札幌高等裁判所 昭和28年(う)456号 判決 1953年12月24日
控訴人 被告人 亀井宏
弁護人 田村誠一
検察官 金沢清
主文
本件控訴を棄却する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
弁護人田村誠一の控訴趣意は同人提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
控訴趣意第一点(法令違反)について
火薬類取締法が定める火薬類取扱主任者の職務内容についての直接規定は同法第三十条第二項、第三十二条だけであることは所論のとおりである。
而して同法第三十条第二項によると「火薬類の所有者若しくは占有者(中略)は火薬類取締主任者を選任し、火薬類の貯蔵又は消費に係る保安について監督を行わせなければならない」と規定しており、右に所謂「貯蔵又は消費」とは火薬類の運搬とは全然別個の行為のように解されること同法第一条が「運搬」を「貯蔵」「消費」とは一応別個の行為概念として取扱つている規定の体裁上肯定されないわけではない。しかし火薬の運搬という行為は必ずしも常に貯蔵や消費と全く別個に独立したものとして行われるわけではなく、場合によつては貯蔵、消費の行為の実現過程の中に於て之等の行為の内容に包含されるか尠くとも密接な関係にある場合がすくなくないのであつて当該「運搬」が「貯蔵」「消費」に関係あるかどうかは結局は具体的事情について判断しなければならないこととなるのである。
本件においては、原判決判示の火薬は、北見石灰工業株式会社において終戦後北海道庁から払下げを受けて使用していたものであるが、同社所有の火薬庫が不備であつたので北見市所在吉野火薬店に依頼して前記火薬を同店火薬庫に貯蔵保管していたものを、昭和二十七年七月頃同社火薬庫が新設完成したので同年十一月下旬吉野方から取戻す為同店から前記会社火薬庫迄運搬したものであることが原判決挙示の証拠によつて認められるのである。
であるから右の運搬は判示会社が自己の火薬の消費貯蔵の為の一過程としてなしたものであり、結局本件火薬の運搬は判示会社の火薬の消費乃至貯蔵の行為と密接不可分の関係にあるといわなければならない。
斯く解すると、右火薬の運搬につき現実の運搬者が火薬類取締法第十九条所定の運搬の制限に忠実に従うよう万全の措置を採ることが取りも直さず取扱主任者に科せられる同条所定の火薬類の貯蔵又は消費に係る保安についての監督に関する職務であり、取扱主任者は同法第三十二条に従つて誠実にその職務を遂行しなければならない責任を負うこととなるのである。而して、若し右職務の遂行に欠くるところがあり、その結果現実の運搬従事者に前記制限の規定に違反する行為があつた場合には、取扱主任者として固有の責任として同条違反の処罰規定が適用されることは事明の理である。
これを本件についてみるのに、原判決引用の証拠によれば被告人は佐々木繁三郎をして馬車で本件火薬を運搬させるにあたつて火薬運搬について一定基準があることを知りながらそのとおりにしなくても大したことはないと考え、同人に見張をつけることを忘れ又所定の標識をも渡してなかつたという事実が明かに認められるのであるから原判決が被告人の行為が直ちに火薬類取締法第十九条第二項同法施行令第五条第一号第二号に違反するものとして同法第六十条第一号を適用処断したことは右法令の解釈適用を誤つたものではない。
控訴趣意第二点(訴訟手続の違反)について
原判決は右に説明したとおり、被告人に対し単独固有の違反行為ありとして火薬類取締法規の該当法条を適用したものであるから、更に刑法第六十条の共同正犯に関する規定や火薬類取締法第六十二条の両罰規定を適用する余地は全く存しないのである。されば原審が右両個の規定による責任の所在を明確にしなかつた点は何等訴訟手続に法令の違反があるものではない。又論旨の指摘する起訴事実中「会社の業務に関し」なる点は起訴状記載の被告人北見石灰工業株式会社に対する両罰規定の適用のための処罰条件として記載されたものであつて被告人自体に対する訴因たる事実とは無関係であることは火薬類取締法第六十二条の規定の解釈上疑のないところである。従つて原審が被告人のみの本件公判審理においてこの点につき何等取調べをなさず延いて訴因変更等の処置に出でなかつたことは洵に当然の措置であつてその間何等法令の違反はないのである。論旨は理由がない。
よつて刑事訴訟法第三百九十六条により本件控訴を棄却すべきものとし同法第百八十一条第一項に従い当審における訴訟費用は被告人の負担とし主文のとおり判決する。
(裁判長判事 熊谷直之助 判事 笠井寅雄 判事 宇野茂夫)
弁護人田村誠一の控訴趣意
第一点法令違反がある。原審判決は被告人が北見石灰工業株式会社の社員で石灰採掘に火薬を使用する会社に於て火薬取扱主任者としての地位にあり乍ら会社の石灰採掘に使用する火薬を佐々木繁三郎をして運搬させるに当つて見張人をつけず法令で定める標識を掲げさせないで運搬させたものと認定し火薬取締法第十九条第二項同法施行令第五条第一号第二号に該当するものとし同法第六十条第一号を以て処断しているのであるが同施行令第五条第一号第二号は火薬の運搬方法に付ての規定であり従つて現実に運搬に従事するものに於てこの方法に依つて運搬しなければならぬことを要求しているものと思われるのである。従つて現実に運搬をした佐々木繁三郎(馬車屋)に於て右の方法をとらなかつたことは正しく同条違反と云わねばならぬが単に運搬を依頼した被告人にこの運搬方法に付ての責任ありとすることは同条の規定からして直に責任ありとすることは出来ないと考える。
火薬取扱主任者は火薬取締法第三十条第二項に定められて居る如く火薬類の貯蔵又は消費に係る保安についての監督に付て責任あるのみなのである。従つて原審が被告人に現実に運搬した佐々木繁三郎と同一の責任あるものとの前提の下に刑事責任をとつていることは明かに右法令の解釈適用を誤つたもので破毀を免れないものと考える。
更に被告人に右法令の違反ありとしても刑法第六十条の共犯者としての責任なのか火薬取締法第六十二条の刑罰規定に関する責任なのか明確を欠いで居る。単に共犯者に付て刑法第六十条の適用を遺脱したものと異なり本件の如き重大な事実適用に付て之を遺脱したことは仮に右法令に該当するものとしても法令手続に関する違反で判決に影響を及ぼすものと考える。
第二点審理不尽がある。検察官は本件に関し被告人に会社の業務に関する違反ありとして起訴されたのであるが原審判決は同法第六十二条を適用して居らず従つて被告人の行為に右会社の業務に関し行われたものとしてその責任を問うて居るものでないと一応考えられる。
そうだとすれば裁判官は検察官に対してその点に付て罰条の変更を命ずるか或は訴因の変更を命ずべきであつたと考えられる。然るにその点に付て何等取調べられていないことは審理を充分に尽したものと云うことは出来ない。然もその点は判決に影響ありと思料されるのである。