札幌高等裁判所 平成4年(ラ)3号 決定 1992年2月28日
抗告人
ケイマートチェーン協同株式会社
右代表者代表取締役
高田宏
右代理人弁護士
吉川正也
相手方
久保田安明
主文
原決定を取り消す。
札幌地方裁判所が別紙物件目録記載の不動産について平成二年五月一一日にした不動産競売開始決定を認可する。
抗告人が別紙物件目録記載の不動産について平成二年五月八日にした不動産競売申立てを許可する。
本件執行異議の申立費用及び抗告費用は相手方の負担とする。
理由
1本件抗告の趣旨は、主文同旨の決定を求めるというにあり、本件抗告の理由は、別紙抗告の理由記載のとおりである。
2記録によれば、次の事実が認められる。
① 別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)は、もと株式会社丸み恩田商店(以下単に「恩田商店」という。)の所有に属していたが、恩田商店は、昭和六二年六月一六日抗告人に対し本件不動産に極度額を八〇〇万円とする根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)を設定し、同年九月一九日その旨の登記が経由された。
② 相手方は、平成元年九月二五日、恩田商店から本件不動産を譲渡担保目的で譲り受け、同年九月二九日売買を原因とする所有権移転登記を経由した。
③ 抗告人は、平成二年三月三一日到達の書面により相手方に対し、民法三八一条による抵当権実行の通知をしたうえ、同年五月八日札幌地方裁判所に対して本件不動産の競売を申し立て、同裁判所により同年五月一一日本件不動産の競売開始決定がされ、同年五月一五日差押えの登記が経由された。
④ 同裁判所は、平成二年六月四日配当要求の終期を同年八月四日と定めて公告し、平成三年一〇月三日本件不動産の最低売却価格を二七〇八万円と定めたうえ、同年一〇月四日入札期間を同年一一月一日から同年一一月八日まで、開札期日を同年一一月一三日と定めて売却実施を命令した。
⑤ 同年一一月一三日札幌地方裁判所において本件不動産の開札期日が開かれ、佐藤嘉一郎により入札価額二七四八万円の適法な入札があったため、札幌地方裁判所は、同年一一月一九日、同人に対し売却を許可するとの売却許可決定を言い渡した。
⑥ 相手方は、同年一一月二二日、札幌法務局に対し、抗告人を被供託者とし、本件根抵当権の消滅請求をすることを供託原因として、本件根抵当権の極度額に相当する八〇〇万円を供託し、同日抗告人に対し民法三九八条の二二に基づく根抵当権消滅の意思表示をした。
3ところで、民事執行法一八四条は、担保権の実行としての不動産競売手続において代金の納付による買受人の不動産の取得は、担保権の不存在又は消滅により妨げられないと規定し、他方で同法一八二条は不動産競売の開始決定に対する執行異議の申立てにおいて、不動産所有者は、担保権の不存在又は消滅を理由とすることができることを定めている。したがって、一見すると、不動産所有者は、売却許可決定がされた後でも買受人が代金を納付するまでは当然に、それまでに生じた事実を主張して、担保権の不存在又は消滅を理由に執行異議を申し立てることができるように解されなくもない。
しかしながら、同法は、不動産に対する強制執行について、七二条三項において、売却の実施終了後に弁済を証明する文書が提出されても、例外的な場合を除き競売手続は停止されないと定め、更に、同法七六条において、買受けの申出があった後には競売を申し立てた債権者が競売の申立を取り下げることさえ制限を受けるべきものと規定している。また、同法一八四条は、前記のとおり代金納付後に関してではあるが、担保権の不存在又は消滅により買受人の権利が妨げられないことを定めている。これらの規定は、不動産の競売における買受人の地位を不安定なままに置くことは、一般人の競売申出の意思形成に抑止的な影響を与え、競売に対する一般の信頼を著しく損なうことになり、競売制度延いては担保金融制度の円滑適正な運用を阻害する要因となるから、そのような不都合を解消するために買受人の地位の安定を図る必要があることから設けられていると判断される。その趣旨に鑑みれば、同法七二条三項、七六条の規定は同法一八八条により担保権の実行として不動産競売手続に準用され、同法一八三条一項所定の文書の提出された場合にも同法七二条三項、七六条に準じた制限に服すると解すべきであり、買受けの申出があった後に弁済を証明する公文書を提出して競売手続の停止を求めるには、最高価買受申出人又は買受人及び次順位買受申出人の同意を要し、同意権者の同意がないまま売却の実施の終了後に上記公文書が提出された場合においては、その売却に係る売却許可決定が取り消され、若しくは効力を失ったとき、又はその売却に係る売却不許可決定が確定したときを除き、競売の手続を停止する効力さえも生じないと解するのが相当である。そうすると、同法一八四条は、不動産の所有者が担保権の不存在又は消滅を主張することができる最大限の時的限界として買受人の代金納付を示してはいるが、その限度に留まるのであって、売却許可決定の後買受人が代金を納付するまでに生じた事実に関する主張をその時点で当然に許容する趣旨でないということができる。
そして、民事執行手続においても、関係当事者は、信義に従い誠実に権利を行使し、義務を履行すべきことが求められる(民法一条二項)と解される。
本件においては、前記2における認定事実によれば、相手方が弁済供託をし、かつ、それに基づき本件の執行異議を申し立てたのは、本件不動産の売却許可決定が言い渡された後であり、しかも、相手方は、本件不動産の所有権を譲渡担保目的で取得したにすぎない者で、弁済供託をした額は、本件不動産の最低売却価格の三分の一にも満たない額でありながら、その弁済供託をした時期は、滌除権者として抵当権実行の通知を受けて一年半以上も経た後であることが明らかである。相手方が上記の通知を受け、速やかに弁済をする機会がありながらこのように大幅に遅れて担保権を消滅させる行為をしたのは、故意又は重過失といって差し支えない。
そうすると、相手方による本件執行異議の申立は、信義則に反したものとして、排斥を免れないというべきである。
4以上のとおりであって、本件抗告は理由があるから、原決定を取り消すこととし、なお、本件不動産についての不動産競売開始決定を認可し、不動産競売申立てを許可し、執行異議の申立費用及び抗告費用の負担につき民事執行法二〇条、民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官磯部喬 裁判官竹江禎子 裁判官成田喜達)
別紙物件目録
別紙抗告の理由