札幌高等裁判所 昭和26年(う)909号 判決 1952年1月31日
控訴人 被告人 山形久雄
弁護人 安倍茂市
検察官 木暮洋吉関与
主文
本件控訴を棄却する。
理由
弁護人安倍茂市の控訴趣意は、同弁護人作成名義の控訴趣意書に記載したとおりで、これに対する判断は次のとおりである。
(一)第一について。
記録編綴の起訴状には、被告人の本件各横領の犯行の場所を単に「小樽市内において」と記載されているに過ぎず、小樽市内の何処であるかについて記載されてないことは所論のとおりであるが、刑事訴訟法第二百五十六条第三項後段の規定が、日時、場所、方法を記載することを命じているのは、罪となるべき事実を特定して訴因を明らかにする目的に出ずるものであるから、日時、場所、方法は、これを綜合して犯罪構成要件に該当する具体的事実を他の事実と、判別し得る程度に記載すれば足りるのである。ところで、本件起訴状別表には一乃至二〇に亘り犯行の日時、横領の金額、貸付又は弁済なる横領の方法、貸付又は弁済の相手方が各別に表示されていて、これと前示「小樽市内において」という犯行の場所とを綜合することによつて、各具体的な横領の事実を認識するに十分であるから、これを以て犯罪の場所の記載ありと認むるに妨なく、起訴状の記載として間然するところはないから、本件起訴は、起訴状の記載を充たした適法なものというべく、原審がこれを受理して審判したのは正当で、不法に公訴を受理した違法ありとはいえない。又原判決には、本件各犯行の場所を一層詳細に記載されているが、いずれも小樽市内であつて、認定に係る各事実は、原審第四回公判期日で変更された訴因と一致していることが認められるから、審判の請求を受けない事件について判決した違法もない。論旨は理由がない。
(二)第二乃至第六について。
論旨は、原判決の量刑を不当として論難するのであるが、訴訟記録及び原審で取り調べた証拠によつて認めらるる被告人の性行、本件犯行の態様、回数、被害の金額、その他諸般の事情を綜合して考えると、原判決の量刑は相当と思料されるので、論旨も採用し難い。
よつて、本件控訴は理由がないから、刑事訴訟法第三百九十六条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判長判事 藤田和夫 判事 山崎益男 判事 長友文士)
弁護人安倍茂市の控訴趣意
第一原判決は不法に公訴を受理し、若くは審判の請求を受けない事件につき判決したものである。此点に於て破棄せらるべきである。
即ち刑事訴訟法第二百五十六条第三項は公訴事実は訴因を明記して記載すべきことを規定し訴因を明示するには「日時、場所」及び方法を以て罪となるべき事実を特定してなすべきことを命じて居る。これに依れば事件の特定は時間的に日時を特定することが要件であり空間的には場所の特定が必要である。而して時間的特定は単に犯罪の年月日を記載するを以て足らず「大凡の時間」を特定すべきことは既に昭和二十五年三月四日東京高等裁判所第十二刑事部判決(昭和二十四年(を)新第六〇八号)の明示するところであり、同判決の言葉を引用すれば「しかも犯罪の日時も単に年月日(即ち十二月二十八日)だけを記載してあつて時間の点まで記載してないから仮りに右十二月二十八日の午前十時頃判示場所で被告人が……の窃盗をしたと云う起訴が既に前にあつたとすると、本件十二月二十八日の起訴は右十二月二十八日の午前中の起訴と同一であるかどうか区別できないのである、かような訳であるから、本件起訴状記載の訴因は不特定な訴因と云うべきである」とし更らに「訴因が特定して居なければ何が起訴せられたか訴訟の物体が判明せず又被告人に於て再訴の抗弁をしてよいかどうか分らないからである、随て訴因の特定と云うことは絶体であつて、之が特定して居ない起訴は無効であり後日補正追完によりて有効となるべき性質のものでない、同法第三百十二条には訴因の変更は許されて居るが、之は訴因の特定して居ることを前提とし特定した訴因を変更すると云うことであつて、不特定の訴因を補充完追して、その特定を許す趣旨でない」とまで極言して居る。此の事は事件の空間的特定についても全く同様であり、単に「日本国領土内に於て」「東京都内に於て」と云うが如き概括的表示は許されないことは勿論、最少行政区畫を示して仮令ば「札幌市内に於て」「小樽市内に於て」と云うが如きも不完全であつて空間的に具体的に事件を特定した事にはならない。飜て本件起訴状を検するに、犯罪の場所については単に「小樽市内に於て……貸付又は交付して横領した」とあるのみで、此程度では未だ具体的に犯罪の場所を示したとは云えない。随て本件起訴状は絶対的に無効であつて、原審は宜しく刑事訴訟法第三百三十八条によりて公訴棄却の判決をなすべきであつたに拘らすこと茲に出ずして漫然有罪判決を下したのは、刑事訴訟法第三百七十八条第二号に所謂不法に公訴を受理した違法あるものであつて同法第三百九十七条により破棄を免れないであろう。仮りに右の如き訴因記載の不十分が追完を許すものとしても原審記録上訴因変更の手続によつて、之を追完した形跡は見当らず、一方原審判決は、その別表に於て、一々横領行為の行われた場所を、詳細に特記して居るのは、明かに同法第三百七十八条第三号に所謂審判の請求を受けない事件について判決した違法あるものであり、宜しく破棄を免かれないものと信ずる。
尚米国法に於ては「犯罪の場所は構成要件となつて居る場合を除き場所的特定は、概括で足りるものの様であるが、之はアメリカに於てはアレインメントの制度を採用して居ることの特例的結果であり、我国に於ては、同日に論じ難きところであるのみならず、若し此の如き起訴状記載を一旦許容せんか、将来検察官は安易についてこのような起訴状を濫発する可能性が多大であり、引いては被告人を所謂「二重の危険(ダブルゼパーデー)にさらす恐れがあるから明察なる御審に於ては此のような弊を未然に芟除する為め是非とも原審判決を破棄せられたいのである。
(その他の控訴趣意は省略する。)