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札幌高等裁判所 昭和25年(う)472号 判決 1950年12月14日

控訴人 被告人 平川吉三

弁護人 園田国彦

検察官 小松不二雄関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役八月に処する。

原審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

被告人が麻薬取扱者でないのに拘らず昭和二十三年三月頃東京都新宿区牛込袋町二十四番地の当時の自宅で塩酸モルヒネ約二百五十瓦を販売の委託をして佐藤幸雄に対して授与したとの公訴事実は無罪。

理由

弁護人園田国彦の控訴趣意は別紙記載のとおりである。

第一点について、

弁護人の控訴趣意は要するに、原判決がその挙示の証拠で被告人が所持していた物件を麻楽と認定したのは、事実の誤認があるというにある。原判決挙示の証拠によると被告人が所持していた本件物件は旧麻楽取締規則に所謂麻楽である塩酸モルヒネであることが認められるから、原判決にはこの点につき事実の誤認がない。尤も原審は本件物件を塩酸モルヒネであることの認定をするに当つて専門家に鑑定させる等これを化学的に明確にする方法を講じていないことは所論のとおりであるが、原審はその挙示の各証拠で本件物件が塩酸モルヒネであることが充分認められるので、かゝる方法を執らなかつたものと認められるから、かゝる方法を執らなかつたからといつて直ちに事実の誤認があるということはできない。所論は結局原審の専権に属する証拠調の限度証拠価値判断を攻撃するものであつて論旨は理由がない。

次に職権を以て原判決を調査すると原審は本件麻薬の数量を百五十瓦と認定したが原判決の引用した証拠によれば、其の数量は百五十瓦ではなく二百五十瓦であつたことが窺われるのであつて原判決には理由のくいちがいがある。尚原審は被告人が麻薬取扱者でないのに拘らず昭和二十三年三月頃東京都新宿区牛込袋町二十四番地の当時の自宅で塩酸モルヒネ百五十瓦を販売の委託をして佐藤幸雄に対して授与したと判示し之に対し旧麻薬取締規則第二十三条等を適用したものであるが、其の引用に係る証拠によれば被告人は昭和二十三年三月頃塩酸モルヒネ約二百五十瓦を所有するに至つたが、その頃之を他に転売して利益を得る為其の販売の委託を佐藤幸雄にするに際り右塩酸モルヒネ約二百五十瓦を同人に手交したに止まり其の所有権は依然被告人にあつたことが明白である。そうして、旧麻薬取締規則第二十三条には麻薬取扱者でなければ麻薬を製劑、小分、販売授与又は使用することはできない旨を規定しておるのであるが、同条に所謂授与とは贈与、消費貸借等所有権の移転を伴う場合を指すものと解すべきであるから、本件の如く未だ麻薬の所有権が被告人に存在する場合には同条に所謂授与があつたものと認めるのは正当でない。従つて原判決には法令の適用を誤つた違法があり該違法は判決に影響を及ぼすことが明かである。

以上いずれの点よりするも原判決は破棄を免れないから弁護人の控訴趣意第二点に対する判断は後記破棄自判において示すところであるから、こゝにこれを省略し刑事訴訟法第三百九十七条により更に判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は麻薬取扱者その他法定の者でないのに拘らず昭和二十三年三月末頃東京都中央区京橋附近で井原一秀を通じて氏名不詳者から塩酸モルヒネ約二百五十瓦を買い受けてその頃これを所有していたものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人の判示所為は麻薬取締法第六十五条第七十四条麻薬取締規則第四十二条第五十六条第一項第一号に該当するから所定刑中懲役刑を選択し其の刑期範囲内で被告人を懲役八月に処し刑事訴訟法第百八十一条第一項に則り原審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

本件公訴事実中被告人が麻薬取扱者でないのに拘らず昭和二十三年三月頃東京都新宿区牛込袋町二十四番地の当時の自宅で右塩酸モルヒネ約二百五十瓦を販売の委託をして佐藤幸雄に対して授与したとの点は前示破棄の理由でした説明に照し罪とならないから刑事訴訟法第三百三十六条により無罪の言渡をなすべきものである。

(裁判長判事 猪股薫 判事 西田賢次郎 判事 鈴木進)

弁護人の控訴趣意

一、原判決は事実誤認の違法がある。

原判決は被告が法定の資格なく塩酸モルヒネ百五十瓦を買受けて所持し之を佐藤幸雄に販売を委託して授与したという事実を(一)被告人の公判廷に於ける供述、(二)井原一秀の麻薬取締員に対する供述調書の謄本、(三)佐藤幸雄、津村秋子の公判廷に於ける供述並に右両人の麻薬取締員に対する供述調書謄本を証拠として認定されたものである。

処が右証拠は右の通り有罪の認定に充分でない(1) 化学的立証がない。本件処罰の対象は塩酸モルヒネの麻薬の確定であるその前提となる麻薬が化学的でない。(2) 被告人の所持した物が塩酸モルヒネであるや否やは疑問である被告人の単純な自白のみである(3) 証人佐藤幸雄並に津村秋子の供述も素人的で化学性をもたない。(4) 津村秋子が中毒患者に渡した物が良い物でないと返品されている。右三者の供述は塩酸モルヒネを知らないものであつて、人の斯る特殊物に対する供述を以ては未だ充分な麻薬であると云ふ立証にはならない。殊に人の認識は誤り勝で危険性が強い、まして三名共麻薬取扱の未経験者であつて肯認しがたい。斯様な事案に対しては化学的に立証が必要であると思料する。

然るに原判決は斯る疑はしい証拠によつて無知識の証人の供述を正確なものと誤つて事実を認定されたもので此の誤認は重大で判決に影響を及ぼすことが明であるから破毀を免れないものである。援用記録 第三囘公判調書五八丁表二行乃至四行、六二丁裏二行乃至六行、六二丁表二行乃至十行、六一丁裏二行から三行

二、原判決は刑の量定が不当である。

前述の如く証人が人の化学的に疑はしく充分な立証のないものに想像によつて事実を認定されたのであるが被告人は知識もなく且つ田舎出の者で二百五十瓦と言ふ多量のモルヒネが東京で取引されたかも疑はしい或は無知に乗じて擬物を引渡されないとも限らないのである。津村から返品された事実から推察すると純粹のモルヒネではなかつた点も想像されるのである。

(一) 被告人は性質温厚篤実で丸井金物店に七年西尾商店に勤めて各々雇主の信用も厚かつたのであるが、二十八才の時東京に出て会社に勤める最中召集を受けて昭和二十二年復員したが妻子は戦災のため無一物となり、被告人も資産なく再起を図るため古物商を営んだが時恰もインフレにたゝられ生活も思はしからず社会の人情は紙の如く薄く人心は混乱状態で闇取引と禁制品の取引は公然と行はれ巨利を貧る者は裕福の生活をなすに引換え被告人等はあがきの状態であつた。時偶々佐藤幸雄が北海道に麻薬を持つて行けば多額の儲があると聞き本件を犯すに至つた実情にある。

当時物価は最高で遵法意識の低下した世情で無反省に時に流されるに至つたのも亦已むを得なかつたのであるが被告人は予想に反して多額の出資をしたが利するところなく却つて大部分は損失に終り全く生活の基礎すら破壊に至り札幌に帰来するに至つたのであるが被告人は始めて悪夢から目ざめ前非を悔悟して旧会社に復帰して爾来真面目な生活に還り誠実を以て職務に精励しつゝあるのである。

一面被告人の犯時と今日は時勢も変化して経済界は漸やく不況の傾向にあり事業界も不振の途にあり今日一度失職する勤労者は長期に亘る失業の已むなきに至る実情にあるのである。

被告人も一般の例にもれず現在の職場にあれば大体に於て生活も安定しているのであるが万一本件によつて実刑を受くるとすれば其の職場を失い出獄後の旧職場に復帰することは現在の世情からすれば不可能である又妻子は本人服役中の生活の根拠を失い路頭に迷ふのである。

(二) 斯る実情にある被告人に対して原判決が一に掲ぐるような事情にある確実な証拠もなく懲役十月罰金五千円に処したのは前述の如き情状憫諒すべきものがあるのに之を無視して確実な証拠のある事案と同一に判断したのは衡平な処置とは言う事が出来ない。少くとも罰金刑のみに限るか或は懲役刑の執行を猶予して被告人の再起を図り善良な社会人として甦生の途と光明を与えて将来えの希望をもたせることが刑の目的に叶うものと思料せられる。殊に被告人は重ねて犯行をくり返す危険もないのに原判決は此の措置に出ずその刑の量定が著しく不当であるから諸般の事情を斟酌すべきである。

右諸般の事情を考慮して原判決を破毀の妥当な判決を求めるため控訴の申立に及んだ次第であります。

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