札幌高等裁判所 昭和32年(う)115号 判決 1957年9月17日
控訴人 被告人 棗工業株式会社
代表者代表取締役 棗庄七
弁護人 二宮喜治
検察官 村上三政
主文
本件控訴を棄却する。
当審における訴訟費用は被告会社の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人二宮喜治提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
右控訴趣意第一点(不法公訴受理または事実誤認)について
しかし、原判示第四に照応する本件公訴事実第四と所論摘記の告発にかかる犯則事実とを対照すると、前者は請負契約書の内容ならびに印紙税逋脱の態様につき後者をより具体的かつ詳細に摘示しているにすぎないものであつて、両者の間に事実の同一性を否定すべき理由はついにこれを見出し得ない。そして、原判決挙示の証拠によれば、原判示第四の契約書は、同判示土木建築工事の下請する場合の労災保険料の支払義務をも含めた請負に関しての諸条項を内容としており、被告会社は、札鉄工業株式会社との間で右契約書を共同作成しながらこれに法定の印紙を貼用しなかつたことすなわち原判示第四の事実を優に認めることができる。してみると、原判決には所論のように告発のない公訴を受理した違法はなく、また請負に関する契約でないものを同契約書と誤認した違法も認められないので、論旨は理由がない。
同第二点(法令の解釈適用の誤)について
所論は、原判示第一および第二の各土地改良区はいわゆる公共団体であるから、印紙税法第五条にいう公署に該当し、したがつて、被告会社と右各土地改良区との間で共同して作成された原判示各請負に関する契約書のうち、各土地改良区の保存すべき分についてはすでに被告会社において所定額の印紙を貼用している本件にあつては被告会社の保存すべき本件各契約書については印紙税法第五条の趣旨に則り印紙税の納付を要しないものとすべきであるのにもかかわらず、原判決か被告会社の保存する右契約書にまで原判示納税の義務を認めたのは、前記法条の解釈適用を誤つた違法があるというのである。
まず、職権で調査をするに、昭和三二年四月二〇日公布法律第六九号土地改良法の一部を改正する法律附則8により印紙税法の一部が改正され、その第五条第五号ノ七の次に第五号ノ七ノ二として「土地改良区ノ業務ニ関シテ発スル証書、帳簿」の一号が加えられ、同法律は本件犯行後で且つ原判決宣告後である昭和三二年七月一七日から施行(昭和三二年七月一七日政令第一九三号土地改良法の一部を改正する法律の施行期日を定める政令による)をみるに至つていることが明らかであり、したがつて、現在では土地改良区はその業務に関して発する証書、帳簿については印紙税を納めることを要しないこととなつたので、印紙税法第一一条との関係において、土地改良区がその業務に関してすでに発した証書を保存している者に対しては犯罪後の法令により刑の廃止があつた場合にあたるものとして処理すべきではないかとの疑を挟む余地があるかの如く見えるが、しかし、印紙貼用(納税)義務者が印紙を貼用すべき証書、帳簿に相当印紙を貼用しないときはこれを処罰する法規範を定めた印紙税法第一一条の規定は、本件犯行時である昭和二九年四月二〇日および同年一二月二五日当時においては勿論、現在でもなお厳として存在し、前記法律第六九号による印紙税法の一部改正は、ただ印紙税法第五条の掲げる証書、帳簿のうちに土地改良区の業務に関して発するものを加え、したがつて、土地改良区のかかる証書、帳簿については、昭和三二年七月一七日以後においてはこれに印紙を貼用(納税)することを要しないことを明らかにしただけであつて、直接前記印紙税法第一一条を改廃するものでないことはもとよりこれにより同法条の規定する所為一般についての禁遏処罰の実質的理由と根拠とを失わせるものでもないから、右改正は、すでに成立した右法条違反の犯罪に対する刑の廃止があつた場合にはあたらないと解するのを相当とする。
そこで、進んで所論につき按ずるに、印紙税法第五条第一号にいう公署の意義範囲については、同法上これを明らかにした規定がないので、税法の特質を念頭におきながら印紙税法の規定全体を検討し矛盾なく理解し得るよう且つ目的論的にこれを論結するほかはないのであるが、前段説示のとおり、同法第五条は、免税を受ける者として第一号に公署を挙げたうえ、第五号ノ七ノ二として新たに土地改良区をこれに加え、また、その第六号ノ四および五においてそれぞれ日本国有鉄道、日本専売公社を挙げておるのであつて、右土地改良区が所論の如く幾多の公権力を認められ国家的色彩を顕著に示すもので行政法上公共組合の範疇に属するものであり、又日本国有鉄道、日本専売公社がひとしく営造物法人として公共団体に属するものであることも疑ないところであるのにもかかわらず、公署のほかにこれらをとくに挙げている点その他印紙税法の規定全体の構成ならびに前示改正の経過につき考察すると、公共団体のうち公共組合ならびに営造物法人は総じて地方公共団体と異なりその目的や付与された公権力その他の公法的特色すなわち国家的色彩が多種多様で、その中にはその公法上の性格につき疑を生じ異論を産む虞あるものもあり、これらを包括した公共団体全部を「公署」中に包含せしめることは明確を尚ぶ税法の要請に適合しないところから、前記国家的色彩の極めて顕著でその公共団体性に異論を生ずる虞のない都道府県、市町村および特別市等地方自治法第一条の二に記載された地方公共団体だけを印紙税法第五条にいう公署に包含せしめ、公共団体中爾余の公共組合、営造物法人はこれを除外し、これらについては、同法条の第三号以下に別に列挙してこれを規定することとした立法の趣旨を窺知するに十分であるから、土地改良区は、前記改正以後においては勿論その以前においても右法条にいう公署にあたらないとする法意と論結せざるを得ない。されば、同法条の公署を広義に解して土地改良区もこれに包含されるとの見解に立つて展開された所論は前提に誤があり、爾余の点につき判断をまつまでもなく採用に値しない。原判決には所論のような法令の解釈適用の誤はなく論旨は理由がない。
同第三点(量刑不当)について
所論は、原判示第一および第二の被告会社の各所為につき、法定刑としての最高の罰金額を料した原判決は、何等情状を酌まないものとして不当であるというのであるが、しかし、印紙税法第一一条第二項に照すと、本件各所為は、情状によつては、同条第一項所定の罰金額を超えた五〇、〇〇〇円の範囲内で処罰することもできるのであり、これに本件記録にあらわれた諸般の事情を総合すると、所論を考慮に容れても、原判決の刑の量定は、所論のように、何等情状を酌まない不当に重いものとは認められないので、この点の論旨も理由がない。
よつて、刑事訴訟法第三九六条により本件控訴を棄却すべきものとし、同法第一八一条第一項本文に従い当審における訴訟費用は被告会社の負担とし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 豊川博雅 裁判官 羽生田利朝 裁判官 中村義正)