札幌高等裁判所 昭和29年(ネ)121号 判決 1965年4月30日
控訴人附帯被控訴人
加茂八郎
被控訴人附帯控訴人
藤本国夫
右訴訟代理人
岩沢誠
水原清之
主文
本件附帯控訴を棄却する。
原判決を次のとおり変更する。
釧路地方裁判所帯広支部が同庁昭和二七年(ヨ)第一七号土地使用妨害禁止仮処分申請事件について同年八月三〇日にした仮処分決定は控訴人と被控訴人との間において原判決別紙第一、第二目録記載の土地に関し別紙図面ト、チ、リ、ヌ、トを順次直線で結ぶ範囲内についてなされた部分に限り、被控訴人において金一〇万円の担保を供することを条件としてこれを取り消す。
被控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じて五分し、その一を控訴人、その余を被控訴人の各負担とする。
事 実<省略>
理由
控訴人が訴外堀俊一、山下友次郎、平子岩蔵と共同して被控訴人を相手方として釧路地方裁判所帯広支部に同庁昭和二七年(ヨ)第一七号土地使用妨害禁止仮処分を申請し、同年八月三〇日「別紙第一、第二目録記載の土地(本件土地)につき被控訴人の占有を解き控訴人らの委任する釧路地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。執行吏は現状を変更しないことを条件として控訴人らにそれぞれ右土地を区分して使用させることができる。被控訴人は控訴人らの右土地の使用を妨害してはならない。執行吏は右土地の周囲およびその土地内に被控訴人がなした施設物で控訴人らの土地使用に妨害となるべきものを撤去し、かつ右保管の事実を公示するため適当の手続をなすことができる。」との仮処分命令が発せられ、本件土地は控訴人が執行吏からその使用を許されたものであることは当事者間に争いがない。
すなわち右仮処分は目的たる土地につき債務者たる被控訴人の占有を解いて債権者たる控訴人にその使用を許すものであるから、いわゆる明渡断行の仮処分に類するものというべく、本件口頭弁論の全趣旨によれば、その被保全権利は控訴人の本件土地に関する占有権に基づく返還請求権であることが認められる。被控訴人は控訴人が本件土地を占有すべき本権を有しなくなつたから右仮処分は事情変更により取り消されるべきであると主張するが、本件仮処分が占有訴権を被保全権利とするものである以上、控訴人が本権を有しなくなつたとしても、そのことによつて事情変更ありとすることはできないから、この点についての被控訴人の主張は採用することができない。
次に被控訴人は、被控訴人を原告、控訴人を被告とする釧路地方裁判所帯広支部昭和三〇年(ワ)第一〇号土地明渡請求事件において、控訴人は被控訴人に対し本件土地を引渡せとの判決がなされたから、本件仮処分は事情変更により取り消されるべきであると主張する。右第一審判決のなされたことは当事者間に争いがないが、本件口頭弁論の全趣旨によれば、右事件は被告たる控訴人の控訴申立により現に札幌高等裁判所昭和三一年(ネ)第三八号事件として係属中であること、右事件においては被控訴人は本件土地の所有権に基づき控訴人に対しその返還明渡しを訴求しているものであることが認められる。従つて該事件において被控訴人勝訴の第一審判決がなされても、右は本件仮処分の本案訴訟ではなく、控訴人の右仮処分における被保全権利の存否について消長を及ぼすものでないことが明らかである。すなわち右判決のなされたことによつては仮処分を取り消すべき事情変更があつたとすることはできず、被控訴人のこの点に関する主張も採用することができない。もつとも右訴訟事件の確定判決もしくは仮執行宣言により明渡しの強制執行をするに当り、その執行と牴触する仮処分の執行ある場合は、事情変更として仮処分の取消が認められる道理であるが、該判決の確定したこともしくは仮執行宣言により強制執行をなすべきことについて被控訴人の主張のない本件においては、結局この点を認めることはできない。
次に被控訴人主張の本件仮処分を取り消すべき特別事情の存在について考察するに、原審証人波多野光春の証言、原審における被控訴人、原審および当審における控訴人各本人尋問の結果ならびに本件口頭弁論の全趣旨を総合すると、被控訴人は昭和二八年一〇月頃訴外土木建築業波多野光春に依頼し、本件土地上に一戸建建坪一三坪ないし一五坪の木造柾葺平家および二階建家屋計三〇戸の建築を計画し、相当数の木材を用意するとともに、釧路地方裁判所に本件仮処分取消申立におよび、昭和二九年五月一二日一部取消認容の第一審判決を得てその仮執行の宣言に伴い仮処分執行取消を得て、本件土地上に右建物の建築に着手したこと、これに対し控訴人は被控訴人を相手方として釧路地方裁判所昭和三〇年(ヨ)第二号工事続行禁止等仮処分の申請に及び、同年二月一五日「被控訴人は本件土地上に既に建設した建物以外新たに建物その他工作物を設置してはならない。控訴人の委任する釧路地方裁判所執行吏は右命令の趣旨を公示するため適当の方法をとらなければならない。」との仮処分命令が発せられ、同庁昭和三〇年(モ)第二〇号仮処分異議事件において昭和三一年二月一三日右仮処分を認可する旨の判決がなされ、被控訴人よりの控訴申立により、右事件は札幌高等裁判所昭和三一年(ネ)第六八号事件として係属していること(右第二の仮処分に関する経緯は当裁判所に顕著な事実である。)、その結果被控訴人は本件土地のうち別紙図面ト、チ、リ、ヌ、ト、を順次直線で結ぶ範囲内の部分に建物を建築所有してその部分を占有するとともに、その余の部分は控訴人がこれを占有耕作して現在に至つていること、をそれぞれ認めることができる。
そうすると本件仮処分の発令は昭和二七年八月であるのに、被控訴人が本件土地上に建物の建築を計画準備したのは翌昭和二八年秋のことにかかり、本件仮処分の執行がなされている以上、本件土地上に建物を建築することが不可能であることは自明であるにも拘わらず、この点を顧慮しないで用意した建築用材や請負契約締結のため著しい損害を蒙るとして特別事情による仮処分取消を主張するのは不当であるというほかはない。けだしみずから著しい損害の発生する状況を作出しておいてその損害を仮処分の相手方に転嫁する如きことは特別事情による仮処分取消の制度の趣旨に反することであるからである。
しかしながら本件第一審判決によつて仮処分命令の一部は取り消され、これに仮執行の宣言が付せられた以上は、本来仮定的暫定的な状態を形成したにすぎない仮処分を、仮処分のない本来の状態に還元したことになるから、その取消後に生じた事実を仮執行の効果により仮に形成されたものとして無視することはできない。従つて原判決が相当でなかつたことにより、その後に生じた事実を考慮しないで直ちに原判決を取り消すことは許されない道理である。
そうすると前記認定のとおり本件土地のうち別紙図面ト、チ、リ、ヌ、トを順次直線で結ぶ線内の部分は既に被控訴人の建築した家屋が存在し、この部分については原仮処分命令を取り消すべき特別の事情が存するものというべきであるから、この限度および被控訴人の申立を認容しなかつた部分において原判決は結局相当というべきであるが、その余は失当であるから、これを取り消し、被控訴人の申立を棄却すべきものである。
なお原判決は、原判決別紙第二目録記載の土地に対しては被控訴人主張の仮処分はなされていないと判示しているが、成立に争いのない甲第四号証、同第七号証、同第八号証に本件口頭弁論の全趣旨を総合すると、同第二目録記載の同所三〇番の七〇原野五畝二六歩は仮処分の目的物件たる同所三〇番の二原野一反三畝〇三歩五から、同所三〇番の七一原野一畝二二歩は同じく同所三〇番の四六原野五畝一二歩から、それぞれ分筆されたもので、本件仮処分の目的となつているものであることが明らかであるから、念のため付記する。
また本件仮処分は「被控訴人の占有を解き云云」とされているので、その目的たる土地の占有が一旦被控訴人に帰したことを前提とするもののようであるが、本件口頭弁論の全趣旨によれば、目的たる土地の全部が一旦被控訴人の占有に帰したものではないことが窺われ、原仮処分決定自体に問題が存するようであるけれども、本件は異議訴訟ではないから、この点についての判断はしない。
よつて控訴人の本件控訴は一部理由があるから原判決を変更することとし、被控訴人の附帯控訴は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条に従い主文のとおり判決する。(和田邦康 田中恒郎 藤原康志)
<図面省略>