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札幌高等裁判所 昭和28年(う)441号 判決 1953年11月26日

控訴人 原審検察官 今関義雄

被告人 高橋義雄 弁護人 坂谷由太郎

検察官 羽中田金一

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役四月に処する。

但し本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

原審及び当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

検察官検事今関義雄及び弁護人坂谷由太郎の各控訴趣意は各提出の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

検察官の控訴趣意第一点(判決の更正決定は無効の論旨)について、

原判決が被告人を懲役四年に処し、その直後右判決中明白なる誤謬があるとして、原審は、判決主文中「被告人を懲役四年に処する。」とあるのを、「被告人を懲役四月に処する。」と更正決定をしたことは記録上明らかである。右決定の理由は、原裁判所は被告人を懲役四月に処すべきものと判断したが、判決時にこれを四年と書き損じたから更正する趣旨と解せられる。かかる更正決定をなし得ることを明にした規定は刑事訴訟法には存しない。思うに判決書に書き損じがあるときは裁判所の真意とその表示が一致しないのであるが、その前後の記載や判決書全体の趣旨或は記録に徴して、その書き損じであることが判明すると共に裁判所の真意を読み取ることができる場合があり、かかる場合には判決の趣旨内容は、更正をまつまでもなく、その正しきところに従つて理解さるべきは勿論である。この場合の更正決定は念のために真意を明かにするものに外ならず。裁判の内容を変更するものではない。従つて、法規の明文はないが、かかる場合の更正決定は許されるものと解し得るであろう。しかし主文の刑の記載については考慮を要するものがある。すなわち、判決書の理由中の適条の記載により、右適条の法定刑を以つて処断する裁判所の真意は判明するが、その法定刑の範囲内における量刑は裁判所の裁量に属することであるから、量刑に対する裁判所の真意は主文の記載によるの外これを読み取る手がかりはないわけである。(この点は民事判決と事情を異にする。)原判決の理由中には被告人を懲役四月に処すべきものとする旨の記載がないのであるが、かりに之があつても理由の記載と主文の記載といずれが裁判所の真意に合致するのか、およその見当はつくにしても、確実に読みとることはできない。かく考えると、刑の量定に関しては主文の記載を以つて裁判所の真意なりと解する外はないのであつて、従つてその記載を改めることは、判決の内容を変更する結果となるから、かかる更正決定は違法である。よつて、原裁判所のなした更正決定は無効と解すべく、原判決は被告人を懲役四年に処したものとなさねばならない。しかし更正決定が無効だからと言つて原判決を破棄すべきものでないことは言うまでもない。

同第四点(法令の適用の誤)について、

原判決が原判示第二の事実に対して公職選挙法第百三十八条第二百三十九条を適用して懲役刑を選択処断しているが、右第二百三十九条の法定刑は禁錮又は罰金刑であつて、懲役刑は存在しないのであるから禁錮又は罰金刑を選択しなければならないことは所論のとおりである。しかるに原判決が右第二百三十九条を適用しながら懲役刑を選択したのは明らかに法令の適用を誤つたものであるが原判決はこれと住居侵入罪とを併合罪として重い住居侵入の罪の刑に法定の加重をして処断したものと認められるからこの誤は判決に影響を及ぼさないので原判決破棄の理由とはならないから、この点の論旨は理由がない。

しかし職権で調査すると原判決は被告人を懲役四年に処しながら刑法第二十五条を適用し二年間右刑の執行を猶予していることが判文上明かであつて刑法第二十五条を不当に適用したものであるから原判決には法令の適用の誤があり、この誤は明らかに判決に影響を及ぼすものというべくこの点において原判決は破棄を免れない。

同第三点(公訴事実第二の(二)戸別訪問につき無罪とした事実誤認)について、

所論のように原判決が公訴事実中第二の(二)の、被告人は昭和二十七年十月一日施行の衆議院議員選挙に際し北海道第五区より立候補したる共産党日光福治の選挙運動者であるが同候補者に投票を得せしめる目的をもつて、昭和二十七年九月六日選挙人である阿寒郡阿寒村雄別炭山礦員合宿青葉寮第十五号室今野貞雄の居室を訪問して今野貞雄、五十嵐清治に対し「九月八日に雄別小学校で日光候補の演説会をやるから聴きに来てくれ」と申向けて右日光福治の演説会の開催を告知し、もつて戸別訪問をなしたものである。との点についてはその証明が十分でないとして無罪の認定をしていることは原判文により明かである。そこで原裁判所で取調べた証人今野貞雄、同五十嵐清治の供述と、今野貞雄及び五十嵐清治の各検察官に対する供述調書を比較すると、右両名の証人としての公判廷における供述は右両名の検察官に対する供述と一致する部分を除き、今野貞雄は公判廷において、「雨が漏つて困ると話しその後も将棋をやつていた。その外にもその男は何か言つて居りましたが私は聞こうとする気もなかつたので、何を言つたか記憶することはありません」と供述し、また五十嵐は公判廷において、「我々は将棋で夢中でありよく高橋の言つたことを記憶してないが、あかはた新聞の内容について説明していたようでした。この説明以外は別に言わなかつたと思います」と供述しいずれも断定的の表現をしていないのである。そして、同公判廷における検察官と右五十嵐の問答中、問、証人は検察庁で取調べを受けたことがあるね。答、あります。問、その取調の際に申述べたことは真実か。答、ありのままを申述べたものです。と供述し、また被告人との問答において、問、検察庁で申述べたことが今日公判廷で述べたことと忘れたということがあるか。答、或は一部忘れたところもあるかも知れないが全部忘れたということはない。と供述しているのである。一方今野の署名捺印ある検察官に対する供述調書によると同人は「昭和二十七年九月六日午前十一時頃私の部屋へ高橋義雄が入つて来て九月六日に共産党の日光福治候補の演説会が雄別小学校で行われるから聞きに来て下さいと言つたことがありますからそのことについて申上げます」との前提の下に「私達は将棋をしてなお相手にしないでいると、九月八日に五区から立候補した共産党の演説会が雄別小学校で開かれるから聞きに来てくれと言いました。私達はこれには答えませんでした」と供述し、また五十嵐清治の署名捺印ある検察官に対する供述調書によると「私は昭和二十七年九月六日今野貞雄の十五号室へ将棋を指しに行つている際共産党の高橋義雄という男が入つて来て私達に向つて、九月八日に五区から立候補した共産党の日光福治の演説が雄別小学校で行われるからその演説会を聞きに来てくれ、といつて帰つて行つたことがありますからそのことについて申上げます」との前提の下に「私達はそれでも相手にしませんでしたがその男はなお私達に向つて九月八日に五区から立候補した共産党の日光福治の演説会が雄別小学校であるから聞きに来てくれといいました。私は相変らず今野と将棋を指しておりこれには答えませんでした」と供述しているのであつて、いずれも公判期日において、前の供述と相反する供述をしていることが明かである。そこでその真実性につき比較検討すると右今野の検察官に対する供述は昭和二十七年九月十七日であり右五十嵐の検察官に対する供述は同月十六日であつて、被告人が右両名を訪問した日から約十日後の供述であり自己又は他人のため工作を容れる余地のない中にされたものでしかも理路整然として、断定的でありこれに反し右両名の証言はいずれもこれより三ケ月以上を経過した昭和二十七年十二月二十三日の公判期日における供述であり、前記各証言の内容と比較すると、任意に供述したと認められる前の供述たる右両名の検察官に対する供述調書がより以上信用すべき特別の状況があるものと認められる。そして右両名の各検察官に対する供述調書と原裁判所で取調べた北海道選挙管理委員会支局釧路国支部長から検察官に対する衆議院議員候補者についての照会の回報書、阿寒村選挙管理委員会事務局雄別支所作成の証明書、及び原審証人三好亀助の供述を綜合すると、公訴事実第二の(二)の事実が十分認められるのである。しかるに原審はこれを看過して犯罪の証明十分ならずとして無罪の認定をしたのは、事実を誤認したものであり、この誤認は判決に影響を及ぼすことが明かであるから、この点においても原判決は破棄すべきである。論旨は理由がある。

弁護人の控訴趣意中事実誤認の点について、

(イ)所論の要旨は原判示第一の住居侵入の事実について本件礦員宿舎青葉寮の寮内出入は主として寮居住者の承諾さえあれば常識上特別の場合(例えば寮内礦員に用事も、その他関係もなく外部者の出入の如き)を除きこれを不法とするいわれはない。従つて、寮の係員の制止又は制札あるに拘らず出入したことだけでもつてその出入を不法と断ずる訳にはいかない。しかも本件において、被告人は寮入居者たる後藤義雄の承諾を得て寮内に出入をしたものである。というにある。しかし、原審証人後藤義雄の供述によると同人は検察官の「その時証人は高橋と話をしなかつたか」との問に対し、「私は事務室で谷口とは話しておりましたがそのまま事務室に坐つておりましたので高橋とは話を致しませんでした」と述べ又被告人の証人は少し酔つていたが私に対し「どうぞお入り下さい頑張つて下さいと言つた記憶はないか」との問に対し「左様なことを言つた記憶はありません」と供述し後藤義雄が被告人の寮内出入を承諾した事跡は認められないのである。そして原判決挙示の証拠によつて、本件雄別炭礦員合宿青葉寮は建坪四百八坪七合五勺外二階百八十八坪七合五勺計五百九十七坪五合であり寮生の室数は階下十六室二階十六室であり寮生も百人余り居住し、その玄関に入り向つて右側に事務室があり玄関中央に向つて見易く高さ約一尺二寸二分幅約五寸二分の板に「訪問者は必ず事務室に申出下さい、青葉寮舎監」と墨書した立札があり、舎監及び舎監補佐として四名を置いて、外来者がみだりに出入することを禁止していたこと及び当時舎監武田丑造が管理して、谷口憲道はその補佐をしていたものであること、昭和二十七年九月六日被告人は右谷口憲道が制止したのにかかわらず敢えて右寮に侵入したことが認められるのである。

かように、総坪五百九十七坪五合の建物で寮生百人余りの多数人が居住する寮であつて、玄関の右側に事務所を設け舎監及び舎監補佐四名によりこれを管理し「訪問者は必ず事務室に申出下さい」という立札を置き外来者がみだりに出入することを禁止した建物においては、たとえ外来者が管理者の下にある寮生に面会する目的を有する場合でも管理者の意に反し侵入した行為は故なく侵入したものと解すべきであるから、被告人の所為は刑法第百三十条の罪を構成するものというべく従つて原判決にはこの点につき所論のような事実の誤認はない。論旨は理由がない。

(ロ)原判示第二の戸別訪問の事実について、

所論の要旨は日光福治が衆議院議員の立候補の届出をしたのは昭和二十七年九月六日であり、被告人がその届出を知つたのは同日午后九時頃であり選挙運動の開始(演説会の届出)をしたのはその夜中である。被告人が青葉寮に出入したのは同日午后零時前である。従つて被告人が選挙運動をしたとしても日光福治の立候補届出前であり仮りに届出後であつたとしても被告人が立候補の届出を知つたのは同日午后九時過ぎであるから選挙運動とならない。且つ候補者と意思を通じた前であるからいずれの点から言つても選挙運動ということはできないというのである。しかし、選挙運動とは特定の選挙に関し特定の議員候補者のためにするは勿論特定の選挙が客観的に予想されていて将来特定せらるべき候補者の当選を図る目的をもつてする行為をいうものであると解すべきである。それゆえ、選挙運動たると否との区別を立候補届出をもつて標準とすべきでなく、また立候補届出の知、不知、立候補者と意思を通じたと否とにより決すべきではないのである。そして原判決挙示の証拠によると、被告人の原判示第二の各戸別訪問は、昭和二十七年十月一日施行の衆議院議員選挙に際し同年九月五日その立候補届出をした日光福治のために投票を得せしめる目的をもつて、なした行為であつて、しかもそれは右立候補届出の翌日であることが明かである。従つて原判決が被告人の所為を選挙運動と認定したのは正当であつてこの点につき事実の誤認はない。論旨は理由がない。

同控訴趣意中法令の適用の誤について、

しかし立候補届出前の選挙運動たる戸別訪問は公職選挙法第百二十九条及び第百三十八条の違反であつて単一の行為で二個の罪名に触れるものであるから、刑法第五十四条第一項前段によつて処断すべきものであつて公職選挙法第百二十九条のみの違反として処断すべきものではないのである。ところで被告人の原判示第二の戸別訪問が立候補届出の翌日になされたものであることは前段説示のとおりであるから被告人の所為を原判決が公職選挙法第百三十八条違反として処断したのは正当であつて法令の適用に誤はない。この点の論旨も理由がない。

同控訴趣意中訴訟手続に法令の違反の点について、

所論は原審が判決に明白な誤謬があるとして原判決の更正決定をしたのは訴訟手続に法令の違反があり原判決は破棄すべきであるというのであるが、この点に関する判断は検察官の控訴趣意第一点について説示したとおりである。

同控訴趣意中、弁護人は原審弁護人及び特別弁護人の各弁論趣旨は本趣意書主張に反せざる限りこれを援用するというのであるが、控訴趣意書には控訴申立の理由を刑事訴訟法第三百七十七条乃至第三百八十三条に規定する事由に従い刑事訴訟法及び刑事訴訟規則で定める方式により控訴趣意書自体のうちに簡潔に明示し、その他疎明資料若しくは保証書を要するものはこれを添付しなければならないのであつて、原審における弁護人の弁論の趣旨を援用し主張することは許されないのである。従つて右弁護人の主張は不適法であるから援用にかかる主張については判断をしない。

よつて、検察官の控訴趣意第二点の量刑不当に対する判断を省略し刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十条第三百八十二条により原判決を破棄し同法第四百条但書により更に判決する。

罪となるべき事実

当裁判所の認定した罪となるべき事実第一は原判示の罪となるべき事実摘示第一のとおりであつて、その証拠も原判示の第一についての証拠と同一であるからいずれもこれを引用する。

第二、被告人は昭和二十七年十月一日施行の衆議院議員選挙に際し北海道第五区から昭和二十七年九月五日立候補した日本共産党日光福治の選挙運動者であるところ同候補に投票せしめる目的をもつて

(一)昭和二十七年九月六日午前十一時三十分頃阿寒郡阿寒村雄別炭礦員合宿青葉寮第十七号室を訪問して選挙人である斎藤一成、高橋邦太及び飯塚弘雄の三名に対し「九月八日雄別小学校で日光候補の演説会をやるから聞きに来てくれ」と申し向けて右日光福治の演説会の開催を告知し

(二)同日午前十一時頃同寮第十五号室を訪問して選挙人である今野貞雄、五十嵐清治に対し「九月八日に雄別小学校で日光候補の演説会をやるから聞きにきてくれ」と申し向けて右日光福治の演説会の開催を告知し

(三)同日正午頃同寮第二十三号室を訪問して選挙人である松原忠義に対し前記選挙には前記日光福治に投票せられたき旨を依頼し

もつて戸別訪問をしたものである。

証拠

判示第二の事実につき

一、北海道選挙管理委員会支局釧路国支所長から検察官に対する衆議院議員候補者についての照会の回報書

一、阿寒村選挙管理委員会事務局雄別支所作成の証明書

一、原審証人高橋邦太、同飯塚弘雄、同斎藤一成、同松原忠義、同三好亀助の各供述調書

一、今野貞雄、五十嵐清治の検察官に対する各供述調書

を綜合して認定する。

法令の適用

被告人の判示第一の所為は刑法第百三十条に同第二の各所為は公職選挙法第百三十八条第二百三十九条に該当するので、第一の罪については懲役刑を第二の罪(包括一罪)については禁錮刑を選択の上判示第一と第二の罪は刑法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条第十条により重い第一の罪の刑に法定の加重をなした刑期範囲内で被告人を懲役四月に処し情状により刑法第二十五条を適用し本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予するものとし、原審及び当審における訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項に従い全部被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 熊谷直之助 判事 成智寿朗 判事 笠井寅雄)

検察官今関義雄の控訴趣意

第一点原審裁判所のなした原判決の更正決定は無効である。

原判決は曩に懲役四年執行猶予二年の言渡をしているにも拘らず直にこれを懲役四月執行猶予二年の誤謬であるとして更正決定をしているのであるが刑事判決は更正を許さないものと解釈するのが正当であると信ずる。刑事判決に更正が許されるや否やは一箇の問題であるが民事の判決は、明文を以て判決に違算書損其の他之に類する明白なる誤謬があるときは当該裁判所は申立により、又は職権を以て決定により判決を更正することが出来る旨規定せられている(民事訴訟法第百九十四条第一項)が刑事の判決には判決の更正を為し得る旨の明文もなければこれを許す旨の判例もないのであつて刑事判決には更正を許さぬと解釈するのが通説であるからかゝる更正決定は許されない。違法があるといわなければならない(但し団藤重光新刑事訴訟法綱要四訂版百九十三頁参照)。民事の判決に更正決定が許されているとはいえそれは無制限に許されているのではなく裁判所は言渡した判決の内容には覇束せられ、その判断内容までは変更し得ないのであり、更正が許される範囲は極めて限られておりそれは判決の実質を動かさぬ限度において其の表現の明白な誤認の訂正補充が認められるに過ぎない(兼子一民事訴訟法概論三百六十七頁参照)のであつて主文の内容を変更するが如き更正は民事の判決においても許されないものといわなければならない。故に仮に刑事の判決に民事の判決の如く更正決定が許されるものとしても曩に懲役四年執行猶予二年の言渡をしており乍ら直にこれを懲役四月執行猶予二年に更正することは、主文即ち判決そのものを変更することになるから到底許されないものと信ずる。

更に民事の判決において更正決定が許されているのは判決に違算書損、其の他之に類する明白な誤謬がある時はじめて可能である。懲役四年の判決に対し執行猶予を附したことは、執行猶予が三年以下の懲役について認められることより考えれば許されない違法であり判決破棄の理由になる誤りであることはいうまでもないが、それが直に懲役四月の明白な誤謬であることは客観的に判決の全趣旨からは直に明確に看取し得るとは考えられない。

判決は言渡によつて外部的にも効力が生ずるから其の後判決に明白な誤謬があるや否やを決定するのには判決の全趣旨より客観的に判断し、それが如何なる事項を判示すべきで果さなかつたかを明白に看収しうる場合でなけれでならない(兼子一民事訴訟法概論三百六十八頁参照)。然らば懲役四年が懲役四月の明白な誤りであることも判決の全趣旨より客観的に判断して明確に看取しうる場合でなければならないが本件においてはこれが些も懲役四月の明白な誤謬ではあるということは考えられないから更正は許されないのである。又上告裁判所においては判決の内容に誤りのあることを発見した場合には判決の訂正が許される(刑事訴訟法四百十五条)。然し乍らこの場合にも検察官、弁護人、或は被告人の書面(刑事訴訟法規則第二百六十七条第一項)による申立によつて判決によりこれを訂正するのであつて職権により訂正することは出来ないし、況んや決定によつて判決を訂正することは認められておらぬのである。

故に原審裁判所は更正決定をなし得ない事項についてこれをなした違法があるからその決定は無効であるといわなければならない。

第二点原判決の量刑は著しく不当であるから破棄を免れない。

第一、原判決は量刑が不当に重きに失する。原判決の更正決定が無効であることに対する検察官の意見は前記の如くであるが本件の如き住居侵入並びに公職選挙法違反の併合罪についてその最も重い懲役四年の刑を言渡したことは量刑が不当に重いと信ずる。

第二、更正決定が仮に有効であるとし懲役四月執行猶予二年の言渡が原審の言渡であるとすれば原判決の量刑は不当に軽いから原判決は何れの理由よりも破棄を免れない。検察官は被告人に対し曩に懲役六月の求刑をなしたが之に対し原審は更正決定により懲役四月執行猶予二年の判決を言渡し前記のように一部無罪とし、選挙権及び被選挙権の不停止をなした。被告人に対しては実刑を以て臨むべきであり、選挙権及び被選挙権は停止せしめるべきである。即ち(一)住居侵入について。被告人は青葉寮内に不法に侵入しており乍ら二十三号室附近において同寮係員谷口憲道に対し、同人を睨みつけ乍ら「何をこの奴こんな所にうろうろしているのだ」と怒鳴りつけたことは同証人の証言により明らかであるがかかることは自己の不法行為を棚に上げ逆に他人の正当行為を非難しようとする悪質な言動であつてかかる言動こそは舍監の有している寮の管理権を全く無視し、ひいては現行法秩序を無視している不当な言動であるといわなければならない。(二)選挙違反について。又選挙はいかなる場合にも厳正且公明に行われなければならないことはいうまでもないが近時特に公明選挙ということが熱心に叫ばれ国会の品位を高め議員の資質を向上させようと努力されている時被告人の如く他人の管理する建物内へ不法に侵入してまで敢て選挙違反を犯したことは極めて悪質な違反である。(三)被告人が青葉寮内へ不法に侵入したこと及び戸別訪問をなしたことは公廷における各証人の証言により明瞭であるにも拘らず被告人はこれを否認し「不法侵入にならぬ」とか「デツチ上げである」とか主張していることは記録上明らかであるがかかることは被告人において犯行後改悛の情が全く認められぬものと考えざるを得ないのであり又かかる明白な犯行を犯罪にならないと主張している被告人には犯罪を反覆する危険性が充分あることを暴露していると言わなければならない。又被告人は当公廷において独自の意見を立てて現行法秩序を破壊する如き行動をしていることは記録上明らかであつて斯る被告人の法蔑視の行動に対しては厳重にその反省自戒を求める必要があるものと確信する。

第三点原判決には事実の誤認がありそれが判決に影響を及ぼすこと明らかであるから破棄を免れない。

原判決は公訴事実中第二の(二)である被告人が昭和二十七年九月六日午前十一時頃選挙人である青葉寮第十五号室今野貞雄の居室を訪問して今野貞雄、五十嵐清治に対し「九月八日に雄別小学校で日光福治候補の演説会をやるから聞きに来てくれ」と申し向けて右日光福治の演説会を告知し以て戸別訪問をなしたとの点については其の証明が充分でないというのであるがこれは右の事実を認定する充分の証拠が存在するのに拘らずこれを採用しなかつたため犯した誤謬であると思料する。即ち今野貞雄、五十嵐清治の両名は右日光福治の演説会開催の告知の点に関し検察官の面前においては何れも被告人は十五号室において「九月八日に五区から立候補した共産党の日光福治の演説会があるから聞きにきてくれ」と述べた旨の供述しているが公判廷においては逆にその様な事実は「ない」と供述し検察官の面前における供述と相反する供述をなしていることは右両名に対する検察官面前調書の記載並びに公判廷における各証言によつて明らかである。よつて右の供述中何れの供述が真実なりや否やを検討するに、右両名の公判廷における供述は、何れも右両名が十五号室で「午前十時頃から将棋を指していると午前十一時頃被告人がノツクをして入つて来て私は共産党の者であるがアカハタと云う新聞を読みませんかといつたので相手にしないでいる」と仕事の現場を聞いたり持つて来たアカハタについて一生懸命説明したりして最後に一部置いて行つた旨供述し、被告人が十五号室え入る際の動作室内え入つてからの言動及び右証人等の応接の状況については検察官の面前調書の内容と殆んど符合しているのであるが最後に唯一点「九月八日に雄別の学校で日光福治候補の演説会をやるから聞きに来てくれ」と被告人が言つたか否かの点については突如として供述が切断し右両名共に黙否して曖昧な態度をとつた末逆にその様な事実は「ない」と答えているのである。これに反し、検察官の面前調書は右両名の司法警察員に対する供述調書と内容が殆んど符合するのみならず被告人が右十五号室へ入る際の動作室内の言動及び証人等の応接の状況については右両名の公判廷における前記証言とも符合し供述が曖昧でなく断定的であり矛盾牴触並びに切断がないのみならず理路整然として最後まで一貫しており又取調に当り任意に供述していることが認められるからその供述は客観的事情に合し高度の信用性を保有するものと認められ、又公判調書には記載はないが右両名の証言終了後立会検察官において右両名の公判廷における供述が検察官の面前における供述と相反するものとして検察官面前調書を提出したのであるが右両名共該調書に記載しある署名捺印が自己のものなりや否やを確かめられるため再度法廷に立つた際今野貞雄は検察官の問に対し、当公廷において供述したことには忘れていたことがあつた旨供述し又五十嵐清治も同様検事の面前において供述したことは真実であると供述しているのであつて、之等の事実を綜合勘案すれば検察官面前調書を信用すべき特別の情況が存在するものと確信する。故に証拠により事実を認定するに当り、検察官面前調書に基き公訴事実第二の(二)についても有罪の認定を為すべきに拘らず原判決はこれを看過し、右両名の検察官面前調書を排斥し公判廷における供述を採用して公訴事実第二の(二)は其の証明が充分でない旨速断しているから事実の誤認があるものというべくそれが判決に影響を及ぼすこと明らかであるから原判決は到底破棄を免れないものと確信する。

第四点原判決には法令の適用に誤りがある。

原判決は公職選挙法違反の公訴事実について同法第百三十八条第二百三十九条を適用の上懲役刑を選択して処断しているが罰条である第二百三十九条には法定刑として「禁錮」及び「罰金」の刑のみしか規定せられてなく懲役の刑は存在しないのである。故に同条を適用して刑罰を科さんとするには禁錮或は罰金の何れかを撰択して科されねばならない。然るに原判決は同条に規定せられていない懲役刑を撰択して刑罰を科している誤を犯しているのである。

判決書の記載の形式からは第二百三十九条を適用していることは明らかであるが同条に存在しない刑罰を科していることは結局同条を適用していないことになるといわねばならない。これは畢竟刑罰を適用しない誤りを犯したことになるのであり刑罰を適用しない誤りは即ち当該刑罰を規定している罰条を適用しない誤りを犯したものというべく罰条を適用しない誤りは結局異る罰条を適用した場合と同様罰条の適用の誤りであり罰条の適用の誤りは法令の適用を誤つたことになるから(団藤重光新刑事訴訟法綱要四訂版三四一頁参照)(小野清一郎新刑事訴訟法概論三一五頁参照)(青柳文雄刑事訴訟法通論三四七頁参照)(反対滝川幸辰刑事訴訟法コメンタール五四三頁参照)原判決には畢竟法令の適用に誤りがあるといわなければならない。右何れの理由によるも原判決は到底破棄を免れないと確信する。

弁護人坂谷由太郎の控訴趣意

原判決を破棄して相当な御裁判を求める

原判決には事実の誤認がある。

(イ)原判決理由罪となるべき事実の第一、に付て。雄別炭礦員合宿青葉寮は同炭礦の所有で職員である舎監武田丑蔵の管理する家屋であると同時に礦員等の住居である施設で炭礦は主として礦員等の厚生福利のために設営したもので其の教育や指導監督の目的のためでない(是等の目的のためには労働組合がある。)礦員等は其の自由意思に基き各世帯個人生活のため人居したものであるから一般社宅と異なるものではない、であるから礦員の寮生活(世帯生活)における一般的住民生活としての個人的自由と特権は何人からも制圧されることなく自主独立的立場である。寮は所謂独身者収容のためであつても其観念や性格には変りはない。炭礦の寮管理は礦員のためにする義務即ち家屋設備の管理と礦員の保護である。

以上の観点に立つて本件を検討せば外来訪問者の寮内出人は主として寮内住居の礦員の承諾さえあれば常識的に特別の場合を除き(例えば寮内礦員に用事も其他関係もなく外部者の出人の如き)之を不法とするいわれはない。従て寮の係職員の制止又は制札に拘らず出人したこと丈を以て其の出人を不法と断ずる訳にはいかない。本件において被告人は寮人居者である後藤義雄の承諾を得て寮内出人をしたものである(証人後藤義雄供述-記録一五三丁、一五五丁、一五六丁、一五八丁等)(証人鎌上一雄供述同上一六二丁、一六四丁等)。

(ロ)原判決理由罪となるべき事実の第二に付て。本件事犯の係る日光福治の議員立候補届出は昭和二十七年九月六日であり同候補が届出をしたことを被告人が知つたのは同日午後九時頃であり同候補の連絡によつて選挙運動の開始(演説会の届出)をしたのは其の夜中である。又被告人が前記青葉寮内に出入して礦員等に選挙運動をしたと云う日時は右同日午後零時前となつている(証人谷口憲道供述同上六二丁及判示事実)(第七回公判被告人供述-証人三好亀助の供述は届出の日時に付いては一応参照とされるが記憶判然せず)。従て被告人が判示の通り選挙運動をしたとしても候補者の立候補者届出前であり仮りに届出後であるとしても被告人が右立候補届を知つたのは前記同日の午後九時過であるから其所謂選挙運動なるものは法的な選挙運動ではない。即ち右の如く被告人の場合は候補者が未だ届出前であるから実名上の選挙運動なるものある筈なく且つ前記選挙運動なるものは候補者と意思を通じた前であるから何れの方面から観察しても選挙運動と云うことは出来ない。以上の次第で原判決は理由の第一、第二事実とも其判示は事実誤認に基くものであるから破棄さるべきである。

原判決には法令の適用に誤りがある。

前項中判示第二の事実に関する控訴趣意につき候補者と意思を通じたものと否とに拘らず立候補届出前の運動は選挙の事前運動として犯責ありというならば(判示第二は之を指していうならば)公職選挙法第百二十九条によつて之を違反ありとせねばならない。然るに原判決で同第百三十八条を適用処罰したことは法令の適用を誤つたものである。

原判決の訴訟手続法令違背について

原判決は一旦言渡後において「明白な誤謬更正」の決定があつたが右更正の法律上の当否は別として被告人の利益なるものとしての意味で原審決定を認めざるを得ないが、若し法律上手続違背を免れずとせば之を前各項趣意によつて破棄されたい。

追て原審弁変人及特別弁護人の各弁論趣旨は本趣旨書主張に反せざる限り之を援用する。

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