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札幌高等裁判所 昭和27年(う)168号 判決 1952年6月25日

控訴人 被告人 近藤勲

弁護人 宇山定男 外二名

検察官 金井友正関与

主文

原判決を破棄する。

本件公訴は之を棄却する。

理由

弁護人宇山定男同大塚守穂同大塚重親の控訴趣意は同人等提出の各控訴趣意書(大塚守穂大塚重親は連名)記載の通りであるから引用する。

弁護人宇山定男の控訴趣意第一点乃至第三点及弁護人大塚守穗同大塚重親連名の控訴趣意第一点について。

強姦罪は被害者の名誉を尊重するたて前から被害者等告訴権者の告訴を起訴の要件とする親告罪である。従つて強姦の目的に出でた暴行であつても強姦に着手する以前の予備的行為であれば強姦罪の一部とはならないからそれ自体独立して起訴の対象となり得ることが考えられるがすでに強姦に着手し被害者の反抗を抑圧する直接の暴行と見られるに至つた場合は強姦罪の構成要件の一部であるから之を強姦罪より切り離して他の罪名の下に起訴することは強姦罪を親告罪とした前記立法の趣旨より許されないものと解すべきである。記録並びに原審で取調べた証拠を精査するに本件起訴は暴力行為等処罰に関する法律違反の暴行に関するものとはなつているが右暴行は原判示日時畑中澄男、堀幸次、佐藤広明、竹田達夫、本間利夫等が増毛町大字元阿分村阿分青年会館内に於て映画観覧中の小野ミヤ(当二十年)を姦淫しようと謀り予て同女と知合である畑中は事を構えて同女を右青年会館横の記念碑のところに誘い出したところ折から同所に行合わせた被告人は右企てを知つて之に加担し右畑中、堀外三名と共に不穏の気配を察して逃がれようとする同女を其場に押倒し其処より約八米を距てた鉄道線路脇の草原に引摺つて行き仰向けにして抑え付けズボン等を無理に剥き取つて下半身を裸体にしすかさず堀幸次は殆んど抗拒不能に陷つていた同女の上に乗り其両手を抑えて姦淫し其間残る被告人等は姦淫の順序を決め続いて順次同女を強姦した事実を認めることが出来る。右の事実によれば被告人が小野ミヤを青年会館横の記念碑のところから僅かに八米余より距たつていない鉄道線路脇の草原迄引摺つて行つた行為は明かに強姦の為めの直接の暴行であつて強姦の予備的行為であるとは到底考えられない。然らば本件起訴は前段説示するところに照らし切り離すことの出来ない強姦罪の一部である暴行のみを強いて其対象とした違法の手続であると云わなければならない。本件に於ける原審検察官が何故強姦罪として起訴しなかつたか記録上これを確認する由もないが恐らくは強姦罪につき告訴がなかつたか又は告訴の取下げがあつた為めであろうか同検察官に於て被告人の犯行の情状犯罪地の風儀の粛正等の見地から已むを得ずかかる処置に出でざるを得ず又原審裁判官が之を認容せざるを得なかつた事情は了としないでもないが、結局原判決が起訴に係る暴行行為を強姦罪の事前行為と認めて暴力行為等処罰に関する法律違反罪に問擬したのは事実の認定を誤りそれが判決に影響を及ぼすことが明かであるから論旨理由あり原判決は破棄を免れない。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十二条により原判決を破棄し同法第四百条但書により更に判決する。

本件公訴事実は起訴状記載の通りであるが前記説示の如く公訴提起の手続が其規定に違反し無効であるから刑事訴訟法第三百三十八条第四号により本件公訴を棄却すべきものとする。

よつて主文の通り判決する。

(裁判長判事 黒田俊一 判事 佐藤竹三郎 判事 東徹)

弁護人宇山定男の控訴趣意

原判決は証拠の判断を誤り事実を誤認し法律の適用を誤つたものである即ち

第一点原判決は弁護人の本件判示処為は強姦罪の構成要件の一部であるとの主張に対し強姦罪の構成要件である被害者の反抗を抑圧する為の手段でなく其の事前の行為であるとしているけれども原判決の挙示する証拠、即ち被害者小野ミヤの検察官に対する供述調書(第一、二回)の各供述記載、堀幸次、畑中澄男の検察官に対する供述調書謄本の供述記載、司法警察官作成の実況見分調書中の記載並に同調書の添付見取図及写真、被告人の検察官に対する供述調書の記載によれば右処為は強姦に接着してなされた行為であり、姦淫中の被害者の反抗を抑圧する行為と区別すべきものではなくその一部をなすものであること明らかである、右は姦淫中の行為でないかも知れないが強姦の着手の段階にあり着手の段階にあるものは犯罪行為中に含まるるものである。之を被告人の意思より見るも又場所的時間的に見るも本件姦淫に極めて接着して居り姦淫中の被害者の反抗を抑圧する行為と区別して考えるべきではない。即ち被告人は他の五名と共謀強姦の意思を以て判示処為後姦淫したものであること前記証拠によつて明かでありその暴行に着手してから姦淫の場所迄は僅か八米時間にしてもせいぜい一分とはかからない。これを本件強姦中の被害者の反抗を抑圧する行為より区別し論ずることは甚だしく技巧的に過ぎる。強姦罪に於ける被害者の反抗を抑圧する行為とは之を姦淫中のそれに限るべきではなくそれに接着してなされたる暴行も強姦罪の一部をなすものである。もし原判決の如く云い得るとすれば総ての強姦に於て告訴なくも暴行罪として処断せられることになりその不当なること論を俟たない。従つて原判決には判決に影響を及ぼすべき重大なる事実の誤認がある。

第二点原判決は右第一点に述べた様に弁護人の主張を却け其の判示処為は強姦罪の構成要件ではなくその事前の行為であるとしているのであるが何故に然るかを説明していない。独断的にその事前の行為なりとして居るけれども本件の様な場合にはそう断定するには強姦罪の構成要件である被害者の反抗を抑圧する行為と一応分離して観察することが出来る理由を示さねばならない。故に原判決には理由不備が存するものと思料する。

第三点原判決は法律の適用を誤つて居る。原判決は被告人の処為に対し暴力行為等処罰に関する法律を適用して居るけれども、右に論じた如く本件被告人の処為は強姦罪の一部であるから右法律を適用すべきものではない。右法律第一条第一項は刑法処定の一定犯罪につき一定条件の下に加重して居るのであつて、右法律第一条第一項に掲げていない犯罪には右法律第一条第一項は適用はない。刑法犯罪と右法律の犯罪とは二者択一の関係にあり、重畳的に即ち一個の行為にして刑法上の犯罪と右法律の犯罪との二個の罪名に触るる場合を生じないのである。本件は強姦についての一部起訴であり而も起訴条件を欠いているものであるから、公訴を棄却すべきものであつたものである。

抑々強姦罪について告訴を俟つて論ずべき事にしたのは被害者の利益を考慮したものである。強姦は被害者にとつても甚だしい恥辱である。被害者の意思に関係なく処罰するとすれば被害者は必ず証人として取調を受け場合によつては公判廷で取調を受けることになるがこれは婦人である被害者の羞恥心のよく耐え得るところではない。又それによつて被害者が世間へ知られ度くない事実を知らしめることになり被害者の名誉を損することにもなるから親告罪としたものである。而して斯る被害者を保護すべき事情はそれが一人によつて強姦のなされたと又多数によつてなされたとを問わない。又一部起訴によつて被害者の前記利益が害せらるる虞なしと云い得べきものでもない。

弁護人大塚守穂、同大塚重親の控訴趣意

第一点一、本件は公訴を棄却すべき事件である。原判決は「被告人は、畑中澄男、本間敏雄、佐藤広明、竹内達夫、堀幸次と共謀して昭和二十六年十一月二十二日頃の夜増毛郡増毛町大字元阿分村元阿分青年会館横記念碑横から小野ミヤの両手をつかんでひつぱり背後から押して約八米余を距つた鉄道線路脇の草原まで引ずつて行く等の暴行を加えたものである。と認定し暴力行為等処罰に関する法律第一条第一項を適用し被告人を懲役一年に処したのである。しかし乍ら右の暴行は被告人を含む六名の者が、小野ミヤを姦淫する目的をとげる手段方法としてなしたものであるから強姦行為の一部である。右強姦罪については公訴提起前に告訴が取下げられ、公訴権が消滅した。強姦罪において告訴が取消されたのに拘らず、その構成要件(強姦罪は当然に暴行を含んで成立する)の一部である暴行の事実についてのみ起訴することは許されないものである。(同旨判例、広島高等裁判所昭和二十五年(う)第六六四号、同二十五年十二月二十六日第一部判決「強姦未遂の場合告訴がないのに拘らず構成要件の一部である脅迫の事実についてのみ起訴することは許されない。」)。

二、原判決には被告人の所為は強姦罪の構成要件である被害者の反抗を抑圧するための手段ではなく、その事前の行為である」と示されているが、証拠を参照すると、本件暴行が強姦の目的をとげるためになされていることは明かである。畑中澄男の供述調書によれば、映画館の中で「スケ(女)をヘガス(強姦する)べ」と話合つて小野ミヤを外に連出したのである。被告人の供述調書によれば、「石碑の蔭の方に女と……と三人おつて何か話しておるのを認めました。私は本間に何をしておるのかと聞いた処本間は今あのスケをヘガスのだお前も一緒にやらないかと云うので私も変な気になり四人と一緒にその女を強姦する決心をし」て原判決認定の様な暴行行為をしてその場で女を姦淫したのである。被害者小野ミヤの供述調書によつても、「その中に又、三、四人若い男が来てかがんでいた私を手足を取つて仰向に押倒しました。私は助けを呼ぼうとしたのですが目を塞がれたり首を押えられたり又口を塞いで声を出せないようにした上そこから二、三間位はなれた、鉄道線路の土手下に私を運び仰向に押えつけて私のズボンとズロースを無理に脱がせ腰から下を裸にしてしまいました」とあり起訴状にとりあげられている暴行行為は姦淫行為の事前に行われたことではあるが、姦淫のためになされたものであることに間違いない。強姦罪は暴行又は脅迫を以て婦女を姦淫するときに成立するのであつて、暴行脅迫と姦淫との間に因果関係を要する反面において両者間に因果関係があれば、その暴行脅迫は強姦罪の中に当然包含せられ別個独立に暴行、脅迫罪には問擬すべきものではない。原判決は本件暴行は「事前の行為である」と言うけれども、姦淫行為終了後の暴行であれば強姦罪に吸収されず、別罪と言われるが姦淫終了前に姦淫の目的のためになされる暴行は強姦罪を形作るものなのである。而して強姦の手段としての暴行は女の抵抗を排除するためになされることあり、抵抗を困難ならしめるためなされることあり、他人の耳目にふれて妨止されることのないためになされることあり、姦淫を承諾、忍受せしめるためになされることもあるのである。原判決の暴行として認定した事実と起訴状の事実とくらべると「仰向けに押倒す」行為を判決では除いてある。これは強姦の手段と見られたためであろうか。しかしこの様に区分することは不合理であると思う。原判決認定の暴行事実は「小野ミヤの両手をひつぱり背後から押して約八米余を距つた鉄道線路脇の草原まで引ずつて行つた」と言うことであるが、被害者小野ミヤの供述調書によると手足を取つて(抵抗排除のため)目をふさがれ(抵抗困難ならしめるため)口をふさいで声を出させないようにし(他人に聞えて妨げられないため)二、三間位はなれた土手下に運ばれた(通行人等の目にふれて邪魔されない場所へ行き、又姦淫しやすい体位、姿勢を得るため及び姦淫を忍受せしめるため)と言うことで、その一連の行為は専ら姦淫の目的の暴行行為である。これを強姦の手段たる暴行でなく強姦罪を構成する暴行でないと論ずることは事実を誤認し、法律の解釈を誤つたものというべきである。

三、暴行行為等処罰に関する法律(以下本法と称する)第一条の罪は親告罪でないから、強姦の際になされた暴行が本法第一条違反の構成要件に該当する場合は、強姦罪に対する告訴が取消された後に本法違反として公訴を提起しても訴訟条件を欠くものでないとの説がある。しかしその見解は誤りである。(イ)刑法第二百八条暴行の罪は親告罪でない。(ロ)強姦の罪を犯した者を一行為で刑法第百七十七条と刑法第二百八条の二罪名にふれるものとして、第五十四条を適用することは誤りである。即ち刑法第二百八条所定の罪の構成要件は刑法第百七十七条(暴行をもつて十三才以上の婦女を姦淫したる罪)の構成要件中に全部包含せられるので、強姦の場合は百七十七条の単純一罪を構成するものであり、一個の行為で二罪名に触れるものとして刑法第五十四条第一項前段を適用すべきものでない。(別紙判例(一)参照)(ハ)強姦罪の処罰規定(刑法第百七十七条)は単独犯行の場合と数人共同して強姦罪を犯した場合とを共に含む規定である。輪姦も本条によつて処罰される。(ニ)本法第一条第一項は刑法第二百八条(暴行)、二百二十二条(脅迫)、二百六十一条(毀棄)の罪の刑を加重する規定であつて独立別個の罪でない。(別紙判例(一)参照)(ホ)本法第一条第一項の方法により刑法第百七十七条の罪を犯した場合には、本法に処罰規定がないから専ら刑法第百七十七条を適用処断すべきである。(別紙判例(二)参照)(ヘ)住居侵入強姦の場合 住居侵入は全く強姦罪の構成要件外であるから、他人の住居に侵入して強姦した場合に、強姦の告訴がなくとも、住居侵入の公訴を提起し得る。暴行は強姦罪の構成要件そのものであるから、住居侵入とは趣を異にする。

四、以上の次第であるから、原判決を破毀し被告人に対する強姦罪告訴取消の事実を御取調の上公訴を棄却せられたい。

第二点<省略>

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