札幌高等裁判所 平成28年(く)24号 決定 2016年10月26日
主文
本件即時抗告を棄却する。
理由
本件即時抗告の趣意は検察官岡敏晃作成の即時抗告申立書及び同濵田武文作成の即時抗告理由補充書に,これに対する答弁は主任弁護人岸田洋輔作成の意見書に,それぞれ記載されたとおりであるが,論旨は,本件について,刑訴法435条6号所定の無罪を言い渡すべき明らかな証拠が新たに発見されたとして,再審を開始した原決定が,判断を誤ったものであるから,これを取り消した上,本件再審請求を棄却すべきである,というのである。
そこで,原審記録を含む関係記録を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討する。
1 本件即時抗告に至る経過
本件は,札幌地方裁判所が,請求人に対する銃砲刀剣類所持等取締法(以下「銃刀法」という。)違反(拳銃加重所持)被告事件について,平成10年8月25日に有罪と認定して懲役2年に処し,同年9月9日に確定した判決に対し,請求人が平成25年9月25日に請求した再審に関し,原裁判所が,新旧両証拠や実施した証人尋問等の事実取調べの結果を踏まえ,本件で北海道警察本部生活安全部銃器対策課(以下「銃器対策課」という。)に所属する警察官により違法なおとり捜査が行われたことが明らかとなったから,それらの捜査によって収集され,確定判決の依拠した関係証拠の証拠能力が否定されることとなるため,結局,本件公訴事実について請求人のした自白を補強すべき証拠がなく,刑訴法319条2項により犯罪の証条6号所定の新規かつ明白な証拠が発見された場合に該当すると判断して再審を開始する旨を決定したのに対し,検察官が原決定を不服として即時抗告に及んだ事案である。
(1)まず,本件の確定記録によると,確定審の審理経過及び確定判決の概要は,次のようなものであった。すなわち,
ア 請求人は,貨物船であるネフスカヤ号(以下「本件貨物船」という。)の船員として,ロシア連邦から平成9年8月に北海道小樽市所在の埠頭に初めて来航したほか,同年11月13日にも再び来航したが,翌14日に,同市手宮1丁目6番西側の路上で,本件の拳銃等を不法に所持した嫌疑で,銃器対策課所属の警察官に現行犯逮捕(以下「本件逮捕」という。)された。そして,請求人は,同年12月5日に,法定の除外事由がないのに,同年11月14日午前9時42分頃に,上記路上(以下「本件現場」という。)で,自動装塡式拳銃1丁をそれに適合する実包16発と共に携帯して,所持したとの公訴事実について,拳銃加重所持罪により,勾留中のまま札幌地方裁判所に起訴された。ただし,請求人は,捜査段階から,上記最初の来航の際に,中古車販売業を営むパキスタン人のDから拳銃と中古車の交換を持ち掛けられたほか,今回の来航で,ロシアから本件拳銃等を持ち込み,DやCと連絡を取るなどした上,本件現場で,同人に対し,本件拳銃等を手渡そうとした際に,警察官により逮捕されたと供述していた。
イ 平成10年1月27日に開かれた第1回公判期日に,請求人及び弁護人が公訴事実を認める趣旨の陳述をする一方,弁護人は,本件拳銃等の証拠が違法なおとり捜査によって収集されたので,証拠から排除されるべきであり,自白以外に犯罪の証拠がない以上,請求人が無罪であると主張した。そして,検察官が,①銃器対策課に所属するA警部補作成の平成9年11月14日付け現行犯人逮捕手続書(確定審甲第1号。以下「本件現行犯人逮捕手続書」という。なお,その末尾にH巡査部長の署名押印も付加されている。),②同課の指導官を務めるE警視作成の同月17日付け「けん銃,同実包所持被疑者の逮捕時の状況について」と題する書面(同第2号。以下「本件捜査報告書」という。),共に同課に所属する③G警部作成の翌18日付け写真撮影報告書(同第3号。以下「本件写真撮影報告書」という。)及び④I巡査部長作成の同月14日付け捜索差押調書(同第4号)を含む書証10通や本件拳銃等の証拠物4点(同第6号ないし第9号)の甲号証のほか,被告人の検察官及び司法警察員に対する供述調書等の乙号証4通を証拠請求したのに対し,弁護人は,書証に対し,①について全部不同意,②ないし④について一部不同意とした以外,同意する旨の意見を,証拠物に対し,証拠能力を争うものの異議がない旨の意見を,それぞれ述べたことから,同意書証及び書証の同意部分並びに証拠物が採用されて取り調べられた。なお,検察官は,上記不同意書証及び書証の不同意部分に係る請求を撤回した。
ウ また,平成10年2月13日の第2回公判期日から同年6月12日の第10回公判期日までの間に,検察官請求証人として,銃器対策課に所属し,請求人の検挙に直接関与するなどしたA警部補,E警視及びF巡査部長やD及びCに対する証人尋問が実施されたほか,被告人質問が施行された。なお,この間に,DやCの検察官調書等の証拠も取り調べられたが,上記警察官3名の証人尋問で,①本件発覚の端緒について,A警部補が匿名の者から電話による情報提供を受けた(同警部補の証言)内容が,小樽港の色内埠頭に接岸中のロシア船の船員である請求人がトカレフ1丁等を所持し,本件当日の朝方に日本人と取引をするというものであったこと(上記3名の証言),②本件逮捕の際に,本件現場で請求人以外の人物を見掛けたことがなかったこと(A警部補及びE警視の証言),③CやDが捜査の協力者でないこと(同警部補の証言)が,それぞれ述べられたほか,中古車販売の仲介を営むDやその従弟であって小樽市内で中古車販売店を営むCが,④そもそも警察官に親しい人物がいない,あるいはA警部補が知人でない上,警察官からロシア人の情報提供を依頼されたことがない旨を,Cが,⑤本件の前日と当日にネフスカヤ号まで請求人やその同僚を自動車で迎えに行き,請求人らが同店を訪れるなど,行動を共にしたが,請求人に拳銃の話をしたことがなかったことや,⑥本件当日の朝方に,請求人やその同僚をネフスカヤ号まで自動車で送り届けたものの,自分は降車することなく帰社しており,本件現場で,請求人が供述するような行動に及んだ事実がなかったことなどを,それぞれ証言した。
エ さらに,同月30日の第11回公判期日に弁論手続が行われ,改めて弁護人が,銃器対策課の警察官によりDとCを利用した違法なおとり捜査が行われ,これによって得られた証拠が違法収集証拠として排除されるべきであるなどと主張して,審理が終結された後,同年8月25日に開かれた第12回公判期日に本件確定判決が言い渡された。そして,本件確定判決は,罪となるべき事実として,本件公訴事実と同様の事実を認定するとともに,証拠の標目の項で,請求人の公判供述と第1回公判調書中の供述部分のほか,本件拳銃等の証拠物4点やこれに関する鑑定書(同第11号),本件捜査報告書及び写真撮影報告書(各不同意部分を除く。),捜査関係事項照会回答書(同第14号)並びに請求人の検察官調書(2通。同乙第2号及び第3号)及び警察官調書(5通。同第5号ないし第9号)を挙示している。
なお,本件確定判決は,争点に対する判断の項で,違法収集証拠に関する弁護人の主張に対し,次のようにおとり捜査が行われたとは認められないと説示している。すなわち,(ア)まず,請求人にDらから拳銃を持ってくるように働き掛けがあったか否かについて,この点に関する請求人の供述は逮捕直後から一貫しており,殊更に虚偽の供述を行う動機も考え難い。しかし,CとDが,前記のように,請求人との間で拳銃の話などが出たことがない旨の証言や供述をしており,両名の供述がおおむね一致することなどに照らし,請求人の供述の信用性に若干の躊躇を感じざるを得ない。(イ)そこで,(ア)の判断を保留したまま,両名が警察の協力者であったか否かについて検討すると,請求人は,一貫して,本件現場にCも一緒にいたと述べているが,その直前のCの言動に関する供述で変遷等が見られる。一方,E警視,A警部補及びF巡査部長は,同警視の指揮の下に,総勢14名の警察官が本件現場付近で張り込むなどする中で,A警部補が午前9時35分頃に一人でいる請求人を発見した後,E警視の指示で職務質問が行われ,本件逮捕に至った際にも,A警部補やE警視が,本件現場にいたのは被告人だけであり,それ以外の者がいなかった旨を明確に証言している。そして,E警視らの供述が,おおむね一致する上,具体性や合理性を備えた内容であることなどに照らし,信用性が高いから,本件逮捕の際にCが本件現場にいたものとは認められない。そのため,請求人の供述からDらを警察の協力者と推認する余地がなく,本件で警察官の関与したおとり捜査は存在しなかった,というのである。
(2)次に,原審記録によると,原決定に至る経過や原決定の概要について,次のようなものであった。すなわち,
ア 請求人は,本件確定判決に控訴を申し立てることなく,服役した。一方,A警部補は,平成14年7月に覚せい剤取締法違反や銃刀法違反の嫌疑で検挙されて,起訴されたほか,本件捜査における虚偽有印公文書作成及び同行使や,本件確定審における偽証の嫌疑で取調べを受けた。そして,同警部補は,それらの取調べや平成15年2月の公判期日で,①Cが捜査協力者であったことや,②本件当日も同人と連絡を取るなどした上,同人が請求人を本件現場に誘導した後に,請求人が逮捕される一方,Cをその場から逃がしたこと,③E警視の指示の下で,事実に反し,Cがいなかったこととして,内容虚偽の捜査書類を作成した上,本件確定審で殊更に虚偽の証言に及んだことなどを告白した。なお,E警視は,平成14年7月31日に札幌市内の公園の便所で自殺したほか,A警部補の捜査協力者であったBも程なく死亡している。他方,本件確定審の国選弁護人を務めたJ弁護士から,同年12月に,A警部補らに対する偽証等の嫌疑について,札幌地方検察庁検察官に対し告発が行われた。
イ しかし,同庁のK検察官は,同月27日に,①A警部補に対する虚偽有印公文書作成及び同行使,偽証並びに銃刀法違反教唆,②F巡査部長に対する偽証,③G警部に対する虚偽有印公文書作成及び同行使,④Cに対する偽証及び銃刀法違反教唆,⑤Dに対する銃刀法違反教唆の各被疑事件について,全て起訴猶予処分をした。そこで,J弁護士が札幌検察審査会に審査を申し立てたところ,同審査会は,平成16年1月21日に,①A警部補に対する虚偽有印公文書作成及び同行使並びに偽証,②F巡査部長に対する偽証,③G警部に対する虚偽有印公文書作成及び同行使,④Cに対する偽証について,起訴相当の議決をしたほか,①A警部補,④C及び⑤Dに対する銃刀法違反教唆について不起訴不当の議決をした。しかるに,その後も上記各被疑事件について公訴が提起されたことはなかった。
ウ そこで,請求人とJ弁護士は,平成17年に至り,銃器対策課の警察官により違法なおとり捜査を受けた上,弁護権を侵害されたなどと主張し,国と北海道に対し,損害賠償として慰謝料の支払を求める国家賠償訴訟を提起した。同訴訟で,平成21年7月に服役中のA元警部補の証人尋問が実施されるなどした上,平成22年3月19日に,請求人の北海道に対する請求の一部を認容する判決が言い渡され,同判決が平成23年2月の控訴棄却判決及び平成25年4月の上告棄却等の決定を経て確定した。
エ そして,請求人は,同年9月25日に本件再審を請求し,再審請求書で12点の新証拠に基づいて次のような主張をした。すなわち,本件確定判決が依拠したA警部補ら5名の証言が偽証である上,特にA警部補が平成25年に明らかにした新供述の証明力が高く,それによれば,CやDが捜査協力者であり,本件逮捕の際にCが本件現場にいたほか,銃器対策課で実績作りとして押収すべき拳銃の数値目標が設定され,その達成を目的とする事件の捏造が繰り返された状況で,A警部補が,CやDに対し,手段を問わずに拳銃を持ってこさせるように指示したことから,同人が,平成9年8月18日頃に初めて来日した請求人に対し,一切の嫌疑がないのに,拳銃と中古車との交換を持ち掛けて,本件来航時に拳銃等を持ち込ませた。そのようなおとり捜査に重大な違法があるため,本件確定判決の挙示した証拠が,請求人の供述に係る証拠を除く全てが違法収集証拠として排除されることとなるから,上記新証拠が刑訴法435条6号所定の新規かつ明白な証拠に当たる,というのである。ちなみに,上記新証拠は,①平成14年12月に作成されたA警部補の検察官調書(写し2通。再審弁第1号及び第2号),②平成15年2月に実施された同警部補に対する被告人質問に関する公判調書(写し2通。同第3号及び第4号),③平成21年7月に上記民事訴訟で実施された同警部補に対する証人尋問調書(写し。同第5号),④平成25年4月に同警部補が作成した供述書(同第6号),⑤平成14年11月に作成されたF巡査部長の検察官調書(写し。同第7号),⑥平成16年1月に作成された札幌検察審査会の議決書(写し。同第8号),⑦上記民事訴訟で平成22年3月及び平成23年2月に順次言い渡された第一審及び控訴審判決の判決書(写し2通。同第9号及び第10号)のほか,請求人及び北海道の申立てに対し,平成25年4月に個別に判断された上告審決定書(写し2通。同第11号及び第12号)である。
オ これに対し,検察官は,①本件の争点が,刑訴法435条6号所定の事由として,請求人主張のような違法なおとり捜査を理由に,本件拳銃等の証拠能力を否定すべき明らかな証拠が存在すると認められるか否かであると指摘した上,②おとり捜査の適否に関する新証拠として事実認定に供し得るのは,A警部補の新供述に限られ,③請求人の供述を前提としても,Dの働き掛けが弱く,自由な意思決定が損なわれる程度に至っていない上,④当時の情勢の下で,その程度の働き掛けにより拳銃を持ち込む者にマフィアとの関係が疑われるから,類型的にこの種の犯罪に対する親和性や犯罪性向があるほか,⑤本件に際しても,既に本件貨物船内で拳銃等を所持していた請求人に対し,交換対象として高価な自動車を提案するなどしたCによる働き掛けが,機会を提供したにすぎないから,⑥本件逮捕やそれに伴う差押えが適法であり,本件拳銃等の証拠能力が否定される余地がなく,同号の場合に該当しないと主張した。なお,札幌地方検察庁のL検察官及びM検察官作成の平成26年6月27日付け再審請求に対する意見書によっても,本件確定判決の証拠構造として,A警部補らの証言が,確定判決の証拠となったものでなく,犯罪事実の認定に用いられた証拠の証拠能力の有無に関する証拠であると指摘するにとどまり,結局,そのような訴訟法上の事実に関し,新規かつ明白な証拠が発見された場合に,同号の適用があることを前提として,上記のような主張が展開されていた。
カ これを受けて,原裁判所は,請求人からロシア連邦における銃規制に関する書証(再審弁14号及び第15号)の提出を受けたほか,当事者との打合せを経るなどした後に,A元警部補の証人請求(同第13号)を採用して,平成27年10月にその取調べを実施し,同年11月30日付けで弁護人及び検察官から最終の意見書の提出を受けた上,平成28年3月3日に再審の開始を認める原決定をした。
そして,原決定は,旧証拠,新証拠及び上記証人尋問による事実取調べの結果を踏まえ,以下のような判断を示している。すなわち,
(ア)まず,関係証拠によれば,次のような経過が認められる。①A警部補は,捜査協力者を務めていたBを通じ,ロシア人を相手に中古車販売業を営むCやその従弟のDと知り合う中で,かねて同人らに対し,「何でもいいから拳銃を持ってこさせろ。」などと指示していた。②一方,請求人は,船員として稼働していたが,マフィアや銃器取引との関与を具体的にうかがわせるような事情がなかった。なお,本件の当時に,おとり捜査によりロシアからの銃器に係る密輸経路を解明することが喫緊の課題であった状況もうかがえない。③そして,請求人は,平成9年8月頃に初めて来日し,Dから,同僚の船員と共に中古車販売店を案内された際に,「イタリア製かアメリカ製の拳銃が欲しい。」,「拳銃があれば欲しい中古車と交換してやる。」などと話し掛けられたほか,その2日後にも,Dから贈られた土産物に対する謝礼として,同人に,次の来航時にかにを持参すると申し出たのに対し,同人から「かにはいらないが,拳銃ならいいよ。」と告げられた。④その後の本件来航に当たり,請求人は,父親の遺品である本件拳銃等を所持した上,中古車との交換を期待して来日し,同年11月13日に,Dの案内で札幌市内の中古車販売店を訪れるなどした際に,同人に拳銃のポラロイド写真を手渡したが,翌日も,中古車販売店を見て回る約束で,Dが請求人や同僚を港に迎えに行くことになっていた。⑤他方,同月13日の夜に,A警部補が,Bを通じ,請求人が拳銃を持ち込んでCに売り込んでいるとの情報が提供されたことを受けて,銃器対策課で捜査会議が開かれ,翌朝にCらに指示して,請求人が本件貨物船から本件拳銃等を持ち出すように仕向けた上,現行犯逮捕する方針が決定されるとともに,その会議の前後に,捜査書類の作成に当たりCの存在を隠蔽することも決められ,その方針がA警部補らに伝えられた。⑥そこで,翌14日午前8時頃にCとDが請求人らを本件埠頭に迎えに来た後,請求人は,Dから,Cにピストルが必要なので本件拳銃と日産サファリとを交換すると提案され,同僚の船員1名と共に,C経営の中古車販売店に出向いた上,Cから1万ドルの値札の付いた日産サファリを見せられた。⑦そのため,請求人は,Cと共に自動車で本件埠頭に戻った上,同人の指示で,本件貨物船の中に隠していた本件拳銃等を持ち出し,車内で待機していた同人に渡そうとしたが,同人が「警察,プロブレム。」と言って降車した上,同行を指示したことから,指示に従い同人と共に赴いた本件現場で,本件拳銃等を着衣から取り出して同人に手渡そうとしたところ,待機中の警察官に取り囲まれて現行犯逮捕された。
(イ)そして,以上の事実を踏まえ,(a)請求人に犯罪組織等との関与がうかがえず,Dの働き掛けに伴う誘因力がそれなりの強さであったこと,(b)捜査機関がおとり捜査で密輸経路の解明に迫られていた事情がない上,請求人に対する具体的な嫌疑も存在しなかったこと,他方,(c)A警部補の捜査協力者に対する指示からも明らかなように,捜査手法の許容される限度を顧慮せずに,請求人の犯意を誘発するような働き掛けが行われるとともに,同警部補以外の警察幹部も,そのような働き掛けが行われた可能性を認識しながら,その適否を意に介することなく請求人を検挙しようとしたこと,(d)捜査官が,本件捜査が重大な違法性を備えたものと認識していたことから,虚偽の捜査書類の作成に及んだほか,本件確定審でおとり捜査の適否が争いになるや,口裏合わせをした上,Cらが捜査協力者でなく,おとり捜査がなかったなどとする虚偽証言に及び,組織ぐるみで事実の隠蔽が行われたことなどに照らすと,本件捜査について犯罪捜査に値しない程の重大な違法があり,少なくとも本件逮捕の際に収集された本件拳銃等の証拠物やそれに関する鑑定書のほか,本件捜査報告書や写真撮影報告書等が証拠から排除されるべきである。
(ウ)したがって,請求人が本件拳銃等の不法所持の事実を自白したとはいえ,それを補強すべき証拠がなく,刑訴法319条2項により犯罪の証明がないこととなるから,請求人に対して無罪を言い渡すべきであり,本件が同法435条6号の場合に該当する,というのである。
2 当裁判所の判断
(1)前記のように,原決定が刑訴法435条6号により本件再審を開始すべきであると判断したが,所論は,①そもそも再審制度は,真実は罪を犯していないのに,有罪とされた場合を救済する制度であるから,同号所定の証拠は,犯罪事実の認定に用いられた証拠に限られ,証拠能力に関する証拠のように,訴訟法上の事実を証明する証拠は含まれず,原決定が同号の解釈及び適用を誤っている,②原決定が,A警部補以外の警察幹部が,Cらによる働き掛けが行われた可能性を認識しながら,その適否を意に介することなく請求人を検挙しようとしたことや,おとり捜査でロシアからの密輸経路を解明することが喫緊の課題であった事情がうかがわれないこと,捜査官による虚偽の捜査書類の作成や偽証の動機が,本件捜査に重大な違法があると認識していたためであったことを認定しているが,事実を誤認したものである,③おとり捜査の適否に関し,原決定の判断枠組みが誤りである上,本件おとり捜査の誘因の強さ,必要性及び具体的態様や,内容虚偽の捜査書類の作成等の動機との関係等に関する原決定の認定や評価も誤りである,というのである。
(2)そこで,まず,所論①について検討すると,そもそも同号にいう「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」とは,確定判決の事実認定に合理的な疑いを抱かせ,その認定を覆すに足りる蓋然性のある証拠をいい,上記の明らかな証拠であるか否かは,仮に当該証拠が確定審の審理中に提出された場合に,確定判決のような事実認定に到達したか否かという観点から,当該証拠と他の全証拠を総合的に評価して判断すべきであり,その判断に際し,再審開始のために確定判決の事実認定について合理的な疑いを生じさせれば足りるという意味で,「疑わしきは被告人の利益に」とされる刑事裁判における鉄則が適用されるが,刑訴法435条6号の運用は,同条1号や7号等との権衡を考えて同条全体の総合的理解の上に立って行われるべきである(最高裁判所昭和46年(し)第67号・昭和50年5月20日第1小法廷決定・刑集29巻5号177頁参照)。そして,同条各号の再審事由が設けられた趣旨やその沿革に加え,同条所定の6号以外の再審事由が原則として確定判決による証明の存在を要件とし,その証明がある以上,再審請求の許否の判断に当たって裁量の余地がないのに対し,同条6号の再審事由がそのような証明を要件とするものでないことなど,同号とその余の再審事由に関する規定が内容的に大きく相違することなどに鑑みると,同条6号の再審事由は,確定判決の形式的又は手続的な瑕疵を問題とするその余の再審事由と異なり,確定判決における犯罪事実の認定自体の実体的な瑕疵が問題になる場合が想定されているものと解される。換言すると,本件のように,新証拠によって不公正な捜査が行われた疑念が生じ,その結果として,確定判決の犯罪事実の認定に供された証拠の証拠能力の判断に影響の生じることが判明するなど,訴訟法上の事実の認定の瑕疵につながる新証拠が,同号所定の証拠として想定されていると解することは困難というべきである。なお,前記1(2)のとおり,原審で,請求人はもとより検察官も,訴訟法上の事実の誤認をもたらす新証拠についても,当然に同号所定の証拠に該当するものとして主張や立証を行い,原裁判所も,その説示に照らし,そのような理解を所与の前提とし,その解釈について的確な検討を加えた形跡がうかがえない。したがって,本件再審請求について,確定判決が認定に供した証拠が違法収集証拠であるか否かの判断の前提となる訴訟法上の事実の認定を問題にするものである限り,請求人から提出された新証拠が,同号所定の新規かつ明白な証拠に当たるとした原判断は,同号の解釈及び適用を誤ったものといわざるを得ないから,その余の所論を検討するまでもなく,是認することができない。
(3)しかしながら,前記のような新証拠によると,A警部補らについて同条所定の犯罪に関する確定判決の存在は認められないが,取り分け,以下のとおり,原判決の証拠となった捜査書類を作成した司法警察職員が同条7号所定の職務に関する罪を犯した事実が,当該犯罪に係る確定判決を得ることができないものの,その事実の証明があった場合(同法437条本文)に該当するというべきである。すなわち,
ア まず,前記1(1)イ及びエのとおり,本件捜査報告書はE警視が,本件写真撮影報告書はG警部が,それぞれ作成したものであるが,それらは,同意部分に限られるとはいえ,本件確定判決における罪となるべき事実の認定の用に供された証拠である。
イ そして,原審記録を含む関係記録に加え,当審で新たに取り調べた本件現行犯人逮捕手続書,捜査報告書及び写真撮影報告書並びにG警部作成の平成9年11月20日付け捜査報告書の各原本の存在及びそれらの記載内容に照らすと,次のとおり,A警部補,E警視及びG警部が虚偽有印公文書作成の罪を犯した事実が認められる。
すなわち,A警部補,E警視及びG警部は,平成9年11月当時に銃器対策課に所属して銃器犯罪捜査等の職務に従事していたものであるが,請求人に対する本件銃刀法違反被疑事件の捜査に関し,内容虚偽の捜査書類を作成しようと企て,
(ア)A警部補とE警視が,共謀の上,平成9年11月14日頃に,銃器対策課で,行使の目的で,ほしいままに,実際は,請求人を本件拳銃等の不法所持の嫌疑で現行犯逮捕するに当たり,その嫌疑に関する情報が,A警部補が捜査に対する協力を依頼していた知人のBやCから寄せられた上,本件逮捕に際しても,請求人とCが行動を共にし,請求人が本件現場で着衣の中から本件拳銃等を取り出してCに手渡そうとしていたのに,A警部補が,「本職(A警部補)は,平成9年11月14日午前3時20分ころ,銃器事件に関する情報収集作業に従事中,所携の携帯電話に匿名の者から架電があり,「今,小樽の色内に泊まっているロシアの船でネフスカヤの船員(記載省略)がトカレフ1丁と弾20発位を持っていて,今日の朝方日本人と取引する」旨といった情報提供があった」,「同日午前9時35分ころ北方向から情報提供者の申立てる本件被疑者の人相特徴,着装している服装と酷似する者が本職らの方向に手提バッグを携帯し徒歩で接近してくるのを現認したものである」などと記載した本件現行犯人逮捕手続書を起案した上,その末尾に自己の官職及び氏名を記載し,名下に「A」と刻した印鑑を押捺するなどし,内容虚偽の現行犯人逮捕手続書1通を作成して,その職務に関し,虚偽の公文書を作成し,
(イ)E警視が,同月17日頃に,銃器対策課で上記(ア)のような真実に反し,行使の目的で,ほしいままに,「端緒本年11月14日午前3時20分当課A警部補が所持する携帯電話に匿名を希望する者から「ロシア人によるけん銃密売に関する情報」を入手したことによる」,「本職等がA地点でマイクロの後部座席に全員乗車し,運転席と後部座席の間にはカーテンで視界を遮断のうえ,車両前部を小樽市内方向に向け,視察中であった午前9時35分頃,別添見取図(二)のア地点に被疑者が一人でキョロキョロしながら歩行してきたのを現認した」,「人着から,匿名通報の容疑者に類似していたことから,継続視察していたところ,イ地点で立ち小便をし,更に周囲をキョロキョロしながら,イ地点から朱線のように歩きB地点のパネル型車両と北海道低温冷蔵倉庫の間に入ったこの時点で本職等の視線から消えた」,「本職は,前記不審動向から容疑者が取り引き相手と待ち合わせているものと推測し,職務質問を実施すべく,午前9時40分,G警部,A警部補,H巡査部長,通訳のN巡査に職務質問開始の指示を出した」,「本職以下5名は,A地点のマイクロから一斉降車し,全員青線のように走り,ウ地点に赴いたところ,被疑者が一人立っていたので,職務質問を開始した」などと記載した銃器対策課長司法警察員警視M宛ての本件捜査報告書を起案した上,その報告者署名欄に自己の官職及び氏名を記載して,名下に「E」と刻した印鑑を押捺するなどし,内容虚偽の捜査報告書1通を作成して,その職務に関し,虚偽の公文書を作成し,
(ウ)G警部とE警視が,共謀の上,同月20日頃に,銃器対策課で,上記(ア)のような真実に反し,行使の目的で,ほしいままに,G警部が「被疑者は本件逮捕される際,Cも近くに居た旨の供述をしているが,捜査員は,被疑者のほかは誰れも見ていない」などと記載した上記M警視宛ての同日付け捜査報告書を起案した上,その報告者署名欄に自己の官職及び氏名を記載し,名下に「G」と刻した印鑑を押捺するなどし,内容虚偽の捜査報告書1通を作成して,その職務に関し,虚偽の公文書を作成した。
なお,上記3通の捜査書類は,他の関係資料と併せて,本件の被疑事実に関する証拠書類として,その頃に検察官に送付されて行使されたと想定されるが,E警視らは,①そもそも担当検察官にさえ,上記真実を伝達しなかった上,原決定が認定するように,②本件確定審でおとり捜査の適否が争点となっていたのに,そのことを熟知しながら,組織ぐるみで徹底した虚偽証言に及んだことや,③銃器対策課の捜査官が,請求人と銃器犯罪やそれに関わる犯罪組織との関係等に関する具体的な嫌疑を抱いていた事情が認められない一方,請求人が,Dの名刺を所持し,Cの経営する中古車販売店を訪れるなど,同人らとの間で一定の交際関係を有するに至っており,Cの存在を隠蔽するなどの手法により,現職の警察官が上記のような罪を犯してまで,DやCの保護を図る必要性があったものと認められないことなどに照らすと,およそ上記のような虚偽有印公文書作成行為が正当化される余地はなかったと認められる。ちなみに,検察官からも,本件即時抗告申立書で,A警部補らによる虚偽有印公文書作成や偽証が正当化されるものでないとする見方が示されている。
ウ そして,上記ア及びイのとおり,本件捜査報告書や写真撮影報告書を作成した司法警察職員であるA警視やG警部が,共謀し,単独で又はA警部補とも共謀し,本件確定審で検察官から請求されて同意部分が取り調べられるなどした証拠書類(確定審甲第1号及び第2号等)について,担当捜査官としての職務に関し,上記各虚偽有印公文書作成罪を犯した事実が本件確定判決後に判明したこととなる。なお,このような事実は,遺憾ながら,請求人による本件拳銃加重所持罪の成立自体に対して強い疑惑を抱かせ,ひいて裁判の公正を疑わせるに値する顕著な事由というほかなく,刑訴法435条7号の趣旨に鑑み,同号本文にいう原判決の証拠となった書面を作成した司法警察職員が本件被告事件について職務に関する罪を犯した場合に該当するというべきである。
エ さらに,同号本文に該当する上記各事実は,前記の新証拠により,合理的な疑いを超えて証明されたと認めることができる。また,A警部補らによる上記虚偽有印公文書作成行為について,既に公訴時効が完成していることが明らかであり,E警視が既に死亡し,A警部補及びG警部が起訴猶予処分を受けたことは,前記1(2)ア及びイで認定したとおりである。なお,それらの罪について,同法437条ただし書所定の証拠がないという理由によって確定判決を得ることができないときに当たらないことはいうまでもない。
オ 以上のとおり,本件について,同法435条7号及び437条の各本文に該当する事由があると認められ,本件再審請求は理由があるから,同法448条1項により,再審開始の決定をしなければならないというべきである。
3 結論
以上の次第であり,本件について再審を開始した原決定は,同法435条6号所定の再審事由を肯認した判断を是認することができないものの,同条7号及び437条の各本文に該当する再審事由があると認められるので,結論において正当として是認することができる。したがって,論旨は結局,理由がない。
よって,同法426条1項後段により本件即時抗告を棄却することとし,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 髙橋徹 裁判官 瀧岡俊文 裁判官 深野英一)