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札幌高等裁判所 昭和26年(ネ)106号 判決 1952年1月30日

主文

原判決を左のとおり変更する。

第一審原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも第一審原告等の負担とする。

事実

第一審原告稲川広光、同稲川広幸の訴訟代理人は原判決中第一審原告稲川広光、稲川広幸敗訴の部分を取消す、第一審被告が昭和二十四年六月二十五日附で別紙目録記載の第一の(一)及(二)の各土地についてなした第一審原告稲川広光、同稲川広幸の訴願を棄却した裁決はこれを取消す、北海道農地委員会が昭和二十四年一月二十二日前項の土地について定めた買収計画はこれを取消す、訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とするとの判決を求め第一審原告稲川広幸、同稲川広政の訴訟代理人は第一審被告の控訴を棄却するとの判決を求め第一審被告訴訟代理人は、原判決中第一審被告敗訴の部分を取消す、第一審原告稲川広幸、同稲川広政の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも第一審原告稲川広幸、同稲川広政の負担とするとの判決竝びに第一審原告稲川広光、同稲川広幸の控訴を棄却するとの判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、当審において双方の訴訟代理人がそれぞれ左記のとおり附加陳述したほかは原判決の事実摘示と同一であるからこれを引用する。

第一審原告等訴訟代理人の附加陳述の要旨

第一、別紙目録記載第一の(一)及び(二)の土地(以下向野地区と略称)について。

(1)  から松の利用径級について。

右土地の中同目録第一の(一)中(ホ)乃至(リ)及び(ニ)は十二年生以上のから松の幼齢造林地であり、しかもその生育良好であることは当事者間に争がなく、同地方の他のから松に比べて生育優良であることは原判決(十五枚目表九行目以下)において認定せられているとおりである。而して第一審被告は本件訴願裁決書において「四級傾斜地内の植栽齢十年以上の人口造林については利用径級に達するまで伐採延期を認める」とし、さらにその利用径級に達する年限を「から松は植栽後二十年、杉は同三十年」と定めその理由は「国土及び天然資源の高度利用の見地」からかかる措置を構ずる旨を明示している(昭和二十五年四月十九日附北海道知事より第一審原告稲川広光宛通達)右訴願裁決書竝びに趣旨からすれば、国土及び天然資原の高度利用の見地から人工造林地は独り四級地に限らず、生育量極めて旺盛であり遠からず利用径級に達する前記地域生立のから松幼齢林も等しく伐期に達するを待つて、然る後に買収計画をたて、もつて立木所有者の労苦に酬いるとともに、他方天然資源の高度利用を図るを至当とする。

(2)  地方的特殊優良林について。

向野地区におけるから松の植林は同地方の他の森林に比べてその成長量極めて旺盛であつて、未だ成長途上にある優良人工林であることは原判決認定のとおりであるが原判決は「から松は北海道において道南地方にのみ成育し得る樹種ではない」から、所謂「選定基準」第九記載の地方的特殊優良林とは認め難いと判決せられている。しかしながら、右「選定基準」第九(1)は「ここにいう特殊優良樹林とは天然林人工林の如何をとわず他に稀な林相や品種であるか…………優良林を指す」として、特殊優良樹林としての要件を示しているのであるが「他に稀な林相」とは本件から松の植林地の如く、同地方の他の森林に比べてその成長量旺盛であり且つ林相良好な人工林を指すものと解せらるるから、本件向野地区もまた国民経済的観点から地方的特殊優良林として存置すべきである。

(3)  治山治水について。

向野地区は、原判決によれば、他の地区すなわち別紙目録第二の(一)及び(二)(以下文月地区と略称)に比べて、文月川流域より距ること遠く、従つて流水調節作用も少く、土地保全上の効力もさほど大きいものとは認め難い旨判示せられている。しかしながら文月地区の山林が文月川の上流にあつて水源涵養上重要な存在意義があると同様向野地区の山林もまたガビノ川の流域に近く、南大野村水田百三十町余の用水を供給する該河川の氾濫と渇水の危険を防ぐに重要な役割を果しているばかりでなくさらに文月川、ガビノ川はともに大野村水田地帯二千町歩余をうるおす大野川にそそいでおり、これらの河川を大野村民は「恵みの川」と称して来たのである。ところが戦時中その流域の樹木が濫伐された結果、屡々河川の氾濫と渇水の被害を受け、爾来村民は「魔の川」として恐れその復旧対策に腐心している実情で、さらに本件山林が買収されて伐採されるならば、一層その被害が甚大となることは明かである。このような水源涵養のために欠くことができず、治山治水上重要な本件山林を開拓することは不当である。

第二、現地調査主任の資格について。

本件文月及び向野地区の現地調査主任は地方技官西野政志であり、同人は「選定基準」に示された資格をもたない者であつてかかる無資格者の調査報告を基礎としてたてられた本件買収計画は違法であるとの第一審原告等の主張に対し第一審被告は当時は土地調査課選定係長地方技官弓田晃(北海道大学農学部卒業)が選定主任者と定められ、右西野技官を指揮し、自ら現地に臨んで実態を把握して処置したものであるから「選定基準」の定むる要件に欠くるところはないと抗弁している。しかしながら、仮りに右弓田晃が「選定基準」に定むる資格要件を備えた選定主任者であつたとすれば当然同人の作成した報告書を根拠とすべきであるに拘らず、資格のない西野政志の作成にかかる報告書を本件開拓適地選定の基礎となしたことは、要するに、現地調査の際の主任は西野政志であり、その報告書を単に「技術的に検討」したのが弓田晃にすぎないことが、第一審被告の主張自体に徴し明瞭である。したがつて「選定基準」に示された資格のない者の調査報告を基礎としてたてられた文月、向野両地区の買収計画は違法としてこれを取消し、改めて愼重調査の上買収すべきか否かを決すべきである。以上いずれの理由によるも、本件買収は違法であるから、その取消を求むる。

第一審被告訴訟代理人の附加陳述の要旨。

一、未墾地自作農創設事業について。

(1)  終戦によつて狭小な国土に多数の人口を収容し、経済自立を図ることを余儀なくされたわが国において、国土の合理的な高度利用を図ることが強く要請されるに至つた。特に国民の多数を占める農業においては、(一)海外引揚者や戦災疎開者のうち自作農として農業に精進しようとする希望と能力を有する者に、土地を与えて自作農を創設し、民生の安定を図ること、(二)農家の二男三男のうち、新たな土地で自作農を営む希望者に土地を与えること、(三)日本農業多年の懸案でもあり欠陥でもある零細寡少農家に、増反用地を与えて農業経営を合理化させ、農家の安定を図ること、かくして農村における人口収容力の安定的増大を期し、農業の生産力を高め、日本経済の復興に寄与するという目標の下に、自作農創設特別措置法第一条の目的に照応しつつ、同法第三十条の規定による未墾地買収が推進されるに至つたのである。

(2)  わが国土の地理的条件下においては、農業生産に利用することのできる土地は、山林原野の広大な面積に比べ、実に限られた微量にすぎない。この限られた微量の土地については、凡ゆる障害を排除して自作農創設の目的に供されるのであるが、開拓用地に適するか否かは専門的な観点から審査を必要とするので同法施行規則第十四条の規定に基づき開拓審議会に諮問して土地の買収計画を定めることとされ、どの土地を開拓適地として買収するかについては、同法第三十条と同法施行規則第十四条に依拠して判断処分されるのであるが、これを市町村農地委員会の自由な判断に任せておくことは、技術的考慮に慎重を欠く傾向があつたことと、都道府県農地委員会の場合においても、土地利用上の綜合判断の基礎を明かにするため、昭和二十四年一月十八日附二四開第六三号農林次官通達を以て「開拓適地選定の基準に関する件」(以下「選定基準」と略称)が訓令された。

(3)  開拓適地選定に当つては(一)農業を営むことができないような土地で、林業のみに充てるようないわゆる絶対的林地であるか、(二)農業にも利用できるが、現に林業に利用していわゆる相対的な林地であるかが考慮され、「選定基準」第八の土の性質の条項に抵触するものは、開墾すべからざる土地として前者に入り、そうでないものは開拓適地と判定され、その自然的社会的条件によつてやがて開墾されることがある土地である。換言すれば「選定基準」第八土の性質の項による一級二級三級の土地で「選定基準」の他の条件が満足されるならば仮りにその土地の立木の犠牲を入れても、なお且つこれを農業にふりむけた方が国民経済的観点から言つて土地利用高度化の道を開くことになるのである。しかしながら、これが公式的に取扱われると、そのぎせいが農地の造成、自作農の創設、増反による既存農家の安定等、開拓による効果を相殺し、特殊の価値ある資源を失つたり、他の産業に重大な圧迫や悪影響を与えたり学術振興上にも多大の不利を招来する虞がある場合もあるので相対的林地のうち「選定基準」第九項第十項のような林地については、利害に左右されない純粋の審議機関である開拓審議会適地調査部会が科学的特別調査を行つて、最小限度のものは、林業振興上国土保全上留保するよう配慮されているのである。

(4)  本件の土地のような優良な開拓適地は北海道には残つていなかつたので、五十数戸の樺太引揚農家は、本件土地を含む大野村向野文月地区内において、自作農として更生すべく、土地の解放を熱願していたため、多年にわたつて本件の土地と同一条件下にあつた徳川農場はじめ、封建的土地所有の形態が打破され本件土地を含め五百五十町歩にわたる山林が買収されるに至つたもので、本件土地は自作農を創設するために絶対必要な土地であつたにも拘らず原審においては未墾地自作農創設の真義を曲解し、なお且つ次項以下に述べるように事実認定を誤つて、第一審被告の訴願裁決及び北海道農地委員会の買収計画を違法としてしまつたのである。

二、本件の山林の治山治水及び水源涵養林としての価値について。

(1)  同法第四十条同法施行令第二十八条の規定にすれば「同法第三十条の規定によつて買収する土地が、森林法、砂防法、河川法等の規定による保安林または開墾制限地帯であつても、これらの法令で制限禁止をしている条項は適用しない」とされており他の法令で土地保全を要すると認めている地帯でも、措置法の規定による買収や開発のできることを明示しているのである。しかしながら、本道においては「選定基準」が定められる以前から、保安林として必要のないことが明かにされない限り、保安林地帯の買収しない方針を堅持しているのである。

(2)  本件の土地を含む大野村向野文月地区の開拓地区内はこれまで土地の所有者も利害関係者も道及び村の林政当局者も、森林法第三章に規定するところにより保安林に編入しようとする措置を求めなかつた、これは畢竟するに、本件土地等が水源涵養林又は治山治水上重要な地帯であると考えられていなかつた証左ということができる。原審の判決理由中に、「当山林は文月川の流域に近くその水源涵養上重要な意義がある」としているが、水源涵養林というのは、立木地帯は無立木地帯に比較して土壤の保水力が大きいので、渇水期に河川やかんがい用水の枯渇を相当防止できるという天然現象を利用し、河川の上流地帯中流地帯の集水区域(傾斜の方向から水分がその河川に流れ込む地帯)にある立木の保護を図るための保安林であるから、文月川の上流中流にある国有林を保護することによつてその目的が達成でき、本件の土地を含む文月開拓地のように、文月川の最下流地帯の林地は、土壤保全の効果はともかくとして、水源涵養林としての価値は殆んどないものといわなければならない。殊に、第一審原告等が所有する別紙目録の本件土地三十四町五反四畝一歩のうち、文月川の集水区域に関係する土地は文月二百十番地の北方において約三町五反歩が該当するにすぎず、残りの三十一町歩余の水分は、俗にいう清四郎の沢から大野村字村内方面に流下し水田地帯の排水とともに大野川に注いでいるのであるから、文月川の水分経済には殆んど無関係の土地である。原審においては、この事実認定を著しく誤つているといわなければならない。

(3)  文月二〇五番地二〇六番地十町八反八畝歩のうち、傾斜十五度を超えるため「選定基準」に照らし四級地(農耕不適地)に該当し、開墾しない土地として利用する面積が約八町八反歩あることは既に原審において第一審被告の認めているところである。この傾斜地は放牧採草地または農用林地として利用させるものであるから「土地保全」には少しも影響しないのであるにも拘らず事実に相違する認定に基いて、「当山林は文月川の流域に近くその水源涵養上重要な存在意義があるばかりでなく、その傾斜地は火山灰性壤土であるから、土地保全上も重要な効用を有するものであると認定することができる」と即断してしまつたところに誤りがあるのである。

(4)  開拓用地の取得が確定すれば昭和二十四年九月三十日附二四農地第八八六号農林次官から都道府県知事宛の通達「地区開拓計画樹立の要領に関する件」(以下基本要領と略称)に基いて、地区開拓計画が樹てられ、河川の流域、傾斜地、高台地等については「基本要領」第八の建設工事計画を「基本要領」第八(4)の(ハ)防災林(ニ)土壤侵蝕防止工事等にわけ、具体的に策定して地区開拓計画を定め、開拓実施について農林大臣の承認を受け、建設工事、入植営農が行われるものであり、右(ハ)(ニ)の計画に基く土地は公共用地として留保され個々の入植者に配分しないで防災の効果を高めて行くのであるから、従来保安林に編入されなかつた程度の地帯ならば、この地区開拓計画によつて充分に保安と防災が期されるものといわなければならない。

三、特殊優良林について。

(1)  原審においては、「選定基準」第九林業の項にいうところの「特殊優良樹林」の本質を誤つて解釈している。すなわち「特殊優良樹林とは、(一)その林分が他に稀な林相や品種の優良林であること、(二)その林分は特殊の工芸用途があるために特別の価値をもつ優良林であること、(三)その林分は利用上他にかけがえのない優良林であることのいずれかの要件を備えていなければならない。而して「他に稀な林相や品種」とは、森林の構成状態が他にあまり類を見ない立派なもの、またはその林分がわが国特有のもので、林業振興上、学術研究上わが国に存置する必要あるものを指しているので、第一審被告の知る限りでは、木曽の御料林(現国有林)青森のひば林、秋田の杉林等は日本の三大美林といわれているから、他に稀な林相に該当し、この森林の如きは特殊優良樹林と認めてその特定部分の存置を図るべきであると認める。なおまた京都地方の白杉、大分県日田地方の青杉、宮崎県飫肥地方のとさぐろ等は、杉の葉の色形によつて区分されわが国特有の品種とされているから、これも特殊優良樹林と認めて、わが国林学振興上または学術研究林としてその特定部分は存置さるべきものと認める。「特殊の工芸用途」とは、例えば栃木県那須地方のあかまつは、元来松やに採取を目的とし集約的に管理され、わが国で生産の少い松やにの生産地でも優れた歩止りの高い松やにを生産している事実があり、特殊の工芸用途に利用されている林分として保護さるべきものと認めるのである。つぎに「利用上他にかけがえない」とは、例えば宮崎県飫肥地方の杉は「飫肥の弁用材」と称して木造船材として全国いずれの杉材にも見られない特別の価値を有しているが、このような杉こそ前記(一)(二)(三)の三要件を具備して国民経済的に高い価値を有しているからこの林分は保護せらるべきものである。特殊優良樹林とはこのように稀少性と優秀性とを条件としているものと解するのが相当である。

(2)  飜つて本件の林分が特殊優良樹林に該当するか否かを検討するに、道南地方で杉が経済林として生育しているもの約五千町歩といわれているものの中には本件の杉以上に成長量旺盛なものがあり、また成長量や林相が本件の杉と同程度のものは頗る多いから、本道に限つて観察する場合においても、他に稀な林相と認むべきでない。さらにまた他に稀な品種であるという根拠はなくわが国として特殊の工芸用途もなく、利用上他にかけがえのない杉でもない。杉の生育地が道南地方に限つていないことは後述のとおりであるが、仮りに原判決において指摘しているように、杉が道南地方に限つて生育し、杉の生育する北限帯であるという意味において、学術参考林として存置しようとするならば、何も本件の土地に限つて存置する必要なく、杉林として現にある他の林地にこれを求めることが容易である。さらにまた本件の土地にしか杉の生育地がないという理由で、学術参考上存置しようとするならば、農耕不適地に生育しているものを存置することによつて、充分目的が達しられるのである。現判決が軽卒にも採用した鑑定人金森功成の鑑定書においても、「但し同通達による特殊優良樹林の説明には「稀な品種である」とか「特殊の工芸用途があるために特別の価値をもつ」とかいう字句があるが、優良の意義がその点にのみ存するものとすれば、当森林はこれに該当しているものとは認められない」と記述している点を看過していると認められるのである。

(3)  原判決理由では「選定基準」の(註二一)に説明している「国民経済的観念とは地方的な特殊優良樹林であつてもこれを存置することが国民経済的に必要である場合を含むものである」とする事項を引用し、本件の杉を「地方的特殊優良樹林である」と断定しているが、「選定基準」第九林業の項の備考(一)に、「三級地にある地方特有の優良な人工材については一般適地調査の際愼重を期するものとする」と書いているように、仮りに本件の土地の杉が道南地方特有の優良な人工林であるとしても一級地(土の性質では最も開墾に適する土地)二級地(一級地に次ぐ開墾適地)は当然に開拓適地として選定され、三級地(一級地二級地に比較して土の性質が劣り開墾適地の中で最も条件の低いもの)のものだけが、適地調査の際愼重を期することが要請されているにすぎないのであるが、原審に於てはこのことも看過している。本件の林地は既に陳述したように、「特殊優良樹林」の要件には全く適合していないから、「地方的特殊優良樹林である」とする根拠がないわけである。

国家的には重要な価値ある林分、すなわち特殊優良樹林とは認めることができないがある地方では生育良好であるから残しておきたいという程度のものは、地方的特殊優良樹林に該当させるべきでなく、「選定基準」第九の備考(一)によつて措置すれば足りるのである。

(4)  特殊優良樹林に該当する林分のうち、要件(二)(三)のような特殊の工芸用途や利用上他にかけがえのないもの等は、その林分に限つて殆んど存置せらるべきものと思われるが、(一)の他に稀な林相や品種に該当する林分の場合においては、限られた一部分の林地を存置すれば足りるものと解すべきである。

(5)  原判決にいうところの「未だ利用径級に達しておらず成長の途上にある」とか、「治山治水上重要存在意義を有する」というようなことは、特殊優良樹林としての要件に該当しないのである。

(6)  原判決理由においては、本件の土地のから松も含めて「地方的特殊優良樹林」であると認定しているが、文月二〇五番地二〇六番地に植栽されてある十三年以上のから松六町歩余は、活着も管理も生育も極度に悪く、同地方の他のから松に比し、生育最も不良と断定して差支えない。なお文月二〇九番地に植栽されてあるから松十八年生以上三町一反歩余の林分は生育良好と認められるが平坦で地味肥沃な開墾適地であるから、前述のように治山治水にも水源涵養等にも無関係で既に杭木として充分利用できる状態に達しており、昭和二十六年四月以降において、第一審原告はこの部分のから松を相当伐採している事実があるから、原判決理由にある「から松が十二年乃至十四年生であつて未だ利用径級に達しておらず」と認定していることも、著しく事実と相違しているものである。

(7)  原審判決理由においては「当造林地の主要部分は北海道において道南地方においてのみ生育しうる杉である」としているがこれは事実に目を蔽つたものというべきである。杉は独り道南地方に限つて生育しているものでなく、たとえば札幌市円山公園には優良な杉林があり、日高地方(静内町門別村等)においても杉は立派に生育している事実を知らなければならない。只道南以外の地においては、杉の活着割合も低く、経済林としてはむしろ他の針葉樹が有利であるために、杉は植栽されていないのである。

四、第一審原告等の主張の矛盾と本件訴願裁決の適法性について。

(1)  第一審原告等が本件の林分を「選定基準」第九林業の項にいう「特殊優良樹林」であり「治山治水上重要な山林である」とする限りにおいては、稲川広光が原審の本人訊問において陳述している杉の伐期五十年に達するまで撫育することに努めて、「特殊優良樹林」であることの真価を発揮するよう努力すべきであつた、しかるに昭和二十四年十二月十日(本訴提起後)北海道農地委員会告示第六十五号に基いて、同委員会が入植者の建築用材としての必要から買収計画を公告した文月二〇六番地の杉の三十四年生位のもの七百八十八石、とど松三十四年生位のもの四十石合計八百二十八石約五反歩については、第一審原告等は他人に売却したとして昭和二十五年三月初旬頃悉く伐採搬出させてしまつた事実があつた。さらにまた前述のように文月二〇九番地に成育途上の十八年生位のから松を伐採しつつあるということは第一審原告等の主張するところと著しく矛盾し、所有者である第一審原告等の経済的都合によつて何時でも伐採され、その存置した目的を達することができないという事態に逢着せざるをえないのである。

(2)  本件の土地を含む大野村字文月向野地区約五百五十町歩を開拓適地として買収すべきか否かについて、昭和二十三年十二月九日及び十日の両日、北海道開拓委員の学識経験者四名、北海道農地委員四名、道開拓部の用地課長等斯界の権威者が詳細現地調査を実施して、開拓適地として買収することを定めたものであり、第一審原告等の訴願裁決に当つても、農林省内において「開拓適地選定基準」作成の衝に当つた林野庁宮下技官、園井技官、開拓局佐々木技官を交え道林務部長、開拓部長その他林務開拓両部の責任ある職員が加わつて愼重審議し、特殊優良樹林でもなく治山治水上の悪影響もないことにつき完全に意見の一致を見て、第一審被告は訴願の裁決を行つたものであるから、同法や「選定基準」に違反するような違法の生ずる余地はないのである。

(3)  これを要するに、原審においては、同法の所期する目的とその解釈を誤り、次官通達の意図するところを的確に把握して、林業開拓両部門の行政の最高機関相互において愼重協議の上意見の一致を見て処分されたこと、及びその担当する職務上の責任において宣誓の上陳述している佐々木即証人の証言を否定する等事実誤認、採証の法則を著しく誤つているものといわざるをえない。(立証省略)

理由

別紙目録記載第一の(一)の各土地が第一審原告稲川広光、同第一の(二)及び第二の(一)の各土地が第一審原告稲川広光、同第一の(二)及び第二の(一)の各土地が第一審原告稲川広幸、同第二の(二)の土地が第一審原告稲川広政の所有に属していたこと、北海道農地委員会が昭和二十四年一月二十二日右の各土地について自作農割設特別措置法第三十条による買収計画を定めたこと、第一審原告等が法定の期間内に北海道農地委員会に対して右買収計画につき異議の申立をなし同委員会が昭和二十四年三月八日異議申立却下の決定をなしたこと、第一審原告等が法定の期間内に異議申立却下決定を不服として第一審被告に対して訴願を提起したところ、第一審被告が昭和二十四年六月二十五日訴願棄却の裁決をなしたことは本件当事者間に争のないところである。

よつて北海道農地委員会が昭和二十四年一月二十二日なした前記農地買収計画が違法であるかどうかの点を判断する。

第一審原告等訴訟代理人は別紙目録記載第一の(一)の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)、同第二の(一)(二)の各土地が農耕不適地であると主張するけれども、成立に争のない乙第三号証の一乃至四、第五号証、第七、八号証に原審に於ける証人西野政志の証言、鑑定人瀬尾春雄の鑑定の結果、原審及び当審に於ける各検証の結果を綜合すれば、右第一の(一)の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)の土地は土性、土層関係がいずれも昭和二十四年一月十八日附二四開第六三号「開拓適地選定基準に関する件」(以下「選定基準」と略称)第八にいわゆる一級地に該当する農耕適地と認められるので、その一部に湿地帯や砂礫地があつても排水や除礫によつて生産性の高い農耕地となるものと認められるし、右第二の(一)の土地も表土は腐蝕に富む壤土であり下層は埴壤土となり粘土分を含んでいるので農耕適地と認められる。また右第二の(二)の山林中約八割が「選定基準」第八にいわゆる四級傾斜地で農耕不適地であることは争ないが、この部分は自作農創設特別措置法第三十条第一項第七号の規定によつて買収計画が定められたこと明かで、しかも「選定基準」第十四にいわゆる放牧採草地、自家用薪炭林、宅地等としての各要件をみたしていることは前記各証拠によつて認められる。したがつて右各土地が農耕不適地であることを理由として本件買収計画を違法なりとする第一審原告等の主張は採用できない。

次に本件地上の杉及びから松の樹林が「選定基準」第九にいわゆる特殊優良樹林に該当するかどうかの点を検討する。そもそも「選定基準」第九にいう特殊優良樹林とは天然林、人工林の如何を問わず(一)その林分が他に稀な林相や品種の優良林であるか、(二)またはその林分が特殊の工芸用途があるために特別の価値をもつ優良林であるか、(三)若しくはその林分が利用上他にかけがえのない優良林であることを要するものであつて、右(一)(二)(三)のいずれかの要件をそなえていなければ、いかに生育状況が優良であつてもこれを特殊優良樹林というわけには行かないのである。而してその林分が他に稀な林相や品種の優良林とは森林の構成状態が他にあまり類例を見ない立派なもの、またはその品種がわが国特有のもので林業上または学術研究上わが国に存置する必要あるものを指すと解すべきである。これを本件について見るに、第一審原告等主張の土地にそれぞれその主張のような杉及びから松の人工林があり、その成育が良好であることは争のないところであるが、当審における鑑定人鈴木尚夫の鑑定の結果に、原審及び当審における各検証の結果及び証人佐々木即、西野政志の原審及び当審における各証言を綜合すれば、本件地上の杉及びから松はいずれも生育に非常なむらがあり、且つ管理が不十分なために、最も優良な生育状況を示している部分においてさえ、それに相応する優良な林相を示すまでにはいたつておらず、森林の構成状態は北海道内の他の樹林と比較してさえ特に優良だとはいわれないし、品種としてもわが国特有のもので林業上または学術研究上わが国に存置する必要あるものとは認められずもとより特殊の工芸用途があるために特別の価値をもつ優良林にも、利用上他にかけがえのない優良林にも属しないものと認められる。当審における鑑定人日比野宏の鑑定の結果竝びに原審証人高野光彌、本野丈太郎の各証言中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。そうとすれば本件地上の杉及びから松は「選定基準」第九にいわゆる特殊優良樹林に該当しないものというべきである。

なお第一審原告等は「地方的特殊優良林」ということを主張しているけれども、「選定基準」第九において開拓適地に選んではならないとされるものは、いわゆる特殊優良樹林に該当する林分のある土地であることを前提とし、かかる土地でしかも国民経済的観点(註二一国民経済的観点とは地方的な特殊優良林であつても、これを存置することが国民的に必要である場合を含む)から特に存置を要すると認められるものである。すなわち本件の場合のように特殊優良樹林に該当しない林分のある土地については、右の国民経済的観点、したがつて註二一の問題を生ずる余地がない。それは「選定基準」第九の備考(一)の問題を生ずることがあり得るに過ぎない。また第一審原告等は未利用径級の造林地であることを主張しているけれども、未利用径級の造林地に対する買収計画は何等違法ではなく、ただ「選定基準」第九の備考(二)により、遠からず利用径級に達すると認められるものについては、その地区の開拓計画に重大な支障をきたさない限り、伐採を可及的に延期するよう措置すれば足りるのであつて、本件においてもこの措置のとられたことは第一審原告等の自認するところである。

すなわち特殊優良樹林であることを理由として本件買収計画を違法なりとする第一審原告等の主張もまた排斥を免れない。さらに第一審原告等訴訟代理人は本件山林は治山治水上欠くことができない旨主張しているが、前掲各証拠を綜合すれば本件林地のうち文月川及びガビノ川に集水されると推定される面積はそれぞれ約一町九反及び約二、五町乃至三町程度であり、これ等の河川の流水量はその大部分が本件土地よりはるかに上流の集水区域から供給されているから、このような下流に位する小面積の山林が水深涵養または流水量調節の作用に重大な役割をもつことは考えられず、本件山林の伐採は治山治水に殆んど影響なく土地保全の目的に支障がないことが認められる。当審における鑑定人日比野宏の鑑定の結果及び証人神谷如意の証言中右認定に反する部分は措信しない。したがつて本件山林が治山治水上欠くことができないという理由で本件買収計画を違法とする第一審原告等の主張も容るるに由ないものといわなければならない。

つぎに開拓適地の選定を行う手続上の瑕疵について判断するに、「選定基準」第二によれば、都道府県農地委員会が開拓適地の選定を行う場合の手続として(イ)現地調査の際の主任者は、訓練された技術者であつて、専門学校若しくは大学で農業若しくは林業の学科を専攻したもの、または農林関係の実業学校を卒業後三年以上農林技術の実務の経験あるものでなければならず、(ロ)土地の性質に関する調査に際しては、技術員は検土杖(検土杖がないときは穿孔する)と傾斜測定器とを用うるほか調査測定地点を充分に調査してその判断の正確を期さなければならないのである。いまこれを本件についてみるに、当審証人西野政志、斎藤亀五郎、佐藤禄太郎の各証言に成立に争のない乙第三号証の一乃至七及び弁論の全趣旨を綜合すれば、本件現地調査の際の主任者は土地調査課選定係長地方技官弓田晃(北海道大学農学部卒業)であり、同人は自ら現地に臨んで調査にあたるとともに技術員たる地方技官西野政志等をして調査を実施せしめたこと竝びに土地の性質に関する調査に際しては技術員たる西野政志が検土杖と傾斜測定器を用いたことが認められるのであつて、開拓適地調査報告及び復命書が西野政志名義となつているからといつて、調査の主任者が同人であると断ずるわけにゆかず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。そうとすれば、本件開拓適地の選定手続には第一審原告等主張のような瑕疵はなく、この点に関する主張もまた理由がない。

以上説明のとおり本件農地買収計画竝びに訴願棄却の裁決には第一審原告等の主張するような違法はないから、右農地買収計画竝びに訴願裁決の各取消を求める本訴請求はすべて棄却せらるべきである。

よつて民事訴訟法第三百八十五条、第九十六条、第八十九条、第九十三条を適用して主文のとおり判決する。(昭和二七年一月三〇日札幌高等裁判所第二部)

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