原審担当書記官は,同月31日,上記住民票記載の前住所地である「埼玉県戸田市<以下略>」に宛てて,訴状副本,期日呼出状等の特別送達を試みた。しかし,上記郵便物は,同年11月8日,日本郵便株式会社から,宛て所に尋ね当たらないことを理由に返送された。

(7)原審担当書記官は,平成24年11月9日,被控訴人に対し,訴状副本,期日呼出状等を公示送達の方法により送達することとし,同月27日に公示送達の効力が生じる旨の送達報告書を作成した。

2  上記の認定事実を前提として,原審担当書記官による公示送達の効力について検討する。

(1)公示送達は,当事者の住所,居所その他送達をすべき場所が知れない場合,民事訴訟法107条1項の規定による書留郵便に付する送達ができない場合などのため,訴訟上の書類を送達することができないときに,訴訟の進行が不能となり,当事者その他の者の権利の保護を全うし得ないことを避けるため,書記官が送達書類を保管し,いつでも受送達者に交付する旨を裁判所の掲示場に掲示し,一定期間経過後に送達の効力を発生させる制度である(同法110条ないし112条)。公示送達は,受送達者に送達書類の交付を受ける機会を与えるだけで送達を完了させ,実際に受送達者が送達書類を受領したか否かを問わず,掲示後一定期間経過後に送達の効力を発生させるものであるから,当事者の住居所等が知れないこと等の公示送達の要件については慎重に判断する必要があるというべきであって,その認定は相当な資料に基づいてなされなくてはならず,その認定の根拠となる資料についても記録上明確にしておく必要があるというべきである。

公示送達の申立てを受けた書記官は,公示送達の申立人が提出した疎明資料及び必要と思われる場合にする調査嘱託の結果等を踏まえ,通常考えられる調査を尽くしても送達場所が判明しないと認定できる場合は,住居所等が知れない場合として,公示送達を実施することができるが(同法110条1項1号),住居所等が知れないとは認められないにもかかわらず公示送達が行われた場合は,その送達は無効である。

(2)上記認定事実によると,代表者前住所に宛てて試みられた特別送達が,受送達者不在で配達できず,保管期間が経過したことを理由に返送された後,控訴人訴訟代理人において,現地調査,別件訴訟における被控訴人の訴訟代理人であった弁護士に対する照会などの調査をしても,被控訴人の住所,居所その他送達をなすべき場所が知れないとして,訴状副本,期日呼出状等を公示送達の方法により送達したというものである。

しかし,上記1(4)によると,被控訴人代表者は,平成24年4月9日の時点で,「地方におり上京の際立ち寄る程度で常時居住しているわけではない」,「郵便受け内の郵便物については……帰宅の際,……確認している様子がうかがえる」,自宅の売却を予定しており「いつでも退去できるよう荷物は(判決注・代表者前住所)内にまとめてある」との状況であったと認められる。また,上記1(3),(4),(6)のとおり,代表者前住所に宛てて試みられた特別送達は,いずれも,宛て所に尋ね当たらないことではなく,受送達者不在で配達できず,保管期間が経過したことを理由に返送されている。

このように,被控訴人代表者が代表者前住所に居住していた可能性が否定できない以上,原審担当書記官においては,控訴人に促して代表者前住所において執行官送達を試みたり,代表者前住所があるマンションの管理業者,被控訴人代表者が売却を依頼していた不動産仲介業者に対する調査嘱託を試みたり,普通郵便を送って返送の有無を確認するなど,同所に被控訴人代表者が居住しているかどうかを再度確認する措置を講じるべきであった。このような措置を講じなかった以上,相当な調査が尽くされたとは認められず,被控訴人の住居所等が知れない場合に当たるとは認められない。

(3)したがって,原審における被控訴人に対する訴状副本,期日呼出状等の公示送達は,民訴法110条1項の要件を欠き,無効である。

第4  結論

以上によれば,原審における訴訟手続は,被控訴人に対する適法な訴状の送達がされないまま判決を言い渡したものであり,違法である。よって,本件は原審の訴訟手続が違法であるから民訴法306条により原判決を取り消し,事件につき更に弁論をする必要があるから同法308条1項により本件を札幌地方裁判所に差し戻すこととし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡本岳 裁判官 近藤幸康 裁判官 石川真紀子)

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