札幌高等裁判所 昭和26年(う)447号 判決
次に第一点の③は、原判決の示す第三の事実中「手拳をふるつて同人の腕や顔面を数回殴打し」とあるが、本件起訴状には「同人の顔面を手拳を以て数回殴打し」とあつて「腕」を殴打した事実については何ら審判を請求していないにもかかわらず、この事実について判決をしているというのである。
訴因には、日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定しなければならないことは刑事訴訟法第二百五十六条第三項の規定するところであるが、訴因によつて特定されることを要する事実はその訴因か他の訴因と区別し得る程度に犯罪を法律的に構成するに必要な具体的事実をいうのであつて、しかもその程度を以て足りるものと解すべきであり、又逆に訴因によつて特定される事実は、特定の罰条所定の犯罪構成要件に当る事実の範囲に限り、且つその範囲に及ぶものと解すべきである。而して刑法第二百八条所定の暴行罪の構成要件該当の事実としては、何時何処において誰の身体に如何なる方法を以て物理的外力を加えたかが特定されることをもつて必要且充分とするのであつて、身体の如何なる部位に暴行を加えたかということは訴因にこれを明示する必要はないし、又たとい訴因にこれを明示したとしても公訴事実として特定される事実はその身体の特定部位に対する暴行に限るものではなく、従つて苟もその人の身体に対する暴行である以上如何なる部分に対する暴行たるとを問わず審判の対象となるものである。
本件についてこれを検討するに、起訴状に公訴事実として記載せられたところは弁護人所論のように被告人は唐橋末吉の「顔面」を手拳を以て殴打したというのであるから、これによつて審判の対象として特定される事実は唐橋末吉の身体を手拳を以て殴打したということであつて、特に同人の顔面に対する暴行のみが審判の対象となるわけのものでないこと前に説明のとおりである。而して原判決が被告人が唐橋末吉の腕や顔面を手拳を以て殴打したと認定したのは要するに同人の身体を殴打したという罪となるべき事実を更に詳細に説明したまでであつて、公訴事実についてこれを積極的に認定したものであることについて何等の過不足もなく、審判の請求を受けない事件について判決をした違法はないのである。
同弁護人の控訴趣意第二点は、原判決には理由不備の違法があるといい、起訴状記載の公訴事実第一には被告人が旭川駅構内操車係詰所に立人つた日時につき「昭和二十五年十二月三日午後三時十五分頃」となつているのにもかかわらず、原判決の示す第一の事実には唯慢然と「昭和二十五年十二月三日」と認定して、その時刻について判断していないというのである。なるほど原判決は所論のとおり時刻の点については認定していないし、公訴事実には時刻の点まで記載せられているのであるが、刑事訴訟法第三百七十八条第四号にいわゆる判決に理由を附せず、又は理由にくいちがいがあること、というのは判決自体において主文の判断に到達すべき理由の記載を欠き又はその理由自体或は理由と主文との間にくいちがいの存する場合をいうのであつて、所論のように起訴状における公訴事実の記載と判決における事実の認定との間に差異のある場合のことをいうのではないから、この点において所論は刑事訴訟法の解釈を誤つている。
しかし進んで右の点について原判決に理由不備の違法があるか否かを調査するに、原判決挙示の証拠と右認定の間にも又その他如何なる点についても、右犯罪の日時を判示の通り認定するについて何等論理上又は経験法則上無理な点はないし、公訴事実の記載のとおり時刻を認定しなければならない理由も発見できないし、更に時刻を認定しなくても罪となるべき事実の記載として何等欠くるところはないのであつて、この点について原判決には少しも理由不備の違法は認められないのである。