札幌高等裁判所 昭和25年(う)649号 判決
原審は被告人が(二)昭和二十五年六月二十一日午後五時三十分頃石狩郡当別町宇下川通り渡辺康治方に於て現金千円を竊取し(三)同年同月二十四日午後四時三十分頃同町字下川通り齊藤さつ方に於て現金千円を竊取したという事実を認定しその証拠として(イ)被告人の原審公判廷に於ける自白(ロ)判示(二)事実につき被害者渡辺康治作成の被害始末書(ハ)判示(三)事実につき被害者齊藤さつの始末書を採用していること、右二個の犯行の日につき被告人の自白と被害者の各始末書の記載とは一致していないこと、原審が被告人の自白だけで犯行の時日を認定したことは弁護人の指摘するとおりである。
然しながら憲法第三十八条第三項、刑事訴訟法第三百十九条第二項において被告人の自白に補強証拠を必要とするという趣旨は被告人の自白があつても客観的には犯罪が全然実在しない場合があり得るのであるから主として客観的事実の実在については補強証拠によつてその確実性を担保することを必要としたものと解すべきであり従つて被告人の自白と補強証拠とにより全体として犯罪構成要件たる事実が認められる以上必ずしも自白の各部分につき一々補強証拠を要するものではなく認定事実の一部分は被告人の自白のみによつて認めても前記法条に違反するものではない。原審が判示事実のうち犯行の時日だけを被告人の自白のみによつて認めたことは訴訟手続上の法令違反だとはいえない。
又原審が援用している被告人の公判廷に於ける自白によると齊藤方に於ては金千円を竊取したと述べているだけで百円札であつたとは述べていないのであるから齊藤さつの始末書の千円札一枚を盗まれたという記載と矛盾する訳ではないしその被害者も公判廷に於て一軒おいた次の家の齊藤さつ方であるという趣旨の供述をしているのであつてこれまた援用した始末書の記載と一致しているのである。只検察事務官に対する被告人の供述調書によると私方の二軒おいて隣の齊藤実さん宅で百円札十枚盗んだといふ記載はあるが齊藤さつの始末書によると齊藤さつの住所は被告人の住所と同じ下川通りであるから公判廷に於ける被告人の右供述と綜合すれば齊藤実は齊藤さつ方の家族であることが窺はれるし金は百円札十枚であつたという供述調書の記載部分は原審が採用しなかつたものである。
なお記録によると渡辺康治方の被害時日は昭和二十五年六月二十一日、齊藤さつ方の被害時日は同年六月二十四日であると認定した原判決は相当で要するに原判決には何等事実の誤認はない。