大判例

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札幌高等裁判所 昭和28年(う)160号 判決

論旨は被告人が営業として行つていた、A、B、C三色ゲームの遊戯場は昭和二十六年十二月十九日留萠市公安委員より許可を受けていたものである。然るに原判決はこの許可の事実を認めていないのは事実を誤認したものである。というのであつて、被告人が所論のような許可を受けていたことは原判決挙示の証拠により認められるが右許可には一定の条件が附されているのである。若し被告人が許可条件に従つた営業であれば違法性を阻却するものであるが原判決は「被告人が許可の条項を厳格に守つて営業して来た場合は犯罪の成否について考究すべき点もあるが被告人はその営業許可の条項を守らず許可の営業形式を利用して、判示のように賭博行為をしたもので、その行為が犯罪を構成するのであるから」と判示しているのであつて、許可外の行為を賭博罪に問擬していることが明かであつて、原判決挙示の証拠によると原判示事実のような競技方法が許可されていないことが明かであるから、原判決にはこの点の事実の誤認はない。論旨は明瞭を欠くも単に被告人が所論のように遊戯場の許可を受けていたものであるという事実のみをいうのであれば、かゝる事実は罰となるべき事実でなく、また判示を要する重要な事項でもなく情状に過ぎないものであるから必ずしも判示を必要とするものではない(原判決は被告人がA、B、C三色ゲームの遊戯場の許可を受けていたことは認めていることが判文において窺知できる)からいずれにするも論旨は理由がない。

同第二点について。

論旨は本件のA、B、Cなる遊戯は偶然の輸贏に関していないのに原判決が偶然の輸贏と認定したのは事実を誤認したるものである。というのであるが、原判決挙示の証拠によると本件A、B、C三色ゲームの設備としては摺鉢型台の底平面下にゴムボールの落ち込む程度の寸法の穴が三十個あるボール受けを取付け右三十個の穴を青色(A)十四個、白色(B)十四個、赤色(C)二個の色分けをしたもので勝負を決する方法は十個のゴムボールを右ボール受けに転じ込ませ、そのボールがA、B、Cの穴に入る数によつて決するものであることは所論のとおりであるが、客は一人以上で任意に自らの好玉色に任意の額を賭けAにはBが勝つたときは賭けた二倍、Cが勝つたときはその四倍の景品を取得し、営業主である被告人は、客同志が賭けた額が勝者の取得すべき額に足らないときはその不足分は被告人が負担し、余つたときはその分は被告人が取得し、またA、B、Cの何れかの一つに客が賭けなかつたとき、それが勝つたときは客の賭けた額は全部被告人の取得となるものであつて、本件のゲームの方法は客同志及び被告人において確実に予見し又は自由に支配することを得ざる事実に関して勝敗を決する方法であるから偶然の輸贏に関することが明かであるから、原判決が被告人の所為を賭博行為と認定したのは当然であつて、原判決に事実の誤認はない。論旨は理由がない。

同第三点について。

論旨は本件遊戯には賭けられた財物がないのに原判決が財物を賭したと認定したのは事実を誤認したものである。というのであるが、財物を賭するとは現物を賭することを要せず財物の代用物であつてもよいのであつて、原判決挙示の証拠によると、本件ゲームにおいては、三色のうち自ら好玉色の遊戯券を買うのであつて、これは予め賭ける色を定めるためと、現金の代用をするものであつて、その券の表示する額によつて、勝者の取得額が定りその金額に相当する景品又は客の好みによりて景品引換券を被告人から渡しこの引換券で次のゲーム券を買求め得られ或はこれに相当する現金を取得し得るものであつて、本件は自ら好玉色の遊戯券を買うことは、その色に金銭を賭けることでありまたその券は金銭の代用をなすものであるから財物を賭したものというべくそして被告人に敍上第二点に対する説示のとおり客の勝敗に関し財物の得喪を生ずるものであるから正に財物を賭したものというべく、この点においても原判決に事実の誤認はない。弁護人は大審院昭和八年(れ)第一五二八号同年十二月二十二日言渡の判決を援用するも右判決は本件の場合に適切でない。論旨は採用できない。

同第四点について。

論旨は、本件は真の意味における勝敗はないのに原判決が勝敗ありと認定したのは事実を誤認したものである。というのであるが、しかし前第二点において説示したとおり営業者たる被告人も又客の勝敗により財物の得喪を生ずるものであるから危険を負担するものというべく従つてこの点の論旨も理由がない。職権により調査すると、原判決は被告人に対する検察事務官作成の前科調書と被告人が原判示のように営業場を設備して判示の期間多数人を相手として営業の形式により数多くの賭博行為をした事実と原判決挙示の各証拠を綜合して常習賭博と認定し、刑法第一八六条第一項を適用していることが明かである。しかし賭博の常習とは、反覆して常に賭博行為をする習癖をいうものであつて、犯人に賭博の前科あることはその習癖の成立を認める資料となることは勿論であるが、前科の事実を基礎として犯人に賭博の常習あることを推断するには前科間及びこれと現に問擬せられている賭博行為との間に、犯人に賭博の慣行と認むべき時間的けん連関係がありこれを包括して単一なる賭博習癖の発現であると見ることができる場合でなくてはならない。原判決挙示の前科調書によると、被告人は昭和十九年三月十日旭川区裁判所で賭博罪により罰金五十円、同二十一年四月六日同裁判所で同罪により罰金百五十円、同二十五年三月三日留萠簡易裁判所で同罪により罰金三千円に処せられたもので第二犯と第三犯との間には約四年の歳月を経過して居りその間賭博行為をした事跡の認められるべきものがないのでその間に賭博の慣行は中絶していたことが窺われ、また第三犯と本件犯行との間は約一年九月であるけれども本件は留萠市公安委員から許可された遊戯場の営業形式を利用した賭博行為という特殊なものであり、原判示の期間に亘るものではあるが、これにより賭博の習癖が発現したものと認めることは相当でない。従つて原判決が被告人を常習賭博に問擬したのは事実を誤認し且つ法令の適用を誤つたものというべくこの誤は判決に影響を及ぼすことは明かであるからこの点において原判決は破棄を免れない。

(後略)

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