大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

札幌高等裁判所 平成4年(う)40号 判決 1992年7月21日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二年二か月に処する。

原審における未決勾留日数中一六〇日を右刑に算入する。

理由

第一  控訴趣意及び答弁

一  控訴の趣意は、札幌高等検察庁検察官検事山岡靖典提出(札幌地方検察庁検察官検事鶴田政純作成)の控訴趣意書に、これに対する答弁は、弁護人小坂祥司提出の答弁書に各記載のとおりであるから、これらを引用する。(なお、この判決では、原審で取り調べた証拠については、その末尾の括弧内に原審証拠等関係カード記載の「甲又は乙」の分類と「請求番号」を、また、当審で取り調べた証拠については、その末尾の括弧内に「当審」の表示と当審証拠等関係カード記載の「請求番号」を示す。)

二  控訴の趣意は、検察官の当審第一回公判期日における釈明をも参酌して要約すると、後記1の判断をした原判決には、後記2で指摘するとおりの訴訟手続の法令違反があり、破棄を免れない、というのである。

すなわち、

1  原判決は、被告人の覚せい剤使用を内容とする本件公訴事実(後記の自判部分に摘示する「犯罪事実」と同旨)に対し、犯罪の証明が十分でないとして、無罪の言渡しをした上、その理由として、「本件では、被告人が任意提出した尿に関する鑑定書(<書証番号略>)が存在するが、この採尿経緯について、緊急逮捕手続書や警察官らの原審証言に基づいて検討しても、これらがばらばらに食い違うばかりか、それぞれの証言自体も各所で矛盾を露呈しており、また、右緊急逮捕手続書にも、定形文言を漫然と使用した虚偽の記載があって、到底右の経緯に関する事実を認定することができず、したがってまた、右採尿手続の適法性、違法性あるいはその程度も判断することができない。そうとすると、採尿手続の適法性を認めて始めて証拠能力が是認される右鑑定書については、立証責任の原則に則り、証拠能力を認めることができないと解する。また、その余の証拠は、被告人の自白の真実性を担保するに足りるものではないから、それらの証拠能力を判断するまでもなく、被告人の自白には補強証拠が欠けることになる。」旨の判断を示している。

2  しかしながら、①警察官らの原審証言(その中でも、後記前田敏昭の証言が最も信用性が高い。)や前記緊急逮捕手続書等を検討すると、本件採尿手続が適法に行われた経過を優に認定することができるから、原判決が右各証拠によっては本件採尿の経緯に関する事実を認定できないと判断したのは誤りであって、前記鑑定書(<書証番号略>)に証拠能力のあることは明らかである。したがって、これを否定した原判決の判断は誤りである。のみならず、②右鑑定書以外にも、本件では、被告人が本件犯行に使用したと供述する注射器について覚せい剤の検出を認めた鑑定書(<書証番号略>)が存在しており、かつ、これも被告人の自白の真実性を担保するに足りるものであるから、この点でも、原判決には、補強証拠たりうることが明らかな右鑑定書を事実認定の証拠から排除した誤りがある。以上のとおり、原判決は、本来証拠能力のある前記鑑定書二通(<書証番号略>)を本件事実認定の証拠から誤って排除するという訴訟手続の法令違反を犯し、その結果、無罪の判決を言い渡したものであるから、右違反が判決に影響を及ぼすことは明らかである

というのである。

第二  控訴趣意に対する判断

一  まず、所論及び答弁にかんがみ、所論の各鑑定書の証拠としての許容性を判断する上で、その前提をなす、警察官らが、被告人を後記の○○ホテルから札幌方面中央警察署に連行したことの適否について検討する。

1 原審で取り調べた関係各証拠によれば、以下の事実が認められる。

(一)  被告人は、平成三年二月一〇日夜、札幌市南区<番地略>所在のホテル××で覚せい剤を注射するという本件の犯行に及んだ。被告人は、その後、連れの友人を乗せ車を運転して帰途についたが、途中、頭の中が「ボワーッ」とした状態になり、気持ちが悪くなったので、サウナ風呂に入って覚せい剤を抜こうと考え、温泉のみの利用もできる同市中央区<番地略>所在の○○ホテル(以下「ホテル」という。)に入った。(なお、被告人は、捜査段階で、ホテルに入ってからその後中央警察署に連行されてしばらくするまでの間の自らの行動について、大幅な健忘があることを述べている。)

(二)  被告人は、その後、翌一一日午前二時過ぎころ(以下、右一一日の出来事については、時刻のみで記載する。)、ホテルの九階において、下着も着けず、浴衣のみを着用した姿で、見知らぬ女性客の客室のドアを開けようとするなどの行動に及んだ上、右女性客の電話連絡により駆けつけたホテルフロント係Aらから事情を尋ねられても、「これ、俺の部屋じゃないか」「七、八人の団体で来ており、幹事は青山という者だ」などと答えた(なお、後に判明したところによると、これらに該当する事実は存在しなかった。)。そこで、Aが、被告人の言うことを確認すべく、館内電話を掛けていると、被告人は、その間にエレベーターで下に降りてしまい、行方が分からなくなった。

(三)  その後、Aが、一階フロントから前記の女性客に連絡を取ると、まただれかが来てドアを開けようとしている旨の返事があったので、他のフロント係(一名)や警備員二名とともに九階に行ったところ、被告人がまた右女性客の客室の前にいるのを発見した。そこで、Aは、一階ロビーまで同行するよう被告人に求め、四人で抱えるようにして被告人を一階ロビーまで連れて行き、警備員らが監視する中、同所のソファに被告人を座らせた。そして被告人は、後記の警察官らが来るまでの間、座ったり、うろうろとロビーを歩き回ったりなどしていた。

(四)  これより先の午前一時四〇分ころ、ホテルの警備員Bは、一〇階エレベーター前ホールの物陰に、男物のジーンズ上下やシャツ、靴等が置かれているのを発見し、これを忘れ物としてフロントのAに届けたが、右ジーンズ上衣の胸ポケットの中には、注射器、注射針、注射針ケースが収納されたコンパクトケースが入っていた。Aは、前記の被告人の着衣・挙動等を見て、被告人が覚せい剤を使い、このため前記のような異常な行動に出ているのではないかとも疑い、午前二時二八分ころ、札幌方面中央警察署薄野警察官派出所に電話して、「一〇階のエレベーターの陰に男物の衣類が置いてあった。ポケットの中を見たところ、注射器のようなものが入っていた。九階には浴衣姿でうろうろしている男がいる。不審なのですぐ来て下さい」などと通報した。

(五)  右通報を受けた前記派出所所属のC巡査は、相勤のD巡査及びE巡査とともに、小型輸送車(ボンゴ型のハイエース)に乗って、ホテルに急行し、午前二時三三分ころホテル一階ロビーに入った。被告人は、そのときホテル警備員らが監視する中、ソファに座っていたが、入って来たD巡査から「どうしたのですか」と声を掛けられると、いきなり立ち上がって、同巡査のやや後ろにいたC巡査目掛けて突進して行った。C巡査が体をかわすと、被告人は、ホテル入口風除室に突進して行き、その内側と外側の自動扉にそれぞれ二、三回ずつ激しく体当りをした。

(六)  C巡査らは、被告人の肩に手を掛けるなどして制止しようとしたが、被告人がこれを振り切って外に飛び出したので、これを追い掛け、激しく暴れる被告人と車寄せのところでもみ合いになり、結局、被告人もろとも路面に倒れ込み、警備員の協力も得て、四人がかりでようやく被告人を押え込んだ。そして、被告人がなおも暴れるのをやめなかったため、C巡査らは被告人の身体をその場で押え続けた。

(七)  間もなく、前記派出所のF巡査部長ら三名の警察官がC巡査らの応援に駆けつけてきた。そして、F巡査部長の判断により、とりあえず被告人を中央警察署に連れて行くことにし、C巡査らが、被告人の足や両脇を持ち、抱き抱えるようにして、被告人を前記小型輸送車の後部座席に乗せ、F巡査部長がこれを運転し、C、D、Eの各巡査が同乗して、中央警察署に向かった。

(八)  ところが、三〇ないし四〇メートル走行したところで、被告人が、いきなり窓を開け、走行中の車の外に上半身を乗り出し逃げようとしたため、あわてたC巡査が浴衣の帯に手を掛けて引っ張り、E巡査が足を押えて、被告人(宙づりの状態になった)が路面に落ちないようにした。そこで、F巡査部長は、すぐに車を止めて、D巡査とともに車から降り、被告人をいったん抱き抱えるようにして地上に降ろした上、再び車に乗せた。

(九)  そして、F巡査部長は再び車を発進させたが、C、D及びEの各巡査は、また被告人が暴れ出さないよう、右車(小型輸送車)の折畳み式の後部座席を立てて、床にスペースを確保し、そこに被告人をうつぶせにし、三名がかりで被告人の身体を押えつけた状態で、中央警察署に向かった。こうして、F巡査部長らは、午前二時五〇分ころ中央警察署に到着し、C巡査らは、被告人の腕を抱えるようにして被告人を車から降ろし、同警察署の刑事当直の警察官らに引き渡した。

以上の各事実が認められる。

2  前記1の事実関係に更に前掲関係各証拠を加えて考察すると、なるほど、警察官らがホテルに赴いた際、被告人は、警察官らの姿を認めて逃走しようとしているのであり、この限度では一見合目的的に行動しているかのようであるが、しかし、右逃走を図るに当たり、前記のとおり、複数回に及ぶ自動扉への危険で激しい体当たり、制止しようとする警察官らに対し異常に激しく暴れたこと、そして厳冬二月の深夜に浴衣一枚で戸外を逃げようとする行動に出、更にはその後にも走行中の車から窓を開けて身体を乗り出して逃げようとした(結果、車外に宙づりになった)行動に及ぶ等、一連の異常かつ危険な行動に及んでいるのであって(なお、被告人がこれらの行為について健忘がある旨述べていることは前記のとおりである。)、当時、被告人は、これより先に注射した覚せい剤の影響により異常な精神状態にあり、このため、周囲の状況を正しく認識して行動することができず、状況の誤認・見当違いの行動を起こしやすい状況下にあって、上記一連の異常かつ危険な行動に及んだものと推認することができる。そして、警察官らは、ホテルフロント係から前記内容の通報を受けてホテルに赴いた上、事情聴取するため、一階ロビーにいた被告人に近づいて声を掛けたところ、被告人が、いきなり逃走する行為に出て、右説示の異常かつ危険な行動に及ぶのを現認し(なお、右状況に照らし、被告人に自傷・他傷のおそれがあったことは明らかである。)、とっさにこのような被告人を放置できないと考え、やむなく暴れる被告人を制圧して車に乗せ、そして車の走行中、被告人が危険な逃走を図ったので、以後車内でも被告人を制圧した上、とりあえず中央警察署へ連行した等の措置(以上の警察官らが執った一連の措置)は、警察官らがその職務執行の法的根拠を明確に認識していなかった点はあるが、客観的には警察官職務執行法三条一項一号所定の場合に当たり、必要な保護の措置として是認しうる内容のものということができ、本件で右措置をもって違法な身柄拘束などと評価するのは相当でないと判断される。

3 補足すると、関係各証拠に照らし、C巡査らは、自分らが執った前記一連の措置が警察官職務執行法三条所定の保護の措置に当たる旨の明確な法的判断に基づいて右措置に及んだものでなく、したがって、その後の中央警察署での被告人に対する手続的な処理も保護対象者に対するそれとは異なる点もうかがわれるが、しかし、原判決も指摘するように、C巡査らは、その法的判断の点はともかく、被告人について、保護を必要とする具体的状況があることを十分認識した上、このような状況に応急的に対処するため、客観的にも保護として是認しうる内容の措置を講じたと認めることができるから、結局、この措置は、警察官職務執行法三条所定の職務執行としての実質を有するものと解することができ、もとより、この措置に弁護人が答弁で指摘するような鑑定書(<書証番号略>)等の証拠としての許容性に影響を及ぼすような違法はないと判断される。したがって、これと同旨とみられる原判決の判断に誤りはなく、弁護人が答弁で指摘する、中央警察署への連行が違法であるとの立論も、失当というべきである。

二  そこで、所論の鑑定書(<書証番号略>)の証拠能力・証拠価値等について検討する。

1  まず、記録を調査すると、原判決も指摘するとおり、緊急逮捕手続書(<書証番号略>)中、被告人が尿を提出した経緯等に関する記述部分は、その正確性に重大な疑問があり、直ちに記述どおりに信用することができないものと認められ、この限りでは原判決の判断に誤りはない。

しかし、本件では、右緊急逮捕手続書を除いて検討しても、G、Hの原審公判での各供述を含む原審で取り調べたその余の関係各証拠に当審における事実取調べの結果を加えると、右採尿の経緯等に関し、以下の各事実が認められ、これらによれば、前記鑑定書(<書証番号略>)の証拠能力・証拠価値等に格別疑問視すべきかどはないというべきである。

(一) C巡査らは、午前二時五〇分ころ中央警察署に到着すると、すぐ被告人を同署一階の刑事当直室に連れて行った。同室内にはG巡査部長が居合わせ、C巡査らから事情を聴いた上、被告人に住所・氏名を尋ねるなどしたが、被告人はこの段階では、同巡査部長の問いかけに応答しなかった。

(二) 当時仮眠室で休んでいたH警部補(当夜の刑事当直の責任者)も、知らせを受けて刑事当直室に行き、いったん被告人の様子等をみた後、同室前廊下に出て、C巡査らから事情を聴いた。同警部補は、その後、F巡査部長に対し、ホテル内にあった被告人のものと思われる前記男物衣類を持ってくるよう指示し、また、同署に備え付けてあった衣類を取り出してとりあえず被告人に着用させるなどした。

(三) 被告人は、刑事当直室に入って一〇分くらいたったころ、始めてG巡査部長の質問に答えて自己の住所・氏名を述べるなどし、その態度もかなり落ち着いてきて、まともに応答するようになった。同巡査部長は、被告人が述べた氏名等に基づき前歴照会を行い、被告人に覚せい剤取締法違反の前科があることを確認した。

(四) G巡査部長は、以上のような経緯や被告人の挙動、更には被告人の腕に注射痕があるのが見えたことなどの状況に照らし、被告人の覚せい剤使用を疑い、被告人に覚せい剤を使用しているのではないかと尋ねたところ、被告人はかつて覚せい剤を使用して捕まったことがあるなどと話し、また、最近の覚せい剤使用の有無についての質問にも、うなづいてこれを肯定するような態度をとった。そこで、G巡査部長が、被告人に対し、尿を提出するよう求めたところ、被告人はこれを承諾した。なお、その場には、H警部補やI巡査も同席し、この二人も、被告人に対して尿を提出するよう促すことがあった。

(五) そのうち、F巡査部長がホテルから前記の衣類を持ってきたので、H警部補は、被告人に自分のものであることを確認させた後で、これに着替えさせた。なお、このとき、ジーンズ上衣の胸ポケットに入っていたコンパクトケースを開けて、在中の注射器、注射針、注射針ケースを被告人に示したが、被告人は、これらは他人から預ったものである旨答えた。

(六) I巡査は、午前三時四五分ころ、被告人の同意を得た上、刑事当直室内で、被告人の腕の注射痕の状況を写真撮影した。

(七) 被告人は、その後の午前三時五〇分ころ、同署一階便所で、G巡査部長ら立ち会いのもとで、警察官が用意した採尿カップの中に自ら尿を排泄してこれを提出し、更にこの直後、刑事当直室に戻り、そこで、任意提出書用紙の品名欄に「尿」、数量欄に「約七〇CC」、提出者処分意見欄に「いりません」と自ら記入した上、日付や自己の住所・氏名等も自ら記載して、右尿にかかる任意提出書(<書証番号略>)を作成したほか、右尿にかかる所有権放棄書(<書証番号略>)も作成した。

(八) こうして提出された被告人の尿は、直ちに北海道警察本部刑事部科学捜査研究所に対して鑑定嘱託され、これを鑑定した同研究所化学科技術吏員関茂徳は、右尿中に覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンの含有を認めたので、その旨の鑑定書(<書証番号略>)を作成した。

(九) 原審の審理において、右鑑定書(<書証番号略>)は、被告人同意のもとに(ただし、違法収集証拠と認定するときは、排除すべきである旨の意見を付加して)取り調べられた。以上の各事実が認められる。

2 補足すると、原判決は、被告人に尿の提出を求めた経緯等に関し、警察官らの原審証言が食い違っていることなどを指摘するところ、確かに、警察官らの証言にはこれらの点について食い違っている部分もあるが、原判決の説示するように、「ばらばらに食い違うばかりか、それぞれの証言自体も、各所で矛盾を露呈し」ているとまで評するのは失当であり、まして、右採尿の経緯等について、原審で調べた証拠関係では「事実認定できない」などと結論するのは、短絡にすぎるというのほかはない。G巡査部長は、本件当夜、中央警察署で、当初の段階から、採尿等の手続を経て、その後の取調べ等に至るまで、最も直接的に被告人と応対した者であり、同巡査部長が自身直接被告人と交わした問答内容等に関し証言するところは、自然であり具体的であって、状況に照らしても、十分信用することができる(なお、H警部補の証言中、G巡査部長のそれと相違する部分は、記憶の正確性などにいささか疑問があり、採用することができない。)。

その上、被告人自らも、原審公判で、本件採尿の経緯について述べ、殊に警察官から尿の提出を求められてこれを承諾し、自己の意思に基づいて尿を提出したことを自認する趣旨の供述をしているところ、この供述はごく自然であり、前記Gの証言とも符号しているのであって、その供述の信用性に疑問視すべきかどはない(原判決が、この点に関し、「被告人の公判供述は、当時の精神状態もあって、漠然として曖昧なものであり、たやすく採用できない」旨判断したのは、首肯することができない。)。

3  前記1の事実関係に基づいて考察すると、被告人が任意に自己の尿を提出した点を含め、前記鑑定書(<書証番号略>)の証拠能力・証拠価値に疑問を差し挟む余地はなく、かつまた、これが被告人の自白の真実性を担保するに足りる補強証拠であることも明らかである。したがって、これと異なり右鑑定書の証拠能力を否定した原判決には、訴訟手続の法令違反があり、この違法は、この点のみでも判決に影響を及ぼすものというべきである。

三  次に、所論の鑑定書(<書証番号略>)の証拠能力・証拠価値等について検討する。

1  原審で取り調べた関係各証拠に当審における事実取調べの結果を加えると、以下の各事実、すなわち、前記のとおり、午前一時四〇分ころホテル一〇階でジーンズ上下等の男物衣類が発見され、その上衣の胸ポケットから注射器、注射針、注射針ケースの入ったコンパクトケースが見付かったこと、被告人を中央警察署に連行した後しばらくして右衣類等を被告人に示したところ、被告人はこの衣類が自分のものであることを認めたこと、もっとも、被告人は右注射器等の入ったコンパクトケースについては、他人から預ったものであると述べていたこと、G巡査部長が被告人に対して右注射器等の任意提出を求めたところ、被告人はこれを承諾したこと、そして、被告人は、採尿後、中央警察署三階の保安課の部屋で、自ら任意提出書用紙の品名・数量欄に「注射筒(一CCジョイ製)一本、注射針二本、プラスチック製注射針ケース一個、プラスチックコンパクトケース一個」などと、提出者処分意見欄に「いりません」などと各記入した上、日付や自己の住所・氏名等も記載して、右注射器等に関する任意提出書(<書証番号略>)を作成したほか、それらの所有権放棄書(<書証番号略>)も作成したこと、こうして提出された右注射器等はその後北海道警察本部刑事部科学捜査研究所に対して鑑定嘱託され、これを鑑定した同研究所化学科技術吏員池田俊朗は、右注射器(注射筒)に覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンの付着を認めたので、その旨の鑑定書(<書証番号略>)を作成したこと、右鑑定書は前記尿の鑑定書(<書証番号略>)と同様の経過により原審で取り調べられたこと等の各事実が認められる。

2  以上のとおり、右の注射器は被告人から任意提出を受けて鑑定に付されたものであるところ、被告人は、本件起訴にかかる覚せい剤使用の犯行に際し、この注射器を使用して覚せい剤水溶液を左腕部に注射した(そしてその後はこの注射器を使用していない)旨捜査官に自白していたことも記録上明らかであるから、前記鑑定書(<書証番号略>)が被告人の自白の真実性を担保するに足りる補強証拠であることは明らかである。付言すると、仮に前記鑑定書(<書証番号略>)を除外しても、右鑑定書(<書証番号略>)は、原審で取り調べた関係各証拠上明らかな、被告人の左腕部に自白に沿う注射痕が存在することや右覚せい剤使用により被告人が精神状態に異常をきたしたこと等の状況と相まって、被告人の自白の真実性を担保するに足りるものである。

そうすると、原判決が、「鑑定書(<書証番号略>)に証拠能力が認められない以上、その余の証拠は、被告人の自白の真実性を担保するに足りない」などと判断して、右鑑定書(<書証番号略>)等が補強証拠に当たることを否定し、これらを事実認定の資料から排除したのは誤りであり、原判決にはこの点でも、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある。

四  以上のとおり、原判決には前記二、三で説示したとおりの訴訟手続の法令違反があり、これらが判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由がある。

第三  破棄及び自判

そこで、刑訴法三九七条一項、三七九条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書により当裁判所において更に次のとおり判決する。

(犯罪事実)

被告人は、法定の除外事由がないのに、平成三年二月一〇日夜、札幌市南区<番地略>・ホテル××一階大浴場男性用脱衣場で、フェニルメチルアミノプロパンを含有する水溶液約0.25立方センチメートルを自己の左腕部に注射し、もって、覚せい剤を使用した。

(証拠)<省略>

(累犯前科)

被告人には、前科調書(<書証番号略>)及び判決書謄本二通(<書証番号略>)によって認められる、以下1、2の前科がある。

1  昭和六〇年二月一九日札幌地方裁判所宣告

覚せい剤取締法違反の罪により懲役二年

昭和六二年三月一一日刑の執行終了

2  昭和六三年一一月二八日同裁判所宣告

1の刑の執行終了後犯した同罪により懲役二年

平成二年一〇月二八日刑の執行終了

(法令の適用)

罰条 平成三年法律第九三号「麻薬及び向精神薬取締法等の一部を改正する法律」附則三項により右改正前の覚せい剤取締法四一条の二第一項三号、一九条

累犯加重(三犯) 刑法五九条、五六条一項、五七条

未決勾留日数の算入 刑法二一条(原審分)

訴訟費用の不負担 刑訴法一八一条一項ただし書(原審・当審分)

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官鈴木之夫 裁判官田中宏 裁判官木口信之)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例