札幌高等裁判所 昭和28年(う)69号 判決 1953年6月04日
控訴人 被告人 増井春明 外一名
弁護人 坂谷由太郎
検察官 金沢清
主文
原判決を破棄する。
本件を札幌地方裁判所室蘭支部に差戻す。
理由
(控訴の趣意)
各被告人及弁護人坂谷由太郎の控訴の趣意はそれぞれ提出の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。
(弁護人の控訴趣意に対する判断)
本件の起訴状には、被告人両名に対する訴因として「右公職選挙の期間中同選挙に関し文書図画の頒布につき禁止を免れる行為をなし」と記載され、罪名及び罰条として公職選挙法違反公職選挙法第百四十六条第一項同法第二百四十三条五号が掲げられている。
公職選挙法第百四十二条は選挙運動のために頒布する文書図画を選挙用である旨を示した一定数の通常葉書に制限し、それ以外の文書図画を選挙運動のために頒布することを禁止したものである。従つて、選挙運動のためにするのでなければ同条の禁止にふれないことは云うまでもない。そうして同条に云う選挙運動とは一定の公職につき一定の公職の候補者を当選させるためにその候補者に投票を得させるに有利な行為をなすことを云うのであつて、一定の候補者を落選させるためにする行為は同条に云う選挙運動ではない。次に同法第百四十六条は右法条の脱法行為を禁止する趣旨、すなわち、外見上選挙運動のためでないような文書図画を、その外見に藉口して、第百四十二条の制限外に頒布し、以つて選挙運動の目的を不法に達することを禁止するものと解すべきである。故に頒布行為が同条に違反すると云うがためには、一定の公職の候補者を当選させる目的(文書自体に明にあらわれていない目的)がなければならない。かく解して本件の起訴状を見ると、これには昭和二十七年十月五日施行の安平村教育委員選挙に際して立候補した山本原二の名を山本医師と表示した「悪質ボスを村にはびこらすな!」と題する印刷物多数を頒布した旨記載されているが、右の頒布行為が山本候補者の当選を目的としたものでないことは右の記載自体によつても明かである。然らば何人の当選を目的としたものであるか、起訴状にはこの点につき明確な記載はなく、またこれを推知させる記載もない。本件の起訴状の訴因の記載は不十分と云わねばならぬ。この点を釈明して被告人の防禦にも遺憾なからしめた上でなければ判決はできないわけである。記録を調査すると、原審はこの点を不問に付したまま審理し、判決にもこの点につき何等判示するところがないのであつて、右は該当法案の解釈適用を誤つたものと云うべく、その結果判決に影響を及ぼすことが明かである。論旨は結局理由がある。
よつて、各被告人の控訴の趣意に対する判断を省略して、刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十条第四百条本文に従い主文のとおり判決する。
(裁判長判事 熊谷直之助 判事 成智寿朗 判事 笠井寅雄)
弁護人坂谷由太郎の控訴趣意
原判決を破棄して相当の御裁判を求める。原判決は法令の適用を誤り破棄さるべきものである。
原判決に罪となるべき事実として「被告人等は昭和二十七年十月三日頃勇払郡安平村字早来市街地に於て、多数人に頒布した『悪質ボスを村にはびこらすな』と題するビラには判決理由挙示一、二の記載があつた」旨を指摘している。
而して右一の事実は公職選挙法第一四六条に違反するものとし二の事実を以て名誉毀損罪に該当するものと判決した。右一、二挙示の事実が仮りに存在するものとしても、先づ一の事実に付いていえば、前記法第一四六条は公職選挙法「第十三章選挙運動」の一条規であるから該条規違反には常に「選挙運動」の前提事実を要因とするものなる処被告人等の本件頒布行為は所謂選挙運動のためであつた事については何等判示されていないし又其事実もない、恰度日日の新聞紙上に選挙、立候補の氏名を各欄に表示掲載したると少しも変らない。
元来右法第一四六条の違反事項の内容である法第一四二条は同法律が発布された昭和二十五年四月十五日に、廃止されて且右法律に吸収された「選挙運動の文書図画等の特例に関する法律」(昭和二十二年三月十七日法律第十六号)の趣旨、精神を継ぐものであつて右廃止法律は当時用紙其他資材の不足極めて窮迫していた経済事情の下に行われた選挙を最も適正公平ならしめる目的を以て制定されたものであるから前記法第一四六条は選挙運動行為を主眼対象としたものである。原判決は被告人等の頒布行為を以て直接単純に同法違反と断じたるは法令の適用を誤つたものと謂わなければならない。尚立候補山本原二の名を「山本医師」と表示したと謂うも之れは夫れなればこそ立候補に関係なく医者としての一般的身分、他に関連する事項に付社会事象として掲載したに過ぎないもの。共産党員は其奉ずる思想の普及宣伝に付き、あらゆる機会と便宜を捕うるに敏であつて本件行為は是等行為の一環であり其の一斑である時偶々教育委員選挙期間中であつたために誤解を受けたもので、又右選挙期間は即ち右機会であつた。
此事は本件押収ビラ(記一、二、三)全文を通じて読取れる処である。次に二の事実は決して人の名誉毀損には該らない。「メカケを囲つていると言われる赤塚」は断定的でないから事実の摘示とはならないし又赤塚なる者の名誉を毀損する認識はない。原判決は被告人等が前記ビラ頒布によつて赤塚の名誉毀損されることの認識を有したるやに就いて何等判断していない。要するに之れ位の記事報導は日常新聞に散見され別に異とされない。(憲法保障の表現の自由の範囲を超えない。)
(被告人の控訴趣意は省略する。)