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札幌高等裁判所 昭和26年(ネ)125号 判決 1952年1月11日

控訴人 原告 山内完治

訴訟代理人 西村卯 外二名

被控訴人 被告 生駒一郎

訴訟代理人 水戸野百治 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、原判決を取消す、控訴人が被控訴人に対し札幌市南三条西三丁目十番地の四宅地四十四坪の内北側間口三間半奥行五間五厘の宅地につき賃借権を有することを確認する、被控訴人は控訴人に対し右宅地を空地にして引渡せ、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする、との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方はそれぞれ原判決事実摘示の通り述べた外に、なお次の如く述べた。

(控訴人の陳述)

控訴人は昭和二十三年九月十四日に相手に到達した書面で、当時の本件土地所有者山本好猪橋本元蔵に対し賃借の申出をなし、右両名は三週間内に拒絶の意思表示をしなかつたのであるから、罹災都市借地借家臨時処理法(以下処理法と略記する)第二条により、その申出を承諾したものとみなされ、控訴人はこれによつて優先的賃借権を取得したのであり、この賃借権は、その後に本件土地所有権を取得した被控訴人に対抗できる。故にもし、原判決摘示の如く昭和二十一年八月六日札幌区裁判所に於て成立した調停によつて賃借権を取得したと云う控訴人の主張が採用されない場合には右の賃借権を主張する。

訴外株式会社三信がその主張の如く本件土地を被控訴人から買受けて所有権を取得した事実は知らない。

(被控訴人の陳述)

控訴人が前記の如く当時の土地所有者に賃借の申出をした事実は認めない。

処理法第十条に規定されている昭和二十一年七月一日から向う五ケ年の期間は昭和二十六年六月三十日で満了したが、被控訴人はその後の昭和二十六年七月三十一日に被控訴人は訴外株式会社三信に本件土地を売渡し、同会社は同年八月二十三日所有権取得の登記を受けた。故に仮に控訴人がその主張のような賃借権を取得したとしても、それを右訴外会社に対抗できない。

証拠として、双方当事者はそれぞれ原判決事実記載の通り書証の申出、当事者本人の訊問の申立、相手方提出の文書の認否援用をした外に、控訴人は控訴人の本人尋問を申立て、乙第七号証の成立を認め、被控訴人は乙第七号証を提出し、被控訴人の本人尋問を申立てた。

理由

控訴人が昭和十三年五月一日に、控訴人主張の土地を含む札幌市南三条西三丁目十番地の二宅地百三十五坪の内北側約二十四坪を建物所有の目的で賃借し、その地上に家屋を所有していたことは争がない。

右の控訴人所有の家屋が昭和二十六年六月中防空法に基く北海道庁長官の建物除却命令により除却されたことは争がないが、その際控訴人が右の借地権を抛棄したか否かが争点である。その際控訴人が借地権の補償と云う名目をつけた金を受領したこと或は借地権抛棄の明示の意思表示をしたことを認める証拠はないが、控訴人が北海道庁から建物の移築費移転費営業補償金を受領したことは原判決理由説示の通りである。元来、建物所有を目的とする借地関係にあつては、経済上借地権と建物所有権とは一体をなしており、借地権を伴わない家屋は家屋としての価値はない。だから世上の取引で借地上の家屋を売却する場合には借地権も買主に譲渡されるが代金は家屋の代金として支払われ、借地権の代金を別に支払わないのが例である。これを本件について見るに、控訴人は建物の移築費及び営業補償金を支給されており、これによつて、建物及び之に伴う営業居住を移転したのであるから、ここに暗黙に借地権抛棄の意思表示があつたとみとめるのを相当とする。何分当時は戦争中であつて、とかく個人の権益が軽視されていたため、疎開の補償の手続にも明確を欠くものがあり、また補償の金額も十分ではなかつたと推察される。さればこそ、ここに処理法制定の理由が存するのであつて、本件のような事実によつて借地権を失つた者に優先的賃借権を得しめる途が開かれたのである。以上の通り控訴人の疎開当時の賃借権は消滅したものと認めるから、原判決事実摘示(二)(三)(四)に記された被控訴人の抗弁は判断する必要がない。

昭和二十一年八月六日札幌区裁判所で控訴人と被控訴人との間に、被控訴人は控訴人に対し控訴人主張の北側間口三間半奥行五間五厘の範囲の土地を賃貸する旨の調停が成立したことは争がない。しかし控訴人が建物疎開以前に有していた借地権は建物除却の当時に消滅したこと前記の通りであるから、控訴人は処理法第十条に云う引続き疎開建物が除却された当時から借地権を有する者に該当しない。そうして調停によつて生じた控訴人の賃借権はその登記がなく、またその地上に登記された建物もないのであるから、その後係争の土地を買受けて所有権を取得した被控訴人に対抗できない。

そこで、控訴人が予備的に主張する処理法の適用に関する点を判断する。控訴人は冐頭説示の通り、札幌市南三条西三丁目十番地の二宅地百三十五坪の内北側約二十四坪に対し疎開建物が除去された当時借地権を有したものであるから、同法第九条及第二条により他の者に優先してその土地を賃借し得る者に該当する。処理法が札幌市に施行せられたのは昭和二十一年九月十五日であつて、右の調停が成立したのは之に先立つ同年八月六日である。また右の調停で控訴人が賃借した土地の区域は以前の借地の区域と喰違いがあり坪数は減少しているがこれは隣地の借地関係とまた以前の借地の一部が都市計画に編入されたため区域に多少の変動が生じたのであつて、当事者双方は従前の借地関係に因んで、また近く処理法が施行されることを知つて互に譲歩した結果調停が成立したものであることは甲第五、六号証同第九号証及乙第一号証によつて明かである。要するに処理法第二条に規定された賃借権が処理法施行前に当事者の合意によつて成立したわけである。かくの如くその合意は処理法施行前に成立したのであるから、その合意によつて当事者の取得した権益は処理法によつて変更されない(不溯及の原則)。しかしその施行後同法の規定する借地関係に新たな事実が発生したときはそれに対しては処理法の適用があると云わねばならない。被控訴人が、控訴人の賃借した土地を含む四十四坪の土地を山本及び橋本両名から昭和二十三年十一月十三日に買受けてその所有権を取得したことは争がないから、控訴人が被控訴人にその賃借権を対抗し得るか否かについては処理法を適用せねばならぬ。同法第二条に規定する賃借権が、その後にその土地の所有権を取得した者に対し、賃借権の登記或は建物所有権の登記がなくても、対抗できるか否かについては明文の規定はないが、第二条に規定されている優先的性質にかんがみ、また同法第十条を類推して、昭和二十一年七月一日から五ケ年内は対抗できるものと解すべきである。それ故控訴人の賃借権は被控訴人に対抗できるものと云わねばならぬ。

訴外株式会社三信が昭和二十六年七月三十一日本件土地を被控訴人から買受けてその所有権を取得したことは乙第七号証によつて明かである。その所有権取得は、昭和二十一年七月一日から既に五ケ年を経過した後のことであるから、控訴人は被控訴人に対して有する賃借権を右訴外会社に対抗できないのであつて、従つて賃貸借関係は右訴外会社に承継されず、依然控訴人と被控訴人との間に存続する。しかし被控訴人は本件土地を右訴外会社に譲渡した以上これを控訴人に使用させることはできないから、被控訴人の賃貸人としての債務は履行不能となつたわけである。故に被控訴人に対し、土地の引渡を求める控訴人の請求は理由がない。次に、以上認定の事実によれば右の履行不能は被控訴人の責に帰すべき事由に由来するものであるから、控訴人は被控訴人に対し損害賠償の債権を有するわけであつて、控訴人の有する賃借権は、現在では、右の損害賠償債権の一つの構成要件となつてしまつたわけである。故に、賃借権の確認の請求もまた、確認の利益がないと云う点で、棄却を免れない。

以上の次第であるから、控訴人の請求を棄却した原判決は相当である。よつて本件控訴を棄却し、控訴費用は民事訴訟法第八十九条により、主文の如く判決する。

(裁判長裁判官 浅野英明 裁判官 熊谷直之助 裁判官 長友文士)

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